1161 新女神
「キェェェッ! 大蟯虫クリーチャー戦闘術、寄生虫の卵飛ばしぃぃぃっ! ヒャッハァァァッ!」
「ん? もしかして何か飛ばしてんのか? おい皆、絶対にマスクを取るなよ、何を吸い込んでしまうかわかったもんじゃねぇからな」
「それから気を失って倒れている2人もどうにか防御してあげた方が良いかも知れないわね、まだ寄生されていない可能性がないとも言えないし、念のため……こっちのデカブツはもう諦めましょう」
「もうガッツリ吸い込んでしまっているわねこのデカいのは、敵の技の意味がわからなくてクンカクンカしているもの」
「というか、そいつにマッチするサイズのマスクなんか持っていないわよ、特注はしていないのサイズに関して」
確認は取れていないのだが、おそらくハウスダストよりも小さい卵のような状態の『自分達』を飛ばして、それを吸い込ませたりうっかり口に含ませようとしているらしい大蟯虫クリーチャーのハゲと闇堕ち勇者。
個人によって若干の大小はあるものの、あくまでも通常の人間サイズをキープしている俺達勇者パーティーであったが、そうでない奴にとってこの状況は辛い、というかお終いだ。
パーティーメンバー以外でどうにか守ってやることが出来たのは、やはり同じサイズの堕天使さんと、それから倒れてしまっている闇堕ち勇者パーティーの女性メンバー2人のみであった。
もっとも、その女性メンバーについては、攻撃してきている闇堕ち勇者と尾晏司ような生活をしていたことに起因して、もう既に大蟯虫クリーチャーに寄生され、潜伏期間を過ごしているにすぎないという可能性はそこそこあるのだが。
とにかく今は攻撃を凌ぎ、どうせ雑魚キャラであるハゲと闇堕ち勇者……であった、今はその見た目のみを受け継いでいる大蟯虫クリーチャーにすぎない何か、それを始末していくこととしよう……
「よしっ、ようやく攻撃をやめたようだな、まずは……ハゲを焼き殺すんだ、ユリナ!」
「はいですのっ! 狙って狙って……それっ!」
「ギョェェェェッ! こっ、この素体は単なる魔界人間で……あったかっ……先に皆の下へ……」
「燃え尽きながら喋ってんじゃねぇよ気持ち悪りぃ奴だな、で、そっちの闇堕ち勇者野郎は……何笑ってんだボケ」
「フッ、フハハハハッ、こっちのボディーはそこそこの力を持っている……というよりも今回寄生を広げている中では最大の素体であるようだな、感謝して使わねば……と、そっちのデカブツが相手なのか? もったいない、既に潜伏期間にあるというのに貴様は」
『ウゥゥゥッ! お前、もうこのご当地を守る者ではない、俺、お前殺す、バケモノ全て殺す、人間のためバケモノ必ず殺す、見つけたらどんなバケモノでも許さない、人間じゃないの殺すっ!』
「フハハハハッ、なら自死した方が良いのではないのかな? それで1KILL稼ぐことが出来そうだぞっ、おっと、遅いがパワーのある攻撃だっ」
「……ちょっと、どうして私達を無視して戦い始めているんですの、そんな雑魚キャラ同士の激アツバトルなんて誰も求めていませんわよっ」
「それに、こいつ等が暴れるとまた大蟯虫クリーチャーの何かが飛び散りそうね、それこそこの部屋、いえ建物自体を『消毒』しなくてはならないほどに……」
何やら勝手に暴れ出した大蟯虫クリーチャーの闇堕ち勇者とデカブツ戦士、ちなみに発症しているか否かの違いだけで、どちらも既に大蟯虫クリーチャーの寄生下にある。
そしてその戦いのレベルが極めて低いというのは、誰の目から見ても……いや、堕天使さんやその辺の魔界人間からすればそこそこやっている感じなのか。
俺様のような最強の勇者様とその仲間達にとっては、この程度は宴会での余興に等しく、見ているだけで退屈してしまうのであるが、とにかく倒れている女性2人が踏み潰されないよう、部屋の隅にでも退避させておくこととしよう。
で、そんな一応の作業を終えたところで、デカブツ戦士が振り回した腕が大蟯虫クリーチャー闇堕ち勇者に掠ったらしい。
狭い建物内で暴れているということからしてデカブツの方が不利なように思えるのだが、壁だの天井だのを簡単に破壊しながらの攻撃なので、むしろ逃げ回る大蟯虫クリーチャー闇堕ち勇者の方がやり辛かったようだ。
そしてそんな感じでピンチに陥った、というか多少攻撃が掠っただけで腕が取れかかっている大蟯虫クリーチャー闇堕ち勇者は……むしろここから本気を出すような感じである。
通常では考えられないのだが、取れかかった腕を再接続したうえで態勢を立て直し、デカブツ戦士が接近するのを待って何やら叫ぶ。
それと同時に闇堕ち勇者の周囲にある程度の大きさの魔法陣が形成され、自分も、そしてデカブツ戦士もその中に拘束されてしまったらしい……
「……何やってるんでしょうあの人? あれだとでっかい人の方が腕とか足とか、ブンブンするだけであの場所全部がやられちゃいますよ」
「そうだな、だが大蟯虫クリーチャー闇堕ち勇者にも何か作戦があるんじゃないのか?」
「わぅ~ん、あ、ホントだ、でっかい人の方の動きが止まっちゃいましたね、何かあるみたいです」
「雑魚同士の戦いだが、ちょっと面白いから見ておくこととしようぜ、どうせどっちかは死にそうだしな……」
本気を出した、というか闇堕ち勇者の真の力を引き出したらしい大蟯虫クリーチャーは、その特殊な攻撃であると思しき何かを発動させた。
狭い魔法陣の中に封入される大蟯虫クリーチャー闇堕ち勇者とデカブツ戦士、これまで一方的な攻撃を繰り返し、部屋自体をボロボロにしてきたデカブツ戦士はなぜか動かない。
いや、これは動かないのではなく動けないのか、ステップを踏んだり、攻撃準備モーションを取ることは可能なのだが、実際に攻撃すること、そしてその魔法陣の中から出ることのみが出来ない様子。
そしてそれは大蟯虫クリーチャー闇堕ち勇者の方も同じであるらしい、最初は技の詳細がわかっておらず、パンチやキックを繰り出すような動きを見せていたのだが……今は納得した表情でへらへらとしている……
『ウォォォッ! その技、その男の技、どうしてお前が使える? 勝手に使ってはならない、それ、その男の技、魔法だけしか出来なくなる特殊フィールド、使ってはならない……』
「ふむ、わざわざ解説して頂けたようで何よりだ、確かにこの魔法陣の範囲内では物理攻撃を繰り出すことが出来ないらしい、この俺も、そしたお前もだっ!」
『グギギギギッ、早くやめろその術……』
「やめられないさ、だってこの素体はなんと魔法攻撃も可能なのだからね、例えばこの……ふむ、火魔法はやめておこう、後で復活する仲間をあえて焼き払うこともあるまい、土魔法で死ねぇぇぇぃっ!」
『ぬっ、ぬわぁぁぁっ!』
「……土の弾丸が下から生えて珍にクリーンヒットしました、体が大きい分狙い易かったみたいです」
「最低の光景だな、見ているだけでヒュンッてなったぜ」
隣で冷静に戦闘の経過を確認するカレンに対して、床から床の素材他を用いて引き出された土の弾丸が、股間の名所に直撃した瞬間を目撃してしまったおれは気が気ではない。
確かに大蟯虫クリーチャー化していれば、その部分がどうなっていようがもう関係はないのだが、だからといって素体を屠殺するにしても、その正常なやり方というものがあるのではないかと、そうも思ってしまった。
で、その部分につき一撃でデストロイされたデカブツ戦士は、そのまま失神してズシンッと床に倒れ、そして最初の一撃を加えたのと同じ、ストーンバレット的な何かによって蹂躙される。
もうデカブツ戦士がデカブツ戦士として動くことはないようだ、ストーンバレット的な何かで殴打され続けたことによって完全に絶命し、そこそこの原型を留めたまま、後は体内に宿した大蟯虫クリーチャーが動き出すのを待つだけの何かとなっているのだ。
そんな状態のデカブツ戦士を確認し、勝利の笑みを浮かべた大蟯虫クリーチャー闇堕ち勇者のは、魔法陣の術式を解除して、改めてこちらに向き直った。
先程までの笑いは自らの存続を諦めつつも、後任に全てを託したことによって生じた笑いであった。
だが今のコイツの不気味な笑いは、もしかしたら、いや比較的なくはない確率で、この場を切り抜けることが出来るのではないかということを考えている笑いである。
極めて不気味な野郎だ、そんな考えを持ったことを後悔するほどに痛め付け、そして期待している周囲の仲間や後輩ごと焼却してくれることとしよう……
「フハハハハッ! ハーッハッハッハ! 良いぞこの素体は、ぜひ外で新たに発生しているはずの仲間達にも紹介してやりたいぐらいだ、あの世ではなく、まだ生命活動を維持した状態でなっ」
「どんな野望だよそれ、どうせ死ぬんだからさ、もうこんな場所で馬鹿なことやってんのやめようよ、普通に死んで残念でしたで終わってくれよ鬱陶しいからさ」
「黙れこのボケチンパンジーがっ……というのは記憶の片隅に残っていた、この素体がお前に言いたかったことである、そして……ふむ、お前をどうにかすればその異世界勇者パーティーとやらは終わりだっ、ふんぬっ!」
「あっ、ご主人様気を付け……もう遅かったみたいです、さっきの魔法陣の細長いのに捕まっちゃいましたね」
「え? 何これもしかしてさっきの? 魔法陣なんだからまん丸じゃないとダメなんじゃないの? こんな歪な形でちゃんと動作すんのこれ?」
「ハッハッハ、どうやらかなり引き延ばしても使うことが出来るようだったのでな、これで俺とお前はもうこの魔法陣の中、そして見たところお前は魔法を使うことが出来ないのであろうっ! よってこの勝負はもう勝負ではなく俺の一方的な蹂躙にかわいってっ! いでっ、ちょっ、どうして蹴るんだよっ⁉ 魔法しか使えないんだってこの範囲内ではあでぽっ!」
「何だ知らないのか? これはローキック魔法だよ、そんでこっちが回し蹴り魔法、フンッ!」
「グェェェェッ! か、素体が半分になって中身がっ!」
「良かったじゃねぇか、っと、本体の頭が見えてはいるが……キモいからな、ユリナ、そこから焼き払ってくれ、ちなみにこれは俺による外注魔法だからセーフだよな? 殺れっ!」
「はいですのっ、喰らいなさいっ、外部支援攻撃魔法!」
「ギャァァァッ! 何でもアリじゃねぇかお前等ぁぁぁっ! ぬわぁぁぁっ!」
魔法陣の中で燃え尽きる大蟯虫クリーチャー闇堕ち勇者、俺も若干燃えてしまったのであるが、野郎なので服は破れないし、主人公なので多少焼かれても何ともない。
ついでに転がっていたデカブツ戦士の、もうすぐ大蟯虫クリーチャーとしてこの世に蘇るであろう素体も焼き払い、残っているのは磔にしたままのデブと、それから可能性でしかないが地面に寝かせている女性2人のみ。
もちろん轟音などを聞き付けてこの場所へやって来た野次馬的な庁舎の職員についても、先程大蟯虫クリーチャーハゲが撒き散らした卵のようなものを摂取してしまった可能性はあるが……戦いの衝撃等でグチャグチャになってしまっている者が多いようだな、これは普通に大惨事だ。
まぁ、どうせ死んでいるのはわけのわからない魔界人間のおっさん共ばかりであるし、一応全館に『生きる価値のある女性キャラのみ退避』という命令を出した後に、この庁舎ごと焼却処分してしまうのがベストか……
「それで、このデブはそのままにしておけば良いな、あとは取ってある組織サンプルも持ってと……このぐらいか?」
「そうですね、結局この2人が起きてきて、なおかつ大蟯虫クリーチャー化していない限り、その分S根木は出来そうにありませんが……逆に他のモノでや者で必要なのはもうないかと……何かが起こる前に早く焼き払ってしまうのが得策かも知れませんね」
「うむ、じゃあ脱出しよう、じゃあなデブ、これからこの庁舎は炎に包まれるから、そこでゆっくり蒸し焼きにでもされておけ、それまでに大蟯虫クリーチャーの卵が孵化して、自分でなくなっていることがあればラッキーだな」
「ままままっ、待ってくれっ! この首長を、この町の行政のトップであるこの首長を殺すというのかっ? そんなことはたとえ誰が許そうとも、そこの堕天使様が……」
「うるさいですね、あなたはもう解任です、下賤の民の長から、単なる下賤の民に戻ってしまいなさい」
「そっ、そんなぁぁぁっ! お助けをぉぉぉっ!」
こうして俺達はあまり役に立たなかった魔界の町の庁舎を離れたのであった。
さんざん長いしたここで確認することが出来たのは、単にスラムの井戸水が大蟯虫クリーチャーによって汚染されていたということだけである。
で、俺が助けようと思うキャラのみの避難を、堕天使さんを通して呼び掛けたところ、それで出て来たうちのおよそ半数が『生きる価値あり』ということでマスクを支給され、安全な場所へ誘導されることとなった。
残りは馬鹿だのアホだの、わざわざ女装してまで建物から逃げ出しておこうとしていた無駄に勘の良い馬鹿だのであって、直ちに館内へ戻るよう命じたところ、泣く泣く反転して戻って行く。
先程の戦いはそこそこ、もちろんあのデカブツ戦士のせいで激しかったわけだし、その状況で一部に対してのみの避難指示が出れば不安を感じるのも当然か。
とはいえキモいおっさんなどを、しかも守るべき俺達の世界の人間ではなく、わけのわからない魔界人間なる生物ともなると、いちいち救ってやってもいられないのが現状。
すぐにユリナの魔法によって庁舎に火が放たれ、中から聞こえる悲鳴と、最後の最後まで窓の、結界によって脱出することが出来なくなっている場所に殺到し、そのまま無様に燃え尽きていく職員らを眺める。
そしてその最中、はてさてこれからどうしたものかと考えていると……どういうわけか1匹、全身に火だるまのまま玄関から飛び出して来たではないか。
まさか精霊様の結界を気合で破ったとでもいうのかコイツは? いや、その可能性は極めて高いのだが……このような強者、先程まで庁舎の中には居なかったはずである。
むしろ必死になって転がってその全身に回っていた火が消えると、中から出てきたのは普通に生きる価値のありそうな美女。
こんな者が中に居て俺様が見逃すわけがない、その強さにしても、美しさにしてもなのだが……と、美しい女性は全身を焼かれていて服もボロボロであったのだが、突如発生した謎の紙切れの群れ、それによって包まれ、どんどん治療されて……全ての傷が完全に治ってしまったようだ……
「……おい堕天使さん、誰コイツ?」
「わかりません、わかりませんが……神であることだけは確かかと……とりあえずへへーっ!」
「……良い、面を上げよそこの上級堕天使よ、そなたはそこそこ頑張っているようだ」
「へへーっ、ありがとうございますっ、それで……どちらの神様なのでしょうか……」
「知らぬのも無理はない、私は比較的新しい神でな、疫病などをレジストするために生まれた、どうして神界じゃなくて魔界に居んだよお前的なキャラである……で、そんな我、このエリアが大蟯虫クリーチャーによって侵略されていると聞いて急いで転移して来たのだが……既にメインの建物まで焼却処分する段階にあったとは……」
「おいっ、お前そういう感じの神様なのか? 魔界の? だったら話は早いんだよどうにかしろこの状況をっ」
「……お前、魔界の者じゃなくね普通に? どうしてこのような者がここに……えっ、侵略者? そこの上級堕天使も捕虜に、ほぉ~っ……実にヤバくはないのかその状況は?」
「いや俺様の強さと優しさもやべぇもんだがな、どう考えてもこの大蟯虫クリーチャーってのの方が万倍やべぇぞ、てことで元々は侵略のために魔界に来たんだがな、今は、少なくともこの事態がどうにかなるまでは手助けしてやっているんだ、感謝しやがれ」
「そうであったか……では手伝って貰おうではないか、我の神としての初仕事、そして初めての大蟯虫クリーチャーからのエリアの防衛を成し遂げる戦であるっ!」
突然現れ、さも自分がこの場を仕切る感を醸し出してくる魔界の神、疫病をレジストするのが目的だというのだが、自分でも言っていたように魔界ではなく神界に就職すべき者である。
まぁ、清潔で清浄な神界においては、疫病をどうのこうのということなど考えなくて良いがゆえ、こういうタイプの神が出現することがないのであろうが……まぁ、場合によっては俺達の世界にでも招聘して、そこで使ってやるのもアリといえばアリだな。
などと魔界の神の使い道を勝手に考えてしまっていたのだが、今はとにかく大蟯虫クリーチャーに対抗し、このエリアを守り抜くということが大切だ。
しかもそれはこの町に、ワームクリーチャーに対抗し得る武器を作成するという武器職人がやって来るおよそ2週間後までにということ。
最悪の場合この町、どころかエリアの大草原ごと焼却処分することになりかねないのだが、それは事実上の敗北であって、少なくとも魔界人間成る一般住民が多少、可能であれば大多数が生き残った状態で事態を収束させたい。
「で、ひとまずよ、この魔界の女神、一体何が出来るっていうのかしら? それを教えて欲しいわね」
「我か、我が出来ることはいくつもあるが……まずはどの者が大蟯虫クリーチャーに寄生されていて、どの者が寄生されていないのか、それを大々的に調べることが、今可能なかなで最も重要なことであろう、違う?」
「う~む、まぁ、それが出来るってんならやって欲しいところだな、すぐにでもだ」
「そうだろうそうだろうっ、女神である我に全て任せよっ! 皆の者、我に続けっ!」
勢いばかり凄まじい新たな魔界の女神、だが今はコイツの能力に期待する他なく、ひとまずは色々と任せて見ることとしよう……




