1160 クリーチャー化
「いやさ、だから誰あんた? そっちの堕天使様はわかるよ普通に、お偉い方だからね、でもあんた何? 魔界人間でさえないその辺のクズだよね? 生きている価値あんのホントに? 死んだ方が無難じゃない?」
「え? ちょっと何だよこのおっさん? すげぇムカつくんですけど、マジでどうなってんだよここの行政は? ふざけてんじゃねぇぞクレーム入れんぞこのハゲ」
「はいはい、そういうのウチ受け付けてないから、てかあんた魔界じゃなくて下界の存在だよね? てかそっちの、お前も下界のウサギ魔族、あんた何食ってんの?」
「……セロリよ、この後ニンジンも食べるわ」
「ここ飲食禁止だから! 壁に書いてあるよね? あ、ちょっと別のポスターで隠れちゃってるけど、飲食禁止なんてそんなの当たり前だからね、もう帰って欲しいんだよね、そういう方々の不当な要求とかに付き合う所じゃないからここ、わかる?」
「あの、低俗なる魔界人間の受付よ、堕天使の、しかも上級の者である私が良いと言っているのです、それについてはツッコミなど入れることなく、今はただただ上に取次ぎなさい、あなたのようなハゲのモブでは話になりませんから」
「へへーっ! 堕天使様の仰る通りにございます、ではすぐに上の者に……え? 大蟯虫クリーチャーですかっ!? それはっ! そんな最低なモノがこの町にっ!」
「いやお前よりはマシだと思うがな……」
市庁舎のような場所、入口付近に早速あった総合窓口のような場所に座っていたおっさんの魔界人間は実に鬱陶しい、通常であれば直ちに処分するようなゴミ野朗であった。
だが今は大蟯虫クリーチャーへの対応のため、俺は怒りをグッと堪えて……まぁ、後でブチ殺すというか、コイツの行いに係る連帯責任によってこの市庁舎的な場所ごと消滅させるつもりなのだが、とにかく手は出さないでおく。
で、堕天使さんの言うことだけはキッチリ聞くらしい魔界人間のハゲは、大蟯虫クリーチャーの名前が出るとすぐに焦り出し、あたふたしながらも上に取り次ぐような動きを見せる。
それから数分待ったところで、奥に続いていた廊下の先の階段から、転げ落ちるようにしてわけのわからないデブが駆け降りてこちらへ来た。
どうやらコイツが取り次がれた『上の者』であるようだが……どいつもこいつも使えなさそうなキャラばかりであって、本当にこんな連中で大丈夫なのかというのが現時点での感想だ。
デブはぜぇぜぇと肩で息をしながら、脂汗を垂らしながらもようやく俺達の下へ辿り着いたのだが……疲れすぎていてまともに会話することさえ叶わないようである。
そんなことであれば普通に早歩き程度で来るか、或いは持ち前の丸い体型を利用してリアルに転がって来れば良かったのに……などとも思うが、今はデブの正しい動き方について思いを巡らせているような暇ではない……
「はいはいそこのデブのおっさん、あんた大丈夫なの? 死ぬなら死んでも良いけど、この件に対応する後任者みたいなのは遺言書でも何でも良いから指定しなさいよね」
「い……遺言執行者は……」
「そんなの要らないから、てか生きてんならサッサと起きなさい、ヤバいことが起こっているってのぐらいわかってんでしょあんたの腐った脳みそでもっ」
「腐っているのではありません、発酵しているのです……っと、それどころじゃないですブヒィィィッ! だっ、だいっ……大蟯虫クリーチャーがこの町にぃぃぃっ! 終わりだ、この町は終わりだぁぁぁっ!」
「唐突に出てきたブタの鳴き真似は何だったんだ? 単発だったようだが……」
「それどころじゃないですってば、てか誰あんた? は? 下界のゴミかよ鬱陶しい、えっと……堕天使様ぁぁぁっ!」
「気持ちの悪いデブですね、少しは落ち着きなさい、下賎なるこの町の首長よ、あなたがそんなんでどうするんですか普通に? だからあのスラム街のゴミ共とか、町のすぐ近くに野盗だの盗賊団だの、大蟯虫クリーチャーだのが発生するのですっ!」
「ひぃぃぃっ! 無能ですみませんっしたぁぁぁっ! どうにかして下さいっ、大蟯虫クリーチャーをどうにか殲滅して下さいっ、あと汚職とセクハラとパワハラしまくってたらリコールされそうなのも、どうか堕天使様のお力でどうにか……え? 無理ってどういうことっすか? じゃあせめて絶対に逮捕されないようにとか、お願いしますブヒィィィッ!」
「ろくでもねぇデブだなコイツは……」
責任者であってこの町の首長であって、受付の鬱陶しいハゲが取り次いだことによってやって来た上の者でもあるクソデブ豚野郎。
どさくさに紛れて自分の犯罪事実を揉み消して貰おうとしている辺り、やはりどこの世界でも、たとえ下界ではなく魔界という少し上位に位置する世界であったとしても、政治家というのは得てしてこういうものなのだと思わせてくれる。
その首長のデブは明らかに使えないため、堕天使さんが諭すようにしてもっと使える、採取してきたサンプルの分析を行える有能な者を呼び出すこと、そして自分はとっとと辞職して処刑されるべきことなどを伝えた。
諦め切れないデブはまだ堕天使さんに縋り付いて、まるでブタのように鳴き、いや泣き叫んでいるようだが、その間に先程の階段の上から有能そうな集団が降りて来たではないか。
黒系の装備で武装したおっさんに魔法使い風の女性、そして黒を貴重とした悪そうな色合いの神官女性に……最後の戦士風のデカブツは階段で引っ掛かってしまってこちらに来ることが出来ないようだ。
とにかく4人パーティーと思しき、しかも『魔界公式マーク』を胸に付けた集団は、最後の引っ掛かっていた戦士がようやく『しゃがむことで通れるようになる』ということに気付いたらしく、揃ってこちらにやって来たのであった。
そしてやはりその中のリーダーらしきおっさん、どちらかというと闇堕ちしてしまった勇者のようなのだが、それが前に出て、しかも堕天使さんの前で片膝を付く……
「どうも、ここに参上致しましたのはこの町のご当地闇勇者パーティーにございます、事情の方は……かなりアレな状態のようですね、何かお力になれることがあれば……例えばこの魔界の者ではない、どうしてここに居るのかさえわからないような場違い連中を始末するとか、何なりと仰せつかって下さいませ」
「あ、えっと、矮小なるご当地闇勇者パーティーの、その高そうな兜の下は不毛の大地となり果てているであろう何かよ、それはしなくて結構です、今はただ、大蟯虫クリーチャーへの対応を考えるため、町の中にどの程度それと、それの卵が散布されてしまっているのかということを調査するのが先です」
「左様ですか、では……まず町の井戸水のサンプルをこちらへ、そしてそこの馬鹿面下げた変な下界……驚いたっ、下界どころかこの世界の者でさえないチンパンジーではございませんか、コイツを騙して一気飲みさせてみましょう、そして頃合を見計らって解剖してみるのです」
「お前マジで殺すぞオラッ、堕天使さん、とにかくこいつ等にサンプルを預けるのは……とまぁ、他に人材が居ないのかこの町には……」
態度はともかく、こいつ等、というかこの馬鹿の後ろに控えている黒魔術師のような女や闇の神官のような女の力を使えば、この水や組織サンプルの中に大蟯虫クリーチャーの成分が含まれているのかどうかを見極めることが可能なのかも知れない。
そのさらに後ろに居る戦士風のデカブツについては、まぁ会話が成立するかどうかもわからない次元の脳筋であろうから無視しておくとして、とにかくこいつ等に任せるしかないのであろう。
しかしサンプルの水を飲ませるのは俺ではなくてまた他の誰かに……と、先程のデブがそそくさとこの場を立ち去ろうとしているではないか。
それから受付のムカつくハゲ、こちらについても使ってみる価値はありそうな感じだな。
この2匹を実験体として、まずは水の方のサンプルから分析していくこととしよう。
早速ハゲとデブを捕らえるよう堕天使さんに命じると、堕天使さんはさらに闇堕ち勇者にそれを命じ、さらに闇堕ち勇者が後ろのデカブツに……デカブツは命令の意味がわからず、混乱して暴れ出してしまった。
仕方なし、という感じで闇堕ち勇者が1人で動き、2匹をとっ捕まえて堕天使さんの前に引きずり出す。
この場所ではアレだし、どこか落ち着いてゆっくり実験等が出来る場所へ移動したいところだ……
「おう堕天使さん、この庁舎の中に空いているような部屋がないか聞いてくれ、そこで腰を据えてジックリと分析をさせたい」
「わかりました、では矮小な者共よ、このゴミ2匹を持って、どこか別の場所へ移動しなさい、選定は任せますので」
『へへーっ! 駄天使様の仰せのままにっ!』
ということで場所移動、闇堕ち勇者曰く、やはりこんな建物にも存在している地下の牢獄兼拷問部屋のような場所が良いということになり、すぐにその場へと向かった……
※※※
「ひぃぃぃっ! 助けてくれぇぇぇっ! 俺は単なる受付でっ、コイツが首長だから犠牲にするならコイツだけをっ!」
「何を言うかっ! 首長であるからこそ助からねばならぬのであって、大蟯虫クリーチャーを植え付けるならこのハゲにっ!」
「うっせぇな、とっとと飲めやオラッ」
『ギャァァァッ……ごっくん……あぁぁぁぁぁぁっ!』
「でだ、おいそこの異世界人、早くお前もサンプルを飲めよ、それともそっちの寄生されているかも知れない馬鹿の死体の欠片を、そのまま取り出して生で喰いたいのか? あんっ?」
「何だとオラッ! お前俺様がどういった存在なのかわかってんのかボケがっ!」
「はいはい、似た者同士で喧嘩するなら外で、2人共そのヤバそうな水をごっくんした後にしてちょうだい、たぶん勇者様は死なないでしょうけどそのぐらいじゃ」
「そうね、とにかく邪魔はしないで、この2匹のどっちかに変化が……そんなにすぐ出るものじゃないのかしらやっぱり?」
適当に磔にしたうえで、適当に大蟯虫クリーチャーに汚染されていると思しき井戸の水を飲ませてみたハゲとデブ。
だが直ちに何か変化が起こるというわけではなく、単に絶望したような表情になったのみである。
良く考えてみればこの大蟯虫クリーチャーというバケモノ、この水の中には目に見えないほど小さい卵のような状態で入っている可能性しかないのであって、それを取り込んだとしても、成長するのにはかなりの時間を要するはずだ。
ではその成長が済むまで、ここで薄汚いハゲとデブの鬱陶しい顔面を眺めて待っているしかないというのであろうか。
いや、それはさすがに酷すぎる、何かもっとこう、成長を促進させるなど出来ないものか。
というようなことを考えていると、敵の、いや今のところ敵ではないのだが、闇堕ち勇者パーティーのメンバーの1人である黒魔術師的な女が前に出る。
決してそのことに触れたりはしないのだが、同じ攻撃魔法の使い手であると思しき存在であるというのに、セラと違ってグラマラスなボディをお持ちの黒魔術師的な女。
それが何やら呪文のようなものを唱え始めると、目の前で磔にされているハゲの方がやたらと苦しみ出すと同時に、その腹の付近に魔法陣のようなものが浮かび上がってきたではないか……
「……何をしているんですかあなたは? 見たところ魔法を使っているようですが」
「静かにして下さい、下界の下賤な存在の中ではそこそこ高級な、おそらく王族と思しきキャラクターの方、今私が魔力を集中して、このカス野郎が飲み込んだ水を活性化しています」
「あら、活性化した水がどうのこうのというタイプの詐欺師の方でしたか、後でこの魔界の憲兵にでも通報しておきますね」
「そうではなくて、本当に魔力で水を……そして飲み込んだのであろう大蟯虫クリーチャーに対してもその力を与えているのです、それゆえこのカス野郎は今……まさに大蟯虫クリーチャーに取って代わられようとしているのです」
何となくやっていることはわかるというのに、どことなく嫌がらせじみたマリエルの語り掛けによって集中し切れない黒魔術師的な女。
おそらくマリエルはこの女の力を計測しているのであろうが、それがたいしたものではないということぐらい、今のブレブレな魔法を見ているだけでわかってしまう。
同時に残りの3人、いや女性キャラはもう1人だけだから、1人と2匹としておくのが妥当なのであろうが、これについても実にたいしたことがない、というよりも雑魚キャラの部類である。
もちろん魔界について、そして魔界特有の魔法などについての知識は持っており、それゆえ危険極まりない大蟯虫クリーチャーに関しても、このようなことが出来るのだとは思う。
だが所詮は魔界の一般人、魔界人間と呼ばれるようなモブキャラだ、堕天使でさえ俺達の強さには遠く及ばないし、神でさえ場合によってはそうであるというのに、このような連中の強さなど気に留めるまでもないということであろうな。
で、そんな感じではあるのだが、黒魔術師的な女はどうにかこうにか術式を完遂させたらしい。
先程まで苦しんでいたハゲは静かになり、目を見開いた状態で眼球のみをキョロキョロと動かしている。
おそらくは中身が大蟯虫クリーチャーに変化して、まずは周囲の情報を獲得しようとしているのであろうが……これは実に気持ち悪い、今すぐにでも焼き殺してやりたいところだ。
だがそういうわけにもいかず、このハゲの内部がどのように置き換わったのかなどを確認して行かなくてはならないのだが……
「……グギギギギッ、どうやら罠に嵌められたようだな、せっかく寄生することが出来たというのに、この状態ではもう詰みではないか」
「やはり大蟯虫クリーチャーに汚染されていたようですね、この町の、とりわけスラム街の井戸水は」
「フハハハハッ、そんなちょっとばかしの範囲ではないわっ、既にこの町、かなり上層部が暮らす中心部以外には、我や我の同胞が散って、その活躍のときを待ちながら眠っていると心得よ、ハーッハッハッハ!」
「ひぃぃぃっ! こっ、こんなになってしまうような水を飲まされて……もう、もうお終いだぁぁぁっ! ブヒィィィィィィッ!」
「ユリナ、もうどっちも必要ないし、跡形も残らないように焼き払っておいてくれ」
「はいですの……でもご主人様、何だか知りませんがこの魔界人間とやらの闇堕ち勇者が前に立ちはだかって……どうしたんでしょうか?」
「知らねぇ、一緒に死にたいんじゃねぇのか? 人生に絶望したとか、そこの女のどっちかにキモがられているとか、そういうことなんだなろうよ、ちょっと虚ろな目をしているのは気になるがな」
「それとご主人様、この人、中の音がさっきからちょっとずつ変わっていますよ」
「これってカレンちゃん……大蟯虫クリーチャーってやつの動く音よね……」
「そうだと思います、というかそうです絶対に」
「え? てことはじゃあ……この野郎、てかそっち、他のメンバーもやべぇんじゃねぇのかっ?」
「そんなっ? 私達までこんなバケモノにっ……うぅっ……」
「あ、倒れちゃいましたね黒魔術師っぽい人と闇の神官っぽい人、もしもーっし」
もう井戸水については十分な確証が得られたため、サンプルを飲ませた2匹を始末しようとしたところ、つい5分ほど前から静かになっていた闇堕ち勇者が、どういうわけか焼却処分をしようとしたユリナの前に立ちはだかったのである。
それは単なる自殺志願にも見えたし、そういうことなのであればそうしてやることも吝かではないというのが俺達のお気持ちであったのだが、実際にはそうではなかった。
この闇堕ち勇者は、既にどこかで大蟯虫クリーチャーを体内に取り込んでしまっていたのだ。
そして先程まではその潜伏期間であって、おそらくは黒魔術師的な女が用いたあの魔法の余波を受けて……ということなのであろう。
で、この闇堕ち勇者がそうであったということは、残りの3人、ではなく2人の女性と1匹のデカブツも同じような状態である可能性が極めて高い。
パーティーである以上ほぼ一緒に生活し、同じようなものを同じような場所で口に入れていたのであろうから、もしうち1個体がそうなったのであれば、残りがそうならないというのはまず考えられないのである。
その状況を察知してか、女性キャラである黒魔術師的な女と闇の神官的な女はショックで気を失い、後ろで事態が飲み込めていない風の戦士らしきデカブツのみがその場に残った。
もう闇堕ち勇者は闇堕ち勇者ではなく、武器を抜いてまず大蟯虫クリーチャー化したハゲを救出、そして2匹で向き直り、こちらに向けて殺気を放ち始めたのであるが……所詮どうなっても雑魚は雑魚、戦ってどうにかならない相手ではないな……
「げぇ~っへっへ、さすがに勝てそうな気はしねぇし、俺達はここで終わりなんだろうけどよ、ま、一矢報いて後のことは後の奴等に任せるとしようぜ」
「ギヒヒヒヒッ、そりゃ面白れぇ、こいつ等が俺達を焼き払う前に、爆発でも起こして『後任者』を撒き散らしちまおうぜ、そしたらこの町の終わりも近付くし、いずれ魔界は俺達のモノだっ」
「え? ちょっと凄い野心家なんdねすけどこのバケモノ達、どうするんですかこんなの、ねぇ勇者様?」
「いや俺にそんなこと言われたってな……とにかく物体と近い感じで対応していくしかないんじゃないのか? あっちは俺達の世界も含めて複数の場所で撃退事例があったみたいだが……」
「今回は私達が最初、記念すべき第一号ということですね……何か報酬とかファーストクリアボーナスとか貰えたら凄く嬉しいです」
意気込みを語り始めたミラと、それに続いて武器を構え、大蟯虫クリーチャーのどのような小さな破片もこの世に、この魔界に残さない姿勢の俺達。
ひとまずここは戦って、最低でもこの場所だけの安全と清浄を確保しておくこととしよう……




