1158 大寄生クリーチャー
「おいおい、今度はクリーチャーワームが16両編成になったのが出現したぞ、しかも空まで飛んで……先頭車両は上半身だけおっさんのあのタイプなのか……」
「このバケモノは共食いを試みたクリーチャーワームが無駄に連結してしまって、どういうわけかそのまま空を飛び出したもので、先頭の進化形態はあの感じなんで特に別のクリーチャーワームを捕食しようとなどせずあのような形に……あ、その情報は要りませんよね、大変失礼致しました」
「とにかく気持ち悪りぃし鬱陶しいしで困るんだよ、どうにかあんなのに襲われないような進み方が出来ないもんかな?」
「それは難しそうよね、移動している以上雑魚敵とのエンカウントはあるわけだし、それが成るべく少ないようにするためのアイテムとかがあれば違うんでしょうけど……ルビアちゃん、何か持っているかしら?」
「そうですね……あっ、そういえば一旦元の世界に戻ったとき、倉庫で聖なる水を発見して持って来ましたが、これを振り掛けたらどうでしょうか?」
「おっ、良いんじゃないかそれ? 聖なる水といえば雑魚モンスター除けとして有名だからな、どこでそんなモノをゲットしてどうして倉庫にあったのかは知らないが、使えるものなら使ってみようぜ」
「ちなみにそれ、夏場に精霊様がかいていた寝汗を雑巾で拭き取って搾ったものです、何かに使えるかと思ったのと、そういう系の信者とかに売れるんじゃないかと思って保存しておきました」
『・・・・・・・・・・』
ルビアが持参していた聖なる水、もとい精霊様の寝汗の熟成したやつであるが、小瓶の中に入ったままの状態であっても、その聖なる力が瓶瓶に伝わってくるようなシロモノだ。
きっと夏の間中倉庫の中にあって、良い感じに聖なる何かが発酵したり何だりして……それを全身に振り掛けるのには少し抵抗があるのだが、まぁ、精霊様由来の成分であることを考えれば問題ないであろう。
その成分を抽出された本人も、特に恥ずかしがってはいないところを見るに、その聖なる水がアイテムとして正常なモノであり、何か酸っぱい臭いがしたりとかそういうことはないということを窺わせる。
で、ルビアがその小瓶を開けた瞬間に、普通に無視していた上空のクリーチャーワームを改造したような『龍』はアッサリと消し飛び、ついでに聖なるオーラの膜が俺達を包み込んだ。
これならあのような雑魚共は近寄り難いと感じる、どころか本能的に恐怖して見える範囲に出現したりもしないし、万が一近付いたりすればあの『龍』のように消し飛ぶ運命にあるはず。
そのようなナイスであると判断し得る状況下において、たったひとつだけ問題なのは……堕天使さんがこの聖なる水の力に耐え切れない可能性が高いということである……
「ひぃぃぃっ! 目が痛いっ、鼻の奥が痛いっ、というか全身の粘膜的な場所が全て痛いぃぃぃっ!」
「大丈夫か堕天使さん? もうちょっと我慢とか……無理そうだな、汗と涙と涎と、その他諸々がダラダラしていやがるぞ」
「これはかなりキツい感じですわね、私やサリナ、マーサもそうかと思いますが、ちょっと目がかゆいというか何というか……」
「花粉症みたいなものか、まぁ自業自得ってとこだな、自分が魔の者で悪の存在なのが悪くて……何か俺も頭がピリピリするんだが?」
「勇者様も『悪の者』と判断されたんじゃないかしら? ほら、知能とか生活環境が劣悪だから」
「マジかふざけんなっ、おい精霊様、これ頭のピリピリはどうなってんだよ?」
「知らないけど、そのまま放っておいたら普通にハゲになりそうね、そしたら安物のズラを買ってあげるわ、もちろん人前で吹き飛ばしたりして遊んであげるけど」
「ざっけんじゃねぇぇぇっ! おいっ、誰か帽子貸せ帽子! このままだと大ハゲ勇者様になっちまうだろっ!」
結局帽子などは誰も持っておらず、仕方がないので上着を頭に被り、連行される犯罪者のようなスタイルで移動を再開した。
ちなみに苦しみ悶えている堕天使さんについては、雑魚敵とエンカウントしなくなったことによって早期警戒の必要がなくなったミラとジェシカがそれぞれ手足を持って運んでやっている。
その後しばらくの間、といっても3時間かその程度であるが、一度もわけのわからない魔界クリーチャーなどに遭遇することなく歩き続け、俺達はようやく目的の町を遥か彼方に捉えることが出来たのであった……
「見えますよっ! ちっちゃい人が一杯動いてますっ!」
「ちっちゃい人じゃなくて遠いだけだかんな、しかしアレが……良く見えないがとにかく町なのか、一応城壁らしきもので囲まれているみたいだが……空を飛ぶバケモノに対してはどういう防御をしているんdな?」
「それこそ武器職人が作った兵器で防御しているんじゃないかしら? 見たところ魔界における魔物的な存在は、野生化したクリーチャーの類が大半みたいだし」
「そういうことか、そういえば俺達の世界で存在しているもうひとつのモンスター、というか敵キャラの野盗とか山賊とかは出現しなかったもんな、居ないのかそういうのは魔界に?」
「わかんないけど、堕天使さんが復活したら聞いてみましょ、そろそろ聖なる水の効果も薄まってきたみたいだし、そのうちに……っと思ったら終わったわね」
「そしてそのとたんに何か出現したぞ、これは……おっ、野盗の類ではないのか?」
「噂をすれば陰ってやつだな、この野郎共、元々魔界の住人なのかそれともクリーチャーなのか……」
「ヒャッハーッ、変なオーラで守られていた旅人共! 残念ながら町の直前で効果切れになっちまったみてぇだなっ!」
「ゲェ~ッヘッヘ、ほとんど女ばっかりじゃねぇか、ヤバそうな堕天使も居るみてぇだが……こりゃあ体調不良ってやつか?」
「そんなんだったらもう貰ったようなもんだぜっ、1匹だけ居る野郎はブチッ……」
「何やってんだお前首がブチッて、お前じゃなくてこの男をブチ殺す……へっ? ブチッ……」
「なっ、何だぁぁぁっ⁉ いきなり首がブチッ……あれ? 俺の首は?」
「どうやら普通に魔界の住人みたいなのと、首をブチッとやっても生きているようなクリーチャー紛いのが居るみたいですね、どうしますか勇者様?」
「どうするってもな……数は50ぐらいか、野盗集団にしちゃそこそこの大軍勢だな……とにかく首でもブチッておこうか……」
ということで出現した野盗集団の首をブチブチと、それらが混乱して動けないでいるうちにブチッていく。
およそ半数はたったそれだけで、首をブチられただけで死亡してしまうような軟弱な生物のようだ。
そしてブチられても生きている、しかもその状態でなぜか喋るものは……首ではなくボディーの方が本体であるようだな。
切断面の中から小さなおっさんクリーチャーが出現し、こちらの様子を窺っている辺り、元々は魔界の住人であった者に寄生し、コントロールするタイプのクリーチャーなのであろう。
で、あっというまにブチり終えた俺達は、危険を察知して逃げ出そうとしている、主にボディーだけとなった野盗を複数体殺害して牽制し、その他を全く動くことが出来ないような脅迫状態に陥れた。
諦めて降参し、小さなおっさんクリーチャーがヌルヌルとボディーの中から……これは一体何なのだ? 見た目は一段階進化したクリーチャーワームに類似しているのだが、色も真っ白だし何やら違うバケモノのようである……
「……っと、復活したか堕天使さん? 早速だけどコレは何なんだ? 気持ち悪い見た目であるところを見るにクリーチャーなのは確からしいが……マジで何?」
「ケホッ、ケホッ、あ~、あ~っ……もう大丈夫そうです、それで、目の前に居るそれはえっと……ひぃぃぃっ! 大蟯虫クリーチャーじゃないですかっ⁉ どうしてそんなモノがここにっ?」
「大蟯虫クリーチャーって……そもそも何なのよそれ? あまり気持ちの良いものではないのは確かでしょうけど」
「ヤバいんですよコレだけはっ! しかも普通の魔界人間に寄生していたってことですよねこれっ? となるとあの町はもう……」
『ゲェ~ッヘッヘッヘ、堕天使が復活しやがったか、だがもう遅せぇぞ、俺達が殺られようとも、そこら中に散った同胞がこの魔界人間みたいなのに寄生しているんだからなっ』
『そうだそうだっ、普段から汚ってねぇ生活をしている奴から、俺達大蟯虫クリーチャー様の餌食になっていくんだっ』
「何だか知らないがとりあえず死ねっ」
『ギョェェェェッ! だっ、第一から第五十二の我等が死んでもっ、その後にまた新しい我等が……』
名前からして汚らしい感じの大蟯虫クリーチャーを、その場に居る分だけ、魔界人間とかいう魔界の住人であって、先程首をブチられた野党からにょろにょろと出てきているのが確認出来る範囲で殺害しておく。
良く考えればクリーチャーの分際で喋るし、そして小さな人間のような上半身を持っているしでなかなかに気持ち悪いのだが、これに対する堕天使さんのビビり方がまた衝撃である。
聖なる水の効果から復活したばかりだというのに、堕天使さんは頭を抱え、どうしたものかと思い悩んでいるのだが……とにかく、この大蟯虫クリーチャーとやらがどうヤバい存在なのか、それを把握しておきたいところだ。
もちろんこれが寄生タイプのクリーチャーであって、その大量発生、というか発生していることそのものによって、この先に見える目的地の町が脅かされているというのは雰囲気でわかってしまうのだが。
それだけではなくもっと詳しい事情が、どこがどうなってどうヤバいのかということを聞き出したく、まずはセラが質問を投げ掛ける……
「……それで、あの変なキモかったののどこがダメなわけ? 居るなら居るで、全部見つけ出して焼き払えば良いんじゃないのそんなの?」
「無理なんですよ、絶対に無理です、あの大蟯虫クリーチャーは卵がとても小さくて、それが魔界人間の口から入り込むと、中であのような姿に成長して……」
「ケツから小さい卵が出てくるってか? まんま寄生虫じゃねぇかそんなもん」
「それで、残念ながら寄生された魔界人間? はどうなってしまうのかしら? 見たところ『ヒト』ではない何かに置き換わっていたみたいですけど」
「もう完全に支配されてしまいます、まず中身をドロドロに溶かされて、そのエキスを上手く使われて……表面の皮の中はもう人間ではなくて、大蟯虫クリーチャーが新たに形成した魔法のボディーのような感じになってしまうのですよ、なんと恐ろしいっ!」
「良くわからんがそれが蔓延したらやべぇってことだけは良くわかったぞ、で、対策としてはどのようなものがあるんだ? 清潔にするとか、それ以上広めないように薬品や魔法でどうにかするとか、何かないのか?」
「今のところ、といっても既にどこかの悪神が悪戯で生み出したあの大蟯虫クリーチャーとの戦いは数十万年に及びますが、とにかく町が汚染されて住人が生き残ったケースはありませんっ! 奴等は人間のような形のまま人間のフリをして、そこへやって来る人間をまた大蟯虫クリーチャー化して……」
「ねぇ勇者様、そのやり方ってもしかして……物体のそれと近くないかしら?」
「物体⁉ どうして魔界の者ではないあなた方が物体という言葉を知っているのですかっ⁉ ちょっともう、その、混乱してきて……あぁっ……」
「おい大丈夫か堕天使さん? ルビア、ちょっと介抱してやれ、ショックか何かで完全に気を失ってしまったようだぞ」
「わかりました~っ」
大蟯虫クリーチャーなるバケモノの出現に加え、どういうわけかそれと同じような方法で俺達の世界をダメにしようとした『物体』についてセラが口に出した途端に、堕天使さんは脳の処理能力がキャパオーバーになってしまったらしい。
フラフラとバランスを崩してその場に倒れてしまった堕天使さんをルビアが受け止め、一応の回復魔法などを施して回復を早めておく。
しかし物体と似通っているという点はともかく、目的地としている町はもうその大蟯虫クリーチャーによって制圧されてしまっているかも知れないということなのだが……果たしてどう動いたら良いのであろうか。
もちろんあのようなバケモノに寄生されてしまい、体の内部からとやかくやられてしまうようであれば、いくら俺達が最強の勇者パーティーといえどもタダでは済むまい。
きっと腹を壊すなどして寝込むか、あるいは熱を出して1週間以上もの間、体調不良に苛まれるなどの最悪な事態になりかねないのだ。
そして何よりも、およそ2週間後にあの町へやって来るのだという、本来の目的である武器職人が、もしかすると大蟯虫クリーチャーとやらに対抗する術を持っておらず、魔界の普通の住人と同じようになってしまうかも知れないと考えると……これは放置しておいて良い事態ではないな。
とにかく堕天使さんがもう一度復活するのを待って、大蟯虫クリーチャーへの対処方法として、これまでに失敗したものであったとしても少しばかり効果を得たもの、まだ試していないものなどを聞き出さなくてはならない。
そうでもしない限り、あの町はもうあっという間に先程の首をブチッても死なない連中のような、まるで人間のようではあるが人間ではない、そんなバケモノの巣窟になってしまうのである……
「……んんっ……はっ! どういうわけか物体と大蟯虫クリーチャーによって砦が囲まれ、そこに異世界のもっとヤバい集団が攻め寄せる夢を……あっ! ひぃぃぃっ! ヤバい集団の方はガチでしたぁぁぁっ!」
「落ち着け堕天使さん、お前がしっかりしないと今はヤバい、おいっ!」
「近寄らないで下さいっ! あなたは顔的に大蟯虫クリーチャーの仲間ですっ! その類の生物に違いありませんっ!」
「……ちょっと、誰か堕天使さんに『蟯虫検査』をしてやってくれ、もちろん一撃で、かなりハードになっ」
「わかったわ、しっかりしないと……こうっ!」
「はうぅぅぅっ! はっ……ここはどこでしょうか? 大蟯虫クリーチャーによってもう終わろうとしているこのエリアの町は……どうなってしまったというのですかあれから?」
「ようやくまともさを取り戻したか……堕天使さん、落ち着いて聞いてくれ」
「あ、はい何でしょうか? 大蟯虫異世界勇者さん?」
「蟯虫は余計だ、で、その大蟯虫クリーチャーによってあのほら、かなり先に見えている町がヤバい、それが現状なのは把握しているな? だが俺達はあの町、というかあの町にやって来る予定の武器職人を守りたい、どうにかしてな」
「だからあんたの力を貸してって、大蟯虫異世界人が言っているわよ、プププッ、大蟯虫だって」
「マーサうるさいっ、で、どうなんだ? まだ生きている普通の魔界人間とやらが居れば、どうにか町を救うことが出来そうなのか?」
「そ、それはやってみないことにはわからなくて……もちろん普段から清潔にしていて、なるべく生ものや生水を飲まないようにしている魔界人間は寄生されるのが遅くはなりますが、いずれは……」
「なるほど水か……となるとだ、精霊様、さっきの聖なる水みたいなのをあの町の上水道に流せばどうにかなりそうだと思わないか?」
「あのね、さっきの感じだともちろん大蟯虫クリーチャーとかもどうにかなると思うけど、魔界の住人共もその水の力でどうにかなってしまいそうよ」
「……確かに、比較的強度が高い堕天使さんでもあのザマだったんだもんな、一般のモブ魔界人間なんてそれこそ消滅してしまうか……じゃあどうしたら……う~む」
「ねぇねぇ、とにかくあの町の近くまで行ってみないかしら? そしたら何かわかったりするかもよ、私、さっきの敵の中で普通の人間とそうじゃないのと、音で聞き分けることも出来そうだったし」
「マーサうるさ……くはないか、ホントにそんなことが出来るのか? いや、さすがに出来るよな、ならば……とにかく生水? に気を付けつつ、あの町を目指してみることとしようか」
『うぇ~いっ』
その後も何度か雑魚モンスターによる襲撃を受け、町の直前でまたしても盗賊団のような連中に襲われたのだが、それらの首をブチッてみたところ、出てきた大蟯虫クリーチャーは3匹だけであった。
つまり先程の汚らしい野党共よりも、比較的清潔で垢ぬけた生活をしている様子の、この町の近くに出没するカジュアルな格好の盗賊団の方が、まだマシな汚染状況であるということか。
そしてこの感じであれば、おそらくはまだ町の中の一般モブ魔界人間に関しては、かなり大蟯虫クリーチャー化している確率が低いのではないかというのが堕天使さんの見解であって、それについては俺もそうだと思っている。
ひとまずその堕天使さんを前面に押し出し、あたかも高級堕天使とその仲間が町へやって来たかのような感じで、そこそこ歓迎されるものの何かの調査に来たのではないかと警戒もされる、そんな感じで町の中へ入った。
そこまで大きな町ではないのだが、中に居る魔界人間の連中は、時折クリーチャーのような顔面の奴も存在してはいるものの、比較的俺達の世界の人間に近い容姿で生活している。
そして町の感じも、俺達が普段から王都で感じているのとほぼ変わらず、商店が軒を連ねる場所があって、兵士なのか憲兵なのか、とにかく武装した連中の詰所があって、町の中央付近と思しき場所には官庁らしき大きな建物が確認出来た。
で、問題の水なのだが……路肩を流れる用水路なのか悪水路なのか、とにかく見た感じは清純そのもの、当たり前のように魚も泳いでいて、これがあのバケモノの卵によって汚染されているとは思えないような状態だ。
だがあの大蟯虫クリーチャーの姿を確認している以上、必ずこの水の中に奴等が潜んでいるということであり、それは放っておけば徐々に広がる、そしてこの町全体が大蟯虫クリーチャーの城となってしまうのである……




