1144 魔界城砦へ
「う~んっ、むむむむっ……あっ、向こうに何か見えましたよっ、建物みたいな何かですっ、しかも超でっかいの!」
「そうか、じゃあ間違いなくそれが砦とやらだろうな、リリィ、もうちょっと詳しく見ることが出来るか? 人影があるかとか、兵士みたいなのが残っているかどうかとかだ」
「そうですね、何か黒い天使? みたいな人なら沢山居ますよ、堕天使ってやつ……しかもめっちゃこっち見てますっ!」
「おいおい、あの堕天使(最下級)の軍団で砦の勢力は全部だったんじゃねぇのかよ? っと、何か発射されてこっち来るような感じだが、ミサイルでも撃ってきたってのか?」
「違います、堕天使らしきのが1体こちらへ向かっているんです、さっきみたいなショボいのじゃなくて、かなり本格的な堕天使かと」
「本格的な堕天使って何なんだよ一体……まぁ、とにかく戦う準備はしておこう……うむ、確かにかなりの力を感じるな……」
砦らしき巨大建造物を発見したと同時に、それが前情報とは異なる状況にあるということもわかった。
敵勢力は滅失しておらず、普通に兵らしき姿が見えるとリリィが主張したのである。
そしてそこから飛び出してこちらへやって来る黒い影、本格的な堕天使とやららしいが……確かに堕天使だ。
先程まで相手にしていたおっさんに羽が生えたようなゴミではなく、スマートでクールなイメージの者である。
ただし中身の方は普通に野朗であって、期待していたような美少女堕天使ではないということも、接近して来た敵の様子がハッキリと見えてくるにつきわかってしまった。
おそらく美少女タイプの子はもっと上位であるから、攻め込んで来た俺達のような得体の知れない敵を出迎えるなど、そういう任務は雑魚の野朗堕天使に任される仕事なのであろう。
もちろん先程のカス共とは違って、おそらく副魔王かそれを軽く超える程度の力を持っている敵であるが……どうやらいきなり攻撃してくるようだ。
巨大な真っ黒の弓を構え、真っ黒な矢を放ってきた敵はおよそ500m先の上空に位置している。
超高速で飛来したその真っ黒な矢は、ジェシカが得意としているおっぱい白刃取りで受け止めた。
素材が何なのかはわからない、とにかく真っ黒であるというだけのその矢は、受け止めたジェシカのおっぱいに挟まれたまま凄まじい振動を始める……
「はぅぅぅぅっ! こっ、これは何なんだ一体? ヴヴヴヴヴヴヴッ!」
「すげぇ、めっちゃ揺れてやがんぞっ、これはこういう感じになるために作成された武器なのか?」
「いえ、普通に高速振動で敵をアレするタイプのものだと思いますよ、そもそもおっぱい白刃取りをやってのけるターゲットは想定していないはずで……それよりも勇者様、どうしますかあの敵?」
「うむ、あそこから動くつもりがないようだが、矢を止められたってことはわかっているはずなのに、どうするつもりなんだ?」
「ヴヴヴヴヴッ……主殿、向こうはこちらがこの位置からでは狙えないと、飛び道具を放ってきても逃れられると思い込んでいるんだっ、ヴヴヴヴヴッ……」
「良いからその矢もう捨てろよ……で、それじゃあこっちから攻撃するとしようか」
「精霊様の攻撃だとまたアレな感じになりますので、ここは私が……それっ!」
「……翼にヒットしたわね、炎上して……クルクル回転しながら落下しているわ」
「よし、じゃあちょっと行ってみようか、逃げ出される前にな」
地面に落下した堕天使、まさか攻撃を、しかも強烈なレーザー火魔法を受けるとは思わなかったのであろう。
先程の連中よりは強いのかも知れないが、その程度のことも予測出来ない馬鹿であるということだ。
そのまま接近した俺達は、片方の翼を失って地面でもがき苦しむ堕天使を発見し、ひとまず声を掛ける感じで……と、こちらに気付いたようで戦闘態勢に入ったではないか。
この状況でまだ戦おうというのは素晴らしいことなのかも知れないが、こちらからすれば普通鬱陶しいだけなので、ここは諦めて情報を吐いた後に、普通に名もない雑魚として死んで欲しいところであった。
そんな期待を裏切ったこの普通の堕天使に対しては、まず蹴りを入れて手持ちの弓を破壊してやる、そして股間にも蹴りを入れて大事な部分をデストロイしてやる。
これで大人しくなった……のだが、同時に意識の方も失ってしまったらしい、これでは話を聞くどころか通行の邪魔でしかない単なるブツではないか……
「どうする? コイツが目を覚ますのを待っている間に、普通にあの砦らしき場所まで行ってしまった方が早いような気がするぞ」
「そうねぇ、じゃあこの堕天使はもう殺しましょ、とにかくこういうのがあの場所に居るってことで……どうリリィちゃん? こんな感じの奴等かしら向こうに居るのは?」
「そうですそうですっ、でもこの人がやられて、そしたら凄く動き出していますよ、武器とか持って出て来て建物の前に並んでいるみたいです」
「完全な戦闘態勢に入ってしまったようですね、ほら、矢が飛んで来ますよ」
「ホントだ、全員回避しようぜ、またブルブルやられるかもだから受け止めようとすんなよ、わかったなジェシカ?」
「あぁ、今回はキッチリ避けて……やっぱり尻で挟んで止めてみても良いか?」
「余計なことすんなよな……」
余裕を持ってふざけているジェシカ以外にも、この特殊な素材で出来た矢が珍しいから持って帰ろうとか、どうにかして金儲けに活用出来ないかとか、そういった戦闘に関係のない考えを有している仲間が大半のようだ。
俺も地面に突き刺さったその矢を手に取ってみるのだが、単に高速振動するというだけであまり面白いものではない。
だがこれはもちろん人族と魔族の世界にはなかった素材であるし、精霊様でさえも知らないものなのだという。
きっとこのようなモノ、素材、その他が魔界にはゴロゴロしているはずであって、予想外のものが次から次へと出てくるに違いない。
その中には、こちらが見た目などでパッと想像するよりも遥かに危険なものがあるに違いないから、今回のようにショボい矢だなどと言って舐めプしない方が良いのかも知れないな。
特に今、黒い矢による攻勢が一時的に止んだところで飛来してくる謎の……黒い塊のようなもの。
一見すると単なる砲弾のように見えなくもないのだが、もしかするともしかするかも知れないのだ。
むしろ矢による攻撃を一時中止してまで撃ち込んできた時点で何かを疑うべきであろう。
こんな砲弾のようなものがヒットするわけがないというのは、どれだけ馬鹿でもわかるはずなのに撃ってくるのもそこそこおかしい……
「ヤバいかもだぞっ、全員避けるんだっ!」
「そんな気がするわね、走って、500メートルは後退しないとだわっ!」
「あっ、待って下さいよ~っ、置いて行かないで~っ」
一斉に逃げ出した俺達、逃げ遅れているのはアレがヤバいモノなのかも知れないと、そういう予想をすることが出来なかったルビアだけのようである。
もちろんルビアに関しては大丈夫だと思うので、特に助けに戻るようなことはせず、着弾するまでの間で全力の後退をしておく。
そして飛来した黒い砲弾のようなものが、俺達が元々経って居た場所に、地面に突き刺さったまま振動を続ける矢を踏み潰すようなかたちで着弾する。
地面にめり込んだが爆発などはしないようだ……むしろその球体の中央に亀裂が入り、まるで卵から雛が出てくるかのようなモーションを……いや、確実にそういう系のイベントだな……
「何か出てきますよっ……あれっ? 何にも出てこなかったです……」
「いや意味がわからんぞ、球体が降ってきて地面にめり込んでヒビとか入って、そんでもって割れて……何も出てこないとか頭おかしいんじゃないのか?」
「中は空洞だったようですね、謎生物が入っていた系のこういうのでありがちな『内側はネバネバ』とかそういうのもないです」
「何かの気配も感じないわね、ガスとかが出たようにも思えないし、変な菌とかそういうのも……感じない、完全に清浄な状態よこの付近は……」
近付いてみると、良くあるチョコレートの卵を割ると中からなにかが出てくるタイプの菓子、それに中身がスカだったような、そんな感じの光景だ。
もちろん規模としてはかなり大きく、人間が数人は入ることが出来そうな空洞が、何もないままにその割れた黒い球体の内側に存在している。
しばらく周囲を警戒するも、特に何かが起こるわけではないが、相変わらず敵の矢による攻撃は停止したままだ。
つまり何かあるのは間違いないのだが、そこには何もないという不思議な光景が広がって……っと、マーサが何かに反応したようだ、同時にカレンもそちらを向いた。
地面は草原であって、そこら中に突き刺さった振動する黒い矢、その振動音は矢が集中しているこのエリアで特に大きく、周囲で何かが動いたところでそれこそ気に留まらないであろう。
だが2人が確かに何かを捉えたのだ、それは同時に反応したことからもほぼ間違いなく、そして何もないように見える空間が何もないわけではないということを意味している。
そして今またしても、今度はマーサだけが何かを感じ取ったような仕草を見せる……と同時に回避運動を取る、何もない場所で、ギリギリでパンチを避けたボクサーのような動きで……
「ちょっと! 何か居るわよここにっ! 今攻撃を……ひゃんっ、足踏まれたっ!」
「わうっ! そっちに移動しました……でも見失って……見えないけどホントに何か居ますっ!」
「クソッ、この振動する矢はこういう意味を持っていたってのか……全員もう一度ここを離れるぞっ、静かな場所に移動して敵の動きを読むんだっ!」
気配もなければ姿もない、もちろんオーラや感じられる殺気なども一切なく、とにかく何かが存在していること、マーサが狙われたらしいということだけが判明している状況。
もし攻撃されたのがマーサでなかったらどうなっていたことか、きっと攻撃で風を切る音や振動など、この状況下においては感知することが出来ず、まともに喰らってしまっていたに違いない。
もちろん一番鋭いと感じたマーサを敵はあえて狙い、しかも攻撃に失敗した腹いせに足を踏んでやったということなのであろうが……とにかく今はその敵から離れるのが先だ。
全員で砦の方向に向かって走り、途中、やはり逃げ遅れていたルビアが何度か攻撃を受けてそれを無効化しているのを確認したが……どうやら振り切ったようだな。
敵はそこまで素早さが高いタイプではないらしい、どちらかというと敵に気付かれないままに接近して、一撃で葬り去るタイプの暗殺者なのであろう。
そしてその『透明』という性質上、何か武器を所持することは難しく、可能であったとしてもクリアでスケルトンな、氷の刃程度のものとなる。
今回はそれがないということは、マーサを攻撃した際には素手であったということだ。
そんな攻撃で俺達をどうこうすることが出来るのかという疑問は残るが、まだ確実に大丈夫だと決まったわけではない。
ひとまず矢がない場所で隊列を組み直した俺達であったが……敵はどこへ行ったのか、まだカレンもマーサも、そして他の仲間達もそれを発見するに至っていないようだ……そしてそこへ、また矢による攻撃が降り注ぐ……
「ちょっと! またこのビィィィンッみたいな矢じゃないの、これじゃあ……もしかしてさっきと同じ感じ?」
「あぁ、矢が降り注いでいるうちは大丈夫だろうが、これが終わったらまた奴が来るわよっ!」
「どうにかしないとなりませんわね……サリナ、ここから幻術で向こうの矢を放っている敵に何か出来ますの?」
「う~ん、ちょっとやってみないと何とも……あ、でも届きそうで……」
「よしっ、じゃあ全員でサリナをガードだ、矢は適当に薙ぎ払ってその場で集中出来るようにしてやろう」
「お願いしますね、それでは……」
俺達のガードの裏で術式を展開するサリナ、敵が矢を放っている砦の前まではまだかなりの距離があるのだが、それでも開始直後、飛来する矢の弾道が逸れ始めた。
徐々に力を増していき、さらに敵全体ではなくその一部に意識を集中して、より大きな効果を与えようと試みるサリナ。
それが功を奏したのか、ちょうど俺達の付近に降り注いでいた敵の矢は、そこから少し後退した場所に落下するようになって……もはや狙いが定まらなくなったようだ。
敵ごとにバラバラの場所を射ている状況が出来上がり、黒い振動矢はそこら中にばら撒かれる。
もちろん射手は俺達とその周囲を狙っているのであろうが、もう場所を把握することが出来ていないのだ。
そんな状況で、先程マーサが攻撃を受けた場所から今居るこの位置を結ぶラインを確認すると……何やら赤いものが点々と落ち、しかもその赤い何かが空中から流れ出しているではないか……
「おい、誰か見たか後ろ? 透明の奴、もしかしたら被弾して負傷したのかも知れないぞ」
「……ホントね、血が出ているのがバレバレじゃないの、でもこのまま気付かないフリでもしましょ、てかアイツ、もしかして血も透明だと思っているんじゃないかしら?」
「だとしたら滑稽だな、いきなり動きを読まれてどういう反応をするか見ものだぜ」
しばらくすると矢による攻撃は止み、そこら中で振動を続ける黒い矢のビィィィンッという音が聞こえる中で、出血している透明な何かが動き出した……ちなみに足を引き摺っているような進み方をしている。
きっと出血しているのは敵の足なのであろうが、もし人間と同サイズの何かであったとしたら、高さ的に太股辺りを負傷しているに違いない。
そしてその感じだともうまともに戦うことは出来ないはずだといったところなのだが……それでも助走を付け、未だに幻術の術式を展開している、最も油断していそうに見えるサリナに襲い掛かった……
「……おっと、喰らいませんよあなたの攻撃は、ちょっとそこで待っていて下さい、今あの砦の兵? ですかね? それにおかしな幻覚を送って気が狂ってしまうように仕向けていますから、あなたはその後です」
「・・・・・・・・・・」
どうして気付かれたのか、きっとそういう表情をしているに違いない敵であるが、そのままサッと後退し、もう一度助走を付けて……今度はカレンを狙った。
もちろんカレンには音も聞こえているはずだし、血がシミになっている透明な何かなど見えているも同然。
おそらく腕を振るったのであろう敵は、空気の流れでモーションを読まれ、そしてスパッとその腕を切断されて……鮮血が噴出した。
聞こえる小さな悲鳴、草を染め、地面に染み込んでいく血液……かなり訓練されているようだが、それでもダメージを受けたことによって声を出してしまったのであろう、それは仕方のないことだ。
で、もちろん今回の大出血は相当なものであって、もはやその透明さを保つことが出来ない程度には消耗しているらしい敵。
徐々に、うっすらとではあるがその姿が見え始めて……どうやら人間タイプのようだ、ツルツルの肌で、髪の毛もないような気持ちの悪い人間なのだが、ひとまず形状だけはそんな感じである……
「おい、もう見えてんぞお前、気持ち悪い面しやがって、おいっ」
「……なぜ我の居場所がわかった?」
「血が出てましたよ、あとその素人っぽい攻撃モーションとか、もうちょっと練習して下さい」
「クッ、もはやこれまでか、魔界の神に仕えて3万年、よもや敗北するときがこようとは……で、もう行って良いよお前等」
「何で敵を放置して行かなくちゃならねぇんだ、てか何だお前? どういう生物なの?」
「どう考えても未知のクリーチャーよね、人間ではもちろんないし、魔界独特の生物なのかしら?」
「我をクリーチャー扱いするでないっ! 我は神の創りし究極生物なるぞっ! わかったのならもう行け、貴様等に用はないのだからな、腕もくっつけないとだし、早く我が神の下へ、毒剣使いの神の下へと戻らねば」
「……すまんがその神この間殺したわ、あとお前もブチ殺すから腕の心配はもうしなくて良いぞ」
「はっ? 我の創造主である神を……殺しただと? そんなはずはあるまい、そんなことを出来るのは下界に居るという勇者パーティーとかいう危険な集団で……勇者パーティーとは……まさかっ!?」
「正解、そのまさかだ、わかったら死ねっ!」
「ギョェェェェッ!」
単に透明になり、しかも戦闘時に発するオーラ等を隠蔽することが可能、そんな感じのクリーチャーであったらしいこの気色悪い生物。
軽く衝撃を与えてやるとその全身がズバァァァッと消滅してしまうあたり、やはり奇襲攻撃に特化したタイプのバケモノとして生み出されたものなのであろう。
で、そんな雑魚キャラに構っていて時間を浪費してしまった俺達であるが、この間にもサリナが敵の砦に向けて何やら術を放ち続けていたようで、向かう先には異様な光景が広がっている。
発狂して走り回る堕天使、城壁に頭を打ち付けたり、自らの翼を捥ぎ取るなどの自傷行為に走る堕天使、そして装備している武器の弓を自分に向け、そのまま自決を試みる堕天使。
中には振動する謎の黒い矢をケツに突っ込んで、ガタガタしながら死んでいる奴も見受けられ、もはや砦は阿鼻叫喚の地獄。
もちろん死んだり狂ったりしているのは野朗の、死んでもどうなっても構わないようなモブ堕天使のみで、見渡す限りでは女の子の影が見当たらない。
だが砦の中から感じられる、この魔界へとやって来て感じた中で現状最も大きな力。
それ以外にもポツポツと何かの気配を感じるものの、それが段違いの大きさである。
これは間違いなくここのボスであろう、そしてそのクラスになれば、見た目も良くて話が通じるだけの知能を持った、普通の女の子キャラが出現する可能性は十分にあるゆえ、それに期待しておくこととしよう……




