113 修行パートと復活した敵
『ではセラさん、修行を始めるにあたって一旦私は杖から出ますね』
「わかったわ、でもどうやって出るの?」
セラがそういうか言わないかといったところで、杖の先からにゅうっとハンナの姿が現れる。
ランプの魔人かなんかですか、あんたは?
ちなみに茶髪のショート、服装も髪飾りもアラビア風だ。
「はい出ました! じゃあ早速始めましょう!」
「ちょっと待て、庭で危険な魔法を練習するんじゃない、城門の外に行くぞ」
「あ、それなら私は先に戦の報告をして来ます、王宮から戻ったら合流しますね」
「わかった、マリエル、ついでに何か昼食になりそうなものもかってきてくれると助かるぞ」
王宮へ行くマリエルを見送り、俺達は残りのメンバー全員で城門を通って王都の外に出た。
戦いで使った塹壕はまだそのまま残っているようだ、早く埋めないと事故が起きそうだな……
「で、ドレドは良いとしてハンナは縛られたままでコーチを出来るのか? 無理なら手だけでも縄を解いてやるぞ」
「いえ大丈夫です、ただ口で教えたり魔力を送ったりするだけですから、では改めて練習開始です!」
まずはセラが使える風魔法の確認から。
といっても風の刃と風防のみであるが、ハンナ曰く風防が使えれば相当レベルが高いという。
横でユリナもうんうんと頷いている。
俺は練習には興味が無いので日向ぼっこでもしておこう……
しばらく目を瞑っていると、どうやら眠ってしまったようだ。
体が宙に浮いた感じで目を覚ます。
「凄いですよセラさん! たった1時間で旋風まで出せるようになるなんて、このまま行けば1週間で全部マスターできますよ、本当に!」
「おい、それは良いがどうして俺を的にして練習しているんだよ!」
「あら、最初は動かない手頃な対象物を的にするのが魔法練習の基本なのよ、勇者様だって前にマリエルちゃんとかを的にしていたじゃない」
確かにそうだが今回のはちょっとヤバすぎるぞ。
俺のは素人がちょっと使えるようになるための練習だったが、セラは元々魔法が使えて、そこからさらに大量破壊魔法を習得しようとしているのだ。
全く危険性を理解していないと思しきセラには、帰ってからのお尻ペンペンを宣告しておいた。
ちょっと嬉しそうなのが癪に障る。
「みんな~っ! ご飯を買ってきましたよ~っ!」
マリエルが合流する、日はまだ完全には南に達していないが、そろそろ昼食を取っても罰が当たらない時間である。
一旦休憩して食事にしよう。
「マリエル、王宮の方から何か話はあったか?」
「ええ、色々とありすぎて何から話したら良いのやらといった感じです」
まず1つ目は、南門に置き去りになっているドレドの船に関してであった。
かなり大きいものなので、そのままにしておくと確実に往来の邪魔になる。
筋肉団の力で一旦横に退け、落ち着いたら改めて海までの運搬を計画するそうだ。
「ドレドは船と一緒に海へ移送することになる、それで構わないな?」
「ええ、そこでメイちゃんと一緒に暮らせばよいんですよね、その後大魔将様の城に近付くのは怖いですが、ここのお仕置きはもっと怖いので協力しますよ」
本人の了解も得たし、船の件については解決である。
「それと、空から落とされた岩で王城施設がかなり壊されてしまいましたので……」
「壊されてしまいましたので?」
「今回の報酬はハンナちゃんの杖だけで、金銭は一切給付されないそうです」
「ちょっと武装蜂起の準備を……」
マリエルが王族代表として必死に謝ってきたので、今回だけは仕方なく許してやった。
「で、あとはヒキタの件か? というかそもそもあいつはどうなってどこへ行ったんだ?」
「それもありますが、その前にこれを見て下さい」
何だこの紙は? 魔王軍からのご案内?
紙はポスターだった、魔王軍の方で新しく作ったものを、サンプルとして王宮に送りつけてきたらしい。
そこに書かれていたのは……
『魔王軍幹部大募集 ~集え、未来の魔将・魔将補佐~』
どうやら魔将2体、そして魔将補佐4体を新たに募集するためのものらしい。
いや魔将2体? 殺してしまったのは害虫魔将のみのはずだろう?
「亡くなった魔将2体はおそらく害虫さん、それからこの間死亡が確認された不快さんのことでしょうね」
そうだった……死んだかどうかをしっかりは確認はしていないものの、不快魔将デュフロスはどう見ても死体だったからな。
あのときは魔将補佐のおばさんが王都を陥落させていたからな。そっちに気を取られてすっかり忘れていたぞ。
「参ったな、これが選任されたらまたああいう感じの気持ち悪い奴らと戦わなきゃならんのか」
「まぁ、どう考えてもあの枠にはキモメンが入りますわよ、覚悟なさった方がよろしいかと」
「げぇぇ~っ、それこそヒキタの奴に任せてしまいたいぜ、あ、そういえばヒキタの話がまだだったな」
「その件なんですが、どうやらあのゴミは女神の名を出してまで保身を図っているようでして、こちらからは全く手が出せないそうです……」
話題に上がれば上がる程、そして話を聞けば聞く程にムカつく奴である。
本来ならもう500回ぐらい公開処刑されているべきだろうな。
「弱ったな、なかなか死んでくれないし、スルーしても向こうから寄って来るし、あと顔も気持ち悪いんだよな」
「それってあの私の補佐に付いていた男と戦っていた異世界人のことですか?」
「そうそう、キモかっただろ? アレにはかなり迷惑させられているんだよ、殺すわけにもいかんらしいしな」
「そうですね、あの名前も覚えていない補佐の男と似たり寄ったりでした……」
本当にアイツだけはどうしようもない、何か上手く死に追いやる方法は……そうだ!
「マリエル、そういえば以前害虫魔将が出て来た広場の穴があっただろう」
「ええ、もうすぐダンジョン化が完成して、王都の外にある出口を塞ぐそうですよ」
「そこをヒキタの墓場にしてやろうぜ、第一号客として中に入って貰うんだ、もちろん1人でな」
「ではそれでいきましょうか、あらかじめ中で魔物を追い立てて入り口付近に集めておくと良いですね、外から無様に死ぬところを観察出来ますよ」
「マリエル、おぬしも悪よのぉ~」
「いえいえ、勇者様ほどでは」
今度こそあの邪魔者が処分されることを祈ろう。
「さてセラさん、そろそろ午後の修行を始めますよ」
「わかったわハンナちゃん、じゃ、勇者様はまたそこから動かないでちょうだい」
「だから俺を的にするなと言っているであろうが、そっちの岩でも狙っていなさいよ!」
ようやく諦めてくれたのか、セラは渋々といった感じで岩に向かって旋風を放ち始める。
俺はもう一度昼寝でもしようかな……
※※※
「ん? あやっ! あぎゃぎゃぎゃぎゃああああっ!」
「やったわハンナちゃん! 雷魔法も普通のなら出せるようになったわよっ!」
「凄いです、これはもう才能としか思えませんよ、人族なのにここまで上達が早いなんて!」
「うぃぃ~っ! おまへ岩を的にひろほ何度いっはら……」
「あら、勇者様が何を言っているのかわからないわね、とうとう人間の言葉を忘れてしまったのかしら?」
「申し訳ありません勇者さん、岩は雷魔法をレジストしてしまうので……ちょっと使わせて頂きました、ゴメンナサイ!」
あ~、ビリビリする、これは麻痺させられているな……うん、しっかり状態異常が発動している。
ついでにセラも見ておこう、と思ったが見るまでも無かったな、こちらもスキルに雷魔法が追加されているのであった。
これでセラもスキル2つ持ち、しかも伝説の杖(魔将付き)を手に入れて大幅な戦力アップだ。
「というかいつの間にか夕方じゃないか、他のメンバーはどうしたんだ?」
「あそこの木の陰で寝ていたり、あとミラは買い物に行ったわね、私達もそろそろ帰るわよ」
「お前らは帰ってから覚悟しておけよ、ハンナもだぞ!」
「だからやめておこうって言ったじゃないですか、後で叱られるんですよね、超イヤですそんなの~」
「ハンナちゃん、もしかしてビビッているのかしら? 平気よ、たいしたことない異世界人だから」
聞き捨てならない台詞が聞こえてきたのだが、とりあえず今は帰ろう。
暗くなってしまいそうだ。
歩けないのでルビアとジェシカに肩を借りる。
リリィに乗せてもらおうと思ったのに、マーサの畑の手伝いがあって先に帰ったそうだ。
「ご主人様、そんなに必死に手を伸ばしても絶対におっぱいまで届きませんよ」
「うるさい、何事もチャレンジすることが重要なんだ、というか肩を借りるのは一方で良い、もう一方はおっぱいを貸すんだ!」
「馬鹿なことやってないで早く行くわよ、私はもうお腹がペコペコなの」
「セラ、お前は既にどれだけ食べても背が伸びたりはしないぞ、あとおっぱいもごっ!」
頭蓋骨が陥没して俺の背が少し縮んだ。
ルビアの治療が終わった頃、ようやく屋敷に辿り着いた。
「おかえりなさい、もうご飯の支度は出来ていますから、2階で配膳エレベーターを操作して下さい」
「ありがとうミラ、じゃあすぐに行くよ」
食事を終え、店の営業を終えたシルビアさんが戻って来るのを待ってから食事にする。
今日はモニカが居ない、そのまま家の方に帰ったらしい。
「ところでハンナ、セラの調子はかなり良いほうなのか? お世辞抜きで言ってくれ」
「ええ、とても上達が早くて驚いています、本来なら今のレベルに達するまで半年はかかるはずだったんですが、1日でしたね」
実際、ゼロからここまで風魔法・雷魔法を上達させようと考えた場合、通常の練習速度で30年、今のペースでも15年はかかるそうだ。
元々10年以上練習していたセラではあるが、初日でいきなり特殊魔法に手が届きそうなのは魔族も含めて前代未聞だという。
これは期待しても良いかもしれませんね。
「おほほっ、ほら勇者様、天才の私を褒め称えなさい!」
「はいはい偉い偉い、風呂上りにお仕置きだけどな」
「もうっ、それはわかっているわよっ!」
「う~っ、そういえば私もお仕置きなんでした……そうだ、杖に逃げ込めばっ!」
「セラ、ハンナに魔力を奪う腕輪を嵌めさせるんだ」
「でも新しいのを買わないともう無いわよ」
「じゃあカテニャとウシチチのをハンナとドレドに付け替えよう、カテニャ達は今更逃げても無駄だろうしな」
ハンナ達に腕輪を嵌めさせ、逃走を防止する。
この2人は全魔将討伐後もメンバーに残って貰うわけだからな、出来る限り余計な考えを起こさせないようにしておきたい。
「じゃあそろそろ風呂に入って、その後は酒でも飲もうぜ、今のところ敵は来ていないんだからな、平和なうちに楽しんでおこう」
※※※
「あ、そういえばハンナ、お前ら酒は飲めるのか?」
「ええ、私達は2人共大丈夫ですよ、もっとも飲むというよりは宿っているものに掛けて貰うことが多かったですが」
「へぇ~、何かそういう儀式的なものなのか?」
「さぁ、よくわかりませんがとりあえず掛けられていましたね……」
風呂では恒例の酒飲めるか聞くタイムである。
新しい者が入ってくると必ずこれをやっているような気がするな。
しかしハンナはおっぱいがイマイチだな、一方のドレドはなかなかだ。
きっと狭い武器に宿っていたか、それとも巨大な軍船に宿っていたかで成長の度合いが違ったのであろう。
魚とかも大きい水槽に入れるとサイズアップするというしな。
「さて私とハンナちゃんはそろそろ上がるわね」
「はいセラさん、ところで着替えはさっきミラさんから貰ったんですが、あのエッチなパンツは穿かないとダメなんでしょうか?」
「当然だぞ、精霊様が指定したものだからな、逆らうと痛い目を見たうえにもっとエッチなパンツを穿かされるぞ」
「それは困るのでちゃんと穿きます……」
俺達も風呂から上がっていくと、既にセラとハンナで宴席の準備をしてくれてあった。
この後セラは俺に、ハンナはシルビアさんに叩かれ、今日の件はそれで許して貰えることとなる。
「ほら、セラはこっちへ来い!」
「わかったわ、ハイどうぞ……あいひゃっ!」
セラは反省する様子が無いが、ハンナは反省している、というか恐怖すら覚えてしまったようだ。
とりあえず飲んで忘れておけと言っておいた。
ある程度の時間まで酒を飲み、翌日も修行があるため深夜になる前にお開きとした。
※※※
翌日も、その翌日もセラは魔法の修行に励んだ。
1週間もすると俺だけしか付いて行かなくなり、10日目からはセラとハンナが2人だけで森の手前の草原に通っていた。
そして修行開始からちょうど2週間が経過した日……
「勇者さん、セラさんの修行は完了です、明日実際にお見せしますのでそのつもりでお願いします」
「わかった、完成したのなら相当にヤバいだろうからな、絶対に俺を的にしないでくれよな!」
「それはさすがに大丈夫です……大丈夫なはずです! たぶん」
一度は言い切ったハンナであったが、横でニヤニヤしていたセラの顔を見てもう一度言い直した。
本当に大丈夫なんだろうな……
翌日の朝、全員で王都の外に出てセラの魔法を披露して貰う。
「ちょっとお姉ちゃん、地面とかその辺の木とかがボコボコじゃないの、後で片付けないと罰金を取られるわよ」
「大丈夫だミラ、城門の周りもこの間の塹壕を掘って埋めた時点でかなり汚いからな、この程度ならバレないはずだぞ」
「確かにそうですが……まぁ、バレたらヒキタのせいにでもしておきましょう」
「そうだな、じゃあセラ、早速竜巻の方から頼む……おい、だからこっちじゃなくてだな!」
冗談にも程がある、歯を見せて笑い、改めて森の方を向いたセラ。
その杖の先から徐々に、風……というよりも空気の塊が生じる。
やがてその空気の塊は上空で旋回を始め、少しづつ渦の形を作っていった。
「あ、ご主人様、空のぐるぐるがちょっとずつ尖がってきますよ、地面に刺さりそうです!」
「うむ、超すげぇな……」
昔ドキュメンタリー番組で見た竜巻ハンターの映像とほぼ同じだ、渦から伸びた突起の先端が地面に付くと、そこからはもうご存知竜巻である。
その後は右に左に暴れ周り、地上のあらゆるものを破壊して巻き上げてゆく。
「セラ、もう良いぞ、竜巻を消すか向こうにやるんだ!」
「それはまだコントロール出来ないわ」
「え?」
「ちなみにあの感じだとたぶんこっちへ来るわね」
「逃げるぞ!」
大慌てで走って逃げる、俺とルビアは足が遅いんだ、ちょっと待って欲しいのだが!
……ウシチチはもっと遅かったようだ、そうだよな、あのダイナマイトおっっぱいで速く走るなど到底不可能だからな。
5分以上死の鬼ごっこをした後、竜巻は自然に消滅していった。
「セラ、ハンナ、お前らはまたやってくれたようだな、あれが王都の中に入って行ったらどうするつもりだったんだ?」
「あ、そこまで考えていませんでした、これは大変失礼なことを」
礼を失うどころか命を失うところだったんだが?
「まぁ良い、竜巻はもう少し制御が効くようになってから実戦投入だ、派手だからあまり使いたくはないがな」
「どうして? 強い技を使った方が人気が出そうじゃないの」
「俺達だってハンナの雷を分析して回避したんだ、大魔将が同じことをしてこないとも限らんからな、秘密にしておくんだよ」
特殊魔法はいざというときのために残しておきたい。
そもそも破壊力がありすぎて普通の戦いでは使えないからな。
大魔将達は自分の城があってそこに居るみたいだし、そいつらと戦うときに開放して城ごとどっかーんしてしまえば良いだろう。
さて、散々なお披露目会も終わったことだし、そろそろ屋敷へ帰ろうか。
と思った矢先、城門の方からこちらへ走ってくる兵士の姿を見受ける。
何だろう、今の竜巻を見て驚いたのであろうか?
それとも別のトラブルが……
「ハァッ、ハァッ、勇者殿、王宮からです、報告があるので今すぐ王の間へ来られたし、とのことです」
「わかった、じゃあ俺とセラで行こう、リリィ、このまま頼むぞ」
他のメンバーはそのまま帰宅し、俺とセラだけがリリィに乗って王宮を目指す。
『ご主人様、今日は何だかスピードが出ますよ!』
「そうなのか、セラ、何かわけがわからんことでもやってるのか?」
「ふふんっ、ここのところの修行で風防もパワーアップしたのよ、先端を尖らせれば速く進むってこともわかったの、矢みたいにね」
そういうことか、だがこれで戦のときはセラにリリィを取られる可能性が高まったな。
ドラゴンに乗るのは勇者の専売特許であり、セラはただのゲストだと思っていたのだが、これはかなり危うくなってきたぞ……
しかしさすがのスピードである、あっという間に王宮へ着いてしまったではないか。
「おい駄王、用があるんだろ、俺は忙しいから簡潔に済ませるんだな」
「おぉ、ゆうしゃよ、今日はちとそういうわけにもいかんでな、どうやらこの間のポスターに載っていた2体の魔将が決まったそうなんじゃ」
「それが魔王軍からのお知らせにあったのか?」
「そうじゃ、あとは今日の正午にまた魔王の奴が幻影を出すとも言ってきておる、おぬしもここで見てゆくが良い」
そういえば最近魔王は姿を現さなかったな、そしてここで出て来るということはやはり新たな2体の魔将を紹介しようということなんだろうな。
ついでに大魔将のことについてもちょっと口を滑らせてくれると有難いんだが……
「ではこちらで早めに昼食を出すでの、勇者とセラ殿は良いとして、リリィちゃんはどうする? 何か食べて行くかの?」
「おばあさんは食べるところが少なそうなので要りません」
「いやわしじゃなくてだな……うむ、では干し肉を持って行くか」
干し肉を貰ったリリィはご機嫌で屋敷へと戻って行った。
他のメンバーには俺達抜きで昼食を取るように頼んで貰う、帰りは馬車だな。
ちょっと豪華なランチを頂いていると、ようやく魔王の幻影がお出ましのようだ。
煙のようなものが現れ、徐々に人の形を取ってゆく。
この間までと少し雰囲気が違うような……
あれ? これは完全におかしくないか……魔王の幻影、ドット絵じゃねぇか!




