1138 派遣
「……勇者様、何だか怪しいDMがポストに入っていたんですが……これ、例の奴のお店じゃないですか? というか完全にそうですよね?」
「そのようだな、今朝方そういうことをするというような予告は受けていたから特に問題は……裏が切り取って割引券として使えるようになっているのか……」
「いちいち手が込んでいるのがムカつきますね、貸して下さい、今日の夕食の火熾しで使いますから」
「そうだな、そのぐらいしか用途が……いやちょっと待てよ、少しばかり誘いに乗ってみるというのはどうだ?」
「でも勇者様、それじゃあ私達が出て敵の所へ行くという、一番回避すべき事態になって……そういうことじゃないんですか?」
「あぁ、そういうことじゃないんだ、あくまでも俺達はここで敵を待ち構えつつだな、この招待にはそれなりの、だが仲間ではないやつを送り込んで、しかも小馬鹿にしておくよう命じておくんだ、敵をさらにムカつかせる作戦だな」
「なるほど……じゃあ誰に行って貰いますか? 王国軍の兵士とかじゃ単に死人が増えるだけで……まぁ、あの場所なら肥料にするにはちょうど良いと思いますけど……」
「人の死骸を肥料にして作ったような野菜は絶対に食いたくないな……とまぁ、そこは絶対に死なない奴を送れば良いわけであって、特にそういった人材には困っていないだろう俺達は、なぁエリナ?」
「はっ、はいぃぃぃっ!」
俺とミラの会話を聞いていたにも拘らず、その場からコソコソと退散しようと試みていたエリナ。
もちろん不死であって、これまで何度も死ぬような目に遭ってきたというのにピンピンしている凶悪な魔族だ。
だが奴の所へこのエリナを送ったところで、俺達のこれからの戦いにつき特に何らかの役に立つことなく、もちろん情報を得ることも、敵を怒らせることもなく、当たり障りのない感じで済ませて帰って来てしまうことであろう。
別にこのエリナに能力がないとか馬鹿だとか、そういうわけではないのだが……きっと保身のことだけを考えて行動するに違いない、特に俺達の監視がない場所ではその傾向が強まるはず。
ということでエリナは勘弁してやり、その代わり庭の掃除でもしておけと命じて解放する。
他にパーティーメンバー以外で絶対に死なないキャラというと……まぁ、地下牢にはそこそこの数が居るな。
もちろん相手が魔界の神ゆえ、『そこそこの不死』では破られて殺されてしまう可能性があるため、エリナのように焼かれようと粉微塵になろうと、肉体そのものが消滅しようと特に問題を生じない、究極の不死でないとならない。
そうなってくると必然的に……副魔王辺りか、もちろん奴ものらりくらりと危険を回避するタイプなのだが、こちらには人質を取るという方法がある、魔王とセットで呼び出すのだ……
「ちょっと、ルビアとそれから精霊様、すこしばかり良いか? 地下から魔王と副魔王を引き摺り出して来て欲しいんだが、結構乱暴な感じで」
「あら、処刑でもするんですか? それとも脅かして遊ぶだけですか?」
「鞭でシバき倒すなら私に任せなさい、ヒーヒー言わせてやるんだから」
「どちらでもない、ちょっと副魔王にやって欲しいことがあってな、魔王に関しては副魔王がちゃんと働くようにするための人質だ、とにかく頼んだ」
『うぇ~いっ』
ちょうどいいところに居たルビアと精霊様によって、地下深くに幽閉してある魔王と副魔王が連れ出される。
ルビアのテクで良い感じに縛り上げられ、さらに精霊様によって暴力的な方法で引き摺られてだ。
だがもちろんこのような行為はいつものことなので、今回は何をされるのだという恐怖に怯えている様子はなく、むしろ2人共呆れているような感じであった……
「全く乱暴ねあんた達は……それで、今度は何をすれば良いわけ? 前回みたいにひたすら文献を漁るってのはゴメンよ、目が悪くなってしまうわ」
「魔王よ、残念ながら今回お前に用はない、用はないが……おい副魔王、寝るんじゃないっ! ちょっと話を聞けっ!」
「……私ですか? いつもなら魔王様に何かやらせるにつき、『副魔王がどうなっても良いのかぁぁぁっ!』って感じじゃないですか、私ってその役回りなんじゃ……ないんですかね今回は?」
「その通り、察しが良いアホは嫌いじゃないぞ、で、今回は副魔王、お前にちょっと働いて貰うからな、その間魔王は人質にして、お前がミッションをコンプリートしなかったり、時間を要したりした場合には容赦なく罰するから、わかったか?」
「わかりましたけど……どうして私じゃないとダメなんでしょう? というか私に何をしろと?」
「魔界の神がやっている臭っせぇカフェがあるんだ、夜しかやっていない居酒屋みたいなカフェがな」
「は、はぁ……それで?」
「ここにそのカフェの割引券があるから、ちょっと1人で行ってムチャクチャして来い、相手が怒り狂って暴れる……と王都どころか人族の地全体がヤバいからな、何かちょっと馬鹿にされてムカつくな、殺そうかなコイツ、ぐらいに思わせる感じの悪態を付いてこい」
「……あのそれ、凄く危険な行為なんじゃ……そもそも魔界の神様って、そんなお方に対してそのようなことはっ」
「そうか、じゃあ人質の魔王はその辺のヤバい店とかにレンタルして一生涯扱き使って、ついでに毎日鞭でシバき回して人格も否定して……」
「わっ、わかりましたやりますっ! やりますから魔王様にそのようなことはっ!」
「よろしい、では早速激臭対策としてこの防護服をだな」
「どこに行かされるんですか私は……」
念のため名誉ある実働部隊に抜擢された副魔王にも、事の詳細を伝えて理解させておく、もちろん人質の魔王にもだ。
敵が魔界の神であることについてはもう良いのだが、その敵が居る場所が農場近くのかなりアレな場所であること、もちろんその場所の性質上、カフェでお食事などという気分にはなれないことなどである。
また、そういう理由で防護服が支給されるのだが、どういうわけか敵自体が臭く、それを武器としているわけではなく、その肥料として有用な物質の中から逆に毒を抽出して戦うらしいということも伝えておく。
魔王は隣でドン引きしているのだが、副魔王は少し考えた後、なるほどと頷いて……何か思うところがあるようだが、もしかするとその神についての知識があるというのか……
「おい副魔王、お前何か知っているのかその神について?」
「えぇ、ちょっとおとぎ話で聞いたことがある神かなと、もちろん私が子どもの頃に聞いた話ですので、もう数千……っと、まだ私はピッチピチです」
「数千年前の話なんだな、このババァめが、それで、どんな内容だったんだその数千年前のお前が聞いたという古代のおとぎ話は?」
「言い方が酷いですね……でもその、何というか曖昧な記憶なんですが……とにかく『エンチャンターの神』が『剣に毒を付与して戦う』というような記述があって……そのぐらいですね」
「エンチャンターって、そういうジョブだったのかその神は」
「でも毒を付与という時点で戦い方が見えてくるわね、毒剣とでも言うのか、とにかくそういう感じの戦闘スタイルなのは間違いないわ、もちろんそのおとぎ話の神が今回の敵だったとしたらだけど」
「まぁ、毒使いで剣技使いなんてそうそう居ないだろうから確定なんだろうけどよ、でも毒を撃ち込んでくるとかじゃなくて、剣に付与して戦うとなると……」
「きっと少ない量の毒だったり、あとどこかに蓄積してあるような毒だけで長い時間戦うことが出来そうね」
どういう毒の使い方で、どういう剣技の使い方をしてくるのか謎であった今回の敵。
だが副魔王のババァ的知識によって、その『やり方』の詳しい部分が見えてきた気がする。
やはり持つべきはババァの友人であったか、ババァの知識量が基本的に半端なものではないと考えるとそれも頷けることだ。
で、そんな知識のみに頼ることもなく、副魔王はこれから敵地に突撃して、その神の毒と、怒らせることさえ出来れば剣技を、身をもって体感してくることになるのだが……捕まってしまって未帰還、ということにならないよう注意して動いて欲しい。
もちろん副魔王を捕らえたところで、俺達がその救出に尽力するようなことはないということぐらい、敵も事前のリサーチのよって把握していることであろう。
だが情報を漏らさないため、またどうしても副魔王の様子が気になってしまった俺達がうっかりそこへ行くようなことも考えて、捕獲してどうこうするということもあり得なくはないのだ……
「ということだ副魔王、捕まったりせずに、可能な限りの情報を獲得して速やかに帰還するんだぞ
さもないと魔王の顔に油性マジックで落書きするからな」
「本当に卑劣ですねあなたは……まぁ、とにかく行って来ますが、あまり成果の方は期待しないで下さいね、いくら何でも相手が上位すぎますから私にとって……」
「まぁ、最悪の場合は身の安全を優先しなさい、消滅させられそうとかなら別に良いけど、セクハラされそうだったり、もう完全に襲われてペロペロされたりしたら大事よ」
「わかりました、とにかくペロペロされないように気を付けます」
副魔王はすぐに送り出したのだが、まだまだ時間的にカフェが開店するのは先である。
だがこちらが『刺客』を出したということについては、きっとどこかで監視して確認しているのであろう。
すぐに戻って迎え撃つ、いや迎え入れる準備をするのか、それとも規定通り開店の時間を待たせるのか。
それ次第で副魔王のやる気は変わってくると思うのだが……臭い中でずっと待たされるのはさすがにかわいそうだな……
※※※
「ごめんくださ~いっ、ごめんくださ~いっ……留守ですか~っ? はぁ~っ、一旦帰ろうかしら? でもそんなことしたら怒られて……困りましたねこの状況には……」
魔王を人質に取られているため、話を聞いてすぐに現地へと向かった副魔王、完全防備なので肥料の激臭はそこまで気にならないところなのだが、まだ日も高くターゲットがそこに居る様子はない。
むしろ夕方開店の店であるにも拘らず、真昼間から来てドアをノックしているという、全く非常識極まりない行動を取っている自分に嫌気してきたところである。
とはいえ他に時間を潰す場所もなく、一時撤退するわけにもいかず、そして何よりも早く戻らねば魔王が酷い目に遭わされるという事実。
焦りばかりが先回りして、ここで何をしたら良いのかわからないというのが現状であって……結局その場で座り込んでしまった。
このわけのわからない場所にオープンしたわけのわからない営業時間のカフェ、その開店待ちをしているわけのわからない防護服を着込んだ魔族。
こんな状況を誰かに見られ、しかも自分がかつて王都を震撼させた魔王軍の副将であると知られたらどうなってしまうのか、きっと馬鹿にされるに違いない。
そんなことを考えていると、いつの間にか眠くなってしまって、少しぐらいならということで目を閉じる副魔王であった……
「お嬢さん、起きなさい魔族のお嬢さん、まだ数千年しか生きていない歳若いお嬢さんっ」
「……ん? なんれすかまだ眠くて……んっ? んんっ? あっ、スミマセン私こんな所で寝てしまって、えっと……もしかして、いえもしかしなくてもここのオーナーの、しかも魔界の神様ですよね?」
「うむ、我は確かに神だが、どうして勇者パーティーではなく、君のようなお嬢さんがここへ、しかもそのチラシを持って来ているんだね?」
「えっと、それは脅されて無理矢理……いえ今のナシで、取り消します……ここは楽しい場所だと聞いて、忙しい勇者さん達の代わりに体験をと思って……」
「お嬢さん、ここは地獄のような場所だよ、勇者を殺すための、魔界と接続された最悪の場所なんだよ、決して楽しくはない、さぁ、カフェの中へ入りたまえ」
「その話の流れで帰れとかじゃなくて入れなんですね……まぁ良いや、じゃあお邪魔します……」
誘われるがままに中へと入る副魔王、カフェには夕日が差し込んではいるものの、どことなく目に見えるような臭気が立ち込める外からの光はうっすらとしている。
内部の装飾はオシャレそのものであって、もしこのカフェが王都の良い立地や、かつて繫栄した魔王城の城下町のような場所にあったのならどうなっていたのかとも思わせるもの。
だがもちろん自分が客の第一号であるということはわかっている、こんな場所に来る客など居ないし、もし居たとしても単に興味本位で立ち寄っただけであり、ここで食事をしていく気にはなれないはずだ。
そんなことを考えながら、机の上に置かれている真新しいメニュー表を手に取った副魔王は……カフェであるというのにアルコール類の提供がほとんどであることにまず驚く。
そして食品も食品で酷いものばかり、『ドブネズミの肥料炒め』だとか『生ごみの刺身~肥溜めディップソースを添えて~』など、とても人間の食べるものとは思えないメニューが画像付きで並ぶ。
さすがにこの中から何かを注文するわけにはいかない、魔王軍を滅ぼされ、勇者に囚われて辱めを受ける日々ではあるが、上級魔族としての尊厳だけは忘れていないつもりなのだ……
「さてと、どれとどれとどれとどれを注文するのかね? ドリンクは飲み放題で構わないかね?」
「あっ、あのあのっ、その、えっと……今はお腹が減っていないというか……その、ドリンクも別に要らないというか……」
「ほう、ではどうして開店待ちをしていたんだ? 腹が減って待ちきれないからそのような行動に出たわけではないというのであれば……やはり勇者パーティーにその割引券を押し付けられて、無理矢理ここへ来させられたというのだな……偵察のためにっ!」
「ひぃぃぃっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ! もう素直に白状しますからそんなのを食べさせるのだけはどうかっ!」
「……許し難い、許し難いな異世界勇者よっ! この者に強要して、まさかこの店のクッソ汚ったねぇ料理を食わせようとするなど言語道断!」
「あ、え~っと、クッソ汚ったねぇという自覚はあったわけですね……ならばどうしてこのような場所で……やっぱ作戦上の理由ですか?」
「その通りっ! 我はここに居れば、この臭気漂う毒の地に居さえすればっ、無尽蔵に毒をエンチャントして戦うことが出来るのだ……と、君にそれを言ってしまうと勇者パーティーに詳細がバレかねないな……」
「あの、言わないので教えて下さい、絶対に口に出しては言わないので」
「ならんっ! どうせ紙に書いて情報を共有したりとかするのであろう、これ以上は教えん! どころかこれまでの情報も、敵にそれを伝えようとすれば凄まじい痛みを与える、そのような術式を君に施すこととするっ! フンッ!」
「こっ、この術式は……余計なこと言えない術式ですか……雑魚キャラが上層部に不都合なことを供述しようとすると頭がボンッとなったりする……」
「ふむ、なかなか勉強しているようで何よりだ、だが歳若き魔族のお嬢さん、死なないからといって余計なことをすれば……あとはわかっているな?」
「あ、はい、えぇそれはもう凄く……もう帰って良いですか?」
「よかろう、ではくれぐれもここであったことを、我の秘密に近付くようなことを口外せぬよう、良いなっ?」
「へへーっ、畏まりましてございます神様!」
こうして『毒を喰らわされる』ことなく解放された副魔王であった、すぐにその場を離脱し、臭くなった防護服も脱ぎ捨てて、完全な夜がくる前にどうにか帰還した……
※※※
「それでそれでっ、やっぱりあの場所でその周囲の毒をエンチャントしないと……ひぎぃぃぃっ! 頭が割れるぅぅぅっ! はぁっ、はぁっ……それでですねっ、ぎぃぇぇぇっ!」
「いや、そこまで無理しなくても良いんだが……で、その他には何かないか? 建物内部の様子は?」
「それはですねっ、建物自体は綺麗なんですけどメニューは肥溜めがっ……ひぎぃぃぃっ!」
「何も喋れないようにされているみたいね、このままだとホントに頭ボンッするわよ、まぁちょっとぐらいなら大丈夫だと思うけどこの子なら」
「でも床が汚れるから外でやって欲しいところだよなそういうのは、わかったか副魔王?」
「なかなか酷いですね、私が必死になって情報を伝えようとしているというのに」
帰って来るなり色々と報告したがる副魔王であったが、通常であればとっくの昔に頭ボンッしているような術式に苛まれ、上手くやり遂げることが出来ない。
仕方ないので魔王を解放してやる感じを出し、あまり無理をしないようにさせるのだが……相当に気持ち悪い目に遭ったらしく、そのことを語りたいのは変わらないようだ。
何度も中断しつつ最後まで報告をしようと試みる副魔王、エンチャンターである神が、その場で、つまりあのフィールドでしか強大な力を振るうことが出来ないということだけを伝えるのに、およそ10分の時間を要してしまった……
「はぁっ、はぁっ……こ、これで全部、もう喋り切りました……頭が痛いです……」
「ご苦労さん、じゃあご褒美の飴玉をやろう、たいした情報はなかったが良く頑張ったな」
「ありがとうございます……出来ればもっと高価なものが……良かったです」
「気絶しちゃったわね、まぁ、とりあえずその辺に寝かせておくわ」
「そうしてくれ、で、敵の方はこれについてどういう反応をするのかってところなんだが……どう思う精霊様?」
「きっと術式の発動は感じ取っているはずよ、つまり敵はここで副魔王が情報を漏らしたことを察しているということね」
「となると……そういうことだな、そのうちにやって来て、相当に接近してくるだろう、こちらからも見えるほどにな」
何となくではあるが、さらに敵が動かざるを得ない状態に近づけさせることが出来たような気がする、そんな秋の夕暮れであった……ここから奴がどう動くのかが見ものだ……




