1134 減れば減るほど
「ひゃっ、あわわわっ……ちょっと、どこからそんなエネルギーが出てくんのよこの脆弱ボディーの馬鹿からっ!? これじゃあキリがないどころの騒ぎじゃないわっ! こんなの異常よ異常!」
「そうねぇ、これ、もうこの世界で1年間に使用されるエネルギーの100倍ぐらいは放出されているわよこの場で、さすがにやりすぎだと思うの、どこかから供給している感じでもないし……もしかして無限?」
「じゃあ何だ? もうこのまま止まらない可能性もあるってことか? 冗談じゃねぇぞそんなもんっ」
「でも勇者様、攻撃は凄く単調ですから、このまま避け続ければそのうちに慣れてきて、ティータイムを過ごしながら戦えるようになるんじゃないかと思います、そしたら作戦会議なんかも……」
「そうだな、だが今は必死に回避しておこう、俺以外が奴を直視するのが難しいってのがネックだから、いつもよりキッチリ敵の攻撃パターンを見極めないとだ、完全ブラインドなんだからな」
怒り狂って攻撃を乱射してくる三倍体、しかも通常の3倍に増えたアレを完全に露出して、ガチのコンプラ案件状態でそれをしてくるのだからひとたまりもない。
アレを直視することが到底出来ない仲間達に代わって、俺が先頭に立って攻撃の回避に係る指示を出しているのだが……3倍とはいえ射線が見え始めてきたな。
攻撃自体はかなり協力ではあるのだが、それを放つアレの可動性はそんなに良くないようだ。
修行したとは言っていたが、まだまだ自由自在というわけにはいかない……いや、あそこまで動くのであればかなり凄いとは思うが……
「よっ、ほっ……勇者様、先程の話の続きなんですが……やはりアレのアレ、チラッと確認した限りではかなりヘンです」
「うむ、あるべきモノがあるはずのところにないだろう? しかもふたつともだ、どこかへ隠しているんじゃないかと思うんだが、どうだ? マリエルとしてはどう考える?」
「……ふたつ……なんでしょうかといったところですね、本当にその数で合っているのか、そうじゃないような気がしてなりません」
「というと? あ、いや、俺も通常はふたつだからそう考えただけで、特に『ふたつ説』に根拠とかあったわけじゃないんだがな、あのアレに付属……というかメインであるはずのアレのアレがふたつじゃないって可能性についてちょっと聞こうか」
「えぇ、私も通常はふたつであると聞いています……ですが奴のアレはアレの部分が通常の3倍、3本セットになっているわけですよね? だとすると……」
「アレのアレが3倍で3本ならアレのアレの方もふたつじゃなくて……ということか?」
「そうなんです、そして先程奴が溶けた際に確認した6つの玉……もしかしてアレがアレでアレなんじゃないかと、そう思ってしまいます」
「なるほど、アレが3倍で通常2個のところなんと6個、そして俺達はもうその6個という数字を認識している……というかもう間違いないぞっ!」
つい先程、三倍体がブチギレするキッカケとなった攻撃の際に確認した『6個の球体』、内部で動いていたものだ。
それが何であるのか、当初は判断が付かず、コアの一種か何かだと思っていたところである。
だがここにきてそうではないと、コアはコアでももっと別の用途がある、そして本来あるべき位置が完全に決まっているコアなのではないかと、そしてその可能性は極めて高いという状況になってきた。
もちろんその最重要コアの数が通常とは異なっているのだが、元々奴はそのコアをふたつ有する『1セットのアレ』の数が3倍なのである。
となれば、重要なそのコアについても3倍の数あるという、そうなっていると考えて良いのだ。
さらに、あるべき場所にそれがないことからも、やはり内部を飛び交っているのが奴のキ○タマに違いない……
「ちょっと、皆と情報を共有しよう、次にあの野郎が溶けたら、そこでドロドロになっていない6個の玉を狙えってな」
「わかりました、では私が後ろに伝えていきましょう」
「伝言ゲームはやめろよ、きっと最後の方でトンデモな内容になって俺が酷い目に遭うだけな気がするから」
「わかりました……ではすぐに」
色々とわかってきたようなところがあるのだが、どうして三倍体の奴がそんなに強いのか、それがまるでわかってこないのを忘れてはならない。
とはいえ、きっと奴はその3倍で6個のアレを、ターゲットとして絞り込ませないために体内で高速移動させ、こちらの攻撃がヒットしそうな場所から退避させていたのであろう。
そういうことであればそれが奴の弱点であって、元々人間が有している弱点と同一、しかもそれが3倍であることに変わりはないため、上手くすればこのまま討伐してしまうことが出来るかも知れない。
そのためにはまず敵の攻撃をどうにか止めて、こちらのターンに持っていく必要があるのだが……やはり攻撃、というかエネルギーは無尽蔵のようだな。
先程から飛んでくる暗黒の玉や暗黒のビーム、暗黒の衝撃波など、暗黒シリーズの攻撃は威力が衰えることも、その発射数が逓減していくこともない。
怒りの表情を見せたまま、そして下は全部露出したままの三倍体は、もうジャックポットでも引かれてしまったスロットマシンのように、その攻撃を続けているのだ……と、ここでセラが前に出てきた、後ろで何らかの作戦を思い付いたようだ……
「勇者様、反撃するから場所だけ指示してちょうだい、さすがにアレのアレを直視したくはないわ、でも空気の刃でそのアレをふっ飛ばせば何か変わると思うのよね」
「わかった、じゃあここに立って……はいひとまず避ける、それから構えて……右に10度、仰角はあとほんの少し……いきすぎだ下げろ……そこだ撃てっ!」
「えっ、えいやっ!」
「ダメだ敵の攻撃と相殺されたっ! もう1発、いや10発ぐらいいっておけっ!」
「はぁぁぁっ! それそれそれそれっ! いっけぇぇぇぇっ!」
「ウォォォッ! させるかぁぁぁっ……あっ、ギャァァァッ! 我が3倍のアレがぁぁぁっ!」
「どうなったの勇者様! 勇者様?」
「うっ、おぇぇぇっ! アレが、アレがスパッといって地面に……見ているだけでもうヒュンッとなる光景で……いや、本体の方が分解し始めやがったっ! 見るんだ皆! 敵が溶けて……あの玉をやれっ!」
「えっ? あ、何か変な玉が飛び交っていて……マーサちゃんっ!」
「はいはいっ! そりゃぁぁぁっ!」
「……何だっ? あげっ……あっ、このウサギめがぁぁぁっ!」
「へへーんっ、何だか知らないけど、この玉ひとつ貰っちゃうわね、しかもこうやって踏み潰して……」
「アギャァァァッ! あげぽろっ……」
「え? ちょっと凄いダメージ入ったんだけど……何だったのかしら?」
アレが切り落とされたところでボディーが分解し、むしろ地面に落ちてしまったアレの方へドロドロと移動した三倍体。
その際、先程地雷によって溶かされたのと同様の状態となり、その姿を見たミラからもあの『謎の球体』を認識されてしまう。
そしてミラはその球体が何であるのか、それを瞬時に判断し、ひとまず自分で行くようなことはしないこととしたらしい。
マーサにその球体を攻撃するよう指示し、もちろんそれが何であるのか把握していないマーサは、当たり前のように三倍体のボディーに手を突っ込んで、そのドロドロの液体が付着しないような超高速で球体のひとつを抜き取ってしまったのである。
すぐにそれを地面に叩き付け、さらに踏み潰してしまったマーサ……その時点でもう元の姿に戻りかけていた三倍体の悲鳴は、明らかにアレをアレされたときのものであった……
「ぐぬぬぬぬっ……許さんぞこのウサギ魔族めがぁぁぁっ!」
「ひゃっ、めっちゃ怒ったじゃないの、ちょっとキモいんですけど」
「ちょっとどころじゃなく気持ち悪りぃわこんなもん、ほら、攻撃がくるぞっ……っと、何か弱くなってねぇか急に?」
「……もしかしてさっきの玉みたいなのを潰したから?」
「なのかも知れない……かなりダメージが入ったからな、あまり本調子じゃないとかもあり得るから、その場合にはきっとそのうち元の力が戻ってくると思うから警戒しておけ」
『うぇ~いっ』
3倍に増えているアレに付属する、同じく3倍に増えたアレ、つまり2個ではなく6個なのだが、そのうちの1個がマーサによって破壊されたのだが、直後に再開した三倍体の攻撃は、ちょうどその分、つまり6分の1程度弱くなっているような気がしてならない。
もちろん気のせいであったり、アレをアレされるというトンデモな被害によるダメージの余波で、一時的に本領を発揮することが出来ていないだけなのかも知れないが、真相はいかにといったところか。
で、ひとまずマーサにも、そして前衛の中でまだアレが何であったのかについて感づいていない様子を見せるもう1人のキャラであるカレンには、本当のことを伝えずにおく方が良いであろう。
マーサにしても、まさか先程自分が素手で奪い取り、足で踏み潰したその球体が、小汚い面をしたおっさんのアレであったなどということを知りたくはないし、知ってしまえばもう泡を吹いて倒れてしまうに違いない。
さらにカレンについても、この後マーサと同じ攻撃をするための素早さ系キャラであるという点を考慮して、実働の際に躊躇してしまう要素を無駄に与えないという要請から、このことについては知らない方が良いのだ。
もっとも、もう一度同じ行動を取って、警戒した敵のアレをさらに掴むことが出来るのかという点については、本当にやってみなくてはわからないのだが……いや、かなり頭にキテいる様子であるため、逆にいけそうな感じがしなくもないな……
「セラ、もう一度さっきと同じ攻撃をいくぞっ、それからユリナ、セラ攻撃と同時に奴の周りの地雷をやってくれ、爆発させて溶かして、それから精霊様も頼むぞ……あとルビア、寝るんじゃない、俺が一時的に敵の攻撃をどうにかするから継続的な回復を頼む、あとはこっちで見て指示を出すからなっ!」
『うぇ~いっ!』
ここは攻勢に出るための大チャンスである、敵の攻撃が一時的なのか恒久的なのか、とにかく弱まっているうえに、その敵自体が頭に血が上っている状態ときた。
すぐに先程と同じ、セラによる連続攻撃、風の刃の乱発をお見舞いし、いくつかは敵の攻撃と相殺されてしまうものの、無事アレを切断、そちらがむしろ本体として動き……同時にユリナの攻撃も、精霊様の水攻撃も炸裂する。
少し前にあったのと同じかなり薄まった敵の状態、その中でもやはり、残り5個の球体はドロドロの中で動き回り……もう一度動くマーサ、それに続いたのはカレン、そして後ろからリリィ。
1人につきひとつの球体を回収した3人は、三倍体が回復し、視界を得るのを待って……その球体を地面に叩き付ける、そしてグチャッと踏み潰す。
元に戻りかけていた三倍体はその衝撃、痛みによってもう一度爆散し、脱水がそこそこ進んだ汚い汁を飛び散らせながら地面に広がった。
そのまましばらく待つ、ここでミラとジェシカが動きさえすれば、それでもう残りふたつの球体を消滅させることが出来たのだが……もちろん、2人共それが何のか知っているため何もせず、ただ敵の動きを注視していたのが行動の全てだ。
しかしそれでももう残りふたつ、そのたったふたつ、通常の人間と同じ数で、果たして三倍体はどの程度の動きを見せてくれるのであろうか……
「貴様等ぁぁぁっ! 我に与えられし大事なアレを4つも……死ねぇぇぇぃっ!」
「おっと、やっぱり威力は相当に下がっているようだな、動きも遅くなったし、もしかしてエネルギー不足なのか?」
「どういうこと勇者様? どうしてアレがアレして敵の動きとかエネルギーとか、ダメージならわかるんだけど」
「いやな、俺の予想なんだが、奴の無限エネルギーはアレを、あの例の球体6個を体内で高速移動させて、そこから生じる力をどうにかして取り出していたに違いない、そしてそれが6個から2個に減ったということはだな……わかるか?」
「もしかして敵のエネルギー産出量は3分の1に……」
「そういうことだ、ちょうどほら、攻撃の威力とか、敵の動きとかも『3分の1』って感じだろう?」
「本当ね、もう雑魚の中の雑魚みたいな感じだわ、私1人でも倒せちゃうかも……とりあえず喰らいなさいっ!」
「ひっ……ひょげぇぇぇっ! わ、我の胴体が半分に……どころかもっと細切れにぃぃぃっ!」
「あらら、あっという間に細切れになっちゃったわね、何だか凄く雑魚よ」
「抵抗もなくスパッと斬られましたわね……ちょっと燃やしてみますの」
「ギャァァァッ! アヅイッ、アヅイィィィッ!」
切断され、そして燃やされる三倍体、やはり予想が当たったようで、6個の球体……キ○タマを体内で高速移動させていたからこそ、そこからエネルギーを取り出すことが出来ていたようだ。
それがたったの2個になってしまった今では、もはや無尽蔵のエネルギー源から繰り出す強力な攻撃、というものは不可能になり、ただただある程度の力を無限に発揮することが出来る程度の存在となってしまった。
そしてもちろん残りの2個も破壊してしまえば、もうコイツは神でも何でもなく、単に人族のボディーをベースにしただけの普通の玉ナシ野郎ということになる。
焼き尽くされ、エネルギーが足りないゆえ再生が遅い三倍体の、残り2個の球体は完全に見えている状態で……精霊様がニヤニヤしながらそのうちのひとつを遠くからの水攻撃で破壊した……
「ヒョゲェェェッ! ひぃぃぃっ、ひぃぃぃぃっ!」
「あらあら、もう残り1個になっちゃったじゃないの、どうするのそれで? まだ戦えるのかしらね?」
「3分の1のさらに半分、カレン、それがいくつかわかるか?」
「全然わかりません……」
「そうか、それは残念だったな、だがついさっきの、3分の1の時点でもう単なるクソ雑魚だったんだコイツは、その半分ともなると……おいっ、いつまで再生に時間が掛かってんだこのウスノロめがっ!」
『ぐべっ、べべべべ……べびゅぽっ……か……体が維持出来ない……ぶちゅっ……』
「ご主人様、敵の人グッチャグチャのままですよ……立ち上がりはしましたけど溶けてます」
「どこの巨○兵だよお前は、おら、口からビームでも吐いてみやがれっ!」
『グギギギギッ……ぶちゅぽっ……許さぬ、絶対に許さぬぞこの世界の勇者パーティーよ……我が消えてもまた第二第三の我が……』
「誰がお前なんかの後追いをするかってんだ、変態は変態らしく無様に、1人で死ねこのタコがっ! 精霊様、殺ってしまえっ!」
「はいはい、じゃあラストのひとつは……そこねっ!」
『ぶっちゅぅぅぅっ! あがっ、これでもう……エネルギーの生産が……出来ないっ……』
これまで相当に無理してそのボディーを維持してきたのであろう、当然生身の人間、人族をベースにしていたのであろうそれは神の力に耐え切れるはずもなく、通常であれば一瞬で瓦解してしまっていたはずだ。
それを体内で高速移動する6個のキ○タマから取り出したエネルギーでどうにか繋ぎ留め、さらに余剰分を攻撃や何やらに利用していたと……その辺りであろうか。
そしてその6個のキ○タマのうち最後の1個が精霊様によって貫かれ、粉々に崩壊したのであった。
ギリギリ、ドロドロの状態のままどうにか形だけキープしていた三倍体は、もうそれさえも出来なくなって崩れ落ちる。
最後に残ったのは雑誌の裏に載っていた怪しいクスリの効果で3倍に、3本に増殖したアレのみ……どうしてそれだけは原形をとどめた状態で残ったのかはわからないが、そんなモノが落ちていることを嫌悪したユリナによって焼き尽くされ、消毒されて灰になってしまった……
「……勝利したようだな」
「えぇ、神とはいえ所詮こんなもん、というか攻略法さえわかってしまえばどうにかなるってことなのね」
「うむ、このまま次の奴も、その次の奴もブチ殺して、最後のホネスケルトン? だったか? とにかくそいつを追い詰めて追い詰めて、絶望にまで追い込んで殺してやろうぜ、俺達の邪魔をしたことを後悔させてやるんだ」
「うぇ~いっ!」
完全に消滅した三倍体、最後に念のための確認をした後、隅で観戦していて、そしていつの間にか居眠りをしていた女神に対して勝利を報告する。
やたらに時間が掛かってどうのこうのという女神に対しては拳骨の制裁を喰らわせ、ひとまずこの地下施設を出るかどうかについての話を始めた。
今回の戦いでかなり力を使い、現状をコントロールすることも出来るようになったはずだと、そう主張しているのはパーティーのおよそ半数。
もちろんわけがわかっていない仲間も多いため、多数決的に見ればこれは賛成が反対を上回ったということでもある。
女神も特に何か言ってくる感じではないため、ここで遂にこの施設を捨てようと、もしダメならまた戻って来ようということが決定した……
「よっしゃ、じゃあまずは様子を見つつ王都に入って屋敷を目指そうか」
「そうですね、早く帰ってまともな温泉に浸かりたいところです」
「はい、じゃあ出発するわよ~っ」
『うぇ~いっ!』
ということで地下施設の扉を開け、今朝の攻防のせいでボッコボコになり、事情を察した王都の兵士が片付けを開始している野外へと出る。
俺達勇者パーティーが出て来たということは、すぐにそれを周りで見ていた兵士達によって王都に伝えられるようだ。
もちろん魔界の神を1体討伐したことは、すぐに王宮へと報告しなくてはならない。
だがまずは帰って休憩を取ることと、次の敵の襲来に備えた準備をすることが大切だ。
有り余る力を抑えつつ、王都に入った俺達はまっすぐ通りを進んで屋敷を目指す。
ここからしばらくは休憩することが出来るのか、それとも次の敵はすぐにやって来るのか……




