1130 最後の帰還
『ギャァァァッ! やめてくれっ、もう勘弁してくれぇぇぇっ! 人々から搾取した金は半分、いや3分の2は返すからぁぁぁっ! ギョェェェェッ!』
「この期に及んで全部返さないつもりとかどんだけ欲張りなのよあんた? ほら、もっと気合入れないと、次に意識を失ったらもう今生とはお別れになるわよ、もうかなり焼けちゃって……しっかりしなさいっ! 誰か回復魔法をっ!」
「ひぎぃぃぃっ! しっ、死ぬぅぅぅっ!」
「もう死に方がワンパターンでつまらなくなってきたわね……」
精霊様が中心となり、適当にこの町の役人や上層部を処刑していくと同時に、その隣に並べられたどこかの異世界勇者へと接近するのは俺と女神。
まだキッチリ意識を保った状態で、発狂もしていないため話はし易そうだが、どうせ殺されると思って何も答えない可能性もあるため、殴る蹴るの暴行をまず加えて……いや、それとは別のアプローチをした方が良いかも知れないな。
ここからは女神の希望で、この異世界勇者が派遣されているどこかの世界、その世界の神をこの場に呼んで『公開討論』をするつもりなのだ。
そうなるとこの勇者も、神の口添えでどうにか助命して貰えるかも知れないと感じ、そこで色々と話をする気にもなるというのが現在のポイントである。
つまり確実に殺すとか痛め付けてから殺すとか、極めて残虐な方法で殺すとか、そういうこの先確実に起こることを告げる前に、まずは神の呼び出しをして『チャンスを感じさせる』ということをした方が良さそうなのだ。
ということで、そのどこかの勇者が磔にされている場所の下まで行った俺と女神は、手ではなく足でもなく、口を動かしてそれに呼び掛けをしてみる……
「おいコラこのゴミ野朗、お前だよお前、ちょっと俺達の話を聞け」
「イヤダァァァッ! 元の世界に戻してくれっ、何なら召喚される前の世界でも良いっ! ちょっとニートでお先真っ暗だったが、この変な世界でこのまま処刑されるよりはマシだぁぁぁっ!」
「だから話聞けって言ってんだろこのボケェェェッ! お前さぁ、その元の世界、もちろんお前がニートとして大活躍、じゃなかった大迷惑を掛けていた世界じゃなくて、勇者として細々と活動していた方の世界だぞ、そこの神とコンタクトを取ることが可能か? 可能なら申し出ろ」
「出来るっ! この私が居た世界の女神様は慈愛に満ち溢れていてっ、どんな馬鹿野郎でもこの私を使って救ってくれたのだっ! もちろんこの私も救われる対象となっているはずなのだっ!」
「そうか、慈愛に満ち溢れた女神が自愛に満ち溢れたどっかの馬鹿をも助けてくれるということだな」
「勇者よ、その洒落はつまらないし伝わり辛いですよ、とにかくそこの者、可能であると言うのなら早くその女神に連絡を入れるのです、『悪事を働いてもう処刑される寸前である』という事実を添えて」
「いやちょっと待てお前っ! 何で下女のお前がそんなことを言うんだっ? 何の権限があってこの世界でも成功を収め、元の世界では勇者として崇められていたこの私にそのようなことを……」
「……マジでダメそうだなコイツは……あのな、俺達もこの世界に来ている勇者とその仲間であって、ことこの馬鹿そうなおっぱいだけ有能な女に関してはその世界の女神なんだ、だからそっちの女神と話がしたいってことなんだよ、わかるかこのウスラ馬鹿が」
「そそそそっ、そういうことであったら早く言ってくれれば良かったのにっ! 女神様ぁぁぁっ! 女神様ぁぁぁっ! あなたが『これまでで一番だ』と言っていたこの私が大ピンチですっ! すぐにこのわけのわからない世界へ来て下さいっ! 女神様ぁぁぁぁぁっ!」
「どうしてこの者が『これまでで一番』なのでしょうか? それほど人材が枯渇している地域なのでしょうかね」
「いや、『これまでで一番の馬鹿』とか『これまでで一番の無能野朗』の聞き間違いだろうよ……と、どうやら何かが顕現するみたいだな、お前と同じ聖なるオーラを感じるぞ……」
何やら大騒ぎをしているどこかの勇者、それが呼び出した女神とやらがこの世界に顕現するらしいということは、もう感覚でわかってしまうほどに確実なことであった。
もちろんこの世界の人々にとっては無関係の、別にしたがう必要もないどこかの神なのだが、上空に出現したその神々しい光の塊に対し、処刑を執り行ったり、それを眺めて囃し立てるなどしていた人々も手を止め、首が疲れるのも厭わず凝視している。
上空のそれはちょうど磔にされたどこかの勇者の目の前へ降り立つと同時に、形を変えて人間の姿へとトランスフォームした。
本来の姿がどういうものなのかはわからないし、正直言って隣に居るウチの世界の女神もどうなのかといったところだが、とにかく会話がし易い人型を取ってくれることは非常にあり難いことだ……
で、その人型になったどこかの女神なのだが、こちらの世界の女神とは対照的におっぱいがボイィィィンッという感じではなく、かなり控え目の……どちらかというとセラに近い体型であった。
それでも細身で足も長く、そして金髪を風に靡かせ、さらにさらに美しい顔をしていて、普通に人間として存在していたら人気が出るのではないかという風貌を持ち合わせている。
しかもそこまで、いや全くもってキツい性格ではないらしく、馬鹿犯罪勇者が言っていた『慈愛に満ち溢れる』というのもあながちウソではなさそうだ……
「……え~っと、呼びましたか『勇者A-32』よ、この世界は……あら、これは凄くとんでもないことになっていますね、処刑ですか? 処刑されそうなのですか?」
「あの~っ、ちょっとよろしいでしょうか? お初お目にかかります、私、こことはまた別の世界の女神でして……」
「あらあら、他の世界の女神さんと、それから異世界勇者の方も一緒なのですね、向こうには精霊らしき気配も感じますね……我が世界の『勇者A-32』とは仲良しさんなんでしょうか?」
「いやどう考えても違うだろ、普通に処刑してっからね、仲良しさん処刑する勇者とか居ないからね……それで女神」
『はい何でしょう?』
「……えっと、俺の世界の方の女神だ」
「あ、はい、何でしょうか?」
「結局この女神と何を話したいんだ? 特に用がないなら呼び出しただけ無駄だと思うんだが?」
「そんなことはありません、実はですね……」
女神が女神と話を始める、どうやら世界のバランスを保つため、あまり勇者を、しかも別の世界において殺害してしまうのは芳しくないだとか、そういうことがあるらしいのだ。
だが今回は状況が状況であって、この磔にされているどこかの勇者、しかも自分の世界を管轄する女神から『勇者A-32』などという、どこからどう見ても『数多存在する勇者のひとつ』に過ぎないような名前で呼ばれているコイツに関してである。
おそらくほとんどの世界において、このような悪事を働いた、特に詐欺グループに加担して老人を騙していた奴など死刑、しかも裁判すら必要のない即処刑という所も多いであろう。
詐欺を働いても10年かそこらで出て来るのは、どこかで見たことがある甘い世界ぐらいのものだ。
で、そんな感じで巨悪となり果てた勇者を、キッチリ始末するべきであるというのが今回の相談なのだが、果たして……
「なるほど、困った方ですねこの『勇者A-32』は、私が見ているときは大半がPOLICEに追跡されているか牢屋に入れられているかなのですが、修行のために送られた別の世界においてもそのような……」
「あの、そちらの世界においてはこういう者を死刑に処さないのでしょうか?」
「もちろん、私が管轄する世界は高度に文明化しすぎて、人権意識の高まりと共に死刑など廃止されておりまして……」
「なんとっ、俺が知っている、今の世界に転移する前に居たあの世界以外にも、そんなに甘ったるいことを考えている世界があるのか? そんなんで本当に平和なのか?」
「いいえ、普通にモヒカンの雑魚がヒャッハーしております、捕まっても死刑にはならないのでやりたい放題なのですよ、そこで大量の勇者を召喚して、世界の護衛に当たらせているのですが……そもそもその勇者がこの『勇者A-32』のようにですね」
「調子に乗ってヒャッハーするってことだな、まぁ、そんな世界で力を与えられたらそうなるわ普通に……」
「勇者よ、あ、私の世界の勇者よ、あなたもあまり他人のことは言えない立場でぇぇぇっ、はないですっ! だから抓るのはやめて下さいっ! ひぃぃぃっ!」
「凄いっ、世界を統治する女神に対してもそのようなことをする勇者が居るのですね、感動しました」
これはいつものことなのだが、他の世界においては当然のことではないらしい……まぁ、俺もこの女神がもっとまともな存在であればこのようなことをしたりということはないと思うのだが、、残念ながらそうもいかないのが俺が派遣された世界の特徴なのだ。
で、そのまま女神と女神の対談は続き、今磔にされている勇者、『勇者A-32』がやはり勇者としては堂でも良い何かであること、そして通常であれば処刑されるべき状況にあることなどが確認された。
必死で自分が有用であることをアピールする磔勇者であったが、最初のうちは真面目に話を聞いていたその世界の女神も、やはりコレはダメだと判断し、そこそこ無視していくスタンスになり始めている。
それぞれの世界において特徴はあれど、やはりこの馬鹿が勇者をしている世界については異常極まりない、発展しすぎてどうにかなってしまった世界だと言わざるを得ないな。
そういう世界はそのまま滅びへと向かって行くのであろうが、俺達がまだ俺達の世界で勇者をしている間に、その世界の人族が絶滅してしまうことはないであろう。
ゆっくり、しかし着実に滅亡へと向かって行く、それがそういう『歪になってしまった世界』の末路なのであって、それはどこの世界でも起こり得ることだ。
俺が勇者をしている世界はどうか、確かに犯罪者は多く、決して治安が良いとは言えない面もあるのだが、その犯罪者への対処は極めて強烈なもの。
となれば人権意識が暴走してどうこう、ということは当分起こらないのかも知れないが、もしかするとあるキッカケによってその方向へ、犯罪者を許さない、即始末してしまうことをやめるような風潮にならないとも限らない。
そうなってしまえばもう後戻りは出来そうにないな、しばらくは『処刑ではなくその場で処分』というやり方が通用するかと思うが、それが批判の的になり、次第に出来ないこと、してはならないこととなっていくのはもう明らかである……
「……ではそういうことで、この『勇者A-32』はこの場で殺処分してしまって構いません、持ち帰るのも面倒ですし、そもそもこの世界で与えられたミッションをクリアしていませんし、そのクリアのために取った手段というのがもうアレであるようですから」
「そうですか、では私達の連れである精霊にお願いして、トロ火でジックリ焼いて殺すようにします、本人もそれでよろしいですね?」
「ひぃぃぃっ! やめてくれっ、お願いだから元の世界に戻らせてくれぇぇぇっ!」
「などと仰っておりますが、醜い豚の鳴き声は聞こえないので仕方ありませんね……あ、精霊よ、そちらが終わったのでしたらこちらもお願いします、私達はもうこの世界から帰還する準備をしていますから」
「OK、任せておきなさい、さぁっ、この比較的小さな火種と燃え辛い油で……」
「あっ、あつっ……ギョエェェェッ!」
こうしてどこかの世界の犯罪勇者は焼き殺された、当然の報いではあるが、その世界の制度がアレであったことの被害者でもあったのかも知れない。
そして同じくこの町のトップや役人といった、腐敗に腐敗を重ねて腐り切った連中も、さらにはその馬鹿共がまともに監理しないことを良いことに、調子に乗って暴れまわっていた連中も同じ運命を辿る。
これをもってどうにか町ひとつ、この世界において浄化することが出来たということになるな。
世界全体ではなかったのが心残りだが、やはりこの町をモデルケースに、こういったムーブメントが他に拡散していくであろうから問題はないはず。
しかしこの町、やはり『ダメになってしまう世界』というものの縮図のように思えてきたところがある。
政府などの統治機関がダメで、そこを突かれて犯罪者が跋扈する、そして苦しむのは弱者のみという事実。
その弱者が苦しんでいる間にも、今まさに命を失おうとしている上級の馬鹿共は、私服を肥やして知らぬ存ぜぬで……最悪別の組織や集団に町ごと『売却』してしまう可能性もあったところだ。
俺達にとっては最後の『ゲーム』であり、しばらく移動して辿り着いた『俺達の邸宅』には、キチンと帰還の扉が出現していることも確認することが出来た。
しかしこの最後の最後で、勇者として世界全体をどのように導いていくべきなのか、いやどのように導いてしまうと失敗になるのかということを知ることが出来た気がする。
「さてと、戦利品を先に送って、そしたら精霊様が満足して戻って来るのを待とうか」
「そうですね、しかし戦利品といっても勇者よ、このポン酢だらけの袋とそれから捕まえた役人の女性キャラばかりではないですか」
「まぁ、何も手に入らなかったよりは幾分かマシだと考えようぜ、巨悪も始末出来たし、この世界でのミッションは色々と勉強になる面があったしな」
『それよりも先輩、これでゲームは完遂だと思うっすけど、この後どうするつもりなんすか先輩?』
「何だ缶詰野朗、まだ生きてたのかお前……てかお前んは関係ねぇぇぇっ! 死ねやこのボケェェェィッ!」
『ギョェェェッ! も……もうこれで遭うこともないのに……こんな退場の仕方なんて……せ……んぱ……いべちゅぶっ……』
「ケッ、薄汚ねぇ面拝まなくて済むと思うとせいせいすんぞ、しかも俺はお前の先輩じゃ……っと、もうとっくに絶命していたか」
そろそろ殺し飽きてきていた缶詰野朗、最後の最後も残虐な方法で捻り潰し、これで今生の別れとなるとは思えないサッパリとした最後で幕を閉じさせた。
で、精霊様が戻ると同時に、俺と女神はゲートの前に立ち、まだまだ何か回収しておきたいものがあるような、未練タラタラな様子をしているその精霊様を促し、ようやく元の世界へと戻ったのであった……
※※※
「うぇ~いっ、今帰ったぞ~っ、もしも~っし……うむ、カレンとマーサは走ってこちらへ来るようだ」
「リリィちゃんも感付いて付いて来たみたいね……追い越しつつ……」
「ヒャッホーッ! 一番乗り! ご主人様、異世界のお土産はっ?」
「お土産お土産っ」
「早く出しなさいよっ、今回はちょっと時間が掛かっていたみたいだし、それこそ良いモノを……」
「おう、じゃあまず一番乗りのリリィにはコレ! ポン酢! それからカレンにはポン酢! マーサにはなんとポン酢だっ!」
「……お土産……お土産を下さいっ」
「だからポン酢しか手に入らなかったんだって、我慢してくれ」
『そんなぁ~っ!』
「フンッ、甘いわねあんたは、ハイ、じゃあリリィちゃんには本マグロ赤身!」
「いやったぁぁぁっ!」
「カレンちゃんには本マグロ大トロ!」
「さすがは精霊様ですっ!」
「あとマーサちゃんには刺身についてくるツマ? 大根のやつ、5kg!」
「凄いわっ、どこかの使えない異世界人とは大違いじゃないのっ!」
「……俺の立場」
なかなか帰ろうとせず何をしていたのかと思いきや、精霊様は寿司屋の地下に、薄汚いマッチョが撒き散らす汚物を回避するかたちで格納されていた『お土産食材』を物色していたようだ。
そんなことをされればポン酢しか持ち帰らなかった俺が雑魚のような感じになって……まぁ、全員馬鹿なのでそのうちに忘れるであろう。
で、精霊様のお土産に沸くお馬鹿達はともかく、他のお馬鹿達とも話をして、この先どのような作戦でやっていくのかということを決めていかなくてはならない。
そもそものターゲットであった『3倍体』という魔界の神は今どこで何をしているのであろうか。
俺達の監視が出来ていないということは明らかなのだが、逆に外へも出ていないため世界の現状がわからない。
というか、現時点でもう外へ出てしまって良いのであろうかというところなのだが……それは女神が判断した方が良さそうな部分だな……
「……それで、どうなんだよ俺達? ちょっとは力の方が安定したと思うか?」
「そうですね、かなり微妙なところではあると思いますが……少し出てみて様子を見ていくというのもアリなのではないかと、私はそう思います、思いますが……急に大勢の人族が居るような場所へは行くべきではないかと、そうなるとさすがに殺戮してしまう可能性がありますので」
「わかった、じゃあすぐに外へ出て……この地下施設の付近であれば大丈夫だろう? 行くのは俺とセラと……ジェシカの3人だ」
「ご主人様、私も行きたいです、もう地下施設つまんないし」
「リリィは遊び回って大惨事を起こすからダメだ、そこで大人しく本マグロでも食っとけ」
「はーいっ、はむっ……美味いっ!」
お馬鹿な仲間達には何か食べさせておけばそれで良いということで、俺とセラ、そして大人であるジェシカの3人を集めて地上に出てみる。
久しぶりの陽の光、大きく両手を広げて伸びをすると、解放された力が爆風を巻き起こして……ジョギングしていた知らないおっさんに衝撃波が直撃してしまったではないか。
抉れる地面、巻き起こる土煙、ジョギングのおっさんはおそらく跡形もなくなってしまったことであろう、などと思ったのだが、どうもその周囲だけ無事なようで、おっさんは普通にジョギングを続けている。
少し安心してしまった俺達であったが、その異様なオーラに真っ先に気付いたのはセラ。
おっさんはジョギングする、こちらは戦慄する、あの巨大な力は一体何がどうなってそうなったのだ……




