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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十九章 島国
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1124 自分以外の

「さてと、じゃあ今日も武装役人の詰所へ行くとするか、おい起きろ精霊様、もうとっくに朝だぞ、おいっ」


「やかましいわね、どうせ敵なんか夕方からしか動かないんだし、もうちょっと寝ていても良いと思うのよね実際」


「そこを早く行ってやる気ありますアピールするのが普通だろう? そういうのをわかっていない奴はこうだっ!」


「いててててっ! 足ツボが破壊されて……ヒギィィィッ!」


「どうだ参ったか、女神も、こういう目に遭いたくなかったらとっとと準備をしろ、すぐに出掛けるぞ」


「わ、わかりました……どうしてこんなにやる気を出しているんでしょうか? いつもの勇者とはまるで別人のような……」


「ちょっとしたことで評価されたりする甘い世界に来ているからよ、こういうのは放っておくと体育会系パワハラ上司みたいになるから、早めに潰しておかないと危険よね」


「黙れお前等! 早くしないと現地までマラソンにすんぞっ!」



 既に外で待機している馬車、俺が呼んだもので、現在の身分であればタクシーのように専用の馬車を呼び出しても問題ないと判断したためだ。


 無理矢理に連れ出した女神と精霊様をそれに乗らせ、俺は右後ろの上座に陣取ってふんぞり返っておく。

 馬車は走り出し、あっという間に武装役人の詰所へ到着したのだが、まだ朝早いため誰も来ていないらしい。


 仕方ないのでその場で待機していると、下っ端と思しき若い武装役人……全身に武器が移植された明らかな戦闘マシンなのだが、それがやって来て爽やかに朝の挨拶をしてくる。


 少しばかりかわいそうな奴だなとも思ったのだが、彼にとっては役人として全身の武器を駆使し、悪を滅ぼすのが人生なのだ。


 俺の価値観でとやかく言うのは間違いであって、また、巻き込まれて俺もそういう風にされてしまわないよう、特に興味がない素振りを見せておかなくてはならない。


 で、鍵が開いて建物の中へ入ると、その若い武装役人は自宅で仕上げてきたのであろう、本日以降の偵察計画についての資料を、おそらく会議に参加する人数分だけ机の上に並べ始めた。


 そこには俺がすべき行動が事細かに記載されていて、場合によってはあの詐欺グループに関与しているらしいマッチョとのコンタクトもアリだと、そのような記述まである。


 コンタクトを取ったところで、会話さえ不能な筋肉だけの馬鹿から何か情報を得られるとは思えないが、とにかくその様子を見ておくべきなのは確実であろう。


 もちろん奴がどれだけの間寿司屋に滞在するのかということも調査対象なのだが、そもそも今の俺であれば奴と戦ってもどうということはない。


 つまりアジトを襲撃した際に、そのお寿司大好きマッチョ馬鹿が帰還し、暴れ出したとしても、特に問題は生じないというのが現状なのだが……まぁ、それについては説明が面倒だし、何か疑われると困るので黙っておこう。


 で、そうこうしている間に武装役人達が続々と出勤してきたため、ここで作戦会議を始めることとした……



「……ふむ、じゃあこのプランでいきましょうか、彼を寿司屋に潜入させて中の様子を見る、もちろんあのマッチョが居る間だけな」


「隊長、その間に他の敵が入って来たらどうしましょう? それでマッチョが帰ったときは……」


「逆にチャンスですね、あのマッチョは知能の方がサル以下ゆえ、そこまで多くの情報を得ることが出来ないかもですが、他の犯罪者、特に詐欺グループの上位者などがやって来れば、その話の内容を聞き取って……みたいなことが出来ますからね」


「えっと、じゃあ俺は敵の構成員が居る限りはそこに居れば良いってことで?」


「そうだね、明らかな構成員ではなくとも、それと関与していると思しき法律上のゴミがその場に居れば、少なくとも監視というか何というか、そういった感じのムーブを続けて頂きたいですね」


「なるほど……あがりを飲みすぎて腹がチャポチャポしそうですね」


「大丈夫です、あのクラスの寿司屋でしたら飲み物は全部ポン酢ですから、そんなに飲んだら普通に死にます」


「あ~、そうだったわ……」



 そこまで寿司をガッつくわけにもいかないし、かといってお飲み物もポン酢ばかりという地獄。

 きっと酒を頼んでも発行し尽くした何か、ビネガーのようなものが出てくるに違いない。


 仕方ない、ここはろくに飲み食いもしない分際で長居している凄く嫌な客を演じるしかないか。

 店員にはウザがられそうだが、それでもあのヒントをくれた出前のおっさんには、俺が何をしているのかわかって貰えるはずだ。


 そしてそのまま武装役人達の雑用などしつつ時間を潰し、そこで評価を上げたと信じつつ、夕方前には詰所を出る。


 寿司屋の近くで張り込みをして、あのマッチョが出て来るのを待つのだ……昨日の今日だが、おそらくあの動きは毎日寿司屋に通い詰めている感じのものであった。


 それゆえ今日も変わりなく出て来て……と、昨日よりもかなり早い時間にアジトを出て来たではないか。

 拳に血糊が付着していることから、何かにムカついて詐欺グループの下っ端でも殴り殺したのであろう。


 そのまま肩を怒らせ、鼻息を荒くした様子でズカズカと向かった先はやはりあの寿司屋。

 かなりキレた様子で暖簾を吹き飛ばし、入り口の引き戸を破壊して中へと入ったマッチョ。


 どうやら中でも喚き散らしているようだが、もちろん人間の言葉などは発していない。

 獣のような呻き声を上げつつ、怒りに任せて中で暴れているようだ……



「じゃあ、ちょっと俺も客として行って来る、支払いの方は……武装役人の方で払い済みなのか、よしっ」


「勇者よ、色々と気を付けて行くのですよ、もしあの店内で暴れて、あのマッチョの者を殺害するようなことになれば、必ず犯罪者集団はこの町を去ってしまいますから」


「あぁ、なるべく手を出さないようにするが、やむを得ずブチ殺してしまった際には、すぐに敵のアジトへ突撃を、もちろん現場から近い方を優先して仕掛けるよう伝えに言ってくれ」


「わかったわ、じゃあ私達はしばらくここで待っているから、ちゃんとお土産をゲットして来なさいよね」


「へいへい、逆に言うと持って帰った寿司は床で犬食いさせてやるからな、覚悟しとけってんだ……と、ちょっと店内が落ち着いたようだな、行ってみる……」



 寿司屋の店員がどうやったは知らないがマッチョを宥め、大人しくさせたらしいということが雰囲気からわかる。

 これはごく普通に入店するチャンスなので、女神や精霊様との無駄な話は切り上げて、すぐに寿司屋へと向かった。


 暖簾……はなくなっているし扉も滅失した、完全にオープンな状況の寿司屋では、店員が慣れた様子で新しい扉を設置する作業に従事していた。


 おそらくこのようなことは日常茶飯事なのであろう、強く、そしてキレると手が付けられないマッチョの馬鹿が、寿司が大好きというだけでこの店に通い詰めている限り、このようなことが頻繁に発生してしまうのだ。


 もしかするとあの出前のおっさんも、このような状況を打開するために、明らかに詐欺グループ、つまりあのマッチョが関与している犯罪集団の捜査をしていた俺達に対して、コッソリとヒントを残すようなことをしたのであろうか。


 と、入り口で扉を直していた店員の1人が俺に気付く、どうやら予約者であることを認識しているらしい……



「へいどうもっ、『謎の組織X』のお名前で、え~っと1名のご予約ですかね、組織なのに1名で……ま、そういうのは良いんで、ちょっと何人か死亡してグチャグチャになってますけど、気にせず中へどうぞ」


「あ、あぁ……って惨殺死体ばっかじゃねぇかっ! 大丈夫なのコレ衛生的に?」


「あっ、シッ、静かに……ふぅっ、今ちょっとヤバめのお客様がご来店していまして……お客様、大変申し訳ありませんがご予約の席がその……ヤバい方が居る座敷のお隣の……大丈夫ですか?」


「構わないっすよ、1人なんで静かにしていれば大丈夫ってことでしょ?」


「助かります、ではこちらへどうぞ、あ、そこの臓物とか滑るんで踏まないようにお気を付け下さい」


「げぇっ、超気持悪りぃ状況だな……」



 おそらくはあのマッチョが入店した際、手当たり次第にカウンター席の客などを殺害してしまったのであろう。

 床には爆撃でも受けたかのような悲惨な死体が無数に転がり、どれがどの死体のパーツなのかさえわからない状況だ。


 そんな中を通って予約している座敷に向かうと、確かに襖の向こうから強大な力を感じる。

 それに何かを食べる際に生じるような下品な音、間違いなくあのマッチョが隣に居るな。


 で、店員からの注意として、奴は食べ終わった後もひと暴れする可能性が高いため、その際には気合で命を守る行動を、とのことであった。


 まぁ、そこまでくれば奴が帰るということだから、その瞬間だけターゲットにならないように、そして絶対に戦闘などにはならないように配慮しておけば良い。


 店員が出て行った後は、寿司が運ばれて来るまでしばらく襖の向こうの様子を確認しておくのだが……一心不乱に何か食べているようで、誰かと会話をするような様子は今のところないようだ。


 というかそもそも奴も単体でこの店に来ているのではなかろうか、だとしたら会話などしないし、知能が低いとのことなので独り言にも期待は出来ない。


 これは奴の滞在時間を計るだけで終了となるか……と、その前に寿司を持った店員がやって来た……と、あの出前のおっさんではないか……



「……寿司をお持ち致しました、ごゆっくりどうぞ」


「あのっ、ちょっとその……」


「ではこれで、お気を付け下さい……特にこれとこれ、ワサビが山盛りとなっているかも知れませんので」


「は、はぁ……」



 おっさんは特に喋ることなく行ってしまった、額には脂汗なのか冷や汗なのか、とにかくかなり普通でない様子であったのだが、一応何かのメッセージは残していったようだ。


 ということでそのメッセージに従い、指定された、明らかにワサビの乗せすぎなどではない寿司のネタを捲ってみると……やはり何か紙切れのようなものが入っているではないか。


 うちひとつには『ハズレ!』の文字、どうやらもうひとつの方が正解らしいが、いちいちこのようなことをする意味がどこにあるのかという疑問は飲み込んでおこう。


 で、改めてもうひとつの紙切れ、ごく小さなものなのだが、それを開いてみると……『1時間待て、そうすれば友が来る』の文字。


 もちろん俺の方には友など来ない、今日は完全にぼっちとして行動すべきだし、もし女神や精霊様が来るとしても、この世界においては友ではなく、下女とそのまた下女という雑魚身分なのだ。


 となると、やはり『友が来る』のは隣のマッチョであって、もしかすると同じようなマッチョがもう1匹出現し、2匹で仲良くウホウホするのかも知れないが、そうではなくもっと別の、クリティカルな情報を持った何者かが来るのかも知れない。


 まぁ、1時間程度なら特に問題はないからそのまま待つこととしよう、それで情報が手に入るのであれば万々歳だ……



 ※※※



 そこからキッチリ1時間後、寿司もなくなり、追加で何か注文して武装役人達に領収書を押し付けようかとも思ったところで、隣の個室に動きがあった。


 何者かが新たに出現し、マッチョが座っているのであろう場所の向かいに着席したのだ……



『やぁ、ここの寿司はどうだねグレートゴリラ君?』


『ウォォォッ! ウォォォッ!』


『そうかね、ムカついたから部下をブチ殺して、ついでに寿司屋の邪魔な客もブチ殺してやったと、指名手配の賞金首なのに良くやるよ、ところで……この間1件だけ、こちらのビジネスが未然に防がれて、雑魚が1匹武装役人に捕まったとのことだが……』


『ウォォォッ! ブリブリブリブリッ!』


『屁でもないということか……いやグレートゴリラ君、実が出てしまっているね、便所に行って来ると良い』


『モリモリモリモリッ……ぶびゅぽっ……』



 謎の効果音の後に退室した様子のマッチョ、名前があるようだが、おそらくそれは人間用のものではない。

 しかも食事中に平気で屁をこき、間違ってウ○コを漏らしている時点でもう決して人間ではないといえよう。


 そんな馬鹿マッチョが出て行ったと同時に、新たにやって来た何者かは独り言を始める。

 どうやらコイツが詐欺グループのブレインであるようだ、他人を動かし、自分は陰に隠れて利益だけ吸うタイプの犯罪者らしい。


 そしてもちろん今俺にその独り言の内容を聞かれているとは知らず、何やら愚痴のような口調で話し続ける何者か。

 いずれは重要なことを口走ってしまうことであろうと思い、必死で耳を傍立ててその言葉のひとつひとつを拾う……



『……全く、あの汚いマッチョといい、どうなっているのだこの組織は? せっかくこの俺が手伝って、元の世界に帰還するための、成り上がりという目標を達成するための足掛かりにしようと思ったのに……と、戻ったのかねグレートゴリラ君、ちゃんとケツは拭いて来たのかね?』


『ウォォォッ! ウォォォッ!』


『そうかそうか、それは良かった、では今回のビジネスの話をしよう、あの武装役人団は厄介だからね、確実に君が居ない隙を狙って行動するはずだ、それゆえここの寿司屋、本拠地から程近いこの店以外の所へは行かないようにと頼んでいるんだよ、OK?』


『ウォォォッ!』



 すぐに戻ってしまったグレートゴリラ君、どう考えてもしっかりケツを拭いて来たとは思えない短さだ。

 だがそのごく短時間の間に、何者かの口からとんでもない言葉が出てしまったではないか。


 どう考えても奴の目的は俺と同じ、この世界で成り上がって身分を上げ、元の世界に戻ることを目的としている……勇者だ。


 俺は真面目に働いて活躍し、金を稼いで身分を上げる方法を選択したのだが、奴に関してはそうではなかったらしい。


 犯罪行為によって一気に稼ぎ、おそらくそこで使った仲間、というか使い走りは全部トカゲの尻尾として切り捨て、自分はその金と、それから犯罪者ではない名誉ある金持ちという身分を確保するつもりなのであろう。


 だがもちろんそれは勇者のすることではない、俺もやろうと思えばやれるのだが、そこまでして成り上がっても、今回同行している女神が後でとやかく言ってくるだけなのだ。


 まぁ、精霊様はそういう作戦を取る俺に賛同してくれるであろうが……いや、そもそも女神はそのために連れて来られたのかも知れないな。


 一応はゲームに組み込まれているものの、やはり女神が見ているという心理的に、俺が『そちらのルート』でゲームをクリアしようと思わないような仕掛けなのかも知れない。


 それはそれとして、とにかく今やるべきは奴の、俺とは違うどこかの世界からゲームとして参加している、そして目的を同一にしていつつもルートが違う勇者の野望を、俺の手で止めるということだ。


 しばらくやいのやいのと話なのか何なのか、とにかく意志の疎通をしていたらしいそのどこかの勇者とマッチョだが、1時間程度で部屋を出て、同時に帰って行ったようである。


 マッチョの滞在時間はおよそ2時間と少し、もしこれが普通なのだとしたら、明日以降の作戦にはかなり余裕があるとも考えられるな。


 もちろん俺の本領発揮はナシで、普通に武装役人だけで奴等のアジトを殲滅するのに必要な時間はおよそ5時間と推計すると、近い方から順にやっていけば、最終的にあのマッチョが町の外れのアジトまで辿り着くことなく、まるで逃げるようにして殲滅を続けられそうだ。


 ということで俺も店を出て、まずはあったことを外で待っていた女神と精霊様に報告しておく……



「どうでしたか勇者よ? なぜだかあのマッチョは入ったときとズボンが変わっていたようですが……」


「あぁ、飯食いながらウ○コ漏らしていやがったぜ、それよりも……勇者が居た、俺とは違う異世界勇者だ」


「それは……もしかして別世界からのゲーム参加者ってことなの?」


「そうだ、しかも敵の詐欺グループのブレインである可能性が極めて高い、というかもう確定だ」


「なんとっ、では犯罪者を操って、そこで利益を得て『成り上がる』というのを達成しようとしているのですねその異世界の者は」


「あぁ、こっちは真面目にやっているってのに、裏ルートから行こうなんて許せねぇ、確実にブチ殺してやらねぇとな」


「犯罪だからとかじゃなくてムカつくから殺すってことなのね……まぁ良いわ、で、これからどうしようっての?」


「ひとまず武装役人の詰所へ戻ろうぜ、今回の偵察で、あのマッチョ……グレートゴリラ君というらしいが、奴があの寿司屋に2時間以上滞在するってことがわかったからな、それに基づいた計画を立てて、奴と接触しないようにアジトの殲滅をするんだ」


「まぁ、最悪、というか普通に武装役人の連中が負けてしまうようなことがあれば、力を解放された私達が出張れば良いわけであって、もうその辺りは適当にやらせておきましょ、それよりも問題はその異世界から来た奴よね……強いのかしら?」


「わからんが、感じ取ったオーラはそこまででもなかったぞ、だが実際にはわからん、自身の力を隠蔽するようなスキル持ちかもだからな」



 俺達の世界においては存在しないようなものであっても、無数にある異世界のどこかにはきっと存在しているはず。


 そういったものを使われて、雑魚だと思っていたら実は最強でした、のノリでブチ殺されてしまっては敵わない。


 よってここは慎重にならざるを得ないのだが、やはりズルをしている俺以外の勇者には鉄槌を下さなくてはならないのだ。


 少し大変かも知れないが、まずは武装役人団によって奴の野望を、きっとかなり投資しているであろう詐欺グループを潰してしまおう。


 そこから先はもう俺達と奴との戦いだ、顔を見ることは出来なかったのだが、どうあってもいずれは対峙することになる奴との……

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