1121 武装役人達と
「で、それじゃあどこでどうやって身分を買うんですか? ここで売って貰える? それとも別の政府庁舎とかで収入印紙でも買って、それを貼り付けた申請書とかで……」
「後者である、まずはこの町の中心部にある『身分庁』へ行って……そうだな、『大貧民』からだとちょうど1,000ポンズで『貧民』になることが出来るのだが……それにはまだレベルが足りないな」
「レベルって、確かに俺の『大貧民』は『LV1』っすけど、どこでどうやって上げれば良いんだか、全く見当も付かないんすよねこれが」
「大丈夫だ、今の犯罪摘発の件で君のレベルは『3』まで上昇した、これが『30』まで上がれば、それで条件をクリアして昇格することが可能になる」
「30って、麻薬組織の摘発に協力してそれじゃ、そこそこ頑張らないとならないんじゃ……」
「そういうことだ、地道に善行を積んで頑張りたまえ、あとそれによってポンズもゲット出来るからな、生活も安定して一石二鳥ということさ、わかったら行くが良い」
「は、はぁ……」
この程度のことは缶詰野朗に聞いてもわかったかも知れないのだが、話すといちいちイライラさせてくるのでここで聞いたのは正解であったはずだ。
で、町へ放り出された俺達は、報酬の5,000ポンズと先程の100ポンズを持って、まずは何か出来ることがないかを探すこととした。
というか、善行を積むにしてもそれが評価されるまでにかなり時間を要するはずであって、一朝一夕ではどうにかならないのが現実である。
それに例えば町の清掃を下女とそのさらに下女である女神と精霊様にやらせたところで、評価されるのは実際に奉仕活動をしているそれらなのであって、決して俺のレベルがアップするわけではないのだ。
ゆえに、女神と精霊様を上手く使って俺はサボっているという必殺技が通用しないため、少なくとも自分で何か目立つことをしなくてはならない。
とはいえそんなに都合良くそういうことが……と、見知らぬお年寄りが道端で困り果てているではないか……
「ねぇ見て、変な人族系のジジィが助けて欲しそうな感じで辺りを見渡しているわよ、ちょっと蹴飛ばして来るわ」
「いやいやその格好でか? 葉っぱ1枚の変質者に蹴飛ばされるジジィの気持ちにもなってみろよ、ここは目の前で指差して笑いながら挑発するぐらいで勘弁してやろうぜ」
「あなた達、普段からそのようなことをしているのですか? とても人間のすることとは思えないのですが……」
「何だよ? じゃあどうしたら良いんだこういう状況で?」
「いえですから、あの老人を救助することによってですね、もしかしたら何か良いことがあるのではないかと、まぁ、これ以上は言いませんがね」
「なるほどそういうことか……よしっ、じゃあ事情を聞いて助けてやるぞっ」
ということでそのご老人が困り果てている場所へと近付く、声を掛けるとまずはこちらを見て、助けが来たことに驚いていたのだが、この町ではそういうことをする奴が居ないのであろうか。
で、詳しい事情を聞くと、どうやら『息子』が会社の金を横領したとの連絡を『本人』から受けて、今日中に300万ポンズを振込みしないとならないとのこと。
だがそのための金がなく、途方に暮れていたところを俺達が助けんとして声を掛けたという状況にあるらしい。
しかしこれは間違いなくアレだ、どこの世界でも注意喚起がされている凶悪犯罪のアレである。
俺達はこのご老人について、金の工面などをするのではなく、それが犯罪であって、騙されているということを気付かせるべきところだ。
だがこういう『信じ切ってしまっているジジババ』を翻意させるのはそう簡単なことではない。
直球で否定すれば反発されることは必至だし、かといってこれが詐欺であると証明する手段がないのである。
ひとまず話をして落ち着かせることとしよう、というかその前に精霊様のトンデモな姿を見て驚いているご老人に説明をしよう……
「あの、えっと、この葉っぱしか装備していない女はどうして……」
「あぁ、この者は趣味でこういう格好をしている変質者の葉っぱ星人なんですよ、どうやら故郷の星ではコレが正装らしくて」
「そんな……なんとエッチな星なのじゃ……いやいや、それよりもどうしよう、今日中に300万ポンズを用意せねば息子が犯罪者に」
「うんうん、それで、息子さんとは会って話をしたんですか?」
「いいや、そもそも息子なんて居なかったような気がしておりまして、歳のせいでこのようなことになってしまって、実に情けないことですじゃ」
「じゃあ一緒にその息子さんを探してみましょう、この下女共が必死こいて見つけ出しますから」
「なんとあり難いっ! じゃが見つけたところで金が……」
「大丈夫、そんなときは見つけた息子さんをバラして臓器を売り飛ばしましょう、そうすれば金は工面出来るはずですっ」
「なんとっ、大貧民らしいが非常に賢さが高いっ、で、どうやって息子を探すんですじゃ?」
「そうだな……えっと、俺達この町は初めてなんですよ、人探しといえば憲兵とか、そういうのの詰所はどこに?」
「あぁ、それなら知っていますじゃ、一緒に行きましょうぞ」
かなり無理矢理ではあるが、ご老人をしかるべき機関に連れて行くことが出来そうな感じにはなった。
そこで事情を話せば、間違いなく事件が明るみに出てそれを未然に防ぐことが叶うことであろう。
ご老人の先導を受けてしばらく歩いたところで、明らかにそれらしい武装した連中の詰所まで到着する。
こちらで入口のおっさんに事情を話すと、かなり慌てた様子でその場で待つように指示され、そのまま待機する。
しばらくして中へ入るようにとのお達しであったため、酷い格好の女神と精霊様は入り口付近で正座して待つようにと命じ、俺とご老人だけが中へ入った。
通された応接間……というよりも取調室のような場所で、通常の平民らしいご老人は椅子に、俺は大貧民なので後ろに立つように促され、ようやく本格的な事情聴取が始まる……
「……それで、息子さんは名前もわからなければ居場所もわからない、最悪存在しないということですな?」
「お恥ずかしながらそういうことですじゃ、じゃが忘れているとはいえ息子が犯罪者になると思うと……」
「それは困りましたね、ではまずこちらにご自身の住所と氏名と身分をお書き下さい、ちょっと戸籍謄本とか色々と取って来ますんで、お金必要ですけどそんなにでもないんでご安心を」
「わかりました、よろしくお願い致しますじゃ」
存在しない息子が存在していないということについてはわけがわかっていないにも拘らず、ご老人はスラスラと自分の住所等を用紙に記入していく。
そして記入が終わった用紙を持たされた武装おじさんが1人、走ってその場から立ち去った、どうやら役所のような場所に行ってこのご老人に息子が居るかどうか、それを確認するらしい。
まぁ、もちろんそんなものは居ないという結論になるのであって、それを本人に直接提示して認識させるというのが狙いなのであろうが、そこまでしなくてはならない程度にこの世界においてそういう犯罪は浸透していないのであろうか。
で、10分ほどその場で待っていると、先程出て行ったおっさんが複数枚の紙切れをもって戻って来た。
戸籍謄本と改製原戸籍、どうして見覚えがあるのかは知らないが、とにかくどこかの世界とまるで同じものである……
「えっと、おじいさんね、息子さんとか居ませんね、ほらこれ見て下さい、娘さんは……2名いらっしゃるようですが、どちらもご結婚されて除籍されていまして、奥さんはお亡くなりになったのですね、はい、息子さんとか普通に居ません」
「はぁ……じゃあわしは一体誰に300万ポンズを振り込もうとしていたのじゃろうか? そのために誰の臓器を売ってしまおうと思っていたのじゃろうか?」
「それは今から調べますので、一旦どこにお金を入れるよう言われたのか確認して下さい、えっと、このメモですかね……振り込むんじゃなくて手渡しですねそもそも」
「おっと、じゃあその受け渡し場所へ行きましょう、急がないとそろそろ約束の時刻です」
「し、しかし300万ポンズなどという大金はありませんじゃ、借りるにしても、その返済のためにもう一生死ぬまでポン酢のないしゃぶしゃぶを食べることになってしまいますじゃ」
「それもご安心下さい、なんとこちらで色々と用意しますから、ほら、こちら『高級ポン酢(単価1万ポンズ)の瓶に入ったただの黒い液体』です、ひとまずこれを犯人……存在しないはずの息子さんのフリをしている何者かに渡して、代わりに臓器を摘出してしまいましょう、もちろん売るんじゃなくて斬り捨てる感じで」
「は、はぁ……」
ご老人はなかなかに混乱している様子だが、それでもこの憲兵らしき武装した役人? 達の話は続く。
詳しく説明しても無駄だと感じ取ったのであろう、とにかく金、ではなくポン酢の受け渡し場所へ時間通りに行くべく、強引に話を進めている感じだ。
で、ご老人はそのまま置いてけぼりになってしまったものの、それを連れて来た俺が内容を理解しているということで、ひとまずご老人にその偽ポン酢を渡して現地へと向かうことが決まった。
外へ出た際に待っていた女神と精霊様にも声を掛け、万が一に備えて付いて来るようにと告げてそのまま歩く。
もちろん攻撃力は制限されているのだが、それでも犯人を追うことぐらいは出来るはずであるからだ。
で、向かった先は本当にちょっとした公園のような場所、いかにも詐欺犯が金の受け渡し場所に選びそうなものであった。
そこでご老人だけを目立つ場所に行かせ、俺と武装役人達は茂みに隠れて待機、女神と精霊様は万が一に備え、無関係な普通の変質者を装って公園内をウロウロさせておく。
約束の時間まではもう少し、ご老人には申し訳ないが、このまま犯人摘発のための餌、疑似餌となって貰うこととしよう……
※※※
「……来ましたね、きっとあの汚らしい髪型の男がそうですよ」
「ほう、どうしてわかるんで? 俺には普通にフォーマルな格好をして人間にしか見えないんだが……やっぱ役人の勘とか?」
「いえ良く見て下さい、あなたは大貧民だから知能的に理解し得ないかも知れないですが、例えばほら、あんなフォーマルでピシッとした服を着ているというのに、足元の方は貧民窟を歩き回ったような汚ったねぇ靴、髪型もそうですが、あと口が臭そうですね、きっと空気よりも煙の方を多く吸っているタイプのヤニカスなんでしょう」
「あ、ホントだ、約束の場所に行きがてらその辺に落ちているシケモクを拾って……喰いやがった、死ぬぞアイツ……」
「そこそこにやべぇ奴のようですね、全員戦闘準備、殺傷兵器の使用を無制限で認める、ミサイルも発射して良いぞ」
「何でミサイルとか持ってんすかあんたら?」
1人で待つご老人に接近する、言われてみれば色々と怪しいフォーマルな格好のおっさん。
もう間違いなく犯人の一味にしか見えないのだが、まだ犯行に手を染めるまでは待機らしい。
俺達が活動している世界においては、そういう系の奴が出現した瞬間に飛び掛かってしまうようなこともあるし、おそらく憲兵もそうするであろう。
それでもし何かの間違いであって、普通に怪しいだけの一般人を殺してしまったりしても、揉み消すなりアリバイや証拠を握り潰すなりして犯人に仕立て上げてしまえば良いので、その点においては非常に楽なのだ。
だがこの世界ではそのようなことはしないというのであれば、郷に入れば何とやらでそれに従う以外になく、そもそも攻撃力を極限まで制限されている俺には何も出来ない。
しかしさほど待つことなく、その怪しい人物はご老人に接触して……何かを話始めたようだ、その声を聞き取るべく、俺と武装役人達は耳を傍立てた……
『あ、あんたがわしの息子に頼まれてポンズを回収しに来た人かね?』
『そうだよじいさん、お前の息子はとんでもねぇことをやらかしてくれてな、ひとまずは300万ポンズ、それをこっちで預かって会社の損失を補填するんだ、そうすれば処刑は免れると思うぜ、処刑だけはな』
『じゃ、じゃあやっぱり犯罪者にはなって……』
『それについてもどうにかしてやるから、近いうちにまた追加のポンズを頼むと思うぜ、で、約束のポンズは……ヒャッハーッ、こりゃ本醸造の超高級品じゃねぇかっ、やけに小さいとは思ったが、これだけでも余裕で300ポンズ分の価値はあるな』
『は、はぁ、では今回はこれで、息子が犯罪者にならないよう、またポンズを搔き集めて参りますじゃ』
『おうっ、またよろしく頼むぜじいさん!』
これで犯行が確認出来た、武装役人達は色めき立ち、今週はもう交通違反の取り締まりをしなくともノルマなど気にしなくて良いな、などと話し合っている。
だがまだ犯人をとっ捕まえたわけではないため、俺が忠告するとすぐにマジモードに移行して、ひとまず剣を構えた状態で茂みから出た。
その動きに気付かない受け子らしき犯罪者、余裕の表情でご老人に対して語り掛け、これからどの程度の金、ではなくポン酢……ポンズが必要になるのかを教示している。
というか、貨幣でなくとも普通のポン酢でやり取りすることが出来るのかこの世界は、貨幣はどれも純度の高い金銀ではなさそうであり、紙幣も存在しているらしい点を見るに、きっと『ポン酢本位制』を採用しているのだとは思うが、さすがに意味不明を通り越して馬鹿としか思えない。
で、3人の武装役人が囲み込むようにしてご老人とその犯罪者に接近して行くと、向こうもようやく何かがおかしいということに気付いたらしい。
ふと辺りを見渡し、その3人と追加で茂みから出て来た俺、さらには無関係なはずの変質者までとも目が合うことを確認し、一気にパニックに陥ったよづあ……
「なななっ、何なんだお前等はっ? 役人? ちょっと待てどうしてこっちへ来るんだっ? 俺は何もしてねぇからそっちのほら、ほぼ全裸で徘徊してる変な女を捕まえろよっ!」
「……アレも確かに気になりはするがね、むしろ目の保養であって迷惑とは思わないんだよ……で、お前はどうしてこんな場所でおじいさんからポンズの入ったアタッシュケースを受け取っているんだい? 何がどうなってそうなったのか説明して欲しい」
「あ、えっとほら、商品代金だよ、つい最近ちょっと高額なモノをこのジジィに売ってな、それでこんなにも大量のポンズを受け取っていたんだ、なぁ、正当だろ?」
「あの~、わしは息子が会社の金を横領したと聞いて……ちなみにそのポンズもその方々からお借りしたものでして、どうしてお役人がそこまでしてくれるのかと……」
「チッ、死ねよジジィ! オラァァァッ! と見せかけてトンズラだぜっ、ヒャッハーッ!」
「逃がさんっ! ふんっ!」
「ギョェェェェッ! あっ、足が捥げて……いでぇぇぇっ!」
「この詐欺犯め、だが戦闘力皆無の大貧民で良かったぞ、さて、ちょっと詰所の方で話を聞こうか、喋ることが出来ないような状態になるまでの間だから、そこまで時間は取らせないと思うぞ」
「ひぃぃぃっ! 勘弁してくれっ、俺は頼まれてやっただけなんだっ! このポンズを受け取ってボスに渡せばほら、分け前をやるからってことで……本当に犯罪だなんて、息子のフリをしてポンズを騙し取るようなことをしようなんて思ってなかったんだぁぁぁっ!」
「そこまで事情に精通していれば十分だ、詰所で拷問して仲間の居場所を吐かせてやる、その後は死刑台まで直行させてやるからな」
「ひょげぇぇぇっ!」
こうして犯人のうちの1匹、もちろんクソ雑魚でトカゲの尻尾で、いざとなればスケープゴートにされることが確定していた馬鹿1匹であるが、この先の捜索において手懸りとなり得るモノをゲットすることが出来た。
もちろん今回のゲットは俺達ではなく、この武装役人達がそうしたのだが、情報をもたらしてそれに貢献し、さらにご老人が詐欺の被害に遭うことを未然に防いだ功績は認められるはずだ。
ということでそのまま武装役人の詰所まで一緒に戻るようにと言われた俺は、ウロウロしていた女神と精霊様を呼び戻し、同じ場所へ戻る旨を告げて先に歩き出した。
捕まえた犯人はズタ袋に収納し、どこかで様子を見に来るかも知れない犯罪組織の一味に対し、末端が逮捕されたことを極力悟られないようにしている。
先程それを倒した少しデカめの武装憲兵がそれを担ぎ、目立たぬようバラバラ気味に歩いて元の場所へと戻った……
「さてと、拷問の方は専門の奴に任せつつ、後で様子を見に行って聞けるべきことを聞くこととしよう……で、大貧民の……まだLV3なのかね、とにかく君は良くやってくれた、今回の分は報酬として支払って、ついでにレベルアップもさせなくてはならないのだが……」
「ならないのだが……どうかしたんすか?」
「いやな、せっかくだからこの先も手伝っていかないかと思ってな、我々はこの武装を解除することが出来ないから、どうしても街中では目立ってしまう、肩に巨大なパトリオットミサイルを移植してしまっている者も多いからね」
「まぁ、かなり目立つとは思うし何やってんだ馬鹿かよって感じですけどね……」
「そこで君ならどうだ? どれだけ動いても『あぁ、汚ったねぇ大貧民がウロ付きやがって、消毒が面倒臭せぇ』ぐらいにか思われないだろう?」
「まぁ、そうなるとは思うんで……最終的にポンズと身分が貰えるならやるっすよ」
「あぁ、その辺りは抜かりないと思うぞ、なんといっても国だからな」
ということでしばらくの間この武装役人軍団の手伝いをすることに決めた俺であったが、果たしてこの一件でどこまで成り上がることが出来るのであろうか、それに注目しておきたいところだ……




