1120 新たな世界で
「ちょっとどうしてよっ!? どうして完璧なこの私がこんなカウントダウンで変な世界に送られなくちゃならないわけ? 理由を説明しないと破壊するわよこの変なのっ!」
「まぁ落ち着け精霊様、もう始まってしまった以上、コレがゼロになったら俺達はゲームのための世界行き、精霊様もそこで色々と頑張らなくちゃならないんだ、残念だったな」
「クッ、こうなったらこの部屋から出て……開かないっ! ホントにこのカウントダウンを……傷ひとつ付かないじゃないっ、どうすんのよもう……」
「水の精霊よ、あなたも少し、いえかなり反省しなくてはならない部分があるということです、大人しく神々の創りしゲームに参加し、己が行動を改めるのです」
「まぁ、そういうことでそろそろカウントダウンが終わるから、ちなみに缶詰野朗もちゃんと持ったから、それと……女神、お前も参加なんじゃないのか今回は?」
「いえ、それはさすがにないと思うのですが……だって私、神である以上完璧な存在なのですから、この精霊のようにダメな点が私にあるとは到底思えませんので……あれっ?」
次の瞬間にはカウントダウンが満了し、部屋が暗闇に包まれるのだが、そこで女神の奴もやはり何らかの異変を感じ取ったようだ。
その異変はつまり自分がゲームのための世界へ誘われるということで、当然俺と精霊様と一緒にミッションをこなしていかなくてはならないということである。
で、真っ暗な状態が解消された際には、俺の視界にキッチリと映るかたちで……ボロボロの服、というかもう布切れなのだが、そんなものを纏ったにすぎない女神の姿があった。
しかも俺もかなりボロボロの服に変わっているではないか、なぜか持っている袋の中身も缶詰野朗とまるで知らない、不味そうなパンがいくつか剥き出しで入っているだけだし、それに……精霊様が素っ裸のまま女神の隣に転がっているのだ。
いや、良く見ると重要な部分にのみ『葉っぱ』を1枚装備しているようだな、俺達のそれぞれの装備を確認しようと思い、何らかの方法でそれを見たいと念じると……空中に3人分のステータス画面が出てきた。
どうやらここはそういう世界、ステータス画面を直接確認してあれやこれやする世界のようだが……まず俺の『身分』が『大貧民LV1』になっている辺りどうもおかしい。
そして装備は『大貧民のボロい服』と、それから『薄汚れた食糧』を所持していることがわかるのだが、いくらゲームだとはいえこの扱いは何だと苦情を言いたいところである。
他の2人はどうなのであろうかと、俺よりも更に悲惨な格好をしている女神と精霊様のステータス的なモノを確認していくと、これは……
「あのっ、どうして女神であるこの私が『大貧民LV1の下女』などという貧相な立場になっているのですか、というかそもそもこの身分、もしかすると勇者の下女に……この私が?」
「そうみたいだな、というかそうに違いないぞこの状況は、これからは女神じゃなくて下女として振舞えこのクズめが、それで精霊様は……ほう」
「……クッ、何よこの『大貧民LV1の下女の下女』ってのはっ! どういうこと? この中で私が圧倒的に下の立場だってこと? おかしいわよそんなの、本来は一番偉いはずのこの私がっ!」
「こういうことなんだよ、このゲームの世界では何か反省しなくちゃならないところがある仲間を、ミッションを通じて矯正していくのが狙いなんだからな、で、精霊様は普段威張りすぎな分、そういう感じに堕とされたってことだろう、反省することだな」
「何よっ! こうなったらもう力づくで下克上をっ……あ、攻撃力がほとんど制限されて……水もチョロチョロしか出せないじゃないの、何なのよホントにもう……」
「ギャハハハッ、せいぜい屈辱を味わうが良いっ!」
普段一番威張っている精霊様が最下位、しかも『大貧民LV1』の下のさらに下などという謎ポジションに落とされたのは実に愉快である。
で、その状況からこの世界で何をすれば良いのか、どうなったらゲームクリアなのかということを確かめるため、袋の中に存在しているが、簿外資産のようなかたちで表示されていない缶詰を手に取った。
パカッと蓋を開けると中から飛び出す不快生物……この瞬間からアイテムとして認識されるようだ、名前も編集出来るようなので、ひとまず『汚物』ということにしておこう。
で、その汚物に対してどうしたら良いかを質問してみたところ、言い方も鬱陶しければ話も長かったのだが、とにかく『成り上がれ』というような内容の返答を得た。
なるほど、この世界において『大貧民LV1』から何やら凄い称号を持つ、マフィアの……そういうゲームではないのか、とにかく成功を勝ち取り、偉くなれば良いということだ。
ということで下女とその下女たる女神様と大精霊様を引き連れ、今自分達が居る場所がどのような場所なのかというところから探り始めることとした……
「随分山の中なんだな、向こうに、木々の隙間に町が見えなくもないが……ちと遠いぞ」
「それと、この薄汚い、とても神である私が利用するとは思えない小屋は何でしょうか? クモやG、ムカデなどが敵として出現しそうなものなのですが……」
「山小屋ね、えっと……名称が『大貧民LV1ハウス』ってことは、私達がここに住む……そういうことなのかしら?」
「それ以外に考えられないだろうよ、ちなみに空を見た感じだともうそろそろ夕暮れだ、明かりがある保証もないから、今日はもうこの小屋に引き篭もって夜の支度をしなくちゃだ、食事は……この不味そうなパンしかない、現状はな」
「最低の状況ですね今は……少し、あの町の様子を確認して来ましょう、今ならまだしっかりと見えるはずで……あら? 飛ぶことさえ出来ませんっ、そんな、空を飛ぶことさえ認められない身分だというのですか『大貧民LV1の下女』というのは?」
「情けない女神ね、じゃあ代わりに私が……飛べないわね、そんなごく当たり前の能力まで制限してどうするつもりなの? 空さえ飛べないなんて下賎の下賎のそのまま下賎のゴミクズよっ!」
「最初から飛べない俺にたいしてどう思っているんだ普段……」
結局そのまま何も出来ない女神と精霊様、早々に諦めた俺は火を焚いたり、明日に備えて風呂を掃除したりしていたのだが、その間にも馬鹿共は何やら色々と試していたらしい。
もうゲームに誘われるのも6度目である俺にとっては、この程度の制約を受けることなど想定済みであって特に驚くことではない、という感覚なのだが、さすがに初回の経験である馬鹿共にとってはショックであるようだ。
もう諦めろ、そして手伝いをしろと思い、掃除中の汚い山小屋の中から声を掛けると……2人共最初は拒否しようとしたのだが、どういうわけか素直に従うという謎行動に出る。
それは自分達の意思ではなく、俺の命令に逆らうことが出来ないからそうなっているのだということは、もう考えるまでもなくわかったのだが……これはなかなかに使えそうな状況だな……
「おいお前等、俺はもう十分働いたし、この世界にある限りは基本的に雑用などしたくない、残りの掃除等はお前等で全部やれ」
「そんなっ……クッ、体が勝手に動いて……」
「本当に屈辱的ね、攻撃力さえ元に戻ればこんな……」
「じゃあ頑張れよ、俺は俺のためだけにメイキングしたベッドで優雅にくつろぐから、もう風呂にも入ってあるし、あとは食事して寝るだけってことだな」
「そんなこと言ってないでちゃんとやりなさいよっ、でもどうしようもないわね、本当に屈辱的だわ」
普段から雑用など絶対にしない精霊様が、俺の代わりに、しかも世界の統治者である女神と一緒に働いているところを見るのは実に気分が良い。
この後もずっと雑用をさせて、しかも夜は添い寝させて暖を取る感じで現状の『大貧民LV1』という状況を豊かなものにしていくこととしよう。
しばらくしてやっと掃除を終えた女神と精霊様に対して、次は食事の準備をするようにと……それはパンを皿に並べるだけで終わってしまったではないか。
ということで俺と女神と精霊様と、いや俺様と下女とそのまた下女と、ゲーム世界での最初の夜を迎えたわけだが……パンがあまりにも不味い、そんなところから始まってしまった。
「ちょっ、これどんだけ酸っぱいんだよこのパン? おい缶詰野朗、じゃなかった汚物野朗、どうなってんだこれ?」
『あぁ、きっと腐って……そうじゃなかったっすね、この世界は確か通貨単位がポンズとかいうもので、その通貨で買える食べ物はだいたい酸っぱいんすよ先輩』
「通貨単位がポン酢って、しかも食べ物が酸っぱいって、どうなってんだよマジで」
『まぁ、パンよりも酢飯をメインで攻めていった方が良いってことっすよ先輩、幸いにもこの世界、魚には事欠かないっすから……あ、ちなみに魚まで酸っぱくはないんで安心して良いっすよ先輩』
「寿司とか海鮮丼だけで生活しろってことか……まぁ、それも悪くはないな、もちろん今の『大貧民LV1』の状態だと、好きなものは食えないかと思うが……」
とにかく栄養をということで、仕方なしにその酸っぱいパンを完食した俺達、町へ出ればどこかの世界のいつかの時代のような、ファストフード感覚でしかも大きい寿司が堪能出来るのであろうか。
そのようなことを考えつつ、燃料となる薪がもったいないということと、それから明日以降に備えたいという意味も込めて、早めに明かりを消して寝ることとした……
※※※
「勇者よ、起きて下さい勇者よ……」
「……ん? 何だ女神か、どうしたんだこんなに朝早く、しかも素っ裸で……と、しかも横じゃなくてベッドの下で寝ていたってのか?」
「えぇ、きっとやってしまうだろうと思ったのですが、普通にオネショしてしまいました」
「そういうキャラだったのを忘れていたぞ……で、それがどうしたんだ?」
「はい、もう洗濯などは済ませたのですが、その……」
「尻を抓ってやるからこちらへ向けろ」
「はい、お願いします……いてててっ! ごめんなさいっ!」
『痛いっ、痛い痛い痛いっ! ちょっと、何かに抓まれたんだけどっ、へっ?』
「何でしょう? 寝ていたはずの水の精霊がいきなり騒ぎ出して……」
「知らんが、寝惚けているんだろうよ、それよりもお仕置きの続きだっ!」
「ひぃぃぃっ!」
『ひやぁぁぁっ!』
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
とっくの昔に忘れ去られていた設定であったが、女神の奴が安定のオネショをしたため、希望通り罰を与えていると、どういうわけかそれに反応したのが精霊様であった。
もちろん精霊様には何もしていないのだが、飛び起きて騒いでいるところを大人しくするようにと命じ、女神と並んで尻を出させてみると……なんと、女神に対して抓った部分が、精霊様の尻でも赤くなっているではないか。
これはどういうことなのだとしばらく考えると、ひとつの仮説が浮かび上がってきた。
女神はこのゲームにおいて俺の下女扱いなのだが、精霊様はそのまた下女扱いであるということが原因だというものである。
つまり、女神に対して与えられたダメージなどは、そのまま精霊様にも発揮されるというものであり、そうである以外に考えられないというのが現状の俺の見解だ。
それを確かめてみるため、まずは女神に対してもう一度ダメージをということとなり、ひとまず頬っぺたを抓ってみると……やはり、精霊様の頬っぺたも、神の見えざる手によって抓られているかのような動きになった。
さらに実験するため、今度は俺が直接精霊様に対して拳骨を喰らわせてみると……今度は女神の方に何の反応もなかったではないか。
つまり女神に対するダメージはその下女である精霊様に対して効果を発揮するのに、その逆はないということになる。
これは精霊様が一方的に損をする展開だな、面白くもあるが、やりすぎると後で似復讐が怖くもあるのだが……まぁ、それについては後々考えることとしよう。
今は新たにわかったこの状況を利用して、俺が最大の権力者として女神と、それから元の世界においてその地位に次ぐ立場である精霊様に対し、その偉さを認めさせる(強制)チャンスなのだ……
「ふむ、面白いことがわかったな、精霊様、ここからは覚悟しておけよ」
「何よっ、あんただって今は『大貧民LV1』の癖に、威張ってんじゃないわよっ」
「そうか、じゃあ女神、一旦精霊様は無視して、オネショのお仕置きの続きをしてやる、もう一度こちらに尻を向けろ」
「はい、ではお願いします勇者よ、さっき洗濯に行った際に外で良い感じの木の枝を拾って来ましたので、これでビシバシとやって下さい」
「あちょっと! そんなことしたら私が……ひぎぃぃぃっ! ひゃぁぁぁっ!」
こんなにも気分が良いのはいつ以来か、女神は基本的にそこそこの、いやかなりのMであるため、お仕置きしようと思えばいつでも協力的に動いてくれる。
もちろんそれはこの世界においては、自分の威厳を示さなくてはならない人々が居ないためであるが、それは即ちこの世界にある限り俺と女神の関係性、その立場が安泰であるということ。
そしてそれによっていつも偉そうにしている精霊様を痛め付けることが出来るなど、もう万歳三唱して大喜びしたい程度の幸運であるといえよう。
ということで精霊様も大人しくなったことだし、今日はこのまま起床して、町へ繰り出すこととそこの調査をしてみることとした。
女神にはボロ切れのような衣服を、精霊様には情けないたった1枚の葉っぱを大事な部分に装備させ、山小屋を出て少し遠い町へと向かう俺達。
道中、向こうから歩いて来た平民らしきおっさんがこちらを目に留めると……何やら近付いてきたではないか、俺の子分にでもなりたくなったのであろうか……
「お~いっ、そこの大貧民、ちょっとそこで待て、お~いっ、聞こえねぇのかボケがっ!」
「あんっ? うるせぇぞこの野朗、生憎俺様は子分なんぞ募集しちゃいないんだ、とっとと失せろハゲ」
「テメェ! 大貧民LV1の分際でこの下層平民LV12の俺様になんという口の利き方だっ! まぁ良い、今ちょっと町で渡しておくべき荷物を渡し忘れたことに気付いてな、100ポンズやるから指定の住所に届けておけ、ほら金と荷物だ」
「……あぁ、なるほどそういうことか……わかった、金が貰えるならやっておこう」
「頼んだぞ、あと態度には気を付けろ、テメェのような大貧民LV1など、一般平民や上級平民、ましてや貴族なんかにムカつかれればそれでお終いなんだからな」
「はいはいわかったわかった、じゃあな」
ということで知らないおっさんから金と知らない荷物を受け取った俺であるが、特に爆発物であるような気がしないのと、攻撃力以外は特に制限を受けていない様子であるため、それがヤバいものであったとしても何の脅威にもならない。
なので特に中身を調べるようなことはせず、そのまま仕事として完遂してしまおうと思ったのだが……そこで缶詰野朗があのおっさんに聞こえなくなったタイミングを見計らって忠告してくる。
なんと今俺が受け取った『100ポンズ』という金銭、銀ではない銀色のコイン1枚なのだが、それは俺達の世界でいう鉄貨1枚と同程度の価値であるとのこと。
それでは基本的にパンをひとつ買えるかどうかであって、そんな程度の金銭で他人を使うことなど、通常は考えられないということもまた缶詰野朗が教えてくれた。
つまり俺は奴に騙されたのだ、というか奴は騙すつもりなどなかったのかも知れない。
ちょうど良い所に下賎の民が居たため、都合良く、そして安く使ってやったぐらいの認識なのであろう。
「よっしゃ、じゃあこの荷物、もう貰ってしまおうぜ、中身は……小麦粉か?」
『違うっすよ先輩、そんなもん、違法薬物に決まってんじゃないっすか、先輩は嵌められたどころか、そんなとんでもないモノの運び屋にされたってことっすよ』
「……コレ、通報したら金とか貰えるのかな? 届け先の住所とかも貰っているわけだし、こんなもん違法薬物関連の組織を一網打尽にするチャンスに他ならないだろう、俺達でやるか?」
「しかし勇者よ、力が制限されている以上、いきなり突っ込んでもあまり大きな効果は期待することが出来ません」
「そうよ、きっと敵を1匹倒すのにナイフとかで切り刻んだり、バールのようなもので叩いたり、とにかくメチャクチャ時間が掛かるわ、面倒だし私はイヤよ」
「あっと、そうだったな、じゃあ普通に通報して報奨金でも貰うとするか、えっと、門の前で兵士とかに渡せば良いんだよな?」
ということでそのまま町へと向かい、中へ入るための門を潜る際の検査を受けるに当たって、先程変なおっさんからこんなモノを託されたと、その場の兵士に告げてブツを提出した。
驚いた様子の兵士だが、ブツが何であるのかはすぐにわかったらしく、俺達に対して奥の詰所へ来るようにと促してくる。
俺の身分が『大貧民LV1』であったため、最初は疑われたうえにその場でしばらく待たされてしまったのだが、どうやら受け取っていた荷物の宛先が悪の組織のアジトであるということが確認されたらしい。
特に何も言わずとも報酬として5,000ポンズが支払われることとなり、これで俺達は町での買い物が出来ることとなった。
ついでに異世界から来たばかりであり、この世界のルール等を知らないことを兵士に伝えると、それも教えてくれるとのこと。
その場ですぐに説明が始まり、町では身分によって住む場所も、もちろん受けられる行政サービスが異なるということなども伝えられる。
ではどのようにしてその身分を上げれば良いのかと聞くと……結局そこは『金次第』らしい、この世界において身分とは、金で買うべきものであったのだ……




