1119 謎の書と次の冒険
「うむ、ユリナ、サリナ、頑張って戦うってのは当然だが、紐状物質は地面から来るからな、ちゃんと気を付けて可能な限り回避するんだぞ」
『先輩、そんな当たり前のこと偉そうにアドバイスしても無駄っすよ先輩、もうちょっと役に立つ言葉を投げ掛けないとってことぐらいわからないんすか、わかるもんじゃないんすか普通?』
「缶詰野朗、前の町に置いて来たつもりだったんだが……どっから沸いて出たんだこのクソ野朗めが」
「それは我が新しいモノを開けたのだ、実況係とかそういうのが不足していると感じたゆえ、そこそこ中立っぽい立場のそれを召喚してだな」
「こんなもんやかましくて鬱陶しくて、見ているだけでイライラが募る単に不快なだけのゴミなんだが? 普通に必要ないぞ……っと、始まるみたいだな……」
ひとまず説得を試みていたユリナとサリナであったようだが、それにはすぐに失敗し、ここからバトルが開始されるのであろうという状況になっていた。
そこで俺が決まりきったような声援を2人に送ると、ここには居ないはずの鬱陶しいバケモノがツッコミを入れてきたことによって、2人とその対峙している敵から意識が逸れる。
だがこちらはこちら、あちらはあちらで動いていたようで、俺が缶詰野朗の出汁を地面に溢してやろうと動いたところで、遂に戦闘が始まった、そんな音でまた意識がそちらに戻ったのだ。
先制したのは敵のラスボス真面目委員長、ユリナとサリナの足元から、予想したとおりの紐状物質による攻撃。
だがいつものように罰を与える感じではなく、確実に絞め殺すような、そんな動きを見せるそれ。
もちろん2人共その攻撃は予測していたため、あっさりと回避して少し距離を取り、カウンターとしてまずはユリナの火魔法による攻撃が……別の紐状物質が壁のように地面からせり上がり、防がれてしまったではないか……
「奴め、攻撃だけじゃなくて防御にも紐状物質を使うってのか、ズルいぞこのクソ女っ!」
「まぁ、我が懺悔堂のトップに紐状物質の全権を与えてしまったからこうなるんだがな、もちろん我もあのような感じで使えるゆえ、いざとなればあの者の攻撃を相殺することも可能かとは思うが」
「いや、それをやったら俺達がこのゲームをクリアしたことにならないような気がするんだよな、俺が手伝うのもそうだが……どうだ缶詰野朗? せっかく出現したんだから情報を寄越しやがれ、さもないとまた干乾びさせんぞ」
『いやいや、一夜干しだけは勘弁して下さいっすよ、で、誰が戦うべきなのかってことなんすけど、そんなのわかり切ったことっすよね先輩? それともいちいち他人に聞かないとわかんないんすか? それほどまでに馬鹿なんすか先輩は?』
「そうか、マジで死なすぞお前……っと、戦況が動いたようだな……」
またしても缶詰野朗如きに気を取られている間に、戦闘の方が大きく進展してしまったらしい。
ユリナの攻撃が1発だけ紐状物質で出来た壁の上を飛び越え、直撃には至らなかったものの敵を油断させることに成功したのだ。
直後、視通が確保出来たサリナが攻撃を回避しつつ敵の本体に幻術をぶつける……最初は頭痛を起こす程度の力しか解放されていなかったのだが、今はもうそうではない。
完全に敵をコントロールすることが出来る程度には力を出すことが出来るため、それを用いて紐状物質のコントロールを間接的に奪う作戦のようだ。
敵が手の動き、そして指の動きで、まるでピアノでも引くかのようにしていくつかの紐状物質を操っていたことに気付いていたらしく、それを利用する作戦らしい。
まず防御に使っていた壁の紐状物質をバラバラにし、いや強制的にバラバラにさせて敵自身に絡み付かせる。
さらに攻撃に使っていた紐状物質は逆にまとめるようにして、1本の太い鞭のような形状にさせたのであった……
「クッ、体が言うことを聞かないっ……何をしたというのですか一体? というか何を……え? ちょっと……ひぃぃぃっ!」
「あなたのせいでここまで散々お仕置きされてきましたからね、その仕返しをしたいと思います」
「どうですのお尻丸出しにされた気分は、そしてこれからビシバシと叩かれますのよ、サリナ、やってしまいなさい」
「はい姉様、えっと、こっちの指をこう……こんな感じっ!」
「ひぎぃぃぃっ!」
「良いですね、じゃあここからはちょっと連続でいきたいと思います、ひとまず100叩きで」
「あのっ、ちょっと待ちなさいっ、待って……どうかお待ち下さい……ひぃぃぃっ! 痛いっ! どうして私が、この規律正しく生きてきた私がこんな目にっ!」
「そういうこともありますの、で、この100叩きの刑が終わったら次は……あら、もう白旗ですのね、面白みがありませんこと」
「うぅっ……ひゃいんっ! 痛いですっ! 100叩きと言わずもう許してっ! イヤァァァッ!」
あっという間に決まってしまった勝負、ユリナもサリナももう勝ちが確定したというのに、ふざけて敵の真面目委員長を痛め付けている状態だ。
だがもちろん殺してしまうようなことはせず、ただ自分達がこれまでこの世界においてやられてきたお仕置きを、そっくりそのままお返ししているだけである。
100叩きの刑が終わった後も敵を解放してやるようなことはせず、敵の指の動きによって操られる紐状物質の鞭をビュンビュンいわせたり、ビターンッと地面に叩き付けたりして遊んでいるのだが……たまにキッチリ叩いて痛め付けるのも忘れない……
「おっと、帰還の扉が出てきたな、これで俺達は元の世界に帰ることが出来るんだ」
「そうなのか、しかし良くやった悪魔姉妹よ……で、早くその者を殺さぬか」
「いやちょっと待て、もったいないから俺達が貰っておくよ、何かに使えそうだからな、その代わりこっちの缶詰野朗を『悪』として公開処刑しよう」
「うむ、ではその者の身柄はくれてやろう、その代わり金のインゴットだっけ? それはやらん」
「チッ、だがまぁ良いや、その分コイツにはキッチリ働いて貰おう、ユリナ、サリナ、お仕置きが終わったらそいつを縛り上げるんだ」
「わかりましたの、さて、次は何をしてくれましょうかね、もう一度100叩きでもしますの?」
「ひぃぃぃっ! もう勘弁して下さいっ! どうかお許しをぉぉぉっ!」
「まだまだ、あなたはこの世界全体にとんでもない迷惑を掛けてきたんですから、この程度で済むと思わない方が良いですよ、私達に連れて行かれて、一生鞭で打たれながら強制重労働になりますから」
「そんなっ、どうして真面目に生きてきた私がっ! 何かの間違いですっ、神よ、間違いであると言って下さい、はやくドッキリ大成功の札をっ!」
「そんなものはない、貴様が非常に真面目なのは良いが、それを他者にも押し付けすぎているのは知っての通り、皆迷惑していたのだ、あるリサーチによれば、『こんな奴居なくなれば良いのに』と思うこの世界の住人はなんと10人中13人にも及んでいたのだからな」
「そんなっ、まさかの100%オーバーだなんてっ!」
「そういうことだ、もう諦めてこの世界からサヨナラしろ、それは俺達に連れ去られて奴隷化されるか、このまま外に連れ出されて公開の場で残虐処刑されるかだがな」
「そんなぁ~っ、どうか許して下さい~っ、あう~っ」
ということでラスボスの真面目委員長を縄でグルグル巻きにし、指も固定して例の紐状物質を使うことが出来ないようにしておく。
その後、神の手続によって委員長の懺悔堂トップたる資格は剥奪され、単なる真面目な人となってお役御免になった。
ガックリとうなだれる委員長に、これからどんな目に遭わされることになるのかということを逐一説明していくユリナとサリナ、なかなかに意地悪く、そして顔が非常に楽しそうである。
まぁ、自業自得とはいえ委員長もそこそこかわいそうになってきたため、事情を説明した札を付けて王都のしかるべき場所へと、帰還の扉を用いて送ってやる準備を整え、目隠しと猿轡も噛ませてその場に座らせておく。
あとは俺達が帰還するだけなのだが……せっかく紐状物質の制約からユリナとサリナの2人が解き放たれたのだから、この世界をもう少しだけ探索しても良いのではないかという気がしてきた。
特に今居る部屋の奥に見えている扉、その先からはお宝の匂いがプンプンと漂ってきているではないか。
もちろんラスボスを倒した俺達にはその権利があるはずだ、ボスの後ろの扉を開けて、凄いアイテムを獲得する権利が……
「おい、最後にちょっと行ってみようぜあの部屋へ、絶対にお宝的なモノをゲットすることが出来るはずだ」
「あ、そうですわね、じゃあ早速行きますの、ササッと捜索して帰りますわよ」
ということでお宝がありそうな部屋の扉を開けると……なんと、敵であった真面目委員長の自室であったようだ。
中は小奇麗に片付いているのだが、もちろんベッドの下からは成人向け画像の山が……これも奴の悪事の証拠としてこの世界に公表してしまおうか、そうすれば人々の心は奴から完全に離れ、批判することも容易になるはず。
それは神の方に渡してやるとして、さらに捜索を続けていると、多少の金銭と共に発見された謎の書物。
書かれている字は良くわからないもので、つまり俺にもユリナにも、サリナにも解読することが出来ない書物であるということ。
すぐに戻って例のブツをこの世界の神に渡すと同時に、書物が何であるのかということを質問してみるのだが……神でさえ読めない文字で記述されているらしい、これは本人に直接問うた方が良いかも知れないな……
「ぷはっ……な、何でしょうか? やっぱり処刑というのはナシの方向で……」
「そうじゃない、お前の部屋らしき場所でこんなモノを発見したんだ、読めないんだが、何なんだこれは?」
「し、知りません、確かにあそこの扉の先は私の部屋ですが、ずっと前から前任者が使っていたものでして、その本もおそらく……私にも読めませんし」
「そうか、じゃあ仕方ないな、ユリナ、ちょっとコレもバッグに入れておいてくれ、精霊様とかなら何かわかるかも知れないからな」
「はいですの、さて、金目のモノも回収したことですし、この世界とこの世界の神様に別れを告げますわよ」
「あぁ、もちろんその前に……おい缶詰野朗!」
『何っすか先輩? たいした用じゃないならいちいちデカい声出さなくっても良いっすよ先輩』
「死ねこのゴミクズがっ!」
『ぶっちゅぅぅぅっ!』
「ということだ、じゃあなこの世界の神、この女とこの書物と、それから僅かばかりの金は貰って行くぜ、またどこかで遭えると良いな、もし敵としてだったらなお良い、ブチ殺してやるかんなっ」
「もうホントにムカつくから遭いたくはないのだが……まぁ良い、とっとと元の世界へ帰るが良いわ」
「おうっ、じゃあなっ!」
こうして帰還の扉から元の世界に戻った俺達、気が付くとそこはユリナとサリナに割り当てられた部屋で、時間的にはまだ転移から5時間程度しか経過していなかった。
外へ出ると心配した仲間達……俺ではなくてユリナとサリナの帰還が遅いことを案じていたらしいマーサとジェシカに迎えられどうにかこうにか元の世界への帰還を果たしたようだ……
※※※
「それで、その持って来てしまった書物はどうするんですの? この世界の女神にでも見せてやりますの?」
そうだな、奴なら何か知っているかも知れない、おい女神、お前ちょっとコレ読んでみろよ、読めないとかほざきやがったらブチ殺すからな
「勇者よ、何ですかいきなりあなたは、あ、ちょっとブチ殺さないで下さいっ、痛いですから、痛いっ、痛いぃぃぃっ!」
「おう、わかったらサッサとしやがれこのダボが、この書物なんだよ、俺どころか知能の高いユリナとサリナにも読めやしねぇんだ、当たり前だがお前も普通に馬鹿だから無理だろう? 違うのか?」
「あ、何を言っているんですかこの異世界人は、この書物は間違いなく神界のものですよ、少し古いものですから、比較的新しい神には読むことが出来ないかも知れませんが」
「なるほど、あの世界の神は比較的新しい神で、つまり若輩者だったということですわね、で、その内容は?」
「いえ、私もその比較的新しい神ですから、普通に読むことが出来ません、それに関しては大変申し訳ないと思っています、はい」
「使えねぇ馬鹿だな本当にお前は……まぁ良い、そういうことならこの書物はこちらで預かっておく、いつか解読することが出来る神と邂逅するまでな」
「あの、勇者よ、そういうのはリアルにこの世界を統治して言いる神であるこの私が……違いますか?」
「なわけねぇだろこの馬鹿、お前如きにこんな大事なものを預けることが出来ると思っているのか? そんなわけないよな? だってお前馬鹿だし、すぐに失くしそうだし」
「なんと信用のない神なのでしょう私は……そんなことを言われるなど一生の不覚……チラッ……チラッ……」
「チラ見しても無駄よ、誰もあんたなんかに同情したりは……マリエルちゃんとジェシカちゃんはどっか行きなさいっ! とにかくこの本は私が預かっておくわね」
「あ、いや精霊様もそこそこ不安で……いや、何でもない、精霊様が預かることこそが真の正義だと俺は思う、思うから殺処分しないでくれ……ギョェェェッ! 死んだぁぁぁっ!」
精霊様に処刑され、粗挽きミンチのような状態になってしまった俺は、ルビアの回復魔法を受けてすぐに元通り、最強の勇者の姿へと戻った。
謎の書物はともかく、これで残された『ゲーム』は最後のひと部屋、精霊様となぜか女神が泊まっている部屋のみとなったのである。
女神の奴はゲームに参加するのか? それとも最後は俺と精霊様がマンツーマンでどこか別の世界へと送られ、そこでミッションなり何なりをクリアすることになるのか。
その辺りについては実際にカウントダウンを経由し転移させられてみないとわからないのだが、精霊様も女神も、現時点ではそのことについて全く考えていない様子なのだが……存在を忘れているというわけではないのか、少し確かめてみよう……
「なぁ精霊様、次のゲームのことなんだが……どう考えているんだ現時点では?」
「何を言っているの? もうセラちゃんとミラちゃんの部屋から始まって、ユリナちゃんとサリナちゃんの部屋の分まで終わったじゃないの、だからこれで終わりだと思うわよ全部、はいおつかれさま」
「いやいや、精霊様の部屋はどうなんだよ? まだやってないぞ」
「それもまた何を言っているのという感じね、このゲームは『何か至らないところがある』勇者パーティーのメンバーを、力の暴走という危険性がなくなるまでこの地下施設に隔離している間を利用して、個別でどうにかなるようにしていく、っていうのがコンセプトらしいってことは、さすがのあんたでもわかるわよね?」
「あぁ、さすがの俺でも……ってディスってんじゃねぇよ、で、それがどうしてこれで終わりだと判断する理由になるんだ?」
「だって、私は『何か至らないところがある』わけじゃないでしょ? 完璧で可愛いし、あと戦闘力も高い、だからゲームなんて起こらないのよ、私の部屋の使用人は女神だから色々と無関係の雑魚だし」
「すげぇ自信だな精霊様は、だがその奢り高ぶりが……うむ、何でもないぞ」
自分に至らないところはない、つまり完璧であるゆえ修正箇所がなく、それゆえゲームなどもう発生しないと主張する精霊様、普通にアホである。
だがこの場で何を言ってもキレられるだけであって、こちらの考えを認めてくれるというようなことはなさそうなので、余計なことは言わずに待っていることとした。
で、どうせまた連続でゲームに参加することになるであろうと考えて、夕食は多めに、風呂はしっかり入って疲れを癒し、そのまま精霊様、それから女神が滞在している部屋へと向かう。
部屋はほぼほぼ精霊様の単独室として扱われ、いつでも神界に帰還して、自分の部屋で寝ることが出来る女神については特に何も、ベッドのスペースさえも用意されていないような状況であった。
つまり精霊様の贅沢というか暮らしの豊かさは他の仲間達の倍、そんなものを当たり前のように享受していて、それが当たり前だと思い込んでいる辺りに、精霊様の『至らない点』があると言えそうだ。
「あら、あんたもうお風呂には入ったのね、私も入って来るからちょっとそこで正座して待ちなさい、今日は特別にあんたが私の世話係をして良いけど、背中を流させるのはいつも通り女神にやらせるわ、えっと、呼び鈴呼び鈴っと」
「どんな暮らししてんだよ精霊様は、あんなんでも一応女神なんだからな、それを下女扱いとかやってくれるぜ、面白くはあるけどな」
「でしょ? それに加えて今日は下僕のあんたが参加するわけだから、それはそれは面白いショーが堪能出来るわよ、堪能するのは私だけだけど」
「そうかそうか、そりゃ良かった」
「あら? どうしてキレないのかしらここで、いつもならボケェェェッ! とか言いながら突っ掛ってきて返り討ちに遭って、それでしばらく『喋るミンチ』の状態のまま時を過ごすことになるはずなのに……」
「まぁ、別に俺だってそんなにキレてばかりもいられないからな」
「変なの、でもまぁ良いわ……と、早く来ないのかしら女神の奴」
精霊様は完全に『ゲームなどない』と考えて余裕を露にしているのだが、おそらくここからカウントダウンが始められ、屈辱を味わうことになるのは想像が付く。
やって来た女神に拳骨を喰らわせたりして調子に乗っている精霊様は、そのまま風呂に入って10分以上女神を罵倒していた。
そして出て来たところに、全く同じタイミングで出現する残り5分のカウントダウン。
目を丸くしてももう遅い、精霊様は当然のようにゲームへと誘われ、『至らない者』としての矯正を受けるのだ……




