1114 把握
『この世界はそこそこ広いっすよ先輩、エクストリーム懺悔堂の本館までは徒歩で2週間以上掛かるっすよ先輩』
「げぇっ、相当に時間が掛かるじゃねぇか、この世界の時間経過は元の世界のどのぐらいだ?」
『その辺は安心して大丈夫っす、ちゃんと調整が効いて良い感じの時間経過で戻るようになるっすから、馬鹿の分際で余計なこと考えなくて良いっすよ先輩』
「というか、どうしてご主人様はこの奇妙な生物に先輩呼ばわりされているんでしょうか……」
「知らんが、まぁムカついたら殺せば良いだかだからなこんなの、というか今までも殺してきたし、だからもうそういうのは気にしなくなってきたんだ」
『そんなことばっかり言ってるからダメなんすよ先輩は、で、とにかく現状じゃ町の外へ出るのはヤバいっすよ先輩、もうちょっとレベル上げしないと』
「うぜぇし、てか町の中でレベル上げすんのかよ、狂ってんぞそんなもん……」
不快極まりない缶詰野朗の言葉、しかも自分がナビゲーターとしてなくてはならない存在であるということを認識し始めたのか、かなり態度がデカくなりつつある気がしなくもない。
最終的には処分されることが確定しているのだが、それでも次に缶詰を開けた際には同じ缶詰野朗がそこから出てくるため、もはや死の恐怖もないのではと思うほどの態度。
そのうちに痛い目に遭わせてやりたいと思うのだが、それはこの世界のゲームをクリアするということ戸比較して優先度が低いものだ。
今のところは我慢して、この缶詰野朗が言う『町中でのレベル上げ』なる意味不明な行動を取らざるを得ない。
しかし具体的に何をするのか、そう思いながら歩いていると、目の前の交差点において、明らかに旗の色が赤の場所をユリナが渡ろうとして……
「あっと、危うく馬車に轢かれてしまうところでしたの、気を付けて欲しいですわね全く」
「いやユリナ、もしかするとその渡った向こうにある旗……やっぱり、赤は止まれなんだよ、係員が青に差し替えるまで渡ったらダメなんだ」
「あら、それは失礼しましたわ……でもお仕置きはされないようですわね?」
「おそらく知らずにうっかりやってしまったミスだからだ、反省していればそれで……と、やはり物理的な反省が必要らしいな、サリナ、ちょっとこのきめぇの持っていてくれ、ユリナはこっちへ来いっ」
「あ、それならほら、そこにちょうど良い『懺悔ボックス』なるものがありますの、そこへ入りませんこと?」
「ホントだ、じゃあそこでお仕置きしてやるから覚悟しろよ」
「はいですの、でもあんまり痛くしないで欲しいですわね」
「黙れっ! そんなことばかり言っている奴はキツめにすんぞっ!」
「ひぃぃぃっ!」
道端にあった電話ボックスのような箱、懺悔ボックスらしいが、ガラス張りではないので中が見えることはないし、防音の魔法の力が感じられるため、プライバシーの方はバッチリだ。
そこへ危うく信号無視的なムーブをしかけたユリナを連れ込んで、あの紐状物質がしていたように抱え上げ、尻をビシバシとシバいていく。
やはり下の『反省ポイント』を示すバーが伸びていって、もちろんHPバーの方が減少したりはしない。
だが先程のサリナと比べて反省ポイントの伸びが良いように思えるのだが、それはユリナの方が寄り反省しているということなのか。
と、ここで一旦反省ポイントが最大値まで伸び、それがゼロに戻る代わりにレベルアップしてHPバーが全回復したようだ。
ここでそろそろ終わりにしてやろうかとも思ったのだが、ユリナはまだまだここを出るつもりがないらしい……
「ご主人様、もうひとつレベルを上げてみますの、もしかしたらレベルが上がれば上がるほど、次のレベルまでに必要なポイントが……みたいな感じなのかも知れませんわ」
「構わんが、そうするとお尻ペンペンの刑も継続だぞ、それで良いのか? というかそうして欲しいのか?」
「それで良い……そうして欲しいかも知れませんの、皆にはナイショにして頂きたいところですが……」
「フンッ、結局お前もドMサイドに堕ちたということだな、あとは精霊様辺りも陥落させれば、もう世界は俺のものといっても過言ではないな」
「精霊様は無理だと思いますわよ……あでっ、いててっ、痛いですのっ」
こうしてユリナを『レベル3』まで上げてみたのだが、それによって見た目状の変化が現れるということではなく、この世界で解放される本来の力の割合が上昇したというだけのようだ。
で、缶詰野朗曰く、次の町へ到達するまでにはレベルを5か6程度に上げておかないと、野生のモンスターに敗北して先程の懺悔堂からやり直し、などということになってしまうとのこと。
それはさすがにダルすぎるため、今日中に何とかしてその必要レベルまで到達し、本来の力を解放して次の町へ行けるようにしなくてはならない。
なお、ゲームクリアのためにはおよそ45から50程度のレベルが必要となり、先程ユリナが予想していたように、レベルが上がるごとに次のレベルまでに必要な『反省ポイント』が高くなるのだという。
しかし、そういうことであれば別に簡単ではないか、先程ユリナを『レベル2』で止めてやらずに『レベル3』まで上げたように、少しかわいそうだが痛め付け続ければ、自ずとレベルは上がっていくのではないかと……いや、そうではないらしい……
『言っておくっすけどアレっすよ、この序盤の町で反省ポイントを蓄積しようなんて、そんなんじゃ何千時間あってもクリア出来ないっすよ先輩』
「というと、得られる経験値が少ないってことなのか、ここでどうこうしていても?」
『そうなんすよ、ここの町はまだルールとかマナーが緩い方で、ちょっとしたことなら反省の必要もないんす、だから経験値、というか反省ポイントが溜まらないし、溜まっても上限があるっす……でもっすよ、終盤の町とかもう、こうやって路上で駄弁っているだけでもアウトでビシバシいかれるぐらいに厳しいんすよ、だからそこだとうっかりでも反省の機会があって、それなりにポイントも溜まるってことっす、そんなことも知らないとはアホっすね先輩』
「いちいちうっせぇな、しかしそうなるとこの町じゃすぐに限界になってしまうから、余裕が出そうなところで次の町へ、みたいな感じで良いかな?」
『先輩、たぶんっすけど適正レベルが5だと7か8ぐらいまで上げてから動くタイプっすよね』
「そうだよ文句あんのか? いちいち批判的な見解を述べてっとブチ殺すぞ、お前の代わりはいくらでも居るからな、まぁ、代わりもお前なんだが……」
なかなか難しい内容であるが、とにかく中身は普通のRPGと同じ、最初の町でレベルの低い敵、というかルールとマナーに対して突っ張っていても無駄ということだ。
確かにこの町ではそこまであの紐状物質が地面から生える瞬間を目撃していないな、ユリナがお仕置きされているのを覗こうとした凶悪犯罪者が処分されたぐらいで、他はそうカツカツと動いている印象はない。
おそらくはこれが終盤の町ともなると、もう右側通行か左側通行か、さらにどのぐらいの速度で歩けば良いのかなど、細かい決まりを守らない者には強烈なペナルティーがあるとか、そのような状態となっているのであろう。
そしてそのような場所で、元々の世界の基本的なルールさえ守れない、守ろうとしていないユリナとサリナの2人がどうなるのか、それはわかり切ったことである。
また、故意ではなくとも過失で何かをやらかし、それに対して自主的な反省を付加するという行動で、レベルが上がって力が解放されていくのだから、『今ここで何かやらかしていないか』ということを注意深く見守り、その都度指摘していかなくてはならない。
「ご主人様、とりあえず今日はこの町で宿を取った方が良いと思います、暗くなってからだと混んでいたりするかもなので……お金ってこれ足りますよね?」
「わからんが、おい缶詰野朗、この金でどのぐらい豪遊することが出来そうか教えろ」
『この町ならそこそこ滞在して遊ぶことも出来てしまうっすよ先輩、町から出ればモンスターを倒してまた手に入るし、あ、でももちろん後半の町だと宿も何もかも高いっすから気を付けるべきっすよ先輩』
「やっぱそういう仕組みになってんのか、てことはやはり地道にモンスターを倒してレベルを……と、それではレベルが上がらないのか、困ったことだな……」
「レベル上げが町の中で資金稼ぎが町の外で……結構難のあるゲームですわねこれは……」
そこそこ面倒臭いゲームであるということがわかってしまったのだが、どこかに攻略法、というか穴があるはずなのでそこを突き止めてやりたいところだ。
だがまぁ、そんな不正紛いのことをするよりも、地道にレベルをアップさせて、HPがゼロにならないように注意しつつ進んだ方が、最終的には早くクリア出来るかも知れないな。
とにかく今は宿を探して……と、悪戯でマンホールの蓋を外すというガチで殺人レベルの悪事を、ヘラヘラしながら働いたユリナとサリナの2人が、HPを半分以上も削られるという厳しい罰を受けてしまったではないか。
これはしばらく何もさせないようにしておかないと、この2人は歩いているだけで何かをやらかし、罰を受けて今度こそHPがゼロになってしまうに違いない……
「ちょっ、お前等そこ、壁に手を付いて反省でもしておけ」
「え~っと、こうですかね? 反省!」
「反省ですのっ!」
「……おっ、こんなんでも反省ポイントが溜まるんだな、微妙だが……あとHPの方も多少回復速度が早まっているようだぞ、よってこのまま1時間キープな」
「そ、それはキツいので宿で続きをっ」
まるで芸をするサルのような反省ポーズを披露してくれたユリナとサリナであったが、さすがにこんな往来でやるのは恥ずかしすぎるし、迷惑なのでやはり宿を探すのを優先しよう。
これ以上何か起こることがないよう、2人の尻尾を束ねて掴み、俺から一定以上離れることが出来ないようにしつつ、周囲を見渡してそこそこのランクであろう宿を探して回った……
※※※
「いらっしゃいませ、3名様……ご家族じゃないですよね明らかに、何となく種族も違うし」
「違うどころかもう出身の世界が違うんだよ、そしてこの世界でもない、とにかくわけがわかっていないから何とか頼む、金はこれで良いんだろう?」
「えっと……あ、はいではこちらへどうぞ、この宿ですとこのお金……半分程度で3人部屋、1泊することが可能です」
「そうなのか、じゃあそれで頼んだ、部屋とかは……どうしたんだ?」
「ひっ、ひぃぃぃっ! ぐぎぎぎぎ……」
「宿屋の主人が吊るされていますの、死にますわねこれは」
『先輩、宿代の方、若干ちょろまかされたっすよマジで』
「若干って、それだけでもオートで処刑されんのかこの世界は……」
今目の前で絞首刑にされているおっさんが1人で経営していると思しき町の宿、客はあまり入っていないようだが、それでもほかよりもマシそうだと判断してここに決めたのだが……まさかの事態である。
きっと従業員も居ないし、何も知らない俺達に対して少しばかり強気の値段設定をしても、誰かに見咎められるおそれはないと判断したのであろう。
だがそんな『どこの誰でもやりそうな客の区別』であったとしても、この世界においては速攻で処刑の対象となってしまうのだから恐ろしい。
きっと俺達が居るあのどうしようもない世界の商売人など、あっという間に全てが吊るされて根絶やしにされてしまう、そのような次元の厳しさだ。
で、俺達は念のため宿代を、缶詰野朗がそう言った分だけ誰も居なくなったカウンターに置いて……それをくすねようとしたサリナがまたお仕置きされているのだが、どう考えてもこちらの方が宿屋の店主より悪いというのに、また尻を叩かれているだけという謎対応である。
俺も、そして俺が今居る世界もそうなのだが、もしかしたらそのキャラクターの存在価値によって、何かあった際の対応などを変えているのかも知れない。
それゆえ最初の覗き魔とこの少し魔が指しただけの宿屋の店主と、それに比べて魔が指したどころかリアルに『魔』である2人とで、ここまで受ける罰の強さが違うのではないか……
「いてて、この世界は本当にもう、まるで冗談が通用しませんね」
「冗談じゃないんだよこのっ! 追加の罰を喰らって反省しろっ!」
「ひぃぃぃっ! あっ、レベルが上がりました……」
「こんな感じで地道にやっていくしかないんだろうな、で、俺達の部屋はどこだ?」
「えっと、203i号室だそうなんで……階段上がってすぐそこのおかしな空間ですね」
「何で虚数なんだよ、どこ連れてかれんだよ俺達」
激しくツッコミを入れたくなるような部屋番号であったが、行ってみれば特に何の変哲もない異常空間であって、周囲に音が漏れたり、逆にその周囲の騒音がアレでない快適空間でもあった。
そこに荷物を置き、キッチリとした綺麗な風呂があるのも、それを沸かすための機構が存在しているのも確認し、まずはここまでのたびの疲れを癒す。
風呂でゆっくりすると2人のHPはかなりの速度で回復するようだ、今後はいざとなったら抱えてここへ戻って来て、少しばかりご休憩して頂くかたちで回復を試みることとしよう。
どうせ宿屋の店主は絞首刑で死んでしまったのだし、実質この部屋は俺達が使い放題であると考えて良いから、ここを拠点にしばらく動くのも……いや、それだとゲームクリアまでにかなりの時間を要してしまいそうだな。
それこそ缶詰野朗が言っていた、最初の町付近で粘ってもレベルアップには限界があるという点に引っ掛かってしまうではないか。
宿屋に泊まる権利は多少もったいなくもあるが、ここはそんな貧乏臭いことを言わずに、我慢して先へ進んで行くことを優先するべきかも知れないな。
で、風呂から上がった後、なぜか荷物の中に入っていた寝間着に着替えた俺達は、ひとつしかないがそこそこのサイズがあり、小さなサリナを含めれば全員が寝ることも可能なベッドの上で、これからのことについて話し合う……
「さて、あとは夕飯なんだが、ここの宿にはそういうのがないのかな? オーナーが処刑されたから聞きようがないぞ」
「外に出て買うしかないですわね、とはいえもう寝間着ですし……ちょっとこのまま外へ出てみますのっ」
「あ、私も一緒に行きますね、ご主人様は待っていて下さい、寝間着でウロウロするのがルール違反ではないけど、マナー違反をしたらどうなってしまうのか気になりますんで」
「どうだろうな、わかっていてあえてやっているから、普通にルール違反したのと同じ対応だと思うが……とにかく行って来い」
『は~い』
そのまま部屋の扉を開けて外へ出た2人、どうやらこのおかしな空間からは出て行ったらしく、声などは全くもって聞こえない。
だがおよそ3分後に帰還した2人は、もはやいつも通りの動きと言おうか、尻を擦りながら部屋に入って来たため、外で罰を受けていたということが一発でわかる状況だ。
ここは追加的な反省もさせておこうということで、今更ながらマナー違反をしたことを強く指摘しつつ、床に正座させて反省するように促す。
どうやら反省ポイントの伸びはかなり緩くなっているようだが、そのまま10分以上正座させていると、何とか2人共ひとつレベルが上がったようだ。
そしてそのままの状態をキープしているのだが……もう下のバーはごく僅かずつしか伸びていかない。
寝間着で外出しようとした程度のマナー違反に係る反省では、現状の『レベル4』が限界であるということか……
「よし、もう良いぞユリナもサリナも、これ以上の正座罰は無駄なようだ」
「ま、所詮はこの程度の罪ということですわね、次はもっと大それたことをしないとなりませんわ」
「大それたことと言ってもな……何か具体案があるってのか?」
「そうですわね……う~ん、難しいですわね、この世界だと悪い奴とかムカつく奴は、あの紐状物質が先に始末してしまうので、そういうのをターゲットにして何かするようなことが叶いませんの」
「それに悪事を働いて罰を受けただけじゃ反省ポイントは伸びませんし、最悪上のHPの方が削られ切ってしまうと厄介なので、ここは地道に『やらかし』を発見して、それを少しずつ反省して改善していくしかないんじゃないですかね?」
「何かえらくまともな存在になってしまいそうだな、魔族で悪魔であるはずのお前等が……」
「でもまぁ、所詮この世界に居る間だけの話ですわよ、ここから解放されたらあんなことやこんなことをしでかして……へっ? あっ、そんなこと口に出しただけでアウトでしたのっ……ひぃぃぃっ! 痛いっ、これまでより遥かに痛いですわっ! あうぅぅぅっ!」
「なるほど、こういうケースもあるってのか……ユリナ、そのまま反省しておけ、レベルが上がるかも知れないからな」
「あうっ、なかなか厳しいことを言いますの、ひゃんっ、というか助けて欲しいですわよぉぉぉっ!」
徐々にではあるがこの世界のシステムというか、ゲームを進めていく方法が掴めてきたような、そんな気がしなくもない夜であった。
その後もいくつか実験をするなどしているうちに、ユリナもサリナも幾度か罰を受けるような目に遭い、追加で尻を引っ叩いたり正座させたり、拳骨を喰らわせたりして『レベル6』まで上げることに成功した。
その日はそのまま終了としたのだが、翌日からはまた別の町を目指して進むことになるのだ。
今よりも厳しいルールが適用されるであろう次の町では、果たしてどこまでレベルアップすることが叶うのか。
とにかく、ゲームをクリアすることが可能なレベル、もちろん余裕を持っておよそ55程度まで上げる予定だが、まずは移動しつつそこを目指していきたいと考えている……




