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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十九章 島国
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1110 正義の勝利

『ブォォォッ! ブォォォォォォッ! 正義……正義執行! ブォォォォォォッ! 正義執行ぉぉぉぉっ!』


「気持ち悪いわね、全身目玉の……ムカデ人間かしら? ホントに単なるバケモノになっちゃったのねこの……バケモノになっても色々と臭いの……」


「腕が大量に生えた分だけ脇が増えたからな、臭さも数十倍になっているはずだ、それから……力の方は数億倍どころの騒ぎじゃねぇな、そこそこ強いぞこのバケモノは」


「とりあえずどうしましょう? 攻撃……はもうしても良さそうですかね? 運営の方々は逃げようとしているみたいですし」


「まぁ、良いんじゃねぇかとは思うがアレだな、そもそ武器を更新していなかったじゃないか、この棒切れで……とりゃぁぁぁっ! どうだっ、カチ折れただけだぞ棒切れがっ!」


「ほとんどダメージ入ってないわね、もしかしてコレと素手で戦わなくちゃなのかしらここから……」



 強化術式の効きすぎによって、目玉と手足が凄い数になった、もちろんバケモノじみたどころか完全にバケモノになってしまった正義マンの人。


 ギリギリで自分が何者であるのかということを認識しているようだが、それもいつまで続くかわからない。

 そのうちに自我を失い、単に暴れまくるだけの凶悪モンスターとなってしまうことであろう。


 つい先程までは悪役を演じていた俺達であったが、今ではその仮面を内部的にも、もちろん外面においても脱ぎ捨て、真の正義である勇者パーティーとしてそのバケモノと対峙している。


 ここまであった『自分達の正義を信じる心』について生じかねない疑義、その懸念は完全に払拭されたかたちなので、これについては良かったと思うが、さすがにそうばかりも言っていられない状況だ。


 俺達は今、ろくな武器なしにこのそこそこ強力なバケモノをどうにかしなくてはならない、そうしないと正義の道は半ばで途絶えてしまい、この世界を救うことなど到底出来ないのである。


 もう全てを諦めて逃げ出そうとしている運営の方々からの追加武器供給は期待出来そうにないし、もちろん観客席で右往左往している愚民様方は、おそらく武器と呼べる武器など所持していないことであろう。


 供給されるとしても、既に退避してしまった売り子から購入したビールやポップコーン、そんなモノばかりだ。

 フランクフルトの串ならば武器になるかも知れないが、棒切れでもダメージが入らなかったというのに、それでは目玉をひとつ潰すことさえも出来やしない。


 となるとやはり素手で触れるという最悪の行為に出なくてはならないのか、こんなに気持ちの悪い敵を前にして、そのような行動しか取ることが出来ないというのは最悪だ……



「ねぇっ、どうすんのよこれ、何か良い道具ないわけ?」


「ないから困ってんだろうに、ウサちゃんパンチでどうにかならんのか? キックでも良いぞ、だが頭突きはやめておけ、変な汁が顔に掛かる確率が段違いだからな」


「どれもイヤよさすがに……あ、でもさでもさ、このカードに溜まっているポイント? これでどうにかなりそうじゃない?」


「あっ、それがありましたね、昨日のファイトでかなりポイントが蓄積されているはずです、カードの色も全員緑になっていますし、きっと何か買うことが出来るんじゃないですか?」


「ちょっとやってみよう、えっと、カタログは空中に開くのか、無駄にハイテクだな……」



 マーサが気付いた『魔法のカード』に溜まっているポイント、そういえば最初に棒切れだの手甲だのを購入した際には、頼んですぐにそれが召喚されていたような気がする。


 食事にしても同じ感じで出てくるわけだし、おそらくその他の武器類に関しても、同じようにすれば同じように、この場で直ちに入手することが可能なのであろう。


 早速空中に開いたハイテクなのか凄い術式なのか知らないカタログを確認しつつ、徐々に暴れ始めた正義マンの成れ果てから繰り出される攻撃を回避しつつ、どんな武器でどの程度の強度のものがあれば奴を殺せるのかということを話し合った。


 カタログに載っているのは先程全く歯が立たなかった棒切れも、そしてそこからランクを上げた長物も……そのページしか見ていないから同じような武器ばかりだ。


 きっと違うページにはまた別の武器類が掲載されているはずで、例えば……『飛び道具』のページがあるのでそれを開いてみよう……



「え~っと、このページには石礫と水切り用の平べったい良い感じの石それぞれ50個セット……石ころじゃなぁ……」


「その次のページはどうでしょう? より強力でも高価なものが載っていますよ、ほら、何だかわかりませんがそのロケットランチャーというのはどうでしょう?」


「こんなもん花火と同レベだよ、ポンッと出てボンッとなるだけだかんな、石ころでも投げておいた方がまだマシだ、それよりも……一番後ろのページを見てくれ、もっと後ろだ」


「え~っと、『正義執行スターターキット』ってのがあるわね、何かしらコレ?」


「文字通り正義執行のためのアイテム詰め合わせだろうよ、しかも安いから一旦それにしてみないか? 俺のポイントを使おう」



 カタログの中で発見した謎のスターターキット、どう考えてもこの世界にある、この世界の誰かが用いるために用意されたものではない。


 つまり、これは俺達がこの『ゲーム』をクリアするために、それ専用として神々が創り出したアイテムであって、きっとこの世界の他の連中には見えもしないはずだ。


 だがそんな隠蔽にも限界があるに違いない、普通の人からは見えないようにしていても、何らかの理由で見えてしまうタイプの人間が現れたり、エラーによってうっかり表示されてしまったりということがあるのは確実。


 特にこんな感じで空中表示するようなメニューで、注文したアイテム等が瞬時に召喚されるというハイテク機構を用いている世界だからこそ、そういったエラーというのが起こり易くなっているのもまた確実である。


 で、その俺達専用であったはずの『正義執行スターターキット』が見えてしまい、その安さと、それから元々正義の執行に興味があったこともあり、うっかり購入して使用してしまったのが……おそらくは目の前のバケモノなのであろう。


 正義執行スターターキットの使用後、やたらに鬱陶しい正義マンとして生きてきたこのバケモノは、今日この場においても自らの正義を振りかざそうと試み、結果としてこのようなことになってしまったのだ。


 ではコイツはかわいそうか? いや、決してかわいそうなどではない、なぜならば自らの正義をもって、真の正義である俺達と相反する立場に立ってしまったのだから。


 真の正義であり物語の主人公である勇者パーティー、そしてその中でも特に、異世界勇者様であらせられるこの俺様。


 それに逆らう者、批判する者、そしてそれを快く思わない者など、全てが敵であって、正義の敵であるということは即ち悪である。


 そんな悪の権化のようなこの正義マンが、コロシアムの運営の金儲けのために利用され、デタラメをされてバケモノにされたとしても、そんなものはもう自業自得でしかないのだ。


 よって俺達の正義を執行し、それが真の正義であるということを思い知りながら、この馬鹿な正義マンの成れの果てはこの世から消え去るべきところで……と、注文した正義執行スターターキットがもう届いたではないか……



「召喚されたぞっ、クソッ、ダンボールが布ガムテで止められているじゃねぇか」


「それはきっと布ガムテが正義だからです、強力だし、粘着力もかなりのものですから」


「そういう問題なのか? っと、やっと開いたぜ……これは……最初にマニュアルを読むところから始めないとならんのか……」


「この『はじめにお読み下さい~私の正義、あなたの正義~』というやつでしょうか? ひとまず開いてみましょう、え~っと」



 無駄にデカいダンボールが召喚されたかと思いきや、中から出現したのは武器の類ではなく、まずマニュアルのような冊子であった。


 お読み下さいと言われても、敵の攻撃を回避しながらなのでそれはなかなか大変なことであって……どうやら俺が音読して2人に聞かせろということらしいな。


 マリエルから冊子を渡され、可能な限り正義マンの成れの果てから距離を取ってそれを開くと……なるほど、正義の心得のようなものが書かれているのか……



「よしっ、2人共キッチリ聞けよっ、え~、『あなたは正義ですか?』から始まるんだが、ちょっと長いぞ」


「長いって、そんなの読んでる暇じゃないでしょっ、大事そうなとこだけ教えてよねっ」


「それだと魔法の効果が得られないかも知れないっ、とにかく読むぞっ」


『うへぇ~っ』



 露骨にイヤそうな顔をする2人に対して読み聞かせてやったのは、本当に長々と、しかも『だから何?』と言われてしまいそうな内容であった……以下、その文章である……



『あなたは正義ですか? この質問に対してどう答えるかによって、あなたが正義か否かは変わってきます。あなたが自分を正義だと思うのであれば、それはあなたが正義だということです。では、他の人の正義とあなたの正義、それが相反してしまった場合はどうなるのでしょうか。お互いに自分が正義であると主張し、譲らない状況です。そのような場合にどちらが正義とみなされるか、それは勝った方です。暴行を加え、屈服させ、ときには殺害するなどして正義を主張しましょう。さて、ここでそんなことをしても良いのかという疑問が湧いてくるかと思います。良いんです、あなたは正義ですから。しかし、そんなものは正義ではないと言われてしまうこともあるでしょう。そしたらまた殺せば良いのです。あなたは正義なのだから……』


 もはやデタラメな精神論というか、特に意味を持たない文章の羅列というか、とにかく酷い内容である。

 これは騙されたか、神々の用意したスターターキットは単なるボッタクリか、そうも思ってしまう展開だ。


 だが今のこの話を聞いたマーサとマリエルは……凄く感動している様子だ、2人共賢くはないのだが、まさかここまで馬鹿で、こんな言葉でどうこうしてしまうとは思いもしなかった。


 しかしそのお陰で、マーサにしろマリエルにしろ、俺達勇者パーティーの正義、正統そして正当、全てが全て正しいものであるということを、より深く認識した感じである。


 なるほど、これで今回のゲームの目的はほぼ達成したと言っても良い状況だな、あとはCLEARのための条件である『稼ぐ』ということさえやってのければ、それで元の世界に戻ることが出来るはずだ。


 で、ダンボールの中にはまだまだ、この冊子とは別のものが色々と入っている様子。

 ひっくり返すようにして中身を取り出してみると、どうやら武器のようなものも……人数分のブーメランではないか……



「見ろ、正義の勇者はこのブーメランで戦うのが相場なんだ、全員装備してくれっ」


「ブーメラン……確か冒険中盤までの勇者はこれを使って魔を払うと、そんな異世界の伝記を読んだことがありますね、何でも凄く使い勝手が良いとか」


「あぁ、攻撃力は低いがな、だがこうやって投げるとっ!」


『ギョギョギョギョェェェッ! ギャァァァッ!』


「今ので全ての目玉、全ての手、全ての足を同時に攻撃することが出来た、しかも戻って来るから次のターンでもう1回使えるぞ」


「え? ちょっと楽しいじゃないコレ……それっ! やった、かなりの目玉を潰したわよっ」



 正義の勇者、そのメイン武器であって、勇者を自称する敵が使用してきたこともあるブーメラン。

 それが今回のスターターキットの目玉商品であったらしく、この戦闘においても非常に使い勝手の良いものだ。


 本来であれば敵ごとヒットするはずのものだが、どうやら目玉も手足も、それぞれに被ッとしてダメージを与えるというのがこのブーメラン、おそらく神界で用意したものの特徴であるらしい。


 そのブーメランを次から次へと放り投げ、戻ってきたらまた投げてを繰り返し、正義マンの人の成れの果てにドンドンとダメージを与えていく。


 そんな俺達の姿を見て、最初は悪役であるとして罵声を浴びせてた観客の愚民様方が、徐々に『頑張れ』や『バケモノを滅ぼせ』などの声援を送ってくれるようになってきた。


 そしてその声援、俺達正義の勇者パーティーに寄せられる期待の声は、そのまま力となって悪の正義マンにダメージを与えるための糧となる。



「オラァァァッ! 死ねやこのクズ野郎がぁぁぁっ!」


『ギョェェェェッ! せ、正義が……我の正義が……』


「うるさい死ねっ、えいっ!」


『ひょげぇぇぇっ!』


「っと、遂に体が崩れ始めましたね、あまり攻撃力がない武器ですが、ここまでくればもうあとひと押しです」



 ボロボロになり始めた正義マンの人の成れの果て、目玉はほとんどが潰れ、手足ももはやグチャグチャのものが大半である。


 それでも狂ったように攻撃を仕掛けてくる、もちろん本体は痛みと苦しみに悲鳴を上げながら、早く殺してくれと言わんばかりに接近してくるのだ。


 だが、敵のその攻撃性も今となっては単に無駄なものであり、かなり動きが遅くなっていることから、こちらも余裕を持って対応することが出来るようになった。


 ここからはもう、あまり攻撃を仕掛けないでおこう、動けば動くほどに手足が捥げたりと、自然にダメージが入っていくのを眺めるのがベストだ。


 その方がこの鬱陶しかった正義マンが、もし未だ意識を有している場合には苦しむこととなるし、当然の報いとしてそれを受けるべきなのだから……



『ぎょぉぉぉっ、痛い……全てが痛い……これまで正義を志してきたのに……貴様等のような悪に敗れて……』


「馬鹿言うんじゃないわよっ! 正義の味方は私達なの、あんたが悪! だから苦しんで死になさいっ!」


『おぉぉおぉぉ……そんなわけのわからないビジュアルの分際で……我も……今はこんな……これでは悪では……ないか……』


『そうだぁぁぁっ! お前なんか悪い奴だぁぁぁっ!』

『死んじまえぇぇぇっ! いや死ぬ前にポイント返せぇぇぇっ!』

『お前のせいで破産だぁぁぁっ!』

『責任取れやこのボケェェェッ!』


『あぁぁぁぁあああぁぁぁぁあぁっ……ヘイトが……人々のヘイトが我に……正義のはずの……我に……』



 そこで、千切れた手足や抜け落ちた目玉の残骸をボロボロと落としながら、正義マンの人の成れの果てはその場に崩れ去った。


 まだ呼吸はしていて、しかも意識はあるようで、時折ビクビクと動いているのだが、もう立ち上がることなどは叶わない様子。


 そしてそんな正義マンの人の成れの果てを見た運営の人々が……当たり前のように戻って来たではないか。

 明らかにやらかしてこのようなことになったというのに、涼しい顔で帰還してイベントの運営を再開しようとしている。


 まぁ、それは俺達の儲け、このバトルでの稼ぎ分が担保されるということなので非常に良いことなのだが、実にムカつくと思ったのは絶対に俺だけではないはず。


 今回の分はガッポリと請求しておこうと心に誓いつつ、ジェスチャーでもう安全だから審判員や係員を入れろとの合図を出す。


 すぐに入って来た審判員によって、この戦いは正義マンの人ではなく、敵役であった俺達の勝利であるということが告げられる、つまり大半の客は賭けたポイントを全て失ったということだ。


 この結果に対し、先程までは悪を討ち滅ぼす俺達を応援していた愚民様方も、実際に自らのポイントが失われるという現実を知ったことによって猛抗議を始める。


 正義は勝たなくてはならないだとか、どうしてこのような結果に終わったのかなど、怒号の嵐の中に質問事項が入り混じっている状態だが、ここで審判員が前に出て、どうやら説明をするようだ……



『え~っ、この度はですね、今後の大活躍を期待された正義マンの人、彼が敗北するという異常事態となりました……しかしっ! しかしですよっ! これはこの場において行われている日替わりイベントがっ! 掛け値なしのガチンコ勝負であるということをっ、暗に物語っているのではないでしょうかっ! 正義は必ず勝つっ、そのように仕組まれているっ! だとしたらそれは八百長ですっ! このイベントにおいてはですねっ、そのようなことをしていない以上! 観客の皆さんが予想したのと違う、大番狂わせが起こることもあり得るのですっ! このイベントはクリーンで、何の裏もないものなのですからっ!』


『そ……そういうことになるな……』

『ウォォォッ! じゃあ正義マンの負けは仕方なかったのかっ!』

『あぁ、今日で首括る次元の損失を被ったが、このイベントは本当に信用出来るぞっ!』

『明日も誰かにポイントを借りて参加するぞっ!』

『万歳! ガチンコ勝負至上主義万歳!』


『ということで明日もよろしくお願いしますっ! 我々のイベントは公平で透明性の高いものっ! もちろん利益など追求してはおりませんっ! それを絶対に忘れないようにして下さいっ! 帰ったらギャンブルなどしないと言っているお友達にも、必ずこのことをお伝え下さいっ! 本日は以上ですっ!』


『ウォォォッ!』



 もうどこからどう見ても胡散臭さしか感じないような審判員のスピーチであったが、こんなイベントに騙されて財産を注ぎ込んでしまうような大馬鹿者の群れには大層ウケたらしい。


 まぁ、もちろんサクラの方々の頑張りもあるとは思うが、それでも正義マンの敗北による大損について、甲も簡単に許してしまうというのはそこそこ異常である。


 ともあれ、これで正義マンとの戦い、俺達勇者パーティーが悪役になってイベントに参加するという謎の振舞いは終了となる。


 今回の件でより一層、俺達が本当の正義であって、その目的の達成のためであれば何をしても良いということを、マーサにも、そして元々そう信じていたところがあるマリエルにも、改めてわかって貰えたのではないか……

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