1107 ウサギとカメ
「……で、そのネズミを倒して帰って来たってわけね……それはそうとして勇者様、どうしてオデコに『更生の余地なし』って書いてあるわけ?」
「げぇぇぇっ! これ消えてねぇのかよっ、そういえばなんか上の方で光ってんなとは思っていたが……クソッ、擦っても落ちないぞこの汚れはっ」
「きっと頭の奥深くから汚れ切っているからですね、表面だけ洗ったり擦ったりしても落ちないと思いますよ、間違いなく」
「クソがっ、これをやった奴を見つけ出して確実にシバき倒してやるぞ、たとえ神であったとしてもだ……なんとっ、余計に光ってアピールし出したじゃねぇかっ」
「言動によってさらに『更生の余地なし』であることが強調されるようになっているのね、面白いわ」
「面白くねぇぇぇっ! だいいちそんなんだったら精霊様も同じだろっ、どうして善良な俺だけがこんな目に遭わなくちゃならんのだっ!」
「どこが善良なのかしらこの異世界人は……あいたっ、ほらすぐに叩くし」
結局元の世界に戻ることが出来たのは深夜であり、そこからはもう何もする気が起きずに眠ってしまった。
どうして俺ばかり連日このようなことに、とも思うが、どうやら意図的に巻き込まれているだけのような気がする。
で、朝になって皆にゲームのことを報告していると、どういうわけか俺にだけその余韻というか何というか、頭に最悪の記載が残ったままであるということもわかってしまう。
俺様は更生の余地がないわけではなく、善良で慈愛に満ち溢れているため、普通に更生の必要などないというのが事実なのに、それをわかっていない馬鹿がこの世界にもそこかしこにも多すぎる。
いつか必ずそのような主張をする輩を叩きのめし、俺様が最高で最強で素晴らしい存在であるということを、土下座させた状態で認めさせてやることとしよう。
そこまでしないと気が済まないのが今回の件であって、しかもここからまだまだ同じようなことが続くのではないかと、そう考えるとさらに腹が立つ……
「……で、あんたは今日も誰かの部屋に泊まるのよね? きっとそこが『ゲーム』に連れて行かれるんだと思うけど」
「俺も間違いなくそうだと思う、ここまできたらな……逆に誰も居ない所で1人で就寝したらどうなるのか……と、余計なことはしない方が良いかもな」
「その場合にはきっと1人で過酷なゲームをさせられるでしょうね、仲間を連れて行く方が得策ですが……結局どうするんですか?」
「そうだな、部屋の順番通り、今日はマーサとマリエル、お前等を『巻き込む』ことにするよ」
「やった! 何だか楽しみねっ」
「喜んで貰えたようで何よりだよ……はぁ~っ」
もはや疲れ切って溜息ぐらいしか出ないのだが、やる気満々のマーサとそれに追従する感じのマリエルが一緒なので、もし今回も俺が泊まった部屋がそうなるのであれば、その2人に任せてゆっくりさせて頂くこととしよう。
だが、もしかしたら俺が積極的に参加しないとダメなゲームかも知れないし、やはり今日は先に寝ておいて、それから2人の部屋に移動することとしよう。
そうすれば少しは回復するはずだし、頭が冴えてゲームのCLEARもより早くなるのではないかと、そう感じるのだ。
早速朝の修練をほったらかしてどこかにバックレようと思ったのだが……それは叶わないようだ、いきなり女神の馬鹿に捕まってしまったではないか……
「どこへ行こうというのですか勇者よ、あなたには特に強くなって頂かないと、魔界の神々に敗北して、この世界を失ってからでは全てが遅いのですよ」
「へいへい、わかってますわかってます……だが今日はもう疲れたんだ、こんな状態で何をしても無駄だと思うからな、睡眠学習をしなくちゃならない、わかるな?」
「いえ全くわかりませんが、とにかく修練の間へ移動しなさいっ」
「ぐぬぬぬぬっ、断固逃がさないつもりか……ダメだ、疲れて力が出ない、肩も凝ったし腰も膝も痛いし」
「おじいちゃんですかあなたは、ほら、サッサと向かいますよっ」
女神に引き摺られて修練の間と名付けられた部屋へ移動する、今日も今日とてあのやべぇクスリを使用して、女神の術式で召喚された強敵と模擬戦を繰り返す、本当に飽き飽きするような毎日だ。
しかももう何日間外へ出ていないのであろうか、窓もないこの地下施設に押し込められ、連日『ゲーム』をさせられ、もうそろそろ我慢の限界であると言っても過言ではない状況。
やべぇクスリの効果時間であるおよそ1時間を経過しても、特にカレンなどはまだまだやる気満々で、戦闘欲よりも空腹の方が上回るまで修練を続ける感じ、これももう見飽きた。
だが誰かがそのようなことをやっている間、特に俺が管理しなくてはならないカレンやリリィ、サッサと帰ってしまうのが常だが一応は見ておかないとヤバいルビアなどが残っている限り、俺も付き合ってやらなくてはならないのだ。
だが今日に関してはもうエネルギーの方がemptyのラインを大幅に割り込んでしまっているため、立って眺めていることも出来ないし、座ったら座ったで……どうやら寝てしまったようである……
で、目を覚ますと同時に感じ取ったのが違和感、先程までは修練の間で、ほぼほぼ遊びで強敵と戦っているカレンを眺めて、そのまま寝落ちしてしまったのだが、明らかに場所が違うではないか。
今居る場所は外の、しかも見知らぬ街道の脇の木の下であり、遠くには王都の闘技場のような巨大な建物が見えている。
寝ている間にどこか意味不明な場所へ運ばれたのかとも思ったが、まさか子どもではないので途中で起きないということもないはず。
そもそもカレンであれば俺を運ぶようなことはせず、何らかの理由で一緒に移動したい場合には、どうにかして叩き起こそうと試みるに違いない。
その際のダメージが大きく、結果として永眠してしまったという可能性もあるが……隣にマリエルが座っている時点でそうではなさそうだ……
「あら、やっと起きましたね勇者様」
「……マリエルだ、どうしてここに、というかどこだここ? もしかしてバラバラに居たのにゲーム世界に飛ばされたってのか?」
「いえそれが……カレンちゃんがまず1人で戻って来て、そろそろ昼食にしたいと、それで勇者様はどうしているのかと聞いたら、修練の間で寝たままにしてあって、疲れているようなのでそのままにして来たと」
「なるほど、そんなところで気を遣って……いや、俺の分の食事を奪おうとしていたのかも知れないなアイツの場合……で、それがどうなってこうなったんだ?」
「えぇ、仕方ないので私とマーサちゃんで運ぼうということになって、2人で修練の間に入ったらその、壁にカウントダウンが……みたいな感じでした、仕方ないのでそのままで……」
「どの部屋でも指定の3人が揃うと飛ばされるってのか……まぁ、そういうことなんだろうな……ところで肝心のマーサは? 一番やる気だったのにどこ行ったんだよ?」
「マーサちゃんなら向こうのコロシアム? みたいな建物を見に行きましたよ、すぐに帰って来るそうです」
「そうか、やっぱりあのコロシアムみたいなのがアレだ、今回のゲームに関わってくる何かだろうな、きっとそこで何かさせられるに違いない」
「そうでしょうね……と、マーサちゃんが戻って来ましたよ」
「お~いっ! ちょっと壁登って見て来たわよ~っ、何か知らないけどおっさんとおっさんが戦ってて、それを皆で見てお金賭けてたみたい、王都の闘技場と一緒ね、あ、それともうひとつ、こんな紙落ちて来たのヒラヒラって」
「紙が落ちて来た? ってことは……やっぱり指令書みたいなものか、えっと……『稼げ』だとさ、マリエル、金持ってたら出してくれ、それで誤魔化して帰ろうぜ」
「さすがにお金が違うんじゃないでしょうか……あっ、というかポケットに入っていたはずの金貨5万枚が見当たりません、ここへ飛ばされる際に落としたんでしょうか……」
「それ、落としたら凄いことになるよなきっと、てかどんだけポケットに入ってんだよ金貨が……いやそれは良い、じゃあさ、コロシアムの前で待ってさ、賭けに勝ったっぽい顔してる奴見つけて殺してさ、そしたらすげぇ稼げるんじゃね?」
「普通に犯罪じゃないの、たぶん悪いことして稼いでもクリアにならないと思うわよ、それよりも……やっぱりあのコロシアムで何かするってことなんじゃないの?」
「コロシアムで殺し合う……」
「寒いです勇者様……」
馬鹿な冗談はさておき、マーサの報告によって安全であろうということがわかったコロシアムへと向かう。
道中で出現した人間は通常の人族らしい造形の奴と、獣人のようだが俺の知っているのよりはもっと獣に近い何かぐらいのものであった。
その獣人紛いの連中は、どちらかというと人間ではなく、哺乳類や爬虫類、鳥類などがそのまま服を着て歩いているような感じ。
皆こちらを見ても驚くようなことはしないし、なぜか言葉もわかるもののようだ。
この分であればおそらく、コロシアムの中へもすんなり入ることが出来るのではないか。
そう期待しながら目の前まで行ったのだが……そこで衛兵のような奴に止められてしまった……
「君達、入場料を払わないと入ることが出来ないよ」
「いや、そんなこと言われてもスッカラカンでさ、今回だけ見逃してくれないか?」
「そう言われてもな……あっ、君達異世界人だね、そっちのウサギの子、この世界の生物とは思えないし、スッカラカンでこのスーパー日替わり競技場へ来るなんて、そうとしか思えないんだよ、どうなんだい?」
「……まぁ、そうなんだけどさ」
「だとしたら見世物として参加すると良い、珍しい生物だからね異世界人は、そうすればポイントも稼ぐことが出来て、晴れてこの入口から客として入城することが出来るってもんさ」
「ポイントって……まさか」
「うむ、この世界の通貨はもう進化しまくっていてね、この『魔法のカード』に溜まったポイントになっているんだ、金貨? どこの蛮族が使うんだいそんな旧時代のモノを、ウチの妹が趣味で飼っている無能豚野郎だってもうポイントで貢いでいるぐらいだからね」
「すげぇな豚野郎……で、その魔法のカードはどうやったら手に入るんだ?」
「あぁ、この競技場の先にある役場の窓口で土下座すると貰えるよ、先にそっちへ行くと良い」
「土下座すんのかよ……」
ということで一旦コロシアムの前を離れ、指定された役場の窓口で……土下座をしたら頭を踏まれた、窓口のお姉さんはどうやら先程の衛兵の妹らしい、とんでもない奴だ。
で、どうにかこうにか3人分の『魔法のカード』を確保し、もう一度コロシアムの前まで戻る。
ここにきて腹が減ってしまったのだが、金、というかポイントがないため買い物をすることさえ出来ない。
マーサにはその辺の草でも食べさせておけば良いし、俺も草だけで生活する自信があるが……王女のマリエルには少し荷が重いであろうな。
早めにポイントをゲットして、それで何か真っ当なものを食すことが出来るようにしないと、このままではゲームクリアどころではなくなってしまう。
で、そのためにはまずどうするべきなのかと衛兵に問うと……どうやら裏の搬入口からコロシアムの中へ入ることが出来るらしい。
もちろん客としてではなく、見世物にされる哀れな迷い人としてだが、それで少しでもポイントをゲットすることが出来るのであれば何でも良いのだ。
移動した先で別の衛兵に事情を話し、いよいよコロシアムの中へ入った俺達は、すぐに汚らしい部屋に通されてそこで待つように告げられた。
どうやら面接をしてくれるらしいが、果たして本当に雇って貰えるのであろうか、見世物でも何でも、とにかく金、ではなくポイントをを稼ぎたい旨をアピールしなくては……
「どうも、私がここの競技場の採用担当です、早速ですが珍しいウサギの方、何か芸が出来ますか?」
「う~ん、まぁ色々とあるけど地味なのよね、戦うならそっちの方が良いかも、あと競争とか」
「なるほど、普段殺し合いはどのぐらいしておられますか?」
「え? 結構毎日よね、敵とか、変な奴だと遊びで殺すこともあるわね」
「ふむふむ……ではこうしましょう、まずこのウサギの方をお預かりして、明日の日替わり競技である『殺戮徒競走』に参加していただくというのは」
「良いのか? 強さとか予め確かめなくて」
「それは大丈夫ですよ、出オチでも何でも構いませんし、今は珍しい生物が不足していますので」
そう言ってマーサを採用してくれた担当者だが、ひとまず雇われたのはマーサのみであって、その強さなどは実戦で確認する感じになるようだ。
そしてマーサが強いということがわかれば、そのまま俺達も採用してくれるとのことだが、その前にまず食事の提供があったら良いと告げる。
すぐに準備をするとのことで、こちらは前金のようなものとしてマーサに支払い、俺達がご相伴に与るというかたちでの食事提供。
しばらくして運ばれてきたのは……不味そうな黒いパンがいくつかと、あとは本当に野菜だけの野菜サラダ、マーサは喜んでいるし、俺達も別に良いのだが……いや、マリエルは目が不満気だな。
とはいえまぁ、これで飢えてガリガリになってしまうのは随分先に延びたであろうから、ここからはマーサに頑張って貰い、まずはポイントを少しでもゲットしなくては……
※※※
翌日、またしても空腹状態の俺達はコロシアムの観客席でなく、特別にスタッフエリアのような場所に通された。
そこからは協議に参加するマーサの様子がハッキリと見えるのだが……どうやら普通の、何の変哲もない徒競走のようだな。
並んでいる選手は10人で、マーサ以外にも通常の人間タイプの者が数人、そしてあとは動物系の見た目をした……カメのバケモノまで居るではないか……
『それでは選手の皆さん、今日は思いっきり死んで場を盛り上げて下さいねっ! なおっ、優勝候補のスターライナー=カメ選手は今日も絶好調のようですっ、ひと言頂いておきましょうっ』
「……フッ、最速と呼ばれたこの俺に、優勝以外の結果はない、誰も付いて来られないだろうな」
『ありがとうございますっ、それでは全員位置に着いて、この1,800mの競技トラックを100周するまでが勝負ですっ! はいスタートォォォッ!』
「ウォォォッ!」
「死ねぇぇぇぃっ!」
「ギャァァァッ!」
「ちょっと何なのコレ? 全然レースじゃなくて……てかあのカメ速いわねっ⁉」
スタートと同時にその場で開始された殺し合い、呆気にとられたマーサが困惑していると、その中で1人、いや1匹だけ普通に走り出した影、ではなくカメ、しかも超速い。
なるほど、これはルールなどない殺し合い兼レースであって、他の参加者は殺し合いをして自分だけがゴールに辿り着くことを目的としているのに対し、唯一まともにレースをしているのがカメの人ということか。
そしてこのカメの人がチャンピオンであるということは、どう考えてもまともに走った方が得だということであって……マーサも走り出した、殺し合いは無視して、カメ……よりは遅い……
「あちゃー、やっぱ力が制限されてんなこの世界じゃ、このままだと2着になっちまうぞマーサの奴」
「困りましたね、そもそも何なんでしょうかあのカメの人は? カメとしてどうかと思いますよあの速さは」
「だよな、おーいマーサ! もっと頑張れーっ!」
「ちょっ、呑気に応援してないでっ、このフィールド、どうしてか知らないけど全然速く走れなくてっ……あのカメの人だけその術式を喰らってないし、むしろ加速されているわっ!」
「ズルしてたのか……まぁ、カメがあんなに速いわけないからな、何でも良いからとにかく頑張れーっ!」
1,800mだという競技用のトラック、そんなものはあっという間に1周してしまうスピードのマーサであるが、これは普段の速度の1万分の1も出ていない。
そもそも1,800mを何百周だか何だか知らないが、本気を出したマーサのスピードであれば、その通過時の衝撃波でこのコロシアム自体が崩壊するようなあり得ない速度で、もうレースを見て楽しむことが出来ないような短時間で終わってしまうはず。
それをあのカメの人をチャンピオンに据え置くために、何らかの魔法で減速させているのだから卑劣である。
などと考えている間にもカメの人とマーサとの差は広がって……遂に周回遅れとなってしまったではないか……
「クッ、ズルしているとはいえホントに速いわねあんた、カメの癖にっ」
「おやおや、俺のどこがズルしてるってんだこの……何だお前? 変な生き物だな、さすがに笑うわその造形は」
「あんたに言われたくないわよっ! てか待ちなさいっ!」
「フンッ、もう少し走ったら休憩でもしてやろう、もっとも、その後はさらにペースを上げてやるがなっ、さらばだっ、フハハハッ!」
「くぅぅぅっ! ズルしているのに偉そうなっ!」
高速で走るカメの人にまるで歯が立たないマーサ、ちなみにスタート地点で殺し合っていた連中は、最後の1人が勝利の雄叫びを上げているところにカメの人を追うマーサが通過、その際少しぶつかってしまったらしく、あえなく赤い飛沫となってこの世を去った。
ということでレースをしているのは現時点でもう2人だけ、そして既定のおよそ半分程度を走り終えたところで、マーサが二度目の周回遅れを喰らおうとしている。
このまま真っ当にレースをしていたら絶対に勝つことが出来ない、マーサが力を持っているということは証明することが出来るが、それではきっと不足であるはず。
ここはどうにかして優勝を、あのカメの人に勝利することをしなくてはならないところなのだが、そのための手段が見つからないまま、またしてもカメの人はマーサを置いたまま走り去ってしまう……




