1106 結局のところ
「ほげ~っ……あっ、これは敵が倒れてっ、やったぞ主殿、どうやらルビア殿の作戦で上手くいったようだっ!」
「おっぱいおっぱいおっぱいいっぱいおっぱいいっぱい……はっ、おっぱいがいっぱいだったのかっ!?」
「遂におかしくなってしまったようですねご主人様は、もしもし、大丈夫ですか~っ? もしも~し……あ、帰って来ました」
「……こっ、ここはどこ? 俺は誰? 今何時何分でどんな状況? そもそも昼食はまだかいの?」
「ここは異世界です、あなたは私にお小遣いやお菓子をくれたりする係の人です、下僕です、さぁ、そのバッグの中に入っている飴玉を私に」
「へへーっ……ってちげぇぇぇっ! 何でこの俺様がルビアなんぞの僕になってんだよ、ざっけんじゃねぇオラッ! このっ! 参ったかっ!」
「ひぃぃぃんっ! 痛いっ、さすがに痛いですっ、あうぅぅぅっ!」
一時的に混乱状態になった俺を騙して利益を得ようとしたルビアにはとんでもないお仕置きを科し、同時に戻った意識で現在の状況を確認した。
つい先程までここを通せんぼしていた巨大なモンスターの姿はそこになく、ジェシカの攻撃がヒットしたことによって消滅したのだということは、あの無心の状態のときに視界に入った情報を整理することで確認出来る。
つまり、何も考えずに、ただただボーっとした状態で繰り出す攻撃であれば、ドボンになる落とし穴トラップの発動を回避することが出来るということがわかったのだ。
少なくともそこに攻撃の意思はなく、これであればこちらからの先制攻撃であったとしても、確実に目の前の敵を倒すことが可能ということ。
もちろん、それはここまでの経験から俺達が勝手に推測した『正解らしきもの』にすぎないのだが、ここまでくればもう、そのとおりに行動していて間違いなど起こらないのではないかと、そう思う次第である……
「よっしゃ、じゃあ次の敵も、そしてこのダンジョンのラスボスとやらもこんな感じで殺っていこうぜ、そしたら元の世界に戻ることが可能だぞ」
「本当にそうなのかはわからないが、今上手くいったということは次もそうなる可能性が高いということか、とにかくやってみるしかないな」
「それよりもご主人様、もう今から帰って寝ている時間があるんですかね? 戻ったら朝で、すぐに起きて動かなくちゃならないのはイヤですよ私」
「そうならないために必死でここをクリアするしかないんだ、急ぐぞルビア!」
「おぉーっ! じゃあ走って行きましょうっ、なんとしても早く寝るんですっ!」
そう叫んで1人で走って行ったルビア、仕方のない奴だと思いながらそれを見送っていると、走っていった先でそのルビアが急に地面の中へと沈む。
同時に立ち止まっていた俺とジェシカも、顔を見合わせるようにしてお互いを見た後にトラップの餌食となり、セーブポイントまで戻されたのであった。
敵は倒したし、その先は特に攻撃の意思を持っていたというわけでもないのだが、どうして今になってこんなことになったのであろうか。
もしかすると今回のトラップ、最初に喰らったときと同様に時間差で発動するものであって、それが今になってようやく動いたとでもいう、なんとも残念な事態で……その可能性もあるが、今はなんとも言えないな。
さすがにモンスターへ攻撃をしたときからトラップの発動まで時間が空きすぎているし、そもそもモンスターの討伐とは別の行動でこういうことになったという可能性の方が高い状況だ。
そして、可能性が高いのは『ルビアが空回りして走り出した』というところなのだが……これが一体どういう理由でトラップの発動に繋がったのか、それを知るための会議がまた必要になってきそうである……
「……とりあえずルビア、お前ちょっとアレだ、突拍子もない行動を取らないように縄で縛っておくぞ」
「あ、はい、どうかキツく縛り上げて下さい、それはもう身動きも取れないほどギチギチに……あうっ、もっとキツく……」
「どうしようもない変態だなお前は、それで、やっぱりルビアが走り出したことと、それと今回のドボンが繋がっているっていう話なんだが……ジェシカはどう思う?」
「うむ、私もルビア殿を縄で縛って、どこか離れた場所へ行かないようにするというのには賛成だ、そして……私も同じ目に遭わせて欲しい、趣味とかじゃなくてこのゲームの攻略のためにだ」
「ジェシカよ、変態なのはわかるがこういう場では自重した方が良いとオススメしておくぞ」
「いやだからそうではないとっ……まぁ、説明してもわからないだろうが、とにかく縛り上げて欲しい……ハァッ、ハァッ……」
「・・・・・・・・・・」
こんな状況で変態行為を希望するジェシカと、もう既に変態行為の最中にあって、かなり興奮してしまっているルビア。
どうしてこんな連中を連れてゲームクリアを目指さなくてはならないのだと思ってしまうのだが、文句を言っても現状は改善されないため、とにかく今はこの変態共を御して先へ進むしかない。
縄で繋がってしまっているため、俺から一定の距離を保つような格好になってしまった2人または俺が、もし直接モンスターなどと戦わなくてはならないとした場合には、当然の如く全員で立ち向かうこととなる。
まぁ、せっかくなので協力して倒していけば良いのかとも思うが、もちろんその際には先程決めた、攻撃の意思をまるで感じさせない攻撃を繰り出すことも忘れてはならないところ。
色々とやることが増えてしまったし、そもそも縄で縛られている2人をどのようにして戦わせたら良いのかもわからないのだが、とにかく今は前に進もうと、特にルビアがそう主張しているので従おう……
「早くっ、早く帰って横になるんですっ、もう眠たいですからっ」
「ルビア、そこはさっきドボンになった場所で……と、今度は何も起こらないようだな、結局時間差攻撃でしかなかったってのか?」
「安心するのはまだ早い、早いが……やはりそのようだな、私の予想は合っているのかも知れない」
「予想って、もしかしてこのダンジョン世界におけるゲームに関しての秘密についてか?」
「そうだ、だが今は詳細を言わないでおくことにする、もしここでそれを共有してしまったら、全員意識してしまって不自然な行動を取って……結局まだ気付いていないような別要素でドボンになる可能性があるからな」
「逆に気になってしまって不自然な動きになりそうな……」
「というか、縛り上げた仲間を連れて歩いている俺がそもそも不自然な人なんだよ、頭に『更生の余地なし』って書いてあるし」
ジェシカは何かに気付いたようで、しかもそれがこのゲームの核心を突くような気付きであるということを、現時点では否定することが出来ないような感じらしい。
俺とルビアには教えて貰えないその内容だが、少なくとも今現在、要求されてやっている変態プレイがそのカギとなっていることは確かであろう。
となるとまたろくでもない仮説のような気がしなくもないのだが……まぁ、自信ありげなジェシカにしばらくは任せておくこととしよう。
そしてそんなことはどうでも良いから、早く元の世界に戻って就寝したいルビアに引き摺られつつあることもあって、つい先程トラップに嵌まり、ドボンとなったエリアについては特に調べることもせず、そのまま通過して行く。
グイグイ引っ張るルビアにペースを合わせながら、そしてもうドボンにならないと確信している様子のジェシカをも気に掛けつつ、ダンジョンを奥へ奥へと進むと……どうやらここはラスボスの部屋の少し前のようだが、もう一度雑魚敵との戦闘いならざるを得なさそうだ……
『ウォォォッ! よくぞここまで辿り着いた、勇気ある冒険者よ……ってボスが言えって』
「何だこのバケモノは、どうして言葉が通じるんだよ?」
「ゴブリンを巨大化したような生物で気色悪いな、顔色も悪いし、病気を持っているんじゃないのか?」
『ウォォォッ! 生まれつきこの顔色である、この点指摘されたらそう言えってボスが』
「主体性の欠片もないバケモノだな、じゃあ早速ブチこ……と、そういうのは良くなんだったな、2人共、殺気を消して、攻撃の意思がない感じで戦うぞ」
「たら~っと……そもそも縛られているので戦えません」
「そうだな、ここは主殿が単独で頑張ってくれ」
「結局俺なのかよ、仕方ねぇ、この脱力感を見よっ! あへへへっ、あへっ……」
『ウォォォッ! 我の前でそのような態度を取るとは……だったっけかな? 舐めプされそうになったらそう言えってボスが前に……』
ひとまず脱力して殺気などを消し去り、こちらから攻撃を仕掛けたとしてもドボンにならないような状態にもっていく。
もちろん敵から攻撃してくれるのがベストなのだが、この巨大ゴブリンのようなバケモノは、おそらく自分で考えて攻撃をするかどうかを判断することが出来ない程度の馬鹿である。
こちらから仕掛ける以外にここを通過する方法はないため、ひとまずは脱力状態のまま、装備している普通の布団叩きを構えて襲い掛かってみた。
俺の攻撃……敵巨大ゴブリン(仮)の右足が、膝から下程度まで吹き飛んだ……しかもそのダメージを受けたことに気付いていない様子で、まだ何かを喋ろうとしているではないか。
そのまま俺の第二撃、攻撃の意思をゲームを支配している何者か、またはそのシステムに悟られないため、かなりスローな動きを余儀なくされているため、狙いはあまり定まらなかった。
しかし敵巨大ゴブリン(仮)の左側の足を、今度は大半に渡って消滅させることに成功した、したのだが……ダルマ落としのようにドスンと落ちたその状態でなお、この馬鹿は攻撃を受けていることに気づいていないのだ。
やはりまるで攻撃の意思がないのがいけなかったのか、ドボンにならないように注意しているのは良いが、それはこの馬鹿な敵にも同じように、こちらの攻撃の意思を感じさせないということとなる。
まぁ、このまま殺してしまえば構わないのだが、そのためにはスローな動きで、この一撃では葬り去ることが出来なかった相当程度に強い敵を、完膚なきまでに叩きのめさなくてはならない……
「はぁぁぁ、じょうだんこうげきだ~」
『ブッチュゥゥゥッ! なんとっ、急に視界が真っ暗に、こういうときのボスの支持は……闇に包まれし我が半身よ……じゃなかった、それじゃない、何だったか……』
「・・・・・・・・・・」
上段攻撃で頭を吹き飛ばしたというのに、それでもなお攻撃されたことに気付かない敵巨大ゴブリン(仮)であった。
どうしてこの状態で喋ることが出来るのかという疑問はいつものことなので置いておいて、この期に及んで攻撃に気付かれないというのは、もはや何というか少しむなしくなってこなくもない。
ここは少しタブー破りになってしまうが、一撃だけ本当に殺気の篭った、しかし命を奪うほどではない一撃を喰らわせ、それをもってこちらの意思を気づかせてやるべきか。
そうなるとドボンの可能性もあるが、もしそうであれば次に気を付ければ良いだけのこと。
ここで地道にこの敵を削り、完全に消滅するまでこの無意思攻撃を続けるのはさすがに悲しすぎるのだ……
「……ルビア、ジェシカ、すまないがここで敵に一撃入れさせて貰うぞ、その結果としてどうなるのか、ドボンになるのかならないのかはわからんがな」
「大丈夫だ主殿、おそらくその行為でドボンにはならない、安心して攻撃すると良い」
「そうなのか……まぁ良い、せっかく縄で繋がってんだ、後ろから俺をサポートしてくれっ、ウォォォッ!」
遂にやる気を出し、殺気をガンガンに放ちつつ攻撃を仕掛ける俺と、サポートをしてくれと要請したにも拘らず、特に何もしないで付いて来ただけのルビアとジェシカ。
それについては特に問題がないのだが、果たしてジェシカの言う通り、本当にこんな方法で攻撃を、しかも敵がやる気を出していないのに、こちらが先制攻撃をする感じでダメージを与えてしまって良いものなのかといったところ。
一応、そのままドボンになる可能性が高いと考えつつ敵の巨大ゴブリン(仮)に襲い掛かり、それがこちらの意思を感じ取って身構えるのを確認した。
もちろん頭はなくなっているのでその表情を読み取ることは出来ないし、攻撃に対して身構えたとしても、既に足が違う高さで切断されている状態にあるため、効率的な防御をすることなど出来ない。
そして何よりも、得物がノーマルの布団叩きとはいえ、俺の強烈な一撃を耐え切ることなどコイツにとっては不可能なことであろう。
敵の左肩付近に軽くヒットする俺の攻撃、これまでこのゲーム内で遭遇した敵としては圧倒的であった巨大ゴブリン(仮)も、その直撃を受けてズバァァァッと消滅していく。
相変わらず表情などはわからないものの、そのなくなった顔があるとしたら、恐怖と苦痛を感じているのであろうことは確か。
で、その恐怖の瞬間も、もはや大部分が消滅した敵巨大ゴブリン(仮)にとっては昔のこと。
そろそろ地獄に落ち、そこで本当の恐怖を味わっていることであろうその馬鹿のボディーは、最終的に塵ひとつ残さず消滅してしまった……
「……で、先制攻撃によってコイツを倒してしまったんだが……どうなるんだろうな……ドボンは……しないのか」
「だろうな、とにかくこのままボスを倒してしまおう、その後おそらく正解である私の仮説を話す」
「倒してしまおうって、俺しか動けないんだから俺が倒すしかないだろうよ、てか、いちいち縄の端を持っていなくても良いんじゃないか?」
「それがダメなんだ、とにかくほら、ボス部屋に入るぞ」
「何だかよくわからんが……まぁ、そういうことならそうしようか……」
本当に良くわからないのだが、ジェシカに言われるままボス部屋の扉を開けると、やはり全員が入室したところで閉じてしまう扉、そして徐々に明るくなるボス部屋。
こういう演出は必ずないといけないのかと思ってしまうのだが、ここはダンジョン中心の異世界であるため、もう仕方ないことだと割り切ってしまう他ない。
で、そんなボス部屋のど真ん中に鎮座しているモンスターは……ごく小さい、というかラスボスなのに小さすぎるのではないかという次元の二足歩行ネズミであった。
いや、このモンスターは本当にボスキャラなのか? 間違えて紛れ込んでしまった単なる雑魚ネズミが、たまたまボスキャラの居るべき場所を占有してしまっているだけではないのか……
「おい退けやこのネズミ野郎、俺達はお前のような雑魚に構っている暇じゃねぇんだ、とっととボスキャラを討伐して、元の世界で就寝しないとならないんだ」
『……では、我を倒してからそうしたら良い、倒すことが出来ればの話だがな』
「はぁっ? お前如きの雑魚戦闘力で何言っちゃってんの? そこそこなのってもう素早さだけじゃねぇか、あとは一撃喰らえば終わりだな」
「気を付けろ主殿、どのような場所に居てもネズミはネズミだ、変な病気を持っている可能性が極めて高いぞ、それに……ほら逃げたっ」
「いや逃げんのかよっ⁉ クソッ、ちょこまかと素早い……これじゃあ時間稼ぎにしかなってねぇじゃねぇかっ! ちょっ、このっ、えぇいっ!」
「あっ、ご主人様、縄の端を離してどこへ……あら~っ」
「何でこれでドボンなんだよぉぉぉっ!」
ちょこまかと逃げ回るという無駄な時間稼ぎを、まさかの初手で始めたネズミ野郎をブチ殺すべく、ルビアとジェシカとの繋がりを断って俺だけが攻撃に走った。
するとどうか、いきなり地面に穴が空き、ムカつく顔でこちらを窺うネズミ野郎に見送られつつ、あえなくドボンとなってしまったのである。
セーブしてあったポイントに戻された俺達、そこからラスボスの部屋までの道程は決して遠いわけではないのだが、もう一度そこを進む足取りは重い。
そしてここにきてジェシカが、どうやらこのゲームのルールについて確信を得て、もうそれ以外の可能性がないと判断したらしく、道中で俺とルビアに内容を話すと言い出した……
「で、どういうことなんだよ結局のところ?」
「うむ、これは私達の仲間同士、その距離によってドボンの判定がされているということだ、わかるか?」
「距離だって? つまり離れすぎると……ドボンになるということか?」
「そういうことだ、私達3人だが、戦闘時の隊列としてはちょうど一番前、真ん中、一番後ろという具合になっているだろう? そこがポイントだったんだ」
「つまり、前に突っ走りすぎるジェシカと、戦闘時であるにも拘らず勝手にどこかをフラフラして離れてしまうルビアと……真ん中の俺の距離が離れすぎるのが、勇者パーティーの組織上の問題であったということで、それを指摘する、というよりも気付かせるためにわざわざこんな回りくどいやり方で……ってことなのかもしかして……」
「恐らくそういうことなんだと思う、先程宝箱等から出た紙切れはそのヒントで、というような感じだな」
「意味がわからんぞもう……いや、となるとこれまでのゲームにも何か意味があったんだろうな、あったようには思えないが」
結局のところ、という話ではあるが、これまでのゲームでもこのようなことが思い当たるかといえば……特にそうでもないような気がする。
しかし今回はたまたま意義があったとは思えないため、間違いなく手前の2ゲームにおいても、何か意識して改善すべきところがあったに違いない。
それが何なのか、そしてこの先にも仲間が巻き込まれるであろうゲームにおいて、何をどういう感じでしなくてはならないのか、それは課題を抱えた本人である俺達にはわからないのかも知れないな。
だが途中にあるヒントから内容を察し、上手く改善点を見つけて行動していくということも可能なはずだ、そう、賢い仲間キャラが参加者として居る場合に限って……




