1105 見えてきた
「う~ん、これはどういうことなんでしょうね? 宝箱が半分埋まっているのを見つけて、そっちに駆け寄ったらドボンでした」
「わからんが、その行動が関係してこうなったってことだけは確かだよな、というか、振り出しに戻るじゃなくてホントに良かったぜ」
「しかしこのままだとその新しい要素でドボンし続けるような気がしなくもない、ひとつどういう理由でそうなったのかを考えてから動くか、或いはそちらの缶詰殿に聞いてみるとか、そういうことをしなくてはならない状況だと思う」
「だってよ缶詰野朗、大おっぱいジェシカ様がお前に事情聴取したいってよ」
『いやそこはちょっと考えましょうよ自分達で、そうやって最初から他人を頼るの良くないっすよ先輩』
「うるせぇボケェェェッ! そもそもお前『ヒト』じゃねぇだろぉがこのゴミがぁぁぁっ!」
落とし穴トラップが作動し、先程討伐した中ボスの部屋を出たところまで戻されてしまった俺達3人。
あれからほとんど進んでいなかったのだが、それでも戻されたのは戻されたということで、実に不快な結果である。
もちろん、あの場でルビアが取った行動が原因でこのようなことになったのはわかっているのだが、それが何に引っ掛かったのか、どこが神々にとって気に食わない行動であったのか、それがわからないことには始まらない。
ルビアがそのような行動を取ったのは、宝箱らしきものを発見したということが原因だ。
となると欲をかいたからとか、そもそもその宝箱自体がトラップで、近付くと落とし穴が発動する仕掛けであったとか、そういうことも考えられるな。
だがここまで一切のトラップがなく、敵のモンスターが少し出現するだけでここまで来られたのだ。
そんな場所でいきなり意味不明なトラップなど考えられるか、少し無理があるのではなかろうか。
となると先程の仮説のうち前者、欲望から出た行動に起因してトラップが発動してしまったのではないかと、そう考えてみてはいかがであろうかといったところだが、果たして……
「まぁ、とにかくさっきの場所まで行ってみて、今度はちょっと違う行動を取ってみるべきだな、幸いにも近いし、またトラップが発動したところでどうにでもなる、その前に……勝手なことしやがったルビアはお仕置きだっ! 尻を出せっ!」
「はいぃぃぃっ! その布団叩きでビシバシお願いしますっ! あうぅぅぅっ! ひぎぃぃぃっ! いったぁぁぁぃっ!」
どう考えてもやらかしているルビアにはお仕置きとして尻100叩きの刑を執行したのだが、単に喜ばせているだけであるというのはもうわかりきったこと。
そのまま罰として先頭を歩かせ、後ろから布団叩きの柄で小突きながら進ませると、すぐに先程そのルビアが離脱してしまった場所に辿り着く。
洞窟の壁が窪んだ方を見ると、確かに半ば土に埋まったような宝箱がひとつ、見方によってはすぐに発見出来そうな感じで存在していた。
これはうっかり駆け寄ってしまうのも無理がないか、通常のダンジョンであれば、そこそこ重要なアイテムが封入されているような宝箱だからな。
とはいえいきなり近付いたら先程と同じである、どうせ落とし穴トラップが発動して、ボス部屋の後ろまで戻されてしまうこととなるのだ。
とすると、もう少し頭を使って……もっとこう、何気なく接近していくような感じではどうか、しかもルビア単体ではない、3人全員で……
「よしっ、じゃあ3人揃って宝箱の前まで行くぞ、アレはちょっとスルーしてしまって大丈夫な感じがしないからな、どうにかして中身を確認するんだ」
「わかった、では手を繋いで行くこととしよう、それなら安心だ」
「いやそこまでしなくちゃならんとは思えないんだが……まぁ良いや、それで行こうぜ」
『うぇ~いっ』
ということで念には念を入れて、3人が離れ離れにならないよう手を繋いだ状態で宝箱に接近してみる。
この状況でトラップが発動した場合にはどうなるのか、全員がそれぞれの穴に落ちるのか、それともまとめて大きな穴に落ちるのか。
などと考えてもみたが、どうやらこの行動によってはトラップが発動することはないらしい。
手を繋いだままの3人はそのまま宝箱の前に辿り着き、そこで分離しても何も起こらなかったのである。
ドボンになったときと今回とで何が違ったのか、色々と考えられえる点はあるのだが、それをひとつひとつ検証しているような時間はない。
とにかく今は目の前にある宝箱を……と、かなり独特な形状の鍵だな、まるでスーパー銭湯にある下駄箱の鍵を……どこかにそんなものがあったような気がするのだが……
「ジェシカちゃん、さっきの木の札ってもしかして……」
「あぁ、この宝箱の鍵の部分に……ピッタリのようだ、トラップも発動しないぞ」
「やっぱりそういう仕掛けだったのか、で、こうなったってことはかなり重要なアイテムが入っているってことだよな? ないとクリアは難しい系の」
「……そうでもなかった、さっきルビア殿が開けた箱に入っていたのと同じ、何も書いていない紙切れが1枚きりだ」
「マジかよ、てかやっぱその紙切れ気になるよな、何も書いていないってのも引っ掛かるし……いや、何か光ってねぇか?」
「本当だ、私のも、ジェシカちゃんのも光り輝き出しましたよっ、それで文字が……浮かびました、『お前ちょっと落ち着け』って書いてあります」
「私のはまた違うな、『いちいち先走るな』だそうだが……何の警告だろうか?」
「う~ん、もうそのまんまじゃね? ルビアは余計なものを見つけたりして、それで勝手に離脱してどっか行きがちだし、ジェシカは戦闘開始と同時に前に出すぎ……てことじゃね?」
「なるほど、そういうアドバイス、というか指摘をしてくれているというのだなこの紙は、そうすると納得がいくぞ」
「何がだ? 俺だけが完璧すぎて何の指摘も受けていないってことがか? フハハハッ!」
『先輩、オデコめっちゃ光ってますよ、光ってる真ん中に「更生の余地なし」って書いてあるっすよ先輩』
「はっ? あっ、マジかホントに光っていやがる、自分で読めねぇだろこんなもん、どうなってんだこのクソボケがっ!」
「更生の余地がない人には読ませる必要もないってことなんでしょうけど、あんまりですね……」
「これをやった奴は絶対に見つけ出して惨殺してやる、覚悟しやがれマジで」
とにかく、俺達3人の戦闘上での欠点が指摘されていると思しき謎の紙と、それからなぜか俺だけ額が光るという形で通知されているのだが、それを用意した神界の何者かは許せない。
そもそも、こういうことをするのであれば直接やって来てそうであると伝えれば良いというのに、それをせずこんなまわりくどい方法で伝えるというのが陰湿だ。
というか、もしかしてこんなことを伝えるためにこの謎のゲームに俺達を巻き込んでいるとでもいうのか、だとしたら相当程度にカスな考えであり、今すぐ俺達の前に顕現して土下座謝罪するべきところである。
しかし、ルビアとジェシカの2人は受けた指摘についてそこそこ納得しているようで、改めて自分の戦い方をどうのこうのという話をしているではないか。
こんな紙切れ、破り捨てて抗議の意思を表明するのが普通だと思うし、やった奴を見つけて痛い目に遭わせてやろうと考えるのが通常だと思うのだが、この2人はどこか考えがズレているらしい。
「うむ、じゃあこんな紙切れ1枚の指摘なんか放っておいて先へ進もうぜ、そのうちにラスボスの部屋へ辿り着くはずだ」
「しかし主殿、もう少し行ったら残り半分のさらに半分ぐらいの道程になると思うのだが、そこで一度セーブしておいたらどうかと思うぞ」
「おっと、そのくだらない指摘ペーパーとは違って、こっちの『セーブ玉』は有用なアイテムなんだよな、わかった、キリの良いところで一度止まってセーブすることとしよう、とにかく行くぞ」
そこからしばらくの間進んだ所で、ちょうど良い感じの場所を見つけてそこまでの冒険をセーブしておく。
以降、何かあってトラップが発動したとしても、戻って来る場所はここに固定されることとなる。
この場所からゴールであるこのダンジョンの終着点、ラスボスの部屋までは徒歩でおよそ10分程度の道程であるということもわかっていて、もうすぐここともオサラバすることが可能だという期待に胸が膨らむ。
部屋でのカウントダウンが満了し、この世界に飛ばされてからおよそ2時間、そこそこ早く脱出することが出来そうだし、今夜はしっかりと寝る時間を確保出来そうでもある。
そんな感じでそこからも前進して行くのだが……ここでそのイケイケな俺達を阻むかのように、そこそこの強さを持った雑魚敵が出現したではないか……
「ルビア殿、紙に書いてあったことを実行するゆえ、少し私がどうなのか見ていてくれ、主殿だとまた適当なことを言いそうだからな」
「わかりました、頑張って戦って下さいっ」
「いやちょっと待て俺の信用……と、そもそもこの敵、全然攻撃してこないんだが?」
「……本当だな、パッシブタイプのモンスターなのか? それとももっと接近しないとダメなのか?」
「ちょっとだけ近付いてみようぜ……このぐらいか、やっぱ動かないな、死んでんじゃねぇのコイツ?」
「息はしているようだが……このまま横を通過していくことは出来ないか? と、幅的にちょっと無理があるか……」
「俺だけなら通れそうなもんだが、2人は尻とおっぱいが引っ掛かりそうだな、それで攻撃したと判定されそうな予感がする、というか絶対にそうだ」
「まぁ、そうなる予感がするな、しかし攻撃してこないものをどうしたら良いんだ? こちらから攻撃したらドボンになるのだろう?」
「……そうとは限らないんじゃないでしょうか、ちょっとやってみますっ」
「あっ、ちょっとルビア……ほらっ」
何かを察したような感じを醸し出し、そのまま敵の方へと進んで行ったルビアであったが、攻撃の射程圏内に入る前に地面が刳り貫かれ、全員仲良くドボンしてしまった。
先程セーブしておいたため戻された場所はそんなに遠くではないが、やはり攻撃を仕掛けようとしたのが悪かったのであろうか、今の行為はアウトのようだ。
しかしそうなるともう他に通り抜けようがないというか、敵にぶつかってもどうせドボンになるのであろうし、かといって攻撃するとドボンであるということもわかってしまった状況。
これは完全に詰んでいる状態ではないか、ゴールはもうすぐそこだというのに、こんな場所で行き詰まって先へ進めないとはどういうことだ。
もしこの世界に俺達を連れて来たどこかの神が、今現在この様子を見ているのであればバグの修正も入るのであろうが……どう考えても見ていない、ほったらかしにされる可能性が高そうである……
「……どうするんだよこの状況? もう普通に何も出来ないんじゃないのか? ここでルビアとジェシカが栄養失調でガリガリになって、モンスターと壁の隙間を通ることが出来るようになるまで待たないとならんのか?」
「いやそんなはずはないだろう、どこかに攻略法があるはずだし、次はどうにかしてすり抜ける作戦を試してみよう、もしかしたらモンスターも軽く触れた程度までは許してくれるかも知れないからな」
「う~ん、その可能性はあるが……おい缶詰野郎、お前はどう思ってんだこの状況?」
『そんなの自分で考えて下さいっすよ先輩、そんなんだからいつまで経っても三流勇者なんすよ先輩は』
「死ねこのゴミ野郎! 成敗!」
『ギャァァァッ! ひ、干からびて……ちょっとだけ残っている出汁を……ぐぬぬぬっ……』
「ケッ、せいぜいそこで苦しんでいやがれ、あと使えない分際で調子に乗ってっとそうなるんだってことを覚えておきやがれ、どうせ次のゲームでは復活してんだろうからな」
『グギギギギッ……出汁……が……出汁……』
生意気な缶詰野郎が漬かっている缶詰の出汁を8割程度溢し、余裕で湯舟スタイルを取ることが出来ないようにしてやった。
この残った出汁もそのうちに乾いてしまい、缶詰野郎もカラカラになって死亡するのであろうが、正直そこはもうどうでも良い。
今回のゲームにおけるコイツのノーヒント感は半端なものではないからな、もうわざと俺達を困らせようとしているようにしか思えないし、それゆえ存在が邪魔臭いのだ。
ということでもう缶詰野郎に頼るのはやめて、先程のモンスターが通せんぼしている場所まで戻り、今度は全員で『すり抜け作戦』を敢行する。
まるで渋滞の中をスルスルと抜けて行くように、華麗に通過した俺に続いたのは尻とおっぱいが巨大な誰かさん達。
最初はかなり気を付け、息も吐いた状態でピタッと止めて通過することを試みたのだが……そんな気合が長続きするはずはなかった。
敵のちょうど膨らんだ部分、形状としてはどこにでも居そうなありきたりなバケモノなのだが、その通過するにあたって最も難しい場所で、うっかりジェシカの尻がそれに触れてしまったのだ。
ドンッとぶつけられたことによって揺れるバケモノのボディー、あぁ、これでまたドボンかと、そう思ったのだが……どういうわけかそうではないようだ。
隙間を抜けようと試みている最中の2人も、そして既に通過を終え、バケモノの背後で待機している俺も、誰も落とし穴に落ちていくような気配がないのである。
その代わりと言ってはアレなのだが……どうやらバケモノの方では『攻撃を受けた』ということになったようで、突然光り輝き出して戦闘モードに入った……
「どういうことだっ? 攻撃したってことになってんのにドボンにはならんし、それでいてモンスターの方は動き出したし……まぁ、とりあえず戦おう」
「私が殺るっ、だがこんな密着した状態だと色々と飛び散る可能性があるから、2人共少し離れていてくれ、ルビア殿は戻った方が早いぞきっと」
「わかりましたっ、スルスルッと抜けて……あらっ?」
「はっ? へっ? 何で今頃になって落とし穴が……」
まさかの時間差攻撃であった、既にドボンにはならないものとして、次はモンスターを討伐するフェーズに移行しようと考えていた矢先、突如として出現した落とし穴に落下して行く俺達。
どうしてこうなったのかということについては考える必要があるのだが……もしかしてバグで時間差攻撃が出たわけではないのでは?
今回の落とし穴は元々こういう仕様であって、どうにかすれば回避することが可能なのではないかと、そう思ってしまうような異常さであった。
しかしその『どうにかして』が非常に難しいことであるのはもう誰の目にも明らかで、そう易々と答えが見つかるものではないのもまた確か。
こんなときに精霊様が居たら、賢いうえに比較的良く気付くユリナやサリナが居たらと、メンバーが足りていないことを悔いてもどうしようもないということも、また事実としてここに存在している。
ここは俺達(主としてジェシカ)の知能だけで『どうにかして』いかなくてはならないところ、それがこのゲームによって俺達に与えられた試練だとしたら、やらかした神はやはりブチ殺さなくてはならない……
「それで、今のは何が原因だと思う? ちょっと考えてからじゃないとまた同じ轍を踏むからな」
「う~ん、私が戻ってご主人様は進んで、ジェシカちゃんはその場であのモンスターをやっつけようとして……わかりません」
「だよな、最初に攻撃したと判定されて敵がカウンターを入れにきたってのに、その場でトラップが発動することなく後回しになったんだ」
「主殿、もしかすると攻撃の意思がこちらにあるか否かでドボンになるかどうかの判定を受けているのではないか? ここで出現するモンスターとは別のラインで判定が行われているというのも可能性が高いな」
「つまりモンスターが攻撃してきたのと、ドボンになるのとは全く別のもので、反撃された段階ではまだこちらに攻撃の意思があったわけじゃなくて……何だかよくわからんが、このケツがドンッといったのが悪いってことだな、それだけは間違いないぞ、ドンッと」
「申し訳ない、次はドンッといかないよう尻を引っ込めて……そうすると今度は胸がヒットしてしまうのか……」
「まぁ、そこは体型だから仕方ないな、それよりも攻略法なんだが……どうする?」
「う~ん、あ、攻撃するにはするけど、無心でいくというのはどうでしょう? 何も考えず、無の境地とか何とかに達した状態でパンチを繰り出すんです、こう、こんな感じでっ」
「……それ、上手くいくと思うか?」
「わかりません、正直無駄だと思いますけど、やってみるに越したことはないとも思います」
ルビアのこういう思い付きは無駄に正解である可能性が高い、本当に無駄だがそれは事実なのだ。
それゆえ今回も否定することなく、ひとまず試してみようという結論に至ったのである。
どうせ失敗してもドボンになるだけであって、どうしてもあの場所を通過することが出来ない状況においては、その程度のリスクなどもうどうでも良い。
すぐにモンスターの場所へ戻り、全員並んでギリギリまで近付いた後、無心で、本当に何も考えていない状態を作り出したうえで攻撃を仕掛ける……
「ぽけ~っ、こうげきだ~、わたしのいちげきをくらえ~」
「おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい」
「がんばってくださ~い」
3人が3人共、全ての思考を捨て去ったことで初めて生じる攻撃の意思を持たない攻撃、ルビアはただ応援しているだけだし、俺はどういうわけかジェシカのおっぱいに攻撃が行ってしまったのだが、そのおっぱいを攻撃されているジェシカの攻撃はどうにか敵にヒットした。
この程度であっても常識的な力しか有していない敵にとっては脅威となり、ゆるやかな一撃で確実な致命傷を受け、反撃することも出来ないままモンスターは死亡、消滅する。
そして問題である落とし穴トラップは……発動しない、ドボンにならずに済んだということだ……




