1104 これの意義は
「え~っと、それ以外のアイテムは持ち込み品ばかりみたいだな、あの缶詰もちゃんとあるのが不快なんだが……」
『入ってまーす』
「クソッ、マジで不快な奴だぜ、しかも俺の荷物の中に入っているとか許せねぇ、で、それ以外は……ルビアにあげる飴玉ぐらいのものか、武器になったり食糧的なものはないぞ」
「私のバッグにもお菓子しか入っていませんね、ジェシカちゃんは?」
「携帯食が少し入っているな、元々持っていたものだ、それ以外には替えの靴下ぐらいしか入っていないようだぞ」
「ろくなもんがねぇって感じだな、どうしたら良いのかもわからないし、案内表記とかどこかに……この缶詰を開けろってことか?」
手許にあるのは『入ってまーす』としか答えない缶詰、中身が活きている、新鮮であることはもう間違いないのだが、果たして開けてしまって良いものなのであろうか。
またあの不快で気持ち悪い半魚人のような生物が、鬱陶しい態度で俺に絡んでくるような、そんな展開が待ち受けているのではないかと、そう思ってなかなかその行為に踏み切れない。
そうこうしているうちに、ルビアが勝手に俺のバッグの中に手を突っ込んでくる……飴玉を狙っているのではなく、缶詰の方を盗りにきたようだ。
と、もちろん飴玉の方もふたつばかりゲットして、それを同時に口の中へ放り込みながら、平気な顔をして缶詰をオープンしてしまったではないか。
缶切りがなくても開けられるタイプのその缶詰のなかから出現したのは……やはり出汁の風呂に浸かった状態の半魚人であった……
『おい何なんだよお前! 入ってますって言ったよね俺何度もっ、どうすんのこれ開けちゃって、あーあ、蓋も落としちゃってんじゃん、責任取れるのお前これ? ねぇっ?』
「うるせぇぞこの缶詰野朗、ギャーギャー喚いてねぇでちょっとこっち向けボケがっ」
『はぁ~っ? 今俺はこの缶詰を開けやがった女に……って先輩じゃないっすかっ? いや久しいっすね先輩、元気してたっすか先輩!』
「お前……この前の缶詰野朗かっ? 確かにあの世界でブチ殺したはずだし、そもそも別の缶詰だろそれっ!」
『何言ってんすか先輩、俺はどこの缶詰でも俺っすよ先輩……今度は殺さないで欲しいっすよ……』
「うわっ、めっちゃ覚えてんじゃん前の世界のこと……ルビア、ジェシカ、ちょっとコレもう処分しねぇか? 気持ち悪くて敵わんのだが」
「確かに気色悪い生物なのだが……缶詰殿、あなたはこの世界がどういう世界で、私達が何をしたら良いのか知っているのか?」
『おっと姉ちゃん、良いおっぱいしてんじゃねぇか……っと、背後から殺そうとしないで欲しいっす、で、ここは……あぁ、ダンジョン世界のようっすね、これまた懐かしいことで』
缶詰野朗曰く、この世界は8割がダンジョンによって埋め尽くされ、人々も大半がダンジョン内で生活しているという、なかなかハードな異世界らしい。
そして今俺達3人が居る場所は、その中でも最も難易度が高いとされるダンジョンの、最深部の入口付近であるという。
ゲームの内容としては、おそらくこの場所から本当の本当に最奥のダンジョンクリアポイントまで行って、そこで世界最強のラスボスを討伐すれば良いのだという。
ちなみに難易度が高いといっても、今の俺達であればダンジョンボスなど一撃で葬り去ることが出来、むしろこの力を他者に見せないように、この世界にバグッた力の何かが居ることをこの世界の人々に知られないように、サッサと攻略を済ませて退出すべきであるとのこと。
多少面倒だがやるしかないか、武器も貧相だし、それの交換や強化もしつつ、とにかく下に向かう感じで移動して行くのだ……
『ちなみに言っておくっすけど、このダンジョンで先輩らにとって恐いのはボスとかじゃないと思いますよ、わかってますか先輩?』
「うるせぇ話し掛けんな、その臭せぇ口を勝手に開いたら殺すぞ」
『・・・・・・・・・・』
鬱陶しい缶詰野朗、このゲームのクリアに資する情報をくれる以外で口を開くことを禁じ、また、ゲームクリア時にはブチ殺してやるということも宣告しておく。
で、黙って向かうべき方向を指差すように命じたところ、特に迷ったり調べたりすることもなくひとつの方角を示したため、缶詰野朗の指示に従って先へ進む。
歩いても歩いても罠などに掛かることはなく、しばらくしてようやく出現した敵は1体のみ……まぁ、そこそこ強そうな見た目だ。
しかも缶詰野朗が言うには、ここのモンスターはまだこの異世界の連中も討伐していないような強キャラであって、倒せばかなりの経験値をゲット出来るとのこと。
このゲームが夢でも何でもないということはもうわかっているのだから、ここは素直に討伐して経験値をゲットしておくべきだ。
そう思った瞬間にはもう、普段から前衛で張り切っているジェシカがその張り切りを見せ、下はパンツ、上はシャツのみというとんでもない格好で、木刀を振りかざしながら前に出た……
「ここは私に任せておけっ、この程度の敵は一撃でっ……あらっ?」
「えっ? 何ですかコレ……あぁぁぁっ!」
「地面に穴が開いてっ……落とし穴だぁぁぁっ!」
敵に攻撃を仕掛けようと走ったジェシカ、その真下に、いきなり人間がスッポリと収まるサイズの穴が開いたと思いきや、その穴は俺とルビアの下にもあったというオチである。
3人仲良くそれぞれの落とし穴に落下し、そのままずっと落下していくような感覚を味わっていたのだが、最終的にドスンッと落とされたのは3人同時。
しかも洞窟なのかダンジョンなのかはわからないが、とにかくその中で……なんと、スタート地点に戻されてしまったようだ……
「いててっ、どうなってんだコレは? いきなり全員落とし穴に落下して……振り出しに戻ったということか」
「その理由がわかりませんね、どうして落とされたんでしょう? ジェシカちゃん、トラップに引っ掛かったような感覚はありましたか?」
「いや、何の前触れもなくいきなり落ちた……だが私のせいでこうなったことは確実だろう、これはもう1枚脱ぐしかないな」
「待て待て、シャツとパンツしか装備していないだろうに、そういうのはもっと厚着しているときにだな……とにかくアレだ、もう一度進んでさっきの場所まで行くしかないぞ」
「そうだな、今の分の仕置きは後でまたしてくれ、というか尻を叩かれたい」
「あ、それなら私もです、後でお仕置きして下さい」
「ゲームが終わったらな、グダグダしてねぇでサッサと行くぞ」
『うぇ~いっ』
何が起こったのかということは解明しないまま、そして何も言わない缶詰野朗にも問わないまま、俺達は先程の場所へ戻った。
モンスターの方もわざわざその場で待っていてくれたようで、申し訳ないとひと言詫びた後に攻撃態勢に入る、入るのだが……このままだと全く同じ轍を踏みそうな予感がするな。
ひとまずジェシカには前に出ないように忠告し、モンスター側が勝手にこちらに来て、先程の落とし穴に嵌まってくれるのを期待する。
戦闘態勢のまま待機していると、モンスターはこちらに向かって動き出し、そのまま落とし穴に……引っ掛からないではないか。
普通に先程ジェシカが落下した場所を通過し、こちらに襲い掛かるモンスター、そしてたまたま狙われ、ショボくれた菜箸で応戦する俺。
振り上げたモンスターの腕が下ろされることはなく、心臓があると思われる部分にザクッと突き刺さる菜箸。
モンスターは悲鳴を上げ、そして菜箸はポッキリと折れ、どちらもその役目を終えたかのように消滅していったのであった……
「やったな、これで武器を失ってしまったが……と、ドロップアイテムが出たぞ、しかも武器だ」
「武器って、単なる布団叩きじゃないですかそれ」
「菜箸よりはマシだろうよ、それにほら、布団叩きがくるってことはこの次にランクアップする際にはちゃんと物干し竿が出るみたいな、そんな気がしないか?」
「そもそも武器ランクアップの終着点が物干し竿という事実がヤバいぞ主殿は、勇者としてどうなのだ?」
「大丈夫だ、もうこれ以上俺様にマッチした武器はない、ちなみにこの布団叩きもそこそこだぞ、ちょっと尻を出してみろ、わかっているな?」
「うむ……ひぎぃぃぃっ! もっとぶって下さいっ!」
「ご主人様、私もっ、私もですっ……ひぃぃぃっ!」
「と、遊んでないで先へ進まないとだな、おい缶詰野朗、どうして今回はトラップが発動しなかったのかわかるか?」
『それを自分で探っていくのがこのゲームの趣旨だと思いますよ先輩、さっきと何が違ったのか、良く考えて……』
「はぁっ? お前何説教してんだよ、直火で炙ってアッツアツにすんぞこの缶詰ごと」
『やめて下さいっすよそういうの、とにかく、トラップの発動には条件があるはずっすから、それさえ見極めることが出来れば結構余裕なんじゃないすかね? さっきの敵はこの世界でもかなり強い部類だと思いますから』
「チッ、ほぼほぼノーヒントかよ、マジで役に立たねぇ奴だなお前は、そんなんだから見た目とかも気持ち悪いんだよ……ということでどうしようか?」
「このまま先へ進んでみるしかないでしょうけど、もしまたトラップ? が発動したら元の場所へ戻されてしまうんですよね? やる気がなくなりそうです」
「だよな、ここからはちょっと慎重に進んで……いや、さっき落ちたときにはジェシカが前に出ていたんだったよな?」
「そうだが、私だけで攻撃したのが良くなかったのか?」
「でもあのモンスターを倒したのはご主人様の単独攻撃ですよね? そうなると……あ、でも向こうが攻めて来ていたんですよね2回目は」
「違いとしてはそのぐらいしかないか……よしっ、じゃあ次からは敵を見つけてもこっちから攻撃しないようにしよう、それがこのゲームをクリアするための条件かも知れない」
「なるほど、正当防衛的に敵を排除するなら良いが、それ以外では暴力的なことをしない……というような感じになるよう努めよ、ということなのかな、私にはこれいじょうわからないが」
「まぁ、とにかく行こうぜ、サッサとクリアしてちょっとでも寝るんだ、さもないと明日たまらんぞ」
何か理由があってこのような仕掛けになっている、ある条件に該当すると落とし穴が出現し、ゲームは振り出しに戻ってしまう。
どうしてそのようなシステムを俺達に強要するのかはわからないが、とにかくそのルールに従って進まない限りはこの世界から脱出することが出来ない。
新たにゲットした布団叩きを武器に、前を歩くジェシカにちょっかいを出しつつ、後ろからルビアに悪戯されつつ道なりに進む。
やはり地面や壁などに何か仕掛けがあるようなことはなかったのだが、しばらく行った先で2体目のモンスターに遭遇してしまった。
比較的幅のある洞窟状の通路を塞ぐような、4畳半の小さな部屋ぐらいであれば丸ごと埋め尽くすような、そんなサイズの……コレはスライムのようだな、というか間違いなく普通でない特殊なスライムだ……
「さてさて、こっちからは攻撃するなよ、ジェシカ、服を溶かす敵である可能性が極めて高いからな、もし喰らったら以降はすっ裸だぞ」
「確かにこのビジュアルはそうだな、だがこちらから仕掛けられない以上……粘液を飛ばしてきたぞっ、私が武器で受けっ……ひぃぃぃっ! ベトベトすぎるっ!」
「ベトベトでかつ服だけ溶かされていますっ、しかも勢い良く溶けるんじゃなくてジワジワと、逆にエッチな感じで溶かされていますっ」
「あぁ、だがジェシカを戦闘不能にしたと思って近付いてきたな……もうそこは俺様の間合だっ、キェェェッ!」
『ブッチュゥゥゥッ!』
「よし撃破したぞっ、ジェシカ、服は大丈夫か?」
「あぁ、少し穴が空いただけだから問題ない、しかし剣、というか木刀の方がもう使い物にならないぞ、ベチョッとしていて気持ち悪い」
「本当ですね……あっ、でも今度のドロップは剣の類みたいですよ、ほら、『何だか良くわからない純度の低い金属の剣』です」
「武器のランクアップが微妙すぎるな……」
2体目のモンスターを撃破したことで、やはりこちらから仕掛けなければトラップが発動することはないのではないかとの予想が十分に肯定出来るような感じになってきた。
そのまま先へ進むと、今度はボス部屋のような場所に辿り着いた俺達、缶詰野朗に確認すると、この先の部屋には間違いなく中ボスが居るらしい。
しかもラスボス前のかなり強力な敵だと主張する缶詰野朗なのだが、今この場から感じる扉の向こうのバケモノが、そこまで強いとは思えないのが今の俺達の戦闘力が異常なものであることを物語る。
ボス部屋の前だからといって特に何かをするわけでもなく、そのまま少しだけ話し合って作戦を決めるのだが、作戦といっても決めておくべきことはただひとつだ。
それは先程の戦いと同様、決してこちらから手を出さないようにしようということである。
ボスとの戦いとはいえトラップ発動の可能性はあるし、ここまできて振り出しに戻れば、もうルビア辺りはやる気を失ってしまうに違いない。
ということですぐにボス部屋の扉を開け、お決まりのパターンで『中へ入ると扉が閉じ、そこから明かりが灯り始める』という現象を体験した後、広いボス部屋の中央に鎮座する巨大な影に目をやった……
「ふ~ん、ボスは巨大なイノシシみたいな奴なんだな」
「好戦的そうなボスで良かったな、ほら、もう向こうから仕掛けてくる感じだぞ……狙いは私のようだ」
「おう、じゃあ頑張ってくれ、俺はバックアップとしてここで座って見ておくよ、ルビア、椅子になれ」
「はいご主人様」
「うむ……と、もう終わっていたのか……」
ルビアを四つん這いにさせ、そこに座ったところで顔を上げると、既に突っ込んで来ていたイノシシのバケモノはジェシカと接触し、良くわからない金属の剣の錆になっていた。
あっという間に消滅していくボスイノシシのボディー、その後に残ったものは宝箱が3、そしてルビアの武器交換なのであろうか、杖のような金属の棒がひとつだけ。
それから水晶玉のようなものも同時に出現して……どうやらここまでの冒険がセーブされたらしいな。
もしこの先で何かあったとしても、やり直しになるのはここからということなのであろう。
で、気になるのは出現した宝箱の方だ、この世界限定のアイテムになってしまうかも知れないし、もし元の世界で使えそうなものであっても、終了時に持ち帰ることが出来るとは限らないのだが、宝箱というだけでワクワクしてしまうものだ。
ちょうど人数分出現しているわけだし、ここは平等に1人につきひとつ開封することとして、もし中身が別の誰かにとって有用そうなものであった場合には交換でもすれば良い。
俺が真ん中、ルビアが右、残った左のひとつをジェシカが開けることとして、タイミングを合わせて一斉にオープンしていく……
「よいしょっ……うむ、さっき出現した水晶玉の小さいのが出てきたぞ、おい缶詰野朗、コレは何なんだ?」
『あぁそれっすか、それはアレっすよ、任意の場所で1回だけセーブ出来る奴、どうしても通過出来ない場所があったりしたら、時短のためにその前で使うべきじゃないっすかね、先輩達が敵に勝てないってことはないと思うんで実際』
「そうなのか、まぁそういうことでそこそこ有用だな……で、ルビアとジェシカは?」
「私のは変な紙切れです、ジェシカちゃんは?」
「私は木の札のようなものが入っていたのだが……何も書いていないし、特に不思議な力も感じないな」
「公衆浴場の靴箱か何かが開きそうだなそれ」
「うむ、もしかしたらルビア殿のは公衆浴場の入場券で……ということもあるまい、何か秘密が隠されているはずだ」
「そうでしょうか、どっちも何も書いていないですし……まぁ、とにかく持っておきましょう」
「だな、最後の最後で使う伝説のアイテムとかである可能性がゼロじゃないわけだし、とにかく先へ急ごう」
ボスを倒したことによって、もはやどうあっても『スタートからやり直し』という状況にはならなくなったため、少し気持ちに余裕が出てきた。
ちなみにこのボス部屋の場所は、スタート地点から最後のラスボスの部屋を結ぶ道程の半分より少し先であるとのことだ。
つまり、もう半分よりも前に戻されることがなくなったと同時に、まだ半分程度であれば、どこかで何かをやらかした際に戻されてしまうという側面もあるのが現状。
それをどちらの向きに捉えるのかは人ぞれぞれになるのだが、俺達勇者パーティーは前向きに、半分以上も進んでいる、という感じに考えるのが通常だ。
ということでやる気を出し、そのままさらにダンジョンの下層へと突き進むと……ルビアが何かを発見したらしく、その場で立ち止まったかと思いきやどこかわけのわからない、洞窟の窪みのような場所目掛けて駆けて行ったではないか。
またどうせろくでもないことになるのはわかりきっているため、その場で止めようとも思ったが、凄く楽しそうな顔をしているルビアにストップを掛けることは出来なかった。
仕方なく様子を見守りつつ、それに気づかずにどんどんと進んで行ってしまっているジェシカに声を掛けようとしたところ……そのジェシカがちょうど落とし穴に落下していくところを目撃する。
同時に俺の身長もあっという間に低くなり、というわけではなくもちろん落とし穴に落下してしまったのであるが……これは一体どういうことだ?
ドスンッとボス部屋を抜けてすぐの場所に落とされた俺の上に、ドスドスッと2人が落下してきたのを受け止めつつ考える。
まさか『敵に先制攻撃しなければセーフ』ということではなかったのか? いやそれもあってまた他の要素もあるのかも知れないし、実際には全く異なる、別の要因があるのかも知れない……




