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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十九章 島国
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1098 潜在能力ウェイクアップカレー

「そうっ、どこかの神から与えられしこの簾、この簾によって、この顔面でもどうにか、目立たない場所ではあるが店を持つことが出来たのだっ!」


「目立たないどころかガン隠しだったじゃねぇか、てっきり一見さんお断り系のアレかと思うぐらいだぜ、この徹底した隠しっぷりはよ」


「それはさすがにアレだかんなっ、おおっぴらにやるとほら、軍の討伐隊とかに攻められたりして大変だから、所詮は簾1枚隔てただけで、顔を見られたらお終いだって」


「まぁ、そういうことなんだな、それで、もしかしてさっきの料理……俺のは料理じゃなかったがアレで俺達の力はアップしたのか?」


「いやまだまだ、さっきのは普通の料理だよ、神曰く、勇者にはその姿を、その気持ち悪い顔面を晒し、それで納得してくれるようならそれが真の勇者だ、強化せよ……みたいな? とにかくそんな感じで承ってんだよ」


「てことはもし、さっき顔を見た瞬間に攻撃していたら……」


「残念ながら強化はナシ、そしてこの店もこの命もナシってとこだな」



 危うく誰も得しない結末を迎えるところであったのだが、それが回避されることは確定しているため、もうそれで良かったということにしておこう。


 しかしこの不思議な飲食店、一体何を提供してくれるというのか、もちろん先程の通常料理ではなく、強化メニューとしてだ。


 そしてこの話に納得がいかない様子なのが、一緒に3倍体を捜索するために来ていて、提供された料理を当たり前のように平らげた女神である。


 この世界を統治しているのは自分であるはずなのに、まさか他の神によって、この気持ち悪いおっさん大将が活躍の場を、勇者パーティーをサポートする役目を与えられているのだから仕方ない。


 先程からどうにか話に割り込みたいと思い、幾度かトライしては失敗して、その度にしばらく黙りこくっている女神。


 大将の話はいちいち長く、一度始まるとなかなか途切れないのが特徴、そしてまた自分の過去語りが始まって……これはこちらから積極的にいかないと、いつまで経っても話しが前へ進まないパターンだ。


 女神もそろそろかわいそうになってきたことだし、一度話を整理したいということもあるし、大将にはこの辺りで黙って頂くこととしよう……



「……と、いうわけでこの店は地下にオープンしたってもんよ、それが功を奏してあの大騒ぎ? 何だろう、こんな人通りの少ない南門付近でも大規模な揺れが観測されるぐらいの事件か、アレでも余裕で耐え抜いて……ん? どうしたってんだ異世界勇者の兄ちゃん」


「あぁ、ちょっとこちらの女性……一応この世界の女神なんだが、それが話をしたいって雰囲気を出しているから、相手してやってくれ」


「はいよっ、女神ってことは神々しいのか……まずは光りもんいっとく?」


「いえお寿司はもう……その顔面を拝見して以降、素手で触ったものを口に入れる気はしませんので」


「じゃあ何? 本格魔法炒めチャーハンいっとく? 高火力でやってるから変な菌とかは死んでるぜっ」


「それも必要ありません、私が聞きたいのはですね、その不思議な簾と、それからその勇者をサポートする任務、一体どこの神から賜ったものなのかということです」


「あぁ、それは話すと長くなるんだがな……」



 女神のせいでまた長い話が始まった、大将がまだこの店を開く前、キモ顔でも飲食の場で活躍することが可能な場所を求めて放浪していた頃の話である。


 あるとき大将はある町で憲兵に囲まれ、バールのようなもので滅多打ちにされたうえで詰所まで引き摺られていったのだという。


 ちなみにこの程度は仕方がないこと、なぜならばこの世の全てを敵に回す顔面で、剥き出しの包丁を数十本、背中のベルトのようなものにセットしてウロウロしていたというのだから。


 で、詰所にて事情を説明し、この顔面にして実は料理人であるということが伝わり、誤解は解けたわけだが……



「そこからよ、料理人ならもっと清潔にしないとダメじゃねぇかよ、特にその顔! とか言い出してよどっかの憲兵が、いきなり棚にあったのも机の上にあったのも、とにかく強い酒をブッカケしてきやがったんだ」


「いや勤務中に酒飲んでんじゃねぇよそこの憲兵」


「まぁ、今思えば確かにそうだな……それでよっ、その酒で顔を洗えばどうのこうのって言って、どんどんどんどんブッカケしてきやがって……」


「それでどうしたんですの?」


「死んだよそいつ等、神罰だか何だかで、その場であらゆる生活習慣病を、いきなり末期状態で発症して、苦しみ抜いて死んだんだよ、神の力で」


「まさかその神は……お酒の神様の誰かでしょうか?」


「おいちょっと待て女神、酒の神様の……誰かって何だよ?」


「それは後々わかることです、今はただ、彼らのうちの誰かがこの世界に力を与える決断をしたと、そう判断して良いでしょう」


「……えっと、とにかくそんなところだ、普通に酒を無駄にしやがったことにキレてそうしたんだと思うけど与、そこで何かに気が付いた感じで話し掛けてきて……で、最終的にここで勇者パーティーをパワーアップするための秘術を施すときを待っていたってわけさ」



 長々と話は続いていたのだが、最後は『紆余曲折あった』ということでかなり端折ったようである。

 俺達にはイマイチ掴めない、内容が見えてこない話であったが、神界について良く知っている女神は納得している様子。


 とにかく酒の神がこの世界において酒が無駄にされていることを、洗ってもこれ以上綺麗にならないモノを酒で洗っている現場を目撃し、干渉したというのが始まりらしいということだけはわかった。


 そこで酒の神は何に気が付いたというのか、それについては女神もわかっているのかどうかといったところだが、『勇者パーティーを強化せよ』という命令を出すぐらいだから、何かこの世界に危機が迫っていて、それを感じ取ったためではないかと考える。


 まぁ、差し迫った危機などこの世界にとってはもはや日常であって、もう常に消滅の危機に瀕しているとしか表現のしようがないものだ。


 それをこのままにしておいたらヤバいと、この世界を統治している頭の悪い馬鹿女では、いずれは世界丸ごと、どこかのタイミングで消滅してしまうと、酒の神はそう感じたのであろう。


 そしてそれが現実のものとなった場合には、どのような結果が招かれるのか……そう、キモ顔を洗って無駄にするよりも遥かに多い量の酒が無駄に消滅してしまうのだ。


 この結末を回避するため、その酒の神とやらは手を打ち、この料理人に任務を与え、そして現在に至るということであれば納得がいく。


 今頃酒の神はここの様子を見ているのであろうか……いや、女神の奴が安心して、特に怒られることを予想してビビッているような感じではないため、現状は見られていないという自身があるに違いない。


 まぁ、酒の神ともなればこの世界だけでなく、数多の異世界において信仰の対象となり、それらを渡り歩いて酒につき祝福したり、酒を無駄にする奴を処分したりと忙しいのであろう。


 そんな神がこの世界をまじまじと見つめ、女神が馬鹿なことばかりしているのを咎める確率というのは、かなり低いと言わざるを得ないのだが……その強いであろう酒の神が少しでもこの世界を覗いて、必要な手助けをしてくれたらどれだけ助かるか、計り知れないことだ……



「それで、その酒の神がどうのこうのの話はもう良いわよね? そろそろ本題に入ってくれないと、私達はこんな流行らない店のキモ顔大将と違って忙しいの」


「はいよっ、じゃあそろそろ準備の方を始めていくこととするか、マニュアル通りにやらないと失敗しそうだからな、もうしばらく待ってくれ」


「……そういえば、またこの人が作った何かを食べるんですよね……簾、下ろしてくれませんか?」


「おうっ、こりゃ失礼した、こんな顔面を眺めながらじゃ美味いもんも美味くないってな、じゃあまた後程に」



 そう言って簾を下ろしたキモ顔大将、吐き気を催すその顔面からようやく解放された俺達は、ホッと一息つきつつそのパワーアップのための料理が提供されるのを待った。


 その間、どんなものが提供されるのかということを皆で予想し合ったのだが……奥から漂ってくるのはいくつものスパイスが重ね合わさったような香り。


 カレンやマーサがここを発見する前に嗅いでいた良い匂いはどうやらこれであったようだ。

 そしてこの香りからして、間違いなく寿司の類ではないということがわかる。


 そもそもこの冷蔵庫さえ魔法以外では作り出せないこの世界において、どうやって寿司ネタをキープしているのかはわからないが、その謎よりも、あのキモ顔のおっさんが素手で触れたナマモノという時点で、さすがに寿司はアレであった。


 まぁ、スパイスの香りからして色々と予想は出来るのだが、とにかく今はこのまま待機しておくこととしよう……



 ※※※



『へいお待ちっ! これが当店特製、潜在能力ウェイクアップカレーだっ!』


「やっぱりカレーなんですね、というかどうしてカレーで潜在能力を上げるんですか? カレーじゃないとダメなんですか?」


『日替わりなんだよこれが、もし昨日ここを訪れていたら潜在能力ウェイクアップアジフライ定食、一昨日なら潜在能力ウェイクアップきんぴらごぼう、みたいな感じだなっ』


「きんぴらごぼう単体のときに来なくて良かったわね……」


「まぁな、とにかく毒は入ってなさそうだし、ちょっと食べてみようか……こっ、これはっ!」


「どうしたのよ一体……あら美味しいっ、しかもこの力が漲る感じはっ!」



 潜在能力ウェイクアップカレー、そんな名称からして何か特殊なことが起こりそうな予感なのだが、そもそも全員分、個性に合わせて提供されているのがもう不思議である。


 マーサの前に置かれた皿には完全に野菜とスパイスのみから作り出されたスープカレーのようなものが置かれているし、その他、全員が全員、違う種類のカレーを用意されているのだ。


 これは俺達がここへ来ることを知っていないと出来ない芸当であり、どうしてこんなにも準備が良いのかと問えば、そのことを知る突破口にもなるのであろうが……とにかく今はそれどころではない。


 カレーを口に運ぶごとに、その辛さと同時にこみ上げるアツい力の波を感じることが出来るのだ。

 それはカレーのホットさで体の中から温まるような、しかし単に温度ではなく強さ的にホットになるような、極めて不思議な感覚である。



『どうだい? これは各々に隠されている本当の力を引き出すための術式が施されたカレーなんだってよ、パワーが漲ってくるだろう?』


「あぁ、しかしどうやってこんなもん創り出したんだ? あのスパイスの香りからして普通にカレーを作っていたようにしか思えないのに」


『ん? あぁ、アレなら明日の仕込だってばよ、そのカレーはレトルトだかんな、鍋で湯煎しただけだ』


「……レトルトなのかよっ!? でも手順がどうのこうのってのは?」


『そりゃガチの料理人だかんな、レトルトのもんなんて触ったこともないわけで、その開け方とか湯煎の仕方とかわからなくてな、確認しながらやってたんだ』


「それで全員別々のが提供されたわけね……というか、そんなんだったら箱ごと寄越しなさいよっ、このカレー、まだ沢山あるんでしょ?」


『カレーはもう終わりさ、あとはアジフライときんぴらごぼうと……ひじきもあるな、それから冷奴にゼリーに腐ったミカン』


「そういえば日替わりだったわね……てか腐ったミカンって何なのよ? カレーは大当たりの中の大当たりだったみたいね」


『おう、食事として完成しているのはカレーだけだかんな、でもよ、毎日神様が送ってきてくれるんだぜ定期便で、余ったらそっちで処理して良いって話だったか、どんどん溜まっていく一方だが……それも今日で終わりだ、何だか知らんがレトルトのパウチごと消滅し始めていやがる』


「……つまり、私達が強化されるという目的が達成されたから、もう用がなくなった日替わりのレトルトが……みたいなことかしらね」


『そうだと思うぞ、っと、その神様からの伝言が代わりに出現するように設定されていたらしい、これを持って行きな』



 カレーも食べ終え、余っていたというレトルト食材達も消滅したのだという簾の向こう側。

 その下からスッと出てきたのは、ピンクのカードに可愛らしい文字で書かれた伝言のようなものであった。


 どうやらこの世界の文字で書かれているらしく、俺にも読むことが出来る感じのもの。

 早速折り畳まれたそのカードを開いて中を確認すると……応援メッセージのようなものであるらしい。


 文面としてはごくありきたりなのだが、どうしてこのようなピンクの可愛らしいカードで、偉いおっさんのような書き方をしているのかはわからないが、おそらくこのカードを書いた主は女性ではないな。


 カマ野郎か、それとも面白いと思ってこのようなことをやっているつまらない神なのか、どちらにしてもこの件については今後、もしその神と顔を突き合わせることとなっても黙っておこう。


 で、内容としては……とにかくひとつ、『ここで得た力をもって邪悪なる神を討て』とのことである。

 どういうわけかは知らないが、この神界の神、酒の神のひとつである何者かは、かなり前から俺達が魔界の神と諍いを起こすことを知っていたようだ。


 それはこのカードの主である神特有の能力によって知ることとなったのか、それとも神々であれば容易にわかってしまうことであって、単にこの世界の女神のレベルが低すぎて知らなかっただけなのか。


 後者であると断言してしまいたいところではあるが、おそらくこの件に関しては前者、女神が悪いのではなくこの酒の神が凄すぎるだけなのであろう……



「ふ~ん、何だか知らないけど、せっかくパワーアップ、というか潜在能力ウェイクアップ? したんだから、サッサとどこかで試してみたいわよね」


「だな、このカードも特にこれ以上のことは……裏面は何なんだろうか? えっと……なんとっ、邪悪なる神を屠り尽くした日から3ヶ月有効の『どの異世界でも使える共通ビール券』じゃねぇかっ!」


「これは頑張らないとなりませんね、ビール券は偉大ですから」


「あの、モチベーションが上がっているところ申し訳ありませんが……」


「何なのかしらこの女神は? この盛り上がりに水を差すってなら私の水を鼻から突っ込むわよ」


「ひぃぃぃっ、それは恐ろしい……っと、そのような脅しに屈している暇ではありませんでした、勇者よ、そしてその仲間達よ、今の力をいきなり試すのはやめなさい」


「どうしてだよ? 確かに潜在能力ウェイクアップカレーの効果で、俺達の潜在能力が引き出されて戦闘力がそれぞれ1.5倍から2倍程度に向上したがな、気を付けていれば大丈夫だろうそのぐらい?」


「えぇ、その能力解放だけならそうなんですが、実は私も食べてしまったんですね、その潜在能力ウェイクアップカレーを……そう、勇者に力を与え、その成長度合いや強さなどを引き上げている私の潜在能力も……」


「……それはどうなったということかしら?」


「今の勇者パーティー、そのそれぞれのメンバーがですね……おそらく今捜している3倍体とやらと同等かそれ以上の強さで、その力の発出を抑え切れるとはとても思えません」


「えっと、それはどうなるんですか女神様?」


「たぶんですが、普通に生活していてドアノブなんかが消滅、どころかドアが粉砕するでしょうし、悪手をした相手は捻じ切れ、視線を送った相手が弾け飛び……など、到底生きて行くことが出来ないような状態です」


『・・・・・・・・・・』



 仲間だけでこの場所に居る分にはわからないのだが、とにかく王都に戻ることも、それから外に出て一般の人族とコンタクトを取ることさえ危険な状態だという俺達。


 もうエネルギーの塊が生きて動いているような状態で、触れるもの全てを破壊し、消し去ってしまうような危険物が、こうして形を保っている俺達の新の姿なのだと主張する女神。


 とにかくこの力が馴染んでくるまで、抑え切れないパワーを抑え切れるまで修練を積むまでは、絶対に王都へ戻らない方が良いとのことだが……それまでどうやって生きていけば良いというのだ。


 やることとしてはひとまず、王都の外での3倍体の捜索というミッションがあるから良いとして、食べるものがないのに他者とのコンタクトを禁じられたらひとたまりもないではないか。


 この状態ではもう、この世界を統治している最も偉いはずの女神を、パシリに使って買出しに行かせる以外のことが……と、少し待てよと、どうしてカウンターの奥、簾の向こうの大将は平気だというのだ?


 奴も元々は普通に人族であって、今の女神の話通りだとすれば、もう俺達の力の発現によって消し飛んだり、粉々に砕け散ったりしているはずである。


 それが今も簾の向こうで元気に動き、明日以降の営業の準備をしているのだが……これはどういうことだと女神に問い掛けてみる……



「う~ん、おそらくはこの者、もはや神の領域に達しているのではないかと……そうでしょうあなた?」


『……バレちゃ仕方ねぇ、こちとらここで商売続けたかったんだが、こうなったら神界に戻るとしようか、与えられた役目も済んだことだし、ここからは神の社で神のための料理人として再スタートだっ、あばよっ』


「あっ、気配が消えて……食材だけが残った感じですね……当分はこれを食べて凌ぎましょう」



 消えてしまったキモ顔大将、奴は本当につい最近、神からの啓示を受けて俺達を待っていたのか、それともずっとずっと昔から、消滅することなくこの場所で待っていたのか。


 どちらであるのかを考えるよりもまず、しばらくはこの地下の店舗を借りて、俺達の新しい力が馴染むよう、そして3倍体の追跡を再開出来るよう努めよう……

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