1096 隠れ強キャラ
「……てことなんだよ、わかったかこの低能女神、お前の力をフルバーストして、その紛れ込んでいるかも知れない魔界の神を捜索するんだよ、良いな?」
「わかったかとか良いなとか、そもそも勇者よ、その魔界の神が紛れ込んでいるという事実は真実として確定しているわけではないのですよね? それを探すとか結構ダルいと思うのですが……」
「馬鹿だな、お前は本当に馬鹿だな、自分達でやるのがダルいからお前にやらせるんだよ、その方が効率的だし早そうだからな」
「なるほど、厄介事の押し付けということですか、それでは神界へ帰らせて頂き……あっ、ちょっと離しなさい勇者よっ、何をするというのですか?」
「いやな、このまま帰られたら困るんだよ、ほら、神界の上層部? とか何とかにさ、お前がこの世界のこの事態を隠そうとしているってことを報告しなくちゃいけなくなる、それはなかなか面倒臭いんだよ、わかる?」
「……わ、わかりました、確かにそれは大変ですからね、良いでしょう、今回の件は私がお引受します……しますが、あなたもちょっと頑張って捜して下さいね、やっている感とかだけでなくて」
「へいへい、買い物とか食べ歩きとかしながらついでに捜したりもするから安心しておけ」
「・・・・・・・・・・」
既に王都内へ侵入しているのではないかとの仮説がある魔界の3倍体、元々が人族というだけあって、もしかすると他の一般人と区別が付かない容姿をしている可能性もある。
一応、あの魔界の神に頼んでその3倍体の肖像画などを用意させるつもりではいるのだが、こちらがホネ野朗の意図に気付いているということが発覚してしまう可能性があるため、それを大々的に公表して捜索するわけにはいかない。
ということでまずは女神、この世界の管理者であって、俺を除いたこの世界の『異物』など、ひと目見ればすぐにそうであると判断することが可能なはずの存在。
かなり馬鹿なので見間違えたりするかも知れないが、それでも敵の見た目が人族でしかないと仮定した場合に、少しだけ有利になるであろうという理由での採用だ。
他にも捜索班を増やしておきたいところなのだが……それよりはむしろ、この屋敷が現時点で3倍体によって監視されているのではないかと、その可能性について検討していくべきであろうな。
もし敵が仕掛けもせずにここを眺めているのであれば、それは即ちこちらの動きについて魔界のホネ野朗に報告するためであるわけだし、日々行っている修練や作戦会議など、色々と見られるわけにはいかないようなものも多い。
また、見られているということは庭にある温泉も監視の対象ということであり、これはもう普通に盗撮されているのと変わらないことだ。
……と、そういうことであれば憲兵にでも頼んだらどうであろうか、屋敷の周りを変質者がウロ付いているかも知れないと、そう通報したら捜索してくれるのではないか。
もちろんその際には何も見つからない可能性があるし、不審者が捕まったとしても、それは単なる不審者であって魔界関係者ではない可能性もある。
しかし物事の実態を隠したまま協力者を増やすということをしたいと考えた場合、現状でそのようなことが可能なのはこの作戦だけだ……
「ということでマリエル、ちょっと憲兵を貸すように王宮に伝えてくれ、その方が話が早いだろうからな」
「えっと、では『変質者がお風呂を覗いている可能性があります、憲兵を使って警備して下さい』的な感じで伝えておけば良いでしょうか?」
「そうだな、そのぐらい自分達でやれとは言わないだろう、こっちはそんなことをしているほど暇じゃないんだからな」
「それと勇者様、犯人は3倍なのよね? だたらちょっとでっかい人間を捜して欲しいって頼んでおいた方が良いんじゃないかしら?」
「そこは何とも言えないな、確かに3倍体には3倍って言葉が入っているが、それってサイズが3倍ということを指しているとは限らないからな、もしかしたらサイズは通常でウエイトだけが3倍なのかもだし、知能が3倍の天才なのかも知れないし、色々だからな」
「なるほど、じゃあ見た目については魔界の神様の報告を待つしかないわけね……って、何か魔法の力で手紙が召喚されたわよ」
「噂をすれば何とやらだな、あの馬鹿、3倍体による監視にビビッて姿を現さないつもりなんだろう、臆病で矮小な奴だぜ全く」
『おいっ、その声も我には届いているということを忘れんじゃねぇぞタコがっ! で、今行った封書を見たか? まだ見ていないだと? どうしてそこまで愚鈍なのだこのカスめが、とっとと開封して中を見るんだ』
「うっせぇなボケが、ブチ殺されたくなかったら黙っとけハゲが、で、ちょっとセラ、開けて中を見てくれ」
「はいはい、よいしょっ……変なイケメンの肖像画が入っているわね……3倍体神像、だって書いてあるけど、ほらこれ」
「……マジかよムカつく野朗だな、しかしサイズ感は普通か……股間がモッコリしているのはかなり盛ったんだろうな、あと肖像画自体が美化されている可能性もある」
『ちなみに言っておくが、魔界の肖像画はかなり忠実に描かれているものが多い、その肖像画も良く見てみろ、ほら、後ろの窓か何かに映り込んだそいつの顔だ』
「移り込んだ顔……あっ、何コレぶっさ! メインの部分の顔と全然違うじゃないの」
「画像加工してんじゃねぇよ、しかも肖像画で、馬鹿だろコイツ」
『まぁそういうことだ、窓に映り込んだのがそいつの真実の姿であって、捜索するのであればそちらを参考にすると良い、では我はこれで』
「あ、おいちょっと待て、コイツのサイズ感はどうなんだ?」
『知らん、それもその肖像画から推測するんだ、マジで我は知らんからな、というか無駄話をしていると悟られる、ではでは』
逃げるようにして通信を切った魔界の神、セラと2人で肖像画を眺めるが、『3倍体の真実の姿』の部分は比較的小さく、サイズ感まで表現することは出来ていない。
まぁ、身長まで画像加工して盛るとは思えないため、イケメン化している『偽りの姿』の方から推測するに、おそらく通常の人族とほぼ変わらない、2m弱の身長を有しているのではないかといったところ。
それはもちろん捜索の困難さ、もし現時点で3倍体が人族の中に紛れ込んでいると仮定した場合の発見難度の高さを上昇させるものである。
手懸かりになるのはこの窓に映ったブサイク顔だけ、こんな奴、人口の多い王都であればいくらでも見つかってしまいそうだが……とはいえまぁ、屋敷の周りに『キモ顔の』変質者が居ないかどうかということだけ憲兵に探らせよう。
もしかしたらそういう系のを発見することが出来るかも知れないし、もし発見した場合、敵の怒りを買った憲兵が惨殺されたとか行方がわからなくなったとか、そのようなことがあればもうその変質者が3倍体である可能性が高まる……
「勇者様、今日の夕方から憲兵が付近の捜索をしてくれるそうなので、こちらは安心してお風呂に入っていてくれて構わないとのことでした」
「そうか、じゃあご彼らの活躍に期待しておくこととしよう、主に3倍体の奴を釣るための餌としてな」
「何か見つけてくれるかしら? あ、でも見つけたら叫んだりしてくれないと、そのままひっそりと殺されたんじゃ何もわからないわ」
「確かにな、もしかしたら目的の変質者じゃなくてもっと別の変質者、というかやべぇヤク中か何かに襲われて死亡、なんてのも憲兵にとっては日常茶飯事だろうし、その殺しが俺達に関連しているのかどうかぐらいわかるようにしておかないと」
「本当に治安が悪いですねこの町は……」
元々やべぇ奴等が流れ着いて犯罪に手を染めていることが多かったこの町田が、物体事変の後はさらにその傾向が顕著になっているような気がしなくもない。
特に、俺達があまりそういう系に対応することが出来ないでいるのを良いことに、そこら中にモヒカンだのスキンヘッドだのを原則とし、ナイフをペロペロしながらラリッた顔でフラフラしている馬鹿が見受けられるようになった。
もちろんその馬鹿共の活動は夜間に集中しているため、3倍体ではなかったとしても、自身の力を誇示するために憲兵を殺害したりすることは十分にあり得る。
まぁ、その場合には憲兵の装備が奪われていたりするからわかりそうなものではあるが、逆に3倍体がそれを利用して、面倒な目撃者を消す際に、それを犯罪者がやったものと誤認させるための工作をしないとは限らない。
それゆえ屋敷の周りを捜索して『普通のキモ顔変質者』を捜してくれる憲兵の皆さんには、発見時に可能な限りこちらに届く声で叫んで頂きたいところ。
そうすればこちらから出向いて、その変質者が俺達の捜している変質者なのかどうか、その場で見極めて行動を取ることが出来る。
だが、その場で変質者が3倍体であると野確認が取れた場合にはどうするべきか、という問題が残っているのをどうにかしなくてはならない。
現時点で俺達が3倍体に勝利することが出来るのかどうか、その点についてもかなり怪しいどころか、低確率であると言わざるを得ない状況。
そして王都内で戦闘になれば、その瞬間に解放された力によって色々とメチャクチャになってしまうという事実。
この辺りを考慮した行動を取らないと、結果は破滅的なものになってしまうことからも、もし事が起こった場合にどう動くか、全員で示し合わせておく必要がありそうだ……
※※※
「……と、いう感じでやり過ごそう、とにかく顔の確認と、可能な限りどんな奴なのかを見極めるだけだ」
「じゃあご主人様、もしその敵が3倍体だってわかっても、そうだって言わない方が良いんですか?」
「言わない方が良いとかじゃなくて言ったら終わりだ、そのまま戦闘画面に移行してしまう」
「戦闘画面って……まぁ、とにかくこっちは『変質者見つかって良かったね』ぐらいの反応をしておけば良いってことね」
「そういうことだ、全員気を付けて、絶対に向こうが色々と察してしまわないようにしてくれ、特に顔の確認に向かった際はな」
『うぇ~いっ』
夕方、まだ明るいうちにということで風呂に浸かりながら、もし不審な人物の情報が得られた場合の話を全員にしておく。
この時点で数人の憲兵がやって来ていて、俺達の屋敷の周りを巡回して何かおかしな奴が居ないかなどの確認をしているらしく、時折気配を感じることもある。
だが俺達が風呂でゆっくりしていても、そして上がった後に食事を始めても、憲兵から不審者発見の報告がくることはなかった。
やはり3倍体とやらが屋敷の周辺で俺達のことを見張っているという仮説は棄却すべきか、上手く隠れているのかも知れないが、それにしても全力で捜している憲兵達でさえ姿さえ見ていないのであれば、居ないと考える方が良いかも知れない。
まぁ、見られている、見られているかも知れないと思いながら、警戒したまま生活して徐々に疲弊していくよりも、少し気軽に構えていた方が精神衛生上良いということもある。
それに俺達と頻繁に交信してしまっているあの魔界の神が、この件に関して追及を受けたりしていないことからも、やはり見られているというのは少し考え過ぎだ。
などと思い、食後に片付けなどをしていると、憲兵の1人が外からこちらへ声を掛けてくる。
憲兵はおっさんだが、ひとまず中へ入ってくれと許可を出して、外付け階段の下から話をさせよう……
「勇者殿、一応の報告なのですが、現在のところ怪しい奴を捕まえたとか、気持ち悪い顔面の奴がニヤニヤしながら風呂を覗いていたとか、そういうことはありませんでした」
「だろうな、こっちでも何の気配も感じないし、やはり思い過ごしだったのかも知れない」
「いえ、しかし我々がここへ来たばかりの時間帯なのですが、どうにも怪しい動きをしているキモいのが1匹、捜索隊のうち3人によって目撃されております」
「ほう、で、そのどうにも怪しいキモいのはどこへ?」
「それがですね、目が合った瞬間にドロンと消えてしまったそうで、どうせ幽霊か何かであろうとその時点では気にしなかったのですが……えぇ、後々考えるとそれが忍者系の変質者であったのでは? という感じになってきておりまして……」
「なるほど、オーラがなかったら俺達でもスルーしてしまうな」
「そもそも雑魚の下忍だったとしても基本はスルーよね、手が届きそうなら殺すけど、見失ったら見失ったで仕方ないと思うもの」
「となると……もしかして主殿、敵はそういう目立たない感じを出しつつ、私達のことを監視していて……こちらはそれに全く気付いていないということは考えられないか?」
「考えられるが考えたくはないな、普通に最悪だぞ、例えばそこを歩いている酔っ払いが監視員だったり、屋根の上に居る猫が実は、みたいな疑心暗鬼に陥ってしまうからな、近付く奴を全部排除しなくちゃならなくなるぞマジで」
「確かに、何もかも疑わしく思えてくるわよね……」
結局、憲兵による見張りは1週間程度続けて貰うこととして、ワンチャンでの発見に望みを懸ける。
それで見つかればまだ良いのだが、やはりこちらで動いてその3倍体とやらを探すしかないのであろうか。
そうなるともう、発見次第戦闘に移行、などということになる可能性は高まってくるのだが、このまま『見られているかも知れない』と警戒し続けて過ごすか、自分達を上回る強敵との戦いを覚悟して積極的に動くか、そのふたつにひとつだ。
どちらが良いなどとは一概には言えないし、どちらの選択肢をチョイスしたとしても、結果が最悪のものとなる可能性が排除されるわけではない。
ここは皆に意見を聞いて、既に王都内での捜索を開始している女神にも話をしてみて、それから考えるべきところだな。
ひとまずは今日の捜索を終えた女神が帰還するのを待って……と、ちょうど戻って来たようだ。
クタクタに疲れている感はあるが、結果を出していないのでその様子を見てねぎらいの言葉を掛けたりはしない……
「ふぅっ、今日はこの町をひと回りして隅々まで捜索しました、結果としてそのような者は見つからないですし、魔界のオーラを放っているような場所も見つかりませんでしたよ」
「そうか、ちなみに俺達もその捜索をするべきかどうか、この辺りで今悩んでいるんだがな……まぁ、かくかくしかじかで色々とアレな感じになってきていてな」
「なるほどそういうことでしたか、であれば一緒に動いて、協力してその魔界の者を捜しましょう」
「うむ、手分けをするのかそれとも全員でまとまって動くのか、どっちが良いかはちょっと微妙なところだがな」
「勇者様、ここはまとまって動く方が良いと思いますよ、敵が敵ですからね今回は」
「そうだな、まとまって動くことで万が一に備えよう、それで女神、捜索の方法はどうやるんだ?」
「えっとですね、まず普通に顔を見て当たるという方法は無理でした、人族などゴミよりも多く居ますし、その中に紛れているのであろう魔界の者は力を隠していて、そこらのゴミ人族と区別が付きませんので」
「じゃあどうやって?」
「魔界の邪悪な力を感じるような場所があるかどうか、それを探るのですよ」
「魔界の邪悪な力って、そんなものダダ漏れにして歩いていたら、それこそ雰囲気で気付くだろうに」
「そうではありません、人族の中からそういった者を捜すのではなく、場所を探すのです。その魔界の者が既にこの世界へやって来ているのだとしたら、きっと通ったであろう、そしてその際に漏れ出したであろう魔界の邪悪な力を……わかりますか?」
「なんとなくわかるような気がしなくもないが……まぁ、実際にやってみないとわからないだろうな」
3倍体そのものではなく、奴がこの世界にやって来る際に使用したのであろうゲートがどこにあるのかを捜索するという女神のやり方。
確かにもう生活の本拠を有していないであろうこの世界に、俺達をどうこうしてしまうために長期滞在しているとしたら、いくら神であってもその生活を維持するための拠点を設けているはずだ。
そしてその拠点は非常に重要なものであるから、この世界にやって来て真っ先に作成したに違いないという予想から、女神はそのゲート経由での捜索を発案したのだという。
馬鹿にしてはなかなか上出来ではないかと褒めてやりたいところでもあるが、そうすると確実に調子付き、ろくでもないことをするのでやめておくべきだ。
そもそも今日1日このやり方を試していたというのに、全く何の結果も得られていない時点で効果のほどはお察し……というわけでもないか。
女神は今日、王都の中を重点的に探していた、というか他の場所には行っていないし確認のための行動も取っていない。
もちろん俺達も、3倍体とやらが前回の毛むくじゃらハゲのように仰々しい登場をするのではと、王都のど真ん中に直接降り立つのではと、そうよそうしていた。
しかしそうではない可能性もまだ十分にあるわけだし、もし仮説通り、奴がコッソリとやって来て俺達を監視しているのだとしたらどうであろうか。
きっとそういう感じであるに違いない、奴は王都の外に顕現して、王都の外に拠点を作って、そして出入りの激しい人族に紛れ込んでこちらを監視しているのだ。
「よしっ、じゃあひとまず明日からそのアジト的なのの捜索を開始するってことで、今日はもう寝よう」
『うぇ~いっ』
敵である魔界の神、3倍体のアジトを見つけ、そして本体を見つけ、さらにこちらが発見したことに気付かせない、そこまですることが出来れば完璧だ。
奴はこちらを監視して、強さを得た秘密などを調査して、そして魔界に報告しているに違いない。
だがそれと同時にこちらも、魔界の上層部とコンタクトを取る奴を監視してやるのだ……




