1093 鏡は真実を
「はぁぁぁぁっ! うぉぉぉっ! ぬぉぉぉっ! ぐぐぐっ……これが……これが我の実力を解放した姿である、さぁ、貴様等も力を見せよ」
「見せよって、そんなパンツ見せろぐらいの軽いノリでそんなこと言われてもな、さすがの勇者様も困ってしまうぞ、なぁマリエル、とりあえずパンツ見せろ」
「いえその、軽いノリでパンツ見せろとか言う勇者様もたいがいだとは思いますが……」
「しかし主殿、このままでは単に圧倒されて敗北するのみです、魔界へ戻ったあの頭頂部を除いて毛の多い髪はきっと、この世界の勇者パーティーなどゴミムシ以下の雑魚であったため蹴散らしておいた、そう報告することだろう」
「むしろその方がこちらにとって都合良くね? あ、でもそしたら魔界の連中が調子に乗ってやりたい放題を始めて……と、こんなことを喋っていてあの毛野朗に聞かれたら困るからな、仕方ない、ここは全員で本気を出すべきところか……」
力を解放し、周囲の空間がおかしなことになってしまっている毛むくじゃらハゲの神。
やはり俺達と同程度か、いやタイマンであれば誰も勝つことは出来ないであろうといった感じの力。
こんな奴が初手で、軽い調査のノリで送られて来るということは、やはり魔界の人材ならぬ神材はかなり豊富であるということか。
これ以降、俺達が力を見せるほどに、その状況を危惧したホネ野郎が徐々に強い敵を、そして最後は自ら姿を現し、俺達をどうこうしてしまおうと行動することであろう。
そのときまでどうにか時間を稼ぎ、今目の前に居るハゲなどその辺のハゲオヤジと変わらないと思えるほどの実力を身に着けなくてはならない。
よって、こんなところでこんな奴に苦戦している暇ではなく、このぐらいの敵、軽く捻り潰してやるぐらいの感覚でいくべきなのだ。
立ち向かう姿勢を見せた俺達に対し、全力でこいなどと挑発めいた言葉を発するハゲ。
シリアスな顔をしているが、見た目が滑稽すぎるのであまりカッコイイ感じにはなっていない。
そんなハゲを滅するべく、こちらも力を高めて……かなりヤバい感じだな、カレン1人だけでも相当なものであったし、マリエルがやらかした際にはとんでもないことになっていたのを確認しているのだが、いざ自分でやってみるとまた感覚が違う。
自分の周囲の空気は圧縮されたり何だりと、およそ通常では考えられない変化を遂げ、徐々に捩れていく。
もちろんのこと、周囲の小石などが空中に浮かび上がって、それがパンパンと弾けるなどのお決まり演出付きだ。
さらに大型の岩までもが空中に……といったところで限界のようだ、俺についてはここまでらしい。
だが精霊様やリリィなど、ベースがアレな存在についてはまだまだ力は伸びる様子。
とはいえこれ以上いくとどうなってしまうかわからないという面もあるため、今は一旦この程度で止めておいて貰おう。
それに、この世界のこの場所がどうなってしまうのかということだけでなく、魔界から見てどう見えるのかという点にも気を配らなくてはならない。
おそらく、この毛むくじゃらハゲが敗北し、帰還しなかった場合に備えたバックアップのような記録も採取しているはずだし、それをホネ野朗に見られてしまう可能性があるのだ。
そうなれば次にやって来るのはこの毛むくじゃらハゲどころではない強者であって、今すぐにそれと戦って勝利を収めることが出来るのかというと、さすがに微妙であると答えざるを得ない。
つまりもう少し時間を空けて、弱い奴から順次送り込んでくれた方がこちらとして助かる、いや、助かる道はそれしかないということだ。
などと、作戦ではないが今後のビジョンについて考えつつ戦闘の準備を終えた俺達は、その間待っていてくれた毛むくじゃらハゲに感謝する気など毛頭なく、そのまま実戦に移行したのであった……
「ウォォォッ! 死ねやこのハゲェェェッ!」
「……我はハゲではないと、何度言ったらわかるのであろうか? この世界に巣食う者共はどこまで理解力がない……むっ、強力な魔法攻撃……だが我には効かんっ、フンッ!」
「キャッ、ハゲの頭頂部で火魔法を反射されましたのっ!」
「やっぱハゲ認識してんだろお前、有効活用してんじゃねぇよ全く」
「黙れ、我は毛の、毛根の神なのだ、断じてハゲなどではない、見よこの毛量をっ! ハァァァッ!」
「クッ、全身の毛が針のように尖って……マーサちゃん、直接攻撃はキツいわよっ」
「おっとっと、危ないわね、あんなの刺さったら怪我しちゃうわ」
「てかマーサだけじゃねぇっ、全員ちょっと下がって……飛ばしてきたぞっ!」
毛むくじゃらハゲが気合を入れる、同時に逆立つ全身の、もちろんハゲである頭頂部を除く毛。
まるでハリネズミのようなヤマアラシのような、ハリセンボンのような単なる針山のような、なんとも形容し難い状態である……サボテンか。
その逆立ち、尖った毛に触れることは即ち、その触れた部分におっさん由来の汚い物質が注入されてしまうということであり、毒などの状態異常を喰らうことはまず間違いないであろう。
それゆえ距離を取って、その状態が収まるまで待とうと考えたのだが、どうもそれでは不足らしい。
光の速さで飛ばしてきたその毛を、全速力で横移動して回避しなくてはならない状況となったのだ。
もちろん上へ逃げることも出来るが、かなりの範囲がその飛ばされた毛の『弾幕』に覆われていて、唯一逃げ場となるのは真上、まるで台風の目かのようなハゲの部分だけである。
そしてその部分は現時点において唯一の退避場所であると同時に、唯一攻撃が通りそうな場所に見えなくもない。
俺がそう感じたところで、先程の状態変化で攻撃を不発に終わらせてしまったマーサが飛ぶ……
「私に任せてっ! 喰らえ、脳天キィィィック!」
「甘いぞ上級魔族よ、目の付け所は良いがイマイチ甘い」
「でも直撃よっ、それっ……ってめっちゃ滑るっ! ツルっていっちゃった!」
「我が頭髪にはやたらと滑る効果があるのだ、頭髪に手を触れるだけでわかるそのつややかさ、まるで何もないかのような滑らかな髪なのだ我の頭は」
「髪の毛なんてない癖にっ、ってわぁぁぁっ! 他の部分の毛が飛んでくるっ! イヤァァァッ!」
「落ち着いて下さいマーサちゃん、離れれば回避し易くなりますよっ」
「あそっか、ハゲの人、じゃなくて神様、バイバイッ!」
「だから我はハゲではないと、どうしてそんな簡単なこともわからないのだ貴様等は」
「クソッ、頑なにハゲであることを認めないか、これじゃあ馬鹿にしても意味がないし、直接的な攻撃も出来ないし……どうしようかマジで」
「勇者様、もしあの神にですよ、自分がハゲであることを認識させる、そんなことが出来たら……状況が好転するとは思いませんか?」
「なるほど、となるとまずは自分の姿を見せて……この状況にも耐えられるような鏡が必要だな、どうにかして創り出さないとだ」
弱点と思われた頭頂部も、魔法は愚か物理攻撃までツルッと無効化してしまうものであるということがわかった毛むくじゃらハゲ。
それをハゲだと指摘しても、全く真実だと認めない態度のまま毛を飛ばす攻撃を続けてくる。
もちろん奴の毛根は強固なものであり、1本の毛を飛ばしてもすぐにそこから新しい毛が生えている様子。
つまりこの毛飛ばし攻撃は無限であるということだ、どうせどこからともなく負のエネルギーを集めて自分の毛にしているのであろうが、その原泉はきっとこの世界中に居るハゲの怨念。
つまりこの世界からハゲを撲滅しない限りは、決してこの攻撃が止まらないということである。
ハゲの怨念を止める、つまりハゲをハッピーにさせるという方法もあるが、そこまで精巧なズラを、全てのハゲに配布するのは難しい。
当然のことながら『全ハゲ撲滅』などは不可能であるため、敵の攻撃を止めてこちらのターンに、ということだけはもう諦めた方が良いであろう。
というような状況なので、ここは敵の攻撃ではなく、何らかの方法で敵自体を活動停止状態に追い込んでやる必要がある。
そしてそのための方法として浮上しているのが、先程マリエルによって提案された『ハゲ自認法』、もはやこれしかない。
しかし鏡を見せれば簡単なことかと思えば、どう考えてもそのぐらい毎日見ていて、そのうえで自分がハゲでないと錯覚しているような気もする。
だとしたらそこまで単純な方法でどうにかなるとは思えないのだが……そうか、ここはこの毛むくじゃらハゲの日頃の動きを把握しているはずの者に聞いてみることとしよう……
「ちょっと後ろへ回るっ、カレン、援護してくれっ」
「わうっ、ちょいちょいちょいっと、こんな感じで攻撃を弾きながら付いて行きますね」
「あぁ、絶対に素手で触れてしまわないようにな……っと、俺も危ないな……」
弾幕の中を上手く移動して、全方位に向かって毛を飛ばし続ける毛むくじゃらハゲの後ろを目指す。
その毛飛ばし攻撃の範囲からギリギリで外れた所には、命令通り正座して待機している堕天使さんの姿。
流れ弾の危険がないとは言えないのに、命令された以上はその場から動くことが出来ない。
そうは思うのだが、時折やってくる至近弾に驚きつつ、絶対に動かないというのは至難の業であろう。
そんな難易度の高い命令を、特に自分のためにもならないというのに、しかもあんな気持ちの悪い奴からの命令だというのに忠実に守る堕天使さんは、きっとどれだけ拷問を加えても情報を吐くことがないはずだ。
だがごく一般的な、それによって何か自分の主が不利となることがないように思えることであれば、どうにか答えを頂けるかも知れないと期待しておこう……
「……っと、ここからは攻撃の範囲外だな、まぁ、向こうで戦っている皆がもっと下がったりしたらここも危なくなるんだろうが」
「それでご主人様、どうしてこっちへ来たんですか?」
「あぁ、ちょっとそこの堕天使さんに用があってな、お~いっ」
「なっ、何でしょうか? ひとつだけ忠告しておきますが、私を人質にしたとしてもあの方は止まらないと思いますよ、むしろ盾ぐらいにしか思っていないかと……」
「そうじゃなくてだな、ちょっと、というかひとつだけ聞きたいことがあるんだけど、良いか?」
「さすがにお答え致しかねます、敵ですから」
「まぁ、そんな敵味方あ話じゃないんだよ、あのさ、あの毛むくじゃら、頭だけハゲだけどそれを自認していないわけじゃん」
「そ、そうですが……それが何か?」
「いやさ、いつも鏡を見るときとかどうなってんのかなって思ってさ、この世界じゃ鏡なんてそこそこ高級品だが、魔界の、しかも神が居る場所ならそんなものいくらでもあるだろうに……で、見たら確実に気付くよな、自分がハゲだってことに」
「それは……こんなことを言ってしまって良いのかはわかりませんが、あの方の行く先々、私や他の堕天使、その他魔界スタッフが先回りして、その……頭の部分が映ってしまうような鏡は排除して回っています、かれこれ5万年……」
「そうか……ちなみにもうひとつ聞きたいことが出来た、堕天使さんさ、あの神が今日今からこの場で滅んだとしよう、それでどうなるんだ?」
「……その場合は普通に逃げ帰るよう、あの方には教えられていない別の命令が出ています、ナイショですよ、でもちょっとそれは無理だと考えますので、投降してしまおうかと……殺したりはしませんよね私のこと?」
「大丈夫だ、それだけは約束してやろう……さて、ここまでわかれば十分だ、カレン、戻るぞ」
「わかりました~っ」
堕天使のお姉さんは素直に質問に答えてくれた、これが戦況に影響するとは思わなかったのであろうが、それはさすがに甘いと言わざるを得ない。
元の位置に戻り、再び攻撃に身を晒した俺とカレンは、その飛来する毛を回避しつつ後ろの精霊様とコンタクトを取る。
巨大な鏡を出すのに水の壁は必須なのだ、それさえ上手くいけば、あとはどうにかして敵の姿をそれに映してしまうだけだ。
鏡は真実を映す、たとえそれに薄汚い毛が突き刺さろうとも、ぶつかり合う力の波によって歪んだ世界を反射して、その中に創り出すこととなる……
「ということだ精霊様、どうにかならないか?」
「難しいことを言うわね、この毛の攻撃を水の壁だけで受けていたら、たちまちなかが毛だらけになって何も映らなくなるわよ」
「そうか、この攻撃が邪魔なのか……かといって止めることは出来ないしな、あれ? もうこの作戦詰んでんじゃね? てか何かしてもあの堕天使さんを盾にしてガードするみたいだし、見えなくなるんじゃないのか鏡も?」
「……盾……いえまだよっ、水の鏡を使うってのは良い作戦だわ、でも最初は小さいもので、ユリナちゃんのレーザー攻撃を反射出来るぐらいのを全員に配布するわっ」
「ユリナの火魔法を……あっ敵が反射してきたのを上手く返すってことか」
「そう、それも単発じゃなくて複数ね、空間が歪んでどこかに行ってしまう分も考慮して、どうにかボディーの毛がある部分にぶつけられるように」
「……レーザー脱毛で毛根を……それで弾幕を薄くするつもりか、よしっ、やってみるしかねぇなっ!」
すぐに配布される精霊様作の水鏡、それを盾のように装備するものの、今飛来している攻撃から身を守るのに使うわけではない。
この水鏡はしかるべきタイミングで、しかるべき角度で用いるのが正解であるということは、既に全員に対して情報として行き渡っている。
そして攻撃役として指名されたユリナが、せっかく覚えたのにここ最近出番のなかったレーザー火魔法。
尻尾の先に魔力を集中して撃ち出すその攻撃を放って……やはり頭頂部で反射してきやがった。
だがそれをまた反射する、受けたのは最前列のジェシカだが、かなり良い感じに毛むくじゃらハゲのボディーを狙ってそれを再度返す。
当然にそこへ頭頂部を向け、またまた反射しようとしたハゲに、ユリナの第二撃であるレーザーが、空間の歪みを受けて多少ズレつつも、そのボディーに対して直接浴びせられた。
バチッという音と、それから何が起こったのかという表情に変わる毛むくじゃらハゲの顔。
どういう事態なのかはすぐに察したようだ、だがそんなよそ見をしている間に、ユリナは次から次へと強力な魔法を放つ……
「ぎゃぁっ、ぐっ、なんのっ! この程度で我が毛根は……毛が再生しないだとっ!? まさかレーザーで永久脱毛をっ!」
「その通りですの不潔な神様、今もっと清潔感のある男前な姿にしてご覧にいれますわよ、それっ」
「ぐぇぇぇっ! わ、我の毛根が……しかも見えない所が殺られて……」
「あら、それなら鏡を見たらどうかしら? きっと良く映るわよこのでっかいのは」
「うむ、それはかたじけない……はっ? これが我の姿だと? 今攻撃を受けたのはこことここと……確かに永久脱毛されてしまっているが……どうして頭に毛がないのだっ? いつの間にこんな部位を破壊されてっ!?」
「そうじゃない、お前、登場したときからそんな感じだったぜ、てかそもそもさ、魔法も物理もツルッと無効化している時点でどうかと思わなかったのか? 普通にハゲだよそんなもん」
「我は……我は、我はハゲだったというのか……ハゲではないと、そう信じていたのは我だけで、一切隠すことなくこのハゲを晒して出歩いていたというのか……しかもこんな世界の下等生物にまでそれを見られて……あぁっ……」
「……死んだみたいです」
「えっ? 今ので死んだのかっ? メンタル弱すぎんだろ神の癖に……てかマジだ、ボロボロの灰になって崩れ始めたじゃねぇか」
自らがずっと攻撃を続けると思い込んでいた毛むくじゃらハゲ、その攻撃を止めたのはごく一般的な、協力レーザーによる永久脱毛であった。
毛根を焼き殺され、その部分に二度と毛が生えることがなくなってしまったハゲはショックを受け、そしてその瞬間、被害箇所の確認のために一切の攻撃をやめたのだ。
そして当該瞬間を逃すような精霊様でもなく、自分では見えない場所を見通す姿身を、水を用いて創り出したうえでハゲの目の前に提供してやったのである。
およそ5万年ぶりの鏡、5万年ぶりに見る自らの真実の姿、それは全身くまなくフッサフサだと信じ込んでいたハゲにとって衝撃的なものであり、そして死んでしまった。
この敗北と死の原因を作ってしまった、大丈夫だと思い込み、うっかり致命的な情報を俺達に提供してしまった堕天使さんは目を丸くしている。
まぁ、助かりたいという気持ちはあったらしいので、これを苦にどうのこうのということはないであろうが、後でキッチリとフォローしてやるべきではあろう。
で、そんな堕天使さんは未だに正座したままなのだが、そろそろ動いて貰わないと困るところだ……
「おい、もう正座してそこで待機していなくても良いだろう?」
「……あっ、そうでした、主は滅びましたので、もう立ち上がっても良いのですね……私のせいですが……」
「そこは気にしなくて良いだろう、どうせいつかは自分がハゲであることに気付かなくちゃならなかったわけだし、もちろんその際には今のようにショック死しただろうからな」
「そ、そうなんでしょうか……あ、それと私、もう逃げられないようなので投降します」
「えらくアッサリと諦めるのねこの子は……」
だからといって特に怪しいこともないため、俺達はひとまずその堕天使さんを連れて屋敷へと戻った。
王宮への結果報告等については伝書鳩で十分であろう、せっかく勝ったのに、あのババァの顔を見るとその喜びも吹き飛んでしまいそうだから。
で、屋敷でやることと言えばひとつは食事と風呂、そしてもうひとつ、投降して捕虜になった美しい堕天使さんへの尋問である……一体何を語ってくれるのか、それとも質問には一切答えてくれないのか……




