1091 共闘開始
「……居やがったぞ、あそこで露店の果物が満載された箱をひっくり返して、店主の胸ぐらを掴んで脅しつつ商品のリンゴを齧っているのは間違いなくデカいおっさんのうちの1匹だ」
「もう絵に描いたようなチンピラ行為ですね、そもそもリンゴは食べないとダメなんでしょうか?」
「わからんが、とにかく迷惑だからブチ殺してしまおう、カレン、ちょっと本気出しても良いから奴を始末してくれ」
「わうっ、じゃあやっつけてきますっ!」
捜索するまでもなくあっという間に発見することが出来た逃亡デカいおっさん、そのサイズとそれに伴う声のデカさと、それから態度のデカさで存在をアピールしているため、近くに居ればすぐに見つかるもののようだ。
そしてもちろん、俺達がここまで接近しているということなど本人はまだ知らない、というか調子に乗りすぎて全く気付いていないのである。
ついこの間までは俺達の圧倒的な力の前に恐怖し、絶望し、生きる気力さえ失った状態で器械から発生し、そのまま黙って惨殺されることしか出来なかった逃亡デカいおっさん。
何を思えばこの短期間で、単に俺達が目の前に居ないというだけで調子に乗ることが出来るのであろうか。
そう疑問に思ってしまうような暴れっぷりは……カレンの登場と共にピタッと止まってしまった……
「こんにちはっ、ご主人様に言われて来ました、逃亡デカいおっさんって人ですよね?」
「ひぃぃぃっ! おっ、お前は勇者パーティーのメンバーのっ! どどどどっ、どうしてこんな所にっ、勇者パーティーに見つかることはないから思う存分暴れて良いぞって言われたのにぃぃぃっ!」
「え~っと、ちょっと本気出しても良いって言われているんで、私と戦って下さいっ、いきますよ~っ」
「やめっ、やめてくれっ、俺は好きでこんな悪事を働いているわけじゃなくてっ、そのほらっ、こういうことをしないとならないキャラとして生きているから、仕方なくこういうことをしているんだっ、だからコレは演出のひとつであって、その、あの……あっ……」
「あっ……これはちょっとダメかもです」
「あぁぁあぁぁあああっ……あぎゃぁぁあぁぁぁっ!」
何が起こったのであろうか、少し本気を出す宣言をして構えを取ったカレンと、それに対して醜い言い訳を並べ、どうにか許して貰おうと試みていた情けない逃亡デカいおっさん。
そんな言い訳など聞く耳を持たない、というか聞いてもイマイチ頭に入っていない様子のカレンが動こうとした瞬間、どうにもこうにも説明し辛い状況となったのだ。
ターゲットである逃亡デカいおっさんを中心に、何やらグニャリと渦を巻くような、そんな感じで空間が歪んだのである。
もちろん異変に気付いたカレンが力の解放を止めたことによってその現象は停止したのだが、影響をモロに受けた逃亡デカいおっさんのボディーは、まるで何かで捻り込まれたような、そんな形状のまま止まってしまって……うむ、形状変化に耐え切れずに中身が溢れ出したようだ。
そんなおっさんを無視してトトトッと走り、こちらへ帰還したカレンは、何が起こったのかということを必死になって説明しようと試みる。
ルビアが診たところによると、カレン自身には特にダメージがあるわけでもないということなので、そのまま話を聞いてみることとしよう……
「えっと、ちょっとパワーをグッと上げてみたんです、あの逃亡デカいおっさんの人に向かって、そしたら急に力の塊がその見ていた場所に出てきて、それでグニャグニャしてきて……」
「……うむ、何が言いたいのかサッパリわからんな、精霊様、ちょっとカレンが言いたいことを解読してくれ」
「そうねぇ、最近だとさ、凄い雑魚の敵とかだと見た、というよりも睨んだだけで弾け飛んで死ぬじゃないの? それのさらに上位版ってことかしら?」
「でもさ、あのまぁ、腹の部分からグニュッと空間ごと捻れて悲惨なことにはなっているみたいだが、弾け飛ぶ方が効果が大きくないか? 強くなってんの似劣化してんのはどうかと思うぞ」
「いえ劣化はしていないわよ、カレンちゃんはただ力を試すためにそれをチョロッと向けただけ、それでアレなの」
「つまり、もしあの場で殺意を、全力全開で逃亡デカいおっさんに向けていたとしたら……」
「付近一帯があのぐらいの感じになっていたに違いないわ、むしろ私やあんたが行って、より強い態度で臨まなくて良かったってことかも、大惨事だった感が否めないわその場合」
「危なかったどころの騒ぎじゃねぇな、とにかく一旦戻らないか? この騒ぎなら他の逃亡デカいおっさんも俺達の出現に気付いて隠れたりするだろうし、もうひとつのチームも心配だ」
「あとお腹が空きました」
このまま普通に戦いを続けるのはそこそこヤバい、そう感じさせる出来事であったのだが、もちろん力を抑えることを意識しさえすれば、そこまで危険ではないものでもある。
だが、対峙する敵のあまりの巨悪さに怒り心頭に達し、ギッタギタにブチのめしてやろうという感情を抱いてしまったり、突然攻撃を受け、それにうっかり強い反応を見せてしまったりなどした場合には安全ではない。
おそらくは周囲を巻き込んだ惨劇になるであろうし、これはしばらくの間、つまり力を安定して抑えられる状態にならないうちは、外で戦うのを避けた方が良いかも知れないな。
周囲に被害が及ぶというのはそれもそうなのだが、この力の波動を魔界からキャッチされ、俺達が異常な強さになっているということをホネ野郎が察知してしまうというのが最もアレな事態なのだ。
ということで屋敷へ向かった俺達は、もうひとつのチームがまだ帰還していないことを確認して……と、ここでおかしな感覚が、王都の外から凄まじい力の発現を感じ取ったのであった……
「……おいっ、ヤバくねコレ? 強大すぎてわからんが誰の力だっ?」
「見て下さいご主人様、あの高級感溢れる黄金のオーラを、それが柱になって……あの色は普段食べているお菓子とかがだいたい金箔入りの高級なものじゃないと出ないですね……」
「金箔入りの菓子食うとあんな風になるのかっ? 普段からしかしそんなことをしている金持ちって……あのオーラはマリエルか……あ、収まったようだ」
「今のはあまりよろしくないわね、きっとこの世界のどこからでも、いいえこの世界以外からも感じ取ることが出来たはずよ」
「だろうな……これからどうするか考えるべき時がきてしまったのかも知れないぞ、唐突に……」
結局それ以降力の発現はなく、どうやら向こうでもその力がヤバいということに気が付いて作戦を中止したらしいということがわかった。
一旦ここで外に出ているメンバーが戻るのを待とうということとなり、しばらくそのままにしていると、先に出現したのは女神……と、魔界の神、ほぼ同時である。
それぞれ光り輝く聖なる光と、邪悪で真っ黒なゲートから姿を現したのだが、直後に顕現したのが自分だけではないと気が付いた様子。
お互いに顔を見合わせ、ビックリ仰天の仕草をかなりオーバーな感じで見せてくれたのだが……その受けた衝撃は魔界の神の方がかなり大きいであろうな……
「きききっ、貴様はぁぁぁっ!」
「この世界の女神ですっ! 覚悟しなさい邪悪なる魔界の神よっ……今の私にこの者を倒すことが出来るとは思えませんが」
「クソッ増援を呼ばれる前にこの女神だけでもどうにか……」
「はいはいちょっと待って、落ち着きなさいあんた達、今はこんな所で喧嘩している暇じゃないし、そんなことしたら世界が終わるわよ」
「で、そんなに慌てて、しかも同時に何をしに来たってんだお前等……まぁ、大体想像は付くんだがな」
『凄い力の波動が神界/魔界までっ!』
「ですよね、まぁ、そのやらかした本人達がもうすぐ帰って来るから……とほら、走って戻って来たぞ、だからまずはそこに座って落ち着け」
仕方がない、という感じでテーブルを挟んで座るこの世界の女神と魔界の神、どちらもかなり焦っている様子なのは、あのマリエルが放ってしまった力の波動を感じ取ったのが自分達だけではないということを察しているのであろう。
もちろん神界側ではそこまで監視されているということもなく、女神の奴が気付いてやって来る程度であったろうが、問題なのは魔界の方だ。
この世界に付属してしまっている以上、魔界の神の中では特に『管理者』的なものを選定してはいないはずだし、誰もが気軽にこの席の様子を覗き込むことが出来るのは確実。
そしてその中でも特に、敵であるホネ野朗を中心とした連中、この世界を魔界に取り込んでしまうことを狙っているその上層部の連中が、このことに気付いてしまったというのもまた可能性が高いこと。
まぁ、それ以外の理由でこのやる気のない魔界の神が、わざわざ自分からここへやって来るというのは考えられないわけであって……と、ここで残りのメンバーが階段を駆け上がって来た。
ひとまず全員で揃って事情を聞くと共に、女神も魔界の神も同席した状態で、これからの対応策について考えていこう……
※※※
「……でだ、さっきの金色のオーラの柱? アレはマリエルだよな? どうしてああなったのか教えてくれ」
「いえ、その……ちょっと本気を出したらどのぐらいかなと思いまして……適当にやってみたらあのようなことに……」
「それで、その力は魔界ではどのような感じ取られ方をしたんだ?」
「もう大騒ぎなんてもんじゃねぇぞ、この世界の何者かが凄い力を有しているということがわかって、こんな奴どこに居たんだみたいな話になって、あれ? 勇者パーティーの一員じゃねぇのかみたいな話になって……で、今はどうしてこんなに短期間で急激なパワーアップを成し遂げたのかってことと、魔界にとっての危険性はどうなんだってことが話題の中心だな、とにかく我の関与がバレるのが非常に危険だ」
「……何かすみませんでした」
ちなみに力を試してみようと言い出したのはマリエルだが、それを唆したのはマーサとジェシカらしい。
ひとまず3人を縛り上げて天井から吊るすと同時に、後程キッチリお仕置きする旨を伝えておく。
次に女神から話を聞いたのだが、いつもの如く神界でダラダラと過ごしていたところ、あの黄金の柱が発現したことを察知し、何か大規模な戦闘が起こったのではないかと思って飛んで来たとのこと。
まぁ、本来は隠さなくてはならない、もし力を発現してしまいそうになっても、カレンのようにすぐに気付いて止めていればああはならなかったのだ。
それを興味本位で最大まで上げてしまい、そのまましばらくキープしていたのだから、女神からすればこの世界に何者かが、もちろんその力を使わない限り討伐することが出来ないような悪の存在が出現し、それと戦っているのだと判断するであろう。
とはいえ、今回の件が神界に与えた影響というのはこの頭の悪い女神がビックリ仰天したというだけのことであり、こちらは特に問題ないと考えて良さそうだ。
そしてやはり、魔界の方に俺達のこの力、短期間での凄まじいパワーアップの事実が伝わってしまったということが、現時点で最もヤバいことなのであろう。
魔界の神は頭を抱えて考え込んでいる、というよりもこれから色々とバレてしまった際に自分がどうなるのか、どのような方法で『排除』されるのかということに恐怖を感じているようだな。
このまま神界にでも亡命するかなどと口走ってはいるものの、そちらへ行ってもこの馬鹿などあっという間に処分されてしまうのが妥当。
もはや逃げ場などなく、この魔界の神が唯一生き残る方法といえば、もう俺達がホネ野朗とその取巻きに勝利して、魔界そのものをブチ壊す以外にないのである。
「あぁ~っ、もう我はダメかも知れん、もしホネスケルトン神に目を付けられてみろ、本当に恐ろしい殺され方を……もう切腹しかねぇなコレ……」
「おいちょっと待てやこの馬鹿、ここで切腹してんじゃねぇよ、床が汚れるから他所でやれや」
「この王都にはちょうど良い広場があるから、そこのステージでやるのがベストよ、そしたら私がこの切れ味の悪い竹の鋸で介錯してあげるから」
「貴様等! 我がここまで思い詰めているのは誰のせいだと思っているっ?」
「そんなもん自業自得だろ、どうせこうするしかなかったんだし、諦めてどこか別の場所でひっそり死ぬか、俺達と一緒に戦う道を選んで華々しく散るか、どちらか好きな方を選ぶんだな」
「……マジでブチ殺すぞ、だが仕方がない、こうなったら『この世界』を勝利に導く以外に生存の道はあるまいっ、神界の、この世界を統べる女神よ、今は、本当に今だけは一時休戦として、どうにかこの馬鹿共をホネスケルトン神に勝たせるのだっ」
「いえ別にあなたと戦っていたつもりはあまりないのですが……しかしそういうことであればこちらも協力しましょう、現状が神界の上層部に知れれば、それこそ私はそこにぶら下がっている人族の王女のような姿に……きっと万年単位で……」
ホネ野朗に自分がこの事案に、しかも俺達の側に関与していたということを知られたくない魔界の神。
そして現状が神界の上層部に知られれば、報告義務違反とかそもそもの任務懈怠とか、色々とヤバいことになる女神。
お互い根本的な敵同士ではあるものの、利害については一致しているようだな。
このまま手を取り合わせれば、俺達は2柱の神からの最大限のバックアップを受けることが出来るということだ。
で、ここからやるべきことはまず、魔界の神に魔界の様子を探らせることであろうな。
おそらくこの世界で凄まじい力を持つ者が出現し、それが既存の勇者パーティーメンバーであるということは、魔界の下っ端から上層部へ、順次伝わっていく。
そして最終的にはホネ野朗にそのことが伝わり、そこから俺達についてここまでの行動を振り返るようにして再度確認が行われて……そこでこちらが『やる気』であるということが発覚するに違いない。
まぁ、その前にホネ野朗が魔界において、マリエルの発した力を感じ取ってしまった可能性もあるにはあるし、もう調査が始まっているということも考えられる。
その辺りについて魔界の神が調べ上げ、俺達に対してこまめな報告をするのが、これからこちら側が敵の動きを探るために必要なこと、神を用いるスパイ作戦だ……
「ということで任せたぞ、3日間連続で報告がなかった場合にはアレだ、もう捕まって処刑されたものとして扱うから、その場合は別にこちらから何かアクションをしたりしないで、お前のことなどすぐに忘れてしまうから安心してくれ」
「薄情な奴だな、だが我は賢さが高いのでな、可能な限りバレぬように動いて、危ないと思ったらすぐにこちらへ、この世界のほうへ非難して来ることとしよう」
「来んじゃねぇよ気持ち悪りぃ、じゃ、そういうことで頑張ってくれ、じゃあな」
「・・・・・・・・・・」
冷たい態度で魔界の神を見送った後、女神とも相談をして、しばらくの間はこのままの感じで事を進めるという内容で合意する。
もちろん女神に対しても、俺達がこの世界の現在の状況を神界の上層部に伝えた場合にはどうなるか、そんな脅しが効果的であって、それゆえ立場としては俺達の方がずっと上にあるということを忘れないようにさせなくてはらない。
これで魔界の神、そして女神とがサポート役となり、その中で俺達が中心になって、一番偉くて絶対に逆らえない存在として君臨しつつ作戦を進める準備が整った。
もちろんこうなったのは偶然でもあり、マリエル他のやらかしのお陰でもあるのだが、こうなった以上はこの気分的にちょうど良い状況を捨てるなどということは考えられない。
で、ここからはこの状態をキープしつつ、魔界の神からの残念なお知らせ、または連絡の途絶がないかどうかを注視する必要があるのだが……いざそれが起こった場合にはどうすれば良いのであろうか……
「なぁ女神、これから魔界のその何だっけ? ホネ野朗なんだが、それと全面的な戦いになることは避けられないし、そのときはかなり近付いてきている状況だよな? それで、実際にそうなったときにどう動いてどう戦うべきかとか、何か指針みたいなものはないのか?」
「そうですねぇ……ですがいきなりあの邪悪な神が直々に攻め込んでくるというようなことはないでしょう、きっとそれよりも弱い神またはそれに準ずる者が選ばれて攻撃を仕掛けてきて……というようなことになるのではないかと思いますが」
「なるほど、というか、現時点で直接対決なんぞしても勝負にはならんだろうからな、その辺りは向こうも話の流れを考慮して、雑魚から順に送るとかいう非効率的な方法で侵攻を開始してくれると、そういうわけだな?」
「えぇ、おそらくはそうなるかと、しかしですね勇者よ、その魔界における雑魚キャラで邪悪なる神の取巻きの末端の、神かどうかさえわからないような者であってもですね、おそらくはこの世界を歪めてしまうような、先程私が神界にて感じ取った力を持ち合わせていると、そう考えて良いでしょう」
「つまり、そんな奴等なら一撃で葬り去ることが出来る程度には強くなっておく必要があるってことだな、うむ、それならば以降も亜空間での修練を続けよう」
「それと勇者様、戦うにしても被害的にほら、王都の中とかだと絶対にとんでもないことになるわけだし、そこも考えた戦い方をしなくちゃならないわ」
「大丈夫だセラ、そういう場合において敵に対する『ここでは犠牲が大きい、場所を移動しよう』って台詞は正義の味方の基本だからな、勇者である俺が発すれば敵も同意してくれるはずだ」
「そんなもんなのかしらねホントに……」
とにかく、ここから一気に物事が動いていくのであろうというのは確かであり、こちらもそれに向けた準備をしていかなくてはならないようだ……




