1090 仕上がり
「喰らえっ! 勇者ハナクソ飛ばしっ! フンッ!」
『ギャァァァッ! こんなんで死んだぁぁぁっ!』
「1,2,3……5匹殺したぞハナクソひとつで、どんなもんだざまぁ見やがれこのクソ野朗共がっ!」
「ちょっと勇者様汚いっ、もうちょっとスマートで清潔な戦い方をしなさいよね、そんなんでも一応は勇者なんだから」
「何を言ってんだセラは、これぞ最強勇者らしい、完全に舐め腐った敵の倒し方じゃないか……よしっ、次は屁で吹き飛ばしてブチ殺してみようか……いや、今は尊い果実の方が出そうだからやめておくか……」
「……主殿には『基礎勇者学Ⅰ』からやり直させる必要があるなこれは」
ここ最近ずっと続けている、闘技場におけるおよそ1時間に渡るデカいおっさん討伐ショー。
既に抵抗することもなくなったおっさん共は、召喚されると同時にへたり込み、最後の悲鳴ぐらいしか声を上げなくなった。
観客はその様子に飽き飽きし、最初の『肉』をどうこうする感じの処刑も全く変化がなく、淡々とその辺から引っ張ってきた罪人をそこに投入するのみであるから、次第にイベントの任期は下がってきている。
そもそもこんなもの、毎日のようにやるタイプのイベントではないのだから仕方がない。
かつて闘技場で行われていたような本当の闘士が本当に戦うイベントとは違うのだ。
こういうショーとは違い、闘士が実際に戦うタイプのイベントでは『変化』があり、そのときそのときによって何か奇跡的なことが起こったり、負けた側が派手な見た目の死に方をしたりと色々。
それに引き換えこのクソのようなイベント……単に座り込んで殺されるのを待っているだけのおっさんを、次々に処刑していくだけの激サムな演出ではないか……
「しかし本当に飽きられてきたわね、まぁ、静かなのは良いことだけど、あまりにも寂しいような気がしなくもないわ」
「あぁ、そういえば今日の客なんかあそこでポップコーン食っているジジィと、昼から酒を飲みに来ているおっさんが数人ぐらいだもんな、最初の熱狂はどこへ? って感じだよな実際」
「何かこう、新しい演目を用意しないとならないのではないか? おそらく今日の分が終わったら総務大臣殿からお話が……ほら、もうあそこで待っているからな」
「ケチババァが収益性の低下に対して文句を言いに来たのか、まぁ、それ以外にないだろうな、どうせ歳入のことしか頭にないんだからあの大臣は」
「じゃあ勇者様、お小言を聞く係は任せたわよ、ちゃんと話を聞いている感じを出して、問題解消のために色々と考えているように見せかけるのよ」
「おいセラ、お前も来るんだよちゃんとっ、このっ、このっ、どうだっ!」
「いでっ、いでっ、もっとぶって、いたっ」
ということでそのまま『本日の演目』を最後まで終了させ、片付けなどは係員に任せてババァが待ち構えている闘技場出口……の反対方向から出て行ったのだが、結局外で捕まってしまった。
何の用だと聞いてみるものの、やはり内容はこのショーの観客動員数が全く伸びず、このままでは闘技場でやっている意味がないのでどうにかしろとのお達しである。
そんなことを俺達に言われても仕方ないなどと逆ギレしつつ、他の仲間に混じってそそくさと退散しようとしていたセラの首根っこを掴んでその場に残らせたのであった。
ババァ総務大臣曰く、せっかく虐殺ショーをやるのだからもう少し派手に、時間を掛けてデカいおっさんをブチ殺すなどしろというのだが、それでは時間の無駄だ。
あの少し戦っただけでかなりの経験値的なものを得られる謎のやべぇクスリを多重使用した場合には、後々とんでもないことになるのもわかっているのだから、やはり時間内により多くのデカブツを討伐するために、はある程度急ぐべきであるというのがこちらの主張。
もちろんその時間の範囲内で、変な殺し方をして観客を盛り上げるための努力はしているし、そもそも観客が入っていない状態なのでそこで何かトクベツな動きしても何も変わらないという主張もある。
それに対してババァは、次だけは『動員』によってそれなりの観客を集めるから、そこで面白いことをやってみせろとの無茶ぶりをしてきた。
正直言ってこれ以上は不可能だ、出来ることといえば、逆にフルパワーで戦って一撃で大量のデカブツを消し去ることぐらいしかないと伝えるのだが……
「……うむ、ちとそれをやってみたらどうじゃ? 今は強すぎるおぬし等が舐めプしているからつまらんのであって、もし本気で戦ったらどうなるのかということを見せれば、そこからまた新たな観客が一巡するまでやって来るのではないかとおもうのじゃが……どうじゃ?」
「どうって、どうなんだろうな? 俺は知らんぞマーケターとかじゃねぇから、まぁ、やってみるだけやってみるのも良いかも知れないがな」
「でも勇者様、そんなことしてホントに大丈夫なのかしら? 今の私達、1人でも本気で力を解放すれば、この世界がギリギリ大丈夫か大丈夫じゃないかみたいな感じになるわよ、全員でフルパワーを出したら……」
「まぁ、『気合タメ』だけえ王都が吹き飛ぶだろうな、それでも良いならやるってことだぞ」
「いやそれはいかんぞ勇者よ、ちょっとその力、別の場所で試してみてから、大丈夫じゃと判断してから使ってくれぬか」
「まぁ、そうなるよな、となると……いよいよあの空間の出番ってことだな、女神の奴、有効活用するための計画は進んでいるのかどうなのかってとこだが……まぁ、一応帰ったら呼び出して聞いてみるか……」
屋敷へ戻り、少し休憩しつつ遅めの昼食を取った後に、ひとまず女神の奴を呼び出してみる。
今日もバスタオルを持って現れた素っ裸の女神、これは没収しておこう、そして次からはしっかり全裸で現れるように忠告しておこう。
で、その女神に対して、俺達が頼んだ亜空間の利用に関してどうなっているのかということを聞くと……まだイマイチ準備が進んでいないとのこと。
罰として鞭で打つという宣告をし、そのまま後ろから襲い掛かる精霊様の一撃を受け、背中にまるで襷でも掛けたかのような赤い帯を発しつつ倒れる女神。
どうやら効きすぎてしまったようだな、今の精霊様の力は途轍もないものであって、その力を有していることに気付いていなかった女神が油断していたのも相俟って、かなりのダメージを与えてしまったらしい。
しばらくして起き上がった女神は、そのまましばらく俺達の顔を眺めて、ハッと驚いたような表情を見せる。
おそらく全員の力を計測していたのだ、この短期間でどこまで伸びたのかということを認識すると同時に……
「勇者よ、強くなったのはわかりましたが、その……あまりにも短期間で強化しすぎのような気がしなくもないのですが……」
「まぁそうだとは思うが、こんなもんで満足していられるような状況じゃないのはお前もわかっているだろう? 敵はもっともっと強大で、現時点の実力じゃまだアリンコ以下なんだぞ」
「いえですね、もしこのまま異常なペースでパワーアップし続けたら……その敵に目を付けられる、というかもう目は付けられているんでしょうが、どうしてそうなったか、何を目的としてそんなに急ぎの強化をしているのかなど、色々と疑われて探られるような……そうは思いませんか?」
「……今まで思わなかったが今思ったな、うむ、確かに元々この世界で突出して強い俺達が、そのトンガリ具合をさらに……みたいなことになったら凄く目立つよな、しかもホネ野郎は元々俺達を排除することを作戦のひとつとしているような状況なのにだ……ちょっとヤバくねこれ?」
「そうねぇ……やっぱりここから先はこの亜空間に引き籠って、そこでしか力を出さないようにするべきかしらね、どうやってそれをやるのかは……女神、早く考えないとまた鞭が飛ぶわよっ」
「ひぃぃぃっ! やめなさい精霊よ、そんな物騒なモノは早く降ろして……」
「良いからサッサとするっ!」
「ひゃぁぁぁっ! いったぁぁぁぃっ!」
かわいそうな女神は精霊様の鞭攻撃を全身に受け、悲鳴を上げながらのたうち回っている。
そんな光景を指差して笑いながら見ていた俺だが、実はここでもかなり経験値的な何かが得られているということに気が付いた。
もしかすると強敵、いや敵でなくともターゲットに大き目のダメージを与えることによって、それなりの経験を積んだことになるのではないか。
これまでも何度か女神には暴行を加えてきたのだが、その際にはまだまだ俺達の力が足りず、またかなりライトなお仕置き程度のものしか与えていないため、そこで与えるダメージはごく微量かゼロであった。
ゆえにそこから得られる経験値的なものはほぼ皆無という状況であったのだが、現在においてはそうではない。
精霊様が女神を鞭で打った分だけダメージが入り、パーティーメンバーである俺達にもその経験が供与されている状況なのだ。
つまり明日以降はデカいおっさんを討伐しなくとも、亜空間に連れ込んだ女神を痛い目に遭わせることによってそこそこの経験が出来る、そういうことではなかろうか……
「おい女神、明日から1日1時間程度、そのぐらいなら時間を作ることが出来るよな?」
「いてて……はい可能ですが、何をしようというのですか?」
「いやな、ちょっとお前と模擬戦をしようかと思ってな、しかも比較的ガチでダメージが入るような強烈なものだ、良いな?」
「あの勇者様、さすがに女神様を攻撃して修練とするのはどうかと……」
「この人族の王女が言う通りです、そこまでするのはこの世界を統治する女神としてちょっと……」
「うむ、じゃあ戦わずに四つん這いで待機しているだけで良いぞ、尻丸出しでな、そこへ今みたいに精霊様の鞭が飛ぶだけだから」
「それも困りますね……良いでしょう、では私と同程度の強さを誇る臨時の何かを出すことが出来るようにすれば良いのですね? それならすぐにでも準備が出来ますが」
「……どうする精霊様?」
「まぁ、ちょっとつまらないけどそれしかないんじゃないかしら? ちゃんと悲鳴を上げて、最後は苦しんで死ぬようなモノにしなさいよね、そうじゃないと気分が盛り上がらないわ」
「わかりました、その辺りは善処するということで、えっと、今から殺りますか?」
「いや明日で良い、というか明日以降、闘技場での興行は中止だとババァに通告しないとな、今頃観客役に金を払って動員したんじゃないかと思うが……金が無駄になっていい気味だぜ」
女神の奴は一旦帰らせ、そのまま王宮へ向かった俺、ババァはいきなりの興行拒否に目を丸くして驚いていたが、あのデカいおっさんを発生させる器械は使っても良いと言ったところ、それでどうにかするなどとほざいていた。
そもそもあのデカいおっさんはかなり強い、俺達であるからあっという間に討伐することが出来るのであって、他にアレをどうにか出来るのはゴンザレスぐらいのもの。
きっと闘技場内で暴れて大惨事になるのだとは思うが……そうなるとまた俺達が無償で駆り出されてその退治に当たることとなりそうだな。
念のため外へは出さないように気を付けろとだけ言ってその場を離れたのだが……奴の危険性を十分に認識しているとは思えない態度であったため少し心配だ。
おそらくだが、一般人クラスになるともうその者の力がどの程度なのかを判断することが出来ないレベルの域に達しているであろうから、その辺りを見誤った係員がどうなるのかといったところも心配のひとつである。
まぁ、クソのような態度でこの大勇者様たる俺様に臨むあそこの係員がどうなろうが知ったことではないのだが、それが殺られることによって生じる他への被害が問題なのだ。
その辺り、どうなるのかについて注視しておかないと、あのデカいおっさんが王都中に逃げ出した後となってはもう、その先の被害をゼロに抑えるようなことは到底出来ないであろう……
※※※
「……ということだ、じゃあ今日はここであのやべぇクスリを使用して、女神が出す模擬専用の何かと戦うこととする、わかったか?」
『うぇ~いっ!』
「よろしい、じゃあ女神、早速だがその何かを出してくれ」
「えぇわかりました、ですが色々とタイプがありまして……ハゲで変態で息が臭いAタイプと、私と同じ姿形をしたBタイプ、それから開発者である魔界の神を模したCタイプ、どれにしましょうか?」
「そのモチーフになっている魔界の神ってのはどういう見た目なのかしら?」
「ハゲで変態ですが息は臭くありません、いえ臭いかもですが変なマスクをしている系の変態なので臭わないですね」
「じゃあCタイプね、それならマリエルちゃんもジェシカちゃんも安心して戦うことが出来るでしょ?」
「私は構いません、臭くないのであれば願ったり叶ったりです」
「私も精霊様に同意だ、女神様の姿をしたものをどうこうするわけにはいかないからな」
「わかりました、では模擬戦専用現身タイプC、召喚しますっ!」
女神がそう告げると、その場に出現した魔法陣のようなものであって、魔力ではなく何か特殊で神々しい力によって形成されている円が亜空間地面に浮かび、そこから出現する……確かにマスクを装備したハゲだ。
ガスマスクのようなもので顔は見えないのだが、白衣を着ていてハゲであって、とても神だとは思えないようなビジュアルの何か。
ちなみにこの神は実際には戦闘力など皆無の博士タイプらしいが、女神の力で女神と同等の力を有し、その戦い方もコピーしているらしい。
早速例のやべぇクスリを使用した俺達は、一斉にその神界の変態神の、コピーではあるが強力なものに対して襲い掛かる……
「ハァァァッ! それぇぇぇっ!」
「・・・・・・・・・・」
「クッ、剣を素手で……というか小指だけで……」
「ミラ殿、少し下がってくれっ! ハァッ!」
「・・・・・・・・・・」
「これも小指だけで……強すぎる」
「……おい女神、お前コレちょっと盛ってない?」
「……すみません、出来心で私の2億倍の強さにしてしまいました」
「そうか、じゃあ元に戻せ、そして今の無駄になった攻撃の分……精霊様」
「合点! 2発の鞭を受けなさいっ!」
「ひぎぃぃぃっ! いぎゃぁぁぁっ! すみませんでしたぁぁぁっ!」
いきなりトンデモな強さの何かと戦わされそうになった俺達、だがこれでわかったことがひとつ、この現身とやらの上限は設定者である女神の強さではなく、その何倍もの力を持たせることが出来るということ。
物足りなくなった際には強度を上げていくことが可能であるということだな、これはなかなかに使えそうだ。
で、女神と同等の強さに戻させたその現身を相手に、前衛を中心に戦いを進めていくのだが……これでもなかなか強いではないか。
ダメージこそ入っている様子であるものの、いつもの馬鹿で情けない女神と同じ強さ、同じ戦闘に関する動きとは到底思えない。
あの魔界の神にしてもそうだが、こういう連中は普段から色々と隠されている部分が多いような、そんな気がしてならないのだが……と、ここでマーサの一撃が入って敵がダウン、そのまま消滅した……
「よしっ、まだ時間があるからもう1発出してくれっ、次は今のの1.01倍ぐらいの強さでな」
「はいどうぞっ」
「オラァァァッ! 誰だか知らんが死ねやボケェェェッ!」
「・・・・・・・・・・」
そこから時間切れになるまでに3体の模擬戦用何かを召喚させ、その都度本の少しだけ強い相手にしていく。
時間切れとなったところで打ち止めとし、そのまま帰ってすぐに休憩するという、なかなかにして効率の良い作業が完成した。
以降、来る日も来る日もそのようなことを繰り返していった俺達は、今自分達が現実世界でどのぐらいのパワーを有しているのか、それがすっかりわからないような状態となっていたのである。
そしてこの亜空間における作業を開始してから1週間以上経過したところで、その日の修練を終えてまったりしているところに急報が入った。
どうやら遂にやらかしたらしい、もちろん闘技場に設置してあったあのデカいおっさん発生装置のことだ……
「それがっ、何者かによって器械が丸ごと盗まれましてっ、昨夜の出来事ですっ!」
「……それでどうなったんだ?」
「ははっ! 現在確認が取れただけでもおよそ500体のデカいおっさんが目撃されておりまして、もちろん全部が調子に乗って大暴れしております……」
「やっぱりこうなったわね、で、アレを盗み出した連中はどんな奴等なのかわかっているのかしら?」
「えぇ、どうやらまたわけのわからない邪神を崇拝するゴミのようなカルト集団で、もちろん反勇者主義を掲げる団体をいくつも立ち上げていて……みたいな感じの連中になりますが、デカいおっさんの群れと共にアジトを出てしまったとの報告があります」
「わかった、では主殿、2チームに分かれて片方はおっさん共の始末、残りの片方はその怪しい連中の始末ということでどうだ?」
「まぁ、それが一番早いわな、じゃあえ~っと、その邪教徒については『王女様チーム』、デカいおっさんの方は『勇者様チーム』として、キッチリ6人ずつで動こうか」
『うぇ~いっ!』
ということで班分けなのだが、俺のチームにはミラとカレン、セラにルビアに精霊様が加わった。
ひとまず町へ繰り出して、あのデカいおっさんを見つけ次第始末していく感じで良さそうだ。
そしてこれはここまでの修練の成果、つまり仕上がり具合を確かめてみるチャンスでもある。
ここまで亜空間に引き篭もっていた分、外に出て戦うのはかなり久しぶりとなるからだ。
まぁ、せいぜい王都を消滅させたり、無関係の一般人を万単位で殺してしまったりということがないよう、気を付けてあのデカいおっさんだけを始末していくこととしよう、注意点はきっとそのぐらいであろうな……




