108 傲慢異世界人と新たな敵
「勇者様、あの馬鹿異世界人がカレンちゃんかルビアちゃんを寄越せと主張しているらしいですよ」
「何それ? どうして特に理由も無く大事な2人を渡さなきゃならんのだ、拒否しておけ」
「当然黙殺しますが、どうやら奴隷兵に女の子が居なかったのをまだ根に持っているようでして」
「鬱陶しいな、あんな奴ムキムキのおっさんと手でも繋いで冒険してれば良いんだよ」
やはりあの新異世界人は俺達の方に目を付けてきやがった。
そうだよな、明らかにパーティーメンバーに恵まれた勇者に嫉妬するのは仕方が無いよな。
でもそれでカレンやルビアを引き渡せとはどういう了見だ、人のところから奪おうとせずに自分で探す努力をしなさいよ。
「それと、北の森の先に魔物や魔族が集結しているそうです、南の方からも不穏な報告が……」
「マジか、それは魔将の仕業に間違いないな、状況は詳しくわかっていないのか?」
「それが、王宮の方で何人か斥候を出したものの、今のところ1人も帰還していないそうです、しかも毎回出てすぐに落雷が確認されていますから、おそらくは……」
「この間魔将補佐のおばさんを殺った奴の仕業だな」
北の森に居るのは絶対に魔将かその関係者だろう、これは間違いない。
そして南の不穏な動きについてはまだ詳細な情報が出ていないようだが、こっちはメイに手紙を送って調べさせた方が早そうだな。
「全く、馬鹿異世界人への対応と魔将の襲来が同時かよ、トラブルは1つずつにして貰いたいものだな」
「本当ですね、魔将の方には一旦お引取り願いたいところです」
「その間にあの異世界人が息を引き取ってくれると大変喜ばしいんだがな」
冗談はさておき、他のメンバーも集めて魔将および馬鹿異世界人に対抗するための会議を行うこととなった。
当然風呂に浸かりながらだ。
「やっぱりその魔将と異世界人を最初にぶつからせるのが得策だと思うわ」
「だがなセラ、おそらく、というか確実に負けるぞアイツは、そうなったら一気に王都が危なくなる、どうせ兵を全部持って行くつもりだろうからな」
「確かにそうね、しかもそれじゃあ関係の無い兵隊まで犠牲になってしまうわけよね、ちょっと無謀な作戦だったわ」
「主殿、あの男は自分のことを凄く強いと思い込んでいるのであろう? ならば何とかおだてて単騎で敵に突っ込ませられないだろうか」
ジェシカのは良い作戦だ、アイツもチート能力は付与されているはずだからな、それを過信させれば簡単に調子に乗って破滅するであろう。
ということで女神に奴のチートに関して聞いてみよう……
『ハイ女神です! ああ、異世界勇者アタルよ、新たな転移者は無事発見することが出来たようですね』
『出来たけど要らない、返品ですよあんなの』
『……正直言うと私も要りません、して今回はどのようなご用でしょうか?』
『うん、奴にもチート能力をやっただろう、その内容を教えて欲しい』
『それなら魔法完全無効を持って行きましたよ』
『何それ、超強いじゃないか!』
『ただし自分のも無効になるので魔法は一切使えません、あと回復も受けられませんね、ウザかったので本人には教えていませんが』
『面白いことになりそうだな、わかった、時間をとらせて悪かったな、じゃあまた今度!』
つまりアイツは今、自分には魔法が効かない凄い能力が備わっている、というところまでしか知識が無いということだ。
上手く誤魔化せば勝手に無双を試みて魔物の餌になってくれるであろう。
皆にも今の女神との話に出た内容を伝えておく。
明日からはあの馬鹿をおだてて自ら死地に赴かせる作戦に出ることで同意した。
「しかしあの方、回復魔法を受けられないのに私を欲しがるなんて凄く滑稽ですね」
「本人はそのことを知らないからな、というかそれ以前に可愛ければ良いとかそういう考えなんだろう」
「意味のわからない異世界人ですね……」
正直俺も似たようなことを思っている節がある、今のルビアの一言は深く突き刺さってしまいましたよ、グサッとな。
「勇者様、あんな人のことよりも今は北に居る敵の話をした方が良いのではないですか?」
「そうだな、雷で斥候を殺った可能性が高いんだろう、戦うときにどう近付くかだよな?」
「雷は厄介よね、私も、それからリリィちゃんも墜とされてしまうわよ、しかも怪我とかもするわね」
それだと空からは攻めようがないな、地上から行っても斥候が見つかったくらいだ、俺達がこんな大人数で行ったらただの的であろう。
「マリエル、その敵の具体的な位置はわかっているのか?」
「そこまで詳細に判明しているわけではありませんが、1週間後ぐらいにはこの間攻めてそのままになっているユッダ城に入るかも知れないとのことです」
「あそこの城下町も災難だな……」
すぐにデスジャンヌがゴーレムのばあさんを作り、再び避難誘導をさせるために派遣した。
高性能なようだが、あそこまで早く走ることが出来るババアなど居ないはずだ、相当に不自然といえよう。
「じゃあ明日は王宮でその敵についての話し合いだな、ついでにあの馬鹿の弱点についても教えておこう」
※※※
翌朝、王の間にて……
「おぉ、ゆうしゃよ、それではあの異世界人が自慢していた魔法無効はとんでもない欠陥能力だったというわけじゃな?」
「そのようだ、女神はそのことを教えていないそうだからな、きっとアイツは早く死んだ方が良いと判断したんだろうな」
「ふ~む、とはいえこちらで勝手に殺してしまうわけにもいかんでの、ここはおぬしらの言うとおりおだてて勝手に死ぬのを待つか……」
「ああ、それでいこうぜ、総務大臣もそれで良いよな?」
「うむ、じゃがおだてるといってもどうやるのじゃ? あやつの喜びポイントなど察しかねるぞ」
「そんなの簡単さ、大体何をやっても『さすが真・勇者様』とか言っておけば良いんだよ」
「具体的にはどういうときにじゃ?」
「例えばちょっと考えたらわかりそうなことでも偉そうにドヤ顔で主張してきたとき、それから2桁の足し算が暗算で出来たときなんかだ」
「2桁の足し算ぐらいほとんどの貴族は暗算出来るのじゃが……」
「そこをあえて褒めちぎるんだ、アイツはこの世界の人間のレベルが低いと思っているからな、馬鹿と変態が多いのは事実だが、あとマリエルは王族だけど暗算出来ないぞ!」
「おぉ、ゆうしゃよ、ちなみにわしも指折りで数えられる分までしか出来んぞ」
お前は国王なんだからもう少ししっかりして欲しいのだが……
この後北の敵についても話を聞いたが、元ユッダ侯爵領に入るのは確実だということ以外には新たな情報がないようだ。
だがどうせ新異世界人は魔法攻撃を無効に出来るのだ、せっかくだからアイツに雷の中を進んで様子を見て来て貰おう、ということに決まった。
「それじゃあ今日は帰ることにするよ、クソ野郎の件はよろしく頼む、それから敵についての情報が入ったらまた教えてくれ、じゃあな!」
セラと2人で王宮を出る、今日は自分達の馬車で来たからな、御者のルビアをあまり待たせるのは……
お昼寝をして待っているはずのルビアが例の異世界人に引っ張られているではないか!
何とか抵抗しているようだが、反撃するわけにもいかず、服も所々破れているようだ。
急いでルビアの元に向かう、野郎を全力で殴ってやろうとも思ったのだが、セラに止められてしまった。
「おい、お前一体何をやっているんだ? ウチのパーティーメンバーに何か用なのか?」
「何だ、お払い箱勇者君か、コイツはもう俺の奴隷になるんだ、好きにして構わないだろう、ほらっ、早く来るんだよ!」
「仕方が無いな……ルビア、反撃して良いぞ!」
俺達のパーティーでは最もステータスが低いルビア。
だが召喚されたばかりの新米勇者など全く相手にならない。
反撃を許可したのと同時に、大馬鹿野郎は地面に組み伏せられ、間接をキめられた。
今は無様にタップを繰り返している。
ちなみにタップすると技が解かれるというルールなどこの世界には存在しないのだよ。
「おいお前、もし次にルビアやカレンに何かしようとしたら確実に殺すからな、今回だけは女神の顔を立てるために許してやる、召喚者同士の殺し合いは汚点になるかも知れんからな」
「ぶぐぅっ! ぶぐひぃ~っ……」
「ルビア、コイツ気絶したぞ、漏らすかもだからすぐに離れろ、全く穢らわしい奴だ」
「あ、本当に漏らしましたね、離れなかったら大惨事でした」
「ところでルビア、怪我は無いか? 爪とかが当たったところから変な病気になるかもだ」
「怪我はありませんが、肌を直接触れられたところが何箇所かあります」
「何だとぉっ! 急げ、帰ってすぐに消毒するんだ! こんな汚らしい奴の手垢を付けてちゃいかんぞ」
「ご主人様……焦りすぎです」
そうは言っても俺の可愛いルビアにこんな汚物生命体の分子が付着しているんだ、これを焦らずにいつ焦るというのだ!
とりあえず普通に馬車で帰り、玄関から担架に乗せて風呂に救急搬送してやった。
どうにか汚れを落とすことが出来たようだな。
「ご主人様、どうしてルビアちゃんを洗っていたんですの? ハトの糞でも喰らったとか?」
「違うんだよ、あの馬鹿異世界人に触られたんだ、ハトの糞ぐらいならこんなに騒がないさ」
「それは大変でしたわね……ところであの雷魔法について、ちょっとお話をよろしくて?」
ユリナの話を聞く、どうやら雷魔法の使い手に関して少し思い出したことがあるようだ。
「……というわけで、あの魔法はへいだん魔将のハンナ本人が使っている可能性が高いのですわ」
ユリナ曰く、以前、といっても今の魔王が転移してくるよりもはるかに前に、そのハンナが特殊な魔法を使える、という話を耳にしたことがあるという。
当時はユリナ自身も特殊な火魔法の練習をしており、その情報を集める課程で一度だけその話に触れたのを思い出したそうだ。
「もちろん確証はありませんのよ、もし間違っていたらごめんなさいですの」
「大丈夫だ、貴重な情報をありがとう、また何か思い出したら遠慮なく言ってくれ」
その日の風呂ではユリナの話をもう一度皆にして貰った。
似たような感じの強化版魔法が使えるユリナの話は説得力がある、きっとその魔将ハンナとやらも努力してその技を獲得したのであろう。
「あ~あ、私もそういうカッコイイ魔法が使いたいのよね~」
「風魔法にもそういうのがあるのか? あったらセラも練習すれば良いじゃないか」
「風魔法の最強版は竜巻ですね、あと水なら洪水、氷なら吹雪ですわ、土魔法はなぜか地面が揺れますわね」
「ほら、セラもやってみろよ、竜巻だぞ竜巻!」
「うん、ちょっと頑張ってみるわ、ユリナちゃん、どのぐらい修行したら良いのかしら?」
「……毎日起きている時間を全て捧げて100年から150年といったところですわね」
「人族の寿命じゃ無理なやつね、諦めるわ!」
「セラさん、死んだ後も私が究極破壊獣として召喚すれば練習出来るわよ」
「サワリンちゃん、私を破壊獣にしたら承知しないわよ!」
「そうだぞサワリン、セラは既に破壊……究極破壊獣なんだからな」
「どうして究極って言い直したのかしら? ああ、死にたいのね」
セラに処刑されている最中、先に上がって居酒屋の開店準備に行っていた日直レーコが戻って来る……
「あの、人族の王様とか偉い人が開店待ちをしているんですが、暗い顔で」
「またかよ、今度は何があったんだろうな、仕方が無い、俺達も夕飯ついでに行ってみるか」
風呂から上がり、居酒屋へと向かう。
※※※
「で、今日はどうしたんだ? どうせまたあの異世界人に何かされたのだろうが……」
「おぉ、ゆうしゃよ、あの男……確かヒキタと言ったかな、何やら調子に乗りおったようでな、王都の全兵力で敵を討ちに行くなどと言い出したのじゃ」
「その間王都は?」
「全くの空っぽじゃよ、王室警護兵まで連れて行くそうじゃ、あの変な格好での」
変な格好と言うのはおそらく重装歩兵のことであろう、あんなもので本当に魔族と戦えるとでも思っているのであろうか?
そもそも教科書でしか見たことが無いだろうに、作戦とかどうするつもりなんだ?
「勇者様、王都の兵をこれ以上失うわけにはいきません、私達もこっそり後を付けましょう!」
マリエルの意見に賛成である。
ただでさえ半分以上を喪失した王都の兵力なのだ、それをあんな馬鹿……ヒキタだっけか? に任せることは出来ない。
きっと全部死なせてしまうのがオチだぞ。
というか今言っているのは北の元ユッダ侯爵領に居る敵のことだろ?
他にも南の海側に正体不明の敵が展開しているのだが、そっちのことは全く考慮に入れずに王都を空けるつもりなのか?
いかん、これは拙すぎるぞ、あのヒキタとかいう異世界人のせいで、これまで必死に守り抜いた王都が完全に持って行かれてしまうかも知れない……
「なぁ、アイツには何とかして1人で行って貰えないかな? そうしないととんでもなくヤバいことになる気がするんだが」
「わしらもそう思っているのじゃがな、それでもあやつは聞く耳を持たぬからな、八方塞がりなんじゃよ」
もうどうしようもない、こうなったら先に王都の人間を全て避難させるしかないのかも知れない。
やれやれ、アイツ本当は味方のはずなんだけどな……
結局その日は何の解決策も得られず、適当なところでお開きとなった。
明日も王宮で会議かよ!
※※※
「じゃあ南の方はもう動き出しているんだな? しかもやっぱりへいだん魔将か」
「そのようじゃ、おぬしらが仲間にした魔族の情報担当が調べてきたようじゃからの、伝書鳩に乗っていた紙もこちらが用意したものじゃったから偽物ではないのじゃ」
「で、ヒキタとかいう奴はどうしているんだ? さすがに北を攻めるのは諦めたんだよな?」
「それがの、今王宮の裏庭で北方征伐軍の隊長達に訓示をしておるのじゃ、行く気満々じゃぞ」
「どんだけ頭悪いんだよアイツは! もう良い、殺してでも止めるんだ、女神には後で俺から言い訳しておく」
「うむ、ではそうしよう、ちょっとゴンザレスを呼んで……」
「ほうこくぅ~っ! 報告にございます! 北方の敵、王都に向けて侵攻を開始したとのことです!」
「なんじゃとっ!? して現在の位置は?」
「それが、帰還した斥候も雷に打たれておりまして、現在回復魔法を受けているものの今夜がヤマといった状況でして……」
「今日はリリィと来ていて良かったぜ、リリィ、すぐに屋敷に戻ってルビアを連れて来るんだ!」
『あ~い、いってきまぁ~す!』
間の抜けた返事をしたリリィであったが、思いの外高速で飛び去っていった。
強烈な風が王の間に吹き込む……財務大臣のズラが飛んで行ってしまったようだ、本人は気が付いていない。
「これ、おそらく北と南の両方から同時に攻撃するつもりだな」
「そうじゃな、わしらが南の敵に気が付かなかったらそっちは奇襲用だったのじゃろうが、バレたことがバレた、といった感じかの」
そうだろうな、こちらからは特に詳細な指示を出さず、とにかく調べてくれとメイに手紙を送った。
それを受けて向こうでは大々的に調査したのであろう、それがどこからか敵の耳にも入ったようだ。
だが、結果的には王都を空ける必要が無くなり、こちらとしては好都合だったな。
「とにかくヒキタにもこのことを伝えて出撃を見送らせるんだな、さすがにこれなら思いとどまるであろう」
「そうしよう、全く、敵が攻めて来るのを知ってここまで安心したのは始めてじゃわい」
その後、ルビアの懸命の治療の甲斐もあり、落雷で生命の危機に瀕していた斥候は三途の川をUターンしてこちらに戻って来た。
夜には目を覚ましたその斥候の報告を伝えられる……
「おぉ、ゆうしゃよ、北側の敵は明日の朝方にはここに来るそうじゃ、超速いらしいぞ」
「いくらなんでも速すぎるだろう、南はまだ明後日ぐらいなんだろ? 同時に来るように調整していると思ったんだが……」
「それがの、南は遠距離攻撃主体で攻撃するような兵器を持っているとのことでの、かなり遠くからここを狙えるようじゃ、そちらも今戻って来た斥候が伝えて来たんじゃがな……」
「つまり明日の朝には両側から攻撃が始まるってことか!」
すぐに屋敷に戻り、戦闘準備をして再び全員で王宮へ向かう。
既に王都の住民を避難させている余裕はない、このまま一歩も中に入れない心構えで敵を迎え撃つしかない。
王も、それから大臣達も今回は甲冑を来て準備をしている。
総務大臣よ、お前その鎧は若いときのやつだろう、胸のところがかなり余っていますよ……
「勇者よ、南は一応筋肉団が付いておる、おぬしらは来たばかりで悪いが北門に行ってくれ、ヒキタの奴が勝手に兵を連れてそちらへ行きおったのじゃ」
「わかった……何だ今の轟音は?」
外に出る、そして空を見上げる……空爆されているじゃないか!
巨大な岩を持った魔族だか魔物だか、とにかく羽のある奴が南側から飛来している。
索敵にも反応が出ているが、現在かなりの大編隊が接近しているようだ。
次々に投下される岩、王宮周辺の施設はどんどん破壊されてゆく。
どうも重要そうな建物を選別し、ピンポイントで狙っているようだな。
「リリィ、迎撃に出るぞ! 他のメンバーはセラと精霊様が防御しながら北門へ向かうんだ!」
戦闘は明日の朝開始、完全にそう思っていた。
だがまさか夜のうちに、しかも空から奇襲を掛けてくるとは。
完全に先手を取られてしまったようだが、ここから上空の爆撃部隊を潰し、南北から迫る敵にも対応しなくてはならない。
俺とリリィは空から南へ、残りのメンバーは北へと向かう。
一体何度目であろう、またしても王都滅亡の危機である……




