1085 これからやっていくべきこと
「へいへい兄ちゃん、今日はどこかお決まりで? ウチの店で遊んで行かないかね?」
「天誅!」
「ぐぇぇぇっ!」
「どうだっ! まだ強化の何とかをやる前だったのがもったいないが、魔界の手先を1匹撃破してやったぜ!」
「勇者様、それは単なる客引きのチンピラです、魔界とか一切関係ない単なる雑魚ですから」
「そうか、そりゃすまんかったな、で、肝心の研究所謹製兵士強化試薬ってのは……もしかしてそのどす黒い液体のことなのか?」
「えぇ、先程人数分受取って来ました、ちなみにバナナ味だそうです……どうも信用ならないのは私だけじゃないと思いますけど……どうぞ勇者様」
「あ、やっぱ俺から試すのかそれ……」
研究所で貰って来たどす黒い謎の液体、これを1日1本飲むと、しばらくの間経験値がどうのこうのと都合の良い効果を発揮し、その辺の雑魚敵を討伐しているだけでもかなりのパワーアップが望めるのだという。
だが正直試したいとは思えない、女神は俺達のような強者であれば絶対に大丈夫だと、そう言って太鼓判を押したのだが、その前の実験結果と見た目がもうアレなのだ。
そもそも、飲んだだけで行方不明になるようなヤバいモノを提供して何がしたいというのかこの国は。
まるで人体実験に成功しているとは言えないうえに、何事もなかった際の効果まで保証されていないとは……
とはいえまぁ、これを使用するのが最も魔界のホネ野郎に近付くための最善かつ唯一の手段であるということは揺るがない。
そうしない限りは、これからまた数年かけて壮大な冒険をし、この世界に巣食う悪者を退治し尽くして、それでも足りずに復活の儀式を行い、また退治してというのを何度も繰り返さなくてはならないのだ。
ということで気合を入れ、瓶の蓋を開けると……うむ、安っぽいバナナフレーバーの香りだ。
やけに科学的な香りなのだが、この世界においてはそれを魔導で再現しているというのが凄い……
「……いくぞ……せいやっ……オェェェッ! バナナ味じゃなくてバナナの香りだけする毒じゃねぇかっ! よくもこんなもん飲ませやがったなっ!」
「でもご主人様、ダメージは受けていないみたいですよ、成功ですっ」
「こんなもんのどこが成功なんだよっ? 良いからカレンも飲みやがれっ!」
「わうっ、うぅぅぅっ……苦いです……」
「んぐっ……あぁ、これを毎日、と思うと気が重いですね」
「もっと改良するようすぐに要請しよう、あとルビア、飲んだフリして捨てようとするな、お前だけ強くならなかったらもうバレバレなんだからな」
「だって……うぅっ……」
クソよりも不味いのではないかと思われるようなその液体を、不正しそうな奴については監視しつつ、全員が飲み込んだことを確認する。
誰も特に変化がないところを見るに、やはり通常の人間にとっては強烈すぎる劇薬であったとしても、最強の勇者パーティーであるこの俺様やその仲間にとっては、単に苦いだけのやべぇクスリでしかないということか。
で、せっかく苦い思いをしてまでそんなモノを飲み込んだのだから、ここからすぐに敵の討伐作戦に移ろうと思う。
今回のターゲットは夜の町を根城に、普通に夜の店を経営する感じを出しつつ反勇者活動に従事しているのではないかと噂され、そして魔界の神から寄せられた情報にも、魔界との繋がりを有している可能性が極めて高いとあった変なおっさんとその仲間である。
今はまだ夕方だが、先程ブチ殺したチンピラのような、前回の物体事変後の混乱に乗じて王都へ入り込んだような、そんな不逞の輩がもう活動を始めている時間だ。
早速指定のポイントに到達した俺達は……そこが勇者パーティー関与の店、捕まえた元魔王軍四天王の1人、サキュバスのアンジュが経営しているサキュバスボッタクリバーのすぐ横であるということを確認したのであった。
店の横には今日もボッタクリで全てを吸い尽くされ、財布もボディーも干からびて路上に倒れている小金持ち、いや昨日までは小金持ちであった一文無し共、1匹は昼の暑さで死亡したらしく、凄まじい腐臭を放っている。
そしてそれを面倒臭そうに片付けているサキュバスの従業員が2人居るのだが、どうも死体はひとつだけ、倒れているのも数が少ない……というか、サキュバスではない奴もまた死体の片付けをしている様子。
しかもそれは明らかにサキュバスの店で出たようなものではない、というか隣の建物の中から運び出されている時点で違うことがわかる、ターゲットの店からだ……
「見ろ、すげぇリンチされてブチ殺されたようなご遺体ばかりだぞ、何なんだアレは?」
「わかりませんが、きっと支払いが出来なかったお客なんじゃないでしょうか? ひとまずサキュバスさん達のお店で事情を聞くのはどうでしょう?」
「あぁ、だが時間がないので簡潔にな、お~いっ、そこの2人ちょっと良いか? ひとつ聞きたいことがあるんだ」
「あっ、異世界勇者、アンジュ様~っ、低能サルがまた来ているんで塩撒いて下さ~い」
『はいはい今行く、えっと、お塩お塩……』
「おいコラ、ちょっと窓から顔出せアンジュ、さもないと全身80カ所に退魔の札を貼るぞ」
「はぃぃぃっ! もしかして今の聞こえてたとか……聞こえていたわよね、冗談だから気にしないでちょうだい、で、用件は何?」
「隣の店は何なんだ? 今日はそこを攻めるために来たんだが、死体を運び出している時点で通常じゃねぇよな?」
「あぁ隣ね、ちょっと営業妨害っていうか、オーナーの奴が近くの店のコンセプトを丸パクリにして出店して、それでそのターゲットを潰して、みたいなことを繰り返してんの、お陰様でカモが激減して商売あがったりなのよこっちはっ! しかも物体事変で余計にアレだし……あ、もしかして今日潰してくれるの?」
「そうか、ちなみに別件で潰しに来たんだがな、悪い奴が経営者であるということがわかって安心したぜ、じゃあな」
「はいは~いっ、じゃあウチの売上のためにもどうぞヨロシク」
「全く、そんなことになっていたんなら先に言えよな……」
引っ込んでいくアンジュ、ここで予想を立てるのだが、そのコピー店を作るやり方はこれまで何度か敵がやってきた経済的な攻撃のひとつであったな、それと同じであるはずだ。
そして反勇者組織として搔き集めたそこそこの金をその資本として、企業の体力だけで他を圧し潰し、市場を独占したところでやりたい放題をして金を稼ぐという、とんでもないやり方の経営であることもまた確か。
このやり方で、それでいて支払いが出来なくなった客をブチ殺している段階ということは、既に市場の独占は固まり、とんでもないボッタクリ価格で運営しても大丈夫な段階に入ったということだ。
初期であれば公正取引委員会も真っ青な超絶ダンピングを仕掛けているはずのその店がここまでやっている……つまりは物体事変後ではなく、その前からここでこのような営業をしていたということなのであろう……
「中へ入ってみましょう、きっと営業開始を待たずに入れてくれるはずです、ごめんくださ~い」
『何じゃオラこのガキがぁぁぁっ!』
『お前みたいなモンが入って来るような店じゃねぇんだよオラァァァッ!』
「……怒られてしまいました」
「ミラじゃダメだよな、ちょっと俺が行くから待っていてくれ、どうも~っ」
『だからテメッ……げぇっ、コイツは要注意だってオーナーが言っていた……』
『異世界勇者だっ、逃げろぉぉぉっ!』
「逃がすかボケ、ひとまず死ねっ」
『ギャァァァッ!』
『ギョェェェェッ!』
『以下略』
入ってすぐのホールに居たチンピラ店員、どう見ても人殺し面なのだが、これで接客が務まっていたのかどうかについては疑問である。
奥の階段からは、騒ぎを聞きつけたと思しき数名の女性が顔を覗かせているのだが、これらは単なる従業員という感じなのでスルーしておこう。
本人達も特に敵対するような動きは見せていないわけだし、こちらも手を出さないということがわかれば、むしろ敵である馬鹿野郎の摘発に協力してくれるかも知れない。
で、しばらく入り口近くを捜索し、隠れているチンピラなどが居ないことを確認してその階段のある場所へ。
女性らのうち1人が手招きしているため、何かあるのは確実だということで、警戒しつつ全員でそれに従う。
どうやら黙って協力するタイプのようだな、きっとここのオーナーである馬鹿野郎に、借金のカタなどで無理矢理働かされていたようなタイプなのであろうということは、その身なりなどから想像出来る。
そのまましばらくその女性に付いて先へ進むと……明らかに邪悪なオーラを放っている、黒く塗られていてしかもガイコツのような飾りがある部屋が見えた。
ガイコツ……というよりもアレだ、魔界の神がやべぇ奴だと紹介してくれたホネスケルトン2世の立体胸像のようなものだ。
間違いなくその先には敵が、魔界に邪悪な祈りを捧げ、俺を倒したり現魔王を廃して何やらしたりというあくどいことをする力を得た、或いは力を持つ何かをゲットした馬鹿が居る……
「……この先にここのオーナーが居ます、というかずっと何かの呪文を唱えていて凄く不気味なんですが……それが目的でここへ来たんですよね?」
「その通りだ、俺様は異世界勇者様だからな、正義を愛し、それを踏みにじる者を許さない、だからそのオーナーとやらをブチ殺すんだ、それは構わないな?」
「えぇ、ここの従業員は全員拉致されたり騙されたり、親を騙されたりして連れて来られた者ばかりですから、出来れば自分で惨たらしく殺してやりたいところなんですが……」
「なんですが、どうかしたのか?」
「何というかその、明らかに禍々しい何かに変わっているんですよあのオーナー、最初は単なるクソデブだったのに、今はシュッとして腹筋とかもバッキバキで、しかもちょっと瘴気みたいなのまで放っている始末でして」
「なるほど、もしかしたら魔界の力で自分を強化したのかも知れないわね、だとしたら何かを召喚するとかそういう動作もなく、いきなり強キャラとの戦闘になるわよ」
「では、隊列を組んだ状態で突入することとしよう、ミラ殿、時空を歪めるコーティングの武器を」
「わかりました、では開けますね……それっ!」
バンッと扉を蹴破ったミラ、その先に続いていたのは暗く、間違いなくやべぇ奴が存在している部屋。
強者のオーラは感じられないが、その代わり通常の人間と同程度の反応がひとつ。
しかしその見た目は明らかに強者のものであって、もちろん敵キャラのものであることは間違いない。
真っ黒な角が生え、腹筋どころか全身がバッキバキの細マッチョ野郎、それが無駄に裸ベストの状態で……胸の名札に『オーナー』の文字が見える。
そしてその狂ったオーナーの後ろには、あの貸コンテナで発見したものと全く同じ祭壇が用意され、供物として捧げたと思しき饅頭がひと箱、かなりの高級品だが、きっとその下に敷かれているのであろう金の何かの方が価値が高いことであろう。
そんなオーナーはこちらの侵入に気付いた、いやとっくに気付いていたような素振りで二ヤリと笑い、高級そうな机を足蹴にして粉砕した後、こちらに向かって歩き始めた……
『ケケケッ、ケケケケッ……勇者パーティー、まさかそちらからやって来るとはな、探す手間が省けてラッキーだったぞ』
「やいボッタクリ野郎、お前のせいで隣のボッタクリサキュバスさん方が迷惑してんだ、今日今からこの場で殺させて貰うぞ」
『何を言うか、死ぬのは貴様だ異世界勇者、俺はなっ! お前のような無能な馬鹿が、勇者というその身分を利用して俺よりも儲けていることが気に喰わなかったんだっ!』
「……いえ、この人全然儲けてませんけど、むしろ底辺of底辺でして……勇者様、この男、何か勘違いをしているようです」
「うむ、実に情けないことだがそうなんだろうな、おいお前、俺なんかもうほら、1か月の小遣いが最大鉄貨3枚なんだぞ、ひもじいんだぞオラッ!」
『そんなはずはなかろう、どうせどこかに、例えば壁の中とか床の下とか、庭の灯篭の隙間とかに金塊を隠しているんだお前はっ!』
「そんなもんマルサに見つかったらお終いだろうが……まぁ良い、勘違いして俺様が大金持ちだと思い込んだまま死ねっ! オラァァァッ!」
『おっとっと、ケケケケッ、そんな攻撃など通用せんわボケが、俺はな、お前を倒すために進化したんだよ、人族から魔人に、魔界の力を授かってなぁっ!』
「ちょっと、それについて詳しく教えてくれ、(お前の)冥途の土産にな」
『ケケケケッ、良い心がけだがな、どうしようかなぁ~っ、ケケケッ』
本当に気持ち悪いうえに、通常では考えられないような力を得てしまったことで調子に乗り倒しているオーナーであった。
ここでさらに煽てたりすれば、もしかしたら魔界との関係についてより詳しく話をしてくれるかも知れない。
まぁ、対した情報は得られないであろうが、何か攻略のヒントになるようなことがわかれば良いなぐらいの気持ちで聞いてみよう。
目の前でウーウー唸りながら攻撃態勢に入っているカレンをヒョイッと抱えてストップさせ、オーナーに対してさらに質問を投げ掛けていく……
「……ふむ、本当に凄い力だな、通常では考えられない、どころか勇者であるこの俺が見ても驚愕至極だぞ、いやマジですげぇなお前……で、どんな儀式をやったらそんな感じになるんだ? 本気で教えて欲しいと思っている」
『ケーッケッケ、やはり勇者といえど、魔界から力を得たこの俺の強さの前には平伏すしかないということだなっ! まぁ、最後だから教えてやろう、ケツの穴かっ穿って良く聞きやがれっ!』
「いや、そんな所から音波を受容していたりはしないんだが、勇者とはいえもちろん人間なんでな、で、そんなのもうどうでも良いから続きをどうぞ」
『うむ、では教えてやろう、俺は魔界の神に祈り続けた、およそ1年前から、勇者を倒したいと、そしてこの世界で一番の金持ちで尊敬される経営者になりたいと、そう願ったのだが……何か最初とか普通に無視されたし、何でも捧げるとか言っちゃったからいきなり全財産、パンツまで消失して文無しになったのだ』
「……馬鹿なんじゃねぇのか?」
『そうっ、そのときに諦めていれば単なる馬鹿だ、アホだ、チンパンジー以下のサルだっ! しかし俺は諦めなかった、素っ裸のまま何度も何度も祈りを捧げたのだっ!』
「いや服は着なさいよ、よく逮捕されて処刑されなかったわねその格好で」
『ド田舎の農村だったからな我が家は、で、祈り続けて祈り続けて、そしてあるとき遂に神の、魔界からの神の声が聞こえたのだっ! 今は忙しいからちょっと待てとな、そして俺は待ち続けたっ!』
「お前かなり暇だろ? それで、待ち続けた結果がそれか?」
『そうだ、世間h魔王が倒れたとか、物体だか何だかがどうのこうのと騒いでいたようだがっ、その間待ち続けた俺はいつの間にかこの姿に、この最強の力を有する究極生命体になっていたのだっ! どうだ恐ろしいだろう? この俺に生えてきた角に貫かれ、苦しみ抜いて死ぬこの数秒後が恐ろしいだろうっ! ケケケケーッ!』
「ほいカレン、もう行って良いぞ」
「わうぅぅぅっ!」
ひと通りの解説を終え、直後に頭をこちらに向けた状態で突進してきたオーナー……であった謎生物。
もちろん俺達や筋肉団員など、一部の常識を外れた存在を除いた場合には最強なのであろう。
だがそれは常識の範囲内にあることからも、今応戦するために向かったカレンの力には到底及ばない。
いや、時空を歪めるコーティング武器がなければ互角か、それでもその武器がある以上、もう相手にならないのは目に見えている。
先頭に立ったミラとジェシカの間を超高速で駆け抜けるカレン、横を通過される際、ミラもジェシカも盾や剣を構えることなく見送った。
その2人が確信していた勝利は、もう次の一瞬、いや刹那で現実のものとなったのである。
馬鹿が馬鹿らしく頭を突き出して走っていたため、カレンはそれの軌道から少し身を逸らすと、タイミングを合わせてその首を掻き斬ったのだ。
スパンッと、良い感じに刎ねられた首、下からいったため回転しながら飛び上がり、最終的に天井に角が突き刺さった状態で停止した。
芸術点が考慮されるのであれば10点満点をくれてやりたい光景だな、もちろん馬鹿なオーナーにではなく、それを華麗な技で仕留めたカレンにだが……と、まだまだオーナーは生きているようだ……
『あっ、あっれぇ~っ? ちょっと待てオラ、何で体が動かなくて……いや俺、こんな天井付近に目線があるのは……ギャァァァッ! 俺のっ、俺の体と頭がサヨナラしてんじゃねぇかぁぁぁっ!』
「いつも思うけどどうやって喋ってんだろうなあの状態の奴は……まぁ良いや、すまないがミラとジェシカ、あとマーサは……汚そうだから触りたくない?」
「触りたくな~い」
「わかった、じゃあミラとジェシカの2人でそのボディーの方をメッタメタに損壊しておいてくれ、ユリナ、最後は焼いて灰にしてしまうんだぞ」
『うぇ~いっ』
「あぁぁぁっ! ちょっと待ってっ! 俺の体、俺の腕俺の脚……俺の財布ぅぅぅっ!」
こうして強敵? を討伐することに成功した俺達、戦ったのはカレンだけのように思えるが、その経験値などは皆がゲットする、もちろん馬車の中に居ても同様というのがこの世界の都合が良いルールだ。
ちなみに酒場でサボっているような奴には経験値が入らないのは当然であって、そこまでのズルは出来ないようになっているのもナイスなところ。
で、こんな感じで明日からも、魔界の神に邪悪な祈りを捧げたことによって利用され、凄まじい力を得た反勇者派などの連中を狩り続け、異常なスピードでパワーアップしていくのが当面のミッションとなるとのことだ……




