1078 本拠であった場所
「ふむふむ、ここが南の物体城とやらがあった位置なのか……地面が恐ろしいほどに抉れているな、なかなかな分量の物体がここに隠されていたというわけだ……それ、どこからどうやって調達したのかわかるか?」
「知らんな、王都……あの人族の町な、奴等がそこへ日夜侵入して、人を喰らったり何だりしていたのは事実だがな」
「それと、あんまり覚えていないけど豚面の上級魔族? の一団を喰らい尽くした……のは東側なのよね、それ以外にはあまり知らないわ」
「上級魔族の一団とは? この地に住まう人族なんぞより数万倍、数十万倍とが魔力高いのはわかるが、それが何億体ぐらい餌食となったのだ?」
「えっと、確かせいぜい500とかそんなもんか? 印象の薄いモブキャラ共だから詳しくは覚えていないがな」
「ふむ……その程度の者と、それから王都? だか何だかというあの小汚いスラムから得た力で、ここまでの『物体量』となることは考えられない、何か別の調達原泉があるはずだな、ここからはそれを探せ」
「探せって、命令してねぇで自分もやれや、こんな事態になったのが魔王のせいってことは、そのまま魔界のせいでもあってだな、魔界のせいってことはお前が悪いってことなんだからな」
「はぁっ? 貴様我を、この魔界の神でありゆくゆくは主神となる我を侮辱するつもりか? ブチ殺すぞクソハゲ野郎!」
「そういう言葉遣いをしている方は決して主神などになれないと思いますの……」
「・・・・・・・・・・」
ユリナにツッコミを入れられ、それだけで黙ってしまう悪魔フェチと思しき魔界の神、本当に馬鹿だ。
しかしこの馬鹿の見立て通り、おそらくは物体に別の調達原泉があったであろうと、そう考えるのが妥当な状況。
まず調査に赴いたここ南の物体城跡では、地面にポッカリトと穴が空いており、その周囲の木々は無残に薙ぎ倒されているような、まるで地の底からバケモノでも出現したかのような状態となっている。
まぁ、実際にあんなわけのわからないトンデモ物体が出現しているのだから、見かけ上と実際とでそう乖離しているとは言い難いのだが、とにかく今はカラッポの抜け殻状態となったその巨大な穴。
通常であれば、ここでガイガーカウンターなどを持って来て放射線をどうのこうの、そして確かに怪物がどうのこうのという展開になるのだが、生憎この世界は魔法中心であって、そのような科学的などうこうにはならないのである。
その代わり、魔界のものとはいえリアル神が実地調査に同行し、その意見を述べるなどしているのだ。
だが対して役に立たないうえに態度がアレでムカつくし、そもそもコイツは敵ではないか。
そんな状況で地道に調査を進めていくのだが、物体がどうしてあそこまでの質量を確保することが出来たのか、その謎の答えには一向に迫ることが出来ないでいた……
「う~ん、もう飽きちゃったわね、一旦戻ってお昼にしよっ、ねぇっ」
「わうっ、私もマーサちゃんに賛成です、リリィちゃんは……寝てますねもう」
「そうだな、ここに居ても何かがわかるとは思えねぇし……この神だけ置いてちょっと食事にでも行こうぜ」
「おいちょっと待てコラ、どうして我だけここで仕事をせにゃならんのだ? 我も食事に行くぞ、神に供物を捧げよ」
「誰がお前のような邪悪な神に供物など捧げるか、行きたいなら自分で行け、観光マップをくれてやるから、ほら」
「ちなみに先の戦いで大半の店舗は倒壊するかそうでなくても営業出来ない状態だと思いますので、もし行ってやっていなくても怒らないで下さいね」
「・・・・・・・・・・」
ということで魔界の神を無視して、一度馬車に乗って王都へと戻る俺達であったが、正直食事をするところなど本当にあるのかといった具合だ。
王宮も半分ダメになってしまったし、そこで何か提供させることはかなり難しく……そういえば駄王が魔界に送られたままとなっていたのを忘れていたな、まぁ良いか。
で、念のためということで未だに分厚い警備体制となっている南の城門を潜り、ボロボロではあるが人が出て来つつある王都内へと入る。
煙が上がっているのは食事の支度などではなく、巻き込まれて死亡した王都民を荼毘に付しているものであろうということは、もう確認するまでもなくわかること。
どこかこんな状況においても営業を続けているような気骨のある飲食店はないものか、そう思いながら王都内を進むと……結局屋敷まで来てしまったではないか。
城壁のすぐ横ゆえ特に被害を受けておらず、庭ではアイリスが呑気に掃除をしている俺達の屋敷。
仕方ないので『家メシ』とすることが決まり、ついでにこの後についての作戦会議をしようという話にもなった。
それであれば魔界の神の奴も……当たり前のように付いて来ていたようだな、この腐ったストーカーめが……
「は~い、じゃあお肉とお肉とお野菜と~、あとはパンでも良いでしょうか~」
「おう、口に入れられるものなら何でも構わんぞ、適当に簡単なものを頼む」
「アイリスちゃん、勇者様の分は口に入れられそうなサイズのボロ切れとかで構わないわよ、あと雑巾の搾り汁も付けてあげて」
「あ、わかりました~」
「ルビア、ちょっとセラの尻を痛め付けるのにちょうど良い手頃な鞭を貸してくれ」
結局、用意して貰った質素な食事を取りつつ会議を始める、雑巾の搾り汁は話を聞いていなかった様子であった魔界の神に飲ませておいた。
何やら臭いなどと文句を言っているようだがそれは無視して、この後どうするべきなのかについて議論を交わしていく。
もうこれ以上南の物体城跡へ行っても特に得られるものがないであろうということは明らかであって、午後は場所を変えて調査を進めなくてはならないというのが全体のまとまった意見だ。
既に始まっている王都の修繕、その釘を打ったり石を積み上げたりする音が響き渡る中、どうにかしてそちらに強制参加させられないようにと、必死になって次の場所を探していく。
もちろん調査対象は物体城跡であって、それをどこにするべきなのかということが……ひとまず最も近い北へ行ってみよう。
北の物体城は魔王城の中に無断で建造されたものであって、その魔王城はこれまで物体に支配されていたのだが、その邪魔者が今はもう居なくなったのだ。
つまり非戦闘員である魔王をそこへ連れて行ったとしても、特に危険があるわけではない。
案内係としてちょうど良いし、もしかしたら魔王城、最初に物体が出現したあの場所であれば、何か手掛かりになるものを発見出来る可能性が高まる。
ということで決を採ったところ、全会一致で午後の行き先が『魔王城内物体城跡』とされることに決まった。
そうとなればすぐに準備だということで、地下に閉じ込めてあった魔王を引き摺り出して縛り上げ、事情を説明して本人の了解を得る……
「かくかくしかじかということだ、ブッ叩かれたくなかったらキッチリ案内しろ、オラッ」
「いでっ、もう叩いているじゃないの、というか私、まだまだ物体関連書籍を解読している最中なんだけど」
「どうせサボりつつチンタラやっていたんだろう? というかアレだ、ここまでに得た情報を、俺達を案内しつつ提供すれば一石二鳥じゃないか、ほらもう行くぞっ」
「あ、待って下さい、一応私も行きますね、何か発見があるかも知れませんから、あと中の状況も確認しておきたいですし」
「そうか、じゃあエリナ……を守るために副魔王も連れて行こうか、ちょっと大所帯になるが仕方ない、ルビア、奴も連れて来てくれ」
「あ、は~い」
こうして勇者パーティー12人、魔界の神、魔王に副魔王、そしてエリナというメンバーで、途中で腹が減っても大丈夫なように携帯食を持って屋敷を出る。
一時的にではあるが物体に支配されてしまった魔王城がどうなっているのかはわからないが、あの亜空間の地下書庫を経由していく必要はもうないであろう。
ということで全員馬車に乗り込んで……思っていたよりも狭いな、精霊様を天井付近に追いやってもかなり狭い。
というか魔界の神が偉そうに足を開いてふんぞり返っているのが原因ではないか、コイツは一体どこまで調子に乗るというのだ。
とはいえ魔王城は王都から程近く、狭い狭いと文句を言っている間に到着してしまう。
入口の前に馬車を停めて、一旦内部の様子を観察するのだが……うむ、確かに物体が蠢いているということはないようだ。
魔族も物体も居なくなった魔王城は静寂に包まれており、かつては天守閣に続く道を露店が占め、活気に満ち溢れていたものとは到底思えない寂しさと不気味さである。
そんな魔王城内に足を踏み入れるのはもう何度目かと、既に主を失ったその巨大な建造物を見上げつつ思ったのであった……
※※※
「ここに物体城があったってわけね、あーあ、せっかく綺麗に整地してあったのに、凄く大きな穴が空いているじゃないの」
「そんなもんまた直せば良いじゃないか、それよりもここ、南の物体城跡とほとんど変化がないように見えるが……どうだ?」
「御主人様、こっちに何か道みたいなものの跡がありますよ、向こうの、魔王城のメイン建物に繋がっています」
「なるほど、てことはアレか、ここの物体は物体城と地下の巨塔を構成しつつも、魔王城の天守閣の方も何かに使っていた可能性が高いということだな」
「やっぱりちょっと確認してみるべきね、あの知恵を得た物体? が、もしかしたらそこを拠点にしていたのかも知れないし」
「確かにそうですね、あの良く喋る物体がどこから、というかどの方角から来たのかは聞きませんでしたが、やはりここである可能性が高いというか……」
「ということだ魔王、それに副魔王、お前等が良い感じにまともで進み易いルートを案内しろ」
「案内しろって、具体的にどこへ向かうつもりなのよ? あんたのプレハブと違って広いこの魔王城のどこへ」
「何かムカつくな魔王には移動しながら罰を与えるとして……とりあえずは……」
「魔王の間ね、ひとまずそこへ行くべきだと思うわ」
ということで移動、魔王はこの魔王城のどこへでも、簡単に転移することが可能な便利能力を有しているため、その移動の元となる扉がある場所まで、後ろから棒切れで尻を引っ叩きながら先導させる。
痛い痛いと文句を言いながらも、そういうお仕置きに対して特に抵抗しなくなった魔王は、普通に歩いてすぐ近くの倉庫のような建物……物体の巨塔が出現した際に半壊したようだが、それで残った扉へと移動していく。
そこで何やら術式を用いる魔王、物体に関する研究を日夜続けていることからくる疲れによって、力が足りなくなっているようで、副魔王から魔力を借りての発動となったその術式。
完成後に扉を開いてみると……どこか懐かしくも感じる、あの最終決戦の場となった魔王の間に到着したのであった。
すぐに全員で中へ入り、まずは定番の設定として裏側に隠し階段の入り口がある玉座を調べ始める……
「うむ、特に変わったところはないようだが……部屋自体も別に荒らされてはいない感じだな」
「でも何だかおかしいですよ、私達がここを出たとき、もう少し散らかっていたような気がしますの、それがこんなに片付いて……いえ、別に魔王様がお片付けの出来ない子というわけではなくてですね、戦闘の余波でそうなったものが、綺麗にされているというか何というか……そう思いませんこと?」
「あっ、そういえば最初に物体が下層へ漏れ出したときの穴が……塞がっていやがる、物体共め、この部屋を修繕して使っていたのは間違いないだろうな」
ユリナの指摘を受けて、ようやくこの部屋全体がどこかおかしくなっているということに気が付く。
考えてみれば綺麗だし、それこそモノもなくなって、どことなくシンプルな感じの見た目になっているような気がしなくもない。
それを元々の所有者である魔王にも、それからその側近である副魔王にも問うてみたところ、確かにそのような気がするとの曖昧な返答を得たのだが、やはり異常を感じているのは事実らしいな。
と、ひとまずここは置いておいて、魔王の私物が保管されているという、この魔王の間に繋がる部屋の様子も確認してみることとした。
魔王がこの城を脱出し、逃亡生活に入った際には、いつの日か戻って来て使用することが可能となるよう、施錠して徹底的に隠蔽したうえで離れたのだというが……単に出入口部分を布で隠しただけであった、非常にお粗末である。
で、その布の向こうには戸があって、そこには確かに強力な魔法でもない限り開かない鍵を用いていたと言うのだが、どういうわけかそのようなことはなく、スッと引くだけで簡単に開いたのだが……
「おい、鍵を掛け忘れたんじゃねぇのか? 普通に開いたぞこの戸は」
「そんなことはないはずよ、だって……あっ、めっちゃピッキングされてんじゃないのっ! 鍵穴がガリガリになっているわよっ!」
「マジか……そういえばそんな能力を持った物体に遭遇したことがあったような……よし、ここへは物体が忍び込んだ可能性が高いと考えて捜索をしよう、まずは……真っ黒なんだが壁とか、魔王お前どういう趣味してんだ一体?」
「え? はっ? あっ……こんなんじゃなかったのは確かよ、ねぇ」
「魔王様のプライベートな空間であるこのお部屋は確かピンクと白で、誰も知らない異世界のイケメン人族のポスターが貼ってあったはずで……それがどうしてこんな……」
「わからんが、侵入した物体がやったということだけは確かだろうな、とりあえずそのイケメンの代わりとして俺のポスターを貼っておこう、火の用心と確定申告しろ的なやつのどっちが良い?」
「どっちもやめなさい穢らわしいっ!」
とりあえず俺のポスターを貼っては貰えないということのようだが、真っ黒な壁のまま生活するよりも、朝目覚めたら俺が爽やかな笑顔で、『確定申告は3月15日まで(去年のポスター)』という台詞とともに出迎えてくれる方が良いと思ったりしないのであろうか。
まぁ、魔王がこの部屋に戻ることはもうないであろうし、私物も運び出してやってここ自体を調査対象とすべきであるから、特にポスターなど必要ないということなのかも知れないが。
で、そんな真っ黒に塗られた部屋であっても、どうやらタンスや棚、机などは真っ黒のまま残されているようで、ひとつ引き出しを開けてみるとその中は完全に無事であった。
ということは物体が塗ったのはこの壁の全面だけであって、それ以上は手を触れていないということなのだが……そもそも何のためにこのようなことをして、どういう目的でここを使用していたというのか……
「……あっ、見て下さい勇者様、どこかにエッチな本が隠されていないか探していたら、ベッドの横にこんなモノが落ちていました」
「こんなモノって……何だその黒いのは? おい魔王、かなりブラックでエッチな本を読んでいたみたいだな」
「知らないわよそんなの、だいたい何も書いていない真っ黒な紙の束? じゃないのそれ」
「そうですよ、魔王様はそんな所にエッチな本を置いていたことはありませんし、ベッドのマットレスの下に綺麗に並べて……あっ」
「ミラ、ベッドのマットレスの下を捜索するんだ、そこが奴の隠し場所みたいだからな」
「ひぃぃぃっ! ちょっと待ちなさいぃぃぃっ!」
結局、魔王がキープしていたエッチな本というのは大変につまらない、今時中学生でも喜ばないようなものであった、情けない奴め。
しかしその中には最初に発見された真っ黒な本に類似したものは存在せず、となるとやはりこれは……物体が用いていた本のような何か、ということになるのではなかろうか……
ひとまずパラパラとページを捲ってみるものの、これといって変化がないまま最後まで真っ黒な本のようなもの。
何の情報も得られないどころか、文字すら書かれていないというのはどういうことだ。
人族の真似事をするにしても、意味不明でも構わないし間違っていても構わないから、とにかく文章のようなものを記載しておくと思うのだが……
と、他にもいくつかそのような品が存在しているらしいな、真っ黒なコーヒーカップ……のようだが、下がザルになっていて使用には耐えない。
真っ黒な衣服のようなものがハンガーらしき何かに掛かった状態で床に落ちているのだが、良く見ればハンガーにフックがないため壁のどこにも掛けようがないではないか。
部屋として成り立っているように見えて実は成り立っていない、そんな異様な光景が広がっているのだが、もうここまでくれば物体がこれを、人族を真似るためだけにやったということは明らかと言える。
きっとそれまで得ていた情報のみに基づいて、試行錯誤しながら『人間らしさ』を出そうとしていたのであろう。
その努力の形跡は窺えるのだが、所詮は考えなしにただ真似しただけであるということも同時にわかってしまう……
「……でもさ、でもさ、どうして物体は人族の真似なんかしていたの? 別にそんなことしなくたって良いじゃないの、ねぇ?」
「そうですよね、だって人族を滅ぼしてそれに置き換わって、その後は魔族も滅ぼしてまた置き換わって……みたいなことをする計画だったんですよね? それで最後はこの世界を魔界に取り込むと……でも人族が居なくなった後、わざわざ人族の真似を、しかも全然似ていなくてバレバレの真似事なんかして、それに意味があるんでしょうか?」
「そもそも真似っこなんか出来てないですよこれ……」
ここで浮かんできた、というか元々かなり疑問には思っていたところなのであるが、どうしてここまでして、すぐに滅ぼし、消し去ってしまう予定であった人族の真似を物体はしたがったのか。
その謎について、この異様な元魔王のプライベートルームのイカレッぷりを見てさらに強く感じるようになったのである……




