1073 合体
「ウォォォッ! どんどん吸い込んでやるっ! もっと崩して持って来いやぁぁぁっ!」
「勇者様! 勇者様ちょっと! 王宮半分吸っちゃってますからっ! そのままだとなくなっちゃいますから王宮!」
「諦めるんだマリエル、戦いに際して犠牲が出るのは仕方のないことだ、しかもアレだろ、王宮とかそういうシンボル的な建造物が半壊していたら、それを後に見た人々はきっと激しい戦いであったのだと想像して、そしてそれを勝ち抜いた俺達をだな……ということでウォォォッ!」
「というか王宮はどうでも良いので物体を吸って欲しいところね、ほらそっち、固まって落ちているわよ、バラバラと動き出す前に吸わないと」
「ウォォォッ! その辺の建物ごとウォォォッ! 人間もだいぶ吸ってしまっているようだがウォォォッ!」
こちら側の増援として出現した極めて不快なビジュアルの改造人族、まぁ王都にそれを導入しようと考えたのは俺達なのだが、そんなモノが大活躍している最中に、どう考えてもメイン戦力である変型合体ロボが逃走するわけにはいかない。
ということで魔界の神より授かりし、コードレス掃除機のような魔導兵器を用いて、先程東の巨塔から送り込まれ、さらに切断されたその腕の部分が分離するなどして王都内に撒き散らされた人型物体、これを始末していく。
というか、味方ではあるが功を競うライバルでもある改造人族をさらに改良したものと思しき新型チーンBOWの人を、直接吸い込んで排除してしまったらどうであろうか。
いやさすがに味方の排除は怒られるか、そういうのは戦いが終わり、安全が確保されたうえで、さらにはそれ自体が不要であると判断出来るだけの根拠を得た段階にならないとすることが出来ない。
猫のても借りたいではないが、今は股間から矢を発射するというそのメイン機能だけでもうコンプラ案件であろう気持ちの悪い生物兵器の力をも借りたいところなのである。
そして下を向いている俺が、少しずつ移動しながら、もちろん城壁横に迫る東の巨塔を牽制しながら場所を選ぶ変型合体ロボのその動きに合わせつつ、下ばかり見て作業している間にも、前を、上を向いて戦っている仲間達の作戦は続いていたのであった。
北と西の巨塔はそこまで削れていないのであるが、メインで相対している東の、最もサイズが大きかったそれは、脚部分の被ダメージと補填による当該箇所の再生を繰り返し、当初よりも随分小さくなったように思える。
……というように思えはするのだが、実際にはそこまで小さくなったというわけではない。
そう見えるのは俺達に余裕が出てきたから、変型合体ロボの20倍以上である物体の巨塔と、どうにかこうにか渡り合うことが出来るということがわかったから、心理的に小さく見え始めただけのことだ。
現実を見れば、まだ東の巨塔のサイズは変型合体ロボの十数倍であって、未だに脚部分しか攻撃出来ないうえに、切断された腕は既に再生し、もう一度その大質量で王都の地表を狙っているようで……もう一度腕をビターンッとやってきそうだな……
「精霊様、次の攻撃がくるみたいだぞっ、どうにか防御する方法がないのかっ?」
「受け止める……なんてことしたらヤバいわよきっと、凄い重さで潰されちゃうもの、攻撃がくる前に腕の部分を叩き落とすか、或いは……」
「全部吸い取れってか、無茶言うんじゃねぇよ……とはいえやるしかないと……すまんが全員衝撃に備えてくれ、それから左腕にパワーが入るように姿勢の調整をっ!」
ここでようやく活躍の場が訪れたというのに、それに係る作戦がなかなかにしてやりたいと思うようなものではなく、むしろ無理をしてどうにか、といったような感じのもの。
見た目は完全に掃除機なのだが、それを上に向けて、変形合体ロボを物体の腕部分が振り下ろされる位置まで移動させる。
引き続き北と西への牽制攻撃を繰り返しつつ、膝を地面に突くような姿勢で……そこそこの範囲の街並みを破壊してしまったようだが仕方ない、これをしないと王都がもっとヤバいこととなるのだ。
真上から振り下ろされる物体の腕、吸引力を全開にしてそれを待ち構える変形合体ロボ。
ふたつの巨大なそれが交錯すると同時に、変形合体ロボの装備が物体の腕に吸い付いた……
「いっけぇぇぇっ! 全部吸い込んでやれぇぇぇっ!」
「ねぇねぇ、叫んでも効果は変わらないんじゃないの?」
「そういうこと言うんじゃねぇぇぇっ! ウォォォッ!」
「だってうるさいんだもん、ね、カレンちゃん」
「もう外でやって欲しいです……」
「酷いなお前等……と、だが良い感じだぞっ! そこだっ、吸えぇぇぇっ!」
カレンとマーサに批判されつつ、戦っているのは変形合体ロボだというのに、無駄に叫び散らす主人公風のムーブをして見せる。
確かに俺の叫びはどこにも届かず、効果を発揮することもなく、コクピットであるプレハブ城の中に虚しくこだまするにすぎないのだが、雰囲気的にはこちらの方が良いと俺は考えるのだ。
で、その吸い付いた掃除機様の魔道兵器なのだが、中にタンクがあるわけでもなく、吸い取った物体がそのまま魔界のどこかに直送されるという仕組み。
それゆえどれだけ吸っても吸引力が変わることはないのであって、王都の地表に向かって振り下ろされようとしていたその物体の腕は、みるみるうちに萎み、縮小していくではないか。
だがそこで手を緩めることなく、そのまま吸引を続けていく……そろそろ限界か、この姿勢だとセラとユリナが牽制しているふたつの巨塔に攻撃が届き辛くなり、せっかく止まっているものの進行が再開されてしまう……
「クッ、西の物体が進み始めましたわよっ、角度的にダメージが下へ入らなくて、歩行機能が阻害され辛くなっていますのっ」
「あぁ、だがもうちょっと頑張ってくれっ、もう少し、もう少しで……よしっ、肩の部分までいけそうだっ、精霊様、もう立ち上がらせても良いぞっ……どうした?」
「……ちょっと、いえ、動きがちょっと、ホントに何だかゆっくりになって……一気に魔力を使いすぎて充填していた分がなくなりかけみたい、しばらく静かにして再充填しないと」
「マジかっ、とにかく立ち上がるだけ立ち上がってくれっ」
ようやく東の物体の振り下ろされた腕を吸い尽くしそうなところで、あたかもバッテリー切れかけのフォークリフトのように、変形合体ロボはその動きを非常に緩やかで弱々しいものにしてしまった。
掃除機様の兵器を動作させるのに魔力を使いすぎたのだ、確かにほぼほぼ魔力がない俺が操作しているゆえ、元々皆が充填した魔力を用いて戦うしかなかったのだが、それをやりすぎたツケが回ってきたということである。
ノロノロと立ち上がり、どうにか北と西への徹底的な牽制を再開することが出来た変形合体ロボ。
だがそれは砲台であるセラとユリナの魔力であって、実際に機動するための魔力は、今ルビアとサリナが必死で充填している最中。
この間にダメージを受けた東の物体城は、少し小さくなりながらもその形状を取り戻して、もう一度攻撃を仕掛けてくるに違いない。
そしてもしそうなれば、今度こそ確実に追加の一撃が王都の広い範囲に降り注ぎ、そして地表で戦っている新型チーンBOW軍団にも対処することが出来ないような数の物体が送り込まれてしまうことであろう。
「もう一発きそうか? そうであればもっとこっちに魔力を回してくれ、普通にもうヤバいぞ残量が」
「機動するのと装備を動かすの、どっちに魔力を振るかが問題ね、敵の動きは……止まったみたい」
「いやいやここで止まるのか? 普通ならチャンスだと考えて一気にきそうなところなんだが……物体だからそこまで考えて行動すること出来ないってのか、だったら今のうちに回復を」
「……いえ、そうではないように思うぞ私は……この停止状態、他の3体も同じようにそうしているとしか思えない」
「ジェシカの言う通りですの、さっきからこっちのも防御とかしなくなったし、南の1体も何となく動きが止まったような気がしてなりませんことよ」
「南の……本当だ、まだこっちの足止めは続いているってのに、それに対して反応する様子がないな……こりゃ何か新しい攻撃を仕掛けてくる前兆だろうな……ちょっと警戒して、やはりこの間に態勢を立て直そう」
何やら不気味な間を開けている物体、確実にこれまでと違う動きを、それも東西南北全ての巨塔をもって仕掛けてくるのであろうといったところ。
それに対抗すべく、セラとユリナは引き続き北と西の巨塔に攻撃を浴びせつつ、残ったメンバーの魔力を全て機動のためのエネルギーに回す。
そして左手の魔界装備なのだが、こちらは元々用意されていた充電器のようなものにセットして、しばらくの間だけでも充填を試みる。
良く見れば装置の持ち手近くの部分が赤く光っているのだが、これが魔力切れを起こしている証拠なのかも知れない……魔界の神め、簡単な取扱説明書ぐらい用意してくれれば良かったものを、これではどの程度の時間で魔力の重点が完了するのかわからないではないか。
と、俺の微々たる魔力も重点に使えということなので、おそらく変形合体ロボの満タンの10兆分の1程度の、ほんのささやかなギフトとはなってしまうが、全力でキバッて魔力を供給してやる。
隣で同じようにしているカレンでも、俺の1億倍程度は力を発揮しているようだが……果たしてどうしてここまでの差があるというのか……
「良いわよ、良い感じよ、このままならあと30秒ぐらいで……と、そんな余裕なことを言っている暇でもなさそうね」
「あぁ、動き出したようだな、これからどうするつもりなんだろうか……」
こちらが態勢を立て直している最中、静かになっていた物体の巨塔がそれぞれ動き出す。
全ての巨塔がズシッと1歩前に出たかと思うと、そのまま飛び上がるような構えを見せて……跳んだ、いや飛んだと言った方がしっくりくるような動きだ……
※※※
「ちょちょっ、ちょっ……飛行しやがったぞ物体の巨塔がっ!」
「なんて質量なの……あ、ダイヤモンドダスト……またやられちゃったのね筋肉団の人達……」
「それどころじゃねぇぞっ! 飛び上がった巨塔が王都の上空に……中心を目指してんのかっ!」
「撃って! セラちゃんもユリナちゃんも魔法を撃ち込んでっ! もうどこに落下しても良いから撃ち落すのよっ!」
精霊様の号令を受け、遠距離攻撃が使える2人は変形合体ロボを経由した、それぞれが現状で可能な最大規模の攻撃を、空を飛び王都の上空へと侵入した物体の巨塔に浴びせかける。
だがその一部をボロボロと崩しつつ、巨塔は何事もないかのように、まるで攻撃など受けていないかのように飛行を続け、そして王都の中心、ちょうど王宮前広場の真上辺りで交わった。
ぶつかるようにしてそれぞれが接触した巨塔は、全てがその腕や脚の部分を引っ込め、そして融合していく。
もちろんそこにも魔法攻撃が加えられるのだが、相変わらず被害を無視して融合を続けた物体。
それが丸い、球状の巨大な物体となるのを眺めつつ、俺はせっせと変形合体ロボの左腕を動かし、攻撃を受け、地面に零れた物体を掃除して回った。
……しかしこの魔界の掃除機、なかなかエネルギーの重点が速いようだな、3分程度しか第二セットしていなかったというのに、完全に動かなくなるまで1分は持ち堪えたではないか……と、それに感動している暇ではないな。
上空に浮かんだまま、王都のおよそ3割程度を覆う程度のサイズを誇る球体となったそれは、何やら回転しているようにも見えるのだが、真っ黒であって真球に近い形状なのでよくわからない。
しかしもしコレが弾け飛んだり、平たくなって面積を広げ、王都に覆いかぶさるようにして落下したらどうな手tしまうことか。
きっと人族が長い歴史の中で創り上げた全ての人工物は崩壊し、人々は物体によって吸収され、この地がまるで最初から何もなかったかのような、草木も生えない原野となるのは必至。
そしてもちろん俺が物体であればそのようにする、それが最も効率良く敵であるこの地の人族を始末し、この世界においてそれに成り代わる足掛かりとすることが出来るためだ。
だが奴等は物体、単に様々な情報を有しているというだけであって、その組み合わせによってしか行動を決めることしかしないのである。
情報を応用してより良い方向に進む、それが出来るか出来ないかで、生物としての存在価値はかなり変わってくると思うのだが……強さだけでゴリ押しすることも可能な物体にとって、そんな忠告は釈迦に説法であろうな……
「で、ここからどうするんだろうな? 奴等、何だかまた変化を止めたぞ」
「とにかく撃ちまくりましょ、崩れた物体が下に落ちて被害は出ているみたいだけど、きっとこの状況からでも入れる保険があるはずよ」
「対人対物無制限のやつか? そういえば先にそういうのに入っておけば良かったんだよな……まぁ、後で保険証書でも偽造して入っていたことにするか、ということでガンガンやっちまって良いぞっ! 手が空いているメンバーも、そこら中にある武器を操作して……と、何か通信みたいだ、どこからだ?」
『……こちら地上、変形合体ロボ製造作業現場に設置された指令所だよ、聞こえるかな?』
「あ、新室長さんの声ですね、どうしたんでしょうかここまできて?」
「おいっ、手柄でも横取りするつもりなのかっ? そうはさせねぇし、そもそも手柄どころか勝てる見込みがアレなんだぞ、早く逃げた方が良いっ!」
『手柄なんか要らないよ、それに、こっちも改造人族を町に送り出してそこそこ活躍しているからね、それで、ようやく繋がったこの魔導通信でこちらからある程度の指示を送ろうと思って……どうやっても国王様がトイレに籠っている画像しか映らなかったんdなけど、さっき王宮が半分壊れてから回復の兆しを見せていたんだ』
「そうなのか……駄王の奴、吸い込まれて魔界に飛ばされたのかもな……まぁ良い、具体的にどんな指示をしてくれるってんだ? 精霊様が仕事を奪われてキレない程度に頼むぞ」
『安心してくれ、こちらから送るのは物体の、あの空に浮かんだ不気味な塊の状態等に関する情報と、それから王都のそこかしこに設置した交換武器射出装置(魔導)についてだけだ、それ以外、特に変形合体ロボのコントロールに関してはそちらで頼む』
「わかったわ、で、あの浮かんでいるの、今どんな状態なの?」
『あの球体なんだが、実は中に小さな空洞があるということがわかっていて、その中で何か……というか物体だとは思うが、とにかくいくつか動いていることが確認されている、ど真ん中だよ、本当に中心がそんな感じなんだ』
「球体の中に空洞……しかも中で物体が動いて……もしかしてだけどさ、物体の方にも何かほら、司令官的なのが居たり居なかったりみたいな、そんな感じがしないかしら?」
新室長からの情報に対して考察を加えていく精霊様、確かにこちらがしているのと同じように、物体城から物体の巨塔、ないしそれが合体したものについても、こちらと同じようにコクピットがあって、そこで全体を操作している『何か』があってもおかしくはない。
なぜならばそれぞれ情報を共有している物体の集合体とはいえ、どれもこれもがバラバラにその内部情報を用い、各々動いていたらあんなまとまりがある状態にはならないと感じるからだ。
精霊様の仮説については、完全な大当たりではないにしても、そこそこそれに近いものが真実であるという可能性が高いと思われる。
しかしもしそうであったからといって、その物体内部のコクピット? に攻撃を届かせることは、セラやユリナの魔法でも表面しか削ることが出来ていない現状では到底不可能なこと。
何かキッカケがありさえすれば、そこからどうにかこうにかといった感じで弱点であろうその場所を突くことが出来るのだが……と、ここでまた新室長からあり難いお話があるようだ……
『聞いてくれ、早速だが物体に動きが見えた、まだ表面上はそのままなんだが、内部で魔力の濃い部分が移動して……四隅に行っているような気がするね、もしかしたらまた手足が生えるのかもしれないから注意しておいて欲しい』
「あっ、何かウネウネし出しましたよ、超キモいです」
「……こちらでも動きを確認した、引き続きモニターを続けてくれ」
『わかった、というかもう見えているとは思うが、敵もその変型合体ロボに近い形状を取るつもりのようだね、気を付けてくれたまえ』
「わかっている……まぁそうくるだろうなと思ったよ、話の流れ的にな」
「勇者様、敵物体、結構太めの腕と脚が生えて……関節部分もあるタイプになるみたいです」
「……あえて弱点を形成してまでこちらの戦いに合わせるつもりか、それともそれがスタンダードだと思い込んでやっているだけなのか……おそらく後者だろうな」
「とにかく絶対に勝つわよっ、相手の方が何十倍も巨大だけど、こっちだって人族がメインで造ったにしては巨大変型合体ロボなんだから」
「そうだな、これが物体との最終決戦になるわけだし、泣いても笑っても、いやもし負けたら泣いている暇などなく脱出作戦に移行しないとなんだが、とにかくブチのめしてやろうぜっ!」
『うぇ~いっ!』
急遽地上から参加した新室長も混ざって、俺達は決意を新たにして目の前の巨大な、最後にして最大の物体と対峙した。
球体から徐々に変化していくその真っ黒な塊は、すデに手足が生え揃い、丸いフォルムからカクカクした形状へと姿を変えつつある。
どう考えても敵の方が『正義のロボ』であって、こちらのはもう出て来ては破壊されて退場するような、雑魚が乗っているモブ機体にしか見えないのだが……実際にはこちらが正義であることを忘れないようにしなくて花ならないところだ……




