1072 防衛の要
「……何アレ? なぁ、何だよアレは? もう物体の巨塔じゃねぇか、真っ黒の、聳え立つ物体の何かじゃねぇか……おかしいだろうあの質量は、なぁ?」
「何もしていないのに一番混乱しているのが勇者様ですね……とにかくアレ、確実に地下深くに隠れていたってやつですよね?」
「でもおかしいわよ、だって南の物体城があった場所、結構なクレーターになっていたじゃない? もしあんなのが隠れていたとしたら、それこそ丸見えになってその場でビックリしていたはずだわ」
「……きっとどこか別の場所に隠していて、それを接続したうえで襲い掛かってくるつもり……というか今まさにそうしようとしているんですわね……このままだと町が丸ごと飲み込まれますわよ」
「姉様、町どころかあの大きさだと……この付近一帯を物体で覆い尽くすようなことも出来るんじゃないかと……」
「冗談じゃえぇぞっ! もう今すぐ逃げないと手遅れになるんじゃないか? こんな所で呑気に戦っている暇じゃないだろこれ?」
「そうは言っても主殿、戦いもしないで逃げ出すというのはちょっとだな……まぁ、勝てるようには思えないが」
「だろう? あんなもん立ち向かうだけ無駄で……何かベチャって……ゴンザレスが肉塊にされて飛んで来てんのかよ……」
『おう勇者殿……奴は強い……というかそもそもデカすぎてだな、俺達でもまるでダメージを与えられずに敗北してしまったぞ』
「その状態にあってどうして喋れるんだよ……」
物体城をっちょっとした飾り程度にしか思わせないような、そんな圧倒的な質量を地上にせり出させた四方の物体。
そのうち南のものからは、先程意気揚々と向かって行った、そして一瞬で敗北したらしいゴンザレスであった何かが、赤黒い肉の塊という状態で投げ付けられ、変型合体ロボの足元が汚れた。
リーダーであるゴンザレス以外の筋肉団員も、ほとんどが消滅させられるか、或いは同じように肉塊にされたうえで吹っ飛ばされてしまったのだという。
というような主張をしていたゴンザレスであったらしいミートボールなのだが、みるみるうちにその形状を取り戻し、ゴンザレスであったらしいミートボールであったはずのゴンザレスへと変化したのであった。
この再生能力がどこからくるのかはわからないのだが、とにかく現地の情報に直に触れた者の貴重な証言を得ることが出来るチャンスだ。
そのまま走って戦線に復帰しようと試みるゴンザレスに対して、どうせ戦っても無駄だからやめておけと忠告し、そうするのではなく俺達に有益な情報を手渡してくれと依頼する……
『おうっ、突っ込んだ先には普通に物体城があったんだがな、どうにもこうにも周囲の地面が盛り上がっていて、不自然だなと思ったところでアレだ』
「地下から黒い巨塔がせり上がってきたと……それで、どんな攻撃を受けて肉塊にされたってんだ?」
「出現したときの衝撃波でだ、かなりの圧と魔力と、それから熱量で襲い掛かってきたのだ、そして見ろ、粉々にされた俺の仲間達がまるで寒冷地におけるダイヤモンドダストのようだ」
「……げぇっ、マジじゃねぇか……あんなもん吸い込んだらムッキムキになってしまうぞ、ルビア、どうにか回復魔法で元に戻してやってくれ」
「でもご主人様、そうなると再生した筋肉の人達が町の上に……でもそのままだと吸い込んだ人が『筋肉菌』に感染しそうだし、どうしたら……」
「ルビアちゃん、迷っている暇じゃないわよ、このままだと変形合体ロボのフィルターが目詰まりを起こして魔力を使う際に出た熱を排出することが出来なくなるわ、壊れちゃうわよ」
「あ、えっと、じゃあえ~っと……」
焦るルビア、だが本当に焦りたいのはこちらである、まさか筋肉団の連中が、まるでフリーズドライして砕いたかのような、そしてなぜか輝きを放って、王都の上空を雪のように舞っているのだ。
真夏に現れたその光景は、一見すると美しく幻想的なのだが、実際にはムッキムキのおっさんを粉にしたものが舞っているというだけであり、顕微鏡で眺めればきっと凄まじく気持ちの悪いことになっているのであろう。
で、ルビアは尻を引っ叩いて落ち着かせ、ひとまず筋肉のダイヤモンドダストを元に戻させるべく、変形合体ロボの肩にあるサブ武器の部分に回復魔法を込めさせ、それを乱射させる。
その打ち出された魔法が空一杯に広がると同時に、まるでどこかから召喚されたかのようにして、ムッキムキのおっさん達が空中に現れ……普通に空を飛ぶことが出来るようだ、なので落下してきたりはしない……
「なぁ、どうして筋肉団の連中は皆空を飛べるんだ? 俺も飛んでみたいんだが……」
『おう勇者殿、それはもう完全に努力次第だ、イメトレだけで1日25時間、筋トレが30時間、飛行訓練が15時間など、1日の半分以上をそれに費やすことで、ようやく少しばかり浮かぶことが出来るようになるのだよ』
「1日を何だと思ってんだっ⁉ 時空歪んでんだろもうそこだけ……」
わけのわからない主張を聞くのはいつものことだが、この連中はもその範疇を越えている。
とはいえ味方としてはかなり強いのが確かであるため特に排除したりということはしないし、別に構わないのだが。
で、そんな狂った筋肉団員の復活した者達は、そのまま空を飛行し、引き続きやって来る飛行型物体と格闘戦を繰り広げる構えのようだ。
ということでこちらはメイン、東西南北それぞれの方角にて聳え立つ物体の巨塔に対処するべきところなのだが……今のところ動く気配はない。
だがこちらから攻撃を仕掛けるにしても、敵が4体に対してこちらの変形合体ロボは1体のみ。
どれかに対処すべくそちらに向かえば、別の3体がその隙に乗じて王都を蹂躙してしまうこととなるであろう。
つまり身動きが取れない、こちらから攻めるという選択肢がないのであって、今はただ、敵がどのように動くのかを見極めることしか出来ないのである。
と、どの物体も何やら形を変えるようだな、下の巨塔部分がウネウネと動き出し、真っ黒なまま何かの形状を成していくのだが……果たして何に変化するつもりなのだ……
「動きましたね、上に付いている物体城はそのままで……腕と脚が生えてくるようです、そのまま立ち上がるんじゃないですか?」
「だろうな、しかしどのぐらいのサイズだ? この変形合体ロボを1としたら……」
「それぞれ20ぐらいにはなるんじゃないかしら、もう大人と子ども、どころか人間と小型犬ぐらいのサイズ差よ」
「……やっぱ無理じゃね? もう戦わない方が良くね? トンズラしようぜマジで、どこか別の世界に逃げて反撃のチャンスを窺うんだよ、それが最善の選択肢なんじゃないかと俺は思う」
『おう勇者殿、諦めるのはまだ早いぞ、こちらには、その変形合体ロボにはまだ兵器が搭載されているんだろう? それで直接、どれかひとつを狙ってみるんだ』
「とは言ってもな……セラ、ユリナ、それから精霊様、一応だが狙いは南にしよう、既にちょっとだけでもダメージが入っていることを期待して、そこが穴であると期待して狙ってみるしかないだろう」
「じゃあやってみるわね……ユリナちゃん、もうちょっとこっちに魔力を寄せてちょうだい」
「はいですの……こんな感じで……精霊様の力も合わせて……発射!」
セラとユリナの2人分、おそらく一撃で放つことが出来る最大の力を込めた魔法攻撃が南へ飛ぶ。
風と炎と水と、それから雷なども交じった謎の属性攻撃は、おそらくこれ以上のものを出せば変形合体ロボが無事ではないと思えるレベル。
それに装備に入っている時空を歪めるコーティング剤の、ひとつのカートリッジの大半の分量を用いて対物体対策用の力を施しているものだ。
放物線など描くことなく、大気の影響さえ受けずまっすぐに飛んで行ったその攻撃は、聳え立つ南の巨塔に直撃して……その今まさに腕と脚を伸ばそうとしていた中心、ボディー部分に直撃したのであった。
貫通し、その余波か何かはわからないが、直撃ヶ所の周囲がどんどん消滅していく。
塔の最上部にちょこんと乗っかる物体城の、その質量の5倍程度は消し去ったであろうか。
で、それを受けた物体の巨塔は、すぐに当該箇所の修正を始めるのだが……立ち上がろうとしていた動きを一旦停止し、生え揃いつつあった腕と脚を若干引っ込めてその失った部分の補填を行っているようだ……
「……結構頑張ったけど、そこまで大きい被害を与えられなかったみたいね、本当にちょっとだけみたい」
「ちなみに今の、あと何発ぐらい撃てるんだ?」
「そうですわね……良くてあと2発、もしかしたら最後のはカッスカスになるかも知れませんわよ」
「おう、それはやべぇな……てか攻撃しなかった北と東西、物体の巨塔が人型みたいになって立ち上がったぞ」
「こっちに来ますっ! あっ、南ももう立ち上がったみたいで……このままだと囲まれますっ!」
「変形合体ロボを動かすわよっ、先ずは南から突破しないとだし、そっちに重点的な攻撃を喰らわせられるように……」
「いや待て、ゴンザレス達が南へ向かった、きっと時間稼ぎをするんだろう、俺達は……やっぱり一番デカいのは東の奴か、そっちに対処しつつ、残りのふたつもサブ武器で牽制し続けようっ!」
遂に動き出した物体のメイン戦力である東西南北の物体城……ではなくその主たる構成部分はもはや巨塔だ。
手足が生え、ロボというにはかなり雑な造りのまま歩み出し、全てが王都の方角を目指して進んでいる。
既に筋肉団のメンバーは南へ飛び、一部が南の物体と接触、あっという間にやられているようだが、それでもその進行は鈍化して……いや、完全に足止めすることに成功しているな。
そこへ念のため回復魔法の強烈なものを、老衰で5秒後に死ぬジジィも走り出す、もはや麻薬的なものを打ち込んで一定の援護をしつつ、精霊様の操縦で変k寧合体ロボを動かして東へ向かう……
「えっと、次はここを踏んで……あら、間違えて家がある場所を踏み潰してしまったわね、誰か知らないけどごめんなさい、死んでいないと良いわね」
「おいおい、もうちょっと慎重に……なんてこと言っている暇でもないか、とにかく進めるんだ」
「はいはい、あっと、今度はお金持ちのお屋敷を踏み潰したわね、こっちはどうでも良いか……」
「もうほぼ適当だろ実際、後で何か言われても俺は知らんからな」
「後で、ってのがあればの話よね? それ、実際ちょっと微妙なのよね」
「まぁ、そう言われてみればそうだが……と、そろそろ攻撃が届く範囲じゃないのか? 遠距離攻撃で最初のダメージを与えるんだ」
「いえご主人様、その力は北と西のに向けますの、今このまま何もしないと、対処する頃には手遅れになっていますわよ」
「わかった、じゃあこっちは……まずサブの近接戦闘兵器でどうにかするしかないのか……」
背中の部分にある小さな、いやもちろん人間などよりはかなり大きいものなのだが、変形合体ロボにとってはナイフのような小さな武器。
それは迫り来る東の物体に対して見てみれば、人間に喰らい付こうとする小動物の牙のようなものにすぎない。
だがその牙には毒がある、時空を歪めるコーティング剤をブリュブリュッと出し、その猛毒をもって巨大な物体の足をやるのだ。
城壁を挟んで、およそ同等の距離まで迫った物体に対し、今一度前に進んだ変形合体ロボは、上半身の部分を前に出すかたちで一撃を加える。
ザクッと斬れたのは物体の……位置的に膝より少し上の部分か、関節などが見当たらない巨塔の足に対して、どこを攻撃すべきなのかというような決まりはなく、とにかく届く範囲にダメージを与えるべきところ。
その攻撃が目の前でヒットしたため、俺達はようやく、間近で『ダメージを受けた巨塔』の様子を目にすることが出来た……何だか凄まじくキモい光景ではないか。
流動的な物体で構成されているかに見えたその巨塔は、なんと真っ黒な人型物体がギュッと集まって、それが絡み合って構成されたものであったのだ。
通常の状態ではそれがわからないのだが、大きなダメージを受けた際にはその人間の形をした、そして千切れたり潰れたり、半分焼失したような部分がボロボロと、その傷口から零れ落ちているのだから不快である……
「あんな感じなのね……というか今よっ! その魔界の神から渡された変な装置を使うときがきたのっ!」
「えっ、あ、俺か、そうか俺の出番なのか……ウォォォッ! こいつを喰らえぇぇぇっ!」
威勢だけは良く、そして操っているのも巨大な変形合体ロボであるのだが、実際やっていることは単なる床の掃除機掛けである。
ズゾゾゾッと音を立てて吸い込まれていく物体は、おそらく今頃連続で魔界に送り届けられ、あの神によって処理されていることであろう。
しかしこの攻撃はなかなかに効果があるようだな、脚ぶぶんをやられてバランスを保ち辛くなった東の、最も巨大なその物体の塔は、立て直しのために進行を止めてあと一歩で城壁にぶつかるラインで停止した。
セラとユリナ、そしてサポートとして魔力を供給しているルビアとサリナも善戦しているようで、視線を変えると北と西の物体の巨塔が、魔法攻撃を喰らってバラバラと一部を瓦解させている。
このままガンガン削っていけば、いずれは東を頭に北と西、三方面の巨塔が崩壊して、残りは最もダメージを与え易い南のそれだけとなることであろう。
そう予想して次の攻撃を仕掛ける精霊様だが……ここで再度ダメージを受けた東の巨塔が大きく傾く、後ろにではなく、前に倒れ込むようにしてだ……
「おいちょっとっ! やりすぎると倒れてくるんじゃねぇかっ?」
「いえ違うわっ! 攻撃を仕掛けようと前屈みになったのよっ! 頭越しにやられる……」
精霊様がそういったときにはもう既に遅かった、変形合体ロボよりも遥かに背の高い巨塔が、その上部から生えた腕の部分を、まるで叩き付けるようにして王都の街並みにズシッと降ろしたのである。
一気に崩壊する家々、そしてその滑り台のようになった腕の部分に、なんと最上部の物体城から飛び出して来た人型物体が滑って……フルカラーの変質者タイプのやつだ、そのまま王都内に進入して暴れ回るつもりか。
それを迎撃する戦力がほとんどない現状においてはかなりキツい攻撃、地上では王都の精鋭部隊が待ち受けているとはいえ、そんなものは数に含まれないような、相当数の物体が流し込まれたのである。
「拙いな……精霊様、腕を切断して人型物体の流入を止めるんだ、さもないと人型物体だけで王都が蹂躙されっぞ」
「わかっているわ、でもそこそこ難しい動きをしないと届かないのよね……腕の根元に、離れて行く前にっ」
グッと身を乗り出すようなかたちで巨塔の腕の付け根を狙おうとする精霊様、そこを斬り離さないと、きっと残った部分が王都の上空に懸かってしまい、その切断面からまたワラワラと物体が零れ落ちてくるに違いない。
操縦しているだけの自分もかなり前のめりとなって、ひたすらに武器を前に出したところで、ようやく届きそうな位置にナイフの先端がやってくる。
一撃、付け根部分の太さのせいで切断には至らなかったが、その光景を見たユリナが機転を利かせ、対応している西の巨塔に強力な攻撃を浴びせて隙を作り、反転してその傷口に追加ダメージを入れた。
ズズズズッと、これまでの戦闘で発生していたのとほぼ同じ地響きを立てつつ、その太くて真っ黒な腕部分が地面に落下する。
もちろん全部が王都の中だ、そしてバラバラに分離し、それぞれが大小様々の人型物体として起き上がり、王都内を駆け巡り出す。
それを追い回すようにして、俺は左腕の物体回収装置を振り回すのだが……周囲の建造物を破壊し、その瓦礫を吸い込むばかりでほとんど役に立たないではないか。
そうこうしていある間に物体は散り散りに、それぞれが獲物の臭いを嗅ぎ付けたかのように、王都内の魔力が固まっているような場所を目指していく。
「クソめがっ! この掃除機はちっとも役に立たねぇじゃねぇか、リコールだリコール!」
「こんな状況で使えないのでしたら本当に使えないのでしょうね、そしてこのままだと……いえ、そうでもないようです、こちら側の増援が来ましたよっ!」
「増援……ってチーンBOW軍団じゃねぇかっ! しかもとんでもねぇ数だぞっ!」
「2万……は普通に居る感じだな、どうやってあそこまで増産したというのか……しかも相当に強いではないかっ⁉」
「何だアレ? 普通の、というかアレか、改造型の反りッドチーンBOWなのか……にしてはジェシカが言うようにかなり強いな、単体でそこそこのサイズの物体を制圧して消し去っているぞ」
「相当な改良を施された新型機のようです、物体を圧倒する彼らこそが、現状の王都における防衛の要であると言って良いでしょう」
「最悪な要だな、あんなもん、今後『王都防衛戦において活躍したのはどなたですか? どの部隊ですか?』と聞かれた際、正直に答えられないぞ」
「まぁ、でも勝っていれば何でも良いじゃないの、事が済んだら全部『処理』しちゃえば良いわけだし、今はもう戦わせておくのがベストな選択肢よ」
「まぁ、そうではあるんだがな……よりによってチーンBOWが俺達よりも活躍するとは……ちょっと本腰入れてやらないとやべぇかもな、奴等に手柄を持っていかれそうなら逃げている暇じゃねぇ、マジで戦うぞここからっ!」
「今までがマジじゃなかったことに驚愕なんですが……」
ここまでは逃げる気満々であったのだが、とんでもない奴等が現れ、しかも俺達より活躍し、そして物体の群れに対してかなり有利な戦いを進めている状況においては、俺達も少しは頑張って、それを上回る活躍をしなくてはならないであろうと、そう思った激しい戦いの最中であった……




