1064 時間稼ぎ開始
「良いぞっ、その辺りで急降下してターゲットを狙うんだっ!」
「ねぇ、このグレート時空を歪める爆弾ってさ、箱ごと投下するべきなのかしら? それとももっとばら撒かれるようにチマチマ落としていくとか?」
「うむ、その辺りは……わからんから任せる、空中でバラバラになって、良い感じの広範囲に落ちたら最高なんだけどな」
「それもなかなか難しいわね、っと、リリィちゃんが落とした練習用のがその良い感じの場所にヒットしたわよ」
「やべぇ、王宮のテラスが落ちてしまったぞ、まぁ俺は知らんが……」
王宮を仮のターゲットとし、それを南の物体城であると考えつつ『グレート時空を歪める爆弾』の投下練習を行っていく。
そこそこの重さがありそしてイマイチ飛行姿勢が安定しないそのグレート超合金の塊を、狙った位置に正確に落としていくというのはなかなかに難しいようだ。
特に今回は素早く通過しながらの攻撃でないとならない、敵にこちらの攻撃方法等をしっかりと確認されたり、場合によっては反撃を受けてしまう可能性もあるため、そうせざるを得ないのである。
そしてもちろん二度目のチャンスはないであろう、最初の攻撃を成功させた後は、その場所を狙って地上からの『ミサイル攻撃』をしていくこととなり、リリィと精霊様は直ちにその空域から離脱しなくてはならない。
しかしそこまで上手くいきさえすれば、場合によっては物体城のひとつを完全に消滅させることが出来、そうなれば侵攻をかなり遅らせることに繋がると、そう考えているところだ。
もちろんその攻撃を終え、物体が再び勢力を取り戻すまでの間にこちらが、というか国の方で頑張っている変形合体ロボが起動するかどうかが勝敗を分ける鍵となるのだが……
「さてと、もうこのぐらいで良い感じかしらね? 百発百中ってわけじゃないけど、とにかく大きい建造物になら、どこかしらにヒットする感じにはなってきたわ」
「リリィちゃんもバラ撒く感じで投げ込むのが上手になってきたわ、この感じなら反撃さえ受けなければどうにかなるかも」
「あぁ、じゃあこのぐらいで練習は切上げて、王都の外に構築されているであろう攻撃ポイントに行くこととしようか」
『うぇ~いっ』
俺が考え事をしている間にも練習は進み、リリィも精霊様も、かなりの確率でグレート時空を歪める爆弾(模擬)を王宮一帯へ撒きちらすことが出来るようになってきた。
ちなみに王宮はその練習のせいでボロボロになり、苦情を入れに来たと思しき官僚らしきおっさんが1匹、その練習の犠牲となって……まだギリギリで生きているようだ、だが助けてやるギリはないのでそのまま死ねば良いと思う。
最後に崩れかかっていた壁に蹴りを入れてやり、そこがガラガラと崩壊し、完全に建て直した方が良い状態にしてやってからその場を去る。
まぁ、全体的に見ればそこまでの被害ではないな、これからやってくるであろう物体との戦いにおいては、この程度の被害ではすまないと、王宮で働く方々にはそう心に留めておいて欲しいものだ。
で、そのまま国所有の馬車を1台チャーターして、まっすぐに王都南門へ向かう俺達攻撃チーム。
途中に見えた、聳え立つ変形合体ロボは……まだその場から動いていない、つまり起動には成功していないということだな。
特に新しい情報を得られるようなことも考えられないため、現場へは立ち寄らずにそのままスルー。
城門で勇者である旨伝え、扉を開けさせて王都の外へ出る、既に地上攻撃部隊は勢揃いのようで、かなりの数の人間が蠢いているのが見える。
その中に物体が紛れ込んでいるとか、そういうことはないであろうし、そのまま中央に見えるひときわデカい人物であるゴンザレスの方へ向かって馬車を突っ込ませ、そうであることを確認して停車させた……
「おう勇者殿! そちらの準備はどうだ? こちらはもう5秒以内に攻撃を開始しても対応することが出来る程度には仕上がっているぞ」
「おうおう早いなさすがに、じゃあ俺達は……やっぱりリリィと精霊様でケースふたつ分、それだけ持って飛ぶ、というか飛ばせることにするよ」
「そうか、では勇者様は地上で指揮を取るのだな? お仲間もやる気十分だし、最初の投擲は勇者殿がやるべきだと思うが、どうだ?」
「いや、ぜってぇ外したりとかするからパスだ、ここからならちょっとズレても当たったかどうかなんてわからないだろうがな、大幅にガーターを喰らわせたらバレバレだからな、最初の一撃はカレンにやらせる」
「はいっ、私がやりますっ!」
「うむ、そういうことであればお任せしよう、して、攻撃の方はどのぐらいのタイミングで始めるんだ? 日没か? それとも夜中か?」
「明日の朝まで待とうと思うんだ、さっきまで王都の中で練習してから直で来ているわけだし、寝て起きて、万全の状態になってからでないと、特にリリィは疲れ易いからな」
「ふむ……そうなるとアレだな、夜間のうちにやっておくべきは偵察と、そういうことになるな」
「やっておくべきかどうかはさておきとしてだな……」
余計なことを言ってくれるゴンザレス、さすがに真夜中の偵察になど行きたいとは思わないのだが、この連中の『やる気感』からすると、もう間違いなくそれが決行されることであろう。
俺は寝た振りでもして、どうにかこうにかやり過ごすべきだと考えてはいるのだが、そうもいかなさそうな雰囲気しか伝わってこない。
それに、俺は直接物体に攻撃を仕掛ける役割ではないのだから、偵察ぐらい参加しろと言われればもうそれまでであって……同じく投擲攻撃には不参加であるジェシカも、どうやらやる気満々のようであるからもう逃げようがない感じだ。
「では主殿、今夜はここにキャンプするということで、夜中になったら一度起きて偵察部隊に参加することとしよう、私達に出来るのはそれぐらいだろうからな」
「へいへい、じゃあ先に風呂へでも入りに行って、その後のことはその後考えることとして寝てしまおう、じゃないと明日持たないぞ」
「だな、ついでにキャンプ用の蚊取り線香とかその辺のものも購入して……」
「ジェシカちゃん、ついでにご飯を食べに行きましょう」
「あ、それ私も賛成ですっ」
「ということだ主殿、少し忙しくなるが、日没までに全て回ってしまうこととしよう」
「なかなかハードなスケジュールだな……」
ということで今居るメンバー、つまり上空から攻撃を仕掛けるセラとリリィと精霊様、そして地上攻撃部隊のカレンとマーサ、さらにそのふたつのチームの監督? を務める俺とジェシカ、合計7人で王都の中へと戻り、それぞれ買い物など済ませるため歩き出す。
他の5人は今頃何をしているのであろうか、変形合体ロボがある現場に泊まり込むのか、それともある程度で切上げて屋敷へ帰っているのか。
微妙なところではあるが、きっとマリエル辺りの提案でとっくに帰ってしまっているのであろうと、特に根拠などないものの勝手に予想しておく。
で、魔法薬ショップで蚊取り線香を購入しようとして……そもそも蚊取り線香が魔法薬扱いなのは解せないが、まぁ、そのショップの中で何やら揉め事が起こっているようだ。
騒いでいるのは客と店員、どうやら支払に関して、その客の方が法定通貨を用いないのが原因である感じだな。
というかあの客、頭はモヒカンで顔は真面目系、上着は兵士のもので、なぜか下はブリーフ一丁……間違いなく物体だ。
「おいおい、何か知らんが新型のようだぞ、何をしているんだろうな一体?」
「わからないわね、ちょっと近付いて様子を見てみましょう、これまでとはまた違った動きが見られるかも」
「ご主人様、蚊取り線香を持ってレジ待ちする感じでいきましょう」
「そうだな、ついでに買い物も済ませられるし、あとあの客……というか物体だな、奴を始末すれば感謝されて、お会計をタダにして貰えるかもだ、俺が行ってみよう」
すぐにやいのやいのとやっている店員と人型物体の所へ行き、あたかも普通のレジ待ちかの如く物体の後ろへ。
店員はそれに気付いた様子だが、かなりムカついているらしく、俺を一瞥しただけでその『迷惑客』の対応へと戻る。
カウンターの上に置かれているのは俺達と同じ蚊取り線香と、それから寒いときに飲むホットになる魔法のドリンク、あとは魔力や体力を回復ポーション、逆に敵に対して毒を与えるような薬品など、まるで統一性のない物品たち。
そしてそれと引き換えのようなかたちで置かれている……碁石かと思いきや真っ黒なコインだ。
完全に物体で出来ていて、あんなモノをレジに入れたらどうなってしまうのかというような危険なシロモノ。
もしかして物体の奴等、もう人間どころか貨幣になって流通し、その流れた先で持ち主を喰らうような、そんな作戦を取るつもりなのかも知れないな。
そうなれば王都だけでなく、別の町や村などでもその『物体コイン』が流通してしまい、その増加と共に人間の数が減って……などということになりかねない。
だが現状、あのカウンターの上に置かれた残念なコインを見る限りでは、誰一人としてこんなモノに騙されるはずはないと安心して良い次元のものだ。
これを受け取って商品を渡す商売人は居ないであろうし、小さな子どもにくれてやったとしても、それを貨幣であると認識することなどなく、『気持ち悪いおじさんから受け取ったモノ』として直ちに処分することであろう。
つまり物体のこの作戦は失敗ということだ、もしかしたら今後、このフルカラーの機能を生かして、金貨や銀貨、銅貨などに化けてくるのかも知れないが、それよりもやはり物体城による本格的な侵攻の方が早いはずだ。
で、目の前でヒートアップを続けるその物体と店員の喧嘩は、そろそろお互いに、いや店員の方が一方的に手を出しそうな感じとなっているのだが……
「だからよっ! ちゃんとした貨幣を持って来いってんだボケがっ! 銀貨1枚と銅貨3枚のお買い上げになりますっ!」
「これ貨幣、これ金貨これ銀貨これ金貨これ銀貨……これ、金貨」
「金貨じゃねぇだろこんな真っ黒なもんがっ! もうテメェぶっ殺してやるっ! 表出やがれっ! おい邪魔だ退けっ!」
「っと、おい店員、そいつに何を言っても無駄だぞ、なんてったって人間様じゃねぇんだからな、ちなみにお前、もう終わりだわ、その物体に喰われて死ね」
「……バレタた、人間に物体と言われた、バレた……作戦失敗」
「はぁ? 何だこの……ちょっと、もしかしてコレは噂の……ひぃぃぃっ! 助けてくれっ、こんなのに殺されるのはイヤだっ! お願いだから助けてくれぇぇぇっ!」
「えっと、確か退けとか言っていたよな? お望み通り退いてやるぜ、お前が死ぬのを遠巻きで眺めるのはさぞかし気分が良いだろうな」
「そ、そんなこと言ってないで……あ、こっち来たぁぁぁっ! イヤだぁぁぁっ!」
「ギャハハハッ! ざまぁみやがれってんだ、おい、死ぬ前にその漏らした汚ったねぇのも掃除しておけよ……と、もう喰われてしまったのか」
「そろそろこっちの物体の方も処理して良いわね、それっ!」
勇者様たるこの俺様の顔を知らなかったのか、とにかくアホな魔法約ショップのバイト店員は偽造貨幣を行使しようと企んでいた物体に殺害され、吸収されてしまった。
その吸収し、少し大きくなった物体に関しても、精霊様が水の弾丸を飛ばして消し去り、これでこの世界は幾分か綺麗になった感じだ。
で、面倒事はごめんだと、そういう思いで店の奥へ引っ込んでいたのであろう店主が、絶叫や轟音を聞きつけて慌ててカウンターへと出て来る。
メチャクチャになった店の商品、漏らしたウ○コとションベンだけを残して忽然と消えてしまったバイト、そして迷惑客も居なくなり、残っているのはなぜか先程までは居なかった勇者パーティーの一部のメンバー。
店主は一瞬困惑したような表情をしたのだが、おおよそ何が起こったのかについて察した様子で、カウンターに蚊取り線香を置いた俺の意を酌んで、黙ってお会計を済ませたのであった……
「……あ、え~っと、つい先程までここに居たうちのバイトは……どこへ消えたのでしょうか? それから店をメチャクチャにしたのはきっとあの迷惑客だと思いますが、その行方もわからなくてですね」
「バイトってさっき客にキレまくって、俺にもとんでもねぇ態度を取った野朗のことか? 今はもうこの世に居ないぞ、その客が物体でな、喰われて死んだんだ」
「やっぱり……何かおかしいと思ったんですよ、真っ黒なコインを腹の中から取り出したのを見て、明らかにそうだと思ったんですが……あの無能バイトはそれに気付かなかったようでして……もう45歳だったというのに……」
「よっぽどの馬鹿だったんだなアイツ……ところで物体らしき奴が客として来たのはこれが初めてなのか?」
「いえ、それはもう毎日のように怪しいのが来ますよ、どう考えてもそれなのがね、しかし何も指摘せず、普通に買い物をさせておけば特に害はなかったんですが……」
「いきなり真っ黒コインを出してきやがったと、そういうことだな?」
「仰る通りです、それであの馬鹿バイトも突っ張るし、しかもこんな汚ったねぇモノまで残して死にやがった、店もメチャクチャだし最悪ですよ」
「そうか、残念だったな、じゃあ俺達はこれで、買い物も済んだことだしお暇しよう」
「・・・・・・・・・・」
確かに酷い目に遭ったのはこの店主、いきなりこれまでにない動きをする物体が現れ、しかも無能バイトおじさんを殺してしまったため、その残骸や店の片付けは自分でやらなくてはならないのだ。
そんな話を俺達にしたら、同情されて色々と手伝って貰える、店主はそう考えたのであろうが、残念ながら俺達勇者パーティーはそこまで暇ではない。
新たな動き、偽造通貨の行使をしようとする物体が現れているという情報だけをゲットし、ついでに蚊取り線香は結局普通に購入し、魔法薬ショップを出てその他の店も回り、銭湯に立ち寄ってから再び王都の南を目指した。
その日の夜の偵察では、南の物体城の位置がどこであって、その付近がどうなっているのかなどを確認した、いやさせられたと言って良いのだが、とにかく場所と状況を知り、それを翌朝の攻撃に役立てるべく、必死でメモして帰還したのだが……まぁ、実働部隊に状況を伝えるのは明日の朝だな……
※※※
「よしっ、じゃあセラとリリィのチーム、それから精霊様、上手くやってくれよな」
『うぇ~いっ!』
「ここからは私が指揮を取るわね、リリィちゃん、キッチリ付いて来るのよ」
やる気を出している精霊様と、それに付いて行く勢いのリリィ、そしてまだ眠そうな顔をしているセラ。
朝方、まだ陽が昇る前のフライトということもあり、夏とはいえそこそこの涼しさである。
昨日魔法薬ショップで購入した蚊取り線香の庇護下に入る場所をキープしつつ、俺達はグレート時空を歪める爆弾を抱えて飛び立って行く航空部隊を見守った……
「リリィちゃんは付いて来ているかしら? あ、大丈夫そうね」
『大丈夫です!』
「精霊様、もうちょっと角度を右に、このままだと物体城の真上には出ないわよ」
「わかった、ちょっと……このぐらいかしらね?」
「良い感じよ……見えてきたわっ、グレート時空を歪める爆弾投下準備!」
『投下準備!』
最初に物体城の姿を認めたのは、後ろを気にして振り返っていた精霊様ではなくセラであった。
リリィに指示を出すために乗り込んでいるため、周囲の様子にはかなり気を配っていたためでもある。
そのセラの号令によって、ビールケースにそれぞれ1ダースずつ入った細長い円筒状のもの、グレート時空を歪める爆弾が投下準備に入る。
もう少しで物体城の上空を通過する、そんなタイミングにおいてもう一度掛かったセラの号令。
前を飛んでいた精霊様と、ほんの一瞬だけ遅れて動くリリィ、2人共ビールケースを逆さにして、内容物をブチ撒けたかたちとなった。
フラフラと、まるで空気を掴まないような感じで落下していくグレート時空を歪める爆弾、だが物体城の面積はかなり大きく、そのどれもが外れることなくまっすぐに黒い屋根を目指す。
「……全弾命中よっ! 物体城の中がチラッと見えたわ……中で人間みたいな物体が何かしていたみたいだけど……気のせいよね?」
『きっと物体もご飯を食べていたんですよ、あれ? でも物体って人じゃなくて……ん?』
「何にせよ、これで地上部隊にも位置を知らせることが出来たわね、いくつか投下した色付きの煙が出るやつも機能しているみたいだし、このまま反転して戻りましょ」
『うぇ~いっ!』
精霊様が右回りの方向を変え、リリィがそれに続いたところで、再びセラの視界に映った物体城。
確かに中で人間のような何かが、焦ったような動きでこちらを見ていたような気がしたのだが、そうではないというのであれば見間違いであろう。
そんなことを思い、少し考えてしまったセラであったが、地上部隊が投擲したグレート時空を歪める爆弾、それが大量に物体城へ到達し、正確極まりない着弾を見せているのを確認した際のインパクトで、そこまでの疑問はすっかりどこかへ飛んでいってしまった……
「さて、あとは戻って休憩するだけよね? 私達はこっちだから、物体の残りカスを虱潰しにしていく作業は……勇者様に任せておけば良いのよね?」
「もちろんじゃない、全部1人でやらせたらちょっと面白いかも知れないけど、さすがにヤバそうだしやめておくわ」
『とにかく戻りましょう、皆待っていますよきっと』
こうして作戦を終えたセラ、リリィ、精霊様の3人は攻撃ポイントへと帰還した、唯一セラのみが、物体城の中のおかしな光景を目撃し、普通にアホなのでそれをすっかり忘れてしまった状態でだ……




