1063 別働隊
「……クッ、やっぱり動かないわね、原因となり得るものは全部、アホみたいなものまで排除したっていうのに、一体どうしちゃったのかしら?」
「わからん、てかさ、良く考えたらこんなもんが動く方がどうかしているんだよな、変形合体ロボって、もう笑っちゃうぜそんなんよ」
「あんたっ! 変形合体ロボを愚弄する者は変形合体ロボに泣くのよっ、踏み潰されて痛い目を見なさいっ!」
「だから、その踏み潰す動作が出来ないから困ってんだろ? ほら、魔界の神の奴とかもう帰り支度を始めてんぞ、ちょっと誰か引き止めてこの最悪極まりない終末に巻き込んでやってくれ」
「う~ん、せっかく造ったのに凄くポンコツだったわね、最後に蹴飛ばして遊ぼうと思うのよ、良いかしら?」
「いや、この変形合体ロボ、動かない単なるオブジェこそ、この世界において最後まで残る敗北の象徴であろう、人が消え去り、何もなくなった荒野に佇み、ひっそりと朽ち果てるときを待って……それよりも一旦降りて、俺達が逃げる準備とかしようぜ」
『うぇ~いっ!』
登記官の気付きによって行われた『合体後の建物の表題登記及び合体前の建物の表題部の登記の抹消並びに所有権保存の登記』、これだけ面倒臭い名称の登記をしてもなお、変形合体ロボはその足を地面から離さない。
これ以上何をしたら良いのかわからないし、どうしたら解決に近付いていくのかという道標も失ってしまった状況において、もうこれからこの世界で何かを成し遂げようなどとは思わなくなってしまったのである。
この後待ち受けるのは俺達勇者パーティーの活躍ではなく、物体による死の蹂躙と世界の滅亡、そのふたつとなってしまったのだ。
ここまではそこそこ上手くいっていたのだが、それは魔王軍を滅するという、当初俺がこの世界に招かれた目的の達成まで、何かと都合よく事が運んでいたというだけのこと。
いや、そもそも物体を呼び出したのは魔王であって、言い方を変えれば魔王が、あの馬鹿がこの世界を滅亡に追い込んだとすることも出来るであろう。
本人はそれを認めないであろうが、実際にそうなってしまった、いやまだなっているわけではないが、その末路が確実視される状況においては、そうやって責めざるを得ないところなのだ……
「それで、結局ダメってことなんだが、最後の最後まで戦うつもりか? 俺達は逃げる準備だけしておいて、いよいよとなったら関係者だけ誘って逃走するぜ、この世界そのものからな」
「とても勇者の発言とは思えんのじゃが……まぁ、諦めるわけにはいかぬからの、最後までコレを動かすべく研究を進める次第じゃ」
「そりゃご苦労なこった、じゃあ……」
「主殿、私達ももう少し協力的であった方が良いと思うぞ、少なくとも物体の侵攻を遅らせることぐらいはしなくてはならない、そうではないか?」
「ジェシカ、具体的に何をするってんだ? 物体の進行を遅らせるためには、東西南北どこかの物体城にデカいダメージを与えるぐらいしか方法がないと思うんだが、どうだ?」
「物体の城にダメージを与えるか……確かにあのサイズだと、生身で近付いて行って攻撃を避けながらこちらが一方的に……というのは難しそうだな、何かもっとこう、安全かつ敵の意表を突いて接近する策があれば良いのだが……空とか?」
「空ねぇ、確かに物体ってこれまで空は飛ばないわよね、ジャンプ攻撃はしてくるけど、王都の城壁を越えるのでさえあんな風によじ登っちゃって、人族をコピーすることに集中しすぎているからだと思うけど」
「なるほどな、空から攻撃すれば『意表を突いた』ことになるってのか……」
少しばかり変形合体ロボから離れ、物体に対して直接的な攻撃を加える方法を考えていく。
もちろんそれで物体を消し去ることは出来ないし、現状で物体に対して与える影響もそう大きくはないはず。
だが何もしないで放置していれば、あっという間に物体の本格侵攻が始まり、俺達は王都と、それから最後の希望を託したはずの変形合体ロボが、物体の波に飲み込まれていくのを生で眺めることとなるのだ。
それよりかは、国の方で無駄な足掻きをする時間を稼ぎ、歩くことが出来ないまでもどうにか攻撃だけ放つことが出来るようになるまで、俺達の方で時間稼ぎをしてやるべき。
その主張は正しく、またジェシカが続けて言ったように、空からの攻撃については今まであまり考えたことがなく、物体が意識している通常の人族には不可能なアクションであるため、『対空』が奴等の盲点となっている可能性は非常に高い。
であれば、東西南北に分かれて王都を包囲している物体城のどれかひとつに対し、徹底的な空からの攻撃を加えることによって、そのひとつの城の半分程度を損壊させればどうか。
きっとその間には強烈な反撃を受けることもなければ、その後、物体城が元に戻るまでの間だけ、王都への進行を遅らせることが出来るということだ……
「……しかしご主人様、その作戦は諸刃の剣になりますのよ」
「どうしてだ? こっちが一方的に攻撃して、物体の総量を減らすことが出来るまたとないチャンスじゃないのか?」
「それは今回だけですわ、もしその攻撃によって物体が色々と情報を共有してしまった場合ですが……その攻撃方法を真似てくる可能性が多いにありますの、物体が空から、私達がやったのと同じ方法で王都を……」
「それってつまり物体の航空隊から空爆を受けるおそれがあるってことか? 冗談じゃねぇぜそんなもん、まともに喰らったら俺達だってちょっとぐらい怪我とかするかも知れないぞ」
「ご主人様、回復魔法を使うのが面倒なので、なるべく怪我はしないで下さいね」
「いや俺の心配じゃなくてそっちなのかよ……まぁ良いや、とにかくこの作戦はやべぇ、物体に対して逆に情報を与えてしまいかねないからな」
「しかし主殿、その周辺の物体を完全に消し去ることが出来れば、或いはと思うのだが……」
「難しいことを言うな……まぁ、不可能ではないと思うがな、もちろん俺達だけじゃなくて、かなりの数の参加者を集めて、みたいな感じでキバらないとダメだろうよ」
例えばここから最も近い、王都南側の街道沿いに建造されつつあるという物体城のひとつ、それを攻略する場合には、俺達が担う航空攻撃隊だけでなく、地上からの支援部隊も相当数が必要となる。
もちろん攻撃のターゲットである物体城へ向かう物体、そしてそこから出て来る物体、それぞれを完全にシャットしてしまう必要があり、本の僅かな断片でも、作戦範囲から出してしまうことは許されない。
そのような難易度が高い作戦には、相当に高度な人材が大量に必要となるのだが……その話を聞いていたババァ総務大臣は乗り気だ。
少なくとも今回に関しては国の全面的な協力が得られるということで間違いないと考えて良さそうだな。
あとはどのようにして実際の攻撃をやってのけるのかということなのだが……どうするべきか話し合おう……
「まずさ、あっという間にメインの攻撃を食らわせて、あっという間に離脱しないとダメだよな、スピード重視だよ、敵に情報を与えないためにもな」
「それと、かなりの質量の攻撃を、しかも空から喰らわせるのよね……結構難しいんじゃないかしら?」
「ご主人様、コレ使っちゃったらどうですか? 追加で貰ったから結構余っていますよ」
「グレート調合金か……コイツを加工して、中から破裂するような……なぁ新室長、このグレート超合金のカプセルの中に、炸裂するような魔法の玉と、それから時空を歪めるコーティングの素材を詰め込むことは出来ないか?」
「ん? あ、まぁ可能だとは思うが、そんなに大きなものは作成出来ないよ、もし失敗した場合に王都が吹き飛んでしまうかも知れないからね」
「そうか、じゃあホントに一升瓶ぐらいの大きさので良い、すぐにサンプルを作ってくれ」
「承った、じゃあ研究室でちょっとやってくる、あ、『測る君』達は適当に廃棄しておいてくれないか? もう要らないんでね」
「いや、それも物体を逃がさないために使う、正確に計算して、間違いなく討ち漏らしないようにするにはコレを使うのが一番だからな」
「なるほどね、じゃあ全部あげるから、そしてとりあえずこっちのグレート超合金は研究所に運ばせて貰う……私じゃ持てないから筋肉団の人達を借りるけど、それで良いかい?」
「構わんぞ、これで『何を投下すべきか』が決まったわけだが……リリィ、もしグレート超合金の塊が一升瓶で来たとしよう、どのぐらいの数持てそうだ?」
「う~ん……2ダースぐらいですか? ビールの箱に入れてくれると助かりますよ」
「そのぐらいか……精霊様は?」
「私はビールケースでも1箱が限界よ、重さ的には耐えられるけど、サイズ的にちょっと無理があるわ」
「そうか、合わせてその程度の分量じゃちょっとな……」
グレート超合金殻の時空を歪める素材爆弾、もちろん中に火魔法を発するような玉が込められ、着弾と同時に炸裂してくれるものを考え出した。
その効果はきっと絶大であり、時空を歪めるコーティング剤が爆発によって粉々になった、というかなるように仕向けたグレート超合金と絡み合って吹き飛び、物体城の広範囲に凄まじいダメージを与えることが出来るのだ。
おそらくはそれを数百発ないし数千発程度、城の上空から満遍なく落としていけば、いくら防御力の高い物体城とはいえ、時空を歪める効果が全体に行き渡り、消滅してしまうことであろう。
問題はその『グレート時空を歪める爆弾』の運搬が難しいということであって、高速で空を飛ぶことが可能な2人の登載量は、最大で瓶状のものを36本程度。
これではピストン輸送でもしない限り必要量を敵にブチ込むことが出来ないではないか、そんなことをしている間に、どこかの隙間から物体が逃げ出し、『空からの攻撃の可能性』について他の物体城に伝えてしまうことは必至。
そうなれば逆にこちらがヤバい、物体で出来た航空機が王都の上空に現れ、人間をあっという間に消し去ってしまい、さらにそれを吸収して増殖する『物体爆弾』が、上から雨のように降り注ぐこととなるのだ……
「とにかくアレね、もしやるってならグレート時空を歪める爆弾の運搬を考えないとってことよね?」
「そういうことだ、必要なだけの数を造ることは物資の量から見ても可能だと思うが、実際にそれを投下するのが困難なんだよ」
「じゃあ勇者様、ここから発射して、物体城に直接ぶつかるようにしたらどうかしら?」
「それもアリって言えばアリなんだが……そんな正確にいけるとは思えないしな、空から投下するよりも随分難しいと思うぞ」
「いや主殿、そこでこの改造人族を使ってみてはどうかと、最初に空から攻撃して、その攻撃を受けた反応が遠くからでも見えるであろう? そこを正確に狙うような角度を割り出して、地上からその一升瓶に入った時空を歪めるコーティング財を発射すれば……どうだ?」
「うむ、それならちょっとやってみようかって気にはなるな……それと地上部隊だ、おいババァ、可能な限り有能な人間を掻き集めて、『測る君軍団』が指定した通りに、寸分狂わず地面を捜索させることは可能か?」
「そうじゃな、それなりに視力の高い、有能な奴を1,000人程度集めておけば……」
「2,000にしてくれ、あとそれに加えてプラス3,000、こっちはバックアップだからワンランク下の人材でも良いぜ」
「わかった、可能な限り集めることとしようではないか、ではわしらは引き続きこの変形合体ロボを動かすための研究に入る、そちらはグレート時空を歪める爆弾投下作戦を必ずや成功させるようにの」
「任せておけ、勇者様たるこの俺様に失敗はないんだ」
とは言ったものの、グレート時空を歪める爆弾投下作戦について具体的なビジョンが浮かんでいるというわけではない。
ただただボーンッしてドーンッとやって、その後で物体が情報を伝えに行かないかどうか、虱潰しに探していくというのが今回の作戦の概略であるのだが、今のところ頭の中にはその概略に、ほんの少し肉付けしたものしかないというのが現状である。
ここから実際のグレート時空を歪める爆弾が完成し、納品されるまでの間、ひたすらに考えて効率的と思われる方法を編み出さなくてはならないのだが……とにかく投下と発射、両面でいくこととなるのは間違いないであろうな。
それを踏まえ、地上からの発射機構なども用意して、ついでにリリィと精霊様がそれを投下するための訓練もしていかなくてはならないのだ……
と、ここで早くも帰還したのはゴンザレスを始めとした筋肉団員、どうやら研究所にグレート超合金を運搬した後、サンプルとして出来上がってきたグレート時空を歪める爆弾をひとつ持ち込んだようである。
本当に一升瓶程度の大きさで、中からは魔法の感じが伝わってくるグレート時空を歪める爆弾。
研究所の技術をもってすれば、これと寸分違わないものがいくつも出てくるのであろう。
で、ゴンザレスに対し、今考えている作戦の概略と、その具体的な方法の案について伝えるのだが、これがまたなかなか好反応であった、というよりも想定していた答えとかなり違ったのである。
基本的に残留した物体の創作、落武者狩りのような行為に配属されるものだと考えていた筋肉団であるが、なんとゴンザレスは攻撃側に回りたいらしい。
もちろん空を飛べるのは筋肉団でもゴンザレスのみ……というか何の根拠もなく空を飛べている時点でもうどうかしているのだが、とにかくそこまで際立って異常なキャラはそうそう居ないということで安心した。
で、今回はそのゴンザレスが飛んで攻撃をするのではなく、地上からの攻撃部隊として、この場所から参加し、物体城の消滅を狙った後に、『落武者狩り』にも参加するというのが現状の考えらしい……
「おう勇者殿、このグレート時空を歪める爆弾であれば非常に持ち易いし投げ易い、当初はもっと別の形状をしていたのだがな、俺達が投げたいと言ったら研究所の方で調整してくれて、持ち易くなって新登場したのがこれということだ」
「なるほど、それでこの部分がこう、キュッとなってんのか、その分内容量は減るだろうが、持ち易くなることの方がそんなことよりも遥かに重要だからな、新登場するのが当たり前だ……で、コレマジで投げんの?」
「おうっ、ここからであればそうだな……おそらく南に向かって投げて、遥か先の海上に浮かぶ任意のクラゲを仕留めることも出来るな、筋肉団員は全員がその程度のコントロールを兼ね備えているぞ」
「もう人間じゃねぇな……とにかくわかった、じゃあこっちは筋肉団に任せよう、それから……」
それから、地上攻撃部隊がわかり易くするために、攻撃の際に煙などが出る装置を開発し、リリィと精霊様が最初に投下するグレート時空を歪める爆弾に装備させないとならない。
だがまぁ、これは後付でも構わないとして、考えるべきは……ここからだと万が一があるかも知れないからな、攻撃ポイントを王都の外に設置することとしよう。
本当に万が一だが、物体城の方がこちらの位置を把握し、あの触腕を伸ばすような攻撃を仕掛けてきたらどうなるか。
王都内に攻撃スポットがあった場合、周辺が巻き添えになることは絶対に避けられない。
そしてその避けられない周辺被害の中に、もしかしたらまだワンチャン動くかも知れない、ギリギリで希望の光が失われていない状態の変形合体ロボと、それに望みを託す国の中枢を担う連中が含まれてしまう可能性が高いのだから……
「あっ、研究所の人達が来ましたよ、ビールケースを沢山持っています、きっとグレート時空を歪める爆弾の第一陣でしょう」
「すげぇな、もう完成品が出来上がってんのか、こりゃ今日明日中に作戦を立て切らないと、逆に向こうを待たせることになってしまいそうだな」
「おう勇者殿、ということですぐに攻撃を発射するスポットを選定しに行ってくる、ついでにその周辺の物体も消し去っておくゆえ、すぐに使える状態となるであろうよ」
「わかった、じゃあそっちは任せてしまってと、リリィ、ちょっとコレを抱えて飛ぶ練習をしようか、精霊様は……まぁ大丈夫だよな?」
「わかんないけど、とりあえず私も付き合うわ、あとセラちゃんね、さすがにリリィちゃんだけだと大変だし、落とすべき瞬間も上から指示してあげないと失敗するわよ」
「だな、じゃあこっちはセラとリリィと精霊様と……カレンはどこへ行ったんだ?」
「さっき筋肉の人達に付いて行きましたわよ、向こうの攻撃部隊に参加したいそうですの」
「そういうことか、すまないがジェシカ、監視に行ってやってくれ……マーサも行くか?」
「う~ん、暑いけど暇だし……そうね、私も見に行くわ、やるかどうかわかんないけど」
「ということだジェシカ、監視対象が増えたがよろしく頼む」
それ以外のメンバーに関しては、この場に残ってババァ総務大臣達のサポートをしてやるということに決まった。
まぁかなり厳しいと思うが、一縷の望みを懸けて何とやらといった感じとして、そちらにもほんの少しだけ期待しておこう。
あとは……まぁ、ブツの方が完全に完成してしまうのを待ちつつ、俺達は投下練習に励むこととしよう。
作戦の決行は明日の日の出付近に設定しておいて、もしかしたら変更があるかも知れないぐらいのノリで伝えておくべきであろうな。
そんな感じで動き始めた俺達は、どうにかこうにか物体に対抗すべく、別働隊として、また変形合体ロボがどうにかならなかった際には、これが最後で最大の攻撃であるとして、物体に一矢報いるための活躍をすることと誓った。
その後すぐ、大量に完成してきたグレート時空を歪める爆弾が運び込まれるのを確認しつつ、俺達は練習のために現場を出て、王都の外へと向かう……




