1061 動かない
「……で、どこをどう弄ったら動くんだコレは? もしかして変形合体するってだけなのか? だとしたらとんでもねぇゴミクズだぞ」
「そんなことはないであろうよ、この形状で動かない、単なる巨大オブジェであるなどということはないはずだ、ブラウン師に聞いてみると良い」
「あぁそうだな、おいコラッ! この変形合体ロボの動かし方を簡素な取説にまとめやがれ、さもないとブチ殺すぞっ!」
「うむ、ではすぐに準備するゆえ少し待つのだぞ、かなりコツが要る操作もあるし、攻撃の発射などはてもとが狂うと相当にヤバいことになるし、正直この悪しき者には……いや、何でもないから殺さないで欲しいぞい」
「グダグダ言ってねぇでとっととしやがれ、コレが動かないともうここまでの苦労が水の泡なんだよ」
変形合体には成功し、全てが上手くいったかのように見えた俺達の巨大ロボであるが、コクピットであるプレハブ城から、その全体をどのようにして操縦するのかということについて知っていなかった。
そもそもプレハブはプレハブなのであって、その中には設置したばかりの操縦席等があれど、肝心の操縦レバーなどはないし、どこからどうやって魔力を、巨大なロボのボディー全体に供給するのかもわからない。
もしかしてここは気合でどうにかするべきところなのか? 魔力の高い後衛の4人を並ばせて、それぞれが良い感じに調整して上手いことどうのこうので……それだと難易度が高すぎる。
その場合、もし4人のうち誰かが、他のことに気を取られたりして魔力の供給に乱れが生じたらどうなるか、またイメージだけで操縦していたのが、やはり他のことに気を取られればどうなるのか。
きっと変形合体ロボはコントロールを失い、その巨体は王都のどこかへ、全てを圧し潰すようにして倒れ掛かることであろう。
そしてその惨劇が語り継がれることはない、この世界は物体によって滅ぼされ、モブキャラは全部消え去り、俺達は一部の関係者と共に神界辺りに脱出し、そこで身内だけの残念会をすることとなるのだから。
ということで、もっと効率の良い、そして安全性の高い方法でこれを操縦し、かつ魔力の供給も行うことが出来ないかと、それをブラウン師に聞いているのであった……
「う~む、取説を作るのはなかなか大変じゃぞ、まずは第一歩を強烈にイメージして、そこで動いた感覚を絶対に忘れないようにしますっと、以降、絶対に集中を切らさぬよう、変形合体ロボの稼動に係る事柄以外の全てを忘却して……」
「おいちょっと待て、それ、取説がなくてもだいたいわかるようなことばっかりじゃねぇか、もっと上手い方法を記載しろってんだよ最初から」
「いやしかし、まずは基本を押さえておいて、応用的なことに関してはテキストの後半で図解などを交えて記載していく方法が最も良いと考えるぞい」
「テキストじゃなくて取説だからな、俺は勉強するつもりなんて更々ねぇし、他の仲間達もだ、楽してこれを動かす方法をどうにか容易しろって言ってんだよ、このアホのウサギさんとかにもわかるようになっ」
「ちょっと、それじゃ私がこの中で一番馬鹿みたいじゃないのっ!」
「違うのか?」
「……う~ん、わかんない、そうだったかも……まぁ良いや」
しょうもない知能しか持ち合わせていないマーサ、もちろん変形合体ロボの操縦のメインとなることはないのだが、それでもある程度はそれについて理解していて貰わないと困る。
それ以外にもお子様であるリリィや、マーサと同様に馬鹿であるカレンにルビア、さらにはメイン操縦者たり得るセラも、ついでにマリエルも馬鹿なのだ。
こんな連中においても、やはり何かをする以上は具体的に何をすべきなのか、こういう場合にはどうするのかなどといったことを把握しておかなくてはならない。
もし万が一、俺や精霊様が戦闘から離脱するような状況となった際に……まぁ、俺は別に良いと思うのだが、とにかく指揮を取るキャラがその場を離れた際に、自分で考えて動くことが出来るようにしておかないと、そのままズルズルと『負け戦』に引き摺られて行ってしまうのだから。
ということで、ブラウン師に作成させる『変形合体ロボ取扱説明書』に関しては最初から最後まで、具体的な方法を図説したようなものであり、かつ余計な情報を含まないシンプルなものでなくてはならない。
分厚さとしてはもう『書』というよりも『パンフレット』程度のものでないとな、直感的にわかるような説明をしつつ、その動作についてもイメージ出来るものとなっている必要がある……
「よし、じゃあそういうモノを作成するということで、俺達は一旦帰って寝るから、徹夜しても構わないので明日の朝までに完成させておくように、じゃねぇとブチ殺す」
「了解したぞい、では明日の朝、ここでその取説のお披露目をするゆえ、日の出と同時にここへ来るんだぞい」
「日の出と同時に? そりゃ随分と自信があるじゃねぇか、それまでに完成していなかったらわかってんだろうな?」
「うむ、それに関してはもう具体的な案が出来ているゆえ、簡単なことなんだぞ、期待しておくが良いぞい」
「何だか知らんが、自信があるというのであれば期待しておこう、じゃあな」
俺達は一旦屋敷へ帰還し、風呂にも入って夜食もガッついて、それから歯を磨いて寝ることとした。
夜中、何度か変形合体ロボがその姿を現したような、そのモーションの際に生じる光が見えたような気がするのだが、特に気にすることなく布団へ入る。
翌朝、本当に早起きし、逆に日の出よりも随分前に現地へと戻った俺達は、その形状のまま佇んでいる変形合体ロボと、既に量産された『取扱説明パンフレット(汚くない)』をそれぞれ確認したのであった。
既に完成し、実証実験に入る段階であるということか、そうであれば日の出をバックに、記念すべき変形合体ロボの初動作をやってのけようではないか。
すぐにパンフレットを受け取ると、そこには操作用のスティックをプレハブ城に設置した旨と、やはり『動きをイメージしながら』それを前後左右に動かすことが記載されていた。
そしてパンフレットの裏面には、どう考えても研究所の新室長の字で書かれた追記事項が……なんと、攻撃のための機構も一部搭載が完了したとのことだ。
一応、この変形合体ロボは物体の『討滅』と『回収』を、俺達と闇の勢力のそれぞれが行うために作成されたものであるが、そのことについては王国側には伝わっていない。
闇の勢力の存在に関しては秘匿しているゆえ、研究所やその他関与している人族は、これが専ら物体をこの世から消し去るために用いられると理解しているのだ。
まぁ、物体回収機構については、腕が片方あればそこに搭載することが可能だし、そこにだけ攻撃機構が付いていなければ普通に……と、今回試験的に搭載されたのは『巨大チーンBOW』らしいな。
あの股間から生えた煙突の部分が、矢の発射のための装置として利用されているのであろう。
俺達はその後ろから狙いを絞り、あまりにも不快な位置からその矢を発射するということだ……
「……これもちょっと別の場所に変えて貰いたいところね、さすがに恥ずかしすぎるわ」
「だな、だが今はまだ試験段階なわけだから、それについてはこの後どうとでもなるだろうよ、とにかく搭乗して動かしてみようぜ、4人共、魔力の方はバッチリだな?」
『うぇ~いっ』
変形合体ロボに魔力を供給する役割を果たすのは、乗馬マシンのような座席に着くセラ、ルビア、ユリナ、サリナの4人である。
俺はその後ろで、特に衝撃を受けるタイミングでない限りは立って鞭を振るい、4人が全力を出し切ることが出来るよう『サポート』してやるのが主な業務だ。
早速その辺に無造作に置いてあったプレハブ城へと入り、それぞれの位置に付いたうえで変形合体ロボのケツ穴の部分からそれごと中へ入る。
やはりここから入るのは不快であるし、その前方の視界を確保しているのがとんでもないモノでしかないという時点で、この変形合体ロボがまだ未完成であると、そう思ってしまうところだ。
で、早速パンフレットを開いたのは、まず動力源となる魔力を供給すべき4人であり、俺達はそれと同時に、それぞれが成すべき役割を確認し合う……
「え~っと、手と足の先まで全体に、ゆっくり魔力を行き渡らせる感じで……こんな感じでしょうか?」
「良いですわよルビアちゃん、きっとこれで大丈夫ですの」
「ふむ、ルビアでもわかるような説明がなされていたか、ユリナとサリナは大丈夫だとして、セラはどうだ?」
「何となくイメージが付くわね、私の場所は真ん中右側だから……変形合体ロボの右上側を中心に……うん、隣で流れているルビアちゃんの魔力と干渉しないように気を付けないとだけど、どうにかなりそうだわ」
左側の2人であるユリナとサリナは当然息ピッタリで、右側のセラとルビアも2人でキッチリと、上手く変形合体ロボ全体に魔力を行き渡らせることが出来たようだ。
これで起動するための準備はバッチリ、あとは俺が使うはずであったメイン操縦席に陣取った精霊様が、その目の前に設置されたレバーだけでそれをコントロールすることが出来れば、ロボはそれなりの動きを見せることであろう。
魔力供給源の4人を除く全員が気になって立ち上がり、精霊様の周りに集まる、パンフレットを見てふむふむと頷くその中心の精霊様は、それを理解した様子を見せつつパタッと閉じた。
「わかったわ、まずは足のところに付いているペダル……あった、これの右を踏むのね、そしたら右足が反応するから、同時に左にある左腕の部分を前後に動かすのを後ろにして、えっと……レバーを使って前へっ!」
「おぉっ、なかなか複雑な操縦方法だな、今度私もやってみたい、それで精霊様、早く動かしてみるんだ」
「……やっているわよ、でも全然動かないじゃないの、どういうことかしら?」
「まだ魔力が馴染んでいないとか、そういうことなんじゃないの? ほら、今流したばっかりだし、周りからそれが伝わってくるような感じは……ないわよね?」
マーサが指摘した通り、確かに流れているはずの4人の魔力が、変形合体ロボを稼動させるために活用されている段階には見えない。
だがその五体に魔力自体が充填されているのは確かであり、それは流し込んでいる本人達もそうであると認識しているような状態。
つまり悪いのは魔力の供給ではなくこちら側、それを利用して起動させるための魔導装置に、何か不具合が生じているということになるのだ。
精霊様はもう一度、マニュアル通りに同じ動きを試してみる……が、それでもダメ、どうやら時間の経過によって魔力が馴染む、そして動かすことが出来るようになるとか、そういう感じのアレではないようだ。
では足を動かす部分に、何らかの問題が発生してしまっているというのか、それであれば別の場所、例えば左足や、セットされたばかりの攻撃機構を作動してみれば良いではないか。
右が動かないということは左も動かない可能性が高いし、ここは独立しているのであろう、新室長が搭載したばかりのチーンBOWを使ってみるべきか、ひとまず試してみよう……
「精霊様、操縦レバーの真ん中にある、ほら、蓋の付いたボタンが見えるだろう、きっとそれはBOWを発射するボタンのはずだ、角度は……かなり反っているからな、このまま発射してしまっても問題はない、ちょっと試してみてくれ」
「わかったわ、じゃあえっと……この部分を動かすのは真ん中のペダルで、えっとえっと、これを足で責めるようにしてグリグリと……発送が変態よね、とにかくこれで……発射!」
「……何も起こらないですね、ちっとも発射される気配がないですよ」
「どういうことだ? もうどこもかしこもダメじゃないか」
「ご主人様、こんなにでっかいのに動かないって……もしかして騙されたとか?」
「まさかっ、きっと何か問題があるだけのはずだ、ブラウン師を締め上げて、そこからどこがいけないのか探ることとしよう」
一旦コクピットであるプレハブ城を射出し、変形合体ロボの操縦試験を中断する。
地上に降り立ってまず見たのは、ブラウン師を始めとした首を傾げる実験参加者達であった。
王国中枢の連中はともかくとして、ブラウン師もゴンザレスも、そして研究所の職員も、誰一人としてその原因が、変形合体ロボがまるで動かなかった理由がわかっていないようである。
その体たらくを受け、すぐにブラウン師を処刑してしまおうと考えた俺は精霊様に止められた。
どうにかして、どんなブチ殺すべき雑魚を利用してでも、まずはこの原因を突き止めないとならないということらしい。
まぁ、そう言われて見ればそうであるな、俺達だけで考えても原因などわかるはずがないし、もしわかったとしても修正のしようがないのだ。
ここはブラウン師の持っている知識も最大限に利用して、可及的速やかにこの状況を脱しなくてはならないところである……
「しかし何が悪いんだ? 本当にわからないじゃないか、おいブラウン師、どうにかしろやこのクソボケがっ!」
「うむ、今研究所の職員と、それから連れて来ていた『測る君』達が懸命の作業で原因究明を行っているのだぞい……だが特に問題があったとも思えぬし、やはり作業ミスとは別の理由で動かぬのかも知れないぞい」
「別の理由で? 例えばどんな理由が挙げられるのかしら?」
「それはわからない、本当にわからないのだぞい、グレート超合金関連ではないのは確かだし……と、調査が終わったようだぞ」
『報告しますっ! 変形合体ロボ、どの機構にも全く問題なしっ!』
『バトル装備についても、何かと干渉してしまっている様子はありませんっ!』
『魔力は十分に通っているようですっ! 指先に触れただけで魔力計が大爆発しましたっ!』
『グレート超合金プレート、屋根や外壁として通常通り作動していますっ!』
「……やはり何の問題も見つからないということだぞい、もしかしたらこれは、我々が知り得ない、何か別の要因によってその動きが止められているのではないかと、そんな気がしてならないんだぞい」
「何か別の要因か……ちょっと、もう一度詳しい奴に質問してみようと思う、今日はこれまでになってしまいそうだがな……いや、そういうわけにもいかないのか……」
そんな話になりそうな予感、今日はもうこれ以上前へ進むことが出来ないであろうと、誰もが察するような状況となったその瞬間に、明らかに『それではダメだ』となるような事態が生じた。
作業をしている現場の入口に、数人の兵士がかなり慌てた様子で駆け込んで来たのである。
これはいつもの如く風雲急を告げる事態であろう、そしておそらくは物体が、本格的な侵攻を開始する前兆が観測されたに違いない……
「たっ、大変ですっ! 北と東で発見された物体の城? のようなものなのですがっ、先程南側でも同じものが出来上がっていると、そんな目撃情報が入りましたっ!」
「ほう、して西側はどうなんじゃ?」
「西側には偵察部隊を3度送りましたが……全て帰還せず、全く音沙汰がない状況です、なお、南も命からがら帰って来た者が1人だけ、既に城の形をしたものが存在していたとのことで……やべぇっすよね?」
「相当にやべぇな、状況からして西側にも物体城があるのはもう間違いないし、このまま変形合体ロボが動かないと、これが兵器ではなくオブジェのまま王都が蹂躙されるぞ、オブジェクトによってな」
「ふむ、勇者よ、そのブラウン師を凌駕するという有識者、おそらくこの鉱石のナイフやグレート超合金を提供した者であると思うのじゃが、すぐにその者から原因となり得ることに心当たりがないかを聞いて参れ、直ちにじゃっ!」
「言われなくてもわかってんだよそんなこと、リリィ、すまないが屋敷まで送ってくれ」
「はいはーいっ」
リリィの背中に乗せられ、全速力で屋敷を目指した俺は、いつも通りテラスで馬鹿のようにダラダラと過ごしていたエリナを引っ叩いて起こし、事情を説明して魔界の神との通信を始める。
面倒臭そうに、だが『変形合体ロボが動かない』という事実に反応し、魔界の神は直接この世界へと顕現したのだが……様子から察してその原因がもうわかっていて、俺を馬鹿にしに来たようには思えないな。
とにかく何とかするための意見をくれと頼むと、魔界の神は首を傾げながらいくつか質問をしてくる。
構造は大丈夫なのか、どこか魔力の流れが途絶えていなかったか、そもそも魔力を流したのかなどだ。
だがそれらのことは入念にチェックをし、動かないとわかった後も再検査することによって、全くどこにも問題がないということを確認しているのだから、今挙げられた要因というのはもう考えられないと主張しておく。
むしろブラウン師が言ったように、この世界の理から外れた何かによって、俺達の変形合体ロボの動きが阻害されているのではないかと、逆にそのような意見を投げ掛けてみる……
「……いや、そういう可能性は考えられないな、確かに数多ある世界のどこにでも変形合体ロボは存在しているし、それぞれに共通の部分もある、だけどな、この世界の変形合体ロボはこの世界のものだ、他の世界でしか通用しない何かで邪魔されるなんてことはあり得ねぇんだよ実際」
「じゃあ何なんだよ? 早く原因を究明して、そんでもって動くようにしないと、もう物体城は全ての方角において完成しているみたいなんだぞ」
「物体城が全ての方角で……持ってあと1週間ってとこだな、しょうがねぇ、我が行ってやるとするか……」
そう言って変装した魔界の神、どうやら現場に出るつもりらしいが、果たしてそれで原因とっている何かを発見することが出来るのか、そして、その正体がバレたりはしないのか……




