1060 最終形態
「見ろっ、このゲーミングチェアみたいなのがやっぱりメイン操縦席としてベストだろうよ、わかるかこのフォルム、最高だろう?」
「勇者様、どこでそんなモノを調達してきたんですか? それ、金貨8万枚ぐらいする逸品ですよ、お金なんかないはずなのに」
「ん? あぁ、使わなかった建物のターゲットリストに入っていた悪い所有者の1人を当たってな、軽く殴り飛ばしたら快く譲ってくれたぞ、礼として息の根を止めてやったがな」
「それならもっと良いモノとか、お金とかを貰って来れば良かったのに……」
「まぁそう言うなって、ほら、犯罪者が他人から搾取した金で買った椅子だけあって、凄く優越感に浸れる座り心地だぞ、これからはこの椅子をこの真ん中に置こう」
俺がゲットしてきたのは、操縦席の代わりとなるゲーミングチェアのような良い感じの椅子。
この世界にはゲームなど存在しないのだが、それでも何らかの目的でこういうものが作られていることにつき不思議ではない。
で、座り心地も良いしフォルムも良い、そんなチェアをメイン操縦席として、コクピットを兼ねるプレハブ城の中央に設置しようとしたところ……どういうわけかセラが割り込んで来たではないか。
そのセラが携えているのは、何というかダイエットで使いそうな模擬乗馬マシンの少し大きなもの。
セラ曰くそれが操縦席であって、前のめりな感じでそれに跨り、臨場感溢れる視界でどうのこうのとのことだ。
それもアリといえばアリなのだが、やはり操縦席は一般的な座席タイプとして、俺が司令官的な感じでそこへ座ってどうにかしたいところ。
もしセラがその形状のものを用意して搭乗したいというのであれば構わないのだが、もちろんメインではなくサブとして、どこか部屋の隅で壁に向かって着座するようにして欲しい。
そして他の仲間達がそれぞれ集めて来たものは……ルビアのは完全に三角木馬だ、そんなモノに乗って戦うような苦行に耐えられるのは自分しか居ないことをわかっていないらしな……
「ルビア、さすがにそれはアウトだぞ、てか何で全員分用意してんだ?」
「あら? この方が戦っている感があって良いかなと思ったんですが、違いましたか?」
「いやいや、どこがどうなって三角木馬で戦っている感が出るんだ?」
「だって、敵の攻撃を受けて衝撃が伝わると、これも揺れて大変なことになりますから、そんな感じです」
「……お前はしばらくそれに乗って反省しておけ」
「はいっ、では早速……きっくぅぅぅっ!」
頭の悪いルビアはさておき、屋敷で余っていた畳のようなものを持ち込み、座敷スタイルで登場しようとしていたリリィや、明らかに悪の組織のメカでしかない、禍々しい見た目の玉座を持ち込んだユリナやサリナもアウト。
小さいカレンが引っ張って来た大きなテーブルは、中央に穴が開いていて、そこに七輪を背ッとして皆で囲むことが出来る仕様のもので……変形合体ロボのコクピットで焼き肉をする奴を見たことなど俺はない。
皆もう少しまともな発想でやって欲しいし、明らかに間違いだと、見ただけでわかるものを持ち込むのは邪魔なのでやめて欲しいところだ。
そんな中精霊様が担ぎ込んだのは……色々と多いな、何やら組み立て式のセットのようなものなのだが、もちろんベニヤで作るハリボテの何かである……
「おい精霊様、それは何だ? 入らないぞそんなもんプレハブには……」
「やっぱダメなのかしら? ホムセンで安く売っていた『指令室スターターキット』なんだけど、ほら、真ん中に司令官が座って、その台座の下にモニターが並んでいて、オペレーターが何人もいるようなタイプのアレなのよ」
「もっと常識的な規模のもので頼む、だがせっかく買ったんだ、それは『地上で変形合体ロボに指令を出す場所』に設置することとしよう……領収書は俺じゃなくて国に回してくれ……」
「勇者様、やっぱりこの前屈みスタイルの操縦席が一番よ、勇者様がそのチェアを使って乗りたいんだったら、後ろの方にセットしてちょうだい、一番前はコレ、どうせ魔力を送り込むのは私とユリナちゃんなんだから、前の方に座っても良いでしょう?」
「……まぁ良いか、じゃあ俺のメイン操縦席は少し後ろに下げて、そのセラのやつをふたつ……前に並べてやるからこっちに尻を向けろ、何か失敗したらここから鞭でシバき倒してやる」
「恐ろしいですわねその操縦席は……でも仕方ないですわね、やらかさないように注意しておきますわ……」
ということで魔力供給源であるセラとユリナ、それからそちら側に回りたいと言った、同じく魔力の供給に適しているルビアも、またせっかくなのでサリナもその位置に、セラが持ち込んだ乗馬マシンのような形状の座席で並ばせることとした。
それを監督するようなかたちで、後ろに用意した俺のゲーミングチェア風指令席には……なぜか精霊様が着席しているではないか、一体どういうつもりなのだ?
「……精霊様、どうしてそこから退かないんだ? そこは俺の席であってだな」
「何を言っているのかしら? 司令官は最強の存在である私以外に居ないじゃないの? あんたは雑魚キャラなんだから、せいぜい補佐官みたいな感じで後ろに立つことね」
「ちょっと待て、コクピットに立ち乗りする馬鹿はそうそう居ないぞ、地上の指令室じゃなくて変形合体ロボの中だからねここ?」
「しょうがないわね、じゃあ後ろにパイプ椅子を用意してあげるからそこに座りなさい、机はみかん箱を積み重ねたもので良いわね」
「・・・・・・・・・・」
ということで俺の席は精霊様に奪われ、あえなく補佐官として後ろのパイプ椅子に着席することになってしまった。
シートベルトもないし、衝撃を受けたら確実に吹っ飛ばされ、壁や天井などで全身を強く打ってしまうことであろう。
で、それ以外のメンバーも思い思いの場所に、自ら持ち込んだ『まともな大きさ』の座椅子だの何だのを設置して、一応体裁は整った。
どうせなので俺は安全な限り歩き回って、前屈みで尻を突き出している4人にちょっかいを出して回ることとしようか。
それから、結局マーサが持ち込んでいたゴザで一緒にゴロゴロしているカレンとリリィ、全く固定されていない少し高級な椅子とテーブルで茶を飲んでいるマリエルとジェシカはもうどうなっても知らない。
さらには『椅子を手に入れるコストが無駄』などというわけのわからない理由で、当たり前のように床に正座しているミラはもうお終いだと思って良いところ。
きっとこの辺りは戦闘の衝撃で吹っ飛び、天井などに突き刺さってぶら下がる事態となることであろう。
それでどうなるかと言えば、別にダメージを受けるほどのことでもないのだが、見た目的にとんでもなく無様ではある。
「うむ、まぁこれでコクピットは完成といって良いだろうな、後でもう一度変形合体ロボを組んで、そのときに中へセットされる動きが正確かどうか確かめよう」
「そうね、もし位置がズレていたりしたら、わけのわからない所にぶつかってバラバラになってしまうものね」
「コクピットが粉砕して地面に落下して、そこから必死でロボの足を登って搭乗するとか、もう恥ずかしくてやっていけないからな、ここは正確でありたいところだぞ」
「……で、こちらは良いんですけど、グレート超合金の方はどうなったんですかね? あの臭い人、上手くやってくれたでしょうか?」
「わからんが、先程からなにも動きがないように見えて……ちゃんとやっていなかったら残虐処刑だと脅しに行こうか」
「まぁ、さすがにそこはしっかりしていると思いますわよ、筋肉の人族も付いているみたいですし、問題はないかと」
とはいえ心配なのと、もうやることがなくなったので、本来は同時並行的にやっていくべきであったグレート超合金プレートの活用について確認しに行く。
ゴンザレスも手伝って、その他研究所から新室長の取り巻きとして来ていたらしい研究員、さらに王国の兵士まで加担して色々とやっているようだが、かなり難航している様子である。
そもそもブラウン師の臭いがアレすぎて、それがこの夏の盛りの暑さとブレンドされて、周囲は大変なことになっているのではなかろうか。
このままだと、これ以上ブラウン師に作業をさせていると、使用後に売却する予定の建物の、その構造のひとつにウ○コのような臭いが移ってしまうことになりかねない。
ここは少し俺達も参加してみることとしよう、基礎的な理論さえ出来ていれば、その後はもう得意の力押しでどうにかしてしまうのだ……
「うぃ~っ、どうだ、上手くいきそうなのか?」
「いやぁ、なかなか難儀しておるぞい、ここがこうでこうで……こうなるとこっちが破綻してしまって……難しいぞい」
「そうなのか、じゃあ死……まだ殺さない方が良いか、それで、どこがどうダメなんだ一体?」
「いやな、ここがこう上がってくると、こっちに隙間が空いてしまって、そこを埋めるとなるとさらに多くのプレートを下に敷かなくてはならないのだが、そうすると今度は余ってしまって……そもそももっとサイズを小さくしないとならないかも知れないのだよ」
「なるほど、じゃあプレートをタイルぐらいの大きさに切り分けて……難しいか?」
「そうなると接続部分が多くなって、防御力の面ではかなりキツくなってしまうぞい、どうに亜kしてこの大きさでやらねばならんのだが、もうパズルのようで困ってしまったぞい」
「……難しいな、配置を考えても、結局プレートで覆い尽くすことが出来ない面積だったらアウトだからな……どうする?」
「うむ、勇者殿、ここはやはり、鎧のようにこう重ねてだな、となるとさらに多くのプレートが必要になってくるのだが、グレート超合金が足りなくなるのだ、追加発注は可能か?」
「どうだろうか、だがそれ以外に方法がないのであればやってみるしかあるまい、ちょっと待っていてくれ、その仕入先とは屋敷でしか『交信』することが出来ないんでな」
「おうっ、ではしばらく保留して待つとしよう」
「あぁ、すぐに行って来る、ほら行くぞ精霊様、セラもだ」
もう夕方近いのであるが、どうせ真っ暗な魔界の住人であるあの神には関係のないことであろう。
一旦屋敷を目指してダッシュで移動し、エリナを見つけ出して奴とのコンタクトを取るべく通信デバイスを作動させる……
※※※
「うむ、なるほどな、グレート超合金が足りないと……じゃあもう諦めろや、アレ、結構面倒臭いんだよ仕入するの」
「そんなこと言ってんじゃねぇよ、俺達が元々持っていた扉の分……てかお前等闇の勢力から奪ったものだが、それも使い果たしてもうストックがないんだよ、どうにかしろ」
「どうにかと言ってもな……むっ、ならば交換条件を出そう、この世界の半分を我に寄越せ」
「誰が魔界の神なんぞにやるかよっ、この世界は全部俺様のものなんだ、誰にもやらんっ!」
「じゃあ2割とかでも良いから……」
「馬鹿かよ、てかそんなもんは女神の奴と直接交渉しろ、それ以外の交換条件であれば考えなくもないぞ、どうだ?」
「ならば……今はちょっとわからん、とりあえずグレート超合金だけ調達してくるから、また我が思い付いたときに何か『献上』すると良い」
「おう、可能なものであれば『下賜』してやんよ、だからサッサとしろ」
魔界の神は意外と単純な性格らしく、特に具体的な交換条件を提示しないままで、こちらが必要としているブツのみを提供することを約してくれた。
あとは後々になって提示された要求を、アレもコレも全部無理だと主張して、悉く突っぱねてしまえばそれで良い。
そこでとやかく言ってきたら連絡を絶って、ほとぼりが冷めるまで待つ、或いは神界に対し、魔界の神から何やら脅迫されていることを通報してしまうこととしよう。
で、グレート超合金は1時間程度で例の場所、まだ俺達が無償で借り上げている闘技場に送られるということで、すぐにその旨を現場に伝えるために戻った。
その間も試行錯誤は進み、どうにか『素材さえあれば完成しそうだ』というところまで漕ぎ着けていたらしい。
ブラウン師の奴は首の皮1枚繋がったかたちか、もちろんその皮1枚も、使用価値がなくなったら切断してしまうのだが……
その後、やって来た伝令によって闘技場に鉱石の雨が降り注ぎ、またしても山盛りの状態になってしまったとの情報が入る。
今度は位置がイマイチ固定されていなかったらしく、無人の観客席にも一部被害が生じているようだ。
これは後々役に立ちそうな情報だな、魔界の神が空から鉱石を降らせ、人族の町の重要な建造物を破壊したという立派な犯罪であるのだから。
まぁそれはともかく、すぐにリヤカーに乗せられた大量のグレート超合金が現場に運び込まれ、専用のナイフでそれが削られていく。
削りカスや1枚プレートになり得ないサイズのものは全てが集められ、20tほど集まったところでゴンザレスが風呂敷に包んで持ち上げ……それがどういう原理で持ち上がっているのかは知らないが、とにかく王都の外へ運ばれる。
かなり離れた場所で、手を擦り合わせて1兆度の熱を発していると思しき火球が見え、夕方だというのに真昼のような熱さを感じるような状況だが、ここは我慢して作業を続けよう。
といっても俺達が特に何かするというわけではなく、作業の方を見守っているだけなのであるが……
「こりゃしばらく時間を要しそうだな、ちょっと食事にして、その後もう一度見に来ようぜ」
「それなら向こうに長高級レストランがありますから、そこに行きましょう、なかなか美味ですよ」
「金がないんだが……おいババァ、小切手寄越せ小切手」
「勇者よ、他人にばかり頼らず、たまには自分で稼いだ金でじゃな……」
「俺が稼げないのは誰のお陰だ、あんっ? 良いから好き放題金額を書ける夢の紙切れを寄越しやがれっ!」
ババァ総務大臣から小切手を束で……クソッ、1枚しか残っていないものを渡しやがった、だがこれで支払には事欠かないため、すぐにそのマリエルお勧めの高級レストランに向かって食事を済ませる。
フルコースの料理を堪能し、無駄にお土産まで購入して現場へと戻った俺達の前にあったのは、何と立派にプレート補強された1棟の建物であった。
これから全てがこんな感じに改装されるのか、プレートには既に、最新の技術によって持ち運びが可能になった装置を用いて、時空を歪めるコーティングが施されている。
これがこの場所にある全ての建物に施されているというのか、もう変形合体などしなくとも、単体で物体と渡り合えるのではないかと、そんな印象を抱くような出来栄え。
もちろん今目の前にある建物だけでなく、どれもキッチリとプレートで全部の面を覆い尽くしているというのだから、これはもう期待せずにはいられない。
ではこの状態で一度変形合体をして、そこにコクピットであるプレハブ城を埋め込むところまで、一度通しでやってみることとしよう。
先程までとは違う動きが入る分、もしかしたらもしかするかも知れないので、地上と空中で万が一のための要員をそれぞれ配備し、コクピットに乗り込むのは俺とセラの2人だけということになった……
「よっしゃ、じゃあ私がこの変形合体起動スイッチを押すわね、勇者様は後ろでタイミングを見計らって合図してちょうだい」
「タイミングとか合図とか言われてもな……そうだ、ちょうど良い所にあるそのケツをぶっ叩いてやるっ! 喰らえっ!」
「ひゃいぃぃぃっ! き、起動!」
「お、動き出したようだな、次からこれでいこうか」
「良いけど、あまりにも情けないと思うのよね……」
などと話をしている間にも、窓の向こうでは基礎の部分がせり上がり、建物全体を覆う真っ黒なプレートとなったうえでその全ての面を補強していく、それぞれの建物でだ。
そして準備が終わったものから順に飛び立ち、最初の実験と同様に、徐々に組み上がって変形合体ロボの姿を形作っていく。
最後の最後、俺とセラが乗り込んだプレハブ城も、下に取り付けられた魔導装置によって浮かび上がり、そして加速したうえで……なぜか変形合体ロボの中程までしか上がらないではないか、そもそもコレ、どこに格納されるというのだ……
「……なぁセラ、何かこの位置、ちょっとおかしくねぇか」
「私もそう思うの、このままだと取り込まれる場所は……あ、何か穴が広がって……」
「ケツ穴に入るんじゃねぇかぁぁぁっ!」
「最低最悪の乗り込み方をしたわね……でもどことなく成功したらしいわ、見て、窓の向こうに穴が開いていて……アレってさ、前に取り付けられている煙突よね」
「どこから視界確保してんだっ!? てかどうしてこうなった?」
最後の最後でとんでもない欠陥を発見してしまったのだが、それでもコクピットの取り込みが成功していることに変わりはない。
あとはもう、このまま歩かせたり戦闘の際の動きを研究したり、様々なことをしていく段階なのだが……やはりこの位置への格納は変えて貰おう、この変形合体ロボが戦う姿を見て勇気を得るチビッ子達の教育上非常に良くないのだから。
で、現場の敷地内はそこそこ広いため、そのまま実験的に変形合体ロボを動かしてみることとする。
まずはゆっくりと歩かせるのがセオリーなのだが……どこをどう操作したらそうなるのか、まるで理解していないではないか。
これは戻って取扱説明書なり何なり、確認してから試さないとダメそうである、下手なことをして大惨事になる可能性もある、というかその可能性が高いわけだし、ここで余計なことをするのはよそう。
すぐにデバイスを操作して変形合体を解き、プレハブ城ごと地面に降り立った俺達は、早速その操作方法をどうにか理解すべく……いや、誰がそれを知っているというのだ、ブラウン師か、はたまた他の誰かか……




