105 害虫は地下に蠢く
「いやぁ~、温泉なんてテンション上がるなぁ~」
「あら、毎日入っているじゃない?」
「わかっていないなセラは、家で毎日入れるのとこういう施設でたまに入れるのでは気分的に違うんだ」
「そうかしらね?」
「そうなんだよ、というかそんなことも理解出来ないのか、それならおっぱいが小さいのにも納得がへぽっ!」
風の刃が体を切り裂く、ルビア、早く治療してくれ、このまま温泉に入ったら超しみるぞ。
「でもどうしてあんなところから突然温泉が湧き出して来たんでしょうね、私達の屋敷の辺りはかなり深かったみたいだけど、そこからそんなに離れていないのに……」
「いてて、そういうこともあるんじゃないか? 地盤だって一定じゃないんだからな、たまたま地表近くに温泉があっても不思議じゃないだろう」
確かに今まで何箇所も掘り進められて出なかったのに、突然わけのわからないところから出て来るというのも不思議なことである。
だがな、ここは異世界だ、ちょっとぐらい都合のいい感じで温泉が出て来て、美女の裸見放題なんてことがあっても別に何ら不思議ではない。
「あ、ほら着いたわよ、なかなか風情のある施設になっているじゃない、宿泊も出来るみたいだし、今日はあそこに泊まっていきましょうよ」
「おお、確かになかなか大きい施設だな、少なくともセラのおっぱぺぽっ!」
危うく二度と軽口を叩けないようにされるところであった、まだ余計なことは言い終わってないと思うんだがな。
「勇者様、個室とか大部屋とか色々ありますが、もちろん30人入れる一番大きい部屋を借りますよね?」
「当然だな、大部屋には風呂が付いているんだろう? そうじゃないとまた俺だけ寂しく男湯になってしまうからな」
もちろん大部屋を借り、そして当たり前のように展望露天風呂が付いているこの世界。
とても剣と魔法のファンタジー世界とは思えませんな。
とりあえず風呂に入ろう……
「あら見てちょうだい、ここから王都が一望出来るわよ!」
そう言って湯船から乗り出すセラ、皆興味を持ってそれに続く。
可愛いお尻が横一列に並んだ、眼福である。
「あなた達、そんな所でお尻を出していると勇者様に引っ叩かれるわよ、というか私が叩いてあげようかしら」
横並びの尻を叩き出すシルビアさん、ルビアやジェシカ、それにウシチチのはすんごい揺れる。
一方、セラやカレンのはぺたーん、といった感じ。
この世界においても格差社会は進行しているようだ……
「主殿、王都の方で何か舞っていて綺麗だぞ、こっちに来て一緒に見ないか」
「何が舞っているというんだ、雪のシーズンはもう終わったんだぞ」
「そのはずだが、というか何だかちょっと黒いものが……」
「ご主人様、アレ、全部虫ですよ!」
チョウチョ軍団の残党か? とも思ったがどうやら違うらしい。
目の良いリリィ曰く、様々なタイプの虫が飛び交っているとのことだ。
しかも王都の中だけでなく、城門を出て北側、つまり今俺達がいる温泉施設の周辺までその虫の集団が出現している。
どうやら地下から這い出して来ているみたいだな……
「すぐに上がって戦う準備をしようか、おそらく魔将が攻めて来たんだ、地下ルートが当たりだったようだな」
急いで元々着ていた服と、それから武器防具を装備する、しかしルビアだけはなぜか全裸のまま杖を持っているようだ。
「どうしたルビア? 早く服を着るんだ」
「寝るときは全裸なので替えの服を持っていません、これが汚れると帰りが全裸になってしまいます」
戦闘で全裸か帰りが全裸の二択らしい、戦う方を優先させよう、帰りは全裸だって良いじゃないか。
「勇者様、地面に穴が開いて、そこからハエとかGとかそんなようなのが出て来ているみたいだわ!」
「地下を掘って進んで来たのか? どんだけ強気な虫だよ、モグラじゃあるまいし」
「……もしかしてだけどさ、木魔将が張っていた食人植物があったじゃない、その根っこが枯れた空洞を使ったんじゃないかしら」
おそらくマーサのこの仮説が正解であろう。
完全に忘れていたが、そういえば木魔将は王都の地下に食人植物を張り巡らせ、もうすぐ地上に出せるようなことを言っていた。
今回の害虫魔将はそれを利用して王都の直下に回り込んだのであろう。
迂闊だった、虫けらごときにしてやられるとは……
「おう勇者殿、こんな所に居たのか、屋敷に行ったら留守だったからな、探していたんだ」
「悪いなゴンザレス、で、状況は?」
「そこらじゅうに穴が開いて虫が出て来ているんだ、中でも広場の穴はちょっと雰囲気が違ったな」
「何か特別な穴感があるのか?」
「うむ、他より大きいし階段まで付いていたぞ、おそらくそこから入って来いということだろうな」
「わかった、ちょっと行ってみるよ」
せっかく遊びに来ていたというのに、主敵は王都の中、しかもいつもの王宮前広場かよ。
さっさと片付けて温泉施設へ戻ろう。
「ダメだ主殿、馬が怯えて馬車を動かすことが出来ないぞ」
「何だとぉ! この情けない馬め、おい、ちゃんと働かないと馬刺しにするぞ!」
「おう勇者殿、馬をいじめてはいかんぞ、馬車ぐらいなら俺が牽いてやろう」
ゴンザレスが馬車を牽いてくれた、1人で、しかも速い。
もう馬とか要らないんじゃないですか?
そうも思ったが、城門をくぐると一気にペースダウンしてしまった……
「どうしたゴンザレス、さすがに疲れたか?」
「いやそうではない、王都の中では法定速度を遵守しなくてはならんからな」
「何言ってんだこんなときに!?」
真面目なゴンザレスの気持ちはわからんでもない。
だがな、ここでゆっくりしていたらその法定速度自体が消滅してしまうんだ、王都ごとな。
そのことをゴンザレスに伝えると、泣く泣くスピードを上げてくれた。
というかリアルに血の涙、いや待て全身から血が噴出しているではないか!
どうやら法令違反に拒絶反応を起こす体質らしい……
「うぐぅっ! 着いたぞ勇者殿っ! 俺はここまでのようだ……ゲフゥッ」
「あ、お疲れゴンザレス、また機会があったら頼むよ」
吐血して倒れ込んだゴンザレスは放置し、問題の穴へと向かう。
うむ、確かに階段が付いている、というか壁に『ダンジョン入口』と書いてある。
「ご主人様、早速入ってみましょう!」
「待てカレン、こんなの罠に決まっているだろう、不用意に入るとまた面倒な奴に絡まれるんだぞ」
広場の地面に空いた穴は、その終わりが見えない程にまで深く、まっすぐ地下に続いてゆく。
そして中には夥しい数の虫、索敵にビンビン反応している。
「おう勇者殿、他の穴は大方埋め終わったようだ、あとはここだけだな」
「もう復活していたのかゴンザレス、それでどうするよ、中へ行ってみるか?」
「ふむ、その前にリリィ殿のブレスをブチ込んでおいた方が良いだろう、戦う価値のない雑魚敵が多すぎるようだからな」
「そうだな、前にダンジョンに入ったときもそうしたし、じゃあリリィ、よろしく」
ドラゴン形態に変身したリリィのブレスを穴にねじ込む。
これにより、中に居たほとんどの虫を焼き尽くしたようだ。
ほとんど……1体だけ残っているようだがな、そいつが魔将なんだろう。
「では勇者殿、そろそろ中に入って行こうではないか!」
「それは拙い、今入ったらさすがのあんたでも死ぬぞ」
「俺は熱や炎に耐性があるのだが、それでもダメだというのか?」
「さすがに息はしているだろう? 中ではそれが出来なくなる、だがおそらく敵もそうだからな、ここで待っていれば出て来るであろう」
「うむ、良くわからんが待ってみることとしようではないか!」
前にも思ったが、どうもこの世界ではまだ酸素というものが発見されていないようだ。
火事やなんかで酸欠になって死んだとしても、きっと祟りとか呪いとかそのあたりで済ませてしまうんだろうな。
そもそも俺の居た世界でも酸素が見つかったのはフランス革命の頃だったよな。
そんなのも勉強したな、懐かしのセンター試験はまだやっているんだろうか?
「ご主人様、何か出てくるみたいですよっ!」
「ああ、ようやく魔将様がお出ましのようだな」
ドンッという音を伴い、穴の中から何やら登場する。
長い、ムカデのような体、その頭部分には人間とハエとGと、とにかくキモい昆虫を大体掛け合わせたようなのが付いているようだ。
超きめぇ……
『うぬぬっ、貴様が異世界勇者だな!』
「だとしたら何だ、お前には関係無いだろうが、しかもちょっと焦げてて臭いんだよ、お引取り願えませんか?」
『おのれ調子に乗りおって! 大体どういうことだ、ダンジョンまで用意して一番奥の部屋で待ち受けていたというのに、まさか炎で一気に焼き払うとは思わなんだぞ! 一般的な勇者なら意気揚々と入って行って途中の雑魚を次々討伐しながら何度もセーブしに戻ってようやくボス部屋の前に立ったと思ったら扉を開けるのにオーブとか何とかが必要でまたそれを探しに戻って王様に話を聞いて古の祠で賢者から……』
「ごちゃごちゃうるせぇな、どうでも良いだろうそんなプロセス、最終的にお前が滅びればそれでエンドなの、その後はあまり邪悪じゃない裏ボスと何度も戦うの」
『なんとやる気の無い勇者だ! 貴様はこの害虫魔将、オオムカデゴキバエ様が地獄に送ってくれるわ!』
ラスボス感を出したいのであろう害虫魔将、でもあんた中ボスだからね。
そもそも俺らレベル上げすぎてるから、お前なんかもう相手にならないから……
というかさ、名前はもうちょっとどうにかならなかったのか?
「よぉしセラ、カテニャ、ちょっと魔法の練習をさせてやる、あいつのムカデ足を一本ずつ切り落としてやれ」
「ダメよ勇者さん、アイツは傷を付けると臭い汁が出てくるって言ったでしょ、弱いけどキモさのステータスはカンストしているのよ!」
「それは困ったな、じゃあまた茹でるか? ユリナ、精霊様、ちょっと頼む」
「あのね、リリィちゃんのブレスで死ななかったの、熱湯なんか効かないはずよ」
「そうか、じゃあ逃げよう、行くぞリリィ!」
リリィに乗り、飛ばずに走らせてとんずらする。
やはり追いかけて来やがった、他のメンバーよりも俺を優先して狙うようだな。
『ご主人様、逃げるのは良いんですけど、これからどこへ行くんですか?』
「このまま王都の外に出るんだ、飛ばなくて良いからな、あと振り切ってしまわないようにゆっくり行くぞ、今ぐらいが奴の限界速度みたいだからな」
馬車道を通って城門を目指す、敵はしっかり付いて来ているようだ。
ムカデ部分の足がわしゃわしゃして気持ち悪いな……
『待て勇者め、逃げるとはこの卑怯者が! クソッ、どうしてこんなに広い道で40km制限なんだ!』
害虫魔将は速く走れないのではなく、法令を遵守しているらしい。
だが見誤ったな、制限速度が40kmなのは先程の細い道、馬車道は表記こそ無いが法定速度の60kmまでなのだ!
『ご主人様、そろそろ城門を出ますよ、その後はどっちへ行くんですか?』
「出たらカジノがあった方に向かうんだ、建物目指してまっすぐ突っ込んでくれ、敵もスピードを上げてくるだろうから注意しろよ」
城門を出るとすぐにカジノが見える、ここからはペースアップだ。
『うぉぉぉ~っ! 遂に速度制限が無くなったぞ、アウトバーンじゃぁぁ!』
訳のわからないことを叫びながら突進してくる害虫魔将。
なかなか速いじゃないか、大量の足をシャカシャカさせながらペースを上げ、次第にこちらとの距離を縮めてくる。
「良いかリリィ、カジノの周りに汚泥の沼地があるのを覚えているだろう、その手前まで行ったら飛び上がるんだ」
『わかりました、ギリギリまで走っていけば良いんですね』
「その通り、ではスピードの方も限界で頼むぞ!」
俺達の後ろ、10mぐらいのところまで迫って来ていた敵、近くで見ると様々なパーツが実にアレでより一層キモい。
限界まで体を伸ばし、リリィの上に乗った俺を掴もうと必死である。
良いぞ、俺以外に目が行っていない、チャンスでしかないぞこれは……
『フハハハッ! もう追い付くぞ勇者め、捕まえて頭からボリボリいってやろうではないか!』
「鬱陶しい奴だな、お、リリィ、そろそろだ……3、2、1、飛べっ!」
『よいしょっ!』
空に舞い上がるリリィ、一方の害虫魔将は飛ぶことが出来ない。
汚泥の沼にドボンである、ざまぁ!
『グゥオォォォッ! 何なのだこれはっ!? 熱いっ、体が溶けていく!』
「お前のお仲間、不快魔将とやらが飼っていた魔物の残骸だ、さっさと溶けて死ね」
『おのれ……我が肉体が滅びようともその意思は必ず次の者に……ブベポッ!』
余計なことを喋ったため、猛毒の汚泥が口に入ってしまったようだ。
外からだけでなく体内からも溶かされ、害虫魔将は徐々に力を失ってゆく。
『グウウ……最後に……貴様に伝えて……おきたいこと……がっ』
「何? 耳寄りな情報か?」
『貴様……スピード……違反……ネズミと……』
どうやら死んだようだ。
振り返ると、遅れて付いて来たのであろう憲兵がニコニコ顔で立っていた。
なんと、反則切符を切られてしまったではないか!
この野郎、どこでネズミ捕りなんかやっていやがったんだ……
「あら勇者様、どうやら魔将は討伐したようね、捕まってしまったのは残念だったけどね」
「主殿、免停か? ん、免停なのか?」
他のメンバーも追いかけて来ていたようだ、この間免停になって叱られたばかりのジェシカがニヤニヤしている。
だが残念、免停ではないし反則金も銅貨3枚の軽微な違反なのだよ!
それにこんなのおかしいからな、後で処分を取り消させよう。
再びゴンザレスの牽く馬車に乗り込み、温泉施設まで送って貰う。
この騒ぎで他の客は帰ってしまったようだな、こうなればもうやりたい放題だ。
「ありがとうゴンザレス、王宮への報告と残った雑魚敵の始末は任せるよ」
「おう、任せておけ、それと勇者殿、もう交通違反はしないことだな!」
「はいはい……」
さて、気を取り直してもう一度温泉に入ろう。
「おいおい、交通違反をした主殿は温泉など入らず、そこで正座しておくべきじゃないのか?」
「黙れジェシカ、俺は必死で魔将と戦っていたんだ、この件は不服申し立てするからな、間違いなく処分取消となるであろう」
「うっ! では先程から馬鹿にしていた私はただの悪者になってしまうではないか」
「その通り、貴様は極悪人だ!」
「……大変申し訳なかった、後で尻を叩いてくれ」
「じゃあ後でな、とにかく酒でも頼んでおこうか、風呂上りは飲み会だ!」
良い湯であった、おそらくこの温泉は害虫魔将やその部下が地下を通る際、偶然どこかを崩したことで沸いたのであろう。
そしてこの施設、新しいだけあって凄く綺麗だ、大衆向けだから結構安いしな。
料理と酒は……ちょっと何ともいえないクオリティだ。
「勇者様、ここに居酒屋の2号店を構えても良いかも知れませんよ、料理も、それからお酒のラインナップもイマイチのようですし」
「でもミラ、店員はどうするんだ? さすがにレーコ達も毎日ここまで通いたくはないはずだぞ」
「それなら私に考えがありますよ!」
「何だマリエル? まさかデスジャンヌのゴーレムとか言い出すんじゃないだろうな」
「そうよ、私のゴーレムは営利目的だと動作しないから使えないの、諦めてちょうだい」
「いえいえ、ウラギール侯爵の城で投降して来た使用人の女の子達、死刑にはしない約束でしたよね、それをここで働かせればよいんです」
「なるほど、元使用人なら料理も出来るしな、ミラとデスジャンヌのレシピを伝授すればすぐにでも開店出来るぞ!」
「ではあの子達をここへ移送するように言っておきますね、この施設自体国営なので、手続はすぐに終わるはずです、そしたら開店ですね」
3日後には5台の牢付き馬車に入れられた元ウラギール侯爵家のメイドさん達が運ばれて来た。
あのおっさん、馬鹿の分際でこんなに可愛い子達を独り占めしていたとは、きっと金に物を言わせたんだな。
「勇者様、この子達なんですが、研修も兼ねて明後日の犯罪者処刑祭で屋台をさせようと思います、良いですよね?」
「おお、そうだった、そんな祭も迫っているんだったな、よかろう、そこでこの間のスープとかも提供しようか」
「勇者さん、私達は慈善活動家なの、お金を取ってやる商売には参加しかねるわよ」
「大丈夫だ、デスジャンヌ達は子ども限定で食事を無料配布していれば良い、どこかに行ってしまったボランティーヤもフラッと戻るかも知れんな」
「まぁそれならやっても良いわね、費用は勇者パーティーで持って貰うわよ、売名じゃないから協賛広告もナシね」
「へいへい、どうぞご自由に」
勇者パーティーの祭における営業計画はシルビアさんが細かいところまで詰めてくれるとのことだ。
俺達はその指示に従って準備を進めていけば良いであろう。
王都の広場では既に処刑台の設置やその他の飾り付けが始まっていた。
闘技場の方も同様らしい。
害虫魔将が出て来た大きな穴は、魔物が住み着くのを待って王都地下ダンジョンとして冒険者に解放するとのことだ。
入場料はパーティーあたり銅貨5枚とのことなので、俺達もそのうちチャレンジしてみよう。
「さて、それじゃあ売り物以外にも何かやることはないか考えよう、案がある者は挙手!」
「ハイ、ではモニカ議員、発言をどうぞ」
「あの、私の叔父は普通に処刑するのではなくて、ちょっと仇討ちをさせて頂きたいなと……」
「つまり戦って討ちたいと、ちゃんと勝てるのか?」
「あれは人に頼ってばかりで相当弱いですから、おそらくノーダメージで討ち滅ぼすことが出来るはずです」
「じゃあそれは決定で、他には……」
特に無いようなので意見公募を締め切った。
罪人の処刑予定日はもうすぐだ、これが終われば一連の事件、その全てが解決したこととなる。
何もトラブルがないと良いんだが……




