1057 製造開始
「てぇぇぇぃっ! やぁぁぁっ! どうだっ……3発でした、普通の武器だと思うとかなり強いんじゃないですか?」
「だな、物体自体もかなり大型のものだったし、きっと聖棒でもそこまで素早くは倒すことが出来なかったであろうな」
「それは勇者様が弱っちいというだけでは……いでででっ! 頬っぺたが千切れるっ!」
「まぁとにかくアレだ、物体に対してもこの効果なんだから、普通の人間に対して使ったらとんでもないことになるぞ、ミラ、ちょっと試してみるか?」
「大丈夫です、痛いのでもう許して下さい……」
何やら通常のものよりも大型であった物体、まだ城壁から降り立ち、真っ黒な状態で変化を始めようとしているところを叩いたので、最終的にどのような見た目の人型になるのかはわからなかったが、通常のものより強かったのは確かであろう。
それを小さなナイフを用いてたったの3発で、もちろん時空を歪めるコーティングなど施していない状態で消し去ってしまったのだから、この謎の鉱石で出来た打製石器風のナイフの力は相当なものである。
さすがはこの世界の外に由来するものということか、俺が女神から最初に貰った聖棒しかり、通常世界のどこを探しても手に入らないものというのは、その取得難度に見合った力を有しているということだ。
で、そんな素晴らしい武器である謎の鉱石ナイフなのだが、やはりどうしても『人間相手』の実験をしておかなくては、俺も精霊様も気が済まないのである。
そのまま一度王宮前広場へ立ち寄って……何もイベントが開催されていないではないか、つまりはあの悪徳工場主とつるんでいた悪徳役人の処刑は、まだ行われていないのかもう済んでしまったのか、どちらかということになるのだが……さすがにもう事後ということはなさそうだな。
通常、ある程度の犯罪を犯した馬鹿の死体は、だれでも自由に投石したり、侮辱したりすることが可能なように、しばらくどこかに晒されることとなるのだ。
もちろん軽く炙られ、または酸で溶かされたりいくらかの肉を削ぎ落されたり、そのような半死半生の状態で、意識を保ったまま晒し者にされ、民衆から罵倒されながらゆっくりと死に向かうような刑も日頃から行われており、ああいう連中はその刑を受けるに値するもの。
つまりこの場でその死体または生体が発見出来ないということは、まだ処刑待ちをしている段階なのか、或いは処刑以外の用途にそれを使われてしまったということなのであろう。
どういうことなのかとは思いつつも、俺達の足は自然と、その広場から程近い王宮へと向かっていた。
大臣らはまだ王の間で何やらやっていたようで、まっすぐ現場へ向かわなくて正解であったのだが……もう出ようとしているところであったか……
「勇者よ、わざわざこちらへ寄ってどうしたのじゃ?」
「あ、いや別に、この間俺達が活躍して捕まえた、あの変形合体ロボ造成用の敷地を支配していた悪徳工場主がいるじゃんか? それにくっついてた悪い役人共、捕まえたんだろう? まだ処刑しないのか?」
「あぁその話か、それなら研究所が持って行きよったのじゃ、残虐処刑して見せしめに、とも思ったのじゃが、役人で、しかも悪いことをして金を儲けておったのじゃから、栄養状態が良くて比較的使えそうな個体が多かったらしいでの、どうしても研究所の方で欲しいと」
「何だそういうことなのね、じゃあそれも今頃あの情けない兵器になって、腰を振りながら矢を飛ばして物体と戦っているってことなのね」
「うむ、そうであろうと思っておるのじゃが……何か違ったような気がしなくもないがの」
「まぁ良いや、とにか現場へ行こうぜ、人間での実験は後回し……にはしたくないってのか?」
「当たり前じゃないの、ちょっとほら、牢屋敷へでも行って試すわよ、物体に対してアレなんだから、この世界で最も矮小で脆弱な生物である人族にこれを試したらどうなるのか、絶対に試しておきたいのよ」
「わかった、じゃあ精霊様はそっちをやっておいてくれ、謎の鉱石を用いて作成したナイフによる罪人(生体)の腑分けをな、後で結果を利かせてくれると助かる、キモくない部分だけな」
「わかったわよ、じゃあ先に現場へ行っていて」
ということで精霊様は別行動とし、外で待っている他のメンバーと合流して、王都の南にある現場へと向かう。
既に完成された高級住宅街のようなその場所だが、やはりそれぞれの邸宅に庭がないのは不自然な光景だ。
だがそこまでのスペースは確保出来ていないため、実際に変形合体ロボとして使用後の建物を売却等する場合には、一部を間引いて他の場所へ移動するなどしてそれぞれの敷地を拡げ、売れやすいようにしておくこととしよう。
もっとも、もし万が一今回の物体事変のような危機が訪れ、もう一度変形合体ロボが必要となった場合には、中に人が居ようが何だろうが、その場で建物を接収してもう一度使用するということだけは、購入者に理解させておく必要がある。
まぁ、それは物体を討伐することに成功した後、この世界に本当の平和がやって来たところで考えるべきことだ。
今は戦いのことのみを頭に留め、それに集中して、それ以外のことは捨て去って……いないような俗物ばかりなのが勇者パーティーの特徴といえよう。
で、そんなこんなでやって来た、現場において唯一スペースを確保している場所で、作業員が休憩したり、夜雑魚寝したりするべき場所に集合し、そこで例のブツを王宮関係者等にお披露目する。
赤黒く輝くイマイチ強そうもないナイフを見て驚く者は誰も居ないが、数々の伝説武器をこの手にしてきた勇者である俺様が、ジャジャンッとそれを見せ付けているということに違和感を感じていない時点で皆おかしい。
しまいには作業員として呼ばれた一部の兵士が前に出て来て、その打製石器のような見た目のナイフの、明らかに切れ味の良い部分を素手でガシッと……掴むことは出来ず、指がスパッと切断されてしまった……
「えっ? あ、俺の指が……俺の指がぁぁぁっ!」
「何やってんだお前? 誰がこの最強のナイフに触れて良いと言ったんだ? おさわり代、全財産で許してやるから早く支払え、ほら早くっ!」
「ギャァァァッ! 指が全部取れたんで財布出せませぇぇぇんっ!」
「チッ、ミラ、そいつの財布を没収しておいてくれ、あとルビア、この馬鹿はもう治療しなくて良いぞ、後で人柱にでもしよう」
「ギョェェェェッ! 勘弁してくれぇぇぇっ!」
やかましい馬鹿兵士は、その他の呼ばれていた兵士に両脇を抱えられ、何を鎮めるのかは予定されていないものの、とりあえず人柱として連れて来ていたその辺のチンピラだの何だのの中に放り込まれた。
まぁ、兵士の分際でああやって勝手な行動をする奴など誰も要らない、いざというときにアイツのせいで部隊が全滅したり、その他さまざまなリスクに晒されるわけだから、その片鱗を見せた時点で排除しておくのがベストなのだ。
で、その野郎の財布にはたいした金が入っていないのを確認し、空になったそれを遠くへ放り投げた後、ようやくこの赤黒く、鈍く光る安っぽい打製石器の説明に入る。
もちろんそこでは『魔界の神から貰った』ということはぼやかして、世界のケツ穴なるわけのわからない場所に住んでいたのに、グレート超合金に関する知識を認められて王宮に招聘されたあのブラウン師のような、何だか凄い奴から受け取ったような雰囲気を出しておいたのだが、そこそこ疑いの目は向けられているようでもあるな。
とはいえ、まさか魔界の神とつるんで何かをしようとしているなど、この信心深い国の連中に言ってしまうわけにはいかない。
最終的にはどうにか認めさせることが出来るであろうが(力による説得を含む)、、それでもこんなところで揉めたりしている暇ではないのである。
それゆえ、魔界の神の正体についてはひた隠しにする次第であって、もし追及するような奴が出てきた場合には、そいつをこの世から消してでも面倒事になるのを避けるべきだと考えているのが現状。
まぁ、もしかしたら途中で女神が参加して、その口から『今回は別に良いです』的なことを言わせることが出来れば(力による強制含む)、そのときには改めてあの『協力者』を紹介してやっても良いかも知れないが。
で、絶対に刃の部分に触れないよう、慎重に手に取ってみてくれと、国の代表クラスである駄王やババァ、それからグレート超合金プレート作成の作業をしていたらしいゴンザレスとに、実際のアイテムを手に取らせてみた。
もちろんあの情けない馬鹿兵士の末路を見て、わざわざ刃の部分を握りしめるような奴は居ないのだが、それでも皆その打製石器風の見てくれから、それがどうしてそのような力を有しているのだと疑問に思っている様子である。
まぁ、直接魔界の神から受け取った俺たち以外がこれを信じることが出来ないのも無理はない、早速デモンストレーションをして、その実際の効果を目で見て実感して貰う他あるまい……
「さてさて、全員手に取りましたねこちらのナイフ、え? 見た目がショボいですって? まさかまさか、ショボいのはあなたの鑑定眼です、目ん玉刳り貫いた方が良いぞ実際」
「おぉ勇者よ、そういうくだらない前置きは良いから早くせぬか、もう暑くて倒れそうで……ビールが……」
「っと、駄王が倒れてしまったか、まぁ後で埋めておいてやろう、ということで実演なんだが……リリィ、グレート超合金の大き目な塊をここへ」
「はいはいっ、じゃあえ~っと、このパッと見凄く大きいのっ!」
「何じゃ勇者よ、こんなナイフでそれをどうするつもりなんじゃ? 言っておくがの、もう王宮の方で色々試して、どんなに高級な武器や調理器具でも、もちろん鉱石採掘用のアイテムでも、全く傷付かなかったその超合金を……まさか……」
「そのまさかだ、じゃあ最もやる気のなさそうなルビア、ちょっとコレでアレしてみてくれ」
「あ、はーい……スススッと、あら? プリンの方がまだ硬いですよ、こんなの切っているうちに入りませんね」
「とのことだ、凄いだろうこのナイフは?」
『・・・・・・・・・・』
適当に動いたルビアが、軽い動きでサクサクとグレート超合金の塊を削っていく、わざとらしい演技をしながらだ。
こんなもの、通販番組などであったとしたら胡散臭くて仕方がないところなのだが、この世界においてはこのような不思議なことも多々あり、そして何よりも画面の向こうではなく、現場でそれが起こっているという点が大きい。
こんな詐欺には絶対に騙されないと息巻く人でも、宗教勧誘になど絶対に屈しないと豪語する人も、目の前で何かを見せ付けられれば、それが凄いと思うような錯覚にとらわれてしまうようなことがあり、案外コロッと騙されてしまうものなのだ。
……だがこれは詐欺の類では断じてない、実際にこの場で、1兆度に熱して素手で捏ね繰り回す以外に加工の方法がなかったと思われていたグレート超合金が、いとも簡単にザクザクと削れらているのは事実なのである。
それを理解するまでにしばらく時間を要した見学者達であるが、ここで活きてきたのは先程調子に乗って、それに伴って指を全部失い、もうコイツはダメだとのことで廃棄されてしまった馬鹿兵士の末路であった。
あのときに起こったあり得ない切れ味を証明するような事態、そして今現在起こっているその強靭さを証明する事態。
そのいずれもが真実であると考えた場合、結果として導かれるのはこの打製石器のようなショボいナイフの凄さと強さなのだ……
「……こっ、これは凄いモノなのではないかの? もしかしてじゃが、本当にそのグレート超合金を、いとも簡単に……いや、にわかには信じられんの」
「おう勇者殿、ちょっと俺もやってみて構わないか?」
「あぁ、好きなだけ試すと良い、ただし全力で攻撃するなよ、グレート超合金が粉砕されて使い物にならなくなってしまうからな」
「おうっ、その辺りは筋肉量と違って弁えているからな、軽く、ごく軽く……なんとっ⁉ まるで手応えがないではないかっ! 触れるだけで反対側まで貫通してしまうぞ……勇者殿、これはもしかしてグレート超合金特化型の素材で……」
「そんなことはないわよ、物体にも、人間にも凄く有効だったわ」
「お、精霊様が来たのか、どうだった処刑の方は?」
「なかなかだったわね、凄まじい鋭さでスパッと切れるから、もう殺られている本人にその瞬間を見せつけても、一瞬わけがわかっていないような顔とかしちゃって、それから内臓をサクッッと……(耐え難い過激描写)……みたいな感じ、なかなか面白かったわ」
「それは良かった、で、こっちの方もこの感じだ、グレート超合金なんぞ、このナイフの前ではもう豆腐以下だよ実際、全てにおいて上手くいきそうな感じだ」
「それは良かったわ、で、ここに居る連中に加工をやらせるのね、失敗したら死刑という条件で」
『・・・・・・・・・・』
何も知らずに連れて来られていた兵士やその他の連中に対し、俺が持って来た謎の鉱石を用いて造られたナイフがそれぞれ1本ずつ手渡される。
どうやら全部捌けて、しかも人員の方に余りが出ているようだ、ナイフを受け取ることが出来なかったうちの大半がホッとした表情をし、一般人で徴用されたか志願したと思しきおっさんが1人悔しそうな顔をしているぐらいか。
そのおっさんと一緒に来ていたらしい『友人』は、運良くナイフをゲットすることが出来て、嬉しさの余りかグレート超合金……ではなく俺に向かって襲い掛かって来た……
「死ねぇぇぇっ! 悪辣勇者に天誅を下すっ!」
「馬鹿なんじゃねぇのかお前、っと、このナイフは返して貰うぜ、それからそっちのおっさん、どうせお前も仲間だろう……逃げたぞ捕まえろっ!」
紛れ込んでいた反乱分子、拷問しても特段の情報は得られないであろうから、この場で精霊様による『プレート作りに失敗した奴の末路』の実演に使用されることとなった。
まずは……もう見る必要もないし見たくもないな、結果として凄いことになり、まだ生きて助けを求めているそれに、サリナが画質粗めのモザイクを掛けなくてはならないような状態である。
そんな姿を見て、もし失敗してグレート超合金の塊を無駄にすればどうなるか、まさかそれだけで勇者に対して襲撃事件を起こした輩と同じ方法で処刑されるのかと、恐怖に支配されつつある作業員や兵士達。
もちろん1兆度の熱で柔らかくして、捏ねてくっつけてしまえば再利用出来るグレート超合金だから、その作業員らの心配が杞憂に終わるのは確定しているのだが、そのぐらいの緊張感を持って作業して欲しいという意味でこのようなデモンストレーションを主なったのだ。
で、作業員らに良い感じの恐怖と緊張感を持たせたところで、早速ゴンザレスが作成したサンプルを真似て、同じ形で同じ大きさの『グレート超合金プレート』を作成するようにと、一同に命令を出しておく。
その後、俺達が考えるべきことはひとつ、予めゴンザレスがそこそこの数を量産してあったそのプレートを用いて、どうやって建物の基礎とそれを入れ替えたり、また変形合体時に良い動きを出したりするのかということである。
すぐに実験用として使用している、変形合体時にそこまで重要ではない位置となる建物へと向かい、既に外して建物全体を浮かせてあった基礎の部分に、グレート超合金のプレートを差し込んでみたのだが……
「これ、一回全体が持ち上がらないとダメよね、だってそのまま基礎が抜けたりしたらドシンッてなって色々とダメージが凄いわよ、上物が落ちないようにしないと」
「うむ、しかも良い感じにこの重なっているプレートが壁の方へと移動して、それから……普通に考えたらそんなの無理じゃねぇか?」
「おうっ、いざ戦いのときに人力で工事して、そこから変形合体のモーションに入るのは……極めてダサいな、もう普通に、最初からそういう系の決戦兵器を組み上げた方がマシだぞ」
「あくまで変形合体に拘るとなるとそうよね……あ、あのブラウン師に聞いたらわかるかな? きっとそのことについても研究しているはずだし」
「聞いたらって、実際に奴と会って話をするのは俺になるんだろう? 臭くて死んでしまうぞあんなウ○コやろうと面と向かって喋ったら」
「大丈夫ですの、面会室みたいにガラス越しにして、空間を分ければどうということはありませんわ」
「それじゃあボコボコに出来ねぇじゃねぇかよ……ま、殴らなくても協力してくれるだろうし、皆で行って話を聞くこととしようか」
「もしそれでわからなかった場合には……」
「うむ、結局奴の出番ということになるな、例の奴はアレだから、間違いなく答えを出してくるだろうよ、やり方は不可能極まりないものかも知れないが、その点こっちにはゴンザレスが居るからな」
「おうっ、何だか知らないが、言われれば不可能でない限りやっるし、基本的に不可能などないぞっ」
実に頼もしい限りの知識人やパワー人なのだが、イメージすら湧いてこない、その変形合体時のトランスフォーム具合を、果たして科学技術ナシの魔法のみでどうやって実現するというのか。
そして、その際の動力として、一体どれだけのエネルギーを費やすこととなるのか……また、どうしてこんなにくだらない作戦を、大人が寄って集って真面目にやっているのかという疑問もあるのだが、それは後世の歴史家によって評価されることであろう。
もちろん、俺達がここで、この作戦で物体に勝利しない限りは、その後世の歴史家という奴も発生することがないわけであって、勝利のため、そろそろこの辺りから正念場となるであろうことは、もうここに集まった者の半分以上が理解していると考えて良い……とにかく前へ進むのだ……




