1052 調達と保管
『さぁ~っ、そろそろ始まりますよこの世紀のイベントがっ! 今回はなんとっ、この闘技場において最近人気の闘士がですね、一堂に会する大大大イベントですっ!』
『しかも相手はたったひとりの強者とかいうわけのわからない輩ですからねぇ、もちろんブチ殺されると思いますが、せっかく集まって下さった王都民の方々のためにも、せめて無様に命乞いして、時間を掛けてゆっくりと死んで欲しいところですね、グヒヒヒヒッ』
『そうですね、ちなみに今の気持ち悪いのは解説のインケンノティウス184世さんです、インケンノティウスさん、今回の挑戦者、どういう存在だと思われますか?』
『きっと今日この場で、極めて残虐な方法で殺害されるために生まれ、そしてこれまで生きてきたカス野朗でしょう、もちろんこのショーがそういうものだと知らされず、金か何かに釣られてやってきたね、グヒヒヒッ!』
『なるほど……おっとここで有名闘士、人気闘士の皆さんがご入場ですっ! 会場の皆さんは暖かい拍手でお迎え下さいっ!』
『ウォォォッ!』
大層な盛り上がりを見せているのは夕方の闘技場、王都の外へ出ることが出来ない、出来たとしてもまぁ死ぬであろうこのご時勢において、民衆の楽しみはもうこんなモノ以外になくなってしまったということだ。
そしてこんなくだらないイベントの主役……をこれまで張っていて、今日今からこの場で命を落とす馬鹿そうな連中が、拍手喝采と大歓声に出迎えられて闘技場の中央まで移動した。
これはまさにショーだ、きっとガチで同レベル同士の者が命を奪い合う激アツのバトルというよりも、人気がある者が一方的に弱者を蹂躙するような、そんなストレス発散に役立つイベントなのであろうといったところ。
こんなことでしか喜びを得られない王都民がかわいそうでもあるが、これも今回で終わり、この闘技場はこれから俺達勇者パーティーの資材置き場となるのだ。
で、人気闘士らの個人的な挨拶が終わると、ようやく俺の出番がやってくるような気配が見えた。
なお特に身分を明かしていないため、係員による俺の扱いは実にぞんざいなものであるのだが、ここは我慢する他ない。
蒸し暑い石造りの控室にて、暑苦しいマントを羽織った状態で待機させられている俺に、ようやくイベントスタッフの声が掛かった……
「おい挑戦者、そろそろお前が惨殺される時間がくるぞ、サッサとステージに上がって殺されて来い」
「死体はドブに流せば良いんだよな? ファイトマネーで線香でも買ってあげてやろうか?」
「ギャハハハッ、そんなもん買えるようなマネーは出ないだろコイツに、おい命知らず、早く立って入場しろボケがっ」
「・・・・・・・・・・」
「何で黙ってんだよ気持ち悪りぃな……」
ここでムカついて暴れるのは至極簡単なことだし、こいつ等を始末するのもあっという間であろう。
だが徹底的に身分を隠し、戦闘経験者である人気闘士らを逃がさないことが現時点では重要なのだ。
それにこいつ等は今のところ、俺様が異世界勇者様であるということを一切知らないのだから、この態度についても仕方ないと言わざるを得ない。
まぁ、もし最後に俺が正体を明かして、その際にこいつ等が土下座謝罪しなかった場合、そのときはこちらから積極的に行動して、地面に頭をめり込ませてやることとしよう。
……と、最後の最後でも正体を明かすのはあまり芳しいとは言えないな、この人気の興行をブチ壊しにしたのが勇者たるこの俺であることが広く知れ渡ってしまったらどうなるか。
おそらくはこれまで以上に反感を買い、現在は1日に数人程度である襲撃者もかなり増えてしまうことであろう。
さすがにそれは避けたいし、やはりイベント終了後も俺が俺であることを隠し通すべきだな……
『さぁっ、ここで挑戦者の登場ですっ、この夏の盛りにマントを羽織ってフードを被り、変なマスクを二重に装備したおかしな輩ですっ』
『……おっと、登場しましたな、これは……マスクドマスクとでも名付けようかな、もっともその名前を使うのも、今のが最初で最後になるがね、グヒヒヒッ』
『なるほど、マスク二重だからその名前ですか、よほど感染症に気を付けているのか、それぐらい病弱なのか、とにかくこの挑戦者の命も、もう現段階で風前の灯火、そしてすぐに消え去ることでしょう、人気闘士達の活躍によって!』
『ウォォォッ!』
『死ねやクソ野郎がぁぁぁっ!』
『せいぜい楽しませてくれよなっ!』
『暑くないのかアイツ……』
『BOOOO! BOOOBOOOOO!』
司会と解説による適当な紹介の後、登場したばかりの俺は凄まじいブーイングを受け、さらに嘲笑の声を全身に受けることとなった。
向かう先では30匹程度の人気……ゴミのような雑魚闘士が、ニヤニヤしながらこちらを見ている。
どうやら全てムッキムキの気色悪いおっさんばかりのようだな、凄く臭そうな空間だ。
もしも『人気の美人闘士』というような女が居た場合には、それだけピンポイントで救出してやる必要があったため、かなり面倒だとは思っていたのだが、その心配は杞憂に終わったようである。
で、ここの闘士は全てブチ殺すとして、このイベントの主催者であり、俺をこの場に引き入れてしまった馬鹿である、あの頭にくる金持ち野郎の姿は……最近設置された最高VIP席にあった、後で殺してしまおう。
そのようなことを考えている間に、試合の準備は着々と進み、闘技スペースの壁には何やら魔法の玉が設置されている。
どうやらあそこに突っ込むと、火魔法が発動して丸焦げにされる仕組みのようだな……きっと観客はそれを、俺のような挑戦者が人気闘士によってその魔法の玉に突っ込まされ、焼け死んでいく様を見て笑っていたのであろうな。
だが今回はそんなモノを使うべきところではない、俺は俺のやり方で、面白おかしくこの連中をブチ殺すのだ……と、準備の方は完全に終わり、審判が現れて試合開始の合図を出すようだ……
「はいっ、両チーム……こっちはチームじゃねぇのか、とにかく殺す方と殺される方、両者ここに並んでっ!」
「ゲッヘッヘッヘ、おいマント野郎、お前ここがどういう場所なのかわかってんのか? あんっ?」
「しっかし小せぇ野郎だぜ、身長も180センチ未満なんじゃねぇのか? 普通は4mぐらいあるだろう? 違うのか?」
「おいおい、そんなにデカいのは俺達闘士ぐらいのもんだ、やべぇクスリでやべぇぐらいに成長しているからな」
「ギャハハハッ、そりゃ違いねぇや、ということでマント野郎、これからお前の処刑を始めるからな、時間を掛けてタップリと苦しめてやるから覚悟しやがれ」
「・・・・・・・・・・」
「チッ、だんまりかよ気持ち悪りぃな、それともビビッて声が出ねぇのかな?」
調子に乗る人気闘士うちの数名、身長が4mも5mもあるような奴はだいたいが雑魚であるというのが相場なのだが、その法則が適用される良い例としてこの連中を紹介してやりたい。
ちなみに、闘士の中には幾人か、マントを羽織ってフードを被った状態の俺に対し、何か不気味さを感じているような表情の奴が混じっている。
力の方はきっちり抑えているので、これは単に野生の勘がそうさせているだけなのであろう。
察しの良い奴というのはどこにでも居るわけで、いくら雑魚闘士共とはいえ、その中にもそういう奴が存在しているということだ。
もちろん、そういう才能を有しているからといって今日これから命が助かるわけではない。
普通に犠牲にはなって貰うし、普通にこのくだらないショーを、今日限りで終了とさせて頂く次第だ……
「え~っ、それでは虐殺……じゃなかった試合開始!」
「ゲッヘーッ! 俺が一番乗りだぜっ!」
「我が魔法を喰らえっ!」
「まずは表面をこんがり焼こうぜっ!」
「・・・・・・・・・・」
開始と同時に飛び掛かって来た闘士のうちの大半、自らが一番目立ち、そして相手を痛め付けることによって更なる人気を獲得しようと躍起になっているようだ。
そんな中にも分別のある奴が居て、すぐには仕掛けてこない……と思ったら無言のまま魔法を放とうとしているではないか、もちろん得意の無詠唱とやらである。
勇者パーティーにおいては、魔法を放つ際にブツブツと独り言を発するような恥ずかしい真似をしないのは常識であり、セラもルビアも、もちろん杖さえ使わないユリナもサリナも、当たり前のように無言で魔法を放つ場面が多い。
だが一般的に見てそれは凄いことなのだ、ありがちな凄さすぎてイマイチどう凄いのか伝わりにくいのが残念だが、誰かが黙って放った小さく弱い火の玉に対し、観客は大盛り上がりの様相を呈している。
で、その一斉攻撃をひらりと躱した俺は……そうだな、100m程度下がって、ついでに30m程度高さを上げてVIP席の屋根に移ることとしよう、そこで攻撃を行い、この始まったばかりのショーを終幕に導くのだ……
「・・・・・・・・・・」
「あっテメェ! 逃げてんじゃねぇよオラァァァッ!」
「なぁ、今のジャンプ力、地味に凄くね?」
「いやたまたま風に乗っただけだろう、誰かの魔法の爆風がそうさせたんだ」
「え? 大ジャンプにたまたまとかあるの?」
「知ったことかそんなもんっ! とりあえず降りて来やがれっ!」
「この臆病者がぁぁぁっ!」
「……やかましいハエ共だな、ハエならハエらしく、ブンブンと飛んでここまで来れば良いのに」
「あ、やっと喋った……良いからこっち来いやぁぁぁっ!」
「誰が行くかそんな臭そうな空間に、お前等は雑魚でゴミだからな、この俺様が一気に埋葬してやろうではないか」
「はぁ? 何言ってんだこの変態マント野郎は?」
「……もう何を言っても無駄か……喰らえっ! 超必殺! フォール・ザ・グレート超合金!」
「……何やってんだアイツ……あ、上から何か降って来たぞ、アレは……無数の金属の塊だぁぁぁっ!」
「逃げろっ! 生き埋めにされんぞっ……ギャァァァッ!」
「ギョエェェェッ!」
「グェェェッ!」
「以下略」
天に向かって高く腕を突き上げる俺の仕草、その意を汲み取ったのは他でもない、あの魔界の神である。
直ちにグレート超合金の、大小様々の塊が、地上のこの場所を目掛けて高所より投下された。
降り注ぐ無数の金属塊、圧し潰され、断末魔の叫びを上げながら生き埋めになる雑魚闘士の馬鹿共。
会場に集まった観客は、期待していたのとは全く逆の大殺戮ショーを堪能することが出来て……何が起こっているのかさえ分かっていない様子だな。
同時に実況だの解説だの、そういった連中も黙りこくってしまったようだな。
この状況を把握するのにはかなりの時間を要するであろうが、わかってからどう実況するのか、それが腕の見せ所である。
ちなみに主催者の金持ち野郎は……反対側のVIP席で一部始終を見守っていたようだが、今はもう、積み上がったグレート超合金の山に隠れてしまってその様子を窺うことは出来ない。
さて、ここからどういう反応を得るのか、それが見ものなのだが……実況のおっさんが最初に気を取り直したようだ……
『……こ、これは一体どういうことでしょうっ! 天から降り注いだ謎の金属塊、大量のそれによって、我等が人気闘士達は……もう姿さえも見えませんっ!』
『えっと、死んでないよね? あの連中が死んだらもう俺の仕事ないじゃん、またハロワ通いなの俺? ねぇ、解説の仕事なくなんのかホントに?』
『わかりませんが、そしてこの事態についてもわかりませんが……と、マスクドマスクが何か言いたげな動きを見せています、ちょっとお話を伺ってみましょう!』
「あーっ、あっ、テステス……ふむ、会場全体に良く聞こえているようだな……あの闘士共はただ残虐なだけの雑魚であった! この俺様こそが最強であり! あんな紛い物を人気闘士に仕立て上げたこのイベント! そもそもこれ自体が間違っていたということだ! 直ちにこれまでの興行収入を全て返還して! 主催者は謝罪のうえ死ぬべきであるっ!」
『……ウォ……ウォォォッ!』
『何だか知らんがすげぇぞぉぉぉっ!』
『あの闘士達を一瞬で全滅させたのかっ!』
『てか闘技場、もう使えなくね?』
『とにかくウォォォッ! 金返せクソがぁぁぁっ!』
批判の矛先が向かうのは、当然俺が誘導した通りの先となった、というかここまで簡単に誘導されてしまう王都民が実に心配なのだが、それはまた後々考えれば良い。
で、最後にヒラヒラと降って来たのは1枚の紙……と、これは勇者パーティー宛のもので、グレート超合金の数量などが記載された納品書ではないか。
こんなモノを民衆に見られれば、直ちに俺が、この場に立っていた謎の最強闘士が勇者であるということが発覚してしまう。
納品書を小さく折り畳んでポケットにしまった俺は、フードをさらに深く被ったうえで、サッとその場から退場したのであった……
※※※
「あ、勇者様が出て来たわ、はいおつかれさん」
「おうセラ、見に来ていたのか?」
「そんなわけないじゃないの、向こうでかき氷を食べて涼んでいたのよ」
「そうか……ちなみに向こうに出来ている人集りは?」
「アレね、何だか知らないけど、人気者を作り上げて商売していたお金持ちがリンチ殺害されているんだって、きっとあの興行主のことね、そうに違いないわ」
「だろうな、あっ、ちょっと見えたぞグチャグチャの赤い塊が、俺も殺したかったなアイツ……」
闘技場から出たところで、迎えに来ていた仲間達と合流することに成功した。
金持ち野郎はそのままVIP席から引き摺り出され、金を騙し取られていたと判断した民衆から袋叩きにされたようだ。
まぁ、そんな奴などいちいち殺すのも面倒であったから、一般人の好きなようにさせておけば良いとして、ここからは闘技場内に山盛りとなったグレート超合金の始末についてを考えなくてはならない。
用途としてはもう完全に決まっているから、そこはもう何も考える必要がないのだが、その用法と使用する時期についてが問題となる。
まず、俺達はまだそのグレート超合金を貼り付けるための建物を完全に集め切ってはいないわけだし、それがないと始まらないのは百も承知である。
そして必要なだけの建物が集まるのは……おおよそ1週間後といったところか、かなり強硬な手段を用い、欲しい建物があったら問答無用で所有者を殺害するなどの措置を取っても、それよりも早くなるということはまずないであろうな……
「とにかくアレだ、ババァ辺りにこのことをしっかり伝えて、俺達が正当な権限をもってあの闘技場を占有しているということを示しに行かなくてはならない……んだが、向こうから来たようだな、あの高そうな馬車はまさにそれだろ、銅貨でひっかき傷でも入れてやりたい思いだぜ」
「勇者様、そんな高額貨幣は持っていないんじゃないですか?」
「だな、金がないからいけ好かない高級馬車に悪戯することさえ出来ないんだよこの世界の勇者様は、で、おいババァ、こっちだこっち」
「勇者よ、おぬしまたとんでもない量の資材? を放り込んだらしいの、闘技場はバケツではないゆえ、可能な限り早くどうにかするのじゃぞ」
「おう、1か月ぐらいは掛かると思うが、終わったら闘技場をそのまま返すよ、原状回復とかはしないし、途中で片付けるようなことも一切しないからよろしく」
「いや勇者よ、そんな長時間闘技場を占有されたらどうなることか……む、しかしこの中にあるあの謎の金属、何か変形合体ロボ的なモノを造るための資材なのじゃろう?」
「的なモノじゃなくて変形合体ロボな、もちろんそうだよ、国の金で、国の責任で人を雇って完成させて欲しい、俺達にそういうスキルはないからな」
「なるほど……となると筋肉団に監督をさせて……うむ、公共工事としての投資価値を見出せそうじゃ、この案件、わしも少し詳しく知りたいのじゃが、誰に聞いたら良いのじゃ?」
「それなら『世界のケツ穴』に住んでいる臭っせぇウ○コみてぇなおっさんが詳しいぜ、住居の入り口に巨岩で蓋をしてあるから、死んでいなければまだそこに居るだろうよ」
「そんな者の意見を聞きに行くのはイヤなのじゃが……」
珍しく乗り気になっているババァ総務大臣、どうやらこの悲惨な状況下における景気刺激策を思い付いたらしいが、何をするにしても自分で頑張って進めて欲しい。
俺達は俺達で、あの魔界の神とコッソリ協力して事を進めていき、さらに場合によってはそのことを女神にも通報したりしなくてはならないので忙しいのだ。
だが変形合体ロボの製造を手伝ってくれる、というかそのための人員を手配してくれるのであれば、その際にはお世話になっておこうと考える。
まぁ、まだしばらくは不動産集めをして、その内容次第でどういうものにするのか、設計図から起こしていかなくてはならないため、今の時点では何とも言えないのだが……
「さてと、じゃあ明日からも不動産集めを頑張ろうぜ、可能な限り素早く、出来るだけ悪い奴の邸宅を没収する感じで……あそうだ、あっちで殺されている馬鹿の屋敷、それも使えそうなら接収してしまおうぜ」
「そうですね、どこに住んでいるのかは知りませんが、探せばすぐに見つかるし、隠し財産なんかにも期待が持てます」
「じゃあそれはミラに任せるとして、とにかく今日は帰って夕食としよう、暑い中アツいバトルを繰り広げたせいで腹が減って仕方がないぞ、じゃあ撤収!」
『うぇ~いっ!』
こうしてグレート超合金の実際の確保が完了し、その保管と、さらには使用時の建設作業員の確保までどうにかなりそうな勢いである。
これは一見順風満帆のように見えるのだが、この間にも物体サイドは王都侵攻の準備を進めているのだから、必ずしもこちらが有利になりつつあるということではない。
その点に注意しつつ、ここからも準備を進めていこうと思った……




