1041 作戦進行中
「え~っと、この前やって来た不自然にフッサフサの室長さんだけど、彼の部屋だった場所はここで良いのかしら?」
「へ、へい新室長様、ちなみに早速お客様が来ておりまして……対応なさいますか?」
「う~ん、面倒臭いわねぇ、どんなお客様が……あ、もしかしてそこの知能が低そうな……どこかで見たことがあって……わからないし眠いわね……」
「おいちょっと待てお前、この異世界勇者様のことを知らない? どこかで見たことがある程度? 最近そういう輩が多いようだな、おいっ、ちょっと寝てないで起きろっ!」
「ZZZZZZZZ……ん~……ZZZZZZ……」
「コイツはダメな奴かも知れないわねやっぱり、ルビアちゃんを遥かに上回るグータラ人間よ」
やって来て早々、ソファーにゴロリと転がり、そのまま無防備に居眠りをし出す新室長の女性。
通常であればここでおっぱいを揉むなどの攻撃に出るところだが、今この女の機嫌を損ねるわけにはいかない。
これから何としてでもこの女に、チーンBOWに対する興味を持たせ、それに熱狂させ、ハゲ室長の研究をさらにブラッシュアップさせるよう仕向けなくてはならないのだ。
いや、無理矢理チーンBOWに興味を持たせるというのは完全にセクハラ行為ではないかとも思うのだが、形振り構っていられる状況ではない。
もしこのチーンBOWブラッシュアップ計画が頓挫した場合には、改めて俺があの変質者の顔面に跨ろうとしてくるトンデモな物体を相手に、トンデモな部分を棒で突いて攻撃するという最悪な行為をして回らないとならないのだから。
で、どうにかしてその女を、もはや完全に眠りに落ちてしまった新室長を叩き起こそうと……研究室内にあったヤバそうなクスリの瓶を発見した、これは摂取すればしばらくは寝なくても良いタイプのものであろう。
実に都合が良いのだが、もちろん違法なものなのでいきなり使ったりはしない、持ち主は……歯がボロボロになって痩せこけている研究員が1匹だけ存在しているな、もうアイツに違いない……
「おいそこの前、普段からこんなやべぇクスリをやっているのか? 通報すんぞオラッ」
「ひぃぃぃっ、どうして俺が持ち主だってわかったんだっ」
「見たらわかるだろそんなもん、で、コレ1本だけ、あの女に服用させたらどうなる?」
「えっ? そんなもん嗅ぐだけでなかなかキマるってのに、飲んだりしたらもう……」
「そうか、じゃあお前が全部飲むんだな、誰かが間違えて口にしてしまったら困るわけだし」
「あ、ちょっとむごっ、がっ……んぐっ……ギョェェェッ!」
「うわ何だコイツいきなり膨らんで……ちょっと離れようか……あ、破裂しやがった」
シャブりすぎのボロボロ研究員に対して、その所有の品であったやべぇクスリを一気飲みさせたところ、突然膨らみだしたかと思えば風船のように破裂し、そのまま粉々になって死んでしまった。
やはり試しておいて正解であったな、コレをいきなりあの女に飲ませていたら、それこそ交代した室長がまた交代することとなってしまい、結果としてチーンBOW作戦は前に進まなくなる。
で、そのやべぇクスリの実験で破裂してしまった研究員だが、自業自得であるわけだし、そもそも実験で志望したという事実は、研究員として大変に誇らしいことだと思うので、地獄で出来たシャブ友達にでも自慢して欲しい。
そして、その実験についてはどうやら一部が予期せぬ成功を収めていたようだ。
なんと倒れたはずの室長が起き上がり、面倒臭そうな顔でこちらを見ているではないか……
「……騒々しいねぇ、せっかく寝られそうだったのに、ちょっと静かにしてくれると嬉しいかな」
「いやそれは無理だ、だいいち来客中に対応もせず寝ている奴に室長なんぞ務まるかってんだ、上、というか国に報告して干させるぞお前」
「あ~、それは困った~、困った困った……結構どうでも良いけど、じゃ、私はもう一度寝るわ、今度は大きな音を立てたり、何かを破裂させたりしないように」
「ちょっと待てやオラァァァッ! ルビア、精霊様、死なない程度に起床させろこの女をっ!」
「ご主人様、それ、結構難しいお願いですよ……」
「だからお客人、もう騒ぐなって何度も……ん? 何だこの生物は……精霊……なのかお前?」
「人族の分際でこの大精霊様をお前呼ばわりとは、良い度胸をしているわね、罰を受けなさいっ!」
「あっ、ひゃぁぁぁっ! いったぁぁぁいっ!」
無理矢理引き起こそうと背後に回った精霊様に対し、失礼に当たるような言葉を吐いてしまった新室長。
通常であればブチ殺されているところであるが、俺がそれを是としない、女性キャラを殺さないことを考慮して、超高速で全身を鞭打つだけにしてやったようだ。
肉眼では捉えることの出来ない速さで移動し、白衣を着込んだ新室長をあっという間にボロボロにしていく精霊様。
使っていた簡易な鞭が完全に壊れたところで攻撃をやめ、姿が見えるようになった。
白衣はズタズタになり、掛けていたメガネもひしゃげて大変なことになっている新室長。
立ってはいるが、所々白衣のしたの衣服も破れ、腰の辺りではパンツがチラ見えして……と、それもプチッと切れてしまったようだ。
地面にハラリと落下する新室長のパンツ……黒の無地であったか、まぁそれは良いとして、攻撃を受けたことが理解出来ずにボーっとしている今こそ、この女の意識をこちらへ向けるチャンスだ……
「おい、ちょっとは反省したかこの雌豚めが、どうなんだおいっ?」
「……はっ、いてててっ、一体何が起こって……そういえば精霊が話し掛けてきて、その直後にとんでもない痛みが……どうしてこんなにボロボロなのかしら?」
「罰を与えたのよ、調子に乗った言葉を吐いた罰をね……じゃあ、今度はちゃんと見えるように鞭を入れてあげようかしら、それとも……」
「ひっ……やっぱり精霊による攻撃を受けて……」
「おう新室長、お前、早く精霊様に謝罪しないと、今度こそ死んでしまうかも知れないぞ、ほら、さっきの鞭とは桁違いの強力なものだ、すぐに土下座すれば、今ならきっと助かるぞ」
「へ、へへーっ! 申し訳ございませんでした精霊……大精霊様!」
「よろしい、じゃあグダグダしていないで、この馬鹿面の作戦を手伝いなさい、何だかくだらないことを考えているみたいだけど」
「へへーっ! この勇者? でしたっけ、何だかみたいな馬鹿面の、低知能な要求であればこの私にもどうにか……それと、メチャクチャ痛いのでどうにかして下さい、これでは夜も寝られないので……」
ルビアが回復魔法を使い、新室長の傷だけは回復してやったのだが、白衣だのその他の衣服だのは未だにボロボロのまま、もちろんパンツは失ったままである。
そんな状態であるにも拘らず、新室長は何ら気にしていない様子で動き出し、まずは何とか居眠りをしないようにと、必死で堪えながら俺の話を聞こうとしている。
もちろん研究室の隅にある廃棄チーンBOWの姿を見たところで、やはり多少顔が赤くなってしまったようなところはあったが、それでも研究者らしく、そういう意味で捉えずに俺の説明を聞く姿勢はさすがだ。
さらに、この前室長が頭をフサフサにしながら残して行ったチーンBOWの理論について、それをキッチリ理解するだけの知能も有しているようだな。
俺にはサッパリわからないのだが、人族を改造人族にする過程で出る攻撃性を、マスターデータとして記録されている元祖うぇ~い系チーンBOWの人が持っていたうぇ~いの素質に置き換えて……などということを1人で呟いている。
そして次第に俺の説明も聞かなくなり、1人で何やら考え込んだり、やはりブツブツと独り言を呟いたりと、なかなかそれらしい反応を示すようになってきたではないか。
先程までの眠そうな目はもうどこかへ消え去り、完全に美人有能研究者の顔を取り戻した新室長は、突如歩き始めたかと思えば、何の恥じらいも感じていない様子で、腐りかけたチーンBOWのBOWの部分を弄り始める……
「これは……なるほど、チーンBOWとはこういうタイプのBOWなのですね、ん~っ、中は中空構造っと」
「そうなんだ、それを使って、もちろんこの研究室で創られた最新の時空を歪めるコーティングを用いて、さっき説明した新型の物体の弱点を突きたいんだよ、いけそうか?」
「うむ、弱点を突くといっても、このBOWじゃ倒し切れないかも……ここへくる前に読んでいた物体のデータだと……無理ねきっと、もっとここを強化しないとだわ」
「ここって……そこか、あと言い忘れたんだが、敵はジャンプ攻撃で襲ってくるからな、それに対応したBOWの角度も取っておいてくれ」
「なるほどジャンプ攻撃か、それであれば角度を変えて……いや、あまり根元からいくとポッキリいったりとかして……少し考えなくては」
「何でも構わないから頑張ってくれ、期待して……良いのか?」
かなり集中したようすの新室長、チーンBOWの人の凄い所は罪人を分解してツギハギにしたことによって、一部を物体にやられてもまだ戦闘が可能という点にもあるのだが、完全にBOWの部分のみに着目してしまって居る様子。
まぁ、そのうちに全体が見えてくるとは思うので、今は好き勝手にそのBOWを弄らせておこう。
好みの形状、それから発射能力になったところで、実際に物体と戦わせるなどして残りを調整すれば良い。
そして、この熱中によってしても、今すぐに何か研究が進んで、これまでよりも強いチーンBOWの人が出来上がってくるというわけではないのだ。
ここはもうこの新室長に任せるということで、明日以降、どういう結果になったのかを問わずにここを尋ね、状況を聞くということで合意して、その日は下で未だに武器の調達をしていた仲間達と共に研究所を出た。
明日も同じようなルーティーンで動くことになりそうだが、今日との違いは不動産屋に立ち寄ることなく、カルト教団の元締めだか何だかが所有する不動産へ足を運ぶということぐらいか。
今回の敵はあの伯爵のように実際の権力を持っているわけではなく、普通にぶち殺してしまっても特に問題はなく、もちろん国のしかるべき機関に通報する必要も……まぁ、憲兵ぐらいには伝えておくべきだな。
その程度の相手であるがゆえ、邸宅の方の没収も比較的簡単なことであろうと予測し、特に準備などせずその日の活動を終了した……
※※※
翌日の朝、カルト教団の総本山にもなっているという、教祖の自宅前に到着した俺達は……途轍もない恐怖に怯えていた……
「ゆ、勇者様が先に入りなさいよね、ほら、手招きしているじゃないの変な人が」
「いやいや、さすがにこれはやべぇだろ、ゾンビの群れに飛び込むようなものだぞ、しかもアレ、全部信者だから、もう全てについて教祖のコントロール下にあって、もうなんでも命令とか聞いて突っ込んできますって感じだろう?」
「しかも勧誘してきますよ、あの手この手を使って無理矢理入信のサインをさせて、その瞬間全財産をぶっこ抜かれるやつですから確実に」
「ひぃぃぃっ! 洗脳されておかしくなった人がこっち見てますっ!」
「見るな、誰もあっちを見るんじゃないっ! 何をされるかわからんぞっ!」
広い庭、目的である建物が遥か先に見えるような広大な庭なのだが、その門の向こう側、敷地内には大量の『信者』がひしめき合っていた。
全員白い装束に身を包み、確実にバグッているのであろう動きで、修行を続けつつもこちらに手招きしているらしい。
しかも何が困るのかというと、この中には拉致によって強制的に連行され、やべぇクスリで信者にされてしまった、特に攻めるべきところがない人間がかなりの数含まれているということだ。
つまり変な邪教の信者だからといって、いきなり全部を消滅させて前に進むようなことは出来ないということである。
もちろんそんなことをすれば周囲、主に俺達がゲットする予定の建物に被害が及んでしまうし、死亡した信者の遺族に訴えられるかも知れない。
そのようなリスクを冒すことなく、この先の建物の中でふんぞり返っているのであろう教祖のみを殺害、ないし捕縛する方法はないのか、それを探すのは……面倒なのでサリナに丸投げしてしまおう……
「サリナ、ちょっと頑張って、あの信者共を正気に戻すんだ、そのぐらいなら出来るよな?」
「凄く簡単なことですけど……その先がどうなるのかはわかりませんよ、それでも良いですか?」
「というと? どういうことなのか俺にもわかるように説明してくれ」
「えっと、ああいう感じの『信じ切っている』人達に現実を、ダイレクトに突き付けてしまうとですね、そのショックの大きさからその場で死亡、怨念となってこの土地に……みたいなことになるのが半分、そのりの半分は後で自決したり、発狂して他者を害する程度で済むと思いますが」
「そうか、それじゃあやべぇな、訴訟リスクがモリモリのやべぇことだとなると……眠らせるとかは無理か?」
「出来ますけど、その際も問題がありますね、起きたときにもう教祖が死んでいて、それを知ったうえで、さらに自分達が騙されていたことを徐々に知ることになりますから、まぁ発狂しますね普通に」
「面倒臭せぇ奴等だな信者ってのは、もう殺してしまおうか? それともこのまま無視して突入するか?」
「殺すのがダメならそれしかないんじゃないかしら? きっと信者達は襲ってくるでしょうけど」
「それも困るな、何か上手く信者を回避する方法はないものか……」
そこからしばらくの間、目の前で地獄のそこから呼ぶような声を上げる信者群の恐怖に苛まれつつ、どうすると良いのかについての考えを皆で出し合う。
そして最も有効なのはやはり幻術を使うこと、もちろん信者の気持ちをどうこうしてしまうのではなく、こちらの姿を認識し辛くする方法で回避し、こっそりと前へ進むことであろうという判断が下った。
まぁ、他に方法などないわけだし、これを実践してみる以外に方法はないであろうな。
まずは信者達から認識されないような位置へ移動して、そこで認識を阻害するタイプのアレをアレしてあんな感じで都合良くいくのだ。
直ちに敢行された作戦、サリナが魔法を掛けると、何となくではあるが皆の影が薄くなったような気がしないでもない。
そして最強クラスである俺達にさえその程度の効果を発揮しているので、この魔法はもう、一般のモブ信者などからは一切認識されない程度のものとなっていることであろう。
「よしっ、じゃあ行くぞ、可能な限り全信者を飛び越えるようにして進むんだ、信者の上に落ちたら、いくら認識されていないとしても変な呪いとかが移るだろうからな」
「きっとこの人達、1年以上お風呂に入っていない……と、お屋敷の窓が開いて……信者がそっちに行きました」
「すげぇ熱狂してんな……と思ったら『餌』を撒いているのか、かなりの飢餓状態に追い込んでおいて、教祖とか教団幹部とかがそれを僅かに解消する食事を偉そうに撒く、すると餌をくれる教祖というか教団というか、とにかくそれを神と見紛うようになると……そんな感じか?」
「でしょうね、しかし勇者様、こんな稚拙な詐欺に嵌まるような連中です、財産も全部このカルト集団に取られてしまっているでしょうし、もう助ける意味がないのでは?」
「それもそうだな……あ、でもアレじゃね、この狂信的な熱狂、教団への服従の心、その他諸々を持った信者なんだよなここの連中は?」
「そうだとは思いますが……またくだらないことに使おうとしているんですか?」
「あぁ、こいつ等をチーンBOWの人にしたらどうかなって、そんなことを思ってな」
「これまでよりも更にとんでもないモノが出来上がりそうですね……」
これまではチーンBOWの素体として、その辺でセット購入した格安の死刑囚をメインに使っていたのだが、その連中ではスペックが、特に元々有している賢さのステータスが低すぎたのだ。
だがここの信者、こういう連中というのは比較的高学歴で、元々はハイスペックな奴が多いと聞く。
ならばこのまま『教祖の死』を見るなどしてショック死したり、完全に発狂させてしまうよりも、そのスペックを有効に活用して貰った方が良いではないか。
しかしこれをどうやって研究所の、チーンBOWの研究が行われている部屋まで誘導すべきか……まぁ、教祖の首でも掲げて行進すれば、怒り狂ったゾンビの如く追跡を始めることであろう。
だとしたらまずは教祖および幹部の身柄を確保、そこが重要であって、もちろんこの敷地内で殺害するのは衛生面からも、そして呪いだの祟りだのの面からもNG。
基本的に外で処刑を執り行って、その後に信者を、夜中のうちに移動させるのがベストだな。
俺達がこの信者を、チーンBOWの素体にしたことが遺族などにバレたら大事だし、裁判でも余裕で負けてしまうはず。
信者達が教祖の死によって洗脳状態を脱し、これまで危険なカルトの一員として世間様にご迷惑をお掛けしたこと、それを贖罪するために、わざわざ自分から兵器に、今必要とされている対物体用の兵器であるチーンBOWになる決断をしたのだと、そういうストーリーを世間に信じさせる必要がある。
もちろんチーンBOWの存在が明るみに出ないのがベストなのだが、それがそう上手くいくとは思えないのだ。
特にこれからは王都の中で、かなり目立つ変質者タイプの物体と、ガチで変質者のチーンBOWが戦うことになるのだから、隠し通すのは難しい。
それゆえ、こんな気色の悪いモノをどうして作成し、実戦投入しているのか、どうしてカルト教団の信者が素体になっているのかなど、その辺りについて誤魔化すために……と、教祖が引っ込んだようだ。
信者は未だに食事に夢中のようだし、今が接近するチャンスとみて間違いないであろう……




