103 Gの恐怖
「あっ、またハエが、こっちに来るな鬱陶しい!」
「暖かくなったからこういう連中がどこからともなく現れたわね」
「ルビア、ちょとハエ叩きを持って来てくれ、一番強力なやつだ」
「ハエ叩きなんてどれもそんなに変わらないと思うんですが……」
そうだよな、殺虫剤とかと違ってすげぇアナログだからな、化学の粋を集めて超強力とかそういうのには期待出来ないんだよな。
「ほらサリナ、ハエがそっち行ったぞ!」
「背が低いのであんなところは届きません」
「そうか、お、今度はモニカの方だ」
「そもそも縛られているのでハエ叩きを持てません」
ダメだ、結局退治することが出来ず、ハエは窓から飛び去って行ってしまった。
人類は敗北したのですよ。
「でもさ、今度の敵はああいうのがジャンジャン来るんでしょ? 気持ち悪いわね……」
「いやはや、1匹であれだからな、あんなのが万単位で来たら敵わんな、ちなみにデスジャンヌ、害虫魔将はあんな感じなんだろ?」
「何を言っているのかしら、もっと大きいの、3mぐらいあるわね、雑魚敵も1mはあるんじゃないかしら」
「3m!?」
「それと、人を襲って食べる虫も多いわね」
「人喰い!?」
「あと原則潰すと臭い汁が出てくるわね」
「激クサ!?」
「勇者様、私はちょっと帰省するわ、その分ミラが頑張るからよろしく、来月には帰って来ようかしら」
「そうか、では来月まで敵を回避して待っておこう、そしたらセラが1人で倒してくれるみたいだからな」
害虫退治の押し付け合いが始まってしまった。
正直誰も戦いたくないであろう、もちろん俺もだ。
「ま、勇者パーティーの皆は頑張ってね、私は陰ながら応援しているわ」
シルビアさんは幽霊だけでなく虫も苦手らしい。
害虫魔将の話が出て以来、ずっと養蜂業者みたいな防護服を身に着けたままである。
今回も一切使えそうにないな、この人は。
「ちょっとお母さん、虫が苦手なのは私もよ、せめてそのバトルスーツを貸してよね!」
あれはバトルスーツだったのか……
「シルビアさん、バトルスーツをメンバー全員分用意出来ないですか? もちろん一番強力なやつを」
「わかったわ、でもこれはかなり高価な代物よ、オーダーメイドだからキャンセル出来ないし」
「大丈夫ですよ、どうせ王宮が金を出すんですから、請求書はそっちに回して下さい」
「あら、中間マージンの塊じゃないの!」
大喜びのシルビアさん、直ちに人数分のバトルスーツを注文するため、業者のところへ走って行った。
どうも特殊部隊専用の武器・防具を扱う業者がそれを作って販売しているらしい。
虫退治用の強力な武器もあるとのことなので、近いうちに紹介して頂くこととしよう。
「ところでデスジャンヌ、その害虫魔将はどこから攻めて来るんだ?」
「そんな具体的なことを教えるのはさすがに気が引けるわ、何とか自分で調べてよ」
「そうか、ではこのハエ叩きを使ってお前から聞き出すことにするよ」
「いやぁっ! そんなので叩かないでよ、どれだけ悪人なのこの勇者は!?」
デスジャンヌはなかなか口が堅いようだ、次はジゼンミを叩いてみよう。
……やめておこう、真剣に泣きそうだ。
「まぁ良いさ、お前らシルビアさんが帰って来たら覚悟しておけよ」
「デスジャンヌ、正直に知っていることを話した方が無難ですわ、酷い目に遭わされた挙句結局白状させられるんですのよ」
シルビアさんの帰宅後は早かった、ちょっと脅しただけで2人はポッキリ折れたのである。
どうやら害虫魔将は空から一斉に攻撃する作戦を立てていた、というところまでがこの2人の持つ情報らしい。
でも良く考えたら大半の虫が空を飛ぶのは夏から秋にかけてなんだよな。
まだ春先だというのにもう翅があるとは、本当に気の早い虫けら共だ。
「そういえば勇者様、スーツの方は来週には届くそうよ、業者さんがここまで持って来てくれるって」
「ああ、ありがとうございます、そのときついでに武器も仕入れておきたいですね」
その後のシルビアさんの話で、当該業者は虫タイプの魔物や魔族に対抗するための秘密アイテムも取り扱っているということが確認出来た。
違法なアイテムも多いようであるが、まともなものをきっちり見分けていくつか購入しておきたいところだ。
「じゃあとにかくスーツが届いて、それから敵が攻めて来るまでは待機だな」
「そうね、じゃあ私は買出しに行って来るわ」
「逃げるなよ、実家に帰ったりしたら本当に1人で戦わせるからな」
「わかっているわよ!」
ここまで連続でいくつもの戦いを終えたばかりだし、ここらでそろそろ休息を取りたい。
しばらくはゆっくりしよう……
※※※
「ねぇ勇者様、買出しに行ったとき商店街で……」
「出たよ、またこれですよ、商店街で流れている変な噂から始まる大事件!」
「……よくご存知のようなので中身だけ説明するわね」
中身の説明すら受けたくなかった。
最近、商店街の排水溝や壁の隙間などに居るGがかなり巨大化しているという。
ネズミだと思ったらGだったとか、Gが野良猫と互角に戦っていた、などという話すら出ているそうだ。
明らかにまともではない。
全く、虫けらの癖に調子に乗りおって。
そもそも昆虫は外骨格が云々であまり大きくなると呼吸がどうこうじゃなかったのか?
ファンタジー世界だからそんなの関係無いのか?
「ここ数日はさらに進化しているそうよ、次世代型の超高速タイプも出て来たらしいの、5Gと呼ばれていたわね」
いつの間に通信速度の話になったのであろうか……
「よくわからんが、とりあえず今から全員で商店街の様子を見に行くべきだな」
「勇者様、ご飯前にGなんて見たくありませんよ、明日にしましょうよ」
「ふむ、ミラの言い分にも一理ある、じゃあ明日な、明日の朝から見に行くこととしよう」
「うへぇ~っ、気持ち悪いしイヤですね……」
食事時になったため、一旦虫の話は禁止とした。
Gについてはまた風呂で話し合えば良い、今は忘れよう。
「なるべくさっきの話を思い出さないように食べないとならないわね」
「言うなセラ、口に出すと余計思い出してしまう」
食後、風呂に浸かりながら再びGやその他の害虫について相談する。
「そういえばさ、この世界では害虫はどうやって退治するんだ? ハエ叩きぐらいじゃ明らかに勝ち目がないぞ」
「それも氷魔法使いの仕事だったんですよ、冷やして動きを鈍らせて一撃ってのが最もポピュラーなやり方ですね、王宮でも時々業者を呼んでいました」
「で、この間の事件でその氷魔法使いが激減してしまったと」
敵はこのタイミングを狙っていたのか、それとも偶然春になったのと重なったのか、とにかく不利な状況であることに変わりはない。
建物のある町中だと炎で焼くわけにもいかないしな、水で流すだけだとまだどこからともなく沸いてくるであろうし。
商店街の巨大Gについてはちょっと対応しかねるな……
「ご主人様、商店街のGはどのぐらいの数が居るんですかね?」
「わからんが、奴等は1匹見つけたら100匹は居ると言われているからな、確認出来た数の100倍と考えて良いだろう」
「1匹見つけたら100匹……あ、じゃあ1匹やっつけたら100匹倒したことになるんですね!」
「ならねぇよ! どういう理屈だ……いや待てカレン、それは意外と使える考え方かも知れないぞ」
「ちょっと勇者様、まさか倒したことにして知らない振りするんじゃないでしょうね?」
「うむ、セラのもなかなか良いアイデアだが、ちょっと違う作戦がある、Gに紐でも付けて巣を探るんだ」
そう、確か俺が元居た世界でもGではなく蜂に目印を付け、その後を追いかけて巣を見つけるという最強技術が存在したのだ。
Gに目印を付けてもどうせ見失ってしまうが、長い紐を付けてそのまま伸ばしていけば良いであろう。
紐の先にあるやつらの巣を見つけ、根こそぎ退治するんだ。
上手くすればその親玉ごと殺れるかも知れないな。
「でもちょっと待って、そうなると誰かがGを捕まえて紐を括り付けなくてはならないのよね、誰がやるっていうのよ?」
「それは業者にやって貰おう、というか最低でも俺達以外の誰かにお願いするよ、Gとアツい抱擁を交わした奴を屋敷に上げたくはないからな」
ついでに言うと、商店街の巨大Gが根城にしているのはおそらく地下、どうせまた下水道とかその辺りだ。
俺達がそこに突入するのは全員分のバトルスーツが届いてからの方が良いであろう。
「じゃあ明日は様子だけ見に行って、それを踏まえて詳細な作戦を立てることとしよう」
まずは実際に商店街にGを確認しておかなくてはならない……
※※※
「ねぇ、何なのあれは……」
「セラ、あれはどうやら人間だった何かだ」
「どうしたのかしら?」
「Gに襲われて、そして食べられたんだよ」
「だからちょっと骨っぽいのね」
「そうだ、気持ち悪いからもう見ないようにして、商店街の人に片付けて貰おう」
翌朝早くに様子を見に行った商店街では、まさかの人が喰われていた。
人といっても宿無しと思しき、行き倒れ紛いのおっさんだ。
きっとフラフラと商店街に迷い込んで来たものの力尽き、そこを大量のGに襲われ、生きたまま貪り食われたのであろう。
掃除をしていた串焼き肉店の店員に頼み、死体を片付ける業者を呼んで貰う。
犠牲者の身元はわからないものの、昨日の夕方まではこの辺りをウロウロしていたらしい。
殺られたのは昨日の夜か、Gの姿は今のところ見えないが、もしかしたら夜人々が寝静まった後に行動を始めるのかも知れないな……
その日は一応聞き込みだけし、屋敷に戻る、次は夜来てみよう……
※※※
「勇者様、どうする? 今日の夜早速様子を見に行ってみる?」
「まぁ慌てることはない、それにまだスーツが来ないんだ、敵を確認しても戦うことが出来ないんだぞ」
商店街の方では念のため、町内会長に頼んで毎晩夜道で寝ている酔っ払いの片付けをして貰えるようにした。
余計なところでGに栄養を与えたくないし、変な事件が起こると商店街の客が減り、経済的にアレな状態になってしまうからな。
当面はこのままにしておいて大丈夫であろう。
「ところでさ、誰かGタイプの敵について心当たりがあるか? 魔将補佐とかその類でだ」
マーサが手を挙げた、何か知っているようだ……
「害虫魔将の補佐がそもそもGなのよ、でもどいつがそうなのかまではわからないわね」
「つまり見分けが付かないと?」
「それもあるけど数も多いのよ、魔将補佐は20匹のGが交代で担当しているの、魔王軍ではG20と呼んでいたわね」
「で、そのサミットのホストになっている奴が現在の魔将補佐なんだな?」
「その通り、20匹は現在補佐を担当している奴の巣に集まっているの、そこを叩けば一網打尽よ」
そうなのであれば目印作戦が上手くいきさえずれば勝ちである。
きっとこの世界においても、有史以来人間はGに敗北し続けてきたのであろう。
だがここで記念すべき初勝利を飾るのだ、この異世界勇者様がな!
※※※
翌日の夜、改めて商店街の様子を見に行く……
「相当居るわね……しかも話に聞いたよりも巨大化しているわ、犬ぐらいあるじゃないの……」
「親玉クラスはもっとデカいんだろうな、というかアレがこっち向かって飛んで来たら失神するぞ」
そう、Gを追い詰めるとこちらに向かって特攻を仕掛けてくる、これは誰しも一度は経験したことのある恐怖のはずだ。
だがあのサイズでそれをやられたら堪らない、戦うときには徐々にではなく一撃で仕留める作戦でいかなくてはならんな。
「あっ、ご主人様、今Gが排水溝の中に入っていくのが見えました、ほらまたっ! ちょっと見て下さい」
「ごめんなカレン、俺には全然見えないんだ、でもそうなるとあの中に奴等の本拠地がある感じだろうな、結局下水道か……」
「でも良いじゃない、今回はバトルスーツがあるのよ、下水道ぐらいなんてことないわよ!」
「確かに、とりあえずバトルスーツと、それからGを取り押さえる屈強な業者の確保が先だな」
その2日後、ようやくスーツを持った業者が屋敷に来た。
バトルスーツは全員分で金貨30枚の大金らしい、請求先はもちろん王宮である。
ついでに色々と購入し、G確保係の派遣も要請しておく。
「ああ、虫の確保ならわしがこの町一番のプロなんじゃよ、ぜひG討伐作戦に参加させて欲しいところじゃな」
そう言う業者のじいさんは金のバトルスーツを装備している。
シルビアさん曰く、王国1級害虫駆除士のみ着用を許された最強の証明となるスーツとのことだ。
このじいさんを仲間に加え、翌日の夜中にG殲滅作戦を決行することとなった。
「ふむ、ではわしに任せるのじゃよ、それと他に欲しいものはないかの?」
「じゃあこの強力ハエ叩きと象も倒せるホウ酸団子を……この十字架みたいなのは何ですか?」
「ああ、これはデビル叩きじゃよ、悪魔を叩くとダメージ5倍なんじゃ」
最近調子に乗りがちなユリナを牽制するために購入しておこう。
ユリナとサリナを見ると、2人共半泣きで首を横に振っていた、これで叩かれないよう今後は言動に気をつけることだな。
「じゃあ明日の夕方、またこの屋敷に来て下さい、他に作戦で必要なものがあれば今のうちにお願いします」
「うむ、そうじゃの……Gを夢中にさせておく新鮮な餌が欲しいの、出来れば活き餌で頼むのじゃ」
「わかりました、用意しておきますね」
その日は皆でスーツの試着をしてみる。
思っていた程に蒸し暑いわけではなく、そのうえ防水加工がされている優れものだ。
ただし毎日これを着たいとは思わない。
ちなみに活き餌は死刑囚を半殺しにして連れて行くこととし、マリエルが王宮で3人キープしてきた。
使うのは1人だろうが予備も必要だからな。
これで準備は完了、あとは明日の夜を待つのみである……
※※※
「よし、あれで活き餌のセットは完了じゃ、もうちょっと血を出した方がええかもしれんの」
「セラ、ちょっと魔法で脚を切ってやれ、血が垂れるくらいで良い」
「難しいこと言うわねこんな夜中に、しかも町中で……」
文句を垂れながらもセラは上手くやってくれた、吊してある死刑囚は何かうめき声を上げているようだが、顎を砕いて口に砂を詰めてある。
ここは商店街だからな、夜中に騒がれたら迷惑なんだよ。
「おっと、わらわら集まってきたようだな……他よりワンサイズ大きいのも居るようだな」
「アレがこの群れのリーダーじゃろうな、ではわしが捕まえて紐を付ける、その後は徐々にそれを送っていけばええ、では行ってくるのじゃ!」
そう言って飛び出すじいさん、狙っていた一回り大きいGにしがみつき、関節技を決めているようだ。
しばらくすると紐を付け終わったらしい、捕らえていたGを解放し、そのまま逃げて行くのを見送っている。
俺が手に持った長い長い糸が、するすると出て行く。
このままあのGが本部に帰還すれば俺達の勝ちだ。
「おいおい、相当距離があるぞ、この紐は1km分用意したんだぞ、もう半分以上出ているじゃないか」
「大丈夫だ主殿、紐のおかわりも持って来た、あと3km分はあるぞ」
そうじゃなくて、敵の本拠地まで行くのが大変だと言いたかったのだが、他の皆はあまり気にしていないようだ。
紐を追加し、2本目が半分ぐらい無くなったところで急に停止する。
その後もチョロチョロと近場を動いている感覚が伝わってくるからな、外れてしまったわけではなさそうだ。
「敵が本拠地に辿り着いたようだ、道程にして1.5kmってとこかな、それじゃあ俺達も行こう」
業者のじいさんも付いて来てくれるそうだ、戦闘がこなせる人間はひとりでも多いほうが良いからな。
ウチのメンバーもルビアが完全にビビり切っている以外は何とか戦えそうだ。
「しかしやっぱりGだらけね、これが町にも出て来ているのね」
「潰さずに倒すんだぞ、絶対に潰すなよ、変な汁が出てキモいからな!」
敵の本拠地に近付くにつれ、より多くの、より巨大なGの姿が見受けられるようになって来た。
潰して中身をぶちまけるとアレだ、もうなんかトラウマものだからな。
ユリナの火魔法に水を掛けて作った熱湯を使って撃破していく、やはり虫に対しては熱湯が一番効くようだ。
「皆止まるんだ、そろそろ紐が終わりだぞ、先端から30mのところに打ったマーカーがあそこだ」
「つまりあの角を曲がった先に敵の根城があるということね」
「ああ、敵はかなりの数が居るようだ、20体だけとかじゃないな」
一旦止まり、流水に当てられて冷え冷えになってしまったユリナの尻尾を暖めておく。
いざというときに寒さでかじかんで魔法が出せませんでは困るからな。
「どうだユリナ、そろそろ大丈夫そうか?」
「ふにゃ~、大丈夫だけどもう少しお願いしますの、もっと根元の方を触って欲しいですの」
「良いのか調子に乗って? こっちにはデビル叩きがあるんだぞ」
「ひぇっ! どこにそんなもの隠し持っていたんですの、わかりました、もう大丈夫ですからそれで叩くのあぎぃぃっ!」
効果は抜群のようだ、ユリナも反省したようだし、そろそろ魔将補佐のGを退治しに行こう……
紐の行く先に従って角を曲がり、遂にボス部屋へと進入する。
「あら、扉の先みたいね、これを開けたら中に魔将補佐が居るってわけね」
「手前で死んでいるのはさっきのGみたいだな、紐が繋がったまま……これは仲間に殺されたのか」
「ふむ、おそらくわしと戦ったときにさっきまで吸っていた葉巻の匂いが移ったのじゃろう、仲間以外の臭いがしたから殺されたんじゃろうな」
そんなアリみたいなことするのかとも思ったが、専業害虫駆除士のじいさんがそう言うのであればそうなのだろう。
気を取り直して扉を開ける……中の壁は真っ黒なのか?
違う、火魔法で照らされたその壁は、Gで埋め尽くされていたのである。
もはや港の壁に居るフナムシ状態のG、こちらに気が付いたようだ、一斉にザワッと蠢いた……




