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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十九章 島国
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1035 見上げるほどの超大型

「……ねぇ、これってさ、お屋敷にぶつかっちゃわない? 大丈夫なのこのまま行かせちゃって?」


「大丈夫かも知れないが大丈夫じゃないかも知れない……介入するタイミングは極めて難しいぞ、一歩間違えれば手遅れで、逆であれば単に作戦を破綻させて、このクソ暑い中ここまでやってきた追跡を無駄にしてしまうことになるだろうな」


「イヤですよ私、この暑い中でお家が壊れてしまうなんて、そうなる前に戦ってやっつけないとです」


「まぁ、もう少し様子を見ようぜ、もしかしたら普通に回避して通るかも知れないからな……何といってもこれまで普通に人間らしく、道路を通ってここまで来たんだから……という感じの期待をしておこう」


「裏切られないと良いですわね、あと今のがフラグになって……何でもありませんことよ……」



 激デブスタッフ3号君、即ち俺達が追跡している最中の物体が向かう先には、どう考えても勇者ハウスが存在しているのであった。


 狭い裏路地を通ってまでそちらへ向かうのには何か理由があるのか、屋敷に残っているのは収監中の魔王や副魔王を始めとした魔族達がメインであるが、この位置からその力を察知して、取り込んでしまうために向かっているとは思えない。


 それにもしそんなことをしようと考えている……物体なので考えはしないであろうが、とにかくそういう行動をする流れになっているのだとしたら、先程のパニックの際、あのまま引き続きその辺の人族を襲って取り込んでいたはず。


 だとしたら一体何の目的でと、もう考えが堂々巡りにしかならないのであるが、とにかく今は我慢して、もうしばらく手を出すことなく様子を見るべきだと判断した……



「……やっぱり屋敷に向かっているな、いや、この裏路地を通るのだとしたら少しズレが生じるか……裏にあるマーサの畑、狙われてんじゃね?」


「大丈夫、今はほとんどの場所が踏まれても平気だから、もちろんちょっとでもお野菜を採ったりしたら怒るけど」


「なら良いが、もし何かあってもいきなり突っ込むなよ、全員で一斉に攻撃しないと、あのサイズの物体はそう易々と消滅させられるわけじゃないからな、わかったか?」


「大丈夫大丈夫、大丈夫よ~」


「逆に凄く心配なんだが……と、遂に屋敷の目の前まで来たぞ、やっぱりちょっとズレているみたいだが……マジでどうするつもりだ?」


「お屋敷の隣を通っていますよ、馬小屋でもないし……誰かを狙っているわけでもないようですね」


「あぁ、むしろテラスにバカンスチェアを出してくつろいでいるアイリスとエリナの方が気になるな、あの2人は後でお仕置きしておこう、で、物体の方は……わかったぞっ! 現時点で王都の外へ出る最も簡単な方法を使うつもりだっ!」



 俺達の屋敷の隣、居酒屋として使っている建物と塀の間を通過し、さらにはマーサの畑の端を踏み、馬小屋をスルーしつつ真後ろの城壁へと向かった物体。


 そこにあるのは俺達が良く使っている、不法に設置しておいた王都の内外を接続するための小さな扉である。

 もちろん普段から鍵を掛けているため、そう易々と通過することが出来るとは思えないのだが、簡素な造りゆえ破壊するのは至って簡単だ。


 きっとそうするのであろうと、扉へ向かう物体を見守っていると……手前で立ち止まったではないか。

 しかも何やら作業をしているように見えるのだが、少し横側に移動して様子を見てみよう……



「……何をしているのかしら、扉の鍵の部分を破壊する気?」


「……いえ、あの感じは違いますね、指先をマイナスドライバーとか何とかにして……ピッキングしているようにしか見えません」


「サリナの言う通りですのよ、ほら、もう開きましたの、鮮やかな手口ですわ」


「すげぇな、あんなの熟練の犯罪者でもなかなか……あ、さっき吸収したチンピラのどれかが有していた業だろうなきっと……」


「凄く覚えが良いというか何というか、もっとまともな情報を吸収すれば良かったのに……とは思うがアレか、あの裏路地に居て、簡単に吸収出来るキャラなど主殿と同程度の知能しか有していないアホ……いててててっ!」


「くだらないことを言っていないで早く行くぞ、見てみろ、そのまま王都の外へ出やがった、このまま『大元』の所へ行くに違いないぞこれは」



 まさかの業を会得していた物体であるが、本来であれば忍者のように城壁を越えるところ、この方法を用いた方が遥かに効率が良いということで採用したのであろう。


 これまでに吸収、取り込んできたどのチンピラがこの業を持っていたのかはわからないし、もしかしたら路地裏の馬鹿ではなく、一見まともそうに見える犠牲者の誰かが、実はとんでもない大ドロボウであったのかも知れない。


 しかし、今はこの程度の業のみであるから良いものの、これがドロボウテクではなく殺人に活用出来るような業の類であったらどうか。


 物体の強大な力をもって、しかも取り込んだ格闘家や暗殺者、兵士などの技術を組み合わせて創った、全く新しい戦闘スタイルを実践されたらひとたまりもない。


 事実、こちら側の超有能な最新兵器として投入したチーンBOWの人による最低な攻撃方法も、今では人型となった物体が攻撃をする際に活用しているような感じなのだ。


 さらにその前、王都から出た際に護衛ごと未帰還かつ行方不明になっていた伝説のハンターだか何だか、その弓矢の技術を人型でさえない物体が用いていたということだし、きっとどのようなものでも学習……というかインプットしてしまうのであろう。


 そしてもちろんこの『取り込まれてしまった者の技術』というものに関しては、物理的なものではなく魔法的なものも含まれてくる可能性が高い。


 ほぼほぼ魔力の塊であると考えて良さそうな物体が、その保有する魔力量で誰かの攻撃魔法を会得してしまったらどうなるか。

 セラやユリナにも匹敵するような、とんでもない火力キャラが完成してしまうことであろうな。


 などと考えている間にも、物体はそのまま王都の外を歩く、というかズルズルと移動して北へ向かっている。

 かなり遠くで北門を護る兵士がそれに気付き、それを目掛けて駆け出したのだが、こちらからストップを掛けることで留まらせた。


 しかし物体め、このまままっすぐ進むつもりなのか、そうなるともう、行き先はひとつしかないように思えるのだが……



「……スタッフ3号君の奴、アレ魔王城に向かっていないか?」


「そうかも知れませんし、もしかしたら魔王城もそのままスルーして、北の森に向かうのかも知れませんよ」


「なるほどな、どっちも可能性があるわけだが……目線じゃ判断出来ないだろうな、通常の人間と違って、行き先を目視しているってわけじゃなさそうだし」


「でも角度的にお城みたいです、ほら、北の森に入るならもうちょっと右寄りというか……」


「まぁ、どっちなのかはわからんが、もしこのまま魔王城に入ったらどうするのかってところだよな、この状況のあの場所に、いきなり突入ってのはかなり難しいような気がすんぞ」


「そうね、もし魔王城の中へ入って行くようであれば、確認だけして一度戻って、作戦を立ててから再チャレンジしましょ」


「それが良いと……あ、それだとあの広大な魔王城の中で、情報を蓄えた物体がどこへ行くのかってことがわからんな……やっぱりちょっと追ってみて、ヤバそうであればそのときにまた考える作戦でいこうか」


『うぇ~いっ!』



 行き当たりバッタリということになってしまうが、とにかく激デブスタッフ3号君が魔王城へ向かっているということ派、もうそろそろ紛れもない事実であると認識しても良い頃合。


 既にその向かう方向には魔王城の正面入口が存在しており、ここから北の森の入口、もちろんわけのわからない場所ではなくて、キッチリ街道沿いから入るルートではあるが、そこへ向かうには大幅な方公衆性が必要なのである。


 また、野外エリアで物体が多いのは間違いなく北ではなく東であって、どこかの豚面上級魔族が下手を打ったせいで、もはや『物体の森』と化してしまっているのがそのエリアの特徴なのだ。


 ゆえに、このスタッフ3号君に化けた物体がもし野外エリアのどこかにそのホームを有しているとしたら、間違いなく東側のエリアがそれに該当する。


 この物体が最初に襲ったのも王都の東側にある不動産屋であるわけだし、それとは違う方角を目指しているということは、もう必然的にあの場所、この世界における『物体そのもののホーム』である魔王城であると考えるのが妥当だ……と、やはりその入口が目的のようだな……



「リリィちゃん、ちょっと魔王城の中を見てみてちょうだい、もしかしたら物体のでっかいのが居るかも知れないわ」


「う~ん……でっかいのどころか物体っぽいのがないです、黒くて丸いのも、フルカラーの人間みたいなのも、ホントにぜんっぜん見えませんよ」


「なら全部建物の中に居るってことかな? もっと活動的なアレだと思っていたんだが、相も変わらず物体ってのは予想を立て辛いな」


「いえ、そうではないかも知れませんわよ、最初みたいに小さいのが動き回るのは、その中に栄養源たる魔族が居たからで、城内のそれを全部喰らい尽くした今は……完全に集合して、超巨大な物体が君臨しているのかも知れませんわ、もちろん見えない場所に」


「……そう考えると至極厄介だよな、気配とかないし、もしかしたら中央に鎮座したまま、触手みたいなのを伸ばして攻撃してくるのかも……そうだったらやべぇぞ」



 たとえ数が多くとも、人間サイズ程度の物体ばかりであれば今の俺達の敵ではないことは確か。

 だが巨大化すればする程に防御力が高まるという物体の性質を考慮すれば、ジャンボサイズのものを相手取って戦うのはかなり酷なことだ。


 と、ここで魔王城の入口、全てを飲み込むが如き巨大な門を潜った激デブスタッフ3号君は、その姿をキープするのをやめた。


 フルカラーでもなくなり、本来の物体の姿である真っ黒なスライム状のものとなり、そのサイズに関してはキープしたまま、ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして奥を目指して行ったのである。


 もうこうなったら仕方がない、多少のリスクはあるかも知れないが、俺達も魔王城内に突入する以外に、追跡を続行し、『大元』の在り処とその姿を確認する術はなさそうだ。


 全員で頷き合った後、念のため武器を用意した状態、戦闘態勢を取りつつ、物体の後に続いて魔王城の中へと入って行った……



 ※※※



「居たぞ、今度はズルズル移動していやがる、何で動きが変わったんだ?」


「廊下を走ったらダメって怒られたんじゃないですか?」


「まさか、カレンじゃあるまいしそんなことないだろうよ、何かキッカケがあったのは確かだろうがな」


「私以外は廊下を走っても怒られないんですか……」



 何やら勘違いしている様子のカレンであるが、今その点について指摘してしまうと話が逸れる。

 よってそういうことであると思わせておき、ズルズル移動に変化した物体の後をさらに追う。


 入口から魔王城の本丸に向かう広い通路、というよりも街道には、かつては賑わい、今は無人となってしまった商店街のようなものがある。


 両サイドに並んだ屋台やその他店舗の類は陥落当時のままで、違うのは魔族の商人らが活気溢れる声を上げていないことと、どこかから飛来したと思しき閑古鳥が、時折寂し気な声を上げていることぐらいであろう……閑古鳥とは?


 で、そのど真ん中を突っ切るような動きをしていた物体だが、どうも右寄りに進路を変えるらしい。

 先程までの感じであれば、ここから修正してまっすぐに向き直るということはないと思うのだが……このままでは本丸に入ることは出来ないな。


 もしかして物体の『大元』である何かは、誰もがそうであると予想する魔王城の最上階、魔王の間に君臨しているというわけではないというのか。


 だとしたらどこへ……と、物体の向かう先を見上げたサリナがピクリと、何かに反応したような動きを見せた後に立ち止まったではないか……



「どうしたんですのサリナは? 何か忘れ物でも……」


「姉様、姉様アレを見て下さい、ほら、お城の38の丸と39の丸の間……」


「えっと、建物がありすぎてどれがどれだか忘れて……あんなのなかったですのよ……」


「何だ2人共、てか38とか39とかもう馬鹿だろ、せいぜい三の丸ぐらいまでで良いにしておけよな……で、マジで何?」


「いつの間にか知らない建物が増えているんですよ、しかもかなり不自然なもので、物体がそちらへ向かっているような気がしなくもありません」


「どれどれ、といっても魔王城ガチ勢じゃない俺には……あからさまなのがあるじゃねぇかっ! 何だよアレ、どう考えてもこの世界の城じゃねぇっ!」



 なぜだか思い出す懐かしい感覚、どこからどう見てもこの世界にあるような、剣と魔法のファンタジー世界の城ではなく、渋い感じの見慣れた城。

 中にはきっと『殿』が、鎧兜を身に着けた状態で出陣のときを窺っているのであろうと、そう思い込んでしまうような立派な城。


 白と黒、どちらかといえば黒なのだが、屋根瓦や最上部の両側に設置された金のアイツなど、この世界のものではないというのにやたらと再現性が高いそれは、もう誰がどう考えても魔王軍の所有ではない。


 いくら魔王の奴が調子に乗りがちであったとしても、ユリナやサリナも知らない、もちろんマーサも知らない間に、あんなモノを建立しているはずはないのである。


 そして何よりも、その『謎の城』へと物体が、それはもうまっすぐに向かっていることからも、その城が何で、どういう目的でそこにあるのかということが透けて見えてくるのだ……



「ご主人様、物体があのおかしな建物に向かって……あ、壁に吸い込まれました、食べられてしまったんですかね?」


「融合したってことだろうな、つまりあの城……まぁ俺や魔王がここへ来る前に居た世界の城なんだが、とにかくアレは普通の城じゃない、正真正銘物体のみで構成された物体城なんだっ!」


「こんな見上げるほどの大きさのものがですか? ちょっと信じられないんですけど……あ、でもあそこ、小さい物体が出て来ました、さっきの3号君と交代したってことでしょうかね?」


「そういうことだな……ちなみにルビア、もう感覚がバグッているようだが、今そこで分割した物体は人間と同等かそれ以上のサイズだぞ……」



 特に何か確認をする必要などなく、当たり前のように物体を分離させたその城だが、近付いたらどのような攻撃をしてくるのか、知りたいようで知りたくないようで、だがやはり近付くのは危険であろうなといったところ。


 そしておそらく、いや間違いなくあの巨大な城型の物体が『大元』であって、王都に侵入した物体が人族を取り込み、そこで得た『知』を一括管理しているに違いない。


 先程まで王都の中に居た激デブスタッフ3号君も、今はあの城に情報を伝えるという役目を終えて、完全にそれと一体化して個としての存在を失ったのであろう。


 で、今しがた分割したもの……と、良く見ればひとつふたつではないようだが、それが次に役目を帯びたモノとして、これから王都へ向かって行くのだ……もちろん、わけのわからない事件を起こすために……



「さてと、これからどうするかだな、セラ、あの物体城がある場所はキチッと記録したか?」


「バッチリよ、かなり際どい狙い方になるとは思うけど、屋敷の窓から身を乗り出して攻撃することも出来そうよ」


「……それ、城壁はどうなるんだ?」


「ちょっとぐらい良いと思うのよ、緊急事態だし」


「いやいやいやいや、そんなことをして城壁が低くなってみやがれ、絶対にそこ狙いで物体が侵入するぞ、最前線は東門付近から俺達の屋敷の裏に移動するねきっと」


「あ、それは面倒ね……じゃあ屋敷の窓から城壁の上まで梯子を掛けて、いつでも移動出来るようにしたらどうかしら?」


「なぜその梯子を使って物体がフリーダム侵入するようになると思わないんだ……」


「じゃあ凄く長い梯子馬車を使って、城壁のこちら側にこう、張り出すような感じで」


「バランスを崩して倒れる未来しか見えねぇよそんなもんは……」



 しょうもない作戦を立て、物体城を楽に攻撃しようとするセラであるが、事ここに及んではそのような横着をするのは絶対にNGであると、そんな気がしてならないのは俺だけか。


 とはいえ相当な強敵であって、接近しての攻撃などそれこそ危険極まりないことである以上、どうにかして安全な場所から、いつでもスナック感覚で強烈な打撃を加えることが出来る夢の作戦というのは、非常に魅力的であると言わざるを得ない。


 その辺りについてはこれから考えるとして、ひとまず物体城から分離したばかりのいくつかの物体について、どう処理するべきかを考えるべきところである。


 現状は単なる黒い物体なのだが、ここで力を発揮して戦うのは危険なので、せめて追跡だけは……と、魔王城の敷地から出る直前にウネウネと動き出し、真っ黒な初期タイプの人型物体に変化したではないか。


 なるほど、この状態で王都の中へ入って、そこで何らかの方法にて確認出来る人族の色や形を、自分のデータベースにあるサンプルの中から再現するということなのか。


 いや、しかしそれは王都の東側を中心に侵入している物体も同じことで……もしかしたら本拠地がいくつかある、ここだけではないということも考えられるのではないかと、そう思ってしまうような状況である。


 これはここだけでなく、念のため東側のエリアも捜索した方が良いのでは? そうは思うものの、人手不足とその他様々なものが不足しているため、今は報告のみに留めておくこととしよう。


 ひとまずはこの新たな分離型物体について、追跡して安全な場所で仕留める、それを考えて行動するのだ……

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