1033 伝える役目
「ナシッ! はい物体ナシッ、撤収しようぜもう面倒だし、それにこのことを報告しないとならない相手もわんさか居るだろうに」
「本当にひと欠片も残していないでしょうね? 確実なら良いわ、とにかくここであったことを周知して、もうパッと見で明らかに人間だから人間だとは思わないことを徹底しないと、あ、でも最後にもう一度チェックしなさい」
「几帳面ねぇ、まるで精霊様じゃないみたい……物体?」
「なわけないでしょうがっ! このっ! 罰を受けなさいっ! それっ!」
「ひぎぃぃぃっ! 痛いぃぃぃっ! こ、この叩き方はちゃんとした精霊様ねっ!」
「わかってくれたようで安心したわっ!」
「いったぁぁぁっ!」
精霊様にシバかれて喜ぶマーサはともかく、早くこの件について他の仲間やしかるべき機関に通報する必要がる。
そもそも、今は遊んでいるような暇ではないということを認識し、行動に移さなくてはならないところなのだ。
で、とにかくということでセラとマーサ、それから遅れてやって来て良いところだけを持っていき、さらに偉そうな態度で命令し始めたどこかの精霊様を引き連れ、避難者の集合場所である王宮前広場へと戻った。
今のところここでは事件が起きたり、物体が正体を表したりはしていないようだな。
一応、先程の確認で物体が紛れ込んでいないことは確認しているが、それでも念のための警戒を怠らない方が良いのは確か。
ひとまず仲間達と合流し……何も知らずに暇そうにしているな、こちらは重大事件が勃発した瞬間に立会い、戦闘までこなしてきたというのに……
「あら、おかえりなさい勇者様、何か手がかりとかは掴めましたか? あの口臭ハゲ社長さんとスタッフ2号君は見つかりましたか?」
「あぁ見つかったさ、ハーフ&ハーフでな、もちろんキッチリ討伐したけど」
「……どういうことでしょうか?」
暑い中、比較的元気を保っていたミラに事情を話すと、それ以外の仲間全員……ではなく若干名が食い付いてきた。
ルビアなどは特に興味なさげな感じであるが、暑さでへばっていたはずのカレンは復活し、その出現した極めて人間に近い動きを見せた物体について、もっと詳しく話せとやかましい。
仕方ないのでもう一度、興味を持った仲間だけでなく、本当に全員に対して何が起こったのかを話すこととし、ついでに国家の中枢を担う連中にもその話を一緒に聞かせようということに決まり、そのまま王宮を目指す。
と、手前には王宮前広場で避難民の様子を見るためにやって来たババァの姿があるではないか。
ちょうど良い、他の馬鹿共に何を聞かせても無駄だし、この場で詳細を伝えてやることとしよう。
ババァに手を振って近付き、とんでもない事件があった旨を伝えると同時に、それが物体関連であり、ネタではなくマジであるということも力説する。
……どうにか信じて貰えたようだな、俺や精霊様だけでなく、セラやマーサが『マジである』と主張してくれたのが非常に大きいようだ。
ということで本題に入り、まずは……今朝の事件の続きから話そう、王都の不動産屋とそのスタッフを全て避難させるに至った経緯も、含めて説明しておいた方が良いであろうな……
「……と、いうわけなんだよ、わかる? 朝の事件で被害者ぽかった不動産屋の連中、もう物体らしき何かに置き換わっていた可能性が極めて高いんだ、ハーフ&ハーフだったしな」
「うぅむ……ということはじゃな、おぬしも他の仲間も気付かぬ、もちろんその場で事件の捜査をしていた者も気付かぬ、そんな次元のモノが出現してしまったということなんじゃな?」
「そうだ、だからもう亜空間で物体関連書籍なんか探している暇じゃないと思うんだよ、そっちはもうそろそろ絞って、こっち、というか現実世界の方に注力した方が良い」
「ふむ、ひとまず王都民に警告を出すのが……物体注意のスローガンを募集しようかの、それと、物体が発生地区には物体警報を……」
スローガンはともかく、この状況で物体が出現するたびに警報を出していたらどうなるか、きっとひと昔前の光化学スモッグ警報並みの連発になってしまうことであろう。
それだとさすがにやかましいし、特に影響がない王都民も物体の恐怖に苛まれなくてはならないこととなる。
もう少しスマートなやり方をすべきだとは思うのだが……まぁ、物体が出現した際に戦闘員が駆け付けるうえでは都合が良いかも知れないな。
ということでババァが出した案は何も話し合われずに採用ということとなり、すぐに戻ってその他の大臣にも話すとのことで、そのまま去って行くのを見送った。
そういえばだが、やはりこの場でも『ババァが本当に人間で、物体ではないホンモノのババァなのか』ということを確認しなかったではないか。
もしかしたらババァはもう物体に喰われ、置き換わった後なのかも知れないし、そうではないかも知れない。
この先の王都では、常に相手が本当に人間なのかを考えて行動しなくてはならないのだから、今のうちにその考えを習慣付けておくべきだなと思った。
次に出会ったときには本当にババァなのかどうか、そこのところを確認することとしよう、もちろん今呼び止めるのは面倒なので、それはしないこととして放置するのがベストだ。
「それで主殿、このあと私達はどうするべきなんだ?」
「そう言われてもなぁ……うむ、結局行方がわからないままになっているあの不動産屋の馬鹿旦那とスタッフ3号君を探そう、奴等も物体と化しているかも知れないからな」
「まぁ、最新の物体があの感じなら可能性はあるわね、きっと最初にやって来たのは兵士型ので、そこであの不動産屋さんの全員を吸収して、それから分裂して演技していたのかも知れないし」
「だな、しかしアレだよな、物体が物体であることを詐術を用いてまで隠すようになってきたんだ、もしその2人を見つけてもだ、しばらくはツッコミとか物体に関する指摘とか、そういうことはしないで様子を見た方が良いだろうな」
「うん、明らかに物体だとわかってもね、とにかく言わないで、気付いていない振りだけしておけばセーフだと思うから……と、何か騒がしいわね」
「向こうの方です、ざわざわしているのは……変な人が出たみたいです、たまにはぁはぁ言いながら声を掛けてくるおじさんみたいな人ですかね?」
「……いや、物体じゃねどう考えても」
時折カレンに声を掛けてくるおじさんについては後程捜し出して処刑するとして、広場の端で起こっている騒ぎはなかなかのものであるようだ。
誰かが殺されたとか、食べられてしまったとかそういうことではないようだが、何かわけのわからないモノが出現したことだけは確からしい。
ひとまずそちらの様子を見に行くこととして……やいのやいのと騒ぐ連中の中心には2人の男の姿、アレが騒ぎの元凶であって、おそらくは人間らしからぬ動きを目撃されたモノであるに違いない……
「あの人、何かおかしいんでしょうか? 特にそういう風には見えないんですけど」
「さぁ? でもあの顔ってどこかで……あっ、口臭ハゲ社長にそっくりだわ、もしかしてアレ、あの不動産屋さんの若旦那……じゃなくて馬鹿旦那なんじゃないの?」
「そういうことか、で、隣のうつむき加減なのがスタッフ3号君ってことだな、つまり……物体である可能性が十分にあるということだな、ちょっと近付いて見てみようぜ」
騒ぐ人間を掻き分け、その2人の所へ接近して行く、確かにあの社長と顔が似ているな、髪の毛はフサフサなのだが、色が付いて良く見えるほどの臭い息を吐き出しているのがまたとない共通点である。
きっと煙を吸ったり吐いたりしている状況を再現しているのであろうが、現状、その手には葉巻のようなものが存在しないため、不自然極まりない状況となってしまっているのが残念なところ。
そして隣のスタッフ3号君なのだが……とんでもないデブである、これは物体が誰かを吸収した際に、元々はスライムのような姿のまま巨大化していたのが、人間に合わせて横に成長する感じにしてきたためこうなるものだ。
で、不動産屋軍団が騒がしいのは、どうやらそのスタッフ3号君が激デブ野郎に成り下がっていることが主な原因であるらしい。
一昨日は、昨日はスリムな体系であったのに、どうして今日になってそのようなことになっているのだと、問い詰めるように質問している者が多いようだ。
元々のスタッフ3号君は比較的その辺をウロチョロするタイプの仕事に従事していたらしく、その姿を何度も、もちろん最近に目撃している者は多いそうだが、にも拘らず数日で、いや今朝と比較して激変してしまっているのが、どうにも納得がいかない同業者が多いのである……
「はいはいちょっと退いて、退いて……近くで見ると凄いわね、激デブどころかどうやって立っているのかもわからないレベルだわ」
「ホントね、お腹の肉が地面に付いちゃっているわ、ズルズル引き摺って……これはもう人間じゃな……って言ったらダメだったのよね」
「あっ、勇者パーティーが来たぞ、おいっ、この2人は絶対におかしいぞ、さっきから変な言い訳ばかりして話にもならないし、どうしかしろやっ」
「はぁ? 俺に命令するとは良い度胸だな、どこの社長かは知らんが、お前の会社はもうお終いだ、経済的にも物理的にもな……で、そこのお前が事件のあった不動産屋の馬鹿旦那か?」
「へ、へぇそうでございます、しかし馬鹿旦那とは人聞きの悪い、私はね、次期社長として日々研鑽を積んでいるのでして……」
「そんなことはどうでも良い、隣の激デブは何だ? それがスタッフ3号君なのか?」
「……ふぁいっ、スタッフ3号君れす、生まれつきこういう名前でした」
『嘘付けっ! お前ホントはシロ―って名前じゃねぇかっ!』
「……疑われている、人間に疑われている人間に疑われて疑われている」
「ちょっ、ちょっと待て、おいっ、今この方を疑うような発言した奴は前へ出ろ」
「へい、私ですが……え? ギョェェェェッ!」
「ケッ、余計なことしやがって……ほら、あんたに疑念を抱いたおかしな人間は始末したぞ、これで機嫌を直してくれるか?」
「……ふぁいっ、スタッフ3号君れす、生まれつきこういう名前でした」
「よろしい、じゃあ2人には少し話がある、ちょっとこっちへ来てくれ」
守秘義務も守れなさそうな馬鹿のせいで、危うくこの場で物体が正体を現してしまうところであった。
そうなれば被害は凄まじいものとなっていた可能性があるゆえ、その馬鹿を殺してしまうことについては特に問題がなかったはず。
とはいえ、今の一件でかなり動揺が広がってしまったため、『物体の心情の安定』のためにも、ここはひとまず場所を変えて話を聞く、というか物体の人間に擬態する能力に関して調査を進めていくべきであろう。
そのための場所は……うむ、念のための安全も考慮して王都の地下牢屋敷にしよう、確か死刑場の壁に穴が開いてしまったため、改装工事で空いているエリアがあるはずだ。
ということで広場については再び仲間達に任せ、今度は俺とセラと、それから精霊様の3人で……カレンも行きたいらしい、というか物体が正体を現してしまった際には討伐したいらしい。
4人班になった俺達は、ひとまず物体であることが確実な馬鹿旦那と激デブスタッフ3号君を引き連れ、目的の場所へと向かった……
※※※
「……それで、私達に何の用があるというのですか? そもそもあなた方は何なんですか?」
「俺達は勇者パーティーなんだ、知らない人も居るかとは思うが、今はちょっと不動産業関係者を守るために行動している、あんた達もそうなんだろう?」
「……ふぁいっ、スタッフ3号君れす、生まれつきこういう名前でした」
「それはさっき聞いたんだが……で、今日起こった事件についてはもう知っているか? とある不動産屋が何者かに襲われたところから始まって、いくつかの同業者がもうサラッと消え去ってしまったんだ」
「あれには驚きました、兵士の格好をした犯人が出没しているらしいですね? そんなモノに出会わなくて本当に良かったと思います」
「ちなみに、最初に事件があった不動産屋については何かご存じなのかしら?」
「兵士の格好をした何者かがやって来て、部屋を貸して欲しいと言ったらしいという話しか知りません」
「スタッフ3号君はどうなの?」
「……ふぁいっ、スタッフ3号君れす、生まれつきこういう名前でした」
「あらそうなのね、凄く感動したわ」
どう考えても性能が低いスタッフ3号君、馬鹿旦那に化けている物体についてはかなり受け答えもはっきりしていて、あの店舗内に居た2体と比較しても遜色ない出来だというのに。
しかもどちらの方がより多く『情報を得ている』のかと考えた場合、間違いなくでっぷりと太った、人間では考えにくい体型をしたスタッフ3号君の方であろう。
人族ばかりの王都でここまで巨大化している以上、複数人程度ではない数の人間を吸収し、分裂せずに居るはずだ。
それならば他の、今取っている姿以外の人物の記憶も流れ込んでいるであろうし、その知識についても利用が可能な状態にあるに違いない。
だがそれをせず、会話さえ成り立たない状況のままということは……これは昨日の物体を少しグレードアップしたような感じなのかも知れないな。
良くはわからないのだが、このスタッフ3号君に化けた物体は、まあ今日のあのハイクオリティな物体とは違う、進化し切っていないものなのではないかと、そんな気がしてならない。
と、ここで物体が動きを見せた、どうやら帰る感じのノリで動くようだが、それに際してこちらに声を掛けるべきだということが、この馬鹿旦那型の物体には理解出来ているようだ……
「では私達はこれで、そろそろ仕事に戻らないとならないので」
「いえ、それは困りますな、王都の不動産屋は『敵』に狙われていますから、せめて馬鹿旦那さんの方だけでもこの場に残って下さい」
「……わかりました、ではちょっと動き易いようにしましょう、フンッ!」
「千切ったぁぁぁっ! 馬鹿旦那スタッフ3号君千切っちゃったよっ!」
「静かに、これをおかしいと思っていないようならチャンスだわ……あ、千切った分は自分の方にくっつけるのね、便利だわホントに……」
隣に座っていた……いや座っていたのか立っていたのか、肉の分厚さのせいでまるでわからないのだが、とにかくそのスタッフ3号君の腹の肉を、まるで粘土の人形にそうするかの如くブチッと千切った馬鹿旦那。
それを自分の腹に接触させると、スーッという感じでそちらに吸収されていくのだが、まさかのそれを繰り返し、あっという間にスリムなスタッフ3号君と、激デブどころの騒ぎではなくなった馬鹿旦那が出来上がった。
周囲を見張っていた兵士や牢屋敷の看守も、これには驚きを隠せない、というかキモすぎて吐いている者もあるようだが、その状態で何も気にしないまま、スタッフ3号君は立ち去ってしまったではないか。
慌てて『警護を付ける』ように指示し、複数の兵士が後を追う……ちなみにその際には耳打ちし、『スタッフ3号君は病気で激デブと化していたが、もう治ったため元の姿に戻った』という、かなり無理矢理なストーリーを、またしても姿が変わっていることに疑念を抱いたそれの知り合い達に伝えておくようにとも言っておく。
さて、これでこの場に残った物体はこの激デブ馬鹿旦那がひとつだけ、もちろん通常の物体に換算すれば凄まじいサイズであるため、かなりの防御力とその他能力を有した個体であることは疑いようがない。
スリムになったスタッフ3号君の方も、王都で何か事件を起こす前にどうにかしないとならないし、ひとまずコイツを……と、そこでまた動いたではないか……
「では私達はこれで、そろそろ仕事に戻らないとならないので」
「私達って誰よ……と、どんなお仕事があるのかしら?」
「集積所、集積所へ行って集まった情報を、記憶を流さないと、せっかく集めた情報がなくなってしまう前に情報を流す」
「……それ、不動産屋さんのお仕事なの?」
「仕事、これが俺達の仕事、私はこの仕事を引き継いで、我をそのまま集合体にくっつけて、小生は仕事を終えるでござる」
「1人称がメチャクチャだな、どういうことだ? もしかして整理されていない情報があまりにも多くなったからパンクしたってのか?」
「その可能性はあるわね、ならばスタッフ3号君の方はもっと人間的になっているかも、今度はこの物体が馬鹿になったんだわ……ちなみに今『この物体』って言っちゃったから、攻撃してくるわよ」
「……人間の口から物体という音、音が出た、疑われた、人間でないことバレた」
「うるせぇボケェェェッ! ブツブツ言ってねぇでとっとと消滅せいやぁぁぁっ!」
「……この人間強い、強い相手、このままだと情報失う……今ある情報、小生は強敵との戦い知っている……究極バトルモード!」
「あっ、いや真っ黒になってウネウネ……なんかすんません」
「謝ってどうすんのよ、てか、変形して人間の姿じゃなくなるわよっ」
「わうっ、何だかカクカクして……ゴーレムみたいになりましたっ!」
「変形合体するタイプのバトルゴーレムだな、どこで覚えたんだこんなオタク臭せぇの……小生とかいう1人称の奴を喰ったからか……」
「強そうです……でも戦うっ!」
変身合体ロボ、ではなくゴーレムのような姿になった物体、なるほどこういうことも出来るのかと、それと1人で戦うカレンの手伝いをすることも忘れて見入ってしまった。
強大な力を持つ物体とはいえ、もちろんカレンとタイマンを張って勝負になるようなことはなく、ロケットパンチの代わりに伸びる腕は全て躱され、そして切断されている。
最後は敗北したロボが爆発するような仕草で、パーツ? を地面に撒き散らしながら崩れ去った変身合体物体。
直後、精霊様が必死になって破片を片付け始めた、これに関しては俺達も手伝うこととしよう、これが『情報を伝えに』行くことがないようにしなくては……




