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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十九章 島国
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1032 物体なのは

「はいっ、じゃあ皆聞いてーっ! 今日ここに集まって貰ったのは、えっとね、王都の不動産屋さんが、最近話題の物体って居るじゃない? それに狙われているからよーっ!」


『やっぱりそうだったのか』

『じゃあ今朝いきなり居なくなったあの店のおっさんも……』

『何だか、かなりの件数がそういうことになっているみたいですね』

『ウチ、ウサギじゃなくてハト派なんだけど……』


「はいはいっ! 静かにしてーっ! それでね、えっとね……何だっけ? あ、居なくなっちゃったお友達がどんな人で、どこでやっていた人なのか教えて欲しいのっ! 周りでそういう人が出たよって人は、向こうの受付で名前を言って教えてあげてっ! そういうことでーっす!」


『うぇ~いっ』



 ひとまず情報収集を始めることとして、何か、本当に何でも良いから目撃情報がある者は申し出てくれと、そんな感じで受付を始める。


 先程やって来た、当初から行方がわからない最初の不動産屋の2人を見たというおっさんについては俺が話を聞くこととしよう。

 本来であればこの話、そこの関係者であるスタッフ2号君から聞くべきところなのだが、集合場所に来ていない以上は仕方がない。


 で、その別の不動産屋の話によると、最初に物体の襲撃を受けた不動産屋の馬鹿旦那とスタッフ3号君、これらが朝早く、連れ立って町を歩いているのを見かけ、声を掛けたのだがスルーされてしまったと、それだけの話であった。


 だが時間帯的にはちょうど俺達があの事件現場に到着した辺り、もしその2人が実は物体であったとして、スタッフ1号君を殺害して吸収、そのまま不動産屋を出た後に分裂して……いや、だとすると馬鹿旦那とスタッフ3号君の姿になるのはおかしなことだ。


 当該物体がもし最初に、まだ朝早いうちに馬鹿旦那とスタッフ1号君を、町で発見したうえで吸収し、その姿を自分のモノにしていたとして……それも辻褄が合わないな。


 そもそも町を歩いていたという2人が目撃されたのは、この証言者の思い違いか或いはガセでないとして、もうあの不動産屋の店舗内で事件が起こった後なのだ。


 また、もし万が一先に馬鹿旦那一行への襲撃があったとして、物体がそのままあの不動産屋に向かう際には、わざわざ兵士の格好になって行く必要はない。


 普通に馬鹿旦那の格好をするか、或いはスタッフ3号君でも良いのだが、これから襲撃する予定の人間が見知った、警戒され難い格好をしていくべき……でもないのか、関係者だと『部屋を借りたい』というフレーズにマッチしないではないか……



「……うむ、考えれば考えるほどに意味不明だぞ、どうなっているんだこの状況は? まぁ、とにかくあんたはその2人を見て、声を掛けたけどスルーされてってことで……ちなみにスルーされるのは日常茶飯事?」


「いえいえそんなことはありません、ウチは信用第一で商売していますから、いつも様々な方と、もちろん同業者の方も含めて挨拶を交わす習慣があるのです……あの2人が何も言わずに通り過ぎることなど、初めてのことですね」


「あ~、大半の詐欺師は信用第一って言うんだよね実際、で、いつもはその2人、普通に挨拶を返してくれると……」


「えぇそうです、あそこの馬鹿旦那は、もちろん口臭ハゲ社長もそうですが、私が手を振り、地獄に堕ちろと言うと、にこやかな表情で中指を立ててFUCK! とか、その他不適切な発言で返してくれるのですよ」


「めっちゃ仲悪いじゃねぇかっ! アレか、あんた等結構な商売敵か、無理もねぇよなこの不景気で……ちなみにあんた、まさか物体とか何とか関係なく2人を殺害したりはしていないよな?」


「滅相もございませんっ、ウチは信用第一ですから、そのようなことをしたら噂も広まり、商売をしていくことが出来なくなってしまいます、不動産屋の店舗がそもそもの事故物件など笑えませんぞ」


「信用ならねぇ……まぁ良いや、とにかくそんな感じということで、2人は今どこに居るか……というかあの不動産屋のスタッフ1号君以外は誰も消息がわからないんだよな……」



 何やら今回の事件のキーになりそうな予感がする最初に事件が起こった不動産屋の店舗。

 それ以外の場所についても調べる必要があるのだが、やはりここが気になってしまって仕方ない。


 今は無人だとは思うが、やはりもう一度行って手掛かりを探すべきか、いや確実にそうすべきであろう。

 ここの警備はその辺の憲兵とか兵士とか、顔も名前もないようなモブキャラに任せて、俺達は現地調査に戻るのだ。


 だが全員で行く必要はないか、もし万が一この場所が、遅れて避難して来た王都の不動産屋に化けた物体によって襲撃されでもしたら、それなりに戦うことの出来る者が相当数存在していないとヤバい。


 よってメンバー選別を行い、調査に向かうのは俺とセラと、それからやることがなくて暇そうにし、ついでに暑さでダレていたマーサの3人とした。


 残りのメンバーは……まぁ、襲撃がない限り適当な感じで事情聴取でもしていてくれと、それだけ告げて3人で移動を開始する。


 もちろん今回の件については王宮の方も感知しているため、馬車が用意されるのは非常に早く、歩き始めたと思ったところでもう拾ってくれるような状態。


 御者のおっさんには何が何だかわからない様子で、しきりに集合した不動産屋の集団を眺めていた。

 事件についての情報が全く伝わっていないようで混乱していたのかも知れないが、余計に混乱させることのないよう、黙っていることとしよう。


 で、リアルに押し黙っていると、馬車は先程の不動産屋の目の前まで到着し、ピタッと停止した。

 俺達はそこから降り、すぐに建物の中を覗き込むと……やはり誰も居ないようだな。


 残っていた口臭ハゲ社長とスタッフ2号君は、やはり避難指示に従ってここを出て、その後に何らかの事件によって消息を断ったということか。


 もしかするとだが、物体がターゲットのことを覚えているか何かして、一旦攻撃対象、というか吸収対象に選定した者を付け狙うなどの性質を有し始めたのかも知れない。


 そこまでくるともう『無生物』という前提がモロに形骸化してくるのだが、そもそもそんな前提はとっくの昔に崩壊していたようなものだ。


 などなど、さまざまなことを考えながら、やはり鍵が開けっ放しの扉を引き、建物の中へと入ってみる。

 同時に馬車が走り去って行った、何も知らされていない様子の御者であったが、俺達が建物に入ったことでその目的を達したということを理解したのであろう。


 で、内部には荒らされたような感じもなく、避難に際して何か重要なものを隠したとか、持ち出したとか、或いは処分したような形跡も全くない。


 ついでに言うと慌てて何かをしたような雰囲気でもないため、おそらくここの2人は避難を始める際には冷静に、まるで訓練のように正確に動いたのであろう……



「さて、何か手がかりがないか探してみようか……おっ、手提げ金庫があるぞ」


「そういう手がかりじゃないでしょ、ほら、どこかに物体と戦ったような跡がないかとか、そういうのを見ないと」


「しょうがねぇな、おいマーサ、何か臭いとかするか?」


「ダメね、あの口臭ハゲ社長さんの臭いが染み付いちゃって、たぶん1日に500本ぐらい葉巻を吸っていたわねあの人」


「それ、空気よりもやべぇ煙の方を多く吸ってねぇか?」



 カウンターの奥へ入り、何か特別なことがなかったかを調べていくのだが、そもそも最初に発見した手提げ金庫、机の上にポンと置いてあったのだが、避難するにしてもそのぐらいは持ち出しておけよと思う。


 他にも重要そうな書類、もちろん顧客の個人情報yがガッツリ記載されているであろうものまで……わりと汚いな、ヘビの這ったような文字で書かれていて読み取れないではないか。


 下の方にある書類についてはそうでもなく、比較的読み易い字で書かれているというのに、どう考えても今日の朝、まだ事件が起こる前か起こった後かに作られたと思しきものに関しては、全部が全部その状態である。


 まぁおそらくは事件後、かなりテンパッた状態で無理矢理に仕事を再開しようと試み、このようなことになってしまったと考えるのが妥当な線であろう。


 事件後にこれなら今日はサボりたいモードであったと考えるのが良いかも知れないが、そのような状況だからといって、ここまで酷いことにはならないのではないかと、そうも考えることが出来る。


 とにかく仕事の方はもうムチャクチャでも、マーサが訪れて避難指示を出した際には、それを理解して従うだけの冷静さを持っていたということか。


 いや、冷静なように見えて内心はアレな状態であって、実は避難開始直後、焦って逃げようとして2人共ドブだの肥溜めだのに落下して死亡したとも考えることが出来るか……うむ、良くわからないし他を当たってみよう……



「ねぇ見てこっち、お昼ご飯にしようとしていたんじゃないこれ?」


「昼食だ? その前に避難指示が到達しているはずだろうに、どうしてそんなもん……って何だコレ?」


「生の肉と生野菜ね、あと生米と単なる小麦粉の盛ったやつ、しかもナイフとフォークが逆に置いてあって……ナイフの方を肉に突き刺した感じね」


「どんだけテンパッていたらこんなことになるんだよ? それか生まれつきやべぇ奴等だったってのか?」


「変な宗教とかかも知れないわね、ちょっと……あ、これはスタッフ2号君が食べようとしていたはず、こっちは……違う、こっち……変ね、どれもあの口臭ハゲ社長さんの葉巻の臭いがしないわ」


「何だそれ? てかちょっと考えたらアレだな、この謎の食事らしきものはどうして3人前なんだろうな? どのような状況下にあってもおかしなことだろう」



 用意されていた食事のように見えて実は食事ではない、まだ食材と呼ぶに等しいもの。

 それが皿などに並べられ、キッチリ3人前用意されているのだが、状況的に3人ということは考えにくい。


 まずこの不動産屋のスタッフは、社長と馬鹿旦那含めて5人、それが全員揃っている状況では、5人前の食事が用意されることとなるのだが、そもそもこれは食事ではない。


 では馬鹿旦那とスタッフ3号君が外出した後はどうか? スタッフ1号君が物体の餌食になる事件が起きるまでの時間は確かに3人でこの店舗内に居たはずだが、その状況、つまり日常においてこの食事をとることは通常ないはず。


 日頃からこんなモノを口にしているわけのわからない宗教だとか何だとかに加入しているようであれば、もう見ただけでおかしな連中であるということがわかるはずだし、そもそも食中毒などで他界していて全員この世には居ない。


 この食事……らしきものの内容は、事件後に混乱した状態で用意されたからこそこのようになっているわけであって、だとしたらスタッフ1号君の死後、3人前の食事を用意するのはおかしなことだ……



「ねぇ、やっぱりこの不動産屋さん、何かおかしくないかしら?」


「俺もそう思うんだが……と、誰か来たみたいだぞ、何だこんな場所にいきなり……ひとまず隠れようぜ」



 全員で机の下に隠れ、どういうわけかやって来た来訪者をやり過ごす構えを取る……もちろん普通に王宮関係の連中が、俺達にようがあって来たのかも知れないが、だとしたらもう声を掛けて呼び出しているようなタイミングだ。


 それをしないということは、そういう連中とはまた違ったタイプの来訪者であって、しかも役人がやりがちな無駄に複数人つるんでの行動ではなく、どう考えても1人分の足音である。


 反対側の机に隠れ、こちらからは見えているマーサがジェスチャーで合図を送ってくる……対象は脚を怪我している可能性が高い、完全にびっこを引いている足音だとのこと。


 今現在、この状況で負傷するとすれば物体関連、もしや物体の襲撃を受け、どうにかこうにか逃げ延びた王都民が、未だ規制線が張られたままのここに隠れようと逃げ込んだのか……



「入って来たぞ、何なんだろうな一体?」


「静かに、勇者様の方からならもうすぐ顔が見えるわよ、ちょっと確認してみて」


「わかった……と、今チラッと見えたぞ……もう少し……って口臭ハゲ社長じゃねぇかぁぁぁっ!」


「ん? 誰か居るのかな? おかしいな、ここにはもう誰も居ないはずなのに……」


「こっちだこっちっ! 俺だよ、異世界勇者様だよ……ってはぁっ? お前スタッフ2号君じゃねぇか、はっ?」


「え? ちょっと待って勇者様、こっちからは口臭ハゲ社長さんが……えっ?」


「……ちょっ、お前こっち向け、俺の正面にその正面を向けろ……ってやっぱお前ハーフ&ハーフになってんじゃねぇかぁぁぁっ! どうなってんだよオラァァァッ……あ、物体じゃねコレ?」


「物体……という言葉が出てきた……人間から物体という言葉が出てきた……こちらを向いた人間が物体だと……」



 口臭ハゲ社長が戻って来た、それをその横顔で確認して声を掛けた直後、聞き違いか何かで明後日の方角を向いたその人物が有していたのはスタッフ2号君の顔。


 どういうことかとこちらを向かせて判明した事実、それはこの人物、いや物体が、右半分を口臭ハゲ社長、そして左半分をスタッフ2号君とした、まるでピザのようなハーフ&ハーフ人間であったということ。


 つまりこの物体は既にこの2人を吸収し、その残滓をわずかに内部に取り込んだことによって、2人の記憶を微かに有する、そしてその姿を再現可能なものとなっているのだ……いや、そうなったのはいつのことだ?


 今現在は確かにそう、コレはもう紛れもなく物体なのだが、最初に俺達がここへ来たとき、対応してくれたスタッフ2号君はどうであったのか、奥の方で不快な口臭を発していたハゲ社長は?


 もしあの時点において、既に2が2人ではなく物体が置き換わったものであったのならば、これはもう相当に注意しないと判別が出来ないレベルまできてしまったということ。


 もちろんしっかり見れば人間かどうか、生物かどうかぐらいは判断することが出来るのだが、これまではその振る舞いが重要であったわけで、このように『人間化』されてしまうと、疑うものも疑えない、普通にスルーしてしまうようなこともあるはず。


 とはいえまぁ、今はこの場に居る3人で、目の前のハーフ&ハーフ人型物体を消滅させることが先決事項だ。

 この物体は進化しすぎた、さらに他の物体と情報を共有してしまう前に、この場で片づけをしておく必要があるのだ……



「あっ、物体が攻撃してくるわよっ!」


「そっちから来やがったか、おそらく『自分が物体だと指摘されたこと』がトリガーになったんだろうな」


「えぇぇぇいっ! やった、かなり削れたわ、武器がダメになっちゃったけど……あ、今の話だけど、それならこういう人を見つけても物体とか言わなければ良いってこと?」


「その可能性はあるわね、コイツも、今勇者様が何も言わずに居たら口臭ハゲ社長とスタッフ2号君のまま振舞っていたかも知れないもの」


「さすがにあそこでツッコミを入れないというのは無理があるがな……まぁ、とにかく残りを……」


「私に任せなさいっ、それっ!」


「うわっ? 黒いコーティングがされた……水の塊、精霊様か?」


「そうよ、そろそろ戦闘になっている頃だと思って来てみたけど、ちょっと遅れちゃったわね」


「……てことは精霊様、この2人……だったものが物体だって気付いていたのかしら?」


「そんな気がしていただけよ、どうしてそう思ったのかは私にもわからないけど、人族はかなり長いこと見てきたわけだし、高位の存在の勘ってとこかしら」



 突如現れ、どうやったのかは知らないが時空を歪めるコーティングが施された、というかコーティング素材が練り込まれたような水で、物体の残り部分をあっという間に消滅させる精霊様。


 先程、ここへ初めて来た際に言っていた『また来る』はこのことを示していたのか、スタッフ2号君に対して、珍しく特に意味をなさないような質問をしていたのも、やはりそれが物体なのではと疑っていたからなのか、言ってくれれば良かったのに。


 もっとも、あの状態で『コイツが物体だ』と言えるだけの確証がなかったのであろうとは思う。

 指摘したとしてもそんな馬鹿なということで流されていたはずだし、実際俺もそうしていたはず。


 そしてそうなってしまうと容易に想像出来るほどに、物体が俺達の予想をはるかに超えて変化しているということ。

 言葉を話すと言い始めたのがつい最近で、昨日までは単語を状況に応じて放つだけの残念AI状態であったのに、今日のこの物体は何だというのだ。



「ふんっ、もうたいしたことないわね物体なんて、でも全員這い蹲って、ほんの僅かの欠片も落ちていないか必死で捜索しなさい」


「マジかよ面倒臭せぇな、そのぐらい良いだろうよ別に」


「精霊様、もっとサイズアップしてからの方が見つけ易いわよ」


「それじゃダメ、とにかく今この場で捜索して、もし欠片が残っているようであれば確実に発見して始末しないとならないの」


「どうして?」


「この物体とかいうの、情報の共有能力が凄いのよ、合体したり分裂したりを繰り返して、その都度個体が得た情報を他に伝播しているわけでしょ? だから時間が経てば経つほどに、とんでもない量の知識をため込んだ物体が、どんどん分裂してその勝ち取った能力で更なる情報を得て……みたいな、とにかく逃がしちゃダメ」


「精霊様は何を言っているのかしら? 全然わからないわ」


「さぁな、脳が腐ってんじゃねぇのか? 夏場だから水気の多いものはダメだな」


「腐ってんのはあんたの脳みそでしょ、とにかく探しなさいっ!」


『へーい……』



 突如現れて仕切り出した精霊様、確かに物体がそのような方法で知識を獲得し続けているのだということは理解するが……さすがに面倒臭すぎやしないかとも同時に思うのであった……

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