1031 成り代わり
「よしっ、じゃあ早速その物体を探そうぜ、まだそう遠くへは行っていないはずだろうからな」
「あ、ちょっと待って勇者様、念のためだけど、当時の状況を聞いておいた方が良いと思うの、詳しくね」
「そうか、だがそこの社長風ハゲ、お前は顔がムカつくし口も臭そうだからどっかへ行け、歯周病を治してから出直すんだな」
「へ、へぇ……じゃあスタッフ2号君、よろしく頼むよ」
「……社長、息が劇的に臭いっす」
やはり臭かったらしい社長風のハゲ、下がらせておいたのは正解であったし、どうせならコイツが物体の餌食になれば良かったのではないかとも思う。
で、スタッフ2号君から話を聞くと、この不動産屋はあの社長ハゲと、その息子である馬鹿旦那、ではなく若旦那、さらに3人のスタッフで営まれているとのこと。
今回はそのうちスタッフ1号君が餌食になってしまったということで、今後そいつの姿形を真似た物体が出現しないかどうかについても要チェックといったところか。
ちなみに、やはり不動産屋とはいえ戦闘主任者を設置していなかったことが、今回の惨劇のキッカケになってしまったのであろうという私見を述べておき、今後、5人に1人以上はそういった有資格者を設置するようにと指導もしておく。
で、当時の状況についてだが、いきなりアポなしで現れたその兵士の格好をした物体らしき人物、というか物体によって、対応に当たっていたスタッフ1号君が、突如として喰われてしまったのだというところまで聞き出し、続きを話させる……
「いえね、おかしいと思ったんですよ、兵士なら普通に官舎とかあるわけでしょ? だから1号先輩が部屋を借りたい理由を聞いていたんです。そこで身分証の提示も求めたんですけどね、それが出てこないものですから、やっぱり怪しいということでお断りしたんですよ、そしたらもういきなりみにょ~んって、あの部分がもう……」
「……さっきから聞いていて思ったんだけどさ、その1号とか2号って何? そういう名前なのお前等?」
「まぁ、そりゃモブキャラっすからね、僕なんか生まれてこの方ずっと『スタッフ2号』として生活していたわけで、こんな名前だから就職もほら、キッチリ『スタッフ2号募集』って書いてあるところにしか……いえ、この話はどうでも良いっすね」
「いやこれ非常に気にはなるところなんだが……」
「勇者様、早く情報をゲットして次の動きに移行しないと、またどこかの不動産屋さんが物体に襲撃されますよ」
「だな、続きを聞かせてくれ、ここからは主にその物体の振る舞い等に関してだ、覚えてはいるよな?」
「そりゃもうハイパーインパクトでしたからね、まずは入って来たとき、いきなり入口開けちゃって、何も言わずに虚ろな表情のままズカズカ入って来て、しかも兵士の格好だから何かと思ったんすけど……それでそのままここ、ほらそこのカウンターのとこっす、そこで立ち止まって完全に動かなくなって」
「そこで誰かが声を掛けたってことか?」
「えぇ、まぁ1号先輩が出て、『どうしたっすか? 客っすか?』みたいなこと言ったんですよ、そしたら『部屋を貸して欲しいのですが』を連呼し始めて、いや、マジで壊れたゴーレムみたいにずっと同じ言葉の繰り返しで、もう一瞬でわかったっすね、コイツはやべぇ奴だって……」
その後、どうにかその無表情のままの物体らしき人物を誘導し、着席させることに成功したスタッフ1号君であったが、そこからはもう、何を話しても通じないような感じであったらしい。
どのような部屋が良いのか、またどういう理由で部屋を借りたいのかという問い掛けに対して、最初に口走った部屋を借りたい旨の発言で返してみたり、また、なぜかいらっしゃいませを連呼しだす瞬間もあったのだという。
それでもう完全に怪しいということがわかったため、念のため提示を求めた兵士としての身分証、これも出てこない始末。
そのまま憲兵に連絡するか、まずはお断りしてから憲兵を呼ぶか、1号君はその後者を選択し、直後にやられてしまったということだ。
ちなみにお断りの際に1号君が放った言葉は、『あんたもう無理だから帰ってくれよ』というフレーズらしいが、その中のどこかの部分に、物体が攻撃を始めるための、目的が不達であるため通常通りの物体の行動を始めるトリガーがあったに違いない。
何だかダメダメなAIのような動きをし始めた物体だが、今後このようなことが王都のそこら中で発生することであろう。
やはり今のうちに対物体ガイドラインを作成し、広く王都民に知って貰わねばならないかも知れないな……
「まぁ、僕の話はそんなところで、他に何かありますか?」
「いや、俺は特にないな、誰かこのスタッフ2号君に質問とか何とかのある者は?」
「そうねぇ、また何か思い出したようなことがあれば言いに来なさいということぐらいかしらね?」
「わかりましたっす、ちょっと気合入れて考えることにしますよ」
「えぇ、あなたのようなモノにはあまり期待していないけど、それなりに頑張ってみたら良いと思うわ、また来るわね」
「おいおい精霊様、こんな所へまた来る必要はないだろうよ、ちょっと涼しいけどさここ……」
どうせこの後、スタッフ2号君から有益な情報が追加的にもたらされることはないであろうと、俺はそう思ったのだが……まぁ、誰もがそう思っていることであろう。
今はとにかくこの場所を離れて、判明した敵の姿形である初期型、帰還したはずの斥候が実は物体であったという、本当に最初のフルカラー人型物体の同型を探しに行かなくては。
ひとまず奥の方で何をして良いのかわからない状態でオドオドしていた口臭デブ社長に対して中指を立て、次に出会ったら殺す旨予告して不動産屋から退去する。
向かう先は……そうか、どこへ行けばその物体が居る可能性が高いのか、それを全く考えていなかったではないか。
この広い王都内を闇雲に探したとしても、きっとその目立たない、非常に地味な格好のひとつの物体を捜し出すことは非常に困難なこと。
もちろん聞き込みもする予定だが、虚ろな表情で何も喋らずに歩いている兵士を、誰かが気に留めて、それを覚えているという状況自体稀であろう。
まぁ、犯罪者かその予備軍かも知れないとして通報する者が出てくるかも知れないのだが、それでも兵士の格好というだけでその確率はグッと下がる。
となるとやはりどこへ行ったのか、アテがないとどうしようもないことになってしまうのだが……これは皆で予想を立ててみた方が早そうだな、あの不動産屋へ戻っても良いことはないであろうし……
「……てことなんだが、物体はどこへ行ったと思う? 誰か予想してくれ」
「簡単ですの、部屋を借りるのに失敗したんだから、また別の不動産屋さんで同じことをしようと試みますのよ、だから……」
「この近所、というか最も近いそういうショップですね、壁とかに物件情報が張り出されているところの方が物体から判別し易くて良いかもです」
「なるほど、不動産屋なら他の店と違って、外観で不動産屋であることがそこそこわかることも多いからな、その光景をトリガーにして『部屋を借りるモード』を発動している可能性が極めて高いってことか」
「そういうことですの、この近くでそういう場所を探して、何か事件が起こっていないかを確かめるのがベストな行動ですわ」
ユリナの作戦には皆が賛同し、早速その方向性で人型物体の発見に向けて動き始めることとした。
狙いは誰の目にも明らかな不動産的ショップ、貼り出されている物件情報がより多い方が良いような気もする。
1件目……先程の場所からかなり近くにあるのだが、既に事件の、不動産屋が襲われて従業員がバケモノに喰われたという情報が入ったのかどうなのか、慌てて書き殴ったような文字で『本日休業』とした貼り紙。
近すぎるのもダメということか、もしかしたら物体もつい先程ここへ来て、残念だなと思いながら別の場所を目指したのかも知れない、まぁ、物体に感情があればの話だが……
「次は……こっちね、あそこの角を曲がったところに見えるはずだわ」
「サササッ……ドアが開いているんでやっていると思いますよーっ!」
「そうか、これでやっと部屋が借りられ……じゃねぇんだよな、もう自分でも何やってんだかわからなくなってきたぞ」
「全くね、この暑い中歩き回って、なぜか不動産屋さん巡りだもの、しかも全然お金ないのに……」
「金がない話はするんじゃないよ、財布が寒い分ボディーの方が余計に暑くなってくるから……で、リリィは不動産屋の前で何をしているんだ? 開いているんだから入れば良いものを」
「子どもだし、1人で入っちゃいけないんじゃないのかしら?」
「何だそのルール……と、ほらリリィ、どうしたんだ?」
「開いているのに誰も居ません、カラッポです」
「……ホントだ、不用心だなぁ」
リリィの言う通り、確かにカラッポであった不動産屋の営業所内、通常、この状態で誰も居ないというのはおかしなことである。
もしかしてここは逃げ出したのか? 事件の話を聞いて『臨時休業』にしたわけではなく、慌ててこの場所を離れた、そんな可能性がなくはない。
ということで隣近所に話を聞いてみると……なんと、今朝は普通に店を開けて営業を開始していたとのことで、つい先程も来客があったはずだというではないか。
詳しく話を聞く、つい先程というのはおよそ1時間前であるということで、実質朝一発目の来客である可能性が極めて高い。
近所の怪しい薬草ショップのばあさんが見たところによると、若い男が2人でやって来て、この不動産屋を1人で切り盛りしているおっさんが、親し気な感じで出迎えたとのことだが……その後は特に音沙汰なしであるとのこと。
玄関の扉が開きっぱなしになっているのは、まぁ暑いので仕方がないことだとは思うが、そのまま出掛けてしまうとも考えにくいし、これは一体どういうことだ?
「……見て下さい勇者様、このテーブル、明らかに先程まで仕事をしていたような、まるで人間だけが忽然と消えてしまったような、そんな感じです」
「う~む、わけがわからない状況だが、誰も居ないんじゃもうどうしようもないな、次へ行こうか」
諦めてそこを後にした俺達は、次の不動産屋を目指して歩き、しばらく後にそこへ到着する……ここも無人、扉は閉まっていたが鍵は開いており、中へ入っても誰も居ないという状況であった。
そこも諦めて次へ……こちらも無人、またその次も、その次も誰も居ない、この町の不動産屋はどうなっているというのだ、やる気がないにもほどがある。
そして6件目、やはりここも営業している感だけ出して、それでいて誰も居ないではないかと、チラッと覗き込んだだけで立ち去ろうとしたとき……奥の方に人の気配を感じるではないか……
「おいっ! そこに誰か居るのかっ? 居るなら出て来やがれっ!」
『ひっ、ひぃぃぃっ! お助けをっ、お助けをぉぉぉっ!』
「何だ? どうも人間みたいだが……ここの関係者か?」
『……あなたは?』
「聞いて驚け、勇者パーティーの勇者様だ、今日はちょっと捜査のためにこの町の不動産屋を回っている、ただし部屋を借りる金はない」
『勇者……ホンモノですか? あの社長の知り合いの人達みたいにおかしくて、人を消し去るバケモノじゃないですか?』
「ちょっ、お前その話、詳しく聞かせるんだっ! とにかく出て来いっ!」
しばらくの沈黙の後、部屋の奥から出て来たのは実にひ弱そうな若い従業員であった、コイツは戦闘主任者の資格どころか、宅建さえ持っていなさそうだな。
出て来ながらも非常に警戒し、プルプルとチワワのように震えているのだが、余程恐ろしい目に遭ったのであろうということは、もう聞かずともわかることだ。
で、何があったのかを問う……必要もなさそうだな、先程の情報からして物体にやられた、そしてなぜか生き残った者であることはもう間違いないことである。
「……で、結局何があったんだ?」
「えっと、その……朝一番に社長の知り合い、どこかで不動産屋をやっている人の御曹司? がやって来て、それで楽しそうに話をし始めたんですよ」
「楽しそうに? いや、もっとこう、虚ろな表情の奴じゃなかったのか?」
「しかもまともに会話をしていたわけね?」
「えぇ、普通にやって来て、普通に話し込んでいて、でもその途中でいきなり『部屋を借りたい』とか言い出したんですよ。それでウチの社長が冗談だろうと思って馬鹿にしたら……その、あの部分が異様な状態になって……社長を……ひぃぃぃっ!」
「ちょっと、続きを話してちょうだいっ! ほらっ!」
「ギャァァァッ! イヤだぁぁぁっ! 殺さないでくれぇぇぇっ! ひぎぃぃぃっ!」
「あ、ダメですねこの人、もう発狂してしまいました」
「全く、凄まじく貴重な情報を持っているのは確かなんだが……しかしここまでの話でもかなり異常だな、物体が普通の感じで、しかもまともに会話出来ていたってことか」
「それにご主人様、何か最初に言っていた兵士の人じゃないみたいですよ、不動産屋さんのお寿司? 米は要らないので上のお魚だけ下さい」
「御曹司な、つまりはどこかの不動産屋で吸収した誰かに成り代わっているってことか、もう初期型の兵士じゃなくなっているってことでもあるよな……」
俺達が探していたのは兵士、初期型のフルカラー人型物体である兵士を必死になって探していたのだが、その物体はもう兵士の姿ではなくなっているということが判明したのである。
しかも『どこの不動産屋の関係者なのか』ということをキッチリ語らぬまま、隠れて難を逃れていたこの若手スタッフは発狂してしまった。
この後、俺達は『どこかの不動産屋の御曹司』を探してまた同じような行動を続けることになるのだが、その御曹司については何も知らないのである。
一応、カラッポであった他の不動産屋が店に帰って来るのを待って……いや、そもそもその不動産屋達、情報を聞き付けて逃げ出したり、普通に出掛けたりしたわけではない。
最初の無人となっていた不動産屋では、やって来た2人組を親し気な感じで出迎えていたとのことであるが、もしかしたら、いやもしかしなくてもそうであろう。
それは2人組の人間ではなく、ふたつセットの人間に化けた物体であったということだ。
何も知らずに出迎えたその不動産屋の主は、何かキッカケになる言葉を発してしまい、あっという間に取り込まれてしまったのであろう。
また、その他の無人であった不動産屋についても同じことが言えるはずであり、そこへ誰かが戻って来ることはもう二度とない。
もし戻って来たとしても、それはその者の記憶を僅かに残しているだけの物体であって……いやそこもおかしいか、今日になって、物体はかなり『取り込んだ人間の思考と記憶』を自分のものにしている様子だ……
「主殿、これはもう早急に対応しないとだぞ、既にかなり大変な事態となっていると思うが」
「あぁ、ひとまず王都中の不動産屋を一ヵ所に搔き集めるんだ、物体が居なくなった関係者のどいつに成り代わっているのか、全くわからない状態だからな」
「そうですね、じゃあえっと、マーサちゃん、不動産屋さんを集めるのを手伝って下さい」
「OK、ちょっと暑いけど頑張って走り回るわよっ」
「いや、不動産屋を集めるウサギとか既視感しかないんだが……」
ということでマリエルが音頭を取り、実働部隊の中心をマーサに据えて、ひとまず王都中の不動産屋に声を掛け、店舗から避難して1ヵ所に集中するよう要請した。
メインで回るのはやはり既に事件が起こっている東側のエリアだが、それ以外の場所にも物体が出没しないとは限らない。
可能な限り早く、生存している全員をどうにかする必要があるのだが、その中に物体が紛れ込んでいないかということには注意が必要だ……
※※※
「どうだ? だいたい集まったか?」
「そうねぇ、やっぱり何だかカラッポのお店もあったけど、人が居たところは全部どうにかしたはずよ」
「そうかそうか、しかし結構な数の不動産屋だな、スタッフも含めてかなりの人数だぞ」
「……でも最初に行ったお店の人が来ていませんよ、ほら、2号とか何とかって人もです」
「ホントだ、マーサ、あの不動産屋にもちゃんと事情を伝えに行ったんだろうな?」
「もちろんよ、また来たわって言って、危ないから逃げろって言ったらうぇ~いって」
「そうか……まぁ、途中で物体に殺られたのかも知れないし、そういうこともあるだろうからな、気にしないでおこう」
百数十人単位で王都中心の広場に集まった各方面の不動産屋、既に何が起こったのかを知っている者が多く、業種自体が敵の狙いになっているということは、もう集まった同業者同士の噂として広まっているのだ。
それゆえ話が早いのだが、万が一にもこの中に物体が存在している可能性を排除するため、念のため全員のチェックを入念に行う必要がある。
今日になってからはまだ物体そのものに遭遇してはいないのだが、これまでに集めた情報から、昨日よりもより一層人間に近い状態となっているのが明らかであるため、生半可なチェックではスルーされてしまうのだ……
「はい次の集団……うむ、ちゃんと人間であるようだな」
「……あの、私達は東側で開業しているんですが……その、最初に襲われたというあの口臭ハゲ社長のところはどうしたんでしょうか?」
「わからんのだよ、俺達が行ったときに居たあのハゲとスタッフ2号君か、その2人も来ていないし、そもそも残りの2人は消息がわからないんだ」
「そうですか……いえ、実はあの店の馬鹿旦那……じゃなくて若旦那か、それとスタッフ3号君が、今朝2人で歩いているのを見たものでして……・」
「ふ~ん、まぁ、ちょっとその状況についても後で聞かせてくれ」
ひとまず受付を済ませ、この中に物体が化けているような者が居ないことだけは判明した。
ここからはそれぞれに、知り合いの不動産屋に関する情報を出して貰い、現在物体が何に化けているのかということを探っていくこととしよう……




