1030 より人間らしく
「あ~、今日も物体討伐かよ、このクソ暑いってのに」
「だって昨日のアレ、もう凄く人間化していたじゃないの、このままだともっと面倒なことになるわよ、とにかくこれ以上人間を吸収させないようにしないと」
「いらっしゃいませーってか? すげぇ腹が立つよなあんなこと言われても、奴等の人間への道程はまだまだ遠いさ……と思っておきたいところだ」
「現実逃避してないで行くわよ、今日は私達が東門付近の当番なの、ほらもう馬車が来ているから」
「いつからそんな当番制になったんだよ……」
もう近場の北門付近に固定してくれれば良いのに、そんな不満を抱きつつ、昨日は定型句を発するようになった物体が、今日はどのような変化を遂げているのかという確認と、それから王都の安全確保も兼ねてやっつけに行く。
王都の東門付近といえば、最も物体の侵入が激しい場所であるから、可能であれば担当したくはないし、移動しながら警戒している連中が回って来たときに手伝って貰わねば対応が難しい。
しかし物体共め、どうして王都に集合するように動きのパターンを変えたというのだ。
これまで通り森の中で静かにしていれば良いものを、そんなに人の多い大都市が好きなら、どこかここではない異世界へでも行って探せばどうかと提案してやりたいところである。
こちらの意向を無視して狼藉を繰り返す物体と、それから神界のどいつかが設定しているのであろうこのうだるような暑さに対する文句は尽きないが、そんなことを言っていても仕方がないため、ひとまず『本日の担当箇所』である東門付近を目指した。
到着前、馬車の窓から見た限りで既に物体がひとつ、真っ黒な状態で城壁に張り付いてこちら側へ降りて来ているのが確認済みである。
こんなペースで襲撃されたら、王都自体の出入りというだけでなく、もうそれぞれの王都民が自分の家から外出することを禁止しなくてはならなくなるな。
まぁ、その方が働きもせずに路上で寝泊りし、カツアゲなどの馬鹿なことをやっているチンピラを炙り出すことが出来るではないかと、そういう考えもあるのだが、さすがに王都民の生活に対するインパクトが大きすぎるであろう。
というか、王都の外側から現在の状況、つまりその辺に居る忍者のようにして、物体が城壁を乗り越えて王都内に侵入しているのを見たらどのような光景であるのか、それが少し気になるところだ。
もちろん城壁の外側はもはや物体の領域であって、それなりの危険が付き纏うことは確かなのだが、それでもわざわざ『侵入しつつある』物体を叩くよりも、その前段階となる城壁の外側にある、『侵入前の』物体を捜し出して潰していく方がより良いのではないかと思う。
いや、きっとこれは国の中枢連中があえてそうさせているのであろうな、王都民に対し、王都を守る先頭集団が物体と戦い、勝利しているところを見せ付けるような、そんな意図があってこのような作戦を取っているに違いない。
だとしたらもっと出来ることがあるはずだ、俺達勇者パーティーの力があれば、城壁の向こう側からでも容易にその力を、王都の中に示してやることが可能なのだ……
「なぁ、アレを潰したら王都の外へ出ようぜ、少しは風の通りも良いだろうし、何よりも敵の侵略を待って戦うのは俺達らしくない」
「まぁそうよね、じゃああんなのは降りて来る前に……あ、でも喋るかどうか見極めないとならないのよね、かなり面倒臭いわねこの作戦は」
「なら叩き落せば良いんじゃないかしら? 私が水をぶつけてふつうにアレを地面まで移動させるから、そしたら接近して攻撃して、喋るかどうかを見極めつつ潰せば良いのよ」
「なるほどな、その方が効率が良いのは確かだ、そして今回だが、決して分断させないように叩き続けて、あのままの状態で何を語るのか確認しようぜ」
「同じだとは思いますが……まぁ、やってみるだけやってみましょうか」
城壁にへばり付いた状態でゆっくり降りて来る物体に対し、精霊様が通常の水鉄砲で一撃を喰らわせる。
すると予定通り落下し、地面に叩き付けられた物体……やはりダメージなどは受けていないようだな。
そしてそのままウネウネと変化を開始し、今回は少し人間離れしたカラーと、それから豚のような顔面の生物にその姿を変えた。
何だかどこかで見たことがある、というか会話までしたことがあるような顔の生物だが、どうやら元となっているのは人族ではなく魔族である様子。
しかし本当にこの顔はどこかで……しかもつい最近に俺達と関わりを持った者であるような気が……
「……あっ、この上級魔族、以前セラちゃん達の村へ行ったときに騙して仲間にした……豚面魔族の人じゃないですの?」
「……誰だっけそれ? そんな奴については何も覚えていないんだが……いや確かに居たような居なかったような……すまん、普通に忘れたぞ」
「えっと、確か仲間を集めさせて魔王を捜索するのを手伝わせて、それから……集団で王都に来るようにって言って置いて来たんじゃなかったかしら? その後どうしたのかは知らないわ」
「集団で王都に? だとしたらその何だ、この雑魚そうな上級魔族とその愉快な仲間達だけで、物体だらけの森を行軍したってことにならないか? 普通にアホだぞそんなもん」
「……もしかして主殿、王都の東側エリアで急に物体が大増殖したのは……この比較的魔力の高い、しかし戦闘力は低い連中が、そこでまとめて餌食になったからでは?」
「やべぇ、何かそんな気がしてきたぞ、もしその連中が実在していて、で、あの森で物体の餌食になったとしたらそういうことだよな……で、その代表格がこの豚? みたいな奴だったと」
「そういうことになりますわね、まぁ、こっちの責任じゃありませんことよ、その餌食になった連中が弱っちいのが全ての原因ですの」
「だな、俺達は一切悪くない、それで……コイツは東エリアにおける物体大増殖の元凶となった馬鹿ってことだ、もう本人ではないが、そいつに対する恨みも込めて痛め付けてやろうぜ」
『うぇ~いっ!』
もうすっかり、完全に記憶から消去されていた魔族集団、魔王城に留まって、その中で物体を食い止めるべき役回りであったはずが、ヘタレゆえ勝手に逃げ出し、そこら中に潜伏していたような連中のことだ。
俺達は確かそれの中の1匹であるこの豚面魔族、もちろん今は見た目だけで、中身についてはもう物体に置き換わってしまっているのだが、それを『救ってやった』ところから始まり、かなりの数のそういう連中を『仲間にした』のであった。
もちろんその『仲間にした』というのは、単に騙して良いように使っていただけであって……思い出した、そういえば最後に絶望させてやったら面白いと考えて、その処刑を執り行うべき王都に、わざわざ自分達の足で移動するよう仕向けたのだ。
それが何の疑いも抱かずに、魔王が連行された王都でまた本人に会うことが出来て、再就職も用意されるというバラ色の未来を信じて、意気揚々と移動している最中に物体に喰われてしまったと、そういうことか。
馬鹿とはいえ大半が上級魔族であることからも、その保有する魔力の量は人族と比較して桁違いに多い。
物体にとっては非常に優秀な『栄養源』となったことであろう、それでは大増殖も仕方ないといったところだな……
「で、じゃあ早速俺が、こんな馬鹿な奴に振り回されていたはずのこの俺様が一撃を喰らわせてやる、死ねやオラァァァッ!」
『……いらっしゃいませ』
「それしか言えねぇのかテメェはぁぁぁっ! オラッ! このっ! 往生せいっ!」
『いらっしゃいませ……いらっしゃいませ、ありがとうございました』
「あっ、別の言葉を喋ったわ、でも結局店員由来のワードね」
「全くだ、他に言うべきことがあるだろうってんだ、わかんねぇのかこのクズがっ!」
『……申し訳、ございませんでした、以後、気を付けます』
「今更遅っせぇんだよオラァァァッ! あっ、消滅したぞ」
「ねぇ、今のってまた違う言葉だったような気がしない? というか勇者様の言ったことに反応して、それを返したというか何というか……」
「確かにそんな気がしますね、もしかしたらストックがある言葉の中から、その場に相応しいものを選んで発しているのかもです」
「だとすると……人と相対したときにはいらっしゃいませとか、店員由来の言葉で、今俺がキレていたのを感じ取って、謝罪ワードを口にしたと、そんなところか?」
「えぇ、そういう感じなんじゃないかと思います、それで、そういう反応をするのはこの個体だけじゃなくて、外に居るのもおそらく……」
「だろうな、じゃあサッサと行って確認しようぜ、もしかしたら、いや確実に昨日よりも進んでいるからなこの物体の喋る機能は」
『うぇ~いっ!』
こうして俺達は持ち場を放棄し、城門の兵士に頼んで王都の外へ出た……早速いくつかの物体が目視出来る状態だな、やはり森のエリアから出て、人の多い王都の中を目指すようにその行動パターンを変化させたようだ……
※※※
「オラァァァッ!」
「潰れなさいこの変質者!」
『すみませんでした……』
「チッ、謝罪ワードが限界なのか? もっとこう、面白いことを言うような物体がどこかに居ないかな? せっかくだから笑わせて欲しいぜ」
「勇者様、少し話し掛け方を変えてみたらどうでしょうか? その、口汚く罵るだけではなくて、もっとこう日常会話的な」
「マリエル、お前はこれから武器をもって攻撃する相手と日常会話が出来るのか? ちょっと厳しいだろうさすがに」
「う~ん、確かにそうですが、じゃあちょっと次、私がやってみますね、相手はあそこで壁に取り付こうとしている物体さんで良いですね?」
「おう、ちょっと手本ってのを見せてくれや」
自信満々のマリエルがターゲットに選定したのは、今まさに城壁に取り付き、これから登り始めようとしている段階の物体であった。
今はまだ真っ黒な、全身タイツを着た変質者のような姿形なのだが、攻撃を加え、そして向こうも捕食モードに入りさえすれば、完全に人間の形を取るであろう。
全員で近付き、その中からマリエルだけが一歩踏み出して、一応の時空を歪めるコーティングが施された簡易な槍を構える。
精霊様が水鉄砲を放ち、ひとまず物体を地面に落としたところで、話し掛け方を変えてみる実験のスタートだ……
「……よし、さっきの豚面魔族の方の姿に変わりましたね、では始めます……ハァァァッ! 良い天気ですねっ!」
『……いらっしゃいませ』
「次の一撃を喰らいなさいっ! 今日も暑いですねっ!」
『……いらっしゃいませ』
「すげぇシュールな光景だな、どっちも単なる馬鹿にしか見えないぞマジで」
「マリエルちゃん、そんな一般的な声掛けじゃなくて、もっと特別な感じで話したらどうかしら?」
「なるほど、少しやってみますね……ハァァァッ! 王都に何か御用ですかっ!」
『部屋を借りたいんですが、部屋を借りたいんですが、部屋を……』
「おぉっ、最後の最後でなかなか特別感のある言葉を口にしたぞ」
「あ、でも消滅していないです、武器がダメになって、小さい破片がひとつどこかに……」
「放っておけよそんなもの、探すのはかなり面倒だろうし、もっと別の、脅威になりそうな物体を潰して回った方がよっぽど効率的だ」
「まぁ、そう言われて見ればそのようですね、ほんの小さな欠片でしたし、諦めてしまいましょう」
マリエルの活躍によって、話し掛け方次第ではまた別の反応が得られるということがわかった。
どうやらこちらが『受ける側』に回ると、物体は『客側』のようなワードを発するようになっているらしいな。
その受け答えの精度が今後どこまで高くなるのかは未知数だが、とにかく『いらっしゃいませ』が大半であった昨日の物体を遥かに凌駕する語彙力を、今日の物体が有しているのは明白。
では明日の物体はどのようになっているのであろうか、とにかく今目視で確認可能なものについては全て潰しておき、その『明日のもの』がなるべく少なくなるように、そして物体自体の数を減らしていくように務めよう。
ということでそこからは真面目に仕事をこなし、数多くの物体を、王都の内部にまでその音が響き渡るような派手な攻撃をもって撃滅していく。
かなりの数の物体を潰し、周囲にその姿が一切見えなくなったところで、その日の活動を終了して屋敷へと戻った。
特に報告義務などはないようだし、これは少しぐらいサボっていてもバレはしなさそうだな。
明日からはもう少し手を緩めて、その分を他の戦闘集団に頑張って貰っても良さそうだ。
なぜならば俺達はこれまでも、そして本日もそこそこの頑張りを見せたのだから……
※※※
「勇者様、起きて下さい勇者様、物体に関して新たな情報が入りました」
「……まだ朝だろうに、今日は昼から動こうと何度も……で、物体が何だって?」
「先程王宮から使者が来て、今朝物体に関して入った王都民からの通報を、そのまま転送してくれました、物体らしき人物がアパートを契約しに来たそうです」
「いや意味がわからんぞ、何だその物体らしき人物ってのは? 勘違いだろう普通に、ほら、何か無表情で残念な感じの普通の人だったとか」
「それが、拒否されたところで不動産屋さんの担当者をその……アレしてしまったとかで、物体らしきとはいうものの、もうほぼ物体だと考えて良いような感じです」
「なるほど……昨日よりもさらに……というかマリエル、昨日のあの物体との会話は……」
「えぁ、フラグだったかも知れません……」
確かに昨日、実験のために話し掛ける内容を変更してみた際の物体の言葉は、まさに『部屋を借りたい』というものであった。
それが今日になって、しかも朝早くから実際に部屋を借りるため、わざわざ王都の中に侵入して来たとは。
しかも物体の分際で、不動産屋の場所を把握している、そしてまっすぐにそこへ向かうというのが驚きだ。
もしかしたら部屋を探して右往左往していた奴を喰らい、それの記憶が色濃く残った物体に対して、昨日マリエルが会話によってそれを思い出させたのではないかと。
そして昨日、ほんの僅かに残った『部屋を借りたいということを思い出した』物体の破片が、他の物体と融合することによってその内容を共有していったのではないか。
いや、それにしても今回の行動はレベルが高すぎるな、通常では考えられないどころか、予想だにしないスピードでレベルを上げているのだ。
もしかするとレベルが上がれば上がるほど、そのレベルアップの勢いが加速していくとか、そういう感じのものであるかも知れないな。
前に居た世界においても、人類は万年単位で腰蓑石槍軍団であったのを、最後のたった100年か200年程度で一気に進歩したのだというし、この世界においても、そして今のところは生物として扱われていない物体においても、そのようなことが起こったとしてもおかしくはないのだ。
「……で、その物体はどうなったんだ? 誰かが始末しに行ったのか?」
「いえ、それが不動産屋さんの前から姿を消して、そのまま行方がわからなくなっているそうです」
「逃がしたのかよ、マジで使えねぇ不動産屋だな、戦闘主任ぐらい置いておけってんだよ、せめて5人に1人ぐらいはな」
「それはちょっと無理があるんじゃ……とにかく現場となった不動産屋さんに行ってみましょう、今日の持ち回りは王都の南門付近ですが、そこは別の方々に任せてしまって」
「だな、というか今日だけじゃなくてこの先ずっと別の奴等に頼んでしまいたいところだ、いちいち際強キャラである俺達が出向くのはちょっとアレだからな」
時空を歪めるコーティング武器に関するが徐々に進み、それが戦闘員に浸透してきたことによって、そこそこの力があれば、そして大集団であれば、人型物体と渡り合うことも出来るようになってきたのだ。
もっとも戦いに際して犠牲者が出る可能性もまだまだあり、また、総崩れとなってしまった場合には、逆に物体を利する、つまり餌食となって物体を増やす結果となりかねないため、今のところはまだ俺達も活動しているということ。
まさか町中で改造人族であるチーンBOWを使うわけにもいかないし、もしあんなモノを戦闘に投入し、民間人に見られでもしたらどうなるか。
きっと即座に通報祭りが始まり、変質者に関する取り締まりを行うべき憲兵が忙殺、というかリアルに過労死する案件まで生じてしまいそうなところだ。
とまぁ、そんな感じではあるのだが、今日1日に関しては誰かがどうにかしてくれることを期待して、俺達はその物体らしき人物が部屋を借りに来たという不動産屋を目指す。
現場は王都の東門近くであり、物体が出現する確率は相当に高いと断言出来る場所……規制線が張られ、兵士が見張っている建物がそうなのであろう。
俺達が近付くと、それに気付いた兵士の1人が規制線を持ち上げ、中へ入ることが出来るようにしてくれる。
現場にはその不動産屋のスタッフと、それからムカつく顔をした社長らしきおっさん。
どのような緊急事態においても、さすがに脂ギッたおっさんと話をしたくはないため、ひとまずスタッフの方に話し掛けることとしよう……
「ここで事件が起こった、OK?」
「そうなんです、ウチの従業員があのわけのわからない、兵士の格好をして、しかもあの部分が伸びるバケモノに……」
「いやお前に聞いてんじゃねぇよ、すっこんでろハゲ……しかし兵士……初期型のフルカラー人型物体のようだな」
物体の容姿がわかったところで、こんな事件現場に居る必要は早速にしてなくなってしまった。
あとはその兵士の格好、おそらくは最初に王都に帰還した斥候の姿をした物体なのであろうが、それを捜索することとしよう……




