1029 喋ったりして
「勇者殿! 勇者殿、居られましたか、実は緊急でお耳に入れておきたいことが……」
「わかったから汗を拭けこのデブ、てか何で玄関の方へ向かってんだオラァァァッ!」
「い、いえですからそのっ」
「そこで喋れば良いじゃないの、てか庭の土が汚れるから門の外で話してよね」
「床面積に算入される部分に侵入したら直ちに殺しますよ、早く退去して下さい」
「そうだーっ、帰れ帰れーっ、キャハハハッ」
「えっ、えぇぇぇ……」
馬車に乗ってやって来たというのに、なぜか汗だくで息が弾んでいる王宮からの使者であるデブ。
初めて見る顔なので徹底的に痛め付け、俺達がどれほどまでに上位の存在であるのかということを知らしめておこう。
で、そのデブが言う『お耳に入れておきたいこと』というのが何なのかということは大体想像が付くが、やはり開口一番、『物体らしき者が』というところあらスタートした。
どうやら新たに王都内へ侵入した物体があったようだな、予想通り東門付近のエリアにて、突然アレな部分が伸びに伸びて、それで巻き取った人間をボロボロと、まるで砂の塊でも握り締めるようにして崩し、吸収してしまったとのことだ
もちろんその物体に対しては、付近に移動していた王都の主力部隊であって、既に研究所から時空を歪めるコーティングを施した武器を受け取っている連中が当たり、すぐにどうにかなったそう。
そんなことでいちいち報告に来るなということで、デブを処分してしまおうとしたところ……どうやら話の内容はそれだけではなかったようだ、まだ続きがあると、汗だくのデブはそう主張する……
「じっ、実はですね、その討伐の際、どうやら物体が人間らしき言葉を喋ったようでして」
「人間らしい言葉を喋った? そんなの、豚の亜種であるお前でさえ出来るんだからさ、物体が出来てもおかしくはないよな?」
「……えっと、その、これまでにはそういった報告がなく……その、異常な事態であるということで私が遣わされたのです」
「そっか、ご苦労であったな、じゃあもう用無しだから死んで良いぞ、ちなみに見えない場所で死んでくれよな、お前のような豚がどうにかなるグロテスクな瞬間など見たくはないからな……で、これは大変なことだなマジで……」
「更に変化したってことね、凄く急激だし、鳴き声とかじゃなくていきなり言葉って」
「その物体の人は何て言ったんでしょうか? お腹空いたとか?」
「どうだろうな、だが腹が減ったとかそういう概念があるとは思えないぞあの物体に……おいちょっと待てデブ、何帰ろうとしてんだ? もうひとつ俺達に情報を提供してから行け、てか死ね」
「何でしょうか? これ以上お話しすることなどありませんが」
「はぁ? お前その態度、きっと死の淵で後悔すんぞ、物体が何を喋ったのか、それを教えろと言っているんだ? ヒトの言葉がわかるか?」
「いえ、そこまでは聞いておりませぬ、そんなんだったら自分で調べればどうでしょうか?」
「……マリエル、アイツの顔と名前を良く覚えておけよ」
「えぇ、確実に処断すべき人間ですね、特に理由もなく不機嫌になって、私達にあのような態度を取るとは」
何だかわからないがキレ気味になってしまったデブ、血糖値が低下してしまったのであろうか、それとも皮下脂肪が分厚すぎるゆえ、暑くてイライラしているのであろうか。
真偽のほどは定かではないのだが、とにかくデブはこれ以上の情報を持ち合わせていないということだけは真実のようだ。
腹に肉を溜め込むのであれば、その代わりに頭の中に情報をストックして来いよと、そう罵ったところ、デブは更に不機嫌そうな顔になって帰って行った。
さて、気になるポイントはいくつかあるのだが、まずはこの件、物体が人間の言葉を話したらしいということについて少し考えようと思う。
何を言ったのかはともかく、それが、言葉を話したということが何を意味するのか、これによって新たにどういったリスクが出てくるのか、そういったことについて話し合いをすべきだ。
で、意見を出し合ったところ、やはりその『変化』によって、物体が更に人族の中へ溶け込んでしまい、先程話し合った際に出た判別方法を試す気にもならない、そのぐらい高度に『人間化』してしまうのではないかと、そういう予想が立ったのであった。
「どうしようか、このままもうちょっと待ってみるか? まぁせいぜい次の報告が入るまでの間だが」
「いえ、それよりも行動しましょう、明日実際に侵入して来た物体を潰して、そこで何を喋るのかを確認するんです」
「う~む、暑いし面倒だがそうする以外にないか、非常に面倒だが……」
明日、猛暑の中をもう一度外へ出て物体を捜し出し、討伐するというのはかなり面倒なこと。
しかも1体や2体ではなく、『喋る個体』を発見することが出来るまでずっとなのだ。
というか、さすがにこの暑さでは物体もアイスのように溶けてしまうのではないかと、そう思うのだが……隣で溶けそうになっているカレンを見ると、きっとこのような感じで流動化するのではないかなと、おおよその予想を立てられる。
だが物体が喋るという情報に続きがない以上、そしてあのデブの使者が使えそうもない以上、やはり俺達が自力でそれを確認する以外に術はなさそうだな。
もちろん費用と、それから暑さに対する見舞ぐらいは国から支給して貰いたいところだが、きっとそうもいかないのであろうところが勇者の辛いところ。
費用請求を突っぱねられたらどうしようか、森で物体を大量に捕まえて、王宮に解き放ってやろうか。
そのようなことを考えつつ翌朝を迎えたのだが、やはりカンカン照りの中を外出するのはかなり勇気が要る……
「うぅ~っ、昨日よりも暑いじゃないの」
「わぅ~、焦げてしまいます~」
「ほら、2人共ダラダラしていないで早く行きますよ、全く、いつもは素早いのに暑いときはこうなんですから」
「まぁそう言ってくれるなミラ、あの2人は他人よりちょっとだけ毛量が多いんだ、俺も現時点ではフッサフサだからクソ暑くて敵わんぞ、あぁ、ハゲが羨ましいぜホントに」
「ご主人様、今夜寝ている間に全剃りしてあげましょうか? 髪の毛の方は『勇者の力を宿したズラ』として販売すれば、日々の赤字も少しは補填されるんじゃないかと思いますよ」
「ルビア、その赤字を垂れ流しているのが誰なのか、菓子ばっかり喰ってないで少し考えてみたらどうだ?」
「……え~っと、ご主人様ですね、稼ぎが少ないのが原因だと思います」
「こんのぉぉぉっ!」
「ひぎぃぃぃっ!」
「ほら、遊んでいると余計に暑いわよ、サッサと行ってサッサと済ませて、涼しい部屋でダラダラするのが得策だと思うの」
『うぇ~い』
カレンとマーサが渋々動き出すのを確認した後に、俺も屋根のない部分へと足を踏み出す。
一瞬で黒焦げにされそうなほどの太陽光線、ここは本当に人間が済むべき場所なのかと、そう疑いたくなるような暑さだ。
そのまま北門へと移動し、馬車を数台用意するようにと要請しておき、顔馴染みの兵士が出してくれた温い麦茶に口を付けつつ待機する。
東門付近へ移動したら冬になっていたりしないであろうか、そうわけのわかrない期待をしつつ、何となくすぐ傍の城壁を見上げておく。
城壁には真っ黒の、きっと太陽の眩しさで黒焦げになってしまったのであろう忍者らしき人が、シャカシャカとその両手両足を動かしながら、こちら側へ降りて来ている最中であった。
本当にご苦労なことだな、この間といい今日といい、このクソ暑い中暑そうな格好をして、まるで物体のように真っ黒になりながら何らかの任務に従事して……いや、何かがおかしいではないか……
「なぁ、あそこ、ほらあそこだって、壁にへばり付いているのはもしかして……物体じゃないのか?」
「あら本当ね、あんな感じで王都に侵入していたわけ……でもどうして東側じゃなくて北側から?」
「わからんな、東側の警備が分厚くなって、こりゃやべぇわなんて思って場所を移動したのかな? いやそんな知能が備わっていたら驚きなんだが」
「まぁ、何はともあれラッキーだたわね、あの物体が喋る物体だったらの話だけど」
「だな、ちょっと馬車の予約をキャンセルしてくる、いやキャンセルはアレか、少しだけ待って貰う感じだな」
「でもご主人様、あっちにも物体がくっついていますよ、ほら、もう降りて来る」
「……やっぱキャンセルだな、物体共め、こりゃ本気で北側から攻勢を掛けるつもりなんじゃねぇのか?」
そこから更にもうひとつ、合計3体が北側の城壁にへばり付き、王都内へ降り立とうとしているのが確認された。
門を守る兵士らがこれに気付くのは困難であろうし、もし俺がふとそちらに目をやらなければ、近所でそれなりの被害が出てしまっていたことであろう。
ひとまずは物体が完全に降り立つのを待って、喋るかどうかの判定と同時にその動き、つまり今の単に人型というだけの真っ黒な状態から、いかにしてフルカラーのリアルな人間に化けるのかということを確認しておきたい。
門の兵士らには物体が出現したことを伝え、間違っても付近の住民がこの周辺にやって来ないよう注意してくれと頼んでおいた。
危険だとわかっていて近付くのは馬鹿であるということは確かなのだが、いくらそのような馬鹿であっても、日々顔を突き合わせる隣近所の連中が犠牲になるのは芳しくないのである……
「最初の1体が降りて来ますよっ……地上に降り立ちましたっ!」
「うむ、じゃあこれからどう動くのかをまず見ておこう、セラとルビアは残りの2体をキッチリ見ておいてくれ、最後とか面倒臭くなって飛び降りたりするかもだからな」
「物体がそんなことはしないと思うけど……まぁ、この感じじゃどうなるかわからないわね」
その他の物体については完全に任せてしまい、俺はミラとジェシカと3人で接近しつつ、その物体の動きに注目する。
地面に降りた後、しばらくの間フリーズしていたその物体は、やがてその表面が波打つようにして動き出した。
少し身長というか長さというか高さというか、とにかく縮んでしまったように思える物体。
人間にしては小さすぎる、カレンやサリナと同程度のサイズ感になってしまったのだが……その分腹回りについてはジャンボでビッグな感じとなっている。
……と、形状の変化はそこで終了のようだ、ここからはそのジャンボでビッグな腹を有した人間の姿のまま、カラーをそれらしいものに調整していくのであろう。
さてどういう感じで変色するのかと、若干期待しつつその様子を見ていたのだが……まるで大量の絵の具を混ぜたかのような、凄まじい色合いに変化したではないか。
そのカラフルな感じの……デブだな、デブは徐々に色の落ち着きを取り戻し……やがて人間が着用する服の模様に、そしてそうではない部分については、髪の毛の金色だの肌の色だの、そういう部分をジワジワと再現し始める。
「……主殿、もしかしてあの姿は」
「……うむ、昨日のデブ使者じゃね?」
「私もそう思います、というかほら、王国の官吏が着る服ですよアレは、やっぱり昨日の太った汗だく使者です」
「そういえば昨夜マリエル殿が話していたな、あの不快な使者は帰還後、すぐにマリエル殿からの報告によって王都を追放になったと、それできっと……」
「この状況で王都から追放とかかなりエグい刑だな、もう物体の餌食になれって言われているようなものじゃないか、まぁ、あのデブ野郎に関しては自業自得だがな」
昨日のデブ使者、あのまま汗だくで王宮へ戻り、汗だくのままキレ気味で過ごしていたのであろうが、マリエルによる通報が王宮へ届くと、その汗は冷や汗へと変化したに違いない。
そんなデブは夜のうちか今朝早くに王都の外へ放り出され、物体の餌食となったうえで、その物体に姿を奪われ、今まさに王都内部へ帰還したということだ。
もっともデブであった部分などほんの僅かな情報のみであって、今目の前で汗だく感まで再現されているリアルデブは単なる物体。
奴は今頃この世界どころか全ての場所から存在自体を抹消され、地獄へ落ちることも出来ずに苦しんでいることであろう。
そんな自業自得デブの姿をしている物体というのは、こちらにとっては凄く攻撃し易い対象であり、この物体もこんな姿を取ってしまったことが運の尽きだ。
変化を終えた物体は、特に力を隠すようなことをしていなかったミラに反応し、やはりそのアレな部分を、元の真っ黒な状態に戻しつつ伸ばしてきた……
「きましたっ、通常攻撃のようですっ」
「これが通常だってんなら何が異常なのか聞きたいところだが……とにかく一撃でブチ殺してしまうなよ、ちゃんと喋るかどうか確認してから消し去るんだ」
「わかっていますっ、それっ!」
ひとまずということで、物体を真っ二つに切断したミラ、それに続くジェシカが、その斬り離された両端につき、さらにふたつずつに分割する。
いや、物体に攻撃を加えるのは良いが、せっかく人間の姿を取っていたのを切り刻んでしまったら、もう喋るどころの騒ぎではなくなってしまうのではなかろうか。
まぁ、物体が人間型だからこそ喋るというのは、単なる固定概念に基づいた憶測にすぎないのであって、それ以外のスタイルを取っている場合にももしかしたら喋るのかも知れないが。
とにかくミラとジェシカにはこれ以上の攻撃は控えるように言って、ついでに城壁を降りて来ている他の物体がまだ地表に到達する段階には入っていないこともチラ見で確認し、そこからはその斬り離された4つの物体がどう動くのかを見極めることとした。
一旦真っ黒な、本来的な物体の状態に戻ったそれぞれは、またウネウネと動き出し、新たに別の何かを形作るための準備に入っているようだが……またサルにでも変化するのか?
「どうしよう主殿、この物体、何に変化するかわからないのだろう?」
「あぁ、前回みたいにサルになるかも知れないし、そうではない何かに変化するかも知れない、それがどうした?」
「いや、何か可愛らしい見た目のものに変化したらどうしようと、そんなもの、攻撃など出来ないではないか」
「そこは自分でどうにかしろよ……と、変化するようだな、これは……さっきのデブ4つじゃねぇかっ!」
『……いらっしゃいませ』
「喋ったぁぁぁっ! しかも何だいらっしゃいませって? 何がしたいんだよこのデブは?」
「ちょっと、落ち着いて下さい勇者様、確かに物体が言葉、というか音を発しましたが、今のに意味があるとは思えませんから」
4分割された小さなデブの姿になった物体のうちのひとつ、それがいきなり店員にしか許されていない挨拶の呪文を放ったのだから驚いた。
いや、しかし仮にも役人であったこのデブの記憶からこの言葉を引き出すことは出来ないであろう。
こんな暑苦しいデブに対してそのような挨拶をする店員は稀であろうし、自分が言っていたのではなく聞いて覚えていただけということも考えにくいのだ。
となるとやはり、この物体はデブだけでなく、どこかで吸収したその店員キャラの残滓も読み取り、自分のものとしているということなのであろう。
まぁ、もしかするとこの物体ではなくて他の物体が吸収し、何らかの理由で一度融合した際にそれを引き継ぎ、そしてまた分裂して、その『いらっしゃいませ』の能力を兼ね備えた物体が増えて……と、考え出したらキリがないな。
だがとにかくそうやって情報を共有し、それを伝播して、さらに元々あったものと新たに引き継がれたものを組み合わせていくうちに、ここまで高度な物体に変化していったことは確実。
このような不快なデブが、しかも4分の1スケールで爽やかな挨拶をしているという、通常では考え難いことも起こっているのだが、消滅させて吸収させた人間の残滓からここまでを再現するのは凄いことである。
で、今喋った物体はとにかく、他の3体についてはどうなっているのか……次はその隣の奴に話し掛けてみよう……
「おいコラこの腐れ外道が、ブチ殺してやるから何か喋りやがれっ!」
『……いらっしゃいませ、毎度ありがとうございます』
「おっ、ちょっと口数が増えたじゃねぇか、そっちのはどうだ?」
『……ありゃがっしたーっ! オーダーはいりゃりゃーっす!』
「どこかでラーメン屋の店員が犠牲になっていたようですね……」
何となくではあるが、この物体か他の物体か、とにかく物体の犠牲になった『店員』の正体がわかってきたような気がしなくもないところ。
だがやはりこれらの物体はどれも、外部からの刺激に対して言葉のような、そのように聞こえるだけの音を発しているだけの状態である。
当初、真っ黒なままの物体同士が会話をしているような光景を見たには見たのだが、やはりあれは言語によるコミュニケーションではなかったようだな。
ひとまず地上に現存する物体を全部消滅させ、次に降りて来るのであろう、城壁をシャカシャカしている物体に目をやり、そしてそれを見張っていた仲間達に様子を聞く……
「どうだセラ、何か変わった動きは見られたか?」
「そうねぇ、特にヘンではないけど、何だか結構考えて動いているような気がしてならないのよね、どこをどう通ったら良いか選んでいるというか」
「……確かに、手足を引っ掛け易い場所を探りながらみたいな感じだな、こりゃいよいよ人間化してきたぞ物体共め」
徐々にではあるが人間らしい動きを身に着けつつある物体共、このままいくと来週を目途に完全な、志向して喋る人間が出来上がってしまうのではないか。
もちろん物体特有の、叩いても痛いと言わないという特徴も、あっという間に消し去られてしまうに違いない。
俺達はこのまま物体の人間化をみていることしか出来ないのか、何か対抗する術はないのであろうか……




