1018 対応するには
「何だろう、また変化するみたいだけど、今度は何をモチーフにするんだ?」
「面白そうだからこのまま見ておきましょ、どうせあとはコレだけだし……まぁ、向こうの方ではまだ襲われている人が居るみたいだけど」
「まぁ、これだけの騒ぎの中で物体に近付くような馬鹿は助ける理由がないぞ、それよりも比較的簡単だったな、形状的にはアレでも、戦ってみれば普通の物体と変わらないじゃないか」
「そうではありますが……やはりこのタイプの脅威は人間の形をしているということ自体だと思いますよ、ほら、人間だと思えば普通は警戒しないし、そして皆が人間を警戒するようになったら……」
「うむ、場合によってはだが、人々が皆疑心暗鬼になって大事に発展するだろうな、魔女狩りどころの騒ぎじゃなくなるかも知れないぞ」
「それどころか人族同士の無差別大量殺戮合戦に発展しそうです、そうなる前にこの人型物体をどうにかしないと」
非常に細かい状態、ウズラの卵と同等のサイズになってなお、形を変えて何かの生物を模したものになろうとしているらしいその物体。
おそらくは『喰ったことがある』生物となるのであろうが、サルに変化したということはサルも、人間と同じように吸収してしまったことがあるということなのであろう。
この世界においては、どれだけ小さな生物でも魔力を有しているということなのだが、こと魔族と、それに最も近い人族、その他レア種族を除けばその分量は微々たるもの。
例えば異世界からやって来てかつ魔法センスがほぼほぼゼロの俺と比較する場合、まず俺を1とするとどうなるか……だいたいではあるが『カブトムシ:2』、『ハツカネズミ:5』、『他その辺に居る中型畜生:15』程度といったところであろうか。
勇者としては極めて残念な比較になるのだが、その辺りは同じ異世界人である魔王も、どうせその程度の魔法センスや魔力しか持ち合わせていないと思うので問題ではない。
で、話を戻すと、そのようにして魔力を有している以上、やはりそういった生物についても物体のターゲットとなり得るわけであって、雑魚だから確実に喰われないということはないのである。
むしろ分裂等によって細分化された物体にとって、手近であってさらに動くが遅く、サイズもそれなりである生物に関しては、真っ先のその餌食となる可能性が高いのは言うまでもない。
で、やはりそのような生物の形態を取ることが、今回の生き残った細かい物体による変化の結果であると思うのだが……どうも手足それぞれ2本ずつの生物に変化するようだな……
「何だろう? 小さい人間……妖精さんでも喰らったのか?」
「いえ、だとしたら最初にアイデンティティである羽が生えてくるはずだわ、これはもしかして……普通の人間、ってかさっき喰われた成金じゃないの……」
「どういうことでしょうか? サイズに関係なくデータが残っている生物に変化することになるとか、そういうことなんでしょうかね?」
「……いや、私はそうではないと思うぞ、きっと生物としての物理的なサイズもあるとは思うが、それも含めてあの成金は矮小というか、器が小さいというか……とにかくそんな感じだったのではないかと」
「そんなところだろうな、しかも見ろよ、喰われる瞬間の苦痛と恐怖に満ちた表情まで再現されてんぞ、これまで飲む表情の奴と比較して少しばかり進化したようだな」
先程喰われた成金の姿を模した小さな小さな物体、それは言うなれば『成金人形』というか、全身にゴテゴテと装備した貴金属の類まで再現した精巧なものであった。
それがあの喰われる瞬間の、本当に何とも言えない微妙な表情をして、その顔のまま固まっているのだから滑稽だ。
とはいえ眺めていてもつまらないし、そもそも危険であるため、すぐに潰して完全に処理してしまったのだが。
しかしこの物体、本当に何かを吸収するごとに僅かずつ変化、というよりも進化しているような感じだな。
ではあの王都東エリアであそこまで『育った』物体は……実際に相当な数の『獲物』を取り込んで、それを自分のもの、いや自分達のものにしてしまったのであろう。
また、個体が吸収した生物に関しては、おそらく合体の際にその相手となる個体にも受け継がれ、それが分裂した先にもまた同じように受け継がれと、そういう感じで伝播していっているに違いない。
こんな情報の伝達方法で、少ない資源の中の、さらに少ない残存情報の中から、人間そっくりの姿を再現したのは凄まじいことであると言わざるを得ないなこれは……
「う~ん、わからないです……」
「どうしたカレン、次の食事を豚の串焼きか鶏の串焼きか、どっちにするのか迷っているのか? 鶏皮がオススメだぞ」
「それもあるんですけど、この物体の人、というかまだ向こうで暴れているみたいですけど、どうやって王都の中へ入ったんですか?」
「……それは俺も気になっていたところなんだが、カレンがそうやって真面目に物事を考えていることの方がちょっとアレだぞ、明日の天気はやべぇな、槍とか降るかも知れないぞ」
「ちなみに勇者様、既に勇者様に向かって天から槍の雨が降り注いでいる最中ですけど」
「はっ? あっ……ギョェェェッ!」
無数の槍の雨に降られ、ズタボロにされてしまった俺であったが、とにかくその槍を全て回収し、売却して利益を得ることを考えるのがポジティブシンキング勇者の良いところだ。
地面に突き刺さった槍をまとめつつ、カレンの指摘について改めて考えるのだが……やはり先程考えたときと同様、いくら人間の形をしているからとはいえ、城門の兵士が『既に一度帰還した兵士』をそう易々と中へ入れるはずがない。
まぁ、よっぽどの馬鹿ばかりであればどうかはわからないのだが、一般的に考えて少しは賢さの高い指揮官が、こういう有事に限ってかも知れないが常駐しているはずであり、その意味不明な見過ごしがあるということは考えにくい。
となると上か下か、つまり城壁を越えて来たのか、それとも城壁の下を掘り進んで来たのか、その二択となる。
もちろんどちらの可能性も拭い去れない、上はともかく、下についてもこの王都の地下は穴だらけなのだ。
そんな状況の中少し考えてみると……そうだ、先程俺達が東エリアから王都に入った際に、城壁に忍者のような黒い何かがへばり付いていたではないか。
もしアレがごく普通のありふれた敵の忍者などではなく、物体が人間の形をしたものであったとしたらどうか。
その当時はフルカラーではなかったものが、王都内の環境、つまり人族だらけの状況に合わせるようにして、既存のデータからそれらしい姿を取ったとしたら、それこそ王都内にいきなり物体が出現したことについての説明が付く。
「でもさ勇者様、どうしてあの忍者? みたいなのは王都に入ろうとしていたのかしら? 物体だったらその、何と言うか……もっと手近な所に居るターゲットを狙うわけで、わざわざ城壁のこっちに来てまでってことはしないと思うんだけど」
「それもそうだよな、俺達が王都の中は安全だと判断したのは、物体が別に意思を持って行動しているわけじゃなくて、ただただ機械的に近くの高魔力体を取り込んで分裂したりするだけってことを根拠にしているんだもんな……で、今回の件、その前提が崩れてしまっているかも知れないと……」
おそらくではあるが、物体が王都の城壁の外から、たとえその壁に寄り掛かっていたとしても、反対側に居る人族を察知し、『獲物』であると判断する可能性はない。
それに壁を登ってその上を越えて、更にこちら側にやって来てから人族と同じ姿を取り、その『獲物』の警戒心を削ぐなどという芸当、相当に知能の高い生物にしか出来ないことだ。
それを現状無生物であると、単なるモノであると判断されている物体がするなど、そもそもこちらの想定の外にある事象ではないか。
もしかすると先程危惧した状況、王都に暮らす、そして外部との接続を断たれた人族の中に、全く見分けの付かない物体が紛れ込んでしまう、そしてそこから大パニックが生じるという結末が、程近くまで迫っているのかも知れない……
「ま、とりあえず残りの物体を潰してから考えましょ、ほら向こうの方なんか結構ヤバそうじゃないの、もう10人ぐらいいかれたみたいだわ」
「あぁ、じゃあそうしようか、それとここが終わったら……王宮へ行くよりは屋敷で魔王と話をした方が建設的だな、うんそうしよう」
この件について話をすべきは魔王、もちろん今も新たに回収された物体についての書籍を読み漁り、知識を深めていることであろうし、今回の件について何か対策を出し合う相手としては最適だ。
もしかしたら『人間と物体を見分ける術』というのも、どこかの書籍に記述があるかも知れないし、そういったものに期待しつつ、まずはこの近辺に侵入した物体をどうにかしてしまおう。
また、戦闘ついでに東門の詰所へ立ち寄り、城壁を登っているような黒い塊が存在しないか確認してくれと要請しておく。
一例あればまた一例、このままではきっと同じようなことを何度も繰り返した挙句、取り返しの付かないことになってしまうはず。
そうなる前に対策……は一般の兵士には不可能であるが、少なくともその特定の動きを見せる物体を発見し、それについてしかるべき機関へ報告をするということぐらいは出来る……と期待しておこう、まぁよほどの馬鹿ではない限り大丈夫だ。
で、物体の残り、というかあの兵士の顔をしたいくつかのものも消滅させ終え、その他諸々のこともササッと済ませた俺達は、ひとまずということで屋敷へ帰る。
途中、東門へ向かう王都精鋭の連中とすれ違ったのだが、その中に居たゴンザレスから話を聞くと、どうやら国の方でも『東が特にヤバい』ということを公式に認識したらしく、防御を固めるために精鋭の大半を集めたのだという。
こういうときに限って別方面から……という不安についてはゴンザレスも口にしていたのだが、この連中は俺達と違って純粋な国の機関である。
ゆえにその作戦に何か誤りがあったとしても、可能性レベルでは勝手に動くことが出来ないのだから仕方がない。
一応、俺達の屋敷がある北側については、少しばかり注視しておくと伝えておくのだが、物体が気配を持たない以上、それもなかなか難しいことだ。
そう考えながら屋敷へ帰り着くと、大騒ぎの東側とは大きく異なり、北側の屋敷がある周辺はいつも通りの日常風景であった……
※※※
「ふ~ん、そんなことがあったわけね、凄い勢いだわこの変化は」
「ふ~んじゃねぇよ誰のせいでこうなったと思ってんだこのボケッ!」
「あいたっ! 物体を物体にしたのはあんたでしょっ! そこんとこどうなのっ?」
「うるせぇっ! 俺達は正義の勇者ご一行様で、お前は悪の魔王、どっちが正しくてどっちが間違っているのか、そんなこと考えるまでもなくわかることだ、全てお前が悪いっ!」
「はいはいそこで喧嘩しない、それで、ここまでの『勉強』で何かわかったことがあるならすぐに伝えなさい、さもないとカンチョーするわよ」
「ひぃぃぃっ……えっと、そうね、やっぱり物体はその受け取った装備から徐々にベースとなった人間の情報を読み取って、だんだんとその人間に近付いていくみたい、どういう原理なのかはサッパリわからないけど」
「原理については馬鹿女神でもわからないんだから仕方ないわ、もっと位の高い奴を引き摺り出して聞かないと、でも……情報の読み取りと変化については概ね予想通りね、受け取った装備ですらそういう感じなんだから、丸ごと喰らえばそれはもう……」
物体の変化、特に人型となった後も急速にその存在の現状を変更し、新たな動きを獲得していることについては、その理由がこの情報の読み取りにあるということはわかった。
ではその読み取りの結果、どこまでリアルな『人間』を演じるようになるのかということが問題だ。
もちろんコントロール化にあれば、指令によってそこそこの動きは見せるのであろうし、それは幻想魔王でも確認済みである。
だが現在の、もはや野生の物体として増殖を続けている状態において、それがどの程度までであるのかということを知っておきたいのだ。
まぁ、ここに積み上げられた物体関連書籍には、物体がコントロール下にあるということを前提にしての記述しかないのであろうから、それを知るのはかなり難しいことか……
「う~ん、そうねぇ、そういう感じの記述の本だと……本じゃないけどコレよね、もしかしたら載っているかも」
「何よその薄い冊子は?」
「物体の取扱説明書みたい、初期は完全受注召喚だったのが、そのうちにこういう感じで召喚済みのものを市販する感じになったってことね」
「色々とアレすぎて現物を見せないと売れなかったのかな……」
「まぁ、そんなところでしょうね、それでえっと、この説明書によると……『危険! 物体に装備させた自身の物を取り外さないで下さい、死亡に繋がる恐れがあります』だって」
「そんなこたぁわかってんだよ、他には何か記載がないのか?」
「そうねぇ、『万が一暴走した場合:諦めて下さい、この世の終わりです』って書いてあるわね」
「・・・・・・・・・・」
結局不安のみ煽り、特にこれといった情報を提供してくれなかった取説、本当に無駄なことをしてくれる。
だがこのような薄い冊子状のものであれば、数ある資料の中からパッと取り出して確認することが可能。
その作戦で多角的な情報をかき集めるべきだという意見がチラホラと出始めたため、ここで魔王に対し、これまで眺めていた難しそうな分厚い書籍に代えて、比較的薄い簡単そうなものを連続で確認していくようにと命じる。
すぐに作業に取り掛かる魔王、山積みにした書籍の中から薄いものをいくつか取り出し、凄いスピードでそのわけのわからない文字に目を通していく。
しばらくしてふと止まり、一度呼んだと思しき位置をもう一度確認するような仕草を見せたのだが、これは何か発見したということで良いのであろうか……
「あったわ、これよ、この記述はかなりアツいと思うのよね」
「どれどれ……いや読めねぇし、何が書いてあるか口頭で頼む」
「えっとね、タイトルとしては『物体と人間との見分け方』ってことなんだけど……良いわよね?」
「おうっ、それだそれ、早く内容を教えろ」
「ここに書いてあるのはね、『物体とそれが擬態している人間は本当に瓜二つであって、一見してその差を認識するのは非常に困難なことです。ですがひとつだけ、物体と人間とには違いがあります。物体は叩いても痛いなどと言いませんが、人間の方はどうでしょう? 失礼でなければ、あなたの隣に居る人間と物体を同時に引っ叩いてみて下さい。きっとそれなりの反応を得られることでしょう。今、痛いと言った方が人間なのです』だって」
「……ルビア、ちょっと尻を丸出しにしてこちらに差し出せ」
「あ、はいどうぞ……きゃいんっ!」
「引っ叩かれて痛いか?」
「凄く嬉しいです、もっとお願いしますっ」
「……おい、痛いとは言わないがルビアは確かに人間だぞ、尻も柔らかいしなっ!」
「ひぎぃぃぃっ、さ、最高ですっ」
「そういう稀有な例は除いて、一般的に考えなさいよね……え? ちょっと私はその……いったぁぁぁっ!」
「ふむ、確かに痛いと言うようだな、理解させて頂いて感謝だ」
ということでこれが物体と人間の違いらしい、まぁ、あの虚ろな表情で、話し掛けてもまるで反応が得られない状況なのだから、やはり痛みは感じない、というか人間の真似をしているだけの生物ではない何かなのだから当然か。
で、その情報に基づいて物体対策のガイドラインを策定するのであれば……とりあえず疑わしい奴は棍棒などをもって殴打すべし、といったところか。
その結果として死亡したり、死亡しないまでも再起不能となったり様々ではあろうが、コレも物体対策のためなのだから仕方がない。
この『判別方法』を王都内に広めれば、きっと紛れ込んだ物体である者の発見は容易くなり、そして王都民は……互いに棍棒で殴り合い、生き残った者が勝者として君臨することに……それではダメではないか……
「う~む、王都民を殴り合わせる作戦は無理がありそうだな……」
「それにご主人様、いずれ物体の方もそれに対応した変化を遂げるんじゃないかと、そう思いますわよ私は」
「そうかな? とりあえず王都民をブッ叩いてみるというのは面白そうだぞ、通常の人間にはアレだが、ムカつく貴族とかには確実に死に至る程度の打撃を与えてだな、どうだ?」
「それ、単にムカつくから殺しているだけじゃないの……」
なかなか話がまとまらないのだが、とにかく王都の人間の中に紛れ込み、そして順次活動を開始するのであろう物体を、そうでない通常の人間と見分けるための方法を確立するのが急務だ。
これさえ簡単に出来てしまえば、まぁ最初に近付いてそれを確認した者は喰われて死んでしまうであろうが、それによって『物体が出現した』ということがわかれば万々歳、その犠牲者は英雄である。
あとは通常通り、俺達やその他の戦える者が駆け付けてそれをどうこうしてしまえば良いのであって、それで王都の平和は守られるということ。
具体的な手法については少し意見を重ねていく必要があるとは思うが、大体こんな感じの作戦でいくということはもう決定としてしまっても構わないであろう。
後程王宮へ行って、この件に関して国の中枢に話を通し、こちらの案として押し付けるようなかたちで……と、その王宮からの使者が、屋敷の前にやって来て馬車から飛び降りたではないか。
これはまた何かあったなと、そういう嫌な予感に苛まれつつ、もちろん嫌々ながらその王宮よりの使者を出迎えたのであった……




