1017 初の実戦
「ちょっ、押すんじゃないっ、もうちょっと距離が必要だろうっ!」
「勇者様ガードがあるから私達は大丈夫よ、それにほら、何か動きを見せる感じじゃないし、ちょっと行って突いてみてちょうだい」
「俺がやべぇだろぉぉぉっ! あっ、誰だ背中を押すのはっ、待て、マジで落ち着けっ!」
「ビビッてんじゃないわよ、ほら話し掛けてみなさいっ」
「あっ、えっと……どうもこんにちは、異世界勇者です……」
『・・・・・・・・・・』
ほぼほぼわかってはいたことなのだが、やはり俺が近付いても反応どころかこちらを見さえしない、まるでその場にある銅像か何かのような、そんな雰囲気の物体らしきモノ。
姿形が人間であるというだけでこうも不気味なものなのか、そしてコレが人を喰らったというのは、果たしてどのような方法でそうしたのであろうか。
ひとまずということでさらに接近して様子を窺う……やはり魔力が強い者であってより捕獲し易い者に反応して襲い掛かるという物体の性質は残っているのか、魔力は最初からカラッポのようなもので、比較的サイズが大きい俺には特に興味、というか何というか、反応の類を示さないようだ。
話し掛けることが無駄なのはもうこれまでの経験からわかっていることだし、ここは周りを囲んでいる兵に事情を聞いてみるべきか。
その『人を殺して喰らう』瞬間を実際に目撃したわけではなくとも、目撃者からの証言で知っている兵が少しは居るはずなのだ……
「……誰か、コイツがどうやって人を喰らったか知っているかっ?」
「いえそこまでは、ですが路地裏で食人事件が起こって、この男がその犯人で間違いないとの通報を受けたのです、そしたら探している者であることがわかって……ここに居る兵が知っているのはそのぐらいです」
「チッ、使えねぇ野朗共だな、減給すんぞ減給、だがちょっとアレだ、そんな使えもしないゴミのお前等に命令がある、実際の目撃者を探して来い、10秒以内に連れて来ないとブチ殺すからな」
「いや、そのパワハラ紛いの、しかも上役でもないうえに人間と比較して知能も低い勇者殿からの命令など……」
「10……9……8……ほら死にたくねぇならとっとと行きやがれゴミ共がっ! 5……4……3……」
「仕方ありませんね、先程の目撃者の方をここへっ!」
「全く、最初からそうしやがれってんだ、で、その目撃者のおっさんは本当に詳細を知っているのか? おいどうなんだおっさん!」
「へ、へぇ、私は路地裏で、確かにその男が腕……ではなくアレを、真っ黒い何かをみよぉ~んと伸ばして、それでその辺のチンピラを巻き取ったと思ったらですね、それがサァァァッと消滅してしまうのを目撃したんです、しかもその直後にその男がちょっとデブになったものですから、あぁ、喰ったなと直感致しまして、はい」
「あぁ、喰ったな……じゃねぇよ、どうしてその瞬間にコイツを取り押さえなかったんだよ? アレか、お前もガチで使えねぇクソ野朗なのか、じゃあもう良いよ死ねよ」
「いえ私は戦えませんし、そんな危険な生物を取り押さえるなんて不可能ですよ、近くに居た憲兵に知らせるので精一杯でしたから」
「はぁ? 戦うことも出来ねぇならとっとと死ね、このゴミクズがっ!」
「えぇ……」
「勇者様、超イライラしているわね、面白いわ」
「だがああやって一般人などに当り散らすのはどうかと思うぞ……まぁ、主殿にとってはいつものことか」
とりあえずということで一般の兵士と、それから目撃者である一般のおっさんに対し、俺がこんなわけのわからない、明らかに物体であるモノと、タイマンでどうこうしなくてはならない状況についての怒りをぶつけておいた。
まぁ、押し出されて1人で対応させられたからといって、そうさせた仲間を恨むのはお門違いであって、悪いのはその光景を周りで見ていながら何もしなかった兵士や野次馬の連中なのだ。
と、それでもその中の1人、異世界勇者様たるこの俺様にキレられるという大変名誉な役回りを演じてくれた目撃者おっさん、これが提供してくれた情報によって、この人型物体の捕食方法はわかった。
ついでにその当時の状況をもう少し詳しく聞いておこうということで、物体がまだ動く様子を見せないことを確認した後、おっさんの胸ぐらを掴んで優しく問い掛ける。
ビビるおっさん、ここでウ○コでも漏らそうものなら勇者侮辱罪で即刻死刑に処すことが出来るのだが、そこまでのアクションは起こさないらしい。
恐怖に震えながら、おっさんは俺に対して事件目撃当時の状況を詳しく、丁寧に話し始めた。
まず、おっさんが路地裏に入ったのはショートカットのためであって、ヤバそうなチンピラが居ないかを確認するため……と、そこはどうでも良いところだ。
で、置いてあったゴミ箱の陰から様子を見て、今にもカツアゲしそうな顔をしたチンピラと、そのチンピラがナイフをペロペロしながら待ち構える先へ、特に何の感情もなくスタスタと歩いて進むこの物体の姿があったとのこと。
当然ながらチンピラはこの男に襲い掛かり、ナイフを持っているというのになぜか土魔法を用いた攻撃を仕掛けて……そこからは先程の説明通り、この男のあの部分が伸びてチンピラをどうこうしてしまったということだ。
なるほど、犠牲者はチンピラではあったものの、そこそこの魔力を有していて、それゆえチンピラ然としたナイフ攻撃でなく、初手で攻撃魔法を使ってくるような奴であったか。
そして物体が物体である以上、その魔力に引き寄せられ、あたかもこれからカツアゲに遭う人間かのように近付いて、そして結果がこうなっているということだ。
現状、この広場で兵士がこの男を囲んでいるということは、コイツがそのチンピラを喰ったのはこの付近の路地裏で、そこから移動して来て……いや、だとすると少し妙だな……
「おいおっさん! ひとつ聞きたいんだが、この男がそのチンピラを『喰った』現場はこの近くなのか?」
「い、いえ、私がそれを見たのは王都の東門付近でして、そこで憲兵に知らせて、特徴を伝えたらそれは王国軍の兵士だと、で、それらし者を取り囲んだからその顔を確認してくれと言われて、そのまま馬車に乗せられてダッシュでここへ……間違いなくあの男です、はい」
「……お前さ、このボーっとした、問いかけに対して反応もないし、ついでにさっきから動こうともしない男がさ、東門付近からここまでどんなスピードで移動したと思っているんだ?」
「いえ、その……事件を目撃した際には凄く俊敏でしたから、そのチンピラを喰った後もスタスタと歩いて立ち去っていましたし……」
「じゃあもう違う奴じゃねぇか、コイツと同じ顔をした、別の個体が居るに決まってんだろうっ! そんなこともわからないのかこのボケェェェッ!」
「えっ、知らな……ギャァァァッ!」
使えない目撃者のおっさんを放り投げ、誰にもキャッチされずに地面に叩き付けられて痙攣し始めたのを確認した後、俺は全てを察したであろう仲間達にアイコンタクトを送る。
やはり大半は事態がどうなっているのかについてわかっているようだな、一部全く興味がないとか、腹が減ったと言いたげな顔をしている者もあるが、基本的に問題とはならない。
で、この事態なのだが、明らかにこの物体、今俺の後ろで『止まれ動くな』という命令に律儀に従い、帰宅せよとの命令を中断して突っ立っているものとは別に、同じビジュアルであって、それでいて俊敏に動き、魔力が高い生物を捕食するという機能を取り戻したものが存在しているということ。
そしてそれは王都の東門付近で、今も完全フリーの状態でウロウロしているということもまた重要な事実であって、この先何らかの事件に繋がりそうな要素のひとつ。
すぐに該当する地域へ向かってその物体を発見しなくてはならないのだが、果たしてどこからどうやって王都へ入ったのか、それが気になるところではある。
兵士の格好をしているから城門の通過がフリーなのか? いやさすがにそれはないであろうな。
昨日東門から出て行った斥候の5人は、あのような状態、というか物体にすり替わってはいたが、名目上は無事帰還済みなのだ。
それの中の1人と同じ姿形の何者かが、追加で帰還したとなればこれは大事どころの騒ぎではない。
どちらかがニセモノであるとして、両者をとっ捕まえて見比べるぐらいのことは既にしているはず。
だがそれがない、ということはどういうことなのか……やはり何らかの方法で王都内に侵入したということだな、しかも人間としてではなく、物体として侵入を果たした後に形状を変化させ、この男と同じ姿形になったのであろう。
まずは現地へ向かうところだが、その際には住民、また王都食糧増産計画だか何だかに利用されている、投降した魔王軍の連中もどこかへ避難させてやる必要がありそうだな……
「マーサ、お前はちょっと先に行くんだ、農地の方に物体が出現して、上級魔族の大集団を感知してしまったら大事だからな」
「わかった、じゃあシュシュッと行って……とりあえず建物の中へ入っていて貰えば良いかしら?」
「それで構わないが、念のため隙間とかをめっちゃカツカツにしておくんだ、どうせ短時間だからガムテで密閉してしまっても構わない」
「うんっ、でも1人じゃ大変だから誰か来てちょうだい」
マーサに付けるのはマリエルと、それからユリナ、サリナにジェシカ、これだけ居れば避難誘導をしつつ、もし万が一あの物体がその場に出現したとしても、それ相応の対処をすることが可能であろう。
念のため、敵の実力がわかるまでは積極的に近付くことはしないようにとの忠告をしておくが、誰かがそうしようとしてもユリナが冷静に止めに入ると思うので大丈夫そうだ。
で、残ったメンバーで東門付近へと飛ぶようにして、実際一部は飛行しながら移動し、『物体として活動している方』の物体を探し始めた……
「どこだ? オーラがないからまるでわかりゃしないぞ、どうやって捜索すれば良いんだ?」
「普通に目視で探すしかなさそうですね、それか次に誰かが……」
『ギャァァァッ! 何だコイツはぁぁぁっ!?』
『ひっ、人殺しぃぃぃっ! って俺もギャァァァッ!』
「……わかり易くて結構なことですね、犠牲になった方々は大活躍だと褒めてあげたいです」
「だな、とりあえずあっちか……」
『人殺し、じゃなくて喰われるぅぅぅっ!』
『おいっ、同じ顔の殺人鬼がっ、あぁぁぁっ!』
「……増えているみたいですね」
「だな、とりあえずあっちとあっちか……」
『助けてくれぇぇぇっ!』
「・・・・・・・・・・」
いくつかの方角から一斉に聞こえ出した悲鳴だとか断末魔だとか、とにかく誰かが物体に襲撃され、その場で吸収されてしまっているというのが明らかである。
とはいえ俺達がバラバラになって、物体が人を喰らっていると思しきそれぞれの方角の様子を見に行くのはリスクが高い行動であろう。
ここはひとまずどこか1ヵ所に狙いを絞って、そこにある物体のひとつを確認し、可能であれば討ち果たすべきところ。
俺達が向かうのは最初に悲鳴を上げたラッキーな犠牲者……はもう死んでしまったのであろうが、とにかくそちらへ行ってみることとした。
こちらが向かうと同時に、事件現場と思しき場所付近から1匹の成金風デブが駆けて来る……事件の生存者に違いないゆえ、少し話して事情を聞いてみよう……
「はいどーも勇者パーティーです、事件ですか事故ですか? それとももっとすげぇ何かですか?」
「たっ、助けてくれっ! おかしな兵士が突然暴れ出してっ、その、何というかアレな部分が伸びて人間を喰らったんだっ!」
「そうですか、それは残念なことですね、ではまた、機会があって、あなたが生きていましたらどこかで、ほら、もう戻って犠牲になって下さいな」
「そんなっ? わしは、わしは上級王都民なんだっ、金ならいくらでも出すからっ! 頼むから助けてくれっ!」
「出たましたね成金固有の台詞、ですがお金を払うというのであれば考えなくもありません、ひとまずこの全財産を譲渡する旨を記載した魔導文書にサインをして下さい」
「わかった、わしの全財産をくれてやるから助けてくれっ!」
「はいありがとうございます、全財産を受領しました……と、考えた結果助けないことと致しました、ではこれで」
「そんなぁぁぁっ!? あっ、もうアイツがこっちに……」
成金とくだらないやり取りをしている間に出現した物体、確かに顔はあの帰還斥候と同じ……ではあるのだが、もはや太りすぎて兵士の制服ははち切れそうな勢いであって、全くの別人かつ通常は本当に衣服が破断して全裸になるほどの……
いや、おそらくあの衣服の部分はキッチリ再現出来ていないようだな、衣服を着た人間という感じだけは醸し出しているものの、実際にはそうではなく、むしろボディペイントをしただけの変態全裸野朗に近い状態だ。
で、俺達は極端に力を抑え、まるでそこに何も居ないかのような、魔力的な静けさを演出する。
それが出来ない、そんなことが人間に出来るものだと知らない成金は、あっという間にその物体に狙われてしまった。
伸びる触腕のような……アレだ、もう表現のしようがないのだが、とにかくその部分だけが真っ黒の、フルカラーではない物体のそれと同様のものとなり、這いずり回って無様に逃げる成金をグルグルと巻き取る。
次の瞬間には崩れるようにして消えてしまった成金、だがその全財産は俺達のものとなっているため安心……いや、受取人がミラ個人になっているのは気のせいか。
とにかくこれで改めてこの兵士が物体であるという確証を得られたわけだが、ここからどう対処していくのかが俺達の腕の見せ所だ。
既に多くの一般王都民が騒ぎを聞き付けて集まり出しており、今しがた死亡した成金の無様な最後を見て歓声をあげている者も多い。
しかしその成金を討ち果たしたのが大変に危険なものであるということについては、未だ集まっているほとんどの人間が理解していない様子。
俺達は攻撃を受けないようにする術を知っているのだが、この連中はやはり成金同様、そのようなものを一切知らない戦闘素人集団。
次に物体が何をするのかわからないし、ここはひとまず下がるように警告すべきか……いや、この状況で何を言っても無駄であろうし、勇者パーティーが来ているからもう大丈夫であるという民衆の期待を裏切りたくはない。
となれば直ちにこの物体を排除し、この付近に平穏を取り戻すのが俺達の努めであるのだが、さて……
「勇者様、ひとまず魔法で、離れた場所から攻撃してみるわ、このコーティング杖、たぶん1回の攻撃じゃダメになったりしないと思うし、控え目というか全力で威力を絞ればだけど」
「だな、じゃあまずセラから攻撃してみてくれ、その後で、というかそこで終わりにならなかったら全員で攻撃しよう、面子が揃っていないから注意してな」
『うぇ~いっ』
こうして新型の、人間のような姿をした物体との初めての実戦が幕を開けたのであった。
まずはセラによる魔法攻撃、いつもは比較的透き通った風の刃も、今回ばかりは真っ黒なコーティングが施されている。
それが凄まじい勢いで飛び、ターゲットである物体の人間でいう腰付近をザクッと切断して……アッサリ斬れた様子であり、その斬られた断面付近には煙のようなものが上がった。
消滅しているのだ、攻撃を受けた部分のみについてだが、やはり時空を歪めるコーティングを施した攻撃は物体に対して、たとえそれが人型のものであっても有効ということ。
栄養を吸収した分だけデブとなっている物体は、その切断面の面積も広く、一度の攻撃で相当な量が失われた様子。
だがそのまま完全に消滅してしまうようなことはなく、切断された上半身がドサッと地面に落ちる。
湧き上がる歓声、人々は皆俺達勇者パーティーの勝利を確信しているようだな、だが相手が物体である以上、これで終了となることはまず考えられない……
「上も下も動き出したわ、気持ち悪いわねぇ」
「ふむ、再接続とかはしないようだな、それぞれがそれぞれで動き出して……真っ黒な物体に戻ったぞ」
「きっと形を認識することが出来なくなったんだわ、てか外野うるさいし、先にそっちを殺して良いかしら?」
「精霊様、そういうのはやめておくのが得策だ、相手は悪ではなくて、単におろかなだけの民衆だからな、それよりも……何だろうかあの動きは?」
セラの攻撃によってかなりの部分を失いつつ、ふたつに分離した物体が取った行動というか動きというか、それはまた今までみたことのないものであった。
何かを形作ろうとしているのは確かだが、頭が生え、腕が生えて脚が生えて……最後には尻尾が生えたうえで、徐々にではあるが色を取り戻しつつある。
あの形状は……サルだ、間違いなくサルであって、変化を続けていたカラーも茶色のような感じのところで固定され、そして連携するような大ジャンプを見せたではないか。
「来るぞっ! カレンはそっち、ミラはもう1体を相手しろっ!」
「とぉっ、やぁっ! っと、また半分に割れちゃいました、でもだいぶ小さくなりましたよ」
「こっちもですっ、あ、たぶん16分割になってしまいましたね、これは……とにかく潰しましょうっ!」
更に分裂し、今度はかなり小さな真っ黒の物体へと変化したそれら、全員で力を合わせてそれを完全消滅させている最中、避難誘導へ向かっていた仲間達も合流し、すぐに状況を理解してそれに参加する。
攻撃するたびに分裂したり、そのまま消滅したりと様々な物体であるが、もう少しで全部につき完全に消し去ることが出来ると思ったところで、少しばかりの間手付かずになっていた個体が、先程の変身のときと動きを見せた。
また何やら変化するというのか、しかしサイズ的にはもうウズラの卵程度なのだが……




