1026 始動
「……大変なことがわかったぞ、これは大変なことであってさらに大変なことだ、とんでもなく大変とも言うな」
「何よ勇者様、青い顔して戻って来たと思ったらいきなりわけのわからないことを……もしかしてあの斥候の人達とか、あとあのうぇ~いの人みたいになっちゃった?」
「なってたまるかよ、アレな、どう考えてもヒトじゃなくて物体だぞ、気配もないし、生命感とかそういうものを一切感じないんだ、動きの方もとても人間のそれとは思えないし、確定だと思って欲しい」
「そんなまさか? 主殿、もう一度行ってしっかりと確認して来るんだ、物体が人型に変異したのはまだ昨日とかそういうレベルの話だし、そんなにすぐフルカラーのリアルビジョン人間に変わるわけがないだろう?」
「いや、そもそも単なるスライムの状態から始まって、ここまで来るのに相当な進化を遂げているんだ、もちろんアレが生物であった場合の話だがな、だからモノクロ人間からフルカラー人間に至るまでの時間的距離、そこはそんなに遠いものじゃないんだよ実際」
「なるほど、単細胞生物から人間に変化した過程を辿ったことを考えたらって話ね、だとしたらここからさらに変化、というか超進化してチンパンジー型になるのも時間の問題じゃないかしら?」
「やっぱり精霊様の中でもヒトよりチンパンジーの方が上なのか……」
とにかく仲間達に伝えたい、あのボーッとしてしまっている人間のような姿をしたものが実は物体ということを。
昨日確認した際にはモノクロ、と言うか真っ黒の影のようなものが、形状だけ人間を模していたような漢字であったが、今はもう段階が違うのである。
屋敷にて魔王が主張したように、本来は赤、緑、青の3色から選べるばずの物体が、この世界においては魔王がアホなせいで全部混ざって、真っ黒な状態で出現し、その三原色を用いてフルカラーになったのだが……それが、その機能が今、物体そのものによって取り戻されたのだ。
ここまで、あの魔王パンツを剥ぎ取って没収した際からずっと続いていた、単にコントロール下を脱して暴走しているだけの物体とは違う。
物体なりに考え……ているのかはわからないのだが、とにかく取り込んだ人族や魔族の、その溶かして魔力に変換し切れなかった僅かな部分から情報を得て、より人間らしい姿に変化しているということ。
そしてあの帰還した斥候だという5人、戻っては来たものの、全く無表情で話もしなくなってしまったあの連中は、おそらくあの場で突っ立っているだけで何もしようとはしないうぇ~い系チーンBOWの人と同じ、物体が人の形を成した、喰らった人間を模したものなのであろう……
「とにかくさ、勇者様の言う通りならかなりヤバくないかしら? ここのアレも、それから王宮に居たあの動かない人達も……急に動き出して物体感を出したりしないわよね?」
「わからん、あの状態で止まっているということがどういうことなのかも、それにどうして『帰還する』ことだけはしたのかということもだ」
「きっと変化、いや進化の途中なんですわ、昔サリナとホムンクルスを創って遊んだときにありましたが、やっぱり姿形、能力だけ似せたとしても、いきなりは思考がついていかずにフリーズしてしまいましたの、だから今回もそれと一緒、しばらくはあのまま動かなくて、そして一旦形を変えて、もっと段階を踏んでから良い感じに『喋って動く人形』を形成するはずですわよ」
「いやユリナお前なんてもんを創って……いや、だがそういうことなんだろうな、皆はどう思う?」
「概ねそんな感じなんじゃないかしら、確かにアレはもう物体より生物の方が近くて、どちらかというとホムンクルスに寄っているような気がするわ、で、あの感じのリアルなのは実は失敗作ということね」
「じゃあ精霊様、アレはそのまま放っておくとどうなるんですか? やっつけに行っても良いですか?」
「やめておいた方が良いわ、下手に形を崩したりすると何か新しい要素を取り入れるキッカケになってしまうし、あとあのまま放っておいた場合には……どうなるのかしらね?」
精霊様にもわからない、そして他の賢い系キャラにも、今のカレンの『あのまま元祖うぇ~い系チーンBOWの人の姿を下物体と思われるものを放っておいたらどうなるのか?』という疑問に答えることが出来なかった。
もちろん俺にもわからないし、そのままエラーを吐き出し続け、フリーズしたまま本当にオブジェと化すのか、それとも自ら何かを修正し、改めてその完成形である今の姿を、不良品でない状態で取ることが可能なように調整していくのか。
そしてその感じであれば、これからあの人型物体がどうなっていくのかにつき、なにもここであの元祖うぇ~い系チーンBOWの人を見張る必要はない。
王宮へ戻り、あの何も喋らなくなった、そしてなぜか指示にだけは従う斥候兵……の姿をした者を、安全な場所に保管しつつ監視しておけば良いのだ。
まぁ、物体が成長するためには餌となる人間などが必要であり、この森と安全な王都内ではその遭遇率がまるで違う、というか王都で秘密の場所に保管すれば餌は得られない。
だがそれについては王都内でも、自販機で死刑囚を購入するなどして調達可能であるから問題はないか。
とにかく、何か事が起こる前に王宮へ戻り、あの斥候であったはずの5人を隔離することとしよう……
「それでご主人様、あのうぇ~いの人と、必死で話し掛けている無能の人はどうするんですか?」
「……ルビア、アレ両方欲しいか?」
「普通に要らないですけど……」
「良いわよ、あのまま語り掛けを続けるように命令して、そのまま放置しておきましょ、次に来たときにそこから何かわかるかも知れないわ」
「確かにそうだな、じゃあちょっと行って命令を伝えて来る、他の無能連中は……まぁ、自力で帰らせようか、これ以上こんな馬鹿共に構ってはいられないぞ」
ということで最初に任務を与えられ、楽な仕事だと息巻いてそれに請けた大馬鹿者に対して、寝ても醒めても死んでも生きても、もちろんその元祖うぇ~い系チーンBOWの人が、物体の本性を表して襲ってこようとも、ひたすらに話し掛けるよう命じてその場を去ろうとする。
……と、何やら言いたげな表情ではあるのだが……なるほどそういうことであったか、自分がこれからどうなるのかについて不安なのだ。
特に発言することを許さず、お前は死亡する危険がかなりあるミッションに従事しているということを伝え、確認を取っておく。
そのうえで『形見』としてポケットに入っていた財布を受け取りその中身は……鉄貨が7枚も入っているではないか、こんな無能の分際で俺様よりも金持ちだとは許せない。
中身の鉄貨は全て俺の財布に収納し、カラッポになった財布はその辺に捨ててやる、きっと野生動物が始末してくれるであろうからゴミではないな。
で、発言を許されないまま半泣きになった馬鹿な捨て駒野朗に手を振り、俺はその場を去った。
この後こいつがどうなるのかについては、まるで夜の森に仕掛けた昆虫用の罠であるかのように楽しみにしておこう。
物凄く悲惨なことになって、さらにその状態でギリギリ生存し、意識もあるような感じのタイミングで出会うことが出来ると良いなと、邪悪な神にでもそう願っておこう。
で、既に樹上を移動し始めていた仲間達と合流すべく、ダラダラと歩いて帰還しようと試みている、あのかわいそうな捨て駒を除く他の捨て駒候補共の頭上を通過する。
もっと散って歩けば良いのに、こんなに固まっていたらもし物体に遭遇した際にどうなるのか、その程度のことも考えることが出来ないような無能だから、このような捨て駒小隊に放り込まれたのであろうなと考えておく。
そのまま樹上を跳び続け、森のエリアを抜ける頃には仲間達の、ジャンプするたびにチラチラ見えるカラフルなパンツを目視することが出来た。
ジェシカだけはズボンを穿いているのでアレなのだが、その分サボッて普通に飛行している精霊様は常に丸見えであるため、行って来い打と考えておくこととしよう。
最後の最後で追い付き、一番遅れていたルビアをガシッと掴んで一緒に森を抜けると、王都の城壁が見える……のだが、少しばかり黒い点が、これまでにはなかったものがあるような気がしなくもない。
まぁ、かなり遠いので見間違いであろうが、もし何かがへばりついていたとしたら、その黒さからして物体なのではないかと思ってしまうところ。
いや、これまで物体を見続けて、それが脅威だと考え続けてきたがゆえ、黒い塊のようなものを見ると物体だと思ってしまうのであろう。
壁にへばりついているような黒いものなど、普通に考えれば火魔法による攻撃あの跡か、動いているのであれば敵忍者か、その程度のどうでも良いものであるはずなのにだ……
「っと、よそ見していて着地に失敗するところだったぜ」
「……あの無駄に抱えられていて、そのまま落とされた私は地面にめり込んでいるんですが」
「すまんすまん、どうにも『黒い点』を見ると物体に見えてしまってな、ほら、城壁に何かホクロ見たいなのがあると思わないか? リリィなら見えそうだが」
「んっ、う~ん……あ、動いていますね、人間さんですよきっと」
「忍者ね、敵の忍者が王都に侵入しようとしているんだわ、ホントにしょうがないわね」
「真昼間からご苦労なことだな、どうせあのバレバレな感じの奴じゃたいした情報もゲット出来ないだろうよ、放っておこうぜ」
俺達が城門を通過する頃には、その城壁に張り付いていた忍者と思しき人物は居なくなっていた。
王都の内側の壁にもへばり付いている様子はないし、どうやら無事侵入することに成功したようだな。
この件に関しては特に報告する必要もないし、侵入する敵の忍者にはそれなりの機関が対応するはずだから、特に気にしなくて良いことだ。
俺達がすべきは、すぐに王宮へ行ってあの斥候兵であった5人に化けた物体であろう何かいついて、情報を伝達しつつ、このようなケースがこれから起こり続けるということも、頭の固い王宮の連中に教えてやることである……
※※※
「そういえばおぬし等、捨て駒用に預けた兵はどうしたのじゃ?」
「あぁ、そういえば戻って来ていないな、1匹は消費したんだが、残りは帰還し始めたのを確認して戻ったんだが」
「ふむ、頭の悪い連中ゆえ、まっすぐ歩くことも出来ずに迷ってしまったのであろうな、これで無駄な給与が減ったというものじゃ」
「全くだ、俺達に感謝してその余剰分の税金を全部寄越せ、で、肝心要の報告についてなんだが……さっきまで居た5人はどうした、ほら帰還したという斥候の」
「あぁ、それならもうわけがわからんので帰らせたぞい、それがどうかしたというのか?」
「実はそれ、物体だったかも知れないんですっ!」
「……!? ど、どういうことじゃっ?」
軽いノリで話している最中に、衝撃的な事実をババンッと伝える方法でインパクトのある説明をしてやる。
それを受けて驚くババァに対し、俺は次から次へと、かなり誇張してはいるが先程王都の東エリア、森の中であったことについて伝えていく。
あの元祖うぇ~い系チーンBOWの人は、確かに俺達が研究所で見たその本人……の、事故によってチーンBOW化してしまったものと同じ見た目ではあったが、中身はそうではなかったこと。
そして『帰らせた』という同じ状態の兵士5人が、やはり同様に物体であって、即ち現状、5体の物体がそれぞれ『帰る』という命令に、僅かに存在するその元となった人間の意識で従って、王都の中をウロウロしているということなのだ。
これにはさすがに慌てたババァ、いつものように嘘偽り、誇張ではないのかなどと疑うようなことはせず、普通に人を呼んで先程帰らせた5人をもう一度集めるよう命じていた。
何となく勝ち誇りたい気分なのだが、別にババァを出し抜いてやったとか、俺達が勝利したとかそういうものではない。
単に状況が最悪であり、それについてババァが焦っているというだけの、こちらに何のメリットもない現状なのである……
「それでじゃ、あの5人……いやもうヒトではない可能性が高いのか、とにかく5体が全て集まったらどうするべきなのじゃ?」
「う~む……そうだな、まずは安全な場所に隔離して、それから芸でも仕込んでみるか? それが出来るようになるなら大事だがな」
「そうね、物体に学習能力が備わっているとしたら、そしてその学習した内容を応用することが可能だとしたら……私や女神の奴を越えるような存在になりかねないわよそのうちに」
「なるほど、して安全な場所というのは……そうじゃな、せっかくなので亜空間を使うべきかの」
「あぁ、万が一があったら閉じ込めて出入口を破壊してしまえば良いからな、国立おっぱい図書館を使ってしまおう……ちょっともったいない気もするが、背に腹は変えられないということだ」
すぐに亜空間に移動した俺達は、ひとまずそこでもう一度集合を掛けられ、きっと命令に従って虚ろな表情のままやって来るのであろう物体と思しき5体を待った。
しばらくして、まずは最も近くをウロついていたと思しき物体のひとつが、確かに人間である兵士10人程度に囲まれた状態で、やはり何の表情も持たないままにやって来る。
自力で歩き、何かを感じているような様子もないその雰囲気から、これはもう明らかにまともな人間ではない、いやまともかどうかを問わず人間ではないことが窺えるな。
通常、このように取り囲まれてわけのわからない場所へ連れて来られれば、何か嫌な予感を感じ取り、不安になったり抵抗したりということがあるはずだが、コイツにはそれが一切ない。
そしてその正体を確かめるべく、少しばかり接近すると……やはりオーラだとか何だとか、人間が本来はなっているべきはずのものがそこにないではないか。
これは森の中に隠れた物体を目視で確認したときと同じ感覚、そこに存在してはいるが、確かにあるというだけで特に何も感じない、殺気も、逆に友好的な気持ちも、こちらに対して何ら抱いていないのだ……
「……間違いない、やっぱりコイツは人間じゃねぇぞ、人間のように見えるだけの何かだ」
「つまりは物体……の、無理矢理に変化しすぎてどうにかなってしまっているものということじゃな、どうしてくれようか」
「最終的には攻撃してみて、それでどう反応するのかを確認すべきだとは思うが……残りの4体はどうしたんだ?」
「3体については発見、すぐにここへ連れて来るとの報告を受けておる、特に何の反応もないが、この『人間達』の上司から命令された際にはそれに素直に従っているとのことじゃ、残りの1体についてはまだ……」
『失礼しますっ! 急報につき無断で亜空間へ入らせて頂きましたっ!』
「何か来たぞ、お~いっ! こっちに居るぞ~っ!」
「あっ、そちらに……大臣、捜索していた斥候として派遣された者の1人でございますが、その……」
「何じゃ? 町中で何かしでかしたというのか?」
「ハッ! 目撃情報によりますと、どうやら殺人……というよりももはや食人事件を起こしたようで
現在憲兵が取り囲んで警戒しているとのことです」
「なんとっ⁉」
「動き出す個体が出てきたみたいね、これは一気に変化が進んで、人の姿をしたまま物体として振舞う個体がそのうちに出現すると思うわ」
「だな、ちょっと俺達はその現場へ行こう、コイツと、それからここに来る、まだ活動を始めようとしない物体については、一旦このまま待機させておくこととしよう」
予想の範疇から大幅に外れているとは言い難いが、まさかこんなにも早く被害が出るとは思ってもいなかった、そう感想を述べるのが妥当であろう。
ひとまず危険な存在へと急激に変化するやも知れぬ兵士を模した物体については、この亜空間に留まらせておくのが得策であるため、すぐにやって来た残りの3体も含めて整列するようにとの命令を出し、『人間』については全員亜空間を出た。
亜空間への出入口にはキッチリと鍵を掛け、精霊様が封印を施すことによってこの世界との接続を封じておく。
外で待っていた兵士らに案内され、俺達は王都の中で殺人を犯し、そのまま被害者を喰らってしまったという物体を、多くの者によって包囲しているという場所を目指す。
王宮前広場のすぐ近く、兵士だけでなく野次馬と思しき人集りが出来ていたため、その場所がそうであるということは言われずともわかった。
勇者パーティーであることを高らかに宣言しつつ野次馬だの何だのを掻き分け、全員でその中心部へ向かうと、まるで二層構造であるかのように兵士の壁が形成されている。
そしてその中心部には、やはり虚ろな表情をしたままの男が1人、いや物体がひとつ存在していた。
全く何の感覚も有していないと思われるのは他と同じなのだが……かなり太っているような、とても兵士とは思えない体型となっているような気がしなくもない。
当初、あの場に5人並んで確認した際には、全員兵士であって、その中においても密偵のような活動をするタイプであると言われて納得のいくスリムな体系の者ばかりであった。
こんな小デブはあの中に居ない、そしてコイツは人を殺したのみならず、それを喰らったというのだから……まさに物体だ、物体がターゲットを捕食して少し大きくなるかのように、この個体は人間らしく、少しばかりデブになったということだ。
口の周りに血が付いているとか、そういう明らかに人を喰らった様子は見受けられないのだが、やはり物体と同じようにして、被害者を吸収してしまったのであろう。
とにかくコレと対峙して、その動きについて見極めるのが大切であろうな、兵士の隙間から前に出て、全員で対物体用の武器を構える……




