1024 寄せてきた
「……ということなんだよ、こりゃ相当にやべぇぞ、どうしてこうなったかとか、その辺りから考えて対策を講じないととんでもないことになる、確実にな」
「勇者よ、いきなり王子を攫って出て行ったと思ったら、今度はわけのわからないことを言いに来たというのじゃな? 暑さにやられたのは理解するが、アホなことも休み休みじゃな……え? マジなのかえ?」
「だからマジだって言ってんだろぉがっ! 大マジだぞ、ホントに物体が人型になって、こっちは複数人でそれを確認したし、新進気鋭の生物兵器であるチーンBOWもそれの登場によって殲滅されちまったんだってばさ、なぁ王子、そうだよな? と、人型の物体については確認していなかったか……」
「いえ、しかしあの気味の悪いおかしな連中が物体相手に善戦していたこと、それが突如として押され、あっという間に殲滅されたということについては私も確認済みですから……あの場に敵の新たな強キャラが出現したことについては疑いの余地がありませんね」
「……ふむ、王子がそう仰るのであればじゃ、いつもろくでもないことばかりしでかしてその問題を不適切発言で助長する勇者が言うことを信じざるを得ないじゃろう」
「だから俺の評価どうなってんだよこのクソババァが……」
更に急激な変化を遂げ、遂に人型となった物体について王宮へ報告しに来るも、やはりというか何というか、そんな話をストレートに受け止めてくれる者は居ない。
それどころか俺だけによる説明では完全に否定されてしまっていたことであろう、王子という立場の者を検分役として連れて行ったのは正解であった。
で、そんな話をして、しかも信じるに値する人物からの『それにつき真実であると思料する』程度の意見が付されているというのに、ババァの方はまだ魔王城地下書庫のピンクのカーテンの向こう側から運び出した書籍の方が重要だと感じているらしいのだ。
王の間の中央、無駄の高級なテーブルに無駄に高級なテーブルクロスが敷かれ、そして無駄に高級な兵士がその四隅をガードする厳戒態勢で置かれているいくつかの書籍。
いずれも物体に関して記述されたものであることが判明しているもので、俺達が持ち帰って魔王に無理矢理読ませることを必要としているものである……
「勇者よ、今の話についてはこちらでも検証するゆえ、今日はとにかくその書籍類を持って帰るのじゃ、魔王に読書を強制することによって解析を進めて……というかこれら、おぬしがこの世界に来る前の世界の文字で書かれておるのじゃろう? どうしておぬしが読めないというのじゃ?」
「あ、うん忘れちまったっぽいんだよそれが、他のこととかは結構覚えているんだが、文字と転移当時の世界情勢と、あと台形の面積の求め方がわからないんだ」
「最後のはこの世界においてもそこそこヤバいじゃろうに……まぁ良い、とにかくこの書籍類を持って帰るのじゃ」
「……なぁ、さっきから書籍『類』って言っているけどさ、書籍以外でそれに類するものってのは何があるってんだよ?」
「ん? あぁ書籍が大半なんじゃがの、中には『冊子』とか『パンフレット』みたいなものも紛れ込んでおって、やけにリアルなフルカラーの挿絵を見るに、物体の生成を推奨するようなものじゃったわい」
「ふーん、まぁそんなのどうでも良いや、だが魔王の奴、案外最初の書籍の読解に苦労しているみたいでな、そういう簡単なやつの方が読み取り易くていいのかも知れない、じゃあその書籍類とやらを預かって……貸出カードに記入しなきゃならんのか……」
面倒な手続を経て、ついでに大変重要な『人型物体』についても上手くはぐらかされ、俺達は荷物だけ持たされて王宮を出たのであった。
まぁ、本当にヤバいことが起こっているというのは、インテリノの口から直接あの聞き分けのないクソババァに伝えて貰えることであろう。
さもないと王都が、いやこの世界全体があの人型物体によって滅ぼされてしまうこととなる。
きっとアレが通常の物体に置き換わって、すぐに支配的な立場となるであろうということは目に見えているし、早急な対策が必要だ。
で、屋敷に戻った俺達は、地下牢の一番アレな部屋にアレな感じで押し込んであった魔王を引き摺り出し、書籍類について手渡す、というか目の前にドサドサと積み上げると同時に、経験してきた重要な事項について告げる……とその前に、魔王の方からも報告があるようだな……
「あのね、今までこの本を読んでいてわかったことなんだけど、ちょっとだけ良いかしら?」
「別に構わないが、俺達の方も重要な案件だからな、くだらない話だったら後で副魔王の尻を抓り上げるぞ」
「何でそうやって他の子を人質に……と、そうじゃなくて、とにかく物体がどういうものなのかについて、それが何となくだけどわかったのよ」
「なるほど、少しだけ話を聞いてやることとしよう……」
魔王曰く、物体は確かに魔界から召喚し、使用後は『そのコントロール下にあるうちに』魔界へと返すことが必要なものであるとのこと。
つまりこの世界においてはもう手遅れなのだが、それはもう百も承知であって、俺達が知りたいのはその先だ。
魔王にそう促すと、まず、物体を召喚していたのはどこの世界のおいても超裏世界の更に奥、本当に裏の人間達であって基本的にヤバいことを生業としているような連中であった、いや現時点においてもそうなのだという。
つまり、この世界においては魔王軍の関係者、俺が前に居た世界においては……まぁ、たぶん俺の知らない人であろうし、知っていたとしてもそれは別の顔、俺達から見える範囲では世界的に有名な凄く良い人であった者が、裏ではそのようなことをしていたと、そんな感じであったことは明らか。
まぁそういう人々にも色々と事情があるに違いないから、ここで俺がとやかく言うべきではないかも知れないのだが、そういう連中がこの世界に、どうやってかは知らないが『物体に関する知識』とそれに関する書籍等を渡してしまったのだから恨みたい。
で、魔王の話はさらに続き、今度は物体の召喚に際して闇の教団に支払うべき価格と、それから召喚時における物体の形状、成功体験談などが語られる……
「え~っと、あ、そっちのパンフレットの方がわかり易いわね、ほら、フルカラーだし」
「あ、さっき王宮で渡されたのじゃないの? 色違いの物体が描かれているやつよ」
「うむ……これかこれか、はい、このパンフレットで良いんだな?」
「そうよ、ここにも記載があるの、『あなたの分身にっ! 魔の世界から召喚する物体はいかが?』ってのと、こっちには『赤・緑・青、選べる3色!』、で、一番下の凄くちっちゃいのは『最低召喚価格1億円~青天井』って記載ね、この世界換算だと安くて金貨1,000枚ってこと」
「なるほど、広く一般に……てほどじゃないのかも知れないが、とにかくその闇の教団とやらだけが召喚していたわけじゃなくて、何というかその……悪い奴等に売り捌いていた?」
「てことだと思うわよ、だってほら、こっちの成功体験談だけれども……『自分の分身を召喚することによって、闇のアルバイトだけで月3万円を得ていますっ!』とか、『人を殺してしまったため召喚しました、物体の方がお勤めに行っています』だとか、『オススメは緑か青、皆に体調悪そうだね? とか大丈夫? とか、常に気遣って貰えます』だって、ろくなことに使われていないもの」
「なぁ、今の金貨1,000枚も支払うような内容なのか?」
使い方は人それぞれであるし、自分で金を払って召喚した以上、それをどのように扱えば良いのかということを他者から強制される筋合いはない。
だがいかにせよそれ相応の用途というものが存在して……と、魔王が言いたいのはそこではないらしいな。
物体の販促パンフレットにも載っていたらしい、『選べる3色』というのが重要であったとのことだ。
魔王が主張するには、自分があの物体を召喚し、幻想魔王とした際には、この『3色の中から選べる』ということを知らず、それで混ぜこぜの、真っ黒な物体が召喚されてしまったのだという。
つまり本当は三原色のどれか、赤か緑か青の幻想魔王と俺達は戦うべきであったところ、それは混ざって黒くなり、そして……いや、幻想魔王はキッチリ魔王の色をしていたではないか。
3色混ぜれば真っ黒であるということは、この世界に限らず誰もが知っていることであって、魔王もそれを知っているはずなのに……どうしてアレが色付きの幻想魔王になったことにつき疑いを抱かないのであろうか……
「……でね、ここからが重要なの、私が呼び出した物体は本来今と同じ、真っ黒な物体であったはずなのよ」
「ほう、そこは俺も指摘しようと考えていたところだ、あの幻想魔王が普通にカラフルで、お前を完全コピーした感じのものであったことについてをな」
「それがね、あの物体は自分で、パンツから私の情報を読み取って変化していた可能性があるのよ、通常の物体とは違って」
「というと?」
「通常の物体、つまり選べる3色のどれかなんだけど、それはやっぱりほら、格ゲーでキャラ被りしたときとか、後半にデザインは一緒だけど別の強雑魚を出すときとか、そういうときに重宝するじゃないの……まぁ、だから色を選べるようにしたってわけね」
「ふむふむ、で?」
「それが私の呼び出したのは3色全部、ごっちゃに混ざったものだったわけ、で、それが私の情報を読み取ったと……そしたらどうなる? 普通は色が決定された状態で、形状とかだけを読み取るんだけど、今回は私の色合いとか、そういうところまで変化する可能性を秘めていたわけなの、それで読み取った情報に応じて三原色の値を調整して、フルカラーの私を造り上げたってこと、わかる?」
「言わんとしていることはわかるが……それがわかたっところで何の意味があるんだ?」
ここで魔王が話している、選べる3色の物体について、そして魔王は召喚時、そのことを知らずに混ぜこぜのものを召喚してしまったため、そのお陰でフルカラーの幻想魔王が出来上がった、そこまでのことについてはわかる。
だがその主張したいことがまるで伝わってこないのだ、魔王は比較的頭の良いタイプの人間であることから、説明をすっ飛ばして先へ進み、長く難解な説明で……ハゲ室長とは良い友達になれそうだなコイツは。
で、そのすっ飛ばしてしまった間の部分において、こちらに共有されるべきことが置き去りになってしまっているのだ。
魔王はその共有すべき何かにつき、こちらに危機感を覚えて欲しいのであろうが、その内容が全く見えてこないのが現状。
ちなみに賢さの高いこちら側の仲間達も一緒に居るのだが、どうせ俺と魔王が居た世界のことである、自分達の知らない場所において生じていた事象であると決め付け、あまり深く話を聞いていないのであった。
つまりこの場で魔王の主張を理解し、その中で脅威を感じているのは、必死になって説明しようとしている魔王自身のみという、実に滑稽な状況に陥っているのだ。
……これはもしかして、先程俺が王宮で、王の間で体験したことと同じではないか、ブツを見てきた俺は必至で説明をするものの、それが聞いている他者にはまるで伝わらない。
現在の魔王の気持ちは、あの場所における俺の気持ちと同じであって……待てよ、となると魔王が賢すぎるせいで説明が伝わらない……先程のは俺が賢すぎて、王の間に居たババァを始めとする連中が馬鹿すぎて説明が伝わらなかったということだ。
これは俺が天才であって、この世界で偉そうにしている連中が単なる理解力の低い馬鹿であったということを……いや、そうすると魔王が……わけがわからなくなってきたなこれは……
「ちょっと! 他人の話を聞いていないわけっ?」
「ん? あぁちょっと考え事をしていた、この世界の将来とかそういうことに関してな」
「だからっ、あの物体が色を読み取ってフルカラーになるってことは、これから景色に溶け込むような物体とか、それに他の生物に擬態するような物体が出現してもおかしくはないってことなのよ、もし何も思考していないとしても、発見し辛くなるのは凄く危険なことだと思うわ、ましてや人間みたいなカラーになって……」
「物体が擬態する? まさかそんな……て、皆どうしてそんなに青い顔をしているんだ? 選べる3色の中から青を選んでしまったのか?」
「いえご主人様、これは相当にヤバいことになったと思いますの……だってほら、さっき見てきたというその……」
「人型の物体だ、主殿、もしあの人型が、どこかでカラーを変化させるということを思い出した……というのは少しいい方がおかしいかも知れないが、とにかくさらに変化して、『フルカラー人型物体』となったらどういうことになるか……」
「……やべぇな、しかもそれだけじゃねぇだろ、きっとさらに変化するはずだ」
「えぇ、あの4体の人型物体、会話みたいなことをしていたようにも見えたわけだし、これは物体がめっちゃ人に寄せてきたと考えるのが妥当だわ」
最初は単なるモノであって、触腕のようなものを伸ばしてターゲットを捕え、吸収することぐらいしか出来なかった物体であった。
だがそれが別の技を使うようになり、そして犠牲者の技を真似するようになり、そして遂に人間のような姿になるものまで出現したのである。
そこからさらにフルカラーへ、どんどん人間に向かって寄せてきている、いや犠牲になった者、つまり物体の中にその構成成分が残ったのかも知れない者が、人か魔かを問わずほとんど人間であることを考えれば、そうなってくることについても妥当であるといえよう。
今後、もしかしたら本当に人間にそっくりな、あの幻想魔王のコントロール下にないようなバージョンの人型物体が出現するのかも知れない。
もしそうなれば戦いは大混乱に陥るであろうということは、もう口に出して言うまでもないことだ。
最悪帰還した兵士や冒険者、ハンターなどと間違えて、物体を城門の内側へ入れてしまうような、そんな事故まで起こりかねないところである。
現時点ではまだ『人間の形状』を真似しただけの、およそ人間とは思えない動きをしているような段階であるが、ここから先の変化はそこそこの速度で進むような、そんな気がしなくもない。
早急な対策を、そう思っていたのだが、これはさらにヤバいこととなってしまったため、大至急の対応が必要となる。
もう一度王宮へ行き、その可能性について、『物体人間化』の予測について伝えるべきであろう。
「速攻で馬車を出すぞ、ちょっと説明をしたいから魔王も来い、あとはセラと……精霊様も来てくれ、リリィ、急ぐから俺とセラを乗せて王宮まで」
「はーいっ」
「じゃあ魔王は私が持つわね」
「落とさないでよね、ちなみに私、高所恐怖症だからあまり高く……ひぃぃぃっ!」
そのようなことを精霊様に告げればどうなるのか、そんなこともわからなかった魔王はやはり馬鹿なのかも知れない。
超高空を猛スピードで飛び、おそらく今頃王宮のテラスへ向けて急降下しているであろう精霊様を追うべく、俺とセラもリリィに連れられて王宮を目指した。
今度は焦った様子で飛び出して来るババァ、俺が来ただけであるのに、やはり馬車を呼んでゆっくりではなく、久々に使う最速の方法でやって来たことに驚いた様子だ。
いつもこうしていれば早いのだが、リリィが待たされている時間にやることがなく、かわいそうなのであまり使うことはしない。
で、ババァに対して緊急である旨を告げ、テラスの出入口ではなく、無駄に高級なステンドグラスをブチ破って王の間へと入る。
ちなみに出入り口までは10m程度であるのだが、緊急ゆえこれについては仕方ないところ。
そんな距離を歩いているぐらいなら、可能な限り早く王の間に入って用件を伝えるべきなのだ。
「それで勇者よ、そんなに慌ててどうしたというのじゃ? その、水の精霊様が持っているボロ雑巾みたいなのは……魔王かっ⁉」
「あぁ、ちょっとかくかくしかじかでな、シカがカックカクなんだ、これはさっきの話の続きだ」
「良くわからぬが、つまりはその……非常にやべぇということで間違いないのじゃな?」
「あぁ、詳しくは魔王に話させるべきところだが……精霊様のせいで泡を吹いて気絶しているんだ、高所恐怖症らしくてな」
「良いわよ、さっきまでの説明でだいたい理解したから、ここは私が魔王の代わりに説明してあげる、感謝なさい」
「魔王連れて来た意味な……」
精霊様による正確無比な説明は、頭がカッチカチに硬くなった、ついでにその血管も物理的に硬化しているのであろうババァに対しても、やわらかく、わかり易く伝えることに成功するだけのものであったようだ。
驚愕するババァ、そしてわけがわかっていないのであろうが、後ろの方で王座に就いたままビックリ仰天の仕草を、こちらからもわかるほどのオーバーリアクションでする駄王。
後者は後でブチのめしておくとして、ババァの方に話が伝わったのであればもうそれで良い。
ここからは対策が開始され、そして人型物体についてもその存在が明らかにされ、物体の討滅やその他の業務に関与する者には、広く周知されることであろう。
あとはその人型物体、もちろん現状でもどのようなものなのかはわかっていないのだが、その先、これ以上の変化があった先で、それにどう対処していくかが問題となる。
そしてそれを会議室で考えているような暇がないということだけは確かなことであり、今すぐにでも、それらと対峙して無事に帰還することが出来る者を、最低でもあの人型物体を目撃した王都の東側エリアにだけは派遣しておくべきであろう。
とにかくすぐに動いて、可能な限りこちらが先手を打てるように調整していくのだ……




