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出遅れた勇者は聖剣を貰えなかったけれど異世界を満喫する  作者: 魔王軍幹部補佐
第十九章 島国
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1023 更なる変異

「よぉ~しっ、チーンBOW軍団を整列させてくれっ」


「うぇいうぇいわかったぞい、チーンBOWは全部につき整列! これより物体との戦闘参加に関してのミーティングを執り行う!」


『うぇ~いっ!』


「いやそれ意味ある? 馬鹿だよこいつ等?」


「うぇいうぇいそうじゃったな、ではミーティングはナシとする、チーンBOWは各々死力を尽くして戦うように、また、もう量産出来るだけの魔導データはあるのじゃから、持って帰るのも面倒じゃし、今日中に全部死んでこの世から消えるように!」


『うぇ~いっ!』


「そんな命令に対してもテンションが高いのね……わかっているのかしらこのうぇ~いの人達は?」


「さぁな、だがとにかく今日、今回の戦いでこいつ等の利用価値の有無を判断することになるんだ、見た目に騙されて雑魚だと決め付けるのではなく、実際に使えるかどうかで引き続き使用するか、或いはしないかを決定することは大切なことだから、なっ、王子もそう思うだろう?」


「いえ、私はカッコイイ怪人の方が好きです」


「まだまだガキだな、だがそんなことはどうでも良い、進めっ、チーンBOW軍団よっ! 木々が生い茂ったエリアに入るか入らないかで戦闘になるっ、死ぬ気で戦ってまさに死ねっ!」


『うぇ~いっ!』



 事故によってうぇ~い系研究員の脳味噌が移植されてしまった結果、かなりテンションが高い何かとなってしまったおよそ200匹のチーンBOW軍団。


 もちろんその中には本来のうぇ~い系研究員も含まれているのだが、全部につきツギハギで、しかもその頭皮はハゲ室長、ではなく現フサ室長のものと交換されてしまったため、もう本人そのものとしてはどこにも存在していないのと同義。


 この後何らかの理由でそのうぇ~いの返還が要請された場合にはどうするか、きっと高級貴族の子弟で、馬鹿すぎて困ってしまうようなものであったが、箔を付けるためにひとまず研究所へ捻じ込んだ感じであろうというのが皆の見解なのだ。


 それゆえ、もし跡目問題などで仕方なくあのうぇ~いの馬鹿を回収しようとした貴族が……などの場合には非常に困ったことになるのが明らか。


 予備の予備の予備のそのまた予備ぐらいであろうが、この世に居るものとしてそれを扱っていた貴族が、ブチギレしてこちらに文句を言ってくる、責任を追及してくる可能性が極めて高いのである。


 まぁ、その前にこちらで手を打って、適当にその辺の死刑囚の骨でも出して、危険で難易度の高い実験中に爆発して、少しばかり別人の骨と入れ替わってしまったとか、デーモンコアにチ○チ○を挟まれて、同じく背格好がまるで異なる明らかな別人の骨しか残らなかったとか、その程度の言い訳をしておけばどうにかなるはず。


 あとは忘れないようにそれをやることが重要なのだが……と、このチーンBOW軍団の中のどれかとなったうぇ~いのことを考えている間に、そろそろ軍団の先頭が交戦想定区域の目の前まで到達するようだ……



『うぇぇぇぇいっ!』


「おっ、物体が出て来る前に動いたチーンBOWが居るぞ、腰の振り方が妙に気持ち悪いな、カックカクしていやがる」


「あのムーブをしないと矢を発射出来ないのですわね、もう少し何とかならなかったものかと……」


「いやそんなことよりほらっ、どうやら小さな物体を仕留めたようですっ、あんなところにあったなんて気付きもしませんでしたよ」


「マジか、気配とかで察知することは出来ないはずなのに、どうしてチーンBOWには居場所がわかったんだ? 会話が成り立たない連中だから聞き出しようがないが……また倒した、すげぇぞっ!」


「うぇいうぇいそうじゃろう、これはかなりイケる感じじゃぞっ、全軍前に進めっ! ここからは接近戦のテストをするのじゃっ!」


「ちょっと、それは時期尚早じゃないの? もう少しあの面白い動きを見ておきたかったのに」


「精霊様の興味はそこなんだな、でも見ろ、他の仲間達の目線は奴等の手元……チ○元だぞ」


「うぇいうぇい時空を歪めるコーティング式短剣を出したかっ! 各自着剣!」


『うぇぇぇぇいっ!』


「……凄いっ、チーンBOWの先端部分に短剣なんてっ、アレでそのまま突撃するつもりなのね? 気持ち悪いし殺したくなるけど動きだけは面白いわ」


「あぁ、これはこのチーンBOW、物体との戦いだけじゃなくて、これからきっと起こるであろう人族同士の戦争にも使えそうだぞ、こんなに不快極まりない兵なんて誰も見たことないだろうからな」


「いえ、そこは私達が出て普通に片付けた方が早いんじゃ……」



 不快で、そして見ただけで吐き気を催すようなチーンBOWの動き、それが今はたった200であるが、増殖すればもっと物凄い数のビッグウェーブとなって敵に押し寄せるのだ。


 この戦いにおいては相手が無生物の単なる物体であるため、その気持ち悪さについては特に効果を発揮しないのであるが、人間が相手であれば話は変わってくる。


 これから戦う敵がどんな存在であるのかについては、その予想を立てる程度のことしか出来ていないのだが、誇りある正規兵として戦場に臨んだ際に、相対する敵がコレ、というかコレの大軍団であったときの気持ちを考えると、それは実に面白いことではないかという感じがするのだ。


 とはいえまぁ、それはこのチーンBOW軍団が使えるかどうかを判断してからの話となることは承知の通りで会って、今まさに物体が跋扈する森のエリアに突入して行くチーンBOW軍団にそれが懸かっていると言っても過言ではない。


 物体は生命反応に強く反応し、その中から捕食し易くエネルギー効率が良いと判断することが可能な個体を優先的に狙うという、まるで高等生物のような動きをする単なるモノ。


 それが種々の生物を要する森、その他自然溢れるエリアに集合しているのは当然のことであるが、やはり生命反応の塊が近付いて来ることによって、それに反応して飛び出して来る物体もあるのが現実。


 チーンBOWの先頭が森と平野の境界線に差し掛かったところで、まずは飛び掛かるような攻撃を仕掛けてくる物体がひとつ……狙われたチーンBOWはこれを受けて片腕を失うものの、ツギハギの効果によって全身を吸収されることなく、また痛みを感じる様子もなく戦闘を続行する。


 そして自分を狙った物体を狙うよう、あらかじめプログラムされているかのように、攻撃を終えてほんの僅かだけ大きくなった物体に対し、元々はBOWであった、今は短剣が装着されているブツを押し出して突進を掛けるらしい。


 ザクッと入ったのはチ……ではなく時空を歪めるコーティングが施された極小の短剣。

 その効果は絶大であり、特に手応えがなかったかのように、当該チーンBOWは物体を消滅させつつ、そのまま前のめりに倒れる……



「うぇいうぇいちょっとアレじゃな、やはり短剣が矮小すぎたようじゃな、もう少しリーチを確保せねば」


「いや、通常はあんなもんなんじゃないか? それか何とかすると巨大化するような機構でも付けたら、より人間味が溢れていて良いと思うんだが、どうだ?」


「一体勇者様は何の話をしているのかしら……」


「何って、そりゃアレだよチ……ぷげろぽっ!」


「次は勇者様にあの改造をして突撃させるべきだと思うの」


「か……かんべんしてくりゃひゃい……」



 つまらない話をしていて危うく殺されそうになったのだが、こんな目に遭っている不幸な異世界人はこの世界において俺だけであろうと予想する。


 で、ルビアに回復魔法を掛けさせ、どうにか元の形状に復帰することが出来た俺は、その間にも進んでいた戦いがどうなったかについて確認する。


 ……どうやらチーンBOW軍団が優勢であるようだ、時折見慣れない攻撃をする物体があって、その際には一撃でチーンBOWのチーンの部分が破壊され、そのまま戦意喪失でボーっとしているところを餌食にされてしまうなど、完全な敗北を喫している奴もいるようだが。


 しかしこのままのペースでいけばかなりの戦果を挙げることが出来そうだな、最初は馬鹿にしていたインテリノも、今ではなるほどといった顔……にはなっていないのだが、一応その実力については認めているような印象を受ける。


 今はたったの200体、これが数千いや数万の大軍勢として物体に対峙したらどうなるか。

 その結果はわが軍の勝利であって、この気持ち悪い改造人族によって、世界に平和がもたらされることになるのだ。


 とまぁ、もちろんこんなモノが手柄を立てたなどと、世間に対して大々的に発表することは出来ない。

 そこは今後サポートとして入る、コーティングが施された武器を受け取った冒険者やハンターが、活躍したとしてそこそこの表彰を受けることとなるであろう。


 いくら命懸けで戦ったとはいえ、いくら通常の人間では到底太刀打ち出来ない物体相手に善戦しているとはいえ、この連中はそもそもが存在してはならない人間なのである。


 だから死刑に処される予定であったわけで、そんな連中にはもう地位も名誉も金銭も、それからこの世に存在していたことの証明も与えてやる必要などない。


 俺達は今、ヌルヌルの三角コーナーから拾い上げた腐りかけの野菜カスを、肥料などとして再利用しているのと同じ、なかったはずのものを有効活用しているにすぎないのだ。


 良品の野菜を市場に出す際、『これはすっげぇヌルヌルの汚ったねぇ三角コーナーから取り出したクズ野菜を肥料にして育てました』などと公表する馬鹿が居ないのと同様、このチーンBOW軍団の存在も、これから歴史の闇に消えて行くこととなるのであろう……



「おぉっ、かなり押し込んでいますわよっ、これならあの数だけで、相当数の物体を排除することが叶いますわっ」


「しかしここにきて死傷者……というかダメになってしまう兵が多くなってきているように思えますね、スタミナ切れでしょうか?」


「うぇいうぇいそんなはずはない、このチーンBOWは疲れたとかダルいとか定時で帰りたいとか、そういった感覚は一切消去してあるのじゃ、じゃからどれだけ戦ってもスタミナ切れ……まぁ、限界を迎えて動きが鈍くなることはあるやも知れぬが……まだそんなタイミングではないはずじゃよ」


「となると……突っ込みすぎた分物体の攻撃が苛烈になって、あの数じゃ対応出来ないぐらいになっているということか?」


「その可能性もありそうね、でもちょっと見え辛いし、ここは近付いてしっかり見なくちゃ、ほら、行って来なさい」


「俺なのかよその任務は? クソッ、チーンBOWの中に連絡係を設けるべきだったな、いや奴等じゃ会話にならないから無理か、とにかく行って来る」



 間違いなく選任されるということはもう、その話が精霊様の口から出た瞬間には察知していた。

 だが一応疑問を呈しておき、一定の『やりたくなさ』を留保しておくことも重要であったためそうしておく。


 もちろんそんなことで決定が覆るわけでもなく、気持ちの悪いチーンBOWと、危険極まりない物体が激戦を広げる森のエリアに、俺はたった1人で接近して行くこととなった。


 チーンBOWの攻撃が逸れたものに巻き込まれないよう、さらにうっかり物体の攻撃を受け、それでダメージを負ってしまうことのないよう、慎重に森へ近付き、そして中へ入ると……


 確かに押し込んでいたはずのチーンBOW軍団が、ここにきて急速にその数を減らしているではないか。

 腕を取られ脚を取られ、首まで取られてもなお戦おうという強靭な意思を持つチーンBOWだが、それを凌駕する敵がそこに存在しているのであった。


 明らかに物体の形状ではない、あの真っ黒いスライムのような、一見してたいしたことのない雑魚のような、そんな見た目ではない物体がそこにあったのだ。


 ……人型、そう認識して差し支えないであろうと、俺だけではなく誰もが、この光景を見たら考えるのであろう、しかし物体であることだけは確かなソレが、突撃するチーンBOWを取っては投げ、千切っては投げ……いや吸収しているのである。


 真っ黒なフォルムはまるで人間の影のよう、しかし生物的な感じは一切放たず、どちらかと言えば目の錯覚に近い、全く無関係のものが単に人間のように見えてしまっただけのものといった雰囲気なのだが、それでも物体は物体。


 その人間のような腕を器用に動かし、攻撃を仕掛けたチーンBOWを狩る、そしてその人間のような脚を最大限に生かし、華麗なステップでチーンBOWの本来的な攻撃である矢を回避する。


 ついでに言うと当初の物体と同じく、触腕のようなものを伸ばす攻撃も時折繰り出しているのだが……伸びる部分がアレすぎてもう表現のしようがない。


 しかしこれは恐ろしい事態だ、かつてないほどの異常な光景がその場に広がっているのだ、すぐに報告し、対策を協議しなくてはならない状況だと、何も考えずともそう判断出来る現象が起こっているのであった。


 今この瞬間にもそれに立ち向かい、あっという間に消し去られてしまうチーンBOWがいくつか。

 さらにサイズを増した『人型物体』は……なんと、ウネウネと動き出し、そのままふたつに分裂してしまった。


 このままだとあの人型が、他の物体を押しのけるかたちで反映し、いずれはスタンダードなものとなってしまうのは明らかなこと。

 すぐに戻るという決断をした俺は、音を立てぬよう、そして力を出しすぎないよう細心の注意を払いつつ、その場を後にして仲間達と合流した……



「あ、おかえり勇者様、どうだったの森の中は?」


「……物体が新たなステージに移行していた……人型だ」


「まさか、何かの見間違いとかじゃなくて? ホントにそんなことが起こっていたの?」


「あぁ、手があって足があって、ついでにもうアレな部分がみょぉ~んみたいに伸びて、俺達のチーンBOWを殺戮したうえで分裂しやがった、つまり現状人型の物体は最低でもふたつということだな」


「ちょっと待て主殿、にわかには信じ難いのだが、やはりもう一度確認した方が良いのではないか?」


「あぁ、そうしたいってんなら付き合うぜ、ただしまだ手は出さない方が良いと思う、ちょっとさすがにヤバすぎる問題だからな」


「わかった、それともうあの気色悪い軍団を下がらせた方が良いのではないか? このままいたずらに浪費するだけではなく、その物体の増殖に拍車を掛けてしまうことに……」


「うぇいうぇいそれはもう無意味じゃ、たった今最後のチーンBOW、『オリジナルうぇ~いチーンBOW』から最後の通信が入った、結果は『うぇ~い↓』じゃ」


「いや意味がわからんのだが……つまり1匹残らず喰い殺されたってことだな? 主にあの人型物体に」


「うぇいうぇいそういうことじゃ、誠に残念なことであった、うえ~い↓」



 どことなく『うぇ~い化』が進行してしまっているようにも思えるフサ室長であるが、最後の通信……というかそんな機能があったことは知らなかったが、まぁそれがあったというのであればそういうことなのであろう。


 事実、俺があの場所で確認した人型物体の『うぇ~い討伐速度』を鑑みるに、このタイミングでの部隊消滅報告は極めて妥当なもの。


 今回はかなりいけそうな気がしていたのだが、結局あの予想外の新タイプによって打ち砕かれてしまったかたちだな。

 とはいえそれを全く知らない状態でいるよりは、存在だけでも確認することが出来たという収穫があった。


 ひとまず再度の確認に向かうメンバーを募ったところ、最初に言い出したジェシカの他に、ミラと精霊様が手を挙げ、王子のインテリノも参加したいと希望したが、さすがに危険であるため4人で向かうこととする。


 戦闘が完全に終結し、静けさを取り戻した森の中へ入ると、すぐに残留していた通常の物体が襲撃を仕掛けてきた。

 だがこれはミラが装備したコーティング済みハエ叩きで難なく討伐、強度の方もそこそこであり、まだしばらくは使えるようだ。


 その後も何度か襲撃を受けるも、既に物体と戦い慣れた俺達は特に問題なく、まっすぐ先程の観測地点を目指して進む。


 もしかしたら奴が少し移動しているかも知れない、そう考えて一旦木の上へ、そこからは枝から枝へと飛び移るようにしてさらに接近して行く……



「シッ、奴等が居たぞ、あんな場所で固まって……座っていやがるじゃねぇか、しかも4体に増えてんのかよ」


「本当に人間のような姿形ですね、向かい合って円になっているのには意味があるんでしょうか?」


「わからんが、たまたまそういう向きで、というか最後のチーンBOWを囲うようにして戦闘を終えて、それでそのまま動かなくなったとかじゃないのか?」


「いえ、ちょっと良く見て……動いているわよ微妙に……会話をしているように見えなくもないわね」


「だとしたら相当なことだぞ精霊様、私達はあの物体を無生物、単に魔力を吸収していくことを目的として動く何でもないものだとばかり思っていたのに、それが会話しているということは……」


「遂に思考を始めたってことになるわね、そういえば吸収された人族のオリジナル技を使ったってのも、やっぱりそういうことなのかしらね……」



 物体が既に生物としての形質を獲得した、そう考えても特に差支えないような動きを見せているという事実。

 確かにこれまで様々な生物を吸収し、それを取り込んで繫栄してきたのだからそれもおかしくはない。


 もし取り込んだ対象が、完全に魔力に変換されてしまったわけではなく、通常生物が生物によって喰われたようにして、その素体の構成を僅かにでも保ったままアレに吸収され、その構成の一部となっているのだとしたら……可能性はアリアリだ。


 確認を終え、撤退する俺達には一切気付かない様子の人型物体だが、その強さに関しては計り知れない部分が多い。

 これ以上進化されても厄介だが、もしかするとさらに人間に近付いて……などということがないとも言い切れないのが実際のところだ……

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