1021 強化兵
「えぇ~っ? じゃあ勇者様達は研究所で物体と戦って来たってことなの?」
「そうだ、だが王都内への物体の侵入を許したわけじゃないからな、実験の過程で新たに召喚されてしまったんだよ……で、ここからが肝心なんだ、物体とあの時空を歪める武器、どうもベースが同じなような気がしてならないんだよ」
「というと? どうしてそう感じてしまったのかしら? 何か似てるからとかみたいな子供いみた発想じゃないわよね? だったら殺すわよ」
「いや精霊様、まずパーティーリーダーを殺すんじゃない、それがな、武器のコーティングの際に物体が同時召喚されたんだよ、それ以外にも根拠となり得る事象がいくつもあったわけだし」
「う~ん、なかなか不思議なことですね、して勇者よ、その物体というのはきちんと始末しておいたのでしょうね?」
「大丈夫だ、確かちゃんと片付けて……あれ? 最後の1個とかどうしたかな……うむ、おそらくは大丈夫だ、そんな気がする」
「非常に曖昧ですね、恐ろしいことが起こらねば良いのですが……」
無駄な心配ばかりする女神であるが、もし何か起こったとしても、あのハゲ室長が責任を取って腹を掻っ捌いてくれるはずなので、俺に累が及ぶことはおそらくないであろう。
まぁ、もしあの場で物体がひとつでも残留していたとしたら、今頃研究所はおろか、王都全体が大パニックに陥っているはずだから、今のところは特に何も生じていないと考えるのが妥当だ。
で、そのまま物体について、あの場所で見たことを順を追って話していく……にわかには信じて貰えない感じだが、カレンやリリィが俺の言うことを必死で肯定しているため、皆懐疑的な雰囲気を前には出せないといった反応である。
だがさすがにひとつ、現時点で俺が予想している、というかほぼ確実視して良いであろう現象につき、なかなか皆の理解を得られないでいるのであった。
それはあの物体と、それからリリィが使っている最強の棒切れ、そのそれぞれが同じ何かをベースとしているのではないかという話だ。
さすがにそれはないであろうと、単に姿形が似ているだけの偶然であろうと、話をすればするほどに皆それを強く否定してくる。
終いには実際に見聞きしたこと、つまりあの場で物体とコーティング武器が同時に、という紛れもない真実まで、何かの見間違いではなかったのかと疑われてしまう始末だ……
「だからガチなんだってそれは、なぁカレン、ホントにネタじゃなくてマジの話だよな?」
「そう……だったはずですけど、もしかしたら物体に化かされていたとか……」
「んなはずあるかっての、とにかくだ、今度皆で研究所に出向いて、その歴史的な瞬間を再現して貰うと良いぞ、何だかんだで比較的安全みたいだしな」
「まぁ、それはそうよね、じゃあ明日、ちょっと見に行ってから判断することにするわ、そのあんたの胡散臭さ前回の話をね」
「だからガチなんだってば……」
百聞は一見にしかずというが、まさにそうなのであろうとしか思えないのが現在の状況だ。
というかこの仲間達、特に精霊様にとって、俺の話はそんなに信用度の低いものであったのか。
少し残念な気もするが、これまで報酬のためなどの目的でしてきた『盛り』や、『あからさまな誇大広告』のことを考えると、それはもう仕方がないのかも知れない。
俺は勇者として仲間の生活を維持するため、ビッグマウスで、しかし現実の振る舞いの方ではコンパクトに、利益のみを追求して動いていきたいものだと思う。
とまぁ、そんな話をしている暇ではなく、ここで研究所で呼び出すことが可能となった物体について、それならばもっと良い対策を立てることが出来るのではないかという意見に基づき、次に研究所へ行った際に提供するためのアイディアを募る。
また、物体だけでなく時空を歪めるコーティングの武器、これの使い道についてもそこそこまで話し合っておくべきであろうな。
特に本日最後に完成した……と、同時に実験失敗でもあったのだが、あの小さなコーティング鏃、これはなかなか使えそうではないか。
弓での攻撃であればかなり遠くから、こちらの存在を感知していない状態の物体を狙って攻撃することが出来るわけだし、それならばもう、弓キャラが1人も居ない俺達がその作戦に従事する必要もなくなる。
というかむしろ、小型の武器を使わせればかなりの腕前、それ専用の練習を積んでいる狩猟グループの連中と、俺達は仲良くなったばかりではないか。
もちろん奴等の攻撃力は極端に低く、普通の戦闘では物体にダメージを与えることなど到底出来ないのだが、コーティング武器がありさえすれば話は変わってくる。
ここからはもう、『物体に攻撃が通らない』ということを心配しながら戦う必要性がかなり薄くなってくるのだ。
誰でも物体と戦えて、たまには敗北して死ぬものの、そこそこやっていける程度には討伐可能。
そんな世界がこれから、研究所におけるハゲ室長の実験結果、そこからさらにブラッシュアップした研究の成果として、やってくれば良いものだと今は思っておこう……
「う~ん、じゃあ狩猟グループとか王都レンジャー部隊とか、弓系の連中が多い組織はかなり活躍可能として、他からはどうだ? いくら何でもその連中を『使い捨て』にして、留めのために物体へ接近させるのはアレだと思うぞ」
「そうねぇ……あ、さっきの話にあったけど、そのハゲ室長? とやらは死刑囚を箱買いして実験するつもりなのよね?」
「あぁ、そんなことを言っていたな、それがどうしたんだ? あんなもん単に物体を引き寄せるためだけの餌にすぎないぞ、それで自分達は少し離れるなどして、安全マージンの確保とかあとはゴミ野朗が無様に喰われる様を見てストレス発散とか、その程度の用途だ」
「わかってないわね、それを改造したりして使えば良いのよ、強化人族みたいな? とにかく物体と戦うだけの力を持たせるのよその死刑囚共に」
「あの精霊様、それを女神様の前で言うのは少しどうかと思うのだが……完全に神へのちょうせんではないかと私は思う」
「ジェシカ、細けぇことを言ってると禿げるぞ、こういう事態なんだから女神も……凄い渋い顔はしているが許してくれるはずだ、ほら、もう聞かなかったことにする態勢に入っているからなコイツは」
「……勇者よ、そしてその仲間達よ、私は一度神界に戻って、しばらくその……見ていなかったことにしますので」
「度胸のない女神よね全く……」
人族を改造するという行為、それは神々が設定したその生物固有の能力を改変してしまうものであり、これまでは敵が何度かやってきたぐらいの、極めて悪質な行為であるという事実……いや、俺達も少しばかりはやったことはあるかも知れないが。
だがせっかくなので、ここで本格的にやってみたいとは思う、失敗して大変もないことになっても、困るのは死刑囚本人だけであり、それこそ腹を抱えて笑うことが出来るような状態になれば、失敗が失敗ではなくネタになる。
とまぁ、それは既に死刑囚を買って来ているのであろうハゲ室長が決めることであり、その研究が効果を得るものなのか、物体の討伐に資するものなのかなどについては、俺達がここで勝手に判断してしまって良い事項ではない。
風呂から上がり、そそくさ神界へ戻って行く女神を見送り、俺達は翌日に備えるものとして自分達も上がり、夕食の支度を済ませた。
そこでもやはり物体の話題、そして時空を歪めるコーティングの話題となったのだが……やはりというか何というか、皆それぞれが固有の武器を、もちろんコーティングを済ませた武器を欲しいのだと、各々主張し始めたではないか……
「ふむふむ、杖とかならそのアレだ、先端の部分だけをどうにかすれば良いからな、セラとルビアは特に問題ないぞ、困るのは……」
「私とジェシカちゃんですよね、ブツが大きすぎてコーティングが間に合いません、少なくともカレンちゃんが持って帰って来た剣を見る限りですがね」
「大きいからな私達の武器は、特に私のは両手剣だし、どうにかならないものかとは思うがな」
「最悪ジェシカが後衛のサポートに回ることになるかもだな、ミラもそうだ……だがまぁ、カレンの武器もマーサの武器も、かなり小さいものであって造り易いだろうからな、問題はそもそもの強度ってとこだが」
「強度も問題ですか……でも予算とか少なそうだし、もう使い捨てで我慢するしかないかもですね」
「その方がよりコストを要しそうな気がしないでもないが、奴等、結局目先のコストカットに目が行っているはずだからな、そうなる可能性も十分考慮して行動しよう」
「それよりもアレですわ、精霊様が発案したその改造人間作戦、それが上手くいけばそもそも私達はこれまで通り、普通に物体と戦えるかも知れませんの」
「……だな、明日はその感じでプッシュしていくか、どうせ改造なんてあっという間だろうしな」
ということで話をそこまでで切上げ、翌日は朝から研究所へ向かうということで話をまとめた。
ハゲ室長はどういう反応をするのであろうか、実験動物代わりである死刑囚を、どこまで非人道的に扱って良いのか、研究所の基準が試されるところだ……
※※※
「ほうほう、ほほうっ! この安売りのあまり活きが良いとは言えない死刑囚を使ってそのようなことを……よしっ、これはやってみる価値があるとわしも思うのじゃ、すぐに取り掛かろう」
「案外アッサリ決まったな、箱買いの死刑囚はそんなに雑魚で……うわっ、満身創痍の奴ばっかりじゃねぇか、誰だこんな釣具屋の水槽の底で腐りかけてるアオイソメみたいなのを買って来たのは?」
「すみません、表面の方の奴だけしっかりしていて、あとはもう全部こんなのばっかりでした」
「死刑囚さえボッタクリかよ、どうなってんだこの国は?」
「まぁ良いじゃない、最初からこのぐらいの方が改造し甲斐があるわよきっと、早速始めるみたいだし、ちょっと物体召喚の説明でも聞きながら待っておきましょ」
ボロボロで、腐りかけどころか本格的に腐敗し始めているような奴も多い『死刑囚お得セット』のゴミ共。
きっと逮捕時に抵抗したせいでこのような姿になったのであろうが、これでは通常の人体実験などに耐え得るはずもない。
国の方にはこういうモノの出荷基準をもう少しシッカリして頂きたいところなのだが、ハゲ室長がこれを使うと判断したのであれば、今更返品交換のためにクレームを入れるようなことでもないか。
で、その改造の立案と実行が進んでいる間、俺は昨日の件を疑いまくる仲間達に対し、研究所員によるまともな、学術的な説明を受けさせる。
実際に物体を召喚してみるのはこの後、死刑囚の準備が整ってからということなのだが、精霊様もユリナもサリナも、そしてなぜか付いて来たエリナも、この実験のための魔導装置には興味津々のようだ。
部屋の隅ではせっかくなのでということで連れて来て、それこそ実験用の死刑囚を縛り付けるために設置されている金属ポールに括られた魔王も、どうにかして装置の様子を見ようとその場で無駄な背伸びを繰り返しているから面白い。
そして俺達はひと通りの説明を、昨日から徹夜で実験結果のまとめをしていたという研究員から受け終え、直後に戻って来た晴れやかな顔のハゲ室長から、完成したいくつかの改造人族を見せて貰うこととなった……
「ほうほうこれで全員じゃの、早速第一弾の発表とする、まずは……弱点強化タイプの改造人族じゃ、どうぞっ!」
『ぅあぁぁぁっ、うあっ、ぅぁぁぁ……』
「何コレ? 目がイッてるだけの普通のおっさんじゃねぇか、ツギハギだらけだし」
「人間を三個イチぐらいにした感じね、弱点強化どころか繋ぎ目が脆いわよきっと」
「いやいやそこじゃない、見るのじゃ、この男は人間の弱点であるキ○タマをアルマジロに変更してあるのや、こりゃバリカタMAX、防御力も極大じゃぞ」
「キ○タマだけじゃ意味ねぇだろっ! 次だ次! もっとマシな奴をだな」
「ほうほう気に食わぬか、じゃあ次は……キン○マをハリセンボンに変更したんじゃよ、防御力だけでなく攻撃力も備わっているスグレモノじゃ」
「だからキ○タマから離れろって」
「ならこっちのチ○チ○をチンアナゴに置き換えた……」
「ほとんど離れてねぇだろキ○タマからっ!」
こうなるのではないかと、僅かに思ってしまっていたことが現実となった今日この頃、全く意味のない改造人族がどんどん研究室内に並んでいく。
なお、最初は100匹程度居た死刑囚も、切り取って使えるぶ部分だけを繋ぎ合せて……ということを繰り返したらしく、50匹程度に減ってしまったようだ。
しかも完成品の大半がアレだ、あの部分だけを改造されたわけのわからない怪人になってしまっているではないか。
こんなモノほとんど使えないどころか邪魔でしかない、結局死刑囚を改造して前線にという作戦は失敗……ん?
俺もしばらくして気付いたのだが、仲間のうち何人かが1匹の改造死刑囚に目をやっている。
特段トンデモな感じではないし、他と同じようにブツを改造されてしまっているのだが……
「ご主人様、何かあの人見たことがあります」
「俺もだ……でも何だったかは忘れてしまったぞ、かなり重要……ではないがそこそこの力を持ったキャラだったような気がするんだが……」
「ふむふむそうかね、それに目を付けるとはやはり並みの戦闘狂ではないようじゃの勇者パーティーというのは。それはじゃな、チ○チ○をボウガンに改造した、あのコーティング鏃の発射に特化した改造人族なんじゃ」
「これって……あっ、思い出しました、チーンBOWの人ですっ!」
「そうか、そんなキャラがかつて居たような居ないような、特段印象には残っていない気がしなくもないが……いや、確かに居たことは事実だな、ちょっとコレ、使ってみようぜ、おいそこのお前、ちょっと実験するからこっち来い」
『あぁぁぁっ……うぅぅぅっ……』
「ちょっとヤバそうだがまぁ良いや、皆、いよいよこれから物体を召喚するからな、心して見ておけよな」
『うぇ~いっ!』
ボディーの方はツギハギによってどうにか起立状態を維持出来ているようだが、その過程で脳味噌の方がもうアレになってしまったらしいチーンBOWの人。
これはそこからボウガンの矢を発射することが出来るという、だからどうしたのだというレベルのゴミなのだが、現用発表された改造人族の中では最もマシな部類である。
改造しすぎてまともに思考することが叶わない状態になってしまっているのは残念なことだが、そこは元々死刑囚、まともな考えは持っていないような雑魚であるため、知能的にはそんなに低下してしまっているわけではないと考えよう。
で、騙されて購入した中でもまともであった、満身創痍ではない『活きの良い死刑囚』を取り出し、いよいよ皆の前で物体を呼び出す実験を始めることとなった……
「ひぃぃぃっ! 勘弁してくれぇぇぇっ!」
「何がだ? お前、ああいう風に改造されるのと、ここでワンチャンセーフになるかも知れない一件のオペレーターになるのと、どっちが幸せだと思う? お前の腐った脳みそでも、すこしばかり考えればわかることだよな?」
「い、いやでもっ、ここで行われていることは正気の沙汰やないだろっ! 俺はイヤだぞ、だいたい乗り合い馬車で痴漢したぐらいでどうして死刑なんだよっ!」
「そんなもん死刑に決まってんだろ、そんなこともわからないようなクズなのかお前は? ほれ、乗合馬車でやったように、その魔導装置を使って実験水槽にタッチしやがれ、さもないとこうだっ!」
「ギョェェェッ! わかりましたっ、やります、やりますから指の骨がどうにか……べきょっ」
片方の手の指の骨を、まるでミキサーに掛けたかのような状態にしてやったところ、死刑囚は自ら進んで、非常に協力的な態度で実験水槽へと向かったのであった。
最初からこうしていれば良かったものをと、そう思っているところに装置が発動し、そこそこの魔力がその水槽の中へ注ぎ込まれる。
今回は物体の召喚に特化しているため、中には何ら武器等を放り込んでいない状態での発動だ。
すぐに水槽はカチ割れ、死刑囚を吹き飛ばしながら黒い霧がその周辺に出現した。
「凄いわね、ホントに物体が出てきちゃうじゃないのこれ」
「瘴気に近い色ですね、でもそれとはちょっと違うような……でも物体の召喚として魔王様がした術式とはかなり違います、何なんでしょうか一体?」
「サリナ、狙われ易いんだからちょっと下がりなさいですの、ほら、比較的大きい物体が精製されて……攻撃を受けていますわね、どこから……あっ!」
『あぁぁぁっ! うぁぁぁっ!』
「すげぇ、何も命令せずとも物体に立ち向かって……攻撃されたけど腕が吹っ飛んだだけだぞっ、どうなってんだ?」
「ツギハギよ、きっとツギハギの部分で違う個体だからよ、そして攻撃の方は一方的に物体を……勝っちゃったじゃないの……」
「ショボい死刑囚の分際で物体を倒しやがった……」
予めチーンBOW怪人にセットされていた例のコーティング鏃、それを発射することこそが自分の人生であると、どこかにそうインプットされていたのかも知れないその怪人によって、出現した物体はあっという間に滅されてしまった。
これはかなり使えるのかも知れない、そう思わざるを得ない実験結果なのだが、まだまだこれには問題がある。
まず人道上の問題であって、今は死刑囚なので何をしても良いが、これを通常の兵員でやるとなるとそれこそ大問題であるということ。
そしていきなり上手くいってしまったのだが、毎回こうなってくれるとは限らず、失敗して大変なことになるかも知れないということだ。
まぁ、何はともあれやってみるしかなさそうだし、しばらく研究を重ねて、改造兵を用いた物体との戦いを考えていこう。
コーティング武器の研究もそれに伴って進むであろうし、ここはダブルでの成果を追求すべきところだ……




