101 悪役は正義の味方
「マリエル、ジェシカ、武器屋に行く前にもう一度採寸しておこう」
「それはこの間したではないか……」
「あのときはおっぱいしか測っていないからな、今日は全身測り尽くしてやる」
「エッチな勇者様ですね……」
そう言うマリエルは既に素っ裸である。
ジェシカも普通に服を脱ぎ出した……どうしてルビアも脱いでいるのであろうか?
ちょうど良いからルビアとジェシカの尻を測り比べてやろう。
うむ、今のところサイズはジェシカの方があるようだ。
「主殿、ちょっとダイエットしすぎたかも知れないが、尻の大きさはどうだ?」
「うむ、このぐらいでストップだ、これ以上やって尻だけでなくおっぱいが減ったら困るからな」
「ちょっと、下らない話をしていないで早く行くわよ!」
おや、おっぱいの話をしたら貧乳神様がお怒りだ、天変地異が起こる前に行ってやろう。
屋敷の外に出ると、既に居酒屋の建物は完成し、その横にシルビアさんの店を建て始めていた。
元あった商店街の店舗も建て直してバイトに任せ、こちらは2号店にするとのことである。
武器屋では、カレンがマリエルとジェシカの新たな得物を選んでいる。
身長や力の強さ、攻撃スタイルなどを総合的に見てなんだかんだして決めるとの事だが、正直よくわからん、もう完全に任せた。
お、決まったようだ……
「勇者様、早速この槍で新たな敵を討ち滅ぼしたいです!」
「待て、今は敵なんか居ないぞ、そういうことを言うとフラグになって沸いて来るから気をつけろ」
「う~っ、早く戦いたいんですが……」
やる気満々のところを悪いが俺は可能な限り戦いたくないのだよ。
疲れるし、返り血とかで汚れるし、何よりもこの世界の敵キャラはキモい連中ばかりだからな。
「ご主人様、防具の方は2人の鎧だけじゃなくてミラちゃんの盾も換えるべきです、剣が良すぎてバランスが悪いですよ」
「わかった、それもカレンが選んでくれ、ミラに任せるとまたワゴンセールとかマンホールの蓋とか言い出すからな」
結局金貨10枚を超える買い物をさせられた、武器屋のおっさんはニッコニコ、俺はゲッソリである。
おや、財布が軽くなった分だけ素早さが上がったようだ。
ちなみに鎧が完成するのは3日後とのことだ、それを受け取ったらユリナが破壊してしまった町の復興を手伝いに行こう。
その日は武器だけ受け取って店を後にした。
※※※
「あら、お母さんの店はもう出来ているようですね、さすが筋肉団、仕事が早い!」
「普通に考えて早いとかそういうレベルじゃないんだがな、さっき見たときにはまだ基礎を打っていたのに……」
「あ、おかえりなさい、店はもう営業を始めているわよ、モニカちゃんをバイトとして借りているけど良いかしら?」
「ええ、構わないでしょう、というかモニカの家はこのままだと没落しますからね、今のうちに働いて金を入れるべきです」
必死で働いているモニカに感心しつつ、一旦シルビアさんの店経由で屋敷に戻ってみる……
「何だこの部屋は?」
「拷問部屋らしいけど……どちらかというと刑場ね」
壁際にあるトゲトゲの歯車みたいなのとか、どう考えても拷問ではなく殺害するためのものである。
シルビアさんはここで何をしようというのであろうか? 気にはなるが怖いから触れないこととしよう。
「あら、こっちの部屋は何かしら? 居酒屋の地下に繋がっているみたいだけど」
「これは屠畜場じゃないのか? まさか野菜だけでなく肉まで獲れたてを狙ってくるとはな」
ちなみに、屠畜はセラとミラが普通に出来るらしい。
子どもの頃からダメ親父の代わりにやっていたとか。
でもな、肉は熟成させた方が美味いんだよな、この部屋では屠畜ではなく生ハムなんかを作るものとしよう。
「さて、これで新しい屋敷は全ての部屋を探検し終えたな、あとは防衛をどうするかだ、また居ない間にやられても敵わんからな」
「それなら今さっきやっておいたわよ、関係者以外が入ろうとするとダメージを受ける結界を張っておいたわ、大精霊様に感謝なさい!」
外に出ると、宅配の兄ちゃんが門の前で瀕死の重傷を負って倒れていた。
大変申し訳ございませんでした、すぐに回復魔法を使わせて頂きます。
「さて精霊様、何か言うことはないか?」
「いえ、特に無いわね……強いて言うならごめんなさいかしら」
宅配の兄ちゃんはやられたときの記憶が無いようだ、これなら訴えられなくて済みそうだな。
「勇者様、精霊様と昨日お酒を頼みすぎたルビアちゃんにはお仕置きするべきですよ」
「そうだな、2人には明日1日広場での奉仕活動を命じる」
しょんぼりした精霊様は良いとして、ルビアは全く反省していないようだ。
だがな、今はシルビアさんが近くに居るんだぞ、直ちに密告してやろう。
翌日、最近王宮前の広場でボランティア活動をしているという団体の下にルビアと精霊様を連れて行く。
ええっと、代表の方は……お、監視役に任命したサリナと親しげに話しているあの女性とおっさんか。
ちょっと話を聞きに行こうと思ったが、何かがおかしい、どうしてサリナと仲良さげに話しているんだ?
そしてどうして2人共上級魔族なのだ!?
「サリナ、その2人は何なんだ? なぜ魔族がこんな所で慈善活動をしているんだ?」
「あ、ご主人様にも紹介しておきます、こちらの女性がジゼンミさん、で、こちらがボランティーヤさん、2人共ぜんりょう魔将様の補佐です」
「敵じゃねぇか! あ、どうもはじめまして異世界勇者です」
「あら、あなたが仇敵の異世界勇者だったのね、今回私達はあなたの抹殺が使命だったんだけど、気がついたらボランティアをしていたわ」
「じゃあ今から戦おうってのか? 掛かって来いやオラァ!」
「落ち着いて頂きたい、ここでは人族の皆様に迷惑を掛けてしまうではないか、ここでの活動期間が終わったら改めて対峙しようと思うのだが、君もそれで構わんね」
「チッ、おいサリナ、こいつらはボランティアと称して何か良からぬことを企んでいるんだろう、早めに殺した方が得策だぞ」
「何を言っているんですか、ご主人様じゃあるまいし、この2人がそんな卑劣なことをするように見えますか?」
どうやらここでの悪者は俺のようだ。
あまり余計なことは言わないでおこう……というかサリナめ、酷い言い方をしやがるな。
「わかった、じゃあ今日一日ルビアと精霊様をよろしく、俺は一旦屋敷に戻るよ」
「ええ、ジゼンミさん達が居るなら監視も必要なさそうですし、私も帰ることにします、良いですよね?」
「そうだな、じゃあ何か買って帰ろうか、食糧のストックもイマイチだしな」
サリナと2人、買い物をしながら屋敷へ帰る。
途中、先程現れた魔将補佐について質問してみたが、サリナは完全にあの2人が良い奴だと信じているようだ。
賢いサリナが騙されるとも思えないし、もしかしたら本当に敵だけど正義の味方なのか?
というかそもそも敵意が全く無かったからな。
どうやらここは慎重になるべきのようだ、迂闊に動くと本当にこちらが悪者になってしまう。
帰って皆の意見を聞き、今後どう対応するかを決めるんだ。
「ただいま~っ!」
「あらおかえり、サリナちゃんも帰って来たのね、特に問題は無かった?」
「いや、魔将補佐がボランティアしていた……」
「意味がわからないわ、とりあえずマーサちゃんを呼びましょう」
マーサ、それから他の魔族メンバーも全員部屋に集合させる。
「それってぜんりょう魔将のところの補佐よね、あの2人なら何もしないと思うわよ」
「じゃあ補佐は良いとして、魔将本人はどんな奴なんだ?」
「あの子も絶対人を襲ったりはしないわ、むしろ助けているぐらいじゃないかしら?」
「そうか、で、戦うとしたらどうすべきだ?」
「そうね、あの子はゴーレムを召喚するわ、それでそのゴーレム達に慈善活動をさせるという攻撃をしてくるはずよ」
それは攻撃なのか?
とにかくそのぜんりょう魔将、名前はデスジャンヌとかいう恐ろしげな感じなのだが、こちらから手出ししなければ特に害は無いそうだ。
夕方になって帰って来たルビアと精霊様も、口々にあの2人はまともだと言っていたため、その辺りは信じても良さそうである。
というか精霊様を欺くことなど出来ないはずだからな。
「まぁ良いや、あいつらとはいつか戦いになるかも知れないし、ならないかも知れない、今は一旦忘れてしまおう」
敵意がない奴のことをいつまでも考えていても仕方が無い、あの魔将補佐は現れていないことにしてしまおう……
※※※
「じゃあ今日は防具を取りに行って、そのままユッダ侯爵の城下町だった所へ行くぞ」
馬車に乗って出発する、まずはミラの盾、マリエルとジェシカの鎧を受け取るため、武器屋へと向かう。
しかし武器屋、調子に乗りすぎである。
今回初めて鎧を作ったのに、店の前の看板にはちゃっかり『マリエル王女殿下御用達』と書かれているではないか。
だが特に害はない、そのままにしておこう。
目的の品を受け取り、馬車に戻る。
サービスで後衛組が使う薄い鎖帷子をつけてくれたのは嬉しい、あれはすぐにダメになるからな。
「ルビア殿、少し御者を代わってくれないか、鎧を装備してみたい」
「じゃあ今日はお昼まで私が担当するわね、その後はお願い」
狭い馬車の中で着替え始めるマリエルとジェシカ、人数が多くなって床までパンパンなのに良く立ち上がろうと思うものだ。
「どうですか勇者様? 今回のはちょっとエッチな鎧ですよ」
「マリエル、全裸で鎧を装備するな、凄く卑猥な姿になっているぞ……」
「あら、良いじゃないですかこの方が、敵が人間なら刺殺する前に悩殺も出来るんですよ」
「そうかそうか、でも逮捕されたくなかったらパンツだけは穿くんだな」
「主殿、こっちも見てくれ、私のも尻が丸見えだぞ!」
「だからズボンを穿いてから付けるんだよそういうのは! お前のような奴は丸出しの尻に攻撃してやるっ!」
「いひゃいっ! もっと叩いてくれ!」
2人に服を着させ、その後は何事も無く進む。
途中で御者も交替し、夕方頃になってようやく目的地に到着した。
「しかしなかなか派手にやったもんだ、ユリナ、反省しているか?」
「ごめんなさいですの、もう許して下さいですの」
「じゃあ復興が終わったら許してやろう」
現地では炊き出しが行われ、瓦礫の撤去はゴーレムが……ゴーレム?
炊き出しの指揮をしているのは上級魔族、黒髪ロングの女性である。
間違いない、あいつが魔将デスジャンヌだ!
「なぁマーサ、あれって……」
「あら、デスジャンヌじゃないの、お久しぶりね」
「あ、マーサじゃない、それから他の皆も、ちゃんと復興を手伝いに来て偉いじゃないの、ユリナはちゃんと反省してる?」
「あのすみません、異世界勇者の者ですが、なにやらここに事情にお詳しいようで……」
「おやおや、勇者さんのご登場ね、この間はどうも」
「……? どこかで会ったことがあるのか? 初対面のはずなんだが」
「私ではないけれどね、ゴーレムとは会っているはずよ」
「いや誰だよ!? まぁ良いか、魔将さんは特にここで悪事を働く予定はないんだな?」
「ええ、私は慈善活動しか出来ない正義の悪役だからね、あなたの殺害は補佐に任せたんだけど、よく考えたらあの2人も同じだったわ」
とりあえずここではお互い攻撃しないという協定を結んだ。
町の復興が終わったら何か死者が出ない方法で決着をつけよう。
「マーサ、そういえばデスジャンヌはあの補佐2人以外に部下が居ないのか?」
「ええ、魔族は基本的に人族に対して悪さをするものだから、あの軍では全然募集を掛けていないの、だから配下は全部ゴーレムね」
よくわからんが今回は大量の雑魚を相手にしなくても良い、ということだけはわかった。
勝負の内容を考えておかないとな……
「じゃあ私のチームは炊き出しの手伝い、勇者様のチームは瓦礫の撤去で、お姉ちゃんは邪魔しないでよね」
「ご主人様、私とリリィちゃんは炊き出しチームに行きますね!」
「何を言っているんだカレンは、炊き出しの手伝いであってつまみ食いではないんだぞ、お前もリリィもこっちだ!」
「わふぅ~っ、バレバレだったのです……」
瓦礫を退かし、運ぶという動作を繰り返す。
炊き出しの良い匂いがここまで漂って来ている、腹が減ったな……
もう限界だ、そろそろ休憩しようかと思い、立ち上がったとき、片付けに参加していた町の人の叫び声が聞こえる。
『お~いっ! 死体が出たぞ~っ!』
何だ、あのときのばあさんは犬猫一匹たりとも見捨てずに連れて来たと言っていたじゃないか、どうしてそれで死体が出てくるんだ?
「ああ、これは犯罪者紛いの飲んだくれオヤジだな、いつも町に迷惑ばかり掛けていたから、きっと女神様に見捨てられたんだろう」
「きっと罰が当たったのね、あのおばあさんの姿が見えなかったんだわ」
そういうこともあるものなんですかね……
結局、3日間を通した作業の中で見つかった死体は12体。
そしてその全てが、町の人全員から疎まれていたチンピラや迷惑ご近所さんだという。
「これは狙ってやったとしか思えないな」
「ご主人様、この死体は埋もれて死んだんじゃなくて殺されていますよ」
「カレン、どうしてわかるんだ?」
「こんな角度でバッサリ斬られているなんて自然にはならないと思うんです、あとこっちは刺されていますね、急所一撃です」
そのことを他の住民に伝え、誰かが殺人を犯している可能性があると認識させておいた。
だが住民の反応はその殺人犯を擁護するものが全てである。
ここで死んでいる、というか殺されている連中は相当に疎まれていたようだ。
大喜びで誰が殺ったのかを調べ出す住民達。
どうやら犯人探しではなく、正義の味方探しが始まってしまったようですな……
「しかしだれがあんなことしたんだろうな? わざわざ殺すなんて、放っておけば勝手に死んだだろうに」
「それは正義の味方がやったに決まっているわよ、勇者さん」
「おうっ! デスジャンヌかびっくりしたな、何だ、そろそろ俺達と戦うのか?」
「それは王都に居る2人と合流してからにしたいわね、私もそっちに行くから、後で果たし状でも郵送するわね」
「そんなもの送らないで欲しいんだがな……ところでお前はその正義の味方を知っているのか?」
「あら、勇者さんだって知っているはずよ」
「ああ、あの消えたばあさんか、どこに行ったんだろうな?」
「ゴーレムは土に還ったのですじゃ!」
お前だったのかよ……
というか名前で気が付くべきだったな、『ですじゃばあさん⇒デスジャンヌ』ということか。
デスジャンヌはゴーレムを使って危機に瀕したこの町の人々を避難させ、ついでに町の平和を乱す悪い連中を殺害して回ったとのことである。
なるほど正義の味方だ。
「町の人には今のを教えないであげてね、自分達を救ったのが魔王軍の幹部だって知ったらショックだろうし」
「そうだな、黙っておこう、で、俺達はどんな勝負をするんだ? というか一緒に王都まで行くか?」
「じゃあそうするわ、勝負は……ルールを決めて3本勝負といきましょう!」
ただでさえ狭い馬車に一人増えたことで、帰りは寄り一層パンパンになってしまった。
簡易のつり革を作ってそこに何人か立たせておく、通勤電車並みの劣悪な環境である。
ちなみに3本勝負の内容は、炊き出し対決、魅力対決、そして模擬戦と決まった。
2本先取で勝利、俺達が勝てばデスジャンヌ達は大人しく捕まる、負けたら他の魔将を倒し切るまで手を出さない決まりだ。
屋敷に戻り、デスジャンヌが他の2人に話をしに行っている間、俺達は勝負の作戦を立てる。
「炊き出し対決はもちろんミラだな、向こうはデスジャンヌ本人が出てくるだろう、おそらくこれが大将戦だ」
「ええ、広場での集客対決ですよね、負けませんよ!」
「は~い、では魅力対決は私が担当しますね、王女のアドバンテージを生かすんです」
「別に構わんが、マリエル、お前負けたら名声が地に墜ちることも意識しておけよ」
「あうっ! そうでした……でもここで退くわけにはまいりません、やはり魅力対決は私が出ます!」
「カレンは模擬戦で良いよな、ここは絶対に負けることがないはずだ、残りの2つ、どちらかを取ればこちらの勝利だな」
正直に言うとマリエルが惨敗するのが一番面白いはずである。
あのジゼンミとかいう補佐もなかなかのプロポーションだったからな、ここの勝負はわからんぞ。
「おじゃましまーす×3」
「どうぞ~っ、上がったら2階へ来てくれ~っ!」
「どうも、ちなみに宿代がもったいないから3人共ここに泊めて貰いたいんだけど、良い?」
「なら地下牢が空いているぞ、そのまま捕まってくれると助かるんだが」
「それじゃつまらないじゃない、勝負して私達に勝てば降伏してあげるんだから、それで良いにしてちょうだい」
まだ戦う前だというのに、敵の3人を交えて酒を飲む。
どうせ死者が出るような戦いじゃないから別に構わないのだが、とにかく緊張感が無いのである。
「で、勝負はいつにするわけ? ちゃんと許可を取って、住民にも告知してからじゃないと出来ないわよね」
「おおそうだ、マリエル、広場でのイベント開催予定を調べて、空いている日にねじ込んでくれないか?」
「わかりました、では明日中に王宮の公園管理課に行って申請して来ることにしますね」
会場の確保と集客はマリエルに任せ、俺達は準備が整うまで待機となった。
デスジャンヌ達は温泉がえらく気に入ったようで、もし今回の対決で勝ってもたまに遊びに来るなどと抜かしていやがる。
残念ながら勝つのは俺達で、貴様等はここか王宮の地下牢に住むことになるんだけどな。
今のうちに温泉を堪能しておくが良いさ。
その後のマリエルの尽力により、勝負は5日後の午後から広場で行われることが決まった。
①模擬戦
②魅力対決
③炊き出し対決(兼夕飯)
という流れである。
双方が綿密な作戦を立て、いよいよ勝負の当日を迎えた……




